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2011年1月

2011年1月29日 (土)

公務員の適正給与考私案その2

 れんだいこのカンテラ時評853の「公務員の適正給与考私案」を補足する。なぜだか急に書きたくなった。 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seidoco/seijikanren/naisei

/gyoseikaikaku/komuinkyuyoco.html)

日本の根本的改革、世直し、世の立て替えの大元になるのは公務員給与からであると思うから、この問題を疎かにできない。民間給与は公務員給与を基準にして比較衡量的に導き出されると思う。そういう意味で、消費税増税云々の前に公務員給与基準の解を出しておきたい。ムダを省くのもよいが、まずは給与の改革するところから始めるべきで、ここをそのままにしてムダを省くなんていっても、それはみな絵空ごとにしかなるまい。れんだいこはそう思う。

 公務員は国家公務員と地方公務員に分かれる。国家公務員でも外務省職員はやや系統が違うらしいが、問題を複雑にするのでここでは問わない。地方公務員は都道府県公務員と市町村公務員に分かれる。して、国家公務員と都道府県公務員と市町村公務員はどうランクづけされるのが適正だろうか。

 れんだいこは、先に「都道府県公務員給与の場合、市町村公務員給与の1.2掛け待遇。国家公務員給与の場合、都道府県公務員給与の1.2掛け待遇」を指針させた。それだけのランク差があっても良いと思う。今、この基準が曖昧にされているがオカシイと思う。

 次に、「公務員のボーナス廃止。精勤手当として春秋の2度、月収の2カ月分額支給、これ以上を認めてはならない」とした。公務員にボーナスなんてものは馴染まないと思うからである。止める必要もないと思われるので名前を変え、適正にした。

 これに「残業手当廃止」を付け加えることにする。なぜなら、残業が日常化するなら要員が少な過ぎるか昼間働いていないかのどちらかであり、前者なら要員確保に向かえばよいし、後者なら仕事をさせるようにすればよい。これで解決すると思うから。

 給料をどう算定するか。市町村公務員を基準、且つ初任給をベースにすれば良い。これが、れんだいこが見つけた解である。具体的には次のようにすれば良い。まず初任給を定め、これに年次昇給、役職手当を加えて行くことする。これが一番シンプルで合理性があるように思われる。年次昇給5千円は文字通り年次ごとに等しく加算されて行く。これが本給となる。但し、50歳でストップにする。

 これに役職手当が加わって上積みされて行くシステムにする。仮に5年後として主任手当として5万、更に仮に5年後として係長手当として10万、更に仮に5年後として課長手当として15万、更に仮に10年後として部長手当として20万、更に仮に5年後として局長手当として30万と云う風に昇格するとして、これに役職手当が付くものとする。これを以下確認する。計算し易いように仮に25歳から始めることにする。現行の貨幣価値、生活水準を前提にする。同じくプロパー職員を前提にする。

 まず「初任給30万円、年次昇給を5千円」と定める。初任給を30万円を基礎給与と命名する。25歳で勤務し始めた平職員年収は基礎給与30万×16ケ月=480万。20歳代で、この水準は良い方ではなかろうか。良い人材を採る為には、これぐらいの待遇をせねばなるまい。

 仮に5年後として30歳主任年収は、年次昇給5千円×5年=2万5千円。これを基礎給与30万に加えると32万5千円。これを加算給与と命名する。精勤手当4ケ月分を加えた16ケ月×32万5千円=520万。これがヒラの年収である。これに主任手当5万×12ケ月=60万が付き、合計520万+60万=580万。これが主任の給与となる。30歳前後で約600万円は良いのではなかろうか。

 更に5年後の35歳係長年収は、年次昇給5千円×10年=5万円、加算給与35万円×16ケ月=560万。これがヒラの年収である。これに係長手当10万×12ケ月=120万が付き、合計560万+120万=680万。羨ましい。更に5年後の40歳課長年収は、年次昇給5千円×15年=7万5千円。加算給与37万5千円×16ケ月=600万。これがヒラの年収である。これに課長手当15万×12ケ月=180万が付き、合計600万+180万=780万。課長は約800万円相当となるが、小規模・零細企業の社長級の年収であり十分ではなかろうか。

 更に10年後の50歳部長手当は、年次昇給5千円×25年=12万5千円。加算給与42万5千円×16ケ月=680万。これがヒラの年収である。公務員は仕事のデキ不デキと関係なく昇給する特典に恵まれていることになる。羨ましいな。但し、年次昇給は50歳でストップにする。これを限度基礎給与と命名する。これに部長手当20万×12ケ月=240万が付き、合計680万+240万=920万。この辺りになると、50歳前後には主任、係長、課長、部長が混在しており、680万円から920万円の間がまちまちになる。民間の中小零細企業に比べれば、よほど好待遇だろう。

 更に5年後の55歳局長手当は、限度基礎給与の680万に局長手当26,6万×12ケ月=320万が付いて合計680万+320万=1000万。丁度1000万円になるように工夫した。つまり、正規昇給の上限は1000万円が止まりとなる。これが縦のラインであり、横のラインとして特殊資格手当を付けることができるものとする。この場合、適正相応の任意な額が計上されるものとする。助役手当は局長年収の1.1掛けで1100万とする。

 議員は限度基礎給与680万+特殊議員手当が付くものとする。特殊議員手当は市町村の規模、財政に応じて任意の額を定めることができる。その総額を議員給与年収とする。市長は、議員給与年収の1.5倍まで認められるものとする。なぜなら首長にはそれだけの責任、能力が要求されており、それが評価されるべきであるからである。市長権限で市長秘書複数名が認められ、給与は局長待遇を限度とする。

 都道府県公務員は、市町村公務員の1.2掛け待遇であるから36万円から始発する。国家公務員は都道府県公務員の1.2掛け待遇であるから43万円から始発する。昇給は市町村公務員給与式に順次同様計算すれば良かろう。公務員の現行給与が、この基準を上回る場合、暫定的措置として強制的直ちに国庫へ収納させれば良い。これを仮に「公務員給与上納金プラス型」と命名する。これをプールして内治に有益な事業の特命財源にすれば良い。現行給与が、この基準を下回る場合、暫定的措置として差額分が強制的直ちに国庫へ寄金させられたと思えば良い。これを仮に「公務員給与上納金マイナス型」と命名する。

 選挙の洗礼を受ける議員の場合には、供託金制ありで市町村議員に限度額500万円、県会議員に同1000万円、国会議員に同5000万円、市長村長選に同2000万円、都道府県知事選に5000万円ビの選挙資金を手当てしても良かろう。なぜなら、有能な議員、首長を得る為である。選挙費用の心配をなくすれば不正の贈収賄を受ける必要もなかろう。これにより政党交付金なぞなくすれば良かろう。あれは悪の温床になる。

 その代わり、れんだいこ的には政党、議員それぞれ企業、業界、団体、組合からの政治献金を政治資金収支報告書に絶対記載と云う条件付きで認めたい。小沢どんが良い見本を見せている。ヒモ付き献金にならないよう政党には政党の議員には議員の上限額を定めれば良かろう。これに納得しない者が多いが、結論的には政治観の差としか云いようがない。

 なぜこのような試案が必要かと云うと、人事院が所管しているのだろうが、現行の給与システムが余りにも非公開にして且つ複雑怪奇にしてデタラメにしていると思われるからである。これをガラス張りにし、意欲と能力のある有為の士を公務員にし、その公務員の範示で民間を善導させんが為に筋の通った公務員給与制を確立したいと思う。世直し、世の立て替えの第一歩は公務員給与の合理的査定から始まると信ずるからである。算定基準は、れんだいこなら得心して公務員になりたいと思う水準に設定した。

 現行の公務員給与は明らかに高過ぎる。「鹿児島県阿久根市の竹原信一市長による全職員給与公開」は、阿久根市の税収がわずか20億円のうち全職員の人件費総額が約17億3千万円、実に市税の86,5%を職員給与が食っていると云う衝撃的事実を示した。この問題に真剣に取り組まない与野党はダラシナイと云うより同じ穴のムジナとして安穏を貪っているからに他ならない。こういう問題を解決した後に財政再建を云うのなら分かるが、この実態に頬かむりしたまま財政危機を唱えるのは卑怯姑息と云うより、売国奴、吸血鬼と云うしかない。

 この下からの積み上げ方式こそが財政危機突破の原動力になるのではなかろうか。公務員が襟を正すところから民間がこれを倣う。問題は、このように解けるにも拘わらず、敢えてさせない圧力の存在であろう。ここに闇があると考える。

 口で財政危機を云いながら、手前は年収ン千万円、ン億円でヌクヌクしている者が多い。それに見合った仕事ぶりなら分かるが、ろくに仕事もせぬものが年収ン千万円、ン億円のままで財政危機云々を口にして、消費税増税を唱えている連中の言を聞かされるとエエカゲン二センカイと怒鳴りたくなる。こういう気持ちになるのは、れんだいこだけだろうか。他にも退職金問題、天下り問題、社交費問題もある。これについては別に論じることにする。

 この公務員給与制で一番打撃を受けるのはマスコミ人士の給与のように思われる。なぜなら、民間の中小零細企業の給与水準からすれば、この試案でも公務員給与が羨ましいのに比して、マスコミの連中となると、承知のようにろくな評論してなくて年収ン千万円を手にしている。明らかに異常に高過ぎる。これが御用評論の温床となっているように思われる。言論買収の対価として優遇されていると云うウラがあるように思われる。

 それを恥じるなら、この試案のように次回の給与から早速に「現行給与が、この基準を上回る場合、暫定的措置として強制的直ちにこれと思う任意なボランティア団体へ寄付」すれば良い。さすれば忽ちまともな評論になるだろう。公務員にもマスコミの連中にも、民間の中小零細企業の給与水準を知らしめ、皮膚呼吸させ、それでも健気に生きている生態を教えたいからである。

 民間の大手企業の場合でも、都市銀行のように国策補てんされながら年収ン千万円を手にしているのは許されない。どうぞ次回の給与から早速に「現行給与が、この基準を上回る場合、暫定的措置として強制的直ちにこれと思う任意なボランティア団体へ寄付」すれば良い。さすれば忽ちまともな融資姿勢になるだろう。学校法人も然りで、忽ちまともな教育姿勢になるだろう。その他その他然りだ。昨今、目に付くのは福祉行政補助金太りである。これもいずれ成敗せねばならぬ。

 2011.01.29日 れんだいこ拝

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2011年1月25日 (火)

田中清玄の「武装テロと母 全学連指導者諸君に訴える」考

 れんだいこは腹の足しになる議論が好きだ。議論でなくてもよい文章も好きだ。そういう気持ちに応える一文を再読する機会を得たのでブログにしておく。田中清玄と安保全学連問題の実像に、田中清玄氏の「武装テロと母 全学連指導者諸君に訴える」(文藝春秋、1960.1月号)が掲載されている。

 (http://bundpro2.fc2web.com/Sehen/sub6.htm

れんだいこは、この論文をサイトに紹介いただいたことをまことに感謝している。極めて内容の質が高く議論すべき箇所も多い。以下、引用しつつれんだいこなりに解析問答する。願うらくは全文が欲しい。どなたかサイトアップしてくれないだろうか。

 時代は、1960(昭和35)年の60年安保闘争前夜である。前年の1959(昭和34).11.27日、安保粉砕第8次統一行動で東京には8万名が結集し、この時の国会デモで全学連5000名らによる「国会乱入事件」が発生した。社会党、共産党幹部が鎮静化に向け説教するが、続々と都教組などの労働者二万数千名が加わり、国会内で抗議集会を開き続けた。

 この時、全学連書記長の清水丈夫が国民会議の指揮車によじ登り、流れ解散を呼びかける指導者を遮り、「座り込みを断乎続けよ」とアジった。国鉄などの若手労働者が、「学生を孤立させるな」、「中へ入った連中を見殺しにするな」と指令を無視して雪崩れ込んだ。構内はデモとシュプレヒコールで渦巻いた。  こうして約5時間にわたって国会玄関前広場がデモ隊によって占拠された。これがブント運動の最初の金字塔となった。

 清玄は、このブント系全学連の“暴挙”に対し次のように賛辞している。返す刀で社会党、共産党のエセ左派ぶりを嘲笑している。

 「全学連の指導的立場の諸君! 諸君の殆どが、日共と鋭く対立しつつ、新しき学生共産党とも云うべき共産主義者同盟を組織し、学生大衆運動の盛り上げに腐心していると聞くが、自分は三十有余年前、大正末期、1924年-1927年、未だ幼年期にあった学生運動を組織したものの一人として、更に、昭和3年(1928年)からは、日本共産党の指導的立場に在った者として、諸君の動向を目にし耳にするにつれ、諸君に訴えずには居られぬものを感ずる。諸君が今回組織した国会デモを、マスコミは一斉に叩き、世論も亦国を挙げて非難した。曰く『赤いカミナリ族のハネ上がりだ』 曰く『極左冒険主義の暴走だ』 曰く『トロツキズムのブランキスト的逸脱だ』等々と。社会党はおろか共産党すらもが、デモへの種を蒔いた自分たちの先導にはソシラヌ顔で諸君を攻撃する事によって、自分の責任を回避している」。

 清玄はかく述べた上で次のように諭そうとしている。

 概要「しかし、かような非難を放っただけでは、国会デモ事件の本質的な批判と全学連運動の今後の在り方に対する問題の解決には少しもならない。国会デモ事件は単に今日の左翼的学生運動の表面に表れた一現象に過ぎない。問題は、このデモを惹き起こした君達共産主義者同盟(ブント)つまり新共産党とその指導下に立つ全学連の指導方針、並びに君らの根本的な世界観にあるのだ。今更申すまでもないことだが、自分には諸君を『極左冒険主義的ハネ上がり』であるなぞと、世論の尻馬に乗って極めつける丈の資格は全くない。かって、自分等の突っ走った、昭和5年の共産党の武装、和歌浦の党中央本部と警官隊との乱射事件、並びに川崎市メーデー武装デモ、仮国会議事堂焼き討ち計画等々数々の武装行動と、官憲殺傷48件にも上るテロ行動を顧みれば、とてもおこがましくて諸君らに非難を浴びせることなどは到底できない」。

 清玄のこの指摘によれば、問題とされた「ブントつまり新共産党とその指導下に立つ全学連の指導方針、並びに君等の根本的な世界観」の擦り併せにより、清玄好みに変化を受容するのなら協力を惜しまないとのエールであったことにもなる。付加して、自身が委員長時代の武装共産党時の諸行動を回顧してブントにシンパシーを寄せている。この論文を読んだ島らブントの若き俊英は賢明にもかく匂いを嗅ぎ取った。ここから双方の接触が始まる。してみれば、この論文がそれを契機とさせたという意味で貴重な論文となっている。

 
清玄は次のように要求している。

 「ただ自分の諸君等に希求してやまないのは、先ず諸君等の今回のデモ闘争とその根底をなす全学連の闘争方針を真に自己批判し、次に諸君らの唯一の理論的武器であるマルクス=レーニン主義をも、進歩してやまない世界情勢と二十世紀中期の人類が持つ理論物理学・生成化学等、現在の偉大な諸学問の成果に照応させつつ、客観的に、徹底的に糾明して人類の新しき行動指針を集大成して貰いたいということだ」。

 れんだいこは今思うに、この指摘は卓見だ。清玄は当時の学生運動に対し次のように疑問を呈している。

 「国会デモ後、諸君は口を揃えてマスコミに発表して曰く、『吾々の勝利だ、資本主義に一撃を与えた』(葉山君)、『全学連が、このデモで労働者から孤立したというのは誤りで、むしろ初めて労働者の支持と信頼を得たと思う』(唐牛君)、『吾々の国会デモは、労働者に蹶起を促した』(清水君)と。以上いずれも、諸君は、労働者大衆を指導し得て彼等大衆に支持されている革命家かの様に自分自身を思い込んでいる。

 甚だ諸君には御気の毒な事だが、日本の労働者大衆は誰れ一人として君ら共産主義者同盟の考え方や、そのデモ闘争を支持しているものはないのだ。君らが自分自身で労働者大衆に支持されているかの様に思い込んでいるのは、とんでもない君らの自惚れだ。君らのデモ闘争を支持している組合員は、せいぜい嘗っての学生運動から現在では組合の書記に転出しているインテリ連中か、或いは此の連中の感化を受けた一握りのインテリ化した労働組合マンだけだ。君らは、口を開けば労働者階級と云うが、諸君は本当に労働者大衆と云うものを、具体的に生活の裡で知っているのか?

 昭和二年再建された第二次日本共産党が三・一五の検挙で弾圧される前後、党員が未だ100名余りの頃、自分は党の組織者として、自分から進んで、帝政ロシアのナロードニキのヴォ=ナロードの気持をロマンチックに想像しながら、党細胞組織のために、先ず浅野ドック、次に横浜ドック(現三菱重工)に定期工として入り込んだ。そして製罐現場の大ハンマー振りをやらされ、最初のうちはからだの骨ぼねがバラバラになる程の痛みを歯を食い縛って頑張り抜き、造船工になりきることにつとめたのである。そして初めの頃は自分をシロウトと見て、馬鹿にして全然相手にしてくれなかった労働者達の信頼を徐々にかちとり、年月をかけて党細胞の組織と組合の急進化に成功した経験を持っているが、この時、自分は初めて頭の中でマルクス主義的に考えて幻想を創り出していた労働者階級(プロレタリアート)と現実に生きている労働者階級というものが、如何に違っているかを如実に知って愕然とした。これが東大新人会から入党して、一かどの革命家気取りであった自分に対する最初の打撃であり、最初の幻影喪失でもあった。君らの中の何人の人々が、革命家としての立場から、労働者として工場に入り込んで、労働者の生きてる実体を知り、且労働者階級のために働いているであろうか!

 労働の経験もない。而も親のすねを齧っている君らに一体労働者大衆の心理と生活とか判る筈がない。君らは自分の頭の中で革命的な労働者階級(プロレタリヤート)という幻影を、マルクスの誤謬に従って、つくり上げて、これと現実に生活している労働者階級とを思い違いして、一生懸命に幻想にしがみついてる丈だ」。

 清玄のこの問いかけは重い。続いて、唐牛・全学連委員長に対して、同郷であることに加えて奇しきな境涯の一致を見出し、次のように誼(よしみ)を通じている。

 「自分は全学連委員長唐牛君に関する記事を読んで想わず目を瞠った。唐牛君も自分と同じ函館で成長して居るではないか。母一人子一人と云う唐牛君の家庭も亦全く自分と同じ家庭条件だ。その唐牛君が故郷の湯の川に独り居る母に健康を案じた手紙を送っているとの条を読んで、自分は、自分の為に自殺した母のことをゆくりなくも想い浮かべた。自分は唐牛君の様に母想いの優しい優れた性情の持ち主ではなかった。昭和二年末入党以来一切の音信を母と絶って地下にもぐり、いわゆる職業的革命家として前記の様に京浜の工場に潜入したのだ。爾来二年有余、或いは海外に、或いは国内を転々とする小生の消息を母は知る由もなかった。昭和五年二月五日、自分の母は、此の自分の『良き日本人たらん事を』念望して自らの手で自らの生命を絶った。唐牛君も亦、三十年前の小生同様『能力さえ許せば、本当の職業的革命家になる積りだ』と自己の将来を語っている」。

 続いて、全学連運動に対して次のように苦言している。

 「私は茲で唐牛君のみならず、島、香山、森田、葉山、清水君等、共産主義者同盟の諸君に訊ねたい。それは他でもない。君等は本気になって『学生と革命的インテリが中核になり、革命の根幹である労働者階級がゼネストを起こす。……新中間層ホワイトカラーとの統一戦線は否定する。当然吾々も武装し政権を奪取する』と革命のプログラムを考え、その為の指導的革命政党が共産主義者同盟と考えて行動して居るのかという事だ。若し、諸君が斯様に考えて居るのならば、『それは日本に於ても、世界中何処に於いても絶対に実現する条件を備えていない。小ブルジョア的革命論だから、左様な歯の浮く様な子供じみた革命闘争は即刻おやめなさい』と私は勧告し、且つ、共産主義者同盟の即時解体を御勧めする。君たち学生がいくら革命的な理屈を並べても第一労働者階級は耳も傾けない事と、学生運動の様な温室の闘争では真の革命家は育ち上がらないと云う事を申し上げたい。ついで、諸君の提唱する革命のプログラムは、学生とインテリゲンチャーの役割りを不当に重要視する点に於いて1925-27(大正14-昭和2年)の福本イズムと全く同一範疇のものであることも」。

 要するに、かって清玄の母が清玄に諌死したような気持で、清玄が全学連活動を諫めていることになる。れんだいこは、末尾の福本イズムの評価については疑問があるが耳を傾けておくことにする。

 要するに清玄は次のように云っている。君たちの運動は地に足のついてない小ブル急進主義の運動ではないのか、それは日本左派運動の宿アであり、君たちもそれに無自覚に汚染されている云々。この指摘は、60年安保世代のみならず70年安保世代にも云える訳であり、今日かっての隆盛がないもののそれは状況を一段と悪化させているだけで本質的に何ら議論されていないところのものではなかろうか。

 次に、清玄は自身を次のように振り返っている。

 「自分は、三十年前、学生運動の為に東大に入学したのではなかった。自分は社会主義に入門した大正13年(1924年)既に故鈴木治亮(日共党員・三・一五逮捕・病死)や沼山松蔵氏(三・一五当時の日共北海道委員・現クロレラ会社重役)と北海道に於ける最初の労働組合函館合同労働組合を創設し、翌大正14年(1925)には沼山氏と協力して札幌合同労働組合を創立し、同年秋、現日共青森県委員長大沢久明氏や社会党県議岩淵謙三氏と最初の農民組合を青森県黒石に設立した。主として農民運動と労働組合運動に奔走するかたわら、旧制弘前高校の社会科学研究会を確立して之れを学生社会科学連合会に加入せしめた。一時は全校生450名中約300名迄を会員に獲得して猛威をふるったものであった。従って高校3年の時の登校日数は60日位のものであって危く放校されるところであったが、学校当局は学生ストを危惧して無事卒業させてくれた。

 東大に入学したのも、一つは母を安心させる為と東京に出て本当の革命運動を工場内に於いて体験する事によって職業的な革命家として自分を鍛え、この生命を日本の労働者階級と農民大衆ら勤労国民に献げつくすという覚悟からであった。それ故、東大新人会にも当然入会し、亀井勝一郎、現仙台市長・島野武、大山岩雄、代議士佐多忠隆、田中稔男代議士(彼は当時の新人会幹事長)、武田麟太郎、藤沢恒夫等と同じ釜の飯を喰ったが、学生運動を今更やるのが目的でないので、共産党の手ののびるにつれ、新人会の総会に出席しても発言する事を一切禁ぜられ、亦新人会の幹部の位置に就く事も禁じられた。間もなく京浜地区に党オルグとして工場に潜入する事になってからは一切学生運動と縁を切って共産党運動一本に専念した。

 だが、極右翼団体七生社(当時の幹部現社会党左派代議士穂積七郎・同五一等々)との衝突には駆り出されて京浜工場地帯からやって来ては当時の極右翼の模範的闘士であった穂積兄弟、特に現代議士の七郎とは殴り合いの火花を散らした。彼が三十年後、社会党の而も容共的松本治一郎門下の極左派代議士になろうとは夢にも考えられなかった。特に戦時中は翼賛青年団の大幹部であった丈になおさらである。自分等は、はっきり言って、学生運動を軽蔑して居た位である。従って島君や唐牛君の共産主義者同盟的革命理論には如何にしても賛成ができない」。

 清玄はこうも云う。

 「百五十年前の欧羅巴の諸学問の集大成であるマルクス主義は、原子力時代の今日、凡ゆる学問が飛躍的な発展を遂げた今日、亦世界が資本主義が異質的な発展を遂げた今日、古いマルクス主義を信条としたならば、政治も経済も何一つとして為し得ないのである。現にノン・アルバイトの工場ができて、労働価値説=剰余価値説というマルクス学説の根底を打ちくだいて居るではないか。従って、労働価値説と剰余価値説に立つプロレタリア革命とその独裁の思想も亦成立し得なくなって居るのだ。他方資本主義も質的変化を遂げて居る。

 ソ連に於いてもアメリカに於いても、政治と経済・文化を掌握して動かして行くものは、今日では最早、資本家でもなければ、プロレタリアートでもなくて、実に技術者を含めた経営者と称するインテリゲンチャーである。来るべき世界はプロレタリアートのものではなくて、インテリゲンチャーのものだ。全学連の諸君は、何等の革命的意義もないエネルギーの無駄な消費であるデモ闘争をやめて、変動し、進展してやむ事を知らぬ世界と人類の持つ一切のものの究明にそのエネルギーを使用していただきたい」。

 この部分は清玄の問いかけでもあろう。この問いかけも議論されるに値する。れんだいこは、なし崩しに右に傾くことによってではなく、左の精神を涵養しつつこの「清玄の訴え」と対話したいと思う。何も清玄の言に応化ずるつもりはないが、対話し甲斐がある論であることは確かである。

 蛇足ながら、この清玄を罵倒し抜いたのが宮顕率いる日共であった。この日共から得るものは少ないが清玄から学ぶものは多い。そういう気がする。もう一言しておけば、この清玄と角栄が案外裏で気脈通じていたことが知られていない。両者とも在地土着型の社会主義的な世の中を憧憬していた面がみられる。れんだいこ独眼竜の見方であるが、これが歴史の奥深さであろう。

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菅派、小沢派の懲りない面々閻魔帳

 ツイッターのフォローが次から次へとめくれ、一体どこまで押せばわからくなった。そこからの教訓として、民主党議員の場合の小沢派、菅派の色分けをしてみることにした。まだ不正確であるが、皆様のご指示をいただき訂正しつつ次第に正確にしようと思う。

 「菅派、小沢派の懲りない面々考」 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/minsyutoron/kanseikenco/ozawahaco.html

 ホームページ持っている人はこれをコピーで取り込み、各自がコメントつけていくのが面白いと思う。それを公開し、互いが書き込みすれば良いと思う。例えば、辻泰弘が森ゆうこにイチャモンつけたら、それをメモしておくという具合に。

 菅派と小沢派は党内戦争に突入しており、それも菅派が一方的に仕掛けているものである。どうせナベツネラインからの命令に過ぎないのであるが、誰が調子こくのかメモリ、情報を共有するのが日本式ジャスミン革命の第一歩になるのではなかろうか。

 なるほどと思った御意の士よ、活用してたもれ。

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2011年1月23日 (日)

「角栄頭脳発見の旅その3」 田中角栄ありせばのTPP対応考

 「角栄頭脳発見の旅その3」として、「田中角栄ありせばのTPP対応考」を推理してみたい。ロッキード事件時の日共のイカガワシイ対応を再確認しようとして、れんだいこサイトを渉猟していたら、その昔に取り込みそのままにしていた貴重情報「質問主意書情報」に出くわした。

 これは、当時の田中首相が、日共の参議院議員上田耕一郎の質問に答えた答弁書のようである。非常に真摯且つ丁寧に回答しているサマが窺える模範的文書になっていると看做すのはれんだいこだけだろうか。質問に合わせて総花的な回答になっているが、そのうちの環太平洋連携協定(TPP)に関連しそうな下りを抜き書きし、角栄の卓見ぶりを確認してみることにする。食糧問題について次のように述べている。

 「食料は国民生活の基礎をなすものであり、その安定的確保を図っていくことは極めて重要なことと考えており、従来から生産、構造、価格政策等各般の施策を拡充実施してきているところである。農産物の価格政策については、農産物ごとの商品特性や生産、流通事情等に即して展開を図つてきているところであるが、今後ともその運営に当たっては、農産物ごとにそれぞれ定められた方式により賃金、物価、その他経済事情等を十分勘案し、適正な価格水準の形成に努め、農業生産者が安心して生産に専心出来るよう努力していきたい。

 最近における牛肉価格の低落に対処して、(イ)肉の調整保管事業に対する助成、(ロ)後継素牛の導入に対する低利融資等の緊急対策を実施している。また、卵価の低落に対しても、(イ)全国液卵公社の機能の拡充、(ロ)卵価安定基金に対する助成等各種の緊急施策を講じているところである。

 また、商社等の進出については、契約飼養あるいは直営等進出の方法によっても異なるが、生産の合理化、系統農家側の生産物の販路及び価格の安定等の利点のあることも否定しがたいが、農家側には一般的に経済的な力関係において商社等に劣っている面があるので、農家が対等の関係において商社等と取引できるよう、農業協同組合等生産者組織を通じて、農家の地位の強化、育成を図る必要があると考えている。

 国民生活の基礎的物資である食料については、その安定的供給を確保することが極めて重要であるので、今後とも、国内生産が可能なものについては、生産性を向上させつつ、極力国内で賄うとともに、国土資源の制約等から輸入に依存せざるを得ない食糧については、国内生産にも配慮しつつ安定的輸入の確保を図ってまいる所存である」。

 これが、角栄の識見である。要点を確認すると、1・食料は国民生活の基礎をなすものであり、その安定的確保を図っていく。2・、農業生産者が安心して生産に専心出来るよう努力していく。3・農家の地位の強化、育成を図る必要があると考え施策を講ずる。4・国内生産と輸入とのバランスを顧慮する、と云うことになる。

 してみれば、現在、菅派が推し進めようとしている食糧の完全自由競争化、民営化、その為の規制緩和とは無縁の見地から、国内の自給体制を堅持しつつの一定の輸入化政策の促進を指針させていることが分かる。

 これがまともな政策であろう。政権担当者は国家の命運を担っているのであり、その責任に於いて舵取りをせねばならないことを重々自覚し、高等な政策に苦慮していることが分かる。有能な政治家が政権を担えばこういうことになる。逆は逆で、「後は野となれ山となれ」の、政権安泰一途で先のことや結果のことについては知ったことではないとする態度とは対極的である。

 角栄にせよ、小沢にせよ、金権批判一辺倒で政治訴追している裏で、安普請の正義派が如何に無責任無能な国際金融資本奴隷になり下がって御用聞きしているのか、ここを見なければなるまい。菅派のやっていることは無茶苦茶であり、日本を奈落の底に落そうとしてわざわざ意図的故意の逆噴射政治に傾注している。信じられないが、こう読み取らないと理解できない。

 れんだいこ的には菅派一辺倒の政権は既にうんざりであり、暴動でも何でもよい打倒することこそが先決ではなかろうか。菅は既に棺桶の中に入っており、誰が蓋を閉めるのかの問題に入っている。三番手政権が反菅派でなければ意味がないことは云うまでもない。そろそろ子供のおふざけ政治は強制終了させたい。日本人民大衆の能力がかかっていると思う。

 さぁてどう処理するかだ。思うに、民主党再生委員会を早急に立ち上げよ、除名結構と云う同志が立ち上がれ。既に人事でも完全に干されたのだから何をためけらうことがあろう。闘うときには闘わなければならない。

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2011年1月22日 (土)

中曽根はホンに悪いやっちゃ。

★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK105」の凡人氏の2011.1.20日付け投稿「中曽根氏による米国日本部長への宮本氏に関する照会(ブログ:法螺と戯言)」が、ブログ「法螺と戯言」管理人氏のれんだいこ絡みの貴重な言及を紹介してくれている。ここに謝しておく。

http://www.asyura2.com/11/senkyo105/msg/123.html

http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51539985.html

原文は上記サイトで確認していただくとして、極めて奇怪な史実を暴露している。これにコメントしておく。出典元は月刊雑誌「世界」の2011年1月号とのことである。出所元は朝日新聞記者「秘密解除・ロッキード事件」とのことである。

 それによると、ロッキード事件が勃発した1976(昭和51).2.4日の二日後の2.6日、ロッキード事件の真の贈収賄犯人である中曽根・当時の幹事長が、東京にいた国務省のウイリアムシャーマンと秘密会談している。駐日大使館から国務省にその日のうちに送られた公電に中曽根の発言の概要が報告されており、この公文書が情報公開され、朝日新聞記者がスクープしている。それによれば、中曽根がまず触れたのが日本共産党の「スパイ査問事件」だったとされている。

 問題は、中曽根幹事長が何故にこの問題に触れているかである。この意味を正確に解ける者が居るだろうか。なるほどロッキード事件勃発直前まで「宮顕のリンチ事件」で国会が揺れていたことは事実である。しかしながら、それだけでは、この問題が中曽根-ウイリアムシャーマン秘密会談の冒頭でやり取りされる必然性までは見えてこない。と云うことは、別の理由を捜さねばならない。こういうトップシークレットは秘せられるのが常であるから、会談後、何が起こったのかを見て推測するのが適切だろう。

 見えてくるのは、「宮顕のリンチ事件」が以降の国会質疑から消えたことである。今日までプッツリ途絶えている。このことがどうオカシイのかと云うと、ロッキード事件勃発直前の1月末、自民党が「共産党リンチ事件調査特別委員会」設置しているにも拘わらず、その後の動静が消えていることからも分かろう。いわば強制終了されていることになる。

 その代わりに見えてくるのが、「スパイ査問事件」の当事者である宮顕が異常に精力的にロッキード事件徹底解明の労を取り始め、事件の真の主役である中曽根に対する嫌疑を角栄に転換させて、容疑段階であるにも拘わらずクロ認定の下で政治訴追して行った史実である。

 1976年当時、宮顕は既に党中央の実質権限を上田-不破兄弟に譲っていた。にも拘らず、突如としてしゃしゃり出て来た。2.24日、日共は異例の緊急全国活動者会議を開催している。この会議は異常に秘密性を帯びており、どういう意思統一したものか発表されてないが、角栄徹底糾弾、訴追を申し合わせたことは疑いないように思われる。この時の内部資料が開示されれば貴重である。

 異例の検察庁、警視庁、国税庁の三庁合同捜査体制による本格捜査が始まり、政財官学報司警軍の八者機関が総動員され、角栄政治訴追の大包囲網が敷かれて行った。7.27日、角栄は逮捕された。この時の容疑は外為法違反容疑と云う別件逮捕であった。取り調べは5億円の贈収賄容疑であったが、角栄は頑強に否認した。これを居直りと評する者も居ようが、れんだいこは真実受け取っていない可能性の方が強いと思っている。 

 角栄が逮捕された翌日の7.28ー31日、日共は、この年秋に予定していた定期党大会を翌年に延期することとし、臨時の第13回党大会を開いている。50余年の党史で初めての臨時党大会となったが、この異例さの裏意味が問われねばなるまい。大会は、冒頭で、宮顕が前日の田中前首相の逮捕を誇らしげに伝えていることからも分かるように、角栄糾弾闘争の徹底推進にあった。以降、カラスが鳴かぬ日はあっても角栄訴追の声が聞こえない日はない角栄糾弾闘争が連日繰り広げられることになった。

 さて、この経緯に何を読み取るべきかが本稿の眼目である。何も問題ないでせう、もっと糾弾すべきであったと唱える者は、これから述べることは読まない方がよろしい。あらかじめお断りしておく。

 れんだいこは、この時の宮顕の異常な出張りの裏に直前の裏取引があったと読む。国際金融資本帝国主義ネオシオニストの角栄失脚の筋書きがあり、宮顕がスカウトされた。その為に直前まで戦前のリンチ事件問題で痛めつけられていたのかもしれない。これが、その当の本人が俄かに堂々と角栄訴追運動に乗り出したことに対して誰も異議を唱えなかったことのカラクリであろう。こう捉える時、流れが見えて来た気がする。

 日共がこういう風に使われていることを確認すべきではなかろうか。彼らは人一倍正義ぶり、それを口にするが、裏の仕掛けはこういう塩梅になっていることに気づかねばならない。通りで共産主義者に似つかわしくない陰気野郎ばかりが党中央を構成している筈である。こう了解したい。

 共産党が、こういう連中に党中央を占拠されたように、同じことが今民主党内に起こっている。菅派もまた国際金融資本帝国主義ネオシオニストのエージェントであり、何気ないところでは自民党とは違う市民運動色を見せるが、ここ一番の際や重要政策では丸ごと丸投げのシオニスタンに染め上げられる。そういう風に飼われてきたと云うことである。

 こういうことが分かると、どうすれば良いか、れんだいこが云うまでもなかろう。世は次第に暴動含みに転じつつあるように思われる。問題は賢く効果的にやらねばならないということだろう。ネット言論が思った以上に威力を持つらしい。チュニジアがそう教えている。

 それにしても、誠実であることが如何に重要であり難しいことかが教えられる。れんだいこみ的には、どうせエエ加減なものなら下手に真面目ぶるよりオモシロオカシイ運動で長続きするようなものが良いと思う。

 最後に。ブログ「法螺と戯言」管理人氏は次のように述べている。「それはさておき、このレンダイコ氏による考察が私に与えた衝撃は、1995年1月の雑誌「マルコポーロ」廃刊事件に匹敵するものでした。この廃刊雑誌の一記事では、第二次世界大戦の末期ナチスがしでかしたとされる「ユダヤ人600万の虐殺、とりわけアウシュビッツでの大量ガス虐殺」は物理的にありえないことを論証したものでした(西岡昌司氏)。宮本事件とマルコポーロ事件が私に教えてくれたことは、「巨大な虚偽は、真実としてまかり通る」、というかってヒトラーが言ったとされる歴史の真実でした」。

 ブログ「法螺と戯言」管理人さん、よくぞ云ってくださった。れんだいこは観点上の数々の発見をしております。思想は共有すべきものですので、れんだいこがこう云ったというより、云っている内容の方が広まることがうれしいです。今後ともよろしくね謝謝。

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角栄頭脳発見の旅 「榊原英資スピーチ」の気になる角栄批判考

 「角栄頭脳発見の旅その2」を記しておく。2009衆院選時の民主党マニュフェストの代表的なものに有料高速道路の無料化がある。今もって実現されておらず、と云うより何とかして実現させまいとする「上からの反革命」で反故にされつつあるように見受けられるが、それはともかくとして、これに関係する「榊原英資スピーチ」にコメントしておく。
 (http://www.rigs.co.jp/report/sakakibara.html)

 「榊原英資スピーチ」は、民主党マニュフェストの有料高速道路の無料化の生みの親とも云うべき「山崎養世氏の高速道路無料化論」を支持する立場からのものである。れんだいこも民主党の有料高速道路無料化マニュフェストを支持しており何ら問題ない筈であるが、榊原氏の論旨に気になる記述があるので批判しておく。榊原氏は次のように述べている。

 「山崎さんが言われていた通り、非常識なことをやったのは田中角栄です。田中角栄は道路財源を作っただけではなく、道路公団も作ったんですね。有償資金で道路作っている国なんて世界中どこにもないですよ。(中略) 世界の常識は日本の非常識なんですね。僕は必ずしも世界の常識に全部戻れって言っているわけじゃないですよ。日本的なものがあってもいい。でも、これは世界の常識に戻るべき」。

 榊原氏のこの角栄批判がいただけない。その昔の去る日、田中角栄が大蔵省との丁々発止の交渉を経て有料化制で自主財源を拵え、「道路3法」により高速道路網を整備して行ったことは承知の筈である。かの当時、角栄方式でなければ来るモータりゼーション化の波に対応できなかった。榊原氏は、この経緯を知らぬ筈がない。それを承知で、角栄式の有料化制での高速道路網整備手法を批判していることになる。「山崎さんが言われていた通り」とあることからすれば、山崎氏も同様見解なのかも知れない。そうであるとしたなら、両者ともナンセンスな角栄批判をしていることになる。

 どうしても角栄式有料高速道路整備政策を批判したいのであれば、かの時に遡り、当時に於ける適正な処方箋を対置せねばならない。それが批判の筋と云うものであろう。かの時、モータりゼーション化時代を予見し、早急な高速道路網の建設の必要を察知したのは角栄以外には居なかった。その角栄が、大蔵省の財源難論を向こうに回して自主財源論を創造したところから高速道路網建設のピッチが上がった。これは功績であって、批判されるべき筋合いのものではない。つまり、榊原氏は、高速道路無料化の意義を説くのに田中角栄方式批判を介在させる必要はないのに、時期と次元の違うものを対比させ、為にする田中角栄方式批判をしていることになる。

 その上で次のように説いている。「結局民営化っていうのは、有料道路の永久税金化なんです。だから民営化路線っていうのは、永久に税金として有料道路代を取り続けるということです。山崎さんの案は歳出を減らして減税をしますというわけです。しかもこの減税は非常に経済効果があるんです。所得税減税より効くと思います。あるいは消費税減税よりも効くと思います。企業のコストが直接下がるわけですから。個人が例えば観光に行くなんていうときに、安くいけますから、個人のコストも下がります。ですからこれは極めて効率的な減税案なんです。極めて効率的な地方活性化案なんです。僕は『快走論』も読みました。ともかく全面賛成です」。 

 これは正論である。論旨も明快且つ大局的である。民主党の有料高速道路の無料化マニュフェストが1・実質減税であり、2・非常に経済効果があり、3・地方活性化案であると主張している。これが財政のプロの見識であり、民主党の有料高速道路の無料化マニュフェストの意義を知るべきであろう。

 同時に、では、その有意義なマニュフェストが何故に鳩山政権-菅政権の二代に亘ってモタモタさせられているのかと云うことになる。これは偶然ではない。意図的故意の国策不況化政策論を媒介せずには解けまい。ならば、なぜ自公、民主の歴代政権が国策不況化政策を敷くのか。これは国際金融資本帝国主義論を媒介せずには解けまい。

 榊原氏は、かく正論を述べたうえで、次のように角栄批判をしてスピーチを終えている。 「いずれにせよ、これは極めて常識的なんです。世界の常識に我々が戻れるのか、田中角栄が作った奇妙な土建国家にいつまでも浸っているのか。それが今度の無料化VS民営化論。ですから、ぜひ皆さん、山崎さんの案を応援してあげてください。これが常識なんだと、世界の常識なんだということを一般の人に言ってください。彼もファイナンスの専門家ですが、僕も公的ファイナンスの専門家です。この二人が言うんだから、間違いありません。ぜひよろしくお願いいたします」。

 榊原氏はここで「田中角栄式土建国家批判論」を展開している。「それが今度の無料化VS民営化論」と云いなしている。ここも解せない。民営化論は中曽根-小泉式政策であり、角栄はむしろ反民営化論者である。とすれば、論理的には、中曽根-小泉式民営化批判論を展開すべきであるところ意図的故意に角栄批判にすり替えていることになる。

 れんだ゜いこには榊原氏のこの論理齟齬ぶりが気に入らない。榊原氏と云えば国内外でかなり評価の高いインテリであろう。元大蔵官僚の経済学者であり専門は国際金融論、「ミスター円」として知られた元大蔵省財務官である。2005年の小泉首相の「郵政民営化」法案に対し、「民営化でも何でもない。事実上の国営業務の拡大に過ぎず知的詐欺」と厳しく批判している一家言居士である。

 その榊原氏が何故にか因果関係不明の論理構造が破綻している角栄批判に興じている。学歴的には無学と云われている角栄のスピーチにこういう事例にお目にかかったことがない。政治家としての能力ぶりは衆知のところである。そういう意味で、インテリと云う点でいえば角栄の方が数等倍も上なのではなかろうか。世の中は学歴で査定されることが多いが、学歴物差しを外せば現場で鍛えた知性の方が本物で、学歴メッキは剥げることが多い。

 本稿は榊原氏を貶す為のものではない。物足りないということが云いたいわけである。榊原氏は小泉式民営化論を手厳しく批判している。その点で明察者の誉れを得ている。問題は、角栄を罵詈雑言し、中曽根-小泉を阿諛追従し、今現在の反小沢で血路を開く菅を持ち上げている自称インテリどもである。この連中をどう評すべきだろうか。

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角栄頭脳発見の旅 田中角栄の幻論文「国鉄廃止は愚の骨頂!」を発掘せよ

 れんだいこは、田中角栄の国鉄民営化反対論が堂々と開陳された月刊誌「現代」誌上の論文を捜している。これが目下のところネット検索で出てこない幻論文となっている。どう云う訳か、れんだいこが知りたいと思う重要な論文になればなるほどサイトアップされていない傾向にある。強権著作権論者の指摘に従いリンク掛けで済ませていたら、いつの間にか消えてなくなることもある。それを思えば、強権著作権論者の言に従わず取り込んでおかないと安心できない。

 この論文がなぜ必要なのか。それは、中曽根-小泉政権下の民営化論、最近の菅政権下の環太平洋連携協定(TPP)即ち食料自給体制破壊論と云う風に次から次へと繰り出されている国際金融資本帝国主義の国際支配戦略に対して警鐘乱打する見事なハト派系の内治主義理論足り得ているからである。我々はまずは論には論を、闘争には闘争を対置する必要があると考える。そういう意味で、角栄の幻論文が欲しい。どなたかサイトアップして欲しい。残念ながら、れんだいこには国立図書館まで足を運ぶ余裕がない。

 そういう関心を持ちにがらネット検索していると、1985(昭和60).7.10日の「
第102回国会 運輸委員会 第1号」に出くわした。(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/102/1290/10207101290001a.html

 これを読むのに、「運輸事情等に関する調査(国鉄問題に関する件)」のやり取りの中で次のような言及があったので確認しておく。 目黒今朝次郎氏が次のように述べている。「それからもう一つ、『現代』で、『田中角栄“国鉄廃止は愚の骨頂!」”』というのに引かれて、きのう青森に行く列車の中で私は買ったんです。(中略)田中角栄さんのは読みました」。これに答えて、参考人・亀井正夫氏が次のように答弁している。「表題に、国鉄をつぶしたらいかぬと田中角栄氏が言ったというような見出しを大きく書いてあるんですが、文章を読みますと、例えば、今せっかくある鉄道をはいでいくのは愚の骨頂だということを言っておられるわけでして、別に廃止するのは愚だとは言っておられない。どうも見出しとか何かで非常に印象が違うわけであります」。

 上記の言及によれば、月刊誌「現代」誌上の田中角栄の国鉄民営化反対論は、1985(昭和60).7月号ないしはそれ以前の直近の号に掲載されていると云うことになる。且つ、当時の識者から既にかなり注目されていたことになる。角栄が「国鉄廃止は愚の骨頂!」とはっきり明言していたことになる。れんだいこの思い違いではなく、そういう論文が存在していたことが確認できた。

 れんだいこの記憶によれば、タイトル名は忘れたが内容的にはそういう記述であったと思う。例えば北海道の例を挙げ、赤字路線を廃止すれば回り回って北海道の経済が荒廃し、目先利益にはなっても追っ付け却って大きな損失になる云々と指摘していたと思う。結果は、角栄の予見通りとなった。そういうことを確認する為にも、角栄の幻論文の発掘が急がれているように思う。

 これは一事万事で、金権問題から発して角栄政治を悪しざまに言えば云うほど正義であるかのような論調が1980年代初頭の中曽根政治から始まり今日に至っているが、それが大きな間違いであったとそろそろ確認すべきではなかろうか。それは当然現在の小沢どんバッシングにも通底している。角栄政治、小沢政治を悪しざまに言えば云うほど正義であるかのような論調が喧伝されているが、事実は逆ではないのか。れんだいこは、そういうことが云いたいわけである。

 現在、菅政権は、黒船来航以来の第二の開国と称して環太平洋連携協定(TPP)即ち食料自給体制破壊政策に突き進もうとしている。この流れに並行して消費税増税、軍事防衛費の更なる上乗せが企図されている。この対日アジェンダの請負政治として菅派が雇われ、菅、仙石、岡田、枝野、前原、野田、海江田、北沢、与謝野、玄葉、片山、江田その他その他のシオニスタンが総員揃い踏みしている感があるのが菅政権である。興味深いことは、明らかに売国奴政治であるのに、シオニスタン政治こそが救国政治であるかのような逆宣伝で首ったけなことである。思うに、これらのシオニスタンの粗脳に於いては粗脳に相応しく本当にそう思っているのかも知れない。

 そこで、田中角栄の国鉄民営化反対論が登場せねばならないことになる。民営化論、増税論、軍備増強論、その他開国論に対して、1970年代までの日本政治の舵取りに有能な見識を見せ施策を講じ、外交的にも手腕を発揮した角栄政治の言を対比させることにより、中曽根政権以降現在に至るまでの反角栄政治の愚昧さを際立たせてみたい。

 反角栄政治にシフトすればするほど日本は沈没し、今後ますます疲弊と荒廃と国際的地位の低下が必至となる。にも拘わらず、この道へ先導しようとしているシオニスタンの粗脳と対決する為に、角栄頭脳を復権せねばならない。角栄の「国鉄廃止は愚の骨頂!」論文開示にはそういうインパクトがある。足掛かりとして、角栄の国鉄民営化反対論を再確認してみたい。どなたか発掘頼む。ご協力を頼みたい。

 田中角栄の反民営化論
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/gyosekico/kokutetumineikahantaironco.html

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2011年1月17日 (月)

竹原前市長の阿久根市出直し市長選惜敗考

 2011.1.16日、鹿児島県阿久根市の出直し市長選についてコメントしておく。結果は、竹原信一前市長(51歳)が惜敗し、西平良将市長(37歳)が初当選した。新市長は、1.17日、竹原氏の専決処分で副市長に選任された仙波敏郎氏(61歳)を同日付で解任した。これは事実確認である。ここでは、その是非は問わない。

 問題は投開票である。れんだいこは、先の民主党代表選以来、選挙の公正さが信じられなくなっている。騒がれていないので問題はなかったのであろうが安心できない。これからは、コンピューター処理する場合には、あくまでそれは一次確認として、最終的には人手で二次確認すべきではなかろうか。或いは、コンピューターで票仕分け、集計、これを人手確認すると云うミックス型にすべきではなかろうか。当然、後日の証として、投票用紙は数年間は厳重保管の上いつでも再確認できるよう保存されねばならない。役所の帳簿の保存義務と同じ理屈である。

 なぜこういうことを云うのか。最近、国政選挙、地方選挙を問わず、これまでの日本では考えられなかった選挙の投開票疑惑が付きまとい始めているからである。公正選挙は戦後民主主義の根幹であり、ここを揺るがせにしてはならない。ここのネジとタガがずいぶん緩み始めているのではなかろうか。重箱の隅をつつくような正義は流行るが逆に肝心要なところが粗雑になりつつある気がしてならない。

 不正選挙疑惑現象がいつ頃から始まったのか分からないが、確か小泉辺りからではなかろうか。衆院選だか参院選だかは忘れたが、神奈川県のどこかの選挙区で投票者数より多い投票数が露見したことがある。選挙結果を揺るがす事態ではなかったので注目されなかったが、有り得て良い訳がない。

 それまでは、選挙に於いて金権実弾が飛び交おうが、企業丸抱え選挙でひんしゅくを買おうが投開票自体の公正、選挙結果に対する真摯な受け止め方が作法として確立していたと思われる。それが次第に怪しくなりつつある。日本が次第に後進国化しつつあると云うことになろう。

 その最たる疑惑が先の民主党代表選であった。有権者自体が杜撰で、党員でもない者に投票用紙が配られたり、党員に配られなかったりした。最大の疑惑は開票処理である。れんだいこの記憶によると、あろうことか開票作業をイカガワシイ外部業者に任せ、どんな操作がされているか分からない疑惑の多いコンピュータ仕分けで集計し、それを人手で再確認しようにも投票用紙そのものが行方不明にされている。選挙管理委員会が全く機能していない、と云うかグルになっている。

 こういう不祥事から生まれたのが菅代表であり菅政権となっている。出生からして怪しげな政権と云う訳である。その政権が、政治と金問題で小沢どんを執拗に政治訴追し議員辞職まで迫ろうとしている。小沢どんは政治資金収支報告書に1円まで記載しているのに、菅の如く架空団体をデッチあげていい加減な届け出をしている側が免責され、それを良いことに小沢どん資金の天の声まで精査せよとオカシなことを云い続けている。

 加えて、こたびの菅政権人事はまたもヒドイ。党内を二分する小沢派を徹底的に排除し、要職を菅派の身内で固め、しかも一人何役も重職させて登用機会を阻んでいる。あろうことか、連立党派でもない他党派の共同代表を一本釣りして悦にいっている。選挙を公正にできない者は人事も公正にできないと云う見本だろう。

 党内議論を得ているマニュフェストを実行せず、党内議論を得ていない消費税やら環太平洋連携協定(TPP)には首ったけと云うお粗末さである。云うところの官邸主導政治が国会不要の官邸独裁政治でしかないことを明らかにしつつある。そう云えば、官邸主導政治なるものも小泉が持ち出したものである。この手法を引き継ぐ鳩山派、菅派が小泉ラインと繫がっている、或いは政治手法的に近いと云うことを示していよう。ここへ来て小泉ラインが元気良いのも裏で繫がっているからだろう。

 もとへ。こたびの阿久根市の出直し市長選には今のところ、先の民主党党首選のような「抜き取り差し替え不正疑惑」があったとは思えないが、報道のされ方にケチがついている。というのも、1.16日、午後7時20分、この時点において一部報道が「西平良将氏、当選確実」を報じていると云う。「投票締切は午後7時。開票は午後8時10分から」であることからすれば、この報道は開票1時間前の当確発表と云う椿事になる。結果は、西平氏8509票、竹原宇治7645票、その差864票で間違いではなかったが、投票者数1万6244名の約5%の僅差である。

 万一にも「西平良将氏、当選確実」が虚報となったら、どういう責任をとるつもりだったのだろうか。と云うか、絶対間違いないとして「西平良将氏、当選確実」を報じた背景には何があったのだろうか。事前調査、出口調査だけで特報できるだろうか。「西平良将氏、当選確実」しか有り得ない絶対根拠を握っていたのではなかろうか。と云う疑惑が疑惑を呼ぶ「開票1時間前当確速報」である。今後マスコミがこの手の先陣争いに向かうとすれば、何やら選挙に行くのがアホらしくなる。

 さて、竹原信一前市長の落選に際して、その功績を確認しておかねばならない。れんだいこは、竹原前市長が公開した氏名を伏せたうえでの市職員の給与、退職金公開の意義を高く評価している。名物市長、知事多々あれども、自治体の給与経理を全公開したのは竹原前市長以外にはない。

 その衝撃は、「阿久根市の税収20億円のうち、全職員の人件費総額は約17億3千万円。年収700万円以上の職員が54%」と云う実態をあきらかにしたことにある。信じられないが、税収の85%が職員給与と云うことになる。市政が職員を養うための税収徴収団体になり下がっている現実を暴露した。

 この波紋は大きい。なぜなら、こういう実態は独り阿久根市だけでなく他の市町村団体も同様なのではないかとの推測を生むからである。公務員よエエ加減ニセンカイと云うことになろう。これを埋め合わせるために市も県も国も借金し続けており、そのツケが追って市民、県民、国民に回されることになる。このことを明らかにしたのが、竹原前市長の市職員の給与、退職金公開の意義であった。まさに論より証拠の一刀であった。

 菅政権は今、財政再建の名目で消費税増税を画策している。しかし、民主党の元々の政策は、竹原前市長が明らかにしたような政治の腐敗にメスを入れ、世の根本的立て替え、世直しを優先するところにあった。つまり増税後回し論であった。今、レンボウ式事業仕分けでお茶を濁して増税優先論に切り替えしている。しかも党内論議を経ている訳ではない。

 菅派は、党中央の云うことはその通り式権力棒で党内を威圧しながら、中曽根-小泉系譜の与謝野を召し抱えて遮二無二突っ走ろうとしている。その理由は、この道を行けば政権安泰、聞かなければワシントンの一声で朝の露と消えてしまうことを知る我が身の保身による政治の私物化でしかない。見えてくるのは御用聞き派の粗脳特有の軽薄な生態のみである。

 2011.1.17日 れんだいこ拝

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2011年1月14日 (金)

菅改造内閣の空威張り考

 菅政権は、両院議員総会、党大会、内閣改造を乗り切り安堵しているのかもしれない。しかし、れんだいこには死の行進に向けて歩を進めているとしか見えない。しかも、二度と政界に生き残れない政治評論家としても再起の難しい最悪のド壺に向かっているように思える。組閣は首相権限であり、采配の巧拙が一目瞭然となる。こたびの菅再改造内閣を評して、菅の能力ないしは癖を窺うことにする。

 菅は、更に露骨な片肺人事を強行した。党内の半数を占める小沢派を徹底的に排除し、返す刀で党外の小泉式構造改革派の与謝野をひっこ抜いた。この裏に何があるのか。与謝野の意思だけではあるまい。れんだいこは、自民党系シオニスタンとの同盟が成ったと見立てる。

 普通には、多少の比重差はあろうとも党内の挙党体制を常道にすべきところ、である。菅は、それを拒否するところに感激を味わう質らしい。変則組閣を自画自賛している。更に注目すべきは、国土交通相の馬淵澄が大畠章宏に、国家公安委員長の岡崎トミ子が中野寛成に代わった以外は前内閣閣僚のたらい回しであることである。しかも、かなり役職を兼務させており、他の議員の登用の芽を摘んでいる。要職閣僚を露骨に仲間内で固めており、総じて政権を私物化していることが分かる。本質的に引きこもり系空威張り内閣になっている。

 注目すべきは、焦点の官房長官を仙石から前幹事長の枝野に戻していることである。枝野は参院選の敗北責任を取らされた筈であるが、何食わぬ顔で再抜擢されている。これは、菅が、先の参院選の敗北に何ら痛痒を感じていないことを示している。岡田幹事長の留任は、参院選敗北以来続く党の退潮に対して、菅が何ら痛痒を感じていないことを示している。例え支持率1%でも首相職にかじりつくなる言明と合わせて考えて見れば、かっての小泉の「自民党をぶっ潰す」なる絶叫とハーモニーしており、「民主党をぶっ潰す」を使命としていることが分かる。

 菅は、消費税増税に命を掛けると宣言しており、その布陣として敢えて与謝野を経済財政・税と社会保障担当相に据えた。しかしながら、消費税増税は党内に異論も多くマニュフェストではない。マニュフェストにしているものを次から次へと反故にし、マニュフェストにしていないものをやり抜くと云っていることになる。武器禁輸の解禁も然りである。法人税率切り下げも然りである。日米同盟深化論も然りである。沖縄の普天間基地移転の辺野古案も然りである。重要法案となると何から何までサカサマになっている。

 政権を取るまでは甘言式のマニュフェストで選挙民を釣り、政権奪取後はマニュフェストの反対のことばかりするとなると、これは前例のない政界不祥事であり、2009衆院選の詐欺性が問われるべきではないか。れんだいこの知る限り、自民党時代の総裁選は政権課題を掲げ、首相になるや必ずその実現に向かって奮闘努力している。そういう意味で政権取り以前の言辞に不実はなかった。

 象徴的事例は田中角栄である。日中国交回復をやると宣言し、首相になるやすぐさま着手し、見事な手綱で共同声明をものにしている。その他の施策も然りである。人は金権腐敗の元凶と云うけれど、角栄の言辞にウソはなかった。やらないものは却下し、やると云ったら直ちに取り組んでいる。これが裏表のない政治である。

 これに照らすと、中曽根政治が大物言いのウソばかりであった。れんだいこがダカツの如く嫌う小泉は案外ウソはついていない。政治にウソが常態化したのは、政権交代以来の民主党政権下の鳩山政治からである。但し、鳩山政治にはまだしもバランス感覚があった。それさえなくし悪い癖だけ受け継いでいる菅政権となると何の取り柄があるのだろう。

 菅のいうところの言に耳を傾ければ、政治の信に忠実であろうとすれば、政策に近い者同志を糾合し、民主党を飛び出て政界再編成の新党を立ち上げれば良い。民主党のままマニュフェスト反故政治に興じるのは尋常な感覚ではない。その異常人格者が、金権政治批判で小沢どんの政治訴追に殊のほか執心している。これは一体何なんだろうか。しかも、菅自体つつかれば埃が一杯の身であるというのに。

 れんだいこは早くより菅派を、現代世界を支配する国際金融資本帝国主義の御用聞き売国奴シオニスタンと規定している。この規定以外に、菅派のやっていることが説明つくだろうか。「上からの反革命」で、自党である民主党潰しに躍起となっている。民主党内をかき廻し分裂抗争させ、民主党の幻滅が頂点に達したタイミングで衆院解散に打って出る。こういう筋書きが見える。

 当然の如く民主党は再起不能の致命的打撃を受ける。国際金融資本帝国主義の日本ハンドラ―ズは、菅派に云い渡している。心配するな。後のことは面倒見るから。安心してお前たちは云われたシナリオに基づきピエロしておれば良い。ならば安心と合点し、上目づかいに次の指示を仰いでいるのが菅派の生態ではなかろうか。

 こういう裏の仕掛けはいつしか露見することになる。そういう訳で、菅派の将来は暗い。それを意に介さないところが菅派の粗脳さである。自民党と組んで細川-羽田政権を潰して首相になった社会党の村山は郷里の田舎に引きこもった。彼はまだ良い。菅派は郷里さえ戻れない。袋叩きにあうしかない。そういう意味で、日本ハンドラ―ズの用意する特性の保護区に住むことになるだろう。それが国内か海外かは分からぬが、我々の目につくところには居れないことは確かである。これから判明するだろうが、それほど酷い政治を仕掛けようとしている。ほとぼり醒めたら首を洗って待っておけ、これ申し渡しておく。

 もとへ。かくまで露骨に小沢派パージに悦楽している以上、菅派と小沢派は共存ができなくなった。どちらかが民主党を相続し、外れた方が出て行かざるを得ない。こたびの菅改造内閣はそういう非和解的方向に舵を切った。菅派が小沢派に宣戦布告した。こう確認すべきだろう。仲裁を買って出る者は徒労に終わろう。菅派の政権私物化による強権的シオニスタン政治は意図的故意の確信犯であり、説教は無駄と心得るべきだろう。

 これを誰が画策しているのか。菅派は総員ピエロであり、このシナリオの裏のライターを想定しなければならない。ここが闘いの正念場となる。この闘いはずっと続いている。心配いらない、国際的情勢は我々の側に有利に展開しつつある。今や闘いこそが正義であり、折衷は意味を為さない。その峠は既に超えたとみるべきではなかろうか。

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2011年1月13日 (木)

菅政権の揃いも揃ってのサイコパス性を疑う。打倒あるのみ

 2011.1.14日、民主党は、昨日の両院議員総会に続いて党大会を開催した。お粗末ぶりが尋常ではない。動画でお伝えいただき感謝している。同時中継あればこそ生の動きが伝わり、的確な判断が下せることになる。

 云えることは、あの程度の党大会なら、れんだいこの学生運動時代の学生大会の方が格段に優れている。なぜなら、規約に基づき議事が進行し、議案、対案が出され、それぞれの陣営の説明と主張が為され、最終的に多数決で事を処理していたからである。れんだいこは何度か発言したことがあるので良く覚えているわさ。

 この水準以下であると云うことは、こういう議事運営する執行部が、日本の国政を与っていると云うことになると、それは怖い話である。ということになる。菅政権はまた新たな墓穴を掘ったことになる。当人たちはうまく乗り切ったとして祝杯挙げているのであろうが、悪事は必ず追って自分の首を絞めることになる。小沢どんの政界追放を云うのは勝手だが、そのうち手前らが追放されることになることを覚悟しておけ。もう材料に事欠かない。

 民主党内小沢派は公家の出ばかりが揃っているのかどうかおとなし過ぎるので、我々が引導渡そう。党運営は政治のミニチュア版であり、この型がそのまま中央政治に拡大する。菅の場合には政権運営に拡大する。してみれば、こたびの党大会運営が明日の国会運営のひながたになる。恐ろしいことではないか。

 一言でいえば、粗脳による政治の私物化である。これを許しておけるほど日本には余裕がない。一日延べすれば一日国益を損ずる。故に、即刻の退陣を申し渡す。粗脳には国家の大事を任せられないのだ。

 それにしても権力亡者ぶりが目に余る。菅派には政治の基本的センスが欠けている。民主主義のルールと権謀術数の加減が分からないらしい。民主主義を守らないのであれば、それが通用するところ例えば仲間だけで瀬戸内海のどこかの島にでも行き、そこで好きにすれば良い。我々には迷惑至極である。

 そういう菅政権が命を掛けると云う政策に碌なものがないのが道理であろう。一つ、日米同盟を強化し、運命共同体にのめり込むと云う。それなら菅派は纏めて米国に亡命すれば良い。我々を巻き添えにするのは御免蒙る。軍事防衛政策として専守防衛から転じて動態防衛に向かうと云う。武器禁輸を廃して解禁すると云う。これを自民党政治が行うなら暴動が起こるところ、民主党でやるからスンナリ通ろうとしている。

 消費税を上げると云う。これに命を賭けると云う。バラマキ政策は続けると云う。国策不況政策は続けると云う。高速道路の無料化、郵政再改革法案は更に遠のけると云う。公共事業は役に立たないものはやるが、役に立ちそうなものは後回しにすると云う。と云う風に確認し出せばキリがない。

 人事はたらい回しと小細工で目先を変えて凌ぐと云う。小沢どん退治は徹底すると云う。岡田、前原、防衛相の何とかは皆、ワシントンのお気に入りだから変えないと云う。首相がコロコロ変わるのは世界の恥だから俺はかじりついてでもしがみつくと云う。例え支持率1%でも構わないと云う。

 どうやら菅の脳の配線がオカシイ。良い政策に命を掛けたり、支持率1%でも頑張ると云うのなら分かる。ワシントンのの御用聞きの為に命を掛けたり、支持率1%でも頑張られたら、こちらが困るのだ。この違いが分からず徒に侠気ぶるのは狂気病理であり、現代精神医学ではサイコパスと云う。菅、菅政権の閣僚には、このサイコパスがやたら多いのではなかろうか。

 日本人民大衆諸君、当然れんだいこもその一員だから、こういう云い方を許してくれ、今やどうやってこのサイコパスを政界追放するかに我々の見識と能力がカかっている。もうこうなったら日本列島各域で菅政権打倒座り込みデ―を立ち上げ連鎖させよう。れんだいこも参りたい。日本人民大衆の底力を見せつけよう。

 このままでは早晩必ず飯さえ食えない時代が来る。その前に打って出よう。我々の文化的最低限の生活を政治の一番に据える政権を創り出そう。願うらくは、60年安保闘争以来の政変を創り出そう。これ以上サイコパス派には政治を任せられない、この一点の申し合わせで良いではないか。伸子が連れて帰らないなら、我々が掴まえに行こう。山口でも岡山でもワシントンでもイスラエルでも好きなところで放してやろう。

 2011.1.13日 れんだいこ拝

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2011年1月12日 (水)

お粗末な民主党両院議員総会を嗤う

 2011.1月現在、れんだいこは、立て続けに2本の1950年代初頭の学生運動事件をものにした。一つは「東大国際派内査問事件(戸塚、不破査問事件)」」、もう一つは「東大と早稲田の50年期分裂時代の分派構図の差異考」である。一見、現在の政局に関係ないように思われるが、情動的に絡んでいるのではなかろうかと自己分析している。

 つまり、両事件に見える胡散臭い構図が、現在の菅政権の胡散臭さとダブっており、それを明らかにする為にも、かっての1950年代学生運動史の胡散臭さを訪ねようとしているのではなかろうかと思っている。両事件の胡散臭さはリンク先で確認いただくとして、菅政権の胡散臭さとは何か、これを解析しておく。

 菅政権とは、鳩山政権に続く、鳩山政権よりもより露骨な「上からの反革命」、「党中央自らの党解体」を良からぬ勢力から使命が与えられ、これを請負う政権に他ならない。良からぬ勢力とは国際金融資本帝国主義ネオシオニズムを指しており、故に、その命を御用聞きするシオニスタンと云うことになる。こういう手合いは今や与野党問わず五万と居る。この手合いと在地土着派が政争しているのが日本政治の構図である。かく見立てれば、諸問題がすっきり解ける。

 もとより、国際金融資本帝国主義ネオシオニズムはれんだいこの命名であるから、植草氏のように悪徳ペンタゴン、その雇われ衆と名付けても良い。ロス茶派と云う命名もある。要は、近現代世界を牛耳る悪徳好戦派、悪徳革命派を確認すれば良い。この勢力が世界各国の政財官学報司警軍の八者機関を操り、世界の政治経済文化を操っている。

 それを無目的にはできぬから、彼らなりの歴史観、社会観、思想観を確立しており、その信念とプロパガンダ用の詐術を使い分けしながら、日ごとに我々を洗脳、マインドコントロールに努めている。これが今の世の中の実相であろう。かく捉えれば、連中の手の内を見透かし対抗戦略を練れば良いだけのことである。

 我々の目指すところは彼らの偏狭自尊の選民主義による歴史観、社会観、思想観と違って、諸国民諸民族が協和し、独立自存の暮らしが成り立つ世界、社会の創出である。これを政治的に説くのも良いし宗教的に説くのも良いし思想的に説くのも良い。要するに「我さえ良ければ」ではなしの「助け合い」世界の創出である。今、人類はかってのどの時期よりも緊密さを増しつつある。これは不可逆的で、要はどういう連帯が求められているかであろう。かってのシルクロード的通商で結ばれるのか、国際金融資本帝国主義お得意の収奪的通商で結ばれるのかが問われている。

 れんだいこが見立てるところ、国際金融資本帝国主義ネオシオニスト以外には収奪的通商を良しとする者は居ない。世界の人民大衆は、国家、民族、人種、文化、宗教、習慣、生活程度の差異を踏まえつつ、対等の立場での交易を求めている。長い歴史の中で、国際金融資本帝国主義ネオシオニズムとの闘争により身構えているだけである。

 世界の諸民族が、国際金融資本帝国主義ネオシオニズムの陰謀を見破り、彼らを掣肘できれば、人類の前途は洋々と開けている。オリンピック式の祭典が真に人類の祭典になる。今、国際金融資本帝国主義ネオシオニズムの支配の構図を突き破る動きが世界の各地で生まれつつある。前途は頼もしいと云うべきだろう。

 但し、日本では相変わらず政治が逆走し続けている。直近の2009衆院選後の政権交代の例をとれば、日本は民主党政権の下で新たな日本の歩みに向かうことができる筈だった。ところが、現実は、ヌエのような鳩山政権が登場し、鳩山美人ならぬ八方美人式の右顧左眄政治で結局は何も政治を前進させることができなかった。

 後継した菅政権は、鳩山政権より更に逆走し、小泉政権以来の国際金融資本帝国主義ネオシオニズム拝跪のシオニスタン政治に邁進している。一々例を挙げてもキリがない。全てが御用聞き政治であり、これを不退転の決意で取り組むと宣言している。かなりオツムがヤラレていると思えば良い。

 こういうことが明々白々なのに、今日の民主党両院議員総会のお粗末さは何なんだ。聞こえてくるのは、民主党の地方議員の悲鳴が何たらかんたら云々ばかりであった。問題はそういうところにあるのではない。菅政権が日本亡国の売国奴政治邁進しようとしており、そういうシオニスタングループに政権を預けたのが間違いだったとして即退陣を要求し、言い訳するところを追撃し、引きずりおろさねばならない。それから三番手政権を構想すれば良い。もう騙されない、これ以上は許さないとする断固たる唱和で立ち向かうべきである。余りにもおとなし過ぎよう。

 ことは日本丸の運命のかかる政治責任にある。菅には任されないとして、断固引きずりおろすべきである。議員生活を維持する為に云々とは聞いていて片腹痛い。そういう程度のことしか云えないなら、みんな枕並べて討ち死にすれば良かろう。所詮それまでのことである。何も民主党でなければいけないと云う事はさらさらない。分かったか。既に、たすけあい党もそうだが、既成政党があてにならないことを十分知っており、我々がウォーミングアップしてるわさ。

 2011.1.12日 れんだいこ拝

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興味深い東大と早稲田の50年期分裂時代の分派構図の差

 1950年初頭の「スターリン批判」に端を発し、曲がりなりにも徳球系党中央の下で一枚岩の党運動を展開していた日本共産党内が党中央主流派と反主流派に分裂して行くことになった。党中央主流派は俗に所感派、反主流派は国際派と呼ばれる。これを「50年分裂」と云う。

 これにより、党は、所感派の徳球ー伊藤律派、野坂派、志田派。反主流派は宮顕派、志賀派、国際共産主義者団、神山派、春日(庄)派。その他中間派として中西派、福本派に分裂した。全学連運動は、依拠する党中央の分裂により股裂きされた。この時、戦後学生運動を牽引して来た官学の雄・東大と私学の雄・早大が興味深い対比を見せているので確認しておく。

 東大では、党中央派(所感派)が一掃された。L・Cキャップの小久保が「獅子身中の虫」として解任され、反主流派(国際派)の戸塚が後釜に座った。戸塚は49年に経済学部に入学し、「本富士署の通訳」履歴を持っていた。夏頃から細胞活動に専念していたところ、たちまちのうちにL・Cに推されたことになる。戦前党運動に少しでも詳しい者からみれば、戸塚の本富士署との繋がりは由々しきことであるが特段に問題にされていない。胡散臭いところである。この戸塚が翌1951年、東大国際派査問事件に於ける「スパイ容疑」で査問されることになる。

 「50年分裂」を廻って、それまで急進主義的に全学連運動を指導してきた武井系執行部派は宮顕派に篭絡され一蓮托生し続けていくことになる。東大細胞は、武井委員長の出身母体としてこれを支えることになった。

 この時、宮顕指揮下の警察的秘密組織「ゲハイムニス・パルタイ(Geheimnis Partei、通称ガー・ペー)」が創設されている。最初のメンバーは安東、戸塚、高沢、銀林、上田(不破哲三)、佐藤経明、大下勝造らであり、続いて竹中一雄、福田洋一郎、長谷川らが加わった。その上部組織に「E・C(エグゼキューティブ・コミッティーの略称」が位置しており、力石と武井がいた。

 この他にも富塚文太郎らの全学連書記局グループが加わっていた。書記長の高橋は「都落ち」した宮顕に着いて九州に赴いた。ほぼ丸ごと宮顕指揮下に入ったことになる。安東の「戦後日本共産党私記」には「この『G・P』がいつ頃結成されたのか記憶に定かではないが、かなり早い時期-1月の末頃ではなかったかと思う」とある。日共内宮顕派官僚として、アカハタの編集部にいた小野義彦、内野壮児、全金属の西川彦義、平沢栄一がメンバーに属していた。

 これに対して、早大では東大の如く宮顕派に一元化されず各派のルツボとなった。党中央派(徳球-伊藤律執行部擁護派)に小林央(商)、藤井誠一(政)、水野(教)、横田(教)の10名足らずが列なっていた。この党中央派に併存して国際派各派が生まれた。こまかく数えると20以上の分派が生まれ四分五裂していた。1.国際共産主義者団=志賀義雄、野田弥三郎(哲学者)、2.神山派、3.再建細胞派(党中央所感派)、4.統一委員会派(宮顕、袴田、蔵原、春日(庄)らの国際派)等々に分岐し百家争鳴的であった。

 大金久展氏の「神山分派顛末記」は次のように述べている。

 概要「50年分裂当時、早大細胞は基本的には主流派と国際派の二つに分かれた。国際派は様々に分岐しており東大のように宮顕派一色ではなかった。国際主義者団、相対的に独自の立場をとった神山グループ、およびその他多様なグループが存在したことは、東大をはじめ他大学にはみられない大きな特色であったろう。早稲田とは伝統的にそういう大学であった」。

 レッドパージが始まり、全学連中執が「レッドパージ反対闘争」を指令する。大金久展氏の「神山分派顛末記」は、この時の早大の反レッド・パージ闘争について次のように述べている。

 「東大と違って早稲田は宮本系一色ではなく、さまざまなグループが存在し、相互に激しく対立するという側面もあったが、基本的にいって反レッド・パージ闘争に関するかぎり全く意見の相違はなく、それぞれが自分の信ずる方法でこれに参加した。これとどのように闘うかがそれぞれのグループの試金石だと信じられていた。党内論争に明け暮れるのではなく、学内での実際活動のなかでその正否を検証しよう、いうのが当時の支配的な空気だったろう。そして、こうした立場からある種の相互協力関係も生まれていた。これが安東仁兵衛などから『早稲田民族主義』とからかわれたり、羨ましがられたりするところなのだろう」。

 概要「細胞解散によって党の上からの決定で動くのではなく、自分の頭で考え、実践でこれを試す。いろいろな潮流があったし、激しい議論もやったが、みんな素晴らしい連中だった。コミンフォルム批判の是非とか朝鮮戦争の評価とか、いまの時点からいえばいろいろあろうし、その当時の個々の行動のいくつかについての悔いはあるにしても、全行動の結果についてはいまも悔いはない、と坂本尚が発言していたが、これが反レッド・パージ闘争を闘い抜いた早稲田の活動家共通の実感ではなかろうか」。
 「本間たちが去ったあとの解散反対細胞指導部には石垣辰男と堀越稔があたらしく加わった。二人とも党派的には統一委員会系統の『革命的(正統派)中央委員会の周りに結集しよう』というスローガンを支持していたようだが、こうした立場を押しつけるようなことはせず、早大学生自治会委員長吉田嘉清を扶けて幅広い学内での統一行動の組織化に努力していた」。
 「1950年のレッド・パージ反対闘争の全期間を通じて、少なくともこれに関しては、主流派も含めてそのすべての勢力が一致して早大自治会を中心にこの闘争を闘い抜き、全国学生運動の最大拠点校のひとつとしての役割を果たしたのである。(もちろん犠牲も大きかった)」。

 以上、「50年分裂」を廻っての対応で、東大と早大は鮮やかな対比を見せていることが確認できれば良い。

 早稲田のこの伝統は1960年代後半の全共闘運動まで続くことになる。つまり、1950-1970年までの20年間、早稲田は学生運動各派の指導者を輩出して行くことになる。もとより早稲田だけではない。官学の東大、京大、私学の早大、明大、中央、同志社が主な輩出大学となっている。その中で相対的に早大系譜が目立つと云うことである。早稲田のこの左の伝統は、1970年、れんだいこが早稲田キャンパスに登場した時点で、革マル派と民青同の二元支配により封殺される。以降、今日に至るまでルツボは生まれていない。

 ちなみに、この時期の早大学生運動と東大学生運動が妙に絡んだ事件を確認しておく。これが、「東大国際派内査問事件(戸塚、不破査問事件)」」へと発展して行く下地となっている。そういう意味で、この事件が見逃せない。

 1950.10.17日、早大で第1次早大事件が発生する。全学連は、レッドパージ粉砕闘争の一環として「ゼネストを決行せよ」指令を出し、早大構内で全都集会が開かれた。大学当局と警察は「平和と大学擁護大会」の名目で行うこの集会を弾圧し、学生143名が逮捕された。10.17闘争は大会戦術の手違いと、予想以上に凶暴化した警察の手によって、かってない官権との大衝突事件となった。この経過は次の通りである。

 学生大会開催中に、全学連中執(東大の武井、力石)らの意をうけた東大の高沢、戸塚、木村、熊倉、上田(不破、レポ係)、早大からは吉田嘉清一人が大隈講堂控室で大会後の戦術を協議した。会議は、吉田の反対を押し切り、学生処分を協議中の学部長会議粉砕の為なる名目で大学本部の占拠を決定した。

 早大全学共闘(吉田、津金、井川、坂本、岩丸ら)は、大きな被害が予想される「占拠は無謀」として、学部長会議に抗議の後に文学部校舎での籠城を主張した。中島誠は全学連中執を支持した。吉田は、説得が功を奏さなかった場合を予想して、万一逮捕された際の第二執行部・石垣(「吉田証言」による)を用意して本部に向かった。

 案の定、本部に座り込んだ学生たちは吉田の指導に従わず、東大と「国際主義者団」の指導下に占拠を継続した。坂本、井川、岩丸ら囮(おとり)のデモ隊を警官隊の前にくりだし、その隙に本部に座り込んだ学生たちを外に誘導しようとしたが徒労に終わった。

 12時頃から座り込み集会に入った。200名の学生が学部長会議開催中の本部を取り巻いていたところへ、早大当局の要請で約900名の警官隊が出動し衝突した。双方で20数名の重軽傷者が発生した。この衝突の最中、東大活動家群は木村の合図で一斉に逃げ誰一人も逮捕されなかった。

 143名の学生(女子1名をふくむ)が不法侵入、不退去、暴行、傷害、公務執行妨害などの容疑で検挙された。検挙された学生は「手錠をかけられて背中に番号を書かれて」バスにのせられ、戸塚署ほか19署に分散留置された。10.17闘争は大会戦術の手違いと、予想以上に凶暴化した警察の手によって、かってない官権との大衝突事件となった。10.17以降、早大に武装警官が学内に常駐、自治会室を釘付け閉鎖した。

 この時の、全学連中執の指導が疑惑されることになり、次のように証言されている。これが1952.2.14日の国際派東大細胞内査問・リンチ事件の遠因となる。

 「夜おそく早大に駆けつけた私は、腰紐で文字通り数珠つなぎにされた同志たちを見て容易ならざる状態であることを知った。木村とともにこの日の無理な〃突撃〃を命じた戸塚の指導が後の査問の理由のひとつとなる」。

 翌1951.2.14日頃、国際派東大細胞内で査問リンチ事件が発生している。遠因として、宮顕派指揮下に入っていたこの時期の東大細胞の胡散臭さが見て取れるだろう。この疑惑が国際派東大細胞内査問リンチ事件に繋がり、東大細胞の最高責任者・武井、力石が東大の汚名を晴らす目的で容疑の濃かった「戸塚、上田(不破)、高沢」を吊るしあげ、自白を強要したが、結果的に宮顕の介入で紐が解かれた。

 その時の約条で、「戸塚、不破に対するスパイの断罪、そしてそれに関連した高沢らの除名は取り消す。しかしこの過程で彼らには様々な非ボルシェヴィキ的要素が明らかになったので、全ての指導的地位に就かせることはしない」と申し合わせた。

 この申し合わせが反故にされ、ほとぼりの醒めた頃、不破は党本部に呼び寄せられ、以降、宮顕の片腕として活躍して行くことになる。その後の履歴は衆知の通りである。不破が、この履歴を語らないので、れんだいこが代わりに明らかにしておく。これを「国際派東大細胞内査問、戸塚・不破被リンチ事件考」の補講とする。

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2011年1月11日 (火)

田中政権の福祉元年政策考

 田中角栄の業績に「福祉元年政策」を入れ忘れていたので、ここに書き加えておくことにする。

 1973年、田中政権は、福祉元年政策に取り組んだ。れんだいこ史観によればハト派政策の真骨頂を見る思いがするが、この功績がさほど注目されていない。それどころか、例によって諸悪の元凶角栄論の立場から、放漫財政の嚆矢とする批判が流行っている。

 正式な番組名は忘れたが、いつぞやのNHKの特集番組「国債累積債務問題」で、角栄の福祉政策が国債累積債務問題の元凶であるかのような扱いを受けていたのを耳にした。歴代の日銀総裁や財務局長のその時々の弁を伝えるなど評価して良い好番組であったが、諸悪の根源角栄論の観点が入れられているところが臭かった。

 報道は自由であるから、そういう観点からの番組が許されない訳ではない。問題は、以下れんだこいが述べるような観点からの番組が許されないことにある。従軍慰安婦問題も然りである。この問題をフレームアップする立場からの番組であれ許容されて良い。問題は、逆の観点からの対抗番組を作って競おうとせず、安倍、故中川らが得意の正義ヅラして報道規制する政治力を発揮するところにある。そうではないのだ。両面からの番組を多重に掘り下げれば良いのだ。この良識がなぜ生まれないのだろう。

 さて本題に入る。田中政権の福祉元年政策は、池田政権以来の高度経済成長の中で、佐藤政権が手をつけなかったものを、角栄政権になって始めて着手した積極的な財政政策であった。それは池田政権下の所得倍増政策に続く、これを補完するハト派的な制度の充実であった。かくて、この時代の人民大衆は善政に恵まれ懐を肥やした。今日、この時に人民大衆の懐に入れた莫大な民間資金の所在が日本経済の強みとなっている。この資金が現在のいわゆる高齢者の高額預金となっており、ハゲタカファンドが執拗に狙っている。

 もとへ。この時代、人民大衆は能く働き、助け合い精神を発揮した。政治が真っ当なら、日本の70-80年代はまがうことなく「ジャパン アズ №1」の道を進み続けただろうと思われる。これに危機感を覚えた国際金融資本がワナを仕掛け、それが見事に奏功することになる。これを請け負ったのが「中曽根-ナベツネ」派であった。

 それはともかく、ケッタイなことに、日本左派運動は、戦後日本の正成長のこの時代に体制批判を強め、安上がりの正義に酔いしれた。そして、反動の中曽根時代、小泉時代になると逆に鳴りを潜めることになった。日本左派運動にはそういう習性がある。この悪癖を突き破った事例として、60年安保闘争を牽引した第一次ブントの岸政権打倒運動がある。日本左派運動はこの時、唯一といって良いタカ派政権打倒の金字塔を打ち立てている。付言すれば、この第一次ブント運動に敵対したのが日共と革共同であった。れんだいこが毛嫌いする理由がここにある。

 田中政権の福祉元年政策とは、1・医療保険の給付率の改善、2・年金水準の引き上げ、3・生活保護基準の引き上げであった。他にも教員人材確保法による教員給与の格上げも含まれる。こうして社会保障分野での制度の充実、給付改善に取り組み、大幅な制度拡充を実施した。具体的には、1・70歳以上の高齢者の自己負担無料化等の老人医療費無料制度の創設、2・健康保険の被扶養者の給付率の引き上げ、3・高額療養費制度の導入、4・年金の給付水準の大幅な引き上げ、5・物価スライド・賃金スライドの導入などの施策が講じられた。これは紛れもなく日本式社会主義政策である。

 但し、直後より日本経済は荒波にもまれ始める。1973年秋、第四次中東戦争に端を発したオイルショックが勃発し、原油価格の高騰が超インフレを招き日本経済を直撃する。結果的に、この国際的な荒波と国内のインフレの進行が相俟って高度経済成長時代の終焉をもたらすことになった。

 驚くべきは、田中政権時代が内外の変動に対し、見事な手綱さばきで懸案を解決し日本丸を舵取りし続けたことである。田中政権が後数年続いていたなら、日本の国際的地位ははるかに高まっていたと思われる。残念ながら1974年、田中政権は金脈批判を受け退陣を余儀なくされる。その田中角栄は1976年にロッキード事件に見舞われ、引き続き公判闘争に縛られることになり、角栄の頭脳を活用することができなかった。思えば角栄の50代の頃のことである。脂の乗り切った角栄頭脳が無理矢理に押し込められたことになる。

 その後の日本政治は、今日の貧相な日本に至る道への競い合いとなった。政治に於ける有能なる采配が期待される局面となったが、角栄後の日本政治の対応は無能ぶりを晒し続けることになる。これを細かに追跡すれば、歴代政権の政策を概述せねばならないことになるので、ここでは問わない。

 要するに、日本は政治も経済も文化も逆走し始めたと云うことである。景気回復に向けての反転攻勢の局面が何度かあったが、国際金融資本の日本解体政策のアジェンダを請負うことでお墨付きされた歴代政権は、日本の為にならない政治を敢えて押し進めることになる。

 こうして、日本は緩やかな下降曲線を描きながら低成長化に向かうことになった。次第に税収減傾向を強め、他方で社会保障関係費が急増し続けた結果、次第に国家予算を圧迫して行くことになった。景気回復、財政再建、将来の超高齢化へ適合するよう社会保障制度の見直しが急務となっていたが、その後の政治がやったことは増税オンリー路線とも云うべき失政の連続となった。

 中曽根政権下で下地を作ったバブル経済は日本を見せかけの好景気に誘ったが、その反動が大きく低成長ならぬマイナス成長時代へと招き入れることになった。この間の放漫財政が国富を大きく削ぎ、景気は回復せず、財政が悪化し続け、その中にあって軍事防衛費と社会保障費が膨張して行った。

 この間、自民党政権は国民負担の増大に舵を切るも、事態を更に悪化させて行った。並行して国債が乱発され、消費税が導入され、それが再値上げされた。官僚機構の冗費が野放図になり天下りが横行し始めた。公共事業は不要不急のものに特化して行われ、国家百年の計に資する計画は後回しにされた。

 ざっとこういう風に素描できるが、この現状に鑑み、角栄の福祉元年政策をそもそもの間違いとする識者の論が罷り通っている。曰く、福祉元年政策により「弱者の楽園」ができあがり、社会保障崩壊、医療崩壊、雇用崩壊の元凶である云々なる説がまことしやかに流され続けている。

 果たして、この論は本当だろうか。こういう言に、その通りと膝を叩く御仁は論者と同じく粗脳であり、真の賢者は角栄ありせば、こうはならなかったと残念がる。角栄なら、新しい時代の皮袋に応じた知恵を創造するであろう。角栄なき今となっては、我々が工夫せねばならない。諸悪の元凶角栄論を説く連中が編み出すものは如何に巧言しようとも、令色故に仁ならずであることは間違いなかろう。

 明日は民主党の両院議員総会らしい。どういう解を出すだろうか。我々の得心できる技を見せるだろうか。菅派がどう悪あがきするのだろうか。思えば、菅は代表選の時の不正選挙の時点で既にオワっている。以降、徒に自分の首を絞め、政界引退を余儀なくされただけのことである。小沢が引退どころか手前が引退のハメになる。これが、れんだいこの期待する解である。とくと見せて貰おう。

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2011年1月10日 (月)

2011.1.1たすけあい党新年声明

2011年、明けましておめでとうございます。本年を如何なる年にすべきかメッセージさせていただきます。結論から述べると、二代続いたマニュフェスト改竄政治と決別し、三番手政権としてマニュフェスト実践派政権誕生の年にしたいと思います。政権交代の日の目を見るには見ましたが、我々はまだその果実を味わっておりません。

民主党二代政権はマニュフェストを裏切る「上からの反革命政権」でしかありませんでした。これに対し民主党内が二分化しているのは衆知の通りです。マニュフェスト改竄派の政権はもう良いでせう、今度はマニュフェスト実践派の出番です。かく永続革命させて行くべきです。

 実現すれば日本の戦後政治史上久しぶりのハト派政権の登場になります。戦後日本を有能に舵取りし、世界の奇跡と云われた戦後復興、続く高度経済成長時代の政治を再興せねばなりません。この成功事例を再検証し現代版で焼き直すことこそが待ち望まれております。皆さん、力を合わせて頑張りませう。たすけあい党は未だ微力ですが、目下は理論の力により、ゆくゆくは数の力によっても日本政治史上に枢要な役割を果たそうと決意しております。今年もご声援宜しくお願い申し上げます。

 鳩山政権、菅政権は我々の期待を大きく裏切りました。2009衆院選で掲げたマニュフェストのうち、郵政再改革法案、有料高速道路無料化法案等の日本再生の為に有効な処方箋は殆どが手つかずのままです。これは意図的故意のサボタージュとしか考えられません。こうなると政権交代政権は公約詐欺政権と云うことになります。これほど露骨に公約詐欺するのであれば2009年衆院選そのものが無効と云うことになりはすまいか。そういう裁判が可能かどうかは分かりませんが公約詐欺選挙であったことは確かです。政治の信義を云うなら、これこそが一等肝要な信義ではないでせうか。

 この信に欠ける者が、「政治とカネ問題」で小沢どんを
政治訴追している姿は二重の政治詐欺です。小沢どん側はマニュフェスト履行派であり、不履行派が履行派を政治訴追するのは政治ペテンです。この観点をしっかり据えることが重要です。

 今頻りに小沢どん政治を貶す評論が流されつつあります。人民大衆を誑(たぶら)かす悪意の逆宣伝です。我々は言論選でも堂々と勝利せねばなりません。日本政治に何が問われているのか。売国政治か自律自存の政治かの二股の道です。小沢政治は自律自存の道であり、逆であるかのように説くペテン評論に騙されてはなりません。

 振りかえって見るに、鳩山政権は八方美人型の優柔不断政治により転びました。云う事がころころと替わり、坊ちゃん的遊び人政治に食傷させられました。ところが、後継した菅政権は、その鳩山政権以上に悪質な政権になっております。れんだいこ自身、菅首相がこれほどイカレているとは考えておりませんでした。菅政治は小泉政治の再来です。民主党政権になって、こういう政治が立ち現われることは驚きでした。菅は小泉同様にネオシオニズム系の秘密結社の一員の可能性があります。こう考えないと理解できないオカシナことが随所で立ち現われております。

 小泉は首相在任時に、イスラエルを詣でた際にユダヤ教徒の正装で参拝しております。これは決定的な首相犯罪です。靖国神社の公式参拝に対して議論が生まれましたが、この愚挙に対して何の咎めも受けておりません。政倫審、証人喚問に値すると考えますが、こういう愚挙が見過ごされ、小沢どんに対しては執拗に仕掛けられております。これは意図的故意の政治操作です。粉砕あるのみです。

 鳩山政権時にはまだしも挙党態勢を維持しておりました。要職を自派で固めるのは当然としても、党内に政見の異なる色々なグループが存在することを踏まえ全体として党内バランスを図り挙党態勢を敷いておりました。これが大人の政治であり政治の知恵です。ところが、菅政権になると自派一色で組閣し、そういう片肺政権で政治を私物化しております。その菅政権下で、仙石官房長官が第二首相化しております。先の法相辞任騒動の結果、法相をも兼任しました。かくて官房長官権限が異常に膨らんでおります。菅政権のお粗末さと背後勢力の指示を窺うべきです。

 そういう粗脳政権の下で異常な「小沢どんバッシング」が押し進められております。菅政権の小沢どん追撃論法は明らかに日共的な民主集中制と云う名の党中央集権政治です。小泉時代の刺客騒動を思い出しますが、独裁的な官邸政治の手法と相まって恐ろしく子供じみた政治になっております。現在、菅政権は、「党中央の云うことはその通り」式恭順を党内に強要しつつあります。政治の日共化であり厳しく叱責すべきです。日共の悪影響については別途論じて見たいと思います。

 菅政権は、組閣の稚拙さに相応しい政権運営ぶりを発揮しております。政治は「ワシントン云いなり」です。その裏腹で政局騒動に耽っております。菅首相の「政局好き」が上手く利用されていることが分かります。それだけの脳でしかないと云うことが明らかになっております。菅政権の政策は、政権交代時マニュフェストを意図的故意の反故、執拗な「小沢パージ」、国策不況化政策、財政悪化政策、自給政策の放棄等々で悪事を重ねております。結論として誰の目にも明らかな逆走政治を続けております。

 これらにより政権交代効果はすっかり色褪せてしまいました。これは武運つたなく生まれた過ちではありません。現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義の指令に基づき、ワザと日本を破産させるよう御用聞きしていると看做す必要があります。見返りに地位保全と大臣ポストを主とする登用機会が与えられ、これに喜々としている貧相な生態が見えてまいります。これを見抜いたところから人民大衆の失望が怒りに転化しつつあります。

 この政治事象を疑惑すべきです。漫然と批判するのではなく、国際金融資本帝国主義のシナリオを御用聞きしているのではないかと疑ってみる必要があります。菅政権の醜態を偶然的事象と捉えるようでは歴史の真実が見えてまいりません。鳩山政権然り、菅政権は鳩山政権以上に御用聞きに忠勤していると捉えるべきです。こういう輩をシオニスタンと命名しています。

 今や日本の政界はシオニスタンに籠絡されています。自公政治もそうでしたが民主党連合政権になっても相変わらずのシオニスタン政治が続いていることになります。共産も社民もその他諸新党も同じ穴のムジナです。してみれば、国際金融資本帝国主義の支配力が与野党、右派左派問わず及んでいることが分かります。そろそろシオニスタンどもを一網打尽に追放せねばなりません。

 こう読み解くことで、次の政治課題が見えてまいります。一刻も早く三番手政権を登場させ、自律自存の政治を取り戻し、2009衆院選の政権交代の意義に添った政治を実現させるべきです。その為にもう一度政権交代が必要です。この結論が見えてきたのが2010年の政治教訓だったと考えます。問題の所在が明らかになったと云うことは半ば解決したも同然です。後は如何に実現するかです。

 当然、国際金融資本帝国主義側は、そうはさせじとして反動的対応に出てまいります。これが「小沢どんパッシング」の政治的背景です。小沢どんは政権交代派のドンとして位置づけられており、それ故に叩き続けられております。マスコミメディア一斉の「小沢どんパッシング」はこれに起因していると考えるべきです。菅政権下の「小沢どんパッシング」は菅政権の単なる延命策ではありません。国際金融資本帝国主義の指令に基づく御用聞きと考えるべきです。

 こう考えないと、政財官学報司警軍の国家権力中枢八者機関の一斉砲撃の構図が見えてまいりません。その昔、ハト派政治のドンたる田中角栄も、この手でやられました。菅政権は今、民主党内を分裂させ、その分裂騒動により党への期待をすっかり褪せた状態に追い込み、その上での衆院解散を画策しつつあります。国際金融資本帝国主義にとって、2009衆院選の結果としての300議席を越える民主党議席がよほど邪魔になっていると云うことです。菅政権は、この思惑に基づくいわば民主党潰しの請負政権と化していることになります。

 こう捉えると自然に対応策も出てまいります。菅政権が小沢派の追い出しをすればするほど、出て行くのは手前たちであると云い渡すことです。マニュフェスト履行派こそが正統な民主党であり、これをサボタージュする側が出て行くのが筋です。これによると、民主党内から出て行くのは小沢派ではなく菅派シオニスタンであるべきです。

 そういう意味で、菅派による小沢派パッシングの不正を糾弾し、菅派シオニスタンどもをこそ放逐するべきです。菅派は、こうまで正体を露わにした以上、もはや民主党内に居残ることは許されません。目下、大臣ポストを餌にしながら自公やその他諸政党との連立を図ろうとしておりますが醜態と云うべきです。惨めな末路しか残されておりません。仕舞いには誰からも相手にされなくなるでせう、自業自得です。

 歴史の流れは、民主党正統派による三番手政権の創出を不可避としています。次の政権交代は小沢派連合によって切り開かれるでせう。どうせそうなるのなら早いのに越したことはありません。菅政権が日延べするほど一日一日国益を失います。

 思い返すに、世界史的称賛に値する戦後日本の奇跡の復興と発展は、政治上は自民党のハト派政権の能力によってもたらされてきたものです。しかしながら、その政治能力はロッキード事件を境に掣肘され、1980年代初頭の中曽根政権誕生と共にタカ派政権が日本政治を牛耳り始め、それと同時に世界史的侮蔑に値する日本凋落が始まり、今日に至っていると考えるべきです。

 以来、30余年にもわたる悪政により、もはや日本にはかっての国富がありません。国家財政もとみに悪化させられており、待ったなしの局面に至っていると考えるべきです。日本政治史上1980年代初頭に終焉して以来長らく地下に押し込められてきているハト派政治を復権する以外、日本再生の方法はないと考えます。わが党はこのことを強く訴え、ハト派政治の再興に尽力いたします。

 ここ二年余続いている小沢パッシング運動に対して、我が党の観点を明らかにしております。「真の政治とカネ」問題とは、収支報告書に克明に記載した者が、記載した故にあれこれと「天の声」まで精査され訴追されるべきではありません。まずは収支報告書に記載しなかった側が裁かれるべきです。史上の政治疑獄はこの種のものです。但し、このところ冤罪も増えており、検察的正義に眉つばせねばならぬことは言うまでもありません。現下のように収支報告書に記載しなかった側が免責された上で、小沢パッシング運動に陰謀を凝らしている姿は正視に耐えません。

 菅首相が、執拗に小沢どんを政治訴追し続けるのなら、その論拠論法を我が身に当てて潔白を証してから論ずるのが筋です。こう問う時、菅首相自身に纏わる杜撰な政治資金収支報告書問題があります。菅首相はまずは自身の政治資金団体の収支報告書不正記載問題を釈明すべきです。この物差しは、当然他の小沢パッシング派にも適用されます。目下の小沢パッシング運動は党利党略、私利私略のものでしかありません。

 日共流の「政治とカネ問題論」も不正です。その論理論法に従えば、政治家は井戸塀政治家になるかカスミを食って生きる仙人政治家になるしかありません。常に自身を正義であるかのように吹聴し、吹聴しただけで責任を果たしたかの観点から「政治とカネ問題論」を説き続けていますが有害理論です。

 「政治とカネ問題論」は代議員制政治に纏いつく宿アのようなものであり、政治活動に必要な資金が豊潤に集められ、それが有効に使われるシステム構築こそが本来の「政治とカネ問題論」となるべきです。少数党にして且つ云うだけで事足れりの政治論の政党が、「政治とカネ問題論」如意棒で、ハト派系政治家に特化して叩きまくる政治主義の背景こそが胡散臭いと云うべきです。そろそろ日共の悪質さに気づくべきです。

 2010年は、東京地検特捜部の政治主義的な立ち働きが露呈する年になりました。震源地は大阪地検特捜部でしたが、証拠捏造で現役3検事がイモヅル式に逮捕されると云う前代未聞の事件が発生しました。但し、関係者全員不起訴と云う事態になりました。

 この悪事に報道管制が敷かれているかの如くまともな報道が為されませんでした。先進言論の誉れを持つネットでもそれほど問題にされていないのは奇妙なことです。昔のことならともかく、今現に起きていることをそれとして評論するのはジャーナリズムの第一歩です。大阪地検特捜部の体質は東京地検特捜部のそれを真似したものに過ぎません。そう云う意味で、検察正義の虚構が露わになったことの政治的意味は大きかったと考えます。

 以下、「2010.1.1たすけあい党新年声明」を書き直し復唱しておきます。

 日本は、太古の昔から今日に至るまで、世界史上稀なる「なんだかんだ云っても割合と良い社会、国」であった。他国との相対的な比較に於いてですが、まずかく認識する必要があるように考えております。

 この点で、左翼は早急に半身構えの悪い癖を直さねばなりません。日本は良い国と思うべきです。否定をすれば賢いと思うのは青年期特有のものです。全体として日本は世界的に稀な豊かな助け合い精神で世の中を創って来た「良い国」と認識し直すべきです。ここを間違う故に、闘争対象があらぬ方向へ行ってしまうことになります。これが、れんだいこの学生運動検証の果実です。

 更に云えば、戦後日本は、大東亜戦争の敗戦を通じて、歴史の僥倖か必然かは定かではありませんが結果的に、戦後憲法秩序に体現されたプレ社会主義的体制を獲得していたと窺うべきです。ソ連邦の解体後もマルクス主義の魅力が踏みとどまり得ているのは、「実はソ連邦、中国、東欧等々の社会主義は社会主義ではなかった。戦後日本が具現したものこそ社会主義であった」とする知見によってです。

 戦後日本はそれほど魅力的な社会だったと考えるべきです。その「割合と良い社会、国」が次第に、中曽根-小泉政権以来は急速に破壊されつつあり、故に闘わねばならないと考えております。この時代に、中曽根-小泉政権的構造改革路線と親和するような動きを見せた日本左翼運動内の党派、自称インテリ左派が居たとすれば論外として放逐、自己批判を迫らねばならないと考えております。

 我々が今闘う基点は、日本が悠久の歴史を通じて培ってきた共生共存の思想、仕組み、共同体の護持だと考えます。故に、この基盤を壊す者たち、制度、手法と対決せねばなりません。このことをしっかりと踏まえなければなりません。

 日本が悠久の歴史を通じて培ってきた共生共存の思想、仕組み、共同体の擁護と発展を目指すのが是の流れであり、これを壊す流れを邪と分別すべきです。これを論証するのは別の機会に譲りますが、世界史上に於ける日本の位置づけをかく確認すべきです。この認識に至らない自称インテリばかりを輩出しておりますが、根本のところが分かっていない無知蒙昧な輩でしかありません。

 それもその筈で巷に溢れているのは邪道テキストばかりであり、それ故に下手に学問すると学んで余計にバカになります。そういうバカな自称インテリが大量生産され、その一部がマスコミの寵児となって日ごとに我々を説教し続けております。現代日本を牛耳っている政財官学報司警軍の八者機関の上層部は、こういう連中ばかりで占められております。そういう日本にされている訳です。

 我々はまず、この構図を打破せねばなりません。その為に各戦線に於いて有益な学問テキストを創出しなければなりません。その見分けをどうすべきか。これを簡単に申せば、我々の脳のシワを増すような学問に営為せよ、脳を骨粗鬆するような学問を唾棄せよ、云い伝えされてきているところの年齢に応じた季節感のある寿命の費やし方を工夫せよ、規制強化による生きた屍的生活化への謀りごとと闘え、著作権フェチ糞喰らえ云々と云うことになります。この観点から、各自が営為努力すれば宜しかろうと云うことになります。

 れんだいこは、階級闘争論を拝戴致しません。ああいうものの見方は思想の通過点として反面教師的に学ぶべきです。学ばないより学ぶ方が良いのですが、学んで咀嚼すべきです。生硬な階級闘争論は害にはなっても役に立ちません。

 もっとも、学ばずして排撃するばかりの手合いに対しては、階級闘争論の値打ちを語り反駁したいとも考えております。しかしながら、階級闘争論はそのままでは使えない、もっと練らねばならないと考えております。世の中の生業をを事業と考え、生産管理、職場管理の思想を打ち出し磨くべきです。労農階級は歴史の主人公足る能力を身につけ、その大道へ歩を進めるべきです。

 我々は、「外治より内治優先、軍需費より公共事業優先、軍事産業ではなく平和環境産業の育成、中小零細企業まで活性化する経済成長政策による税収の自然増、国民の生活と諸権利擁護、消費税の利率アップどころか悪税の廃止、公務員の天下りに伴う高給制度の廃止、公務員給与の適正化、国際友好親善協調政策への取り組み」等々を掲げて、これと真っ向から敵対するシオニスタン政治と闘わねばなりません。

 思い描くべきは、戦後日本の国土復興から高度経済成長時代の在りし日の日本の姿です。軍事予算はGNPの1%枠に閉じ込められ、消費税などなく、雇用・年金・医療制度が確立していました。必要な公共事業が次々と着手され社会資本基盤が整備され続けました。あの頃の日本は、世界史上のお手本的な善政であったように思います。これを論証するのは別の機会に譲りますが、かの時代の日本をかく確認すべきです。その時代のコンピューター付きブルドーザーが角栄であったのは云われる通りです。れんだいこが角栄を信奉する所以です。

 その時代は、ロッキード事件勃発、続く1980年代初頭の中曽根政権の登場とともに壊されました。「あれから40年」、日本はかくも惨めな国に転じてしまいました。国債の累積債務は天文学的です。遂に国庫収入が新規国債発行額を下回ると云う異常事態に陥ってしまいました。2010年は更に事態を悪化させました。一体、誰がこんな時代を呼び水したのか、憤りなしには認められません。

 とはいえもはやあれこれ云ってもキリがありません。後悔よりもこれからが大事です。2011年は2010年に引き続き、失われた日本の値打ちを認め、再興すべき新時代の年とすべきです。れんだいことたすけあい党は不惜身命、歴史に身を預けたいと思います。本年も熱い支持と御カンパよろしくお願い申し上げます。党員志願者の続々入党頼みます。

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角栄が言ってもない「力はカネ論」のウソ云い士の舌を抜け

 「れんだいこのカンテラ時評677、角栄の『政治は力なり。力は数なり』論考」を書き換える。と云うのも、今日2011.1.10日午前8時からの朝日テレビ「スーパーモーニング」で、「右肩上がり昭和の象徴田中角栄元総理なら今」が放映され、気になったことを書きつけてみたいからである。

 電波が公正な視点から角栄を採り上げるのは断然良い。これまで余りにも偏って批判し過ぎてきたので罪滅ぼしの意味もあろう。そういう意味で、タイトル名の「右肩上がり昭和の象徴田中角栄元総理なら今」と云う問いかけは良い。

 その昔なら「諸悪の元凶、金権帝王角栄」式の罵詈雑言で編集されていたであろう。しかしながら、その後の日本が没落し痩せこけた今、角栄ありせばこうはならなかったであろう式の問いかけは十分意味があると思う。ロッキード事件後の日本は、重箱の隅のような正義を掲げるうちに虎の子の本体を傷めてしまった。今ならまだ間に合う。重箱正義のウソを衝き、堂々たる大人の政治論で巻き返さねばならない。以下、れんだいこのカンテラ時評677を書き換える。今も十分通用すると思う。

 角栄の「政治は力なり。力は数なり」論が今も歪められて流布している。最近もどこの週刊誌か忘れたが、「政治は数、数は力、力はカネ」なる角栄式政治論批判を目にした。ポストか現代か新潮か文春のどれかの記事だったと思う。今日も「スーパーモーニング」で、このウソが大きくテロップで映し出されていた。

 その意味するところは、「政治は力だ、力は数だ、数は金だ」という角栄以来の異常な権力と数と金に対する執念云々と云う口ぶりになる。記者、編集者のお粗末さが分かる。当人はそのように理解しているのだろうが、角栄のその種の発言は寡聞である。れんだいこは、角栄が、後段の「数は金なり」と言ったという話が信じられない。悪質な歪曲造語であろう。批判派の話法がこういう悪質論法によっていることを知る必要がある。

 角栄は「政治は力なり。力は数なり」とは言ったと思う。しかし、「政治は力なり。力は数なり」に「力はカネなり」を付け加えると意味が大きく違うことになる。こういう歪曲批判は為にするもので人格識見が疑われよう。角栄批判者は、角栄が言ってもいない言を捏造し「諸悪の元凶角栄論」を幻像化させ批判のボルテージを挙げた。れんだいこが、ここで反論しておく。

 角栄政治は専らこうした立花隆-日共流の針小棒大ないしは歪曲批判攻めで、その政治活動の稀有なまでの功績までもがタライごと流され全否定された。裏金に勤しむ検察、その検察が小沢の裏金を突く国策捜査の不正義は不起訴に終わった。しかし検察審査会なるものが登場し、小沢どん潰しに余念がない。その始発がロッキード事件である故に今こそ、事件に嵌められた角栄を歴史的に救済せねばなるまい。のみならず、角栄以降の政治の貧困を思う時、角栄政治を再検証し、好評価すべきところは復権させねばなるまい。角栄政治の見直しこそ、日本政治のカンテラとなるのではなかろうか。

 そう云えば、「スーパーモーニング」は角栄著作の日本列島改造論を採り上げていた。その内容の説明たるやお粗末なものであったが採り上げぬよりは断然良い。れんだいこに云わせれば、日本列島改造論は日本政治のバイブルである。これに基づけば世の中が活性化し、人民大衆が政治の恩恵を受け、逆は逆になる。

 ロッキード事件後の日本は、そういう角栄政治を葬り、代わりに中曽根政治を敷いた。お陰で日本の国富は国際金融資本に吸い上げられてしまった。当然の如く日本は衰微した。興味深いことは、日本は角栄政治を捨てたが、韓国、中国が代わりに角栄式列島改造論を学び、即ち公共事業型開発を重視し目覚ましい発展を遂げている。本家が捨てたものを隣家が拾うと云う形になっている。

 公共事業敵視派の為に付言しておけば、角栄が手掛けた公共事業は殆どすべてお国に役立つものばかりであった。角栄はそれほど大義名分、目的性を重視していた。ミニ角栄になるとこの見識が弱くなり、ニセ角栄となると利権のみに執着し、反角栄派の公共事業となると不必要事業ばかりに精出すことになる。同じ公共事業でも、内実がこれほど違うと云うことが確認されなければならない。

 だから政治家は何より目利きでなければならない。ましてやシオニスタンではどうにもならない。こう立論するべきところ、日共は率先して公共事業不要論を唱え、これに小泉派が合体し、遂に年次式全国総合開発が終了され今日に至っている。日共は社会保障事業を名分、シオニスタンは軍事防衛を名分にし、共々で社会資本整備開発型公共事業を解体してしまって今日に至っている。これではレースにならない。

 もとへ。角栄の「政治は力なり。力は数なり」は、これは一種の思想哲学である。いわゆる民主主義政治が多数決に基づく制度であることをことを見据えた言辞であり、何ら批判されるには及ばない。もしこれを批判するとするなら、君主政治、貴族政治、官僚政治の側に立たない限りできまい。

 戦後民主主義のシステムは、三権分立制の上で立法権の裁量を高め、立法権を普通選挙で選出される代議員制に委ね、国会を最高の権力機関とした。これによれば、国会は審議、立法の場であり、異論、異端、分派、野党がそれぞれ堂々と認められつつも最終的には、多数決民主主義の下に政権与党が政府を構成し、責任政治を担うことになる。

 してみれば、角栄の「政治は力なり。力は数なり」は、戦後民主主義の何たるかを根底で捉えた見事な表現であろう。この当たり前の見地に対し、戦後民主主義を擁護するかの如くの言辞を弄しながら、角栄の「政治は力なり。力は数なり」を批判する芸当はヌエものでしかない。

 もっとも、そのままでは批判できないから、こういう手合いは、批判の前に小細工を弄する。言を捻じ曲げ批判し易いように改竄してから叩く。これが、角栄が云ってもない「力はカネ」なる造語の秘密である。こういう連中が殊のほか著作権に煩い習性がある。れんだいこが告げておく。チョサクチョサク云う性根を直せ。論の技こそ磨け。変則技ばかり覚えずに正々堂々と論には論で挑め。

 角栄の金権問題で、一言しておく。角栄式金権が清廉潔白なものであったことが知られているだろうか。案外知られていない逸話を伝えておく。角栄は大臣になっても、各省に割り当てられていた交際費(大臣機密費)にビタ一文手をつけなかった。交際費(大臣機密費)は、省庁ごとに予算金額は違うものの数千万円から億単位くらいまで予算化されており、各省庁の大臣、長官の自由裁量に任されている。官僚が新任大臣の評価の尺度の一つにこの大臣機密費のお手並み拝見があると云われているもので、歴代の大臣、長官の中には公私混同して顰蹙を買った者も少なくない。角栄は、「君達に任せるから、必要があったらこの中でやってくれ」と見向きもしていない(小林吉弥「田中角栄経済学」参照)。

 こういう面での角栄の実像を知りたければ、以下のサイトを読むべし。

 角栄論
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/
 田中角栄の思想と政治姿勢、資金源、人脈考
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/sisosiseico/sisosiseico.htm
 田中角栄と金権政治問題
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/sisosiseico/kinkenmondaico.htm

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国際派東大細胞内査問、戸塚・不破被リンチ事件考

 先の「読売-日共連合の怪考」も含め久しぶりに日共問題に言及している。その流れで日共史の闇の一つである1951年の「国際派東大細胞内の査問、戸塚・不破被リンチ事件」(以下、単に「戸塚、不破査問事件」と云う)を採り上げることにする。現時点で分かる限りの概要を記したつもりである。

 稲門の先達にして事件の関係者の一人でもあられる大金先輩より貴重な資料を呈示いただいたことに感謝申し上げる。貴重情報であればあるほど手元に置いておき、或いは著作権などで囲み極力表に出さないケースが世の倣いの中、真相究明に配慮いただいたことになる。範とすべきだろう。

 本事件はいつか世に出さねばならない事案であったと心得たい。関係者の痛みを伴う面もあろうが、歴史の公道の正義の道をこそ広げるのが、より大きな正義と思う。安東仁兵衛氏の「戦後日本共産党私記」で知られることになったが、当事者間で燻り続けてきたものである。

 不破は、「戸塚、不破査問事件」の当事者である。しかし、妙なことに今もって事件の真相を語らない。と云うより事件そのものを語らない。不破は、自らの履歴について2005年著「私の戦後60年」、2010年著「時代の証言者」で語っている。ところが、「戸塚、不破査問事件」を一行も語らない。不自然過ぎるのではなかろうか。

 こういう場合、れんだいこのアンテナが作動するのも止むを得まい。れんだいこ探索によれば、以下に記すような事件であった。結論から云えば明らかにオカシイ。スパイの容疑が濃厚と云う意味である。こうなると、宮顕然り、不破然り、スパイ容疑濃厚な者が二代に亘って最高指導者として君臨して来たことになる。これをバカな思うも良かろうが、問題は、本当だったらどうするというところにある。

 それにしても、日本左派運動の代表的重鎮である宮顕のリンチ事件、不破の査問事件、黒寛の名簿売り事件と揃えば、これを訝らない方がオカシイのではなかろうか。日共と云い革マル派と云い、トンデモ人物が党派を牛耳りあらぬ方向へ采配して来たのではなかろうか。これにウマウマとヤラレタ左派運動の低迷と云う面に光を当てることも必要なのではなかろうか。こう問う者は他には居ないのだろうか。

 国際派東大細胞内査問・戸塚・不破被リンチ事件

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/nihon/fuwaco/kokusaiharinchijikenco.html

 

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2011年1月 9日 (日)

菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その5

 さて、ここで尊徳先生の出番となる。漸く戻って来れた。ここまで整理しないと、今なぜ尊徳思想が必要なのかが見えてこなかったからである。今はっきりと云える。ネオシオニズム派により仕掛けられている日本凋落、解体、分割統治の悪夢のワナの仕掛けから抜け出す為の叡智として、今こそ尊徳思想が復権されねばならないのではなかろうか。尊徳思想の目線は人民大衆に厳しいが温かい。人の何たるか、世の何たるかを弁えて、辛い甘いの手綱宜しく日本改造を指針させている。れんだいこが思想だと云う所以である。

 その中でも、れんだいこがハタと膝を叩いたのは、今で云う起業家、経営者の窮状に適宜な立て直し基金を貸し付け、立派な納税者として再登場するよう救援していることである。決して今時の無償給付金の方法は採っていない。何事も一味違うと云うべきだろう。まず民力を向上させ、その納税増を通して国家再建を図ると云うグランドデザインも打ち出しており素晴らしい。現在の日本の政党で、尊徳思想に基づく政治をはっきりと指針させているところはない。あるのはネオシオニズム派の御用聞きの一番手二番手を争う政党ばかりである。これでは幾ら投票権を得たとはいえ、投票に行くことが空しい。

 その尊徳思想は戦前の皇国史観に取り入れられ、皇民教育に利用された経緯があるが為に戦後民主主義時代を迎えるや仕舞いこまれた。戦前は恐らく殆どの小学校に立像されていた二宮金次郎像は、戦後になると意図的故意に取り壊された。よってれんだいこの如く尊徳思想を知らぬままに還暦を迎える者が殆どとなっている。しかし、尊徳思想を知った今、これを称揚せずにはおれない。戦後教育が天皇制皇国史観を説かなくなったことは良いとしても、尊徳思想を消す必要はどこにあったのだろうか。れんだいこには解せない。察するにネオシオニズム思想から見て好ましくなかったと云うことではなかろうか。

 ところで、尊徳と同時代の農政家として大原幽学が居る。尊徳ほど知られていないが大変な人物である。れんだいこ評によれば、尊徳が幕末日本の世直し右派とすれば幽学は左派に位置する。二人は鮮やかな対比を示している。れんだいこには両者とも興味深い。この二人と、もう一人の同時代の天理教教祖・中山みきの生き様とを合わせ、幕末日本に咲いた有能の原日本人的土着思想の質の高みを確認してみたいと思う。

 公認歴史教本はこういうところを教えない。故に自力で学ぶしかない。これらの教学が共にネオシオニズム学といかに対極的なそれであるか、ネオシオニズム学の虚妄に比して如何に有能な実用学であるのか、ネオシオニズム学の闘争理論に比して如何に共生理論であるのか、21世紀時代の学問としてどちらが採り入れられるべきなのか、こういう関心をもって追跡してみたいと思う。

 興味深いことは、日本史は政治舞台の重要な局面になると地霊とも云える縄文的な知性が湧出し回天運動を起し、あるべき姿に戻すことである。最近の例では、戦後日本の再建エネルギーがそうであった。その前には幕末維新を引き起こしている。その前は戦国時代から織田、豊臣、徳川政権への回天である。その前は云々と辿るとキリがないので控えるが、日本はこうして神州としての自律自存を確保してきた。ここで云う神州とは天皇制と云う意味ではない。もっと奥行きが深く天皇制をも包摂する縄文的神州思想と理解した方が正確である。この点でネオシオニズに籠絡された形で始発した近代天皇制をもって天皇制の有るべき姿と勝手に鼓吹する下手な右翼は恥じて口をつむらねばならない。戦後のネオシオニズム化された拝金右翼は云わずもがなである。

 さて、今日本は再び回天運動が要請されているのではなかろうか。既に地霊が動き始めているのではなかろうか。それは間違っても、菅政権が向かおうとしている方向ではない。逆の路線である。れんだいこには、この足音が聞こえる。多くの同志が立ち上がり、かってと同様に倒れ、続くであろう。我々にはこの道しか残されていない。それで良いのではなかろうか。今尊ぶべきは義民思想ではなかろうか。下手なイデオロギーを振り回さず、日本古来のたすけあい精神に則り尊徳思想的経世済民の道を尋ねて行くべきではなかろうか。救国、救民族共同戦線の広域ネットワークを構築し、この難局に立ち向かうべきではなかろうか。消費税増税の道は間違いなく滅びの道であり、ゆめ騙されてはなるまい。

 2010.6.20日 れんだいこ拝

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菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その4

 1976年のロッキード事件は、金権腐敗政治の元凶としての角栄政治の訴追運動として正義ぶられたが、実は戦後世界を支配する国際金融資本帝国主義ネオシオニズムによる戦後復興してきた和魂和才派、和魂洋才派に対する断固たる鉄槌事件であった。首相辞任後も和魂和才派、和魂洋才派のドンとして日本を未曽有の発展に向けてリードし、政治的影響力を温存していた角栄を標的にして政界追放を狙う国策謀略疑獄事件であった。こう捉えないとロッキード事件の真相が見えてこない。

 この時、ネオシオニズム派の代弁政治評論家として立ち現われた立花以下その他のジャーナリスト、これを提灯したジャーナリズムこそ今日的腐敗の嚆矢であろう。ところが、こういう手合いほど正義ぶる癖があるので始末が悪い。ロッキード事件を廻って未だに角栄の政界追放是認論を説く自称インテリの一群が存在する。「信の置けない評論家」として確認すべきだろう。

 結果的に、この事件騒動を契機に戦後保守内ハト派は政治的地位を追われ、代わりにそれまで冷や飯を食わされてきた戦後保守内タカ派が台頭し我が世の春を謳歌し始めた。1970年代の派閥で云えば、前者が田中派、大平派、後者が福田派、中曽根派、三木派となる。田中派、大平派は落ちぶれ、福田派、中曽根派が主流派に転じ、田中派、大平派の内の日和見派がその配下で利権の裾分けに与るようになる。竹下-金丸派は田中派解体に向けてネオシオニズム派の策動により創成された便宜的派閥であり、その功により約束通り一時ながら権力が与えられたが、用済みとなった時点で冷酷に処分失脚させられた。

 野中幹事長権力はこの時代のものである。今彼が悔いているのか居直っているのかは分からないが、先だっては貴重な官房機密費漏洩証言をして、「政治とカネ」に正義ぶるマスコミに「言論とカネ問題」を突き付けた。これにより政治評論家の売弁売文ぶりがあからさまにされた。今に至るも新聞各社ともこの問題を採り上げていない。そして相変わらず「政治とカネ問題」で小沢派を叩き続けている。キタナイと思うのはれんだいこだけだろうか。これを暴露した野中幹事長の政治的狙いが様々に評されているが、竹下同様に政治的役廻りの軌跡を「われ万死に値す」と評したうえでの贖罪的証言ではなかろうか。れんだいこは、そう解釈している。

 留意すべきは、戦後保守内タカ派が主流派になって以来、戦後日本はバブル経済、国債刷りまくり、重税化方向に誘導され、公共事業の栓が閉められ、他方で貧富格差を生みだしつつある。日本の伝統的「上が下を思い、下が上を思う思いやり」精神が奇形化され、教育が荒廃させられ、世界史上頓馬天狗と云われる経済成長自絞殺時代を築き、今日の無惨な日本へと至っている。この間絞りとれらた国富は天文学的でなものと推定されるが、未だ実態が明らかでない。自衛隊は常時出動でいつの間にか世界各地へ派兵されている。やれ戦争協力金、復興支援金、思いやり予算等々の名目で底なしの軍事出費を強いられ続けている。これで国が逼塞しなければしない方がオカシかろうに。

 この政治過程に旧主流派の田中派、大平派が指を咥えていた訳ではない。但し、公家集団と云われた大平派からは特段の動きが為されていない。やはり頼りになるのは田中派の系譜である。二階堂派は筋を通したが政界の表舞台からは遠ざけられた。次に乱を求めたのが田中チルドレンであった。田中チルドレンは様々に分岐するが、その主力は小沢派である。小沢政治と田中政治は必ずしも同じではないが、戦後民主主義的統治制度を是として、その受肉化を図ろうとしている点では一致している。ここで仮にれんだいこ史観の如く戦後民主主義的秩序をプレ社会主義的なものと位置づければ、これを擁護しつつ戦後政治を担ってきた政府自民党ハト派は捩れているものの実は左派であったことになる。そういう目で見れば、政府自民党ハト派時代に多くのかっての転向左派が集っていたのも不思議ではなくなる。

 この系譜が現在逼塞させられており、現代政治では唯一小沢派が生き残っている。これに国民新党、社民党が繋がろうとしている。この系譜は左派と云うより或いは日本古来よりの伝統的和合政治の継承派と捉えるべきかも知れない。和魂和学、和魂洋学派であることは間違いない。この灯を消すな、否護れ、否再度政界主流派に転じさせよ、これが日本政治の今後の軌道になるべきであろう。

 さて、その小沢派がかって自民党を飛び出し、政権交代を掲げて細川政権を誕生させ、羽田政権を経て潰えた史実を遺している。小沢派は以来、冷や飯を食い続けてきた。紆余曲折の末、自由党を立ち上げ、更に紆余曲折の末、民主党と合同する。その民主党が昨年の2009年、再度政権交代を実現させ、鳩山政権を誕生させ、つい先ごろ鳩山政権は管政権へと移行した。ところが、鳩山政権から管政権への移行過程で「小沢パージ」が目論まれ、小沢は初めて無役にされた。これが現下の政治情勢である。これをどう読むのかが問われている。小沢派の終わりか、雌伏か、捲土重来があるのかないのか、「小沢パージ」の流れは是か非か等々、論者の見識が問われている。

 もとへ。こうしてロッキード事件以来再び洋魂洋学派にあらずんば人に非ずの時代を迎えているが、これも歴史の摩訶不思議なことに、丁度この時代になって洋魂洋学派の正体が暴露されつつある。かって、幕末維新-明治維新以来、文明開化の名の下に洋学摂取が進んだが、その洋学の実態はまともな西欧学ではなしにかなり歪んだネオシオニズム学の押し付けに他ならなかったことが判明しつつある。1980年代初頭の中曽根政権以来、これに疑問を覚えることなく受容した粗雑な頭脳の者のみが登用され、政財官学報司の上層部に住みつき、国際金融資本帝国主義ネオシオニズムの御用聞き政治に忠勤するという痴態を晒し続けている。粗雑な頭脳と性悪の者が権力を握って、日本の為にならない政治を為になると勝手に思い込んで権力を行使している。

 こういう政治家は居ない方が国益になるのだが、名宰相、実力派政治家として持て囃される。この時代を如何に止めさせるのかが問われているが、権力中枢の政官財学報司の六者機関中枢がネオシオニズム派に壟断されていることにより、常に事態が逆に喧伝され続けている。これにより、この複雑な政治構造式が解明できず、ネオシオニズム派の我が世の春を許したままの政治が続いている。

 2009年、民主党連合政権による鳩山政権を誕生させ、菅政権へとバトンタッチされたものの、菅政治を見ると新たなネオシオニズム派政治を敷設しつつあるように見える。鳩山政権創出前の公約は「子供手当」を除いて何一つ実行されず、郵政再改革は先送りされ、高速道路無料化公約は、経済刺激策として予定されていたものの経済刺激にならない範囲でのみ部分的に実施されると云う変態政治が罷り通りつつある。唯一実施された「子供手当」も、消費税再値上げの導入の口実として利用されつつある。菅政権は、目前の参院選に、何の必然性もないのに消費税再値上げを政治課題に押し上げ、口先では参院選の勝利を云いながらその実は水を浴びせ民主党敗退のレールを敷きつつある。

 この政治現象をどう評すべきであろうか。れんだいこは、今や国会は、政治を遊びに弄ぶ政治ピエロの巣窟と化しているのではないかと思っている。ネオシオニズム派政治に異議を唱え続ける小沢派政治、国民新党政治、社民党政治が今や僅かの希望である。しかしながら、この三党でさえ、れんだいこのメガネに叶わない。この三党を左バネで補完する真の人民大衆党が必要であると思っている。そういう意味で、左バネとしての新党創出を廻って日本政治は新たな胎動期を迎えていることになる。残念ながら、久しく無為な時間を浪費しつつあると云うことである。この認識を共にせんか。

 2010.6.20日 れんだいこ拝

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菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その3

 日本史上、敗戦が時代を画することになる。これによって戦前戦後の時代区分けをすることになる。ネオシオニズム問題をこの眼で捉えると、戦前はまだ良かった。なぜならネオシオニズムの国家侵略は未だ各界上層部にとどまり、全体では和魂和才派、和魂洋才派が主力だったからである。つまり、洋魂洋才派が権力中枢の一部を占め、残りを和魂洋才派、和魂和才派と云う構図で三者鼎立していたからである。且つ、ネオシオニズム政権が代々政権を御していたとは云え内部は暗闘していた。つまり思うように易々とはネオシオニズム政策を遂行できなかった。

 その戦前日本は世界史的な帝国主義時代の渦に巻き込まれて次第に戦争経済化へ歩を進め始め、詰まるところは各派思惑は違えども洋魂洋才派、和魂洋才派、和魂和才派の三派が戦争政策に一蓮托生し、大政翼賛会体制の下で大東亜戦争に臨み、緒戦優位は束の間で遂にネオシオニズム軍隊たる米英連合軍に完膚無きまでに叩きのめされた。広島、長崎に投下された広域大量市民虐殺の原子爆弾がトドメとなった。

 敗戦により戦後日本が幕開けする。戦勝国は戦勝国の支配を容易にならしめるイデオロギーを注入するのが法理であるからして、戦後日本は、洋魂洋学派の台頭を著しくする。和魂和才派、和魂洋才派を駆逐し洋魂洋学派であらずんば人でなしの風潮を生むことになる。これにより、戦前の皇国史観イズムは戦後民主主義イデオロギーに転換され、これが新たな神祇となった。この時点で日本は洋魂洋学派の支配する国になる筈であった。

 しかしながら歴史は摩訶不思議である。ネオシオニズムのエージェントとして送り込まれたマッカーサー将軍以下、ニューディーラー派と呼ばれる初期のGHQ将校が、「或る種の理想的社会主義国家」を求めて、ネオシオニズムの支配戦略から見ても「行き過ぎ」の左派政策を遂行する。これにより日本左派運動は空前の盛り上がりを見せて行くことになる。この風潮下で戦後憲法が制定され、ネオシオニズムの範疇に納まらない戦後民主主義イデオロギーが育つことになった。

 ところが戦後世界は次第に冷戦化し始め、それと共にマッカーサー政策が掣肘され始める。ニューディーラー派が駆逐され、マッカーサー将軍が左遷され、これにより振り子は再び古典的ネオシオニズムの統制下に戻ることになる。この時代の政権を担ったのが吉田茂率いる自由党であった。この時代に戦後日本は主権を回復する。但し、日米安保条約受け入れを余儀なくされる。これが後々の火種となり今日まで至っている。自由党政治は、洋魂洋学派、和魂洋才派、和魂和才派の三者鼎立を特質としており、これにより再度ネオシオニズム派と在地土着派との水面下抗争が開始されることになる。大ざっぱではあるが、戦後直後のGHQ政治、戦後政党政治の動態をこう捉えるべきではなかろうか。  

 以下、政治闘争の面に特化して見て行くが、実際には政治、経済、文化、思想、競技等々の全戦線で同様の抗争が立ち現われる。これらの全てを確認するのは煩雑になるので政治闘争の面のみ採り上げる。

 戦後間もなくの時代は、廃墟となった戦後日本の再建こそ眼前の政治課題であった。この時、国難に立ち上がり有能な働きを為したのは和魂和才派、和魂洋才派であった。かくして洋魂洋学派と合わせた三派が戦前同様に戦後日本政治を担うことになった。GHQ直接統治後の1950年代、続く1960年代、1970年代の三十年間、戦後日本を統治したのは、和魂和才派、和魂洋才派、洋魂洋学派が玉石混交する自民党権力であった。

 1955年、政界大編成が行われ、共産党は徳球系から宮顕系へ、社会党は左右両派が合同し、保守系の自由党と民主党が合同し自民党を創出する。これを55年体制と云う。55年体制下では、共産党の政権取り運動が止み、社会党が万年野党運動に堕し、つまり日本左派運動の系譜で政治責任を担う意思と能力を持つ党派が不在となる。成り行き自民党が政府を構成し政治、政局を御して行くことになった。これを自社二代体制とも云う。れんだいこ史観によれば、この背後に働いていたネオシオニズムの国際政治力を見て取る必要があろうと云うことになる。

 自民党政府権力の内部拮抗の中で台頭したのは吉田茂を開祖とするいわば戦後保守内ハト派であった。ここが面白い。この系譜は、吉田茂、池田隼人、佐藤栄作、田中角栄、大平正芳、鈴木善幸と続いて途絶える。この時代に戦後日本は見事に再建復興され、世界史上奇跡と云われる高度経済成長時代を築いた。1970年代半ばの時点で、日本はアメリカに次ぐ国富を持ち、このまま進めば「ツモローイズ№1」の勢いを見せつつあった。2010年代の今日の日本が幾ばくかの余命を保っているのは、この時代に蓄えられた国富のお陰である。今それもハゲタカファンドに狙われ次々と蚕食され骨川筋衛門にされてしまった訳ではあるが。もはや郵貯資金、各界の積立資金以外めぼしいものは見当たらない。今それが狙われている。

 この時代の日本を検証せねばならないのではなかろうか。戦後保守内ハト派政治は田中角栄政権時代に頂点に達するが、れんだいこ史観によれば紛うことなき左派政治であった。左派政治と云う表現が嫌な方に対しては人民大衆政治と言い換えても良い。この時期の日本人大衆は等しく善政のおこぼれに与っている。

 日本列島は各地で都市と農村の有機的結合化に向かっており、今日的な疲弊なぞ有り得べくもない。ほんの例外を除き国債は発行されておらず消費税も導入されていない。日本列島は各地で公共事業に沸き、これにより社会資本が整備され、これを背に大中小零細企業が旺盛に事業展開し、日本はうなりを挙げて技術立国化しつつあった。雇用、医療、年金が確立され、高福祉社会を実現しつつあった。

 内治政治に対する有能さは外治政治にも表れた。日中国交回復、日ソ交渉、西欧各国との対等外交、アジア諸国との友邦外交、アラブ諸国との友好親善等々目覚ましい活躍をしている。つまり、日本型社会主義と規定できる質の善政政治に向かっていたことになる。今日からみれば驚きの自主自律外交を展開している。これを日米安保体制下で押し進めた田中政権は、その矛盾故にいずれ手酷いしっぺ返しに遭うことになる。これについては次章で述べることにする。

 興味深いことは、戦後保守内ハト派政治を支援していたのが和魂和才派、和魂洋才派であった。各界の有能士が現われ、阿吽の呼吸で活躍していた。その後の日本は、この有能政治、社会を絞殺して行くことになる。この時活躍したのが洋魂洋学派である。和魂和才派、和魂洋才派、洋魂洋学派の識別史観で捉えると、こういうことが見えてくる。恐らくこう云う風に捉える史観はなかろう。れんだいこ史観と云う所以がここにある。この史観に照らすと、これまでの善人が悪人に悪人が善人になる。名宰相が売国奴に諸悪の元凶が有能士になる。学問を机上ではなく市井でせねばならない理由がここにある。

 戦後からこの時期まで日本左派運動はかなり隆盛していた。しかしながら、体制転覆ないしは体制批判一辺倒でやり過ごし、日本史上の和魂和才派、和魂洋才派、洋魂洋学派の暗闘に対して余りにも無頓着であった。否むしろ洋魂洋学派と気脈を通じて和魂和才派、和魂洋才派及びその政治を排撃するのに忙しかった。これに違える例があるとすれば、60年安保闘争の岸政権打倒運動であったであろう。かの闘いにより、洋魂洋学派のネオシオニズム政治を排撃し、その後約二十年間を和魂和才派、和魂洋才派を主流とする政治をもたらした。これに貢献した60年安保闘争の意義、特にブント全学連の闘いは称賛されるに値するように思われる。

 だがしかし、その後の日本左派運動は、穏和派は穏和なりに急進派は急進なりに60年代、70年代を領導した戦後保守主流派のハト派政治時代に最も激しく反政府運動を展開し、タカ派政治時代になると逼塞する。本来は逆にならねばならぬところ、こういう本末転倒的役回りを演ずると云う愚挙を見せている。これをどう総括すべきだろうか。日本左派運動は、この辺りを総括せずんば明日はなかろう。その明日のないままにここ二十年来やり過ごしているように思われる。今一度軌道を転回せねばならないのではなかろうか。この見立てが、れんだいこ史観の本領であるえへん。

 2010.6.19日 れんだいこ拝

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菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その2

 そういう結構な尊徳思想がありながら、その後の日本は幕末維新-明治維新期に遭遇するや在地土着思想を卑下してかなぐり捨て西欧主義的文明開化の道へ向かった。そのこと自体は時代の趨勢であり非ではないのだが、今から思えば和魂洋才で摂取すべきであったところ、この時期のいわゆるエリート族がこぞって洋魂洋才に向かった。かって我々の先祖が漢学、天竺学導入の際に日本学の枠中に導入し見事に咀嚼したように西欧文明を吸収すれば良かったのに残念ながらできなかった。

 幕末維新-明治維新以来の文明開化は、和魂和学、和魂洋学を捨て洋魂洋学方向へ舵を切った。これにより祖国と民族のアイデンティティーを失ったインテリゲンチュアを粗製乱造して行くことになった。明治以前以降のインテリの質の差はこれによると思われる。これに悩んだ夏目漱石は相当の智者であったと云うことになる。悩まなかったその他大勢のインテリゲンチュアの軽薄性を知るべきではなかろうか。

 洋魂洋学派は概して知能が低い。それが証拠に、文明開化の名の下にテキスト化されていたのが西欧文明一般ではなくネオシオニズム思想に基づく学的体系であったと云うのに、それを見抜けぬままネオシオニズム思想を西欧文明一般であるかの如く錯覚させられたまま吸収して行った。そういう頭脳でしかなかったと云うことであろう。

 かって戦国時代に於いては、バテレンによって布教されたネオシオニズム思想に対し、神主僧侶を知的階級として庶民レベルまでも、その一神絶対教の非を問答して応答し、日本宗教の多神多仏相対教の是を逆に説いている。これにより、バテレン教は他の諸国ほどの広がりを見せなかった。バテレン教の流行るところ多くの神社仏閣が焼き打ちされたが、神主僧侶側は更なる策動を許さなかった。日本の在地土着的な神々信仰は揺らがなかった。

 当時の最高権力者となった豊臣秀吉は英明にもバテレン教の奥に潜む日本植民地化の動きを察知し、宣教師追放令で取り締まった。後継政権の徳川家康も又その政策を継承した。三代家光将軍の時に鎖国が完成するが、長崎の出島での往来のみ許した。何事にも一長一短あるので鎖国是非論は難しいが、日本植民地化の危機を未然に防いだことは確かである。欲を云えば、これで良しとせず、引き続いて世界の事情にアンテナを張り続けるべきであったであろう。ネオシオニズムに対してはそれほど警戒すべきであった。

 それはともかく、かくして太平の世が訪れ約250年続くことになった。その平穏が黒船来航と共に破られた。この時、ネオシオニズムが再上陸したことになる。そういう意味で、幕末の黒船来航は、日本史上初めての過去に例のない日本溶解的目論見を持って登場した異思想の本格的来襲であったことになる。大いに警戒せねばならなかったが、これに気づく者は少なかった。さすがにと云うべきか孝明天皇及びそのブレーンが逸早く的確に見抜き、公武合体による攘夷運動を盛り上げて行った。但し、攘夷運動の精神的支柱として采配を振るおうとしていた孝明天皇は暗殺され、これに呼応した第14代将軍・徳川家茂も毒殺される。当時の朝廷、幕閣内へのネオシオニズム派の容喙を見て取るべきであろう。

 以降、幕末維新、明治維新の底流にこのネオシオニズムが一層浸透し続けて行くことになった。ネオシオニズムの危険性は、在地土着の有能の士を次から次へとテロって行くことでも認められねばならない。今、坂本竜馬ブームであるが、竜馬暗殺はネオシオニズムの線からも洗われねばならない。どういう訳か、ここに目が向かわない詮索ばかりが流行っている。やれ新撰組説、見回り組説、薩摩藩説、紀州藩説、土佐藩説等々があるが、内戦化でひと儲けを企てていた目論見を大政奉還でくじかれたネオシオニズム派による粛清説の線も洗われるべきではなかろうか。

 やがて明治維新を迎えるが、明治維新期の薩長門閥の殆どはネオシオニズムのエージェントである。この時期、維新政府内は在地土着派とネオシオニズム派が暗闘する。征韓論争を経ての西郷派の下野、続く各地での士族の反乱、最後の大決戦たる西南の役に於ける反政府闘争とは、幕末維新以来の継続革命を夢見る在地土着派のネオシオニズム派政権に対する抵抗であったと捉えねばならない。かく捉える史観がなさ過ぎよう。俸禄を失った士族の復古的な不平不満運動などと捉える評は余りに平板化していよう。

 西南の役後の日本は、ネオシオニズム政権により着々と日本帝国主義化の道へ向かわしめられた。薩長門閥政治はこの頃の政治を云う。ネオシオニズム政策の向かうところ必ず国内収奪、海外侵略即ち戦争の道になる。日本は態良くネオシオニズムの駒として使われ始める。日清、義和団事件鎮圧出兵、日露、第一次世界大戦、シベリア出兵、第二次世界大戦へと行きつくことになる。

 時代は明治、大正、昭和へと続く。この間、反戦派の大正天皇は押し込められ、近代史上未曽有の不敬事件が発生している。これにより軍部が著しく台頭し始め、国家予算の半分を軍事費が占めるようになるほど奇形化して行くことになる。ご多分にもれず国債が刷り抜かれ悪循環に陥る。日本帝国主義は国内の疲弊打開と戦果を求めて中国大陸を徘徊し始める。

 ところが歴史は摩訶不思議で、日本帝国主義は定向進化し続け次第に自立化し始め、天皇制イデオロギーのみならず被植民地化されたアジア諸民族の解放まで鼓吹し始める。満州国の建国辺りが節目となるように思われる。これに応じて次第にネオシオニズムとの権益紛争を起すようになる。その挙句として第二次世界大戦に誘いこまれ、やむなく大東亜戦争へ突き進み、結果的に敗戦を余儀なくされる。見ようによっては豚の子戦略で太らされた挙句召しとられた格好となる。明治、大正、昭和20年史の歴史ベクトルはおおよそこのように回転したのではなかろうか。れんだいこ史観によればこういう観方ができる。

 それはともかく、この時代、ネオシオニズムの日本政界壟断の動きは政界上層部のそれであった面が見受けられる。何となれば、一般の人民大衆レベルではこの時期に於いても在地土着的な生活規範が根強く機能していたように思われる。幕末攘夷思想の大本となった水戸学、伝統的な神仏信仰、幕末新宗教、尊徳思想等々が脈々とあるいは細々と活きていたと思われるからである。これを是と見るか非と見るか、その歴史観が問われているように思われる。

 2010.6.19日 れんだいこ拝

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菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その1

 今れんだいこはなぜ二宮尊徳に学ぼうとしているのか。三戸岡道夫著「二宮金次郎の一生」により履歴を知り、「尊徳夜話」を読む進めて行くうちに、これは三戸岡氏ならずとも大いに称揚して行くべしと思うようになった。現下の財政破綻期の日本には特に尊徳思想の処方箋が必要なのではなかろうか。このところ自公政権以来の給付金バラマキ政策が続いているが、れんだいこの理解する尊徳思想によれば邪道なものでしかない。

 れんだいこの理解する尊徳思想によれば、こういう時期にあっては軍事防衛費等々非生産的経費の総量規制に断固たる大ナタを振るい、代わりに民力向上の諸施策に向かわねばならない。あくまでも期すべきは税収の自然増であり、その為の諸施策を講ぜねばならない。その為に真に必要な公共事業を大いに盛んにし、同時に農工商の経営環境を好転させるべく、それを阻害しているものを除去せねばならない。今日的には原始的な財政再建策であるが、基本はこうでなければなるまい。れんだいこの眼には、累積国債と消費税が大きなガンになっているように思われる。これに依拠しない財政策こそ真の政策であり、逆は逆であるように思われてならない。

 目下の問題で云えば、菅政権の消費税増税による財政再建政策は打つ手が逆であり危うい。恐らく、国債累積推進と消費税導入派の口車に乗り、更なる失態を演じようとしているように見える。類は類を呼ぶの法理で云えば、菅も同じ程度の頭脳と云うことであろう。角栄、尊徳先生のツメの垢でも煎じて飲めば多少は効くのだろうが、反角栄、反尊徳政治を目指すことで正義ぶる折柄、漬ける薬はないと云うべきだろう。

 思えば、尊徳思想とは、幕末の黒船渡来以来急ピッチで浸食し始めた西欧思想と云う名の実はネオシオニズム思想に汚染される前の原日本人的土着思想に基づく幕末版社会思想なのではなかろうか。原日本人的土着思想は本来体得感応すべき不文のところ、弟子の手により膨大な教話を遺して明らかにしている点で「尊徳夜話」の価値は高い。且つその思想の質の高みが、混迷窮地に立ち至っている現代日本を脱する処方箋を呈示していると思われる点で、日本総国民の必須指定学習文献とすべきではなかろうか。尊徳思想は学び実践し伝えられて行くべき日本の宝であり、これを絞殺してきた歴史こそ不審の眼で見直さねばならないのではなかろうか。

 れんだいこは自今、尊徳思想をもっと学び、れんだいこの時事評論の随所に尊徳思想の諭しを入れて行こうと思い立った。外来思想の警句で味付けする政治評論家が多い今日ではあるが、日本にも内部から自生した勝れた文句があることを知らしめようと思う。外国文明を排する為ではなく、日本文明にも精通してこそ意味があることを知らしめんが為である。日本の自由、自主、自律は言葉から思想から始めねばならぬ。そういう思いから今後、角栄、尊徳思想を広めて見たいと思う。れんだいこ的には、中山みき思想と角栄思想と尊徳思想をミックスさせた政策を生みだして行くのが日本再生の真の処方箋ではなかろうかと思っている。

 以上が総論であるが、尊徳思想をもう少し詳しく概括しておく。尊徳思想の特質は、幕末日本の農事、工事に適用した実践訓話集で、いわば縄文的土着思想の高度性を称揚し、この思想で導かれる穏和的な世直し、世の立て替え思想であると規定できよう。尊徳思想を如実に伝える「尊徳夜話」では全編で、原日本人的土着思想の質の高みからの農事、工事の指導、地域、藩の再建、ひいては世直し、世の立て替えを指南している。これを説く為に時に外来の仏説、儒説、古典中国思想を引用しているが、それらは見事に尊徳思想に焼き直され、咀嚼吸収された上で紡ぎだされている。あるいは時に、神、仏、儒思想の限界をも指摘して、尊徳思想の実践的有効性を自尊している。全て尊徳の経験に裏打ちされた諭しとなり且つ実践の手引きとなっている。ここに尊徳思想の特質がある。これだけの思想、教本を学ばぬ手はなかろう。

 れんだいこは、尊徳思想とは役行者(えんのぎょうじゃ)の幕末再来ではないかと比定している。役行者を知らない方の為に付言しておけば、聖徳太子以来の、最澄、空海に先立つ中間にあって、日本式仏教の型を創造した真の開祖であると規定できる。役行者あればこそ最澄、空海式仏教が生まれ、仏教の日本化としての独特の神仏混淆宗教が創造された。その元一日の開祖の地位にある人物である。二宮尊徳をして、その役行者の幕末版と云えば褒め過ぎだろうか。あながち的外れでもない気がする。少なくとも、二宮尊徳と大原幽学と中山みきを合わせれば、この云いは決して大袈裟ではなかろう。してみれば、今更ながら幕末時には数多くの役行者が生みだされていたことに気づかされる。

 役行者については「山伏修験道考」で推敲しているので、興味があれば読めば良かろう。
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/rekishi/kodaishico/nihonshindoco/yamabushisyugendoco/yamabushisyugendoco.htm

 日本史は窮地に陥るやそのつど、類まれなる英明思想とそれを体現する政治家を生みだして乗り切って来た。その源泉はいつも原日本人的土着思想とも云える縄文思想であり、そこから叡智を汲みだして来た。社会状況の違いを踏まえ、古来よりの伝統思想を新しい時代に合わせ、適切な処方箋を生みだして来た。役行者を始祖とする山伏修験道の系譜は、その際の源泉である。れんだいこが山伏修験道に注目する所以であるが、明治維新以降、山伏修験道は弾圧されてきた。その理由をも問わねばなるまい。これについてはいつの日か論じたみたいと思う。

 2010.6.7日 2010.6.17日再編集 れんだいこ拝

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「菅政権に対するれんだいこ書簡」を読み直しての感慨

 れんだいこは、菅政権が発足するに当たり「菅政権に対するれんだいこ書簡」をものした。全5部作で、その1部、2部が阿修羅で紹介され、数百人のヒットが確認されている。今、「れんだいこブログ」ができたので、ここに改めて5部全文をサイトアップしておくことにする。なぜなら、菅政権が、れんだいこが危惧した通りのシオニスタン政治に邁進しているからである。想定内のことではあるが、その手の内を確認することは無駄ではあるまい。そういう思いで、以下サイトアブしておく。

 但し、まだ上手な使い方が分からない。本当はホルダーに入れ、一つずつ開けて読めば良いのだろうが、ブログでできるのかどうか分からないので、順次作成することにする。皆さま方の批評を請う。但し、まだ返信の仕方が分からないので失礼の段はご容赦願う。そのうちマンツーマンで特訓を受けようと思う。

 菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その1

 菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その2

 菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その3

 菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その4

 菅政権に対するれんだいこ書簡-和魂洋学に立ち戻れ。その5

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ronpyo/jijihyoronsyu/kanterajihyo/kanterajihyo25.htm

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ronpyo/jijihyoronsyu/kanterajihyo/kanterajihyo26.htm

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日共内政変の兆しあり-読み過ぎだろうか

 新年から10日、日共機関紙「赤旗」の論調が変わりつつある気がする。日共は、2011.1.1日紙面で「問題化した“小沢マネー”総額なんと83億円 証人喚問で説明必要」と題して悪質なフレームアップで小沢どんパージの狼煙を挙げたが、その後鳴りを潜め、菅政権批判に集中し始めている気がする。1.9日紙面は、「5紙『共同社説』!?消費増税・TPP『有言実行』迫る」と題して、菅政権のシオニスタン政治を裏支援する新聞各社の共同歩調ぶりを批判している。

 それによれば、全国紙5紙(「朝日」「読売」「日経」「毎日」「産経」)が8日までに一斉に中身のほぼ同じ社説を掲載したことに対して異常としている。社会保障財源を口実とした消費税増税と環太平洋連携協定(TPP)への参加、消費税増税に向けた共同歩調の煽りを批判し、日本新聞協会の新聞倫理綱領「あらゆる権力から独立したメディアとして、正確で公正な記事と責任ある論評」を提供する」としている「この綱領が泣くような状況です」と述べている。1960年6月、在京7紙の「7社共同宣言」を想起させる愚挙であり、「メディア自身の行き詰まりを示しています」と結んでいる。

 日共内部で何事か突き上げが起こり、姿勢転換した気配が認められる。しかし、自己批判抜きにジグザグするので、そのうち又もや「小沢どんパッシング」に再転換するかも知れない。

 ようやくまともなスタンスに戻ったと云うことになろうが、ならばこの間の「小沢どんパッシング」の急先鋒を務めてきた経緯に対して釈明の一つでもすべきではなかろうか。本来は、ロッキード事件で果たした「正義」にまで立ち戻り、検証せねばならない。この間の「検察が首根っ子を抑えている間に、これに呼応して我々は下の急所を蹴り上げる」なる検察正義論に対する自己批判も必要であろう。

 今現在何が問題かと云うと、小沢派と菅派で二分対立している民主党内政争に於いて、日共がどういう姿勢で臨むのかが問われている。極反動を露わにしつつある菅政権を叩かずに、政策的にやや近い方の小沢派叩きに興じているのが変調ではないかというところにある。

 れんだいこは、先の「れんだいこのカンテラ時評879、れんだいこブログ記念『共産主義者の宣言のエキス読みとり考』」で、日共の変調を指摘したつもりである。即ち、左派運動のバイブルである「宣言指示」によれば、運動全体の利益を重視するのが肝要で、党派の独善利益に執着するセクト主義を強く戒めていると窺うべきところ、日共運動はこの戒めに反しているのではないかと指摘した。「宣言指示」に従う限り、結果的に政策的にはやや近い方の小沢派叩きに興じるなどは本末転倒で有り得てならない。にも拘わらず、そういう変調方向を指針させる日共党中央とは何者ぞと問うたつもりである。

 れんだいこの解析によれば、日共党中央の変調の歴史は古い。19555年の六全協で、宮顕-野坂系がそれまでの徳球-伊藤律系党中央を転覆し、宮廷革命で党中央を奪権して以来のことになるので、かれこれ55年余を経緯していることになる。同一系執行部が55年余継続している例は他になく不倒の長期政権となっている。これを思えば、この牢化体制こそイの一番に打倒すべきではなかろうか。

 これまで、明らかに指導方向が変わったにも拘わらず同じ党名でやるものだから、多くの人民大衆は訳のわからないまま戦前来の畏敬で共産党を遇して来た。しかし、左派運動をマジメにやった者からすれば、肝心なところでいつも反革命に興じる宮顕-野坂系党中央に腹立たしさを覚え、いつしか反代々木、反日共の立場に転ずることになった。しかし、それは一部で多くの人民大衆は相変わらず日共を共産党と思って来た。しかし、その仮面が今至るところで見破られ、それが支持率低下に繋がっている。

 そういう日共の最終局面が近づきつつあるように思われる。赤旗のここへ来ての論調変化は、宮顕-不破-志位ラインの破綻の始まりではなかろうか。もうエエ加減にして貰いたいとの内部的突き上げのゴングが鳴り始めているのではなかろうか。もとより楽観は許されない。微妙ながら、そういう変化が感ぜられるという程度の話でしかない。しかしながら、この流れは不可逆的であるようにも思われる。そういう意味で注目したい。

 れんだいこのこの読みは早計だろうか。自信はないが兆しはあるのではなかろうか。日本左派運動がまともなものにならなければ、世の中全体がオカシくなる。空気抜きさえできないから変な犯罪が増える。やはり左バネは必要だと思う。

 2011.1.9日 れんだいこ拝

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2011年1月 7日 (金)

読売-日共連合の怪考

 読売が記念物的な「2011.1.1付付け社説『世界の荒波にひるまぬニッポンを 大胆な開国で農業改革を急ごう』」を載せた日、日共の機関紙赤旗の主張が「問題化した“小沢マネー” 総額なんと83億円 証人喚問で説明必要」で歩調を合わせている。読売と日共は陰に陽にこういうツルんだところが見受けられる。誰かそう思わないだろうか。

 れんだいこの解は、この読売-日共連合は、宮顕とナベツネから始まると読む。してみればかれこれ60年余になる。ここでは子細に述べるのは割愛する。宮顕後は、ナベツネ-不破関係に転じる。読売が日共関係のスクープを飛ばすのは、ここに原因がある。昨年は、不破が読売の連載記事「時代の証言者」に登場し、29回にわたって履歴を綴っている。内容の味気なさはともかく蜜月ぶりが分かろう。

 オチは、読売が、これをネット上にサイトアップした管理人に著作権違反で削除を要請したことだろうか。「連載記事、『時代の証言者』共産党・不破哲三シリーズは転載を許諾したことはないと読売新聞社がおっしゃっています。残念ながら指摘に従うしかないので、まもなくすべての記事を削除します。そして先ほど削除を完了しました」なる顛末となっている。こうなると、元々記事を読ませるのが狙いではなかった、読売と不破の蜜月ぶりを確認するところに裏意味があったと云うことになりそうである。

 それでは、どういう裏意味があったのだろうか、これを推測する。れんだいこは、不破の読売紙面登場は、来る小沢どんパージに読売が本格的に乗り出す、日共がロッキード事件の時と同じように総力を挙げて支援すると云う「堅めの杯」ではなかったかと思う。

 面白いことは、意に反してそうは問屋が卸さないところにある。かの時に較べて人民大衆の日共離れが格段に進んでいる。インターネットの登場で在野からの批評が盛んで、日共如きが如何に口を上手に廻そうとも瞬時に対抗言論が生まれ、そう易々とは成功しない。加えて、日共が小沢どんの証人喚問太鼓を叩けば叩くほど、れんだいこが宮顕問題の証人喚問太鼓を叩き返す。日共がバチを強めれば強めるほど、れんだいこのバチも強くなり、仕舞いにはどちらかがバチ当たりになるふふふ。と云うようなこともあり、読売-日共連合の思惑通りには進まない。

 そういう意味もあって、れんだいこは、2011年初の日共赤旗の主張を見て対抗的に、れんだいこ論文集の最新論文に「宮顕リンチ事件考」をサイトアップした。6、7年前に書きあげたものであるが、今その価値はますます高い。こたび、読み直して再編集しつつある。これを是非紹介したい。

 「宮顕の小畑中央委員査問リンチ致死事件考」
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/nihon/miyakenco/rinchizikenco/rinchizikenco.htm)

 「左往来人生学院」
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/jinsei/)

 この価値がなぜ高いのか。それは、菅政権の裏切り革命としての民主党潰し策動が、当時の宮顕の裏切り革命としての共産党潰しにダブるからである。そういう意味で、当時の宮顕の共産党潰しの方策としての党内査問運動に精通しておくことが、今日の菅政権の民主党潰しの方策としての小沢どんパージ運動の手口を知る上で役立つことになる。これが、「宮顕リンチ事件」論文単独サイトアップの意義である。

 単独サイトアップのもう一つの意義として、小沢どん証人喚問を叫び続ける日共に果たして資格があるのかと問い、資質を疑い、これを共認したいと云う狙いがある。これにより、証人喚問するなら日共こそそれに値する、その日共に人様に道理や倫理を説く資格があるのかと改めて問いたいと思う。かって国会で質疑され、政局浮上の最中、ロッキード事件が勃発し掻き消され、そのまま現在に至っている。そういう意味で解決済みではなく、いつ再燃してもオカシくない。

 それは必然的に現下日共の党中央の総退陣を余儀なくさせる。しかし、それが良いのではなかろうか。日共の下部党員は長年にわたって党中央に変調指導され続けることによって精神的奇形を余儀なくされている。これを解放する為に、もうそろそろ60年にもならんとする宮顕-不破指導のクビキから逃れさせるべきではなかろうか。余計な御世話だと云う声もあろうが、よくぞ代弁してくれたと云う声も聞こえてくるであろう。

 そこで提案がある。「れんだいこの宮顕リンチ事件考」を読み、その通りなのか、どこが間違い解釈なのか議論して欲しい。知らないことが一番良くない。当然、れんだいこは必要な限りで受け太刀して見せよう。この議論過程で新資料、新知見が生まれるかも知れない。仮にれんだいこの解析構図が間違っていたことが判明したら、万座の前で自己批判しよう。逆の場合にはこれまでの党中央弁護の姿勢を自己批判して貰いたいと思う。こういうギリギリの議論も時には必要なのではなかろうか。

 「宮顕の小畑中央委員査問リンチ致死事件考」なぞには興味がないと云う者が居たら、その御仁が弁論術を磨きたいと云う方であったなら、理屈を云わずに本事案を読み進め、宮顕の弁論術を習って欲しい。そして、れんだいこの対抗弁論を批評して欲しい。この事件は、ロッキード事件と双璧の弁論教材であることを請け合う。白を黒と云い含めるには、どういう論理論法が必要なのか手に取るように分かる。逆も然りで、白を黒と言わさない為には、どういう論法が必要なのかが分かる。この事件を学ぶことには、そういう意味もある。興味を覚えれば読んでみることだ。

 さて、菅政権はいよいよ断末魔の悪あがきをし始めたようである。もがけばもがくほど醜態を見せることになるが、そのはしたなさに気づかないほど権力妄想に駆られているようである。先だっての官邸新年会で、うれしそうに「首相が各部屋を回って懇談、公邸内も案内した」ようである。小泉の下半身話もあるまじき首相資質であったが、菅の茶目っけも程度を越している。

 菅だけがオワったのではない。菅政権に群がった者は同罪で、重役であればあるほど菅同様の裁きを受ける。それは、小泉派の運命と同様である。未だに復権執念を見せているようではあるが、形勢利あらずどころか近未来に歴史法廷が待ち受けていよう。頼みの国際金融資本帝国主義内部そのものが分裂必死で、これまでのような産軍複合体路線はもはや無理筋なのだと云う事が分からないらしい。それでも頼みの綱と思い込むのはパラノイアと云わざるを得ない。パラノイアはサイコパスと通底している。

 さぁて我々は新時代を展望せねばならない。今日の生産力と科学技術を使って如何ほどの改変ができるのか、これをおおらかに語る稽古に向かわねばならない。近現代史に現われたネオシオニズム的な独善による強権支配政治を過去形にせねばならない。人類の叡智をもっと真っ当な方向に使わねばならない。人民大衆が地球的レベルで相和し睦みあうマナーとルールの形成に向けて新シルクロードの道を開拓せねばならない。その前に、立ちはだかる政界遊び人を逆御用せねばならない。今はそういう時ではなかろうかと思う。

 2011.1.7日 れんだいこ拝

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2011年1月 6日 (木)

「2011.1.1日付け読売社説」を請負う菅政権の張り切り考

 2011年の年始早々、菅首相の「小沢どん退治」のボルテージが上がり続けている。薬物的昂揚の感があるが、いつまで続くのだろうか。れんだいこには、薬が切れてションボリ一気に憔悴する菅の姿が見えている。「菅の張り切り」の舞台裏を種明かしすれば、国際金融資本帝国主義の指令請負でしかなく、菅の粗脳が上手く利用されているに過ぎない。それにしても、日本政治は、まことにケッタイな首相を延命させ続けていることになる。既に他の分野での時代転換に比して政治の遅れが際立っている。菅は、かの小泉政治以来の小泉より更に粗脳のシオニスタン政治を演ずるピエロに過ぎない。今やこういう政界遊び人をいつ始末するかになりつつある。

 菅政権の政局ミッションは分かり易い。2009年衆院選で300議席余を取った民主党を幻滅させ、その極みで衆院選に打って出て、政権交代政権に壊滅的打撃を与えると云うもので、菅はこれを担うお調子者ピエロである。俗にこれを裏切り反革命と云う。そういう意味では衆院選は案外と早まるかも知れない。そういうシナリオが作られており、そのタイミングが計られていると思った方がよい。菅政権を引きずりおろさない限り、抜き打ち解散が大いに現実味を帯びつつある。

 これを指図しているのが、不思議なことに今もなお中曽根-ナベツネの90歳同盟である。この二人が国際金融資本帝国主義日本支部のよほどの高位であることが分かる。これを思えば小泉-飯島-竹中などサンシタ役者でしかなかったことになる。菅政権は、国民新党の自見・内閣府特命担当大臣(金融担当)を除きほぼ全閣僚が中曽根-ナベツネに掴まっていると思えば良い。つまりトンデモ政権が誕生していることになる。してみれば、小沢派を除くと民主党内はオールシオニスタンと云うことになる。まぁこういうことが誰の目にも分かっただけで僥倖とすべきかも知れない。

 菅政権の政策ミッションを確認しておく。これは、2011.1.1付付け読売社説「世界の荒波にひるまぬニッポンを 大胆な開国で農業改革を急ごう」が明らかにしている。それによると、菅政権はよほど使い勝手が良いようで「強靱(きょうじん)な政治指導力」が期待されている。つまり、今しばらく利用しようと云うスタンスであることが分かる。

 さてそれで何をやるべきかと云うと、まず「日米同盟の強化」だと云う。どこまでむしり取られたら気が済むのかと云う人民大衆の怒りが蔓延しつつあると云うのに「更に貢げ」と示唆していることになる。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件と、メドベージェフ露大統領の北方領土視察、朝鮮半島の不穏を引き合いに出し、「強固な日米同盟が不可欠だ」としている。自律自存の道ではなく、自衛隊の米軍指揮下への一層ののめり込みを指針させているところが読売らしい。この論調を定向進化させると、グローバルな規模での米軍経費の日本肩代わりが待ち受けていることになる。何せ既に仕切りがないのだから、向こうからは取れるだけ取れ、こちらからはお供えできるだけお供えせよと云うことになる。そういう魂胆のようである。

 次に、環太平洋経済連携協定(TPP)締結を煽っている。要するに、日本は軍事のみならず食料においても国際金融資本帝国主義の支配下に更にのめり込めと云っているに等しい。読売社説は、その道が正義だと云う。次に、消費税率上げを煽っている。これまでわざと放漫財政政策と国策不況政策を敷かせ、その挙句に「早晩、日本の財政は破綻してしまう」との論法で「消費税率を引き上げる以外に、もはや財源確保の道がないことは誰の目にも明らかだ」としている。次に、これをやり切るのに菅政権の政権基盤は脆弱(ぜいじゃく)だとして、政界再編を促している。「保守系救国連立政権」を組み、然る後に衆院解散総選挙に打って出よと煽っている。

 してみれば、国際金融資本帝国主義の当面の狙いは、1・「日米同盟の更なる強化」、2・環太平洋経済連携協定(TPP)締結、3・消費税率上げ、4・「保守系救国連立政権」創出、5・衆院解散総選挙が狙いであることが分かる。何と恥ずべきシオニスタン正体丸出しの社説であることか。「2011.1.1付付け読売社説」は、誰の手になるものか分からないが記念碑的な社説になるように思われる。

 さて、年初来の菅首相の張り切りは、これを遮二無二やります、だからもう少し政権の座イスに温もらせて下さいと云う誓約に過ぎないことになる。こういう菅政権をれんだいこが査定すれば、その資質劣性と粗脳ぶりに於いて小泉政権並みか或いはそれ以下と云うしかない。しかし、物事は考えようで、こうはっきり馬脚を露わにしてくれたお陰で、人民大衆にとって誰が友であり敵であるのか分かり易くしてくれた功はある。れんだいこ的には、角栄を悪しざまに云う者の末路が見えて興味深い。今なお、角栄がリトマス試験紙になっていることに驚かされる。

 さぁて結論。民主党内政変で菅政権を引きずりおろさない限り早晩衆院解散になる。これを是とするのなら菅政権で行けば良い。非とするのなら断固首を替えねばならない。首を替えたとしてシオニスタンならたらい回しに過ぎない。三番手政権は、今度は反菅派で行くしかないではないか。その節、れんだいこを政治顧問で抱えてくれふふふ。

 2011.1.6日 れんだいこ拝

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れんだいこブログ記念「共産主義者の宣言のエキス読みとり考」

 「共産主義者の宣言」(通称「共産党宣言」、以下単に「宣言」と云う)を読んで何を学ぶのか、この肝心なところが案外と疎かにされている気がしてならない。いい加減な翻訳が流布され、それが通用したまま経緯し、情勢的に見てマルクス主義なぞどうでも良くなりつつあるご時世であるから、「宣言」にマジメに取り組む方が変わっているのかも知れない。しかし云いたいことがあり、この一文を、れんだいこブログ開設記念とする。少々硬い話になるが性分だから仕方ない。

 「宣言」のどこを学ぶべきか、こう問う時、今日からして色褪せたところもある。しかし色褪せさせてはいけない示唆もあると心得たい。この色褪せてはいけない文言を今日の情勢に照らしつつ確認してみたいと思う。

 「宣言」は7部構成になっており、「前置き」以下の本文が「1・ブルジョアとプロレタリアート」、「2・プロレタリアと共産主義者」、「3・社会主義者及び共産主義者の史的考証」、「4・種々の反政府党にたいする共産主義者の立場」に分かれている。次に「人名注、事項注」、最後に「解説」を加えて冊子となっている。これがマルクス主義のいわばバイブルである。そう分厚いものでもないが、その割に子細には読まれていない気がする。こういうことが許されるだろうか。ふまじめとしか云いようがない。

 ここでは、「4・種々の反政府党にたいする共産主義者の立場」の項の、共産主義者が種々の反政府党に対する採るべき態度及び立場を検討する。これまでの左派運動が「宣言」の指示に如何に外れており、あらぬ運動に耽っているかを確認したい。「4・種々の反政府党にたいする共産主義者の立場」は実は短文である。それだけに確認し易い。同時に選りすぐりの珠玉の指導が為されていると窺うべきであろう。以下、訳文はれんだいこ文である。サイト下記の通り。

 「共産主義者の宣言」
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/gensyokenkyuco/kyosansyugisyasengenco/kyosansyugisyasengenco.htm)

 「宣言」は云う。「共産主義者は、労働階級が直面している利害を擁護せんとして目下緊急の目的を達成するために闘う。しかし当面の運動の中にあっても、運動の未来を気にかけている」、「共産主義者はどこでも、あらゆる国の民主主義諸政党との同盟と合意に向けて骨折り労を為す」。かく述べつつ、イギリスのチャーチスト運動、アメリカの農地改革運動、フランス、スイスの民主社会主義運動、 ポーランドの農業革命運動、ドイツのブルジョワジー派の民主主義運動を例示して、それらとの同盟、共闘の是を説き、但し「大革命から伝統的に受け継いだ空文句や幻想については、批判的立場をとる権利を保持している」とも述べている。「共闘しつつも没化しない」姿勢を指針させている。

 「宣言」は次に、ドイツに注目して、反動的支配と闘うブルジョワジーの民主主義運動に対する支援と、ドイツの反動的諸階級を倒した後には直ちに対ブルジョアジー闘争を開始し、プロレタリア革命に向かわねばならないと指針させている。ここは難しいところであり、ここでは問わない。

 マルクス主義的共産主義者であるかどうは所有問題が試金石であるとし次の文句で結んでいる。「共産主義者は、自分の見解や目的をかくすことを恥とする。共産主義者は、自分たちの目的が、現存する社会的諸条件を暴力的に転覆することによってのみ達成できることを公然と宣言する。支配階級をして共産主義者革命のまえに戦慄せしめよ! プロレタリアは鉄鎖のほかに失うものも何もない。プロレタリアには、勝ち取るべき世界がある。万国の労働者よ、団結せよ!」。

 今となっては「宣言」のこの指針がいかほどに有効有益なのかは分からない。そういう意味では、もはやどうでも良い。但し、どうでも良くないのは次の戒めではなかろうか。「宣言」は、マルクス主義運動の常態としての共闘化運動を指針させているように思われる。れんだいこが、「共闘指針」を何故に気に入るのかと云うと、「運動の共闘化」は「宣言」が云おうが云うまいが、マルクス主義の運動であろうがなかろうが、政治運動の普遍的な教条とすべきではなかろうかと思うからである。留意すべきは、「運動の同盟化、共闘化」は本質的に共同戦線運動であるべきであり、党派の統制が見え隠れする統一戦線運動ではないとする知見を得るべきではなかろうか。

 だがしかし、史上に現われたマルクス主義派の運動は統一戦線運動であった。それが証拠にマルクス主義関連の諸書を紐解いて見れば良い。理論として統一戦線論はあっても共同戦線論はない。この偏狭さを疑わず良しとして来たのが自称マルクス主義各派の運動であった。とはいえ、各派が衣の下に鎧を着けたまま統一戦線運動するものだから碌なものにはならない。党派の数だけの運動体が生まれ、究極少数の党派だけ運動になってしまう。そういう愚かな運動を延々とやって来ているのがマルクス主義派の運動である。

 しかしながら、「宣言指針」に照らせば明らかに背教の運動でしかない。そういう背教運動をやる方が本家だとか正統だとか唱え、党内党外を「排除の論理」と「解体の論理」で整列化させて来た。そういう党派に限って「右戦線に猫なで声、左戦線に強面(こわもて)」と云う習性を見せている。こういうバカらしい運動が今日まではびこっている。我々は、これを掣肘できなかった。

 そろそろは叡智を獲得せねばならないのではなかろうか。故に次のように申しあげたい。意図的故意に「排除の論理」と「解体の論理」を弄ぶ党派は排除し、彼らの好む独善運動させればよい。どうせ良からぬ企みをもって運動に介入して来ているに過ぎないからである。そういう連中はもはや置いといて、どうしても参加すると云うのなら「排除の論理」と「解体の論理」を下げさせて、「運動の利益を顧慮しながら骨折り労を為し、歴史の大義に身を預けることを良しとする」勢力を結集すれば良い。もっとも、運動圏内でも「自分の見解や目的をかくすことを恥とする」心情によって見解の披歴、批判の自由が認められねばならない。

 いわば単純なこの二つの公理を認めつつ共同戦線運動、共闘運動体を創れば、ことはそうは難しくないのではなかろうか。徒な統制と分裂策動で難しく面白くなくさせられているだけなのではなかろうか。入り口も出口も難しくするに及ばない。どちらも開放系にすれば良い。その方が能力の高い歴史の試練に耐え且つ救援組織のある運動が構築できるのではなかろうか。

 要するに、日本歴史上の百姓一揆の伝統を取り戻し、これを現代バージョンで焼き直した方が賢い。「ぼちぼちでんな」式であれ草の根運動を盛り上げ、次第にうねりとなって中央運動化するような運動を構築せねばならない。何も西欧からのみ学ばなくても在地土着の叡智をも汲み取れば良い。これは一事万事に云えることだと思う。そういう作風を確立せねばならない。

 そういう気づきで、れんだいこは諸運動に参加したい。少々足止まりしているが既にネット上に「たすけあい党」もある。こたびは「れんだいこブログ」が加勢することになった。目的は、人民大衆が陽気遊山できる社会の創出である。碌でもない連中が我が世の春を謳歌して人民大衆を虐(いじ)める体制の転覆と、まずまず飯が食える新社会の創造である。いずれ、れんだいこも寿命が果てる。その時、二コッと笑える人生が良い。そういう式の世代を繋ぐ運動を構築したい。これを本望とする運動に挺身したい。もう還暦過ぎたから怖いものもない。うんそういう運動をしてみたい。

 今の政治局面に当てはめれば、小沢どんの運動と菅派の運動とどちらに正義がありや。それは自明ではなかろうか。中曽根-ナベツネが悪の権化であり、これに近い方が悪に決まっていよう。政治を学んできたのが小沢どん、政局だけを覚えてきたのか菅カラカンであり、我々だけの勝負ならとっくにオワっている。問題は背後の魑魅魍魎であるが、本当の「宣言指針」に従えば十分対抗できる。ソウそう思う。これを生き甲斐としたい。

 2010.1.5日 れんだいこ拝

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2011年1月 5日 (水)

ブログ開設の弁

 皆さんはじめまして。こたび「れんだいこブログ」開設の運びとなりました。皆々様の御教示有り難うございました。伏して感謝申し上げます。ブログがどういう生き物なのか、その特性を確認しつつ、運営して参りたいと思います。現在は付属能力につきタッチしておりませんが、いずれカウンターやモバゲー等も備えようと思います。

 さて、2011年はこうして、れんだいこの闘う戦線が拡大しました。田舎に引きこもっておりますが、掲示板、ブログ、ツイッタ―等々で中央に出てまいりたいと思います。今年は年初から左往来人生学院の草稿の書き直しをしております。かって、れんだいこが書きあげた一文をウンウンと頷きながら確かめております。足らずを補足しております。

 過去、覚えたいろんな疑問を説き明かしております。これを台にしながら更に分かり易く読んで為になる論考に仕上げて行きたいと考えております。人はまず脳内戦線で勝利しないと口が回らない行動できない質の生きものだと考えております。そういう意味で、自由自在を求めて脳内対話を重視したいと思います。

 れんだいこブログが、れんだいこは無論、他の方にもお役立ちできますよう念願いたしまして開設の弁と致します。

 2011.1.5日 れんだいこ拝

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