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2011年2月 6日 (日)

【日共の重大な規約改悪史考その1、宮顕時代の規約改悪考】

 2011.2.4日、政治資金オンブズマンなる団体が小沢一郎氏と平野貞夫氏を政治資金規正法違反で告発した。「この事案は日本共産党が機関紙赤旗などで吹聴していたことから、同団体は共産党シンパの学者、弁護士らからなる徒党と思われる」、「(政治資金オンブズマンの代表的メンバーの一人と思われる)上脇博之氏は日本共産党と密接な憲法学者です。シンパあるいは党員学者かもしれません。日共の機関誌前衛にも堂々と登場します」とある。

 ならばと、れんだいこがお返ししておく。日共が小沢どんの政治訴追を云えば宮顕問題はどうするんだとお返しする。小沢どんの政治とカネ問題をつつけば、これから述べるようにお前の党は云える柄かよとやり返すことにする。

 さて、本題に入る。知らない者の為に説明しておく。一口に共産党と云っても、戦前来から戦前直後までの共産党と現在の共産党はまるで違う。理論も行動様式も感性もまるで違う。故に、現在の共産党は「日共」と蔑称的に識別されている。

 どういうことかと云うと、共産党は、1955年の六全協で、戦後の共産党運動を曲がりなりにも善導していた徳球-伊藤律系党中央から最悪の野坂-宮顕党中央への宮廷革命が行われ、以来2011年の今日まで延々55年余、同一系執行部が続いている。この同一系執行部の55年余の継続は、日本政党史上不倒の記録を刻んでいる。世界的に見ても珍しいかもしれない。

 その党が正成長しているのならともかくも長期低落傾向にある。こういう場合、自民党その他政党では執行部の責任が問われ執行部の有為転変を常とする。だが日共だけは例外の栄誉に浴している。こうしたことが可能なのは、れんだいこの判ずるところ、日共が戦前の治安維持法並みの党内統制を敷き、これに成功しているからであるとしか考えられない。しかしこうなると、反体制で始発した共産党が最も保守的体制的と云うことになる。これはお笑いではなかろうか。

 戦後の日本共産党の規約がいつ頃どういう内容で作られたのかがそもそもはっきりしないが、徳球-伊藤律系党中央の下で常識的な内容で作成されていたことは疑いない。これが、六全協に立ち現われる宮顕独裁下で次々と改悪されて行った。

 これを確認しておくと、まずそれまでは党大会選出事案の統制委員会と監査委員会のメンバー選出が中央委員会任命制にされている。チェックされる側が都合の良い委員を選出しチェックさせることになるが、これではロクなチェックにはならないのは当たり前である。統制委員会が党中央の云いなりの機関になり、監査委員会がお手盛りの形式的な審査になったことを意味する。しかし、こういうことって許されるだろうか。それこそ機関民主主義上の由々しき反動化ではないだろうか。

 次に、中央委員、准中央委員の評議権、決議権、代議員権が恣意化され、「代議員に選ばれていない中央委員、准中央委員は評議権を持つが決議権をもたない」ことにされた。これは党内反対派に対する締め出し策として編み出された。後に、中央委員、准中央委員が粗製乱造されて行くことになる。

 次に、党大会での党内反対派中央委員の発言を封じ込める為に、質問の事前届出制なるものを編み出した。これにより質問が事前にチェックされ、場合によっては発言ができないよう締めだすことができるようになった。徳球時代には対案が提出されることもあったが、宮顕時代になると押しつけの決議案を満場一致で採択する一枚岩儀式の場にされてしまった。

 次に、中央委員が粗製乱造されたことにより、その上部機関として中央委員会幹部会、更にその上に常任幹部会が設けられというように屋上屋を重ねることになった。これにより、党大会がますます形骸化されて行くことになった。そうしておいて議長制がつくられ、規約上の地位の不明確化により権限乱用が立ち現われることになった。党大会で規約にない「議長の冒頭発言」が登場するようになり、有無を言わせぬ圧力となった。その他、党大会や中央委員会総会の開催時期や方法を廻って幹部会の恣意的な指示通りに開催運営されることになった。

 他にもあるが問題はこういう改訂史が明らかにされていないことである。日共は政府の公文書公開を云うが、それを云うなら手前の党の公文書も同様に公開すべきではないのか。幹部会でどういう質疑が行われているのか、徳球系時代のそれはかなり公開されているが、宮顕時代になってからは全くの秘密のヴェールに包まれている。日共史は編纂されているが、史実偽造、ご都合解釈のオンパレードであり、党中央がいつでもどこでも正しいことを強弁するものでしかない。よって自己批判なるものない。こういう党史を読めば読むほど阿呆にされてしまうことになる。

 手前の党をこういう風に運営しておきながら、世間に向かって民主主義を護れだとか、変な言い回しだが我こそが本物の野党だとか、戦前来の唯一の正義の党なる宣伝をするのは、政治サギではなかろうか。

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