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2011年2月13日 (日)

最澄と空海ライバル論

 ごく最近の過日、れんだいこは久しぶりに比叡山へ向かった。相棒が行ったことがないと云うので連れて行ったに過ぎないのだが導かれたのかも知れない。30年近くもなる昔の記憶が当てにならず見るもの初めての感があった。釈迦堂へ行く山道には雪が積っておりなかなかの風情だった。親鸞修行の庵なる表示があり、こういうところで修行していたのかと改めて感慨した。詣でた印象が強いうちに閃いた「最澄と空海ライバル論」をれんだいこ式に綴っておくことにする。当然ブログ公開する。

 歴史は時に空前のライバルを立たせ、両者の奮戦によって時代の歯車を回させると云う味なことをする。これはどこの世界にも見られる現象である。戦記物では川中島の合戦を廻る「武田信玄対上杉謙信」が知られている。「織田信長、豊臣秀吉、徳川家康」などもこの範疇に入るだろう。政界の近いところでは「田中角栄対中曽根康弘」、「小沢一郎対小泉純一郎」などが値する。幕末維新の「西郷隆盛対大久保利通」、「坂本竜馬対高杉晋作」も興趣が湧く。

 スポーツ界の野球では「長嶋茂雄対王貞治」、「松井対一郎」。相撲界では「栃錦対若乃花」、「大鵬対柏戸」、もう少し見たかった「朝青龍対白鳳」。産業界も然りで、人物論ではないがスーパーマーケットの「ダイエー対イト―ヨーカドー」、ビール業界の「キリン対アサヒ」等々もライバル物語だろう。パソコンの世界でもあるのだろう。

 宗教界では「最澄と空海」、「親鸞対日蓮」がその最たる例であろう。ここでは「最澄と空海」を問うことにする。司馬遼太郎の「空海の風景」、五木寛之の「百寺巡礼」などによると、「きちんとした密教を学んで身につけたのは空海であって、実際、最澄は空海に教えを乞うている」云々と述べ、空海に軍配を挙げる傾向が強いようである。れんだいこはこの説を採らない。その理由を記す。

 いわゆるどこに目をつけるかと云うことになるが、「天台宗開祖・最澄(比叡山延暦寺)」対「真言宗開祖・空海(高野山金剛峯寺)」は同時代の比類なき能力者であると同時に、共に当時の政治経済文化の中心地だった唐に出向き、最先端の学問を仕入れて無事帰国している。命懸けの航海であったことを思えば強運の持ち主と云うことでも共通している。その後の二人は、「超秀才肌で飽くことのない理論探求派の最澄、天才肌で教学のみならず多彩な分野で活躍する空海」と云う違いを際立たせつつそれぞれに活躍している。

 密教に於ける真密性を問うのは今となっては無益だろう。この点では五分と看做したい。空海が難解な古代インド語であるサンスクリット語をすぐさま習得し、密教教典や曼荼羅思想を得たのは功績として認める。但し、れんだいこ的には、空海密教を学ぶ為に序列上位の最澄が辞を低くして下位の空海に頭を下げたことにシンパシーを感じる。誰にでもできる芸当ではない。いずれにしても、平安時代初期のこの二大巨人によって、後々の日本の仏教が大きく形作られて行ったことには相違ない。修験道の役行者(えんのぎょうじゃ)以来の、日本宗教界のスーパースターであることは疑いない。

 両者を活動域で見て行くと、「弘法も筆の誤り」という諺を残すほどの書の達人ぶり、四国八十八カ所巡り、温泉等々の「ゆかりの地」の多さでは断然、空海が勝る。手芸種智院、満濃池の治水工事、鉱山開発等々、空海の天才的な万能選手としての活躍ぶりに目を見張らざるを得ない。そういう意味で、空海が勝るとした「司馬遼太郎の『空海の風景』、五木寛之の『百寺巡礼』」の勝ち名乗り軍配が間違っている訳ではない。

 しかし、それは表層的な見方ではなかろうか。れんだいこは、これが云いたい訳である。個人的な活動域の広さでは確かに空海が最澄に勝る。しかし、歴史的な活動域と云う視点から眺めた場合どうなるか。別の姿が見えて来る。れんだいこは、天台宗本山の比叡山修行から融通念仏宗の良忍、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、日蓮宗の日蓮、時宗の一遍が生まれたことを重視する。

 宗祖を多く輩出したのは、比叡山が高野山に比べて当時の都である京都に近かっただけではないのではなかろうか。天台教学に濃厚な理詰め傾向、且つその理詰めが開放的な未完の構造になっていたことが修行に自由自主自律性を与え、そのことが天台教学からの出藍を促したのではなかろうか。

 それは、最澄式天台教学が発酵せしめた技であり即ち天台教学のしからしめた賜物だったのではなかろうかと窺う。こう理解するとき、れんだいこは最澄の方に軍配を挙げたいとさえ思う。これは何も宗教学にだけ当て嵌まる話でない、政治思想その他全般に通用するのではなかろうか。

 こう見てくると、正確には痛み分けで両者に勝ち名乗りさせたい。空海も捨てがたい。れんだいこは別に空海が嫌いな訳ではない。その天才ぶりを畏敬する一人である。だがしかし、最澄教理の開放型未完教説の効能を称えたい。これを逆に云えば、空海教理は自己充足的完結型教説になっているのではなかろうか。これは長所でもあり短所でもあるのではなかろうか。空海教理をいかほども知らないので、これぐらいに止めておく。

 もう一つの基準は、当人の活動がその後の歴史にどういう役割を果たしたのかであろう。開教した活動を自身がどう隆盛させたのか停滞させたのか衰微させたのか。その弟子達がどう隆盛させたのか停滞させたのか衰微させたのか。こういう歴史スペクトルプリズムの観点から見て行く必要もあろう。この点では、両者は両者の味を出しながら共に貢献し歴史に大きな影響を与えている。ここがすばらしい。これも何も宗教運動にだけ当て嵌まる話でない、政治運動その他全般に通用するのではなかろうか。

 最後に。両者を褒めるべき次の基準も必要であろう。日本宗教史では、西欧宗教史の如く血で血を争う例はない。あっても極端に少ない。互いが大人の分別で自らを御しながら相互に住み分け式に暗闘している。この和合手打ちぶりがすばらしいと思う。実に、最澄と空海は、この伝統的な日本式和合手打ちぶりを弁えつつ相互に突っ張ったライバル履歴を残している。褒めるべき称えるべき大事にしたい大人の芸当ではなかろうか。

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