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2011年3月 3日 (木)

馬弓良彦氏の「戦場の田中角栄」を評す

 元田中角栄番記者の馬弓良彦氏が、「戦場の田中角栄」(毎日ワンズ、2011.1.14日初版)を著わした。先の同じく角栄番記者であった増山榮太郎氏の「角栄伝説ー番記者が見た光と影」(出窓社、2005.10.20日初版)に遅れて5年半後に続いたことになる。本書を仮に「馬弓本」と命名したい。当時の角栄番記者の回想録をもっともっと著わして欲しいと思う。既に相当数鬼籍の者も居るだろう。健在の人士は、在りし日の角栄を歴史に遺しておくべきである。どこで役立つやら分からない。

 今や虚像を膨らました上での角栄批判の時代が終わり、在りし日の真実の角栄像を確認し、角栄を再評価すべきである。せっかくの政権交代したものの相変わらずの政治のテイタラクを見せつけられている今、それ故に余計に角栄が懐かしい。

角栄の時代の日本政治には躍動感があった。対米従属ながら次第に自律せしめんとする「あすの日本」への胎動があった。その趨勢の総帥であった角栄が金脈批判、それに続くロッキード事件で政治活動を掣肘されるや、反作用として対米盲従派が政界を牛耳ることになり今日に至っている。この政治事象をそろそろ客観化すべきではなかろうか。

 「増山本」の評の時にも述べたが、角栄についてはこれまであまたの著作が為されている。角栄ほどその見解が批判と擁護に分かれる人物は珍しい。れんだいこはおおかたの角栄本に目を通しているが、読めば観点が余計に歪んでくる本と為になる本がある。「増山本」は当然後者の有益本である。「馬弓本」も然りである。これがれんだいこの総評となる。

 馬弓氏は、増山氏と同じく早大文学部卒である。増山氏が時事通信社の政治記者であったのに比して、馬弓氏は毎日新聞社の政治記者である。表紙カバーのプロフィールに「60年から政治部に所属し、自民党各政権を現場で取材。田中内閣発足時から番記者を担当し、その間『人間田中角栄』を著す。その後、編集局編集委員などを経て、取締役に就く」とある。

 これによると増山氏の後輩のようである。れんだいこは更に一回り後輩の法学部卒である。早稲田には何でこう角栄シンパが生まれるのだろう。思うに、在野精神の為せる技ではなかろうか。権力におもねずの精神と頭脳が、角栄をそれとして評価し得るのではなかろうか。

 増山氏は、添え書きで、「本書は、戦後政治の結晶として『総中流社会』をもたらし、巨悪論によって追われた田中政治を再検討・再評価するものです」、「私自身、長年の政治記者生活の総決算のつもりです」と記している。馬弓氏は、プロローグで次のように語っている。「戦後政界の風雲児である田中角栄元首相の生涯を描き、その政治家としての再評価を試みたいと思っている。(中略)テレビをはじめとするメディアには番組作りや企画に、政治家に対する相当な先入観が存在していて、むしろ虚実の距離は膨らむきらいがある。なかでも挙悪と決めつけられた田中角栄の実像と虚像のギャップは、とくに大きい。その乖離は、わが国政党政治の裏地の、見逃せない綻(ほころ)びである。政治家田中角栄を是とするか否とするかとは別の次元で、誰かがそれを繕うべきであろう。かって私が公にした『人間田中角栄』に、知り得て語らなかった真相のすべてを追加する必要があると思う」。

 「増山本」は既成の角栄本と重複しないよう随所に有益な新証言、逸話を持ち込み、角栄研究本の新ページを切り開いたが、「馬弓本」これまた同様の知見を披露している。特に、幼年期、青年期、兵役期の角栄に他本に見られない光を当てており、流布されている証言、逸話に対しても真意を窺い、政治能力の検証に於いても吟味を深くしている。

 著名は「戦場の田中角栄」とあるが、れんだいこなら「角栄ラブソディー」とでも命名したい。このネーミングの方が相応しい角栄愛歌論を開陳している。(ラブソディーのブはプのようである。どちらでも良いが、こういう言葉があるのかどうか知らないがラブと表記したい)

 増山氏は、あとがきで、「おそらく田中氏のような天才政治家はこれまではもちろんのこと、これから二度と現われることはあるまいというのが、本書を書き終わっての私の結論である」と記している。「馬弓本」は次のように結んでいる。「私が見た田中角栄は、断固とした、そしていささか不逞の表情を見せる、得がたい闘士であった」。

 見事なメッセージである。「増山本」の評の際に記したが繰り返しておく。「思えば、角栄と身近に接してその息遣いさえ知っている者ほど好意的且つ信奉的であり、角栄の人となりが偲ばれる。佐藤昭子女史の『私の田中角栄日記』、辻和子女史の『熱情ー田中角栄をとりこにした芸者』は、角栄の裏表のない生き様をいずれも称えている。秘書早坂茂三は、角栄政治の何たるかを縷々語り続け、噛めばかむほど味があった好人物ぶりと政治能力の高さを評している」。

 ところで、「増山本」の時にも指摘したが、願うらくは、「世界で最も成功した社会主義国ニッポン」を底上げした要職時代の角栄の逸話をもう少し詳しく聞かせて欲しかった。今や、この水準での角栄論を為さねば新たなページは開けないのではなかろうか。「馬弓本」は、それ以前の角栄論として一つのピリオッドを打ったのではなかろうか。そういう気がする。

 「馬弓本」の「増山本」に対する前進として、「増山本」がロッキード事件に拘わらず角栄の政治能力を称揚するスタンスであったのに比して、「馬弓本」はロッキード事件の冤罪性を確固とさせているところにある。これをどうしても主張したかったようで最後にわざわざエビローグの章を設け、首相権限論を法理解剖しながら「田中角栄無罪論、常識外れのロッキード裁判、ロッキード事件の謎、闇将軍の逆襲、架空疑獄の真相」と題して検察の訴追理論の空疎性を難詰している。今後は、この「馬弓本」の観点が下敷きにされるべきであろう。

 欲を言えば、角栄は単に冤罪であったのではなく、児玉-中曽根系の収賄を角栄に濡れ衣させられた節がある。今後は更にここを突いて行くべきではなかろうか。児玉-中曽根系のうち児玉は始末された。ならば無傷で守られた中曽根とは何者ぞと云うことになろう。この中曽根は後のグラマン事件、リクルート事件でも逃げ延び、大将軍の名声を博して今日に至っている。誰がこれを奇異に思わないだろうか。ロッキード事件の闇の本筋はここにある。分かり易く云えば、悪玉が守られ善玉が成敗されるこの不正を許せようかと云うことになる。

 れんだいこは、「増山本」の評の際に次のように記した。「角栄は不幸なことにロッキード事件で虎バサミされ、以降その政治能力が羽交い絞め封殺された。右派と左派が奇しくも連衡し、日本政界から実に惜しい人物を訴追していった。今なおしたり顔して角栄批判に興じている手合いを見るが、食傷である」、「小泉名宰相論に興じるメディアの嬌態下の今、『増山本』の素顔の角栄論は貴重である。他の角栄番記者よ、今からでも遅くないそれぞれの実録角栄像を語り伝えて欲しい。『角栄は日本政治史上孤高の座を占めている』と判ずるれんだいこは、このことを強く願う」。この言は、今なお通用する。

 「馬弓本」の「増山本」に対する後退局面も指摘しておきたい。「増山本」は角栄政治の左派性に光を当てていた。れんだいこは次のように評している。「『角栄政治の本質左派性即ち土着左派性の解明』はこれからもっとも急がれるところであり、ひょっとしてロッキード事件勃発の最深部の真相かも知れない。『増山本』は、ゴルバチョフ談話『世界で最も成功した社会主義国ニッポン』を紹介しながら、この方面への関心を誘っているところに良質さを見せている。この観点は、増山氏が実際に接していた当時には見えずして、今になって遠望して気づかされた角栄観なのではあるまいか」。この方面での「馬弓本」の記述は弱い。これは、馬弓氏の政治スタンスから来る限界であろう。

 実は、れんだいこの角栄評は、これからの角栄論の課題である「角栄政治の本質左派性即ち土着左派性の解明」に於いて、「角栄政治の本質左派性」解析を既にスルーしている。スルーの意味は、「角栄政治の本質左派性」解析不要と云うのではない。「角栄政治の本質左派性」解析を経て、更に次の「角栄政治の土着左派性の解明」に向かっていると云うことである。従って、「角栄政治の本質左派性即ち土着左派性の解明」を正確に云いなおせば、「角栄政治の土着左派性の解明を経ての角栄政治の本質左派性の解明」と云うことになる。こういう段階に来ている。

 この段階の角栄論は未だないので、れんだいこの独壇場になろう。「増山本」、「馬弓本」、「れんだいこ本」の三冊が揃って角栄復権三部作が完結するのではなかろうか。れんだいこは、そういう使命感を深くした。そういう意味で、「馬弓本」に御礼申し上げておく。以上、簡単ながら頼まれもせぬ「馬弓本」批評を献じさせていただく。今日は日がらが良いので、書きあげた今このままブログ投稿しておく。

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コメント

今日は、角栄が入閣した佐藤内閣の非核三原則についても含まれていますのでここに書かせていただきました。またご吟味ください。とおりがけ拝
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
>菅政権はひたすら米国に追従
>>http://sacredplaces.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-cfaf.html
へのコメントから。
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地位協定ある限り思いやり予算があり、米軍は国連を無視して躊躇無くアフガニスタン、イラクに続き今回もリビアに倣岸不遜に軍事介入するであろう。

投稿: 通りがけ | 2011年3月 4日 (金) 04時27分

今回リビアに米軍が軍事介入したら、日本がテロの重要な標的になるであろう。敵の兵站を断つことが兵法の常道だからである。日本が核武装米軍の牧場であることがこの2,3年のネットの発達で全世界の知るところとなったいま、日本列島は米軍の起こす戦争で相手国にとって最重要の軍事目標のひとつであり、軍事攻撃する際にはかつて海上に孤立した島国ゆえに躊躇なく原爆投下実験した米軍と同じく、核攻撃原発攻撃さえも辞さないであろう。

日本列島をふたたび核の炎で焼き尽くしたくなければ、日本国民は直ちに憲法第九条にもとづき日米地位協定を一方的に破棄し即日「非核三原則」を厳正に細大漏らさず日本列島にくまなく施行し、あわせて国内すべての原発を今後廃棄することを全世界に発表すべきである。

投稿: 通りがけ | 2011年3月 4日 (金) 04時47分

いまの日本列島は世界一危険な核の火薬庫なのである。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

投稿: 通りがけ | 2011年3月 4日 (金) 05時52分

 通りがけさんちわぁ。れんだいこは、憲法9条を財政問題の観点からも捉えております。国家予算の半分以上を食うような戦前の財政政策を深く反省し、軽武装経済成長重視の舵取りしたのが戦後日本の国是です。これを自民党内ハト派がリードし成功させました。その国富をタカ派が食いつぶし、更に人身御供化させようとしているのが現代日本の構図だと読んでおります。

 原子力発電は危ないです。これを強力に推進しているのが例の国際金融資本帝国主義ネオシオニズムです。その御用聞きばかりが政界にたむろしており、これではいかんともし難い。回天革命必至の局面に入っているとみております。危険な原子力発電を止めるのは政治力しかありません。政権取らなければ政策を変えられない。そういう意味で政治に関心を持っております。どこと組むか、誰を後押しすべきか、刻一刻変化する局面で政治の筋を探しております。共に歩みませう。

投稿: れんだいこ | 2011年3月 5日 (土) 21時04分

れんだいこさん       増山榮太郎拝


お久しぶり
 
たまたま、ネットをみたら、貴兄の文書にぶつかりました。長文の評文、感銘して拝読しました。

 まず、驚いたことは、真弓君が、まだ健在であること。実は、本人には失礼だが、すでに物故したと思っていました。
 彼の新著はまだよんでいませんが、大兄が評文で、小生の著書にもふれているので(好意的に)有り難く思ったしだいです。
 真弓君の本については、いずれ読書後に感想を寄せさせてもらいます。草々

投稿: 増山榮太郎 | 2011年3月 6日 (日) 22時24分

 増山先輩ちわぁ。先輩にメールせねばと思いながらそのままにしてしまいました。当方少々胃痛を感じながらの日々で、昼間の仕事を終えてからのほんとの仕事ができかねております。たばこを吸い酒を飲むので治りません。

 それはそれとして、先輩が、れんだいこの「馬弓良彦氏の「戦場の田中角栄」を評す」を評価してくださり、うれしいです。真弓本を評するのに増山本との絡み抜きにはできませんでした。願わくば、当時の角栄番記者が再会し座談して欲しいですね。その時は、れんだこいもお呼びくださればとか夢想しております。今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿: れんだいこ | 2011年3月 7日 (月) 18時30分

ネットの小沢待望論のなかに田中角栄批判を見かけたので反論を試みました。れんだいこ先生にもご吟味いただきたく転載します。とおりがけ拝

>Commented by 通りがけ at 2011-04-14 23:48 x
>角栄自身が新潟県に柏崎刈羽原子力発電所を誘致したことに象徴的に現れている。私はこの点で角栄を批判する。

底が浅すぎる。
田中角栄が佐藤内閣に入閣したのが昭和40年台。明治維新戊辰戦争で長州藩が長岡藩を討ってからわずか100年そこそこである。
佐藤栄作の非核三原則は傲慢なGHQに対する敗戦国政治家の反骨心の表れであったが、明治天皇の出身地長州の政治家佐藤栄作に取り立ててもらった恩義を感じる長岡出身田中角栄の対GHQ反骨心は、恩義ある佐藤栄作の非核三原則を堅持しつつ核兵器を持たない実質核武装という原発建設を対米独立国家防衛戦略として選択したのであって、決して公共工事としての原発建設巨大利権を政治的に創出するという私利私欲に基づいたものではない。
原発建設巨大利権に目がくらんだのは霞ヶ関対米隷従官僚どもであった。巨大利権に天下りで群がった彼らが米国軍産複合体CIAの手先となって、ロッキード疑獄を田中角栄に仕掛けて角栄追い落としに成功したというのが歴史の真実である。

歴史に学ぶためには当時の人物のそれぞれの背景についてもっと広くかつ深い考察を加えることが大切である。
Commented by 通りがけ at 2011-04-15 00:25 x
小沢一郎とても巨大利権天下り官僚と結託した竹下登の創政会結成時に田中角栄を裏切る形で参加している以上、佐藤栄作も認めた田中角栄の偉大さを理解していなかったことは確実である。今は恩師への墓参を欠かさぬようだが角栄の宰相としての真の偉大さについてはいまだに理解し切れていないのであろう。それを理解していれば昨年9月に民主党を割って自らが首相になっていたはずだからである。

救国内閣の新首相の器たるべき人物は今の国会議員には誰一人として見当たらない。今は在野の竹原信一氏がただひとり新首相の器である。

このたびの国難は天災の極致である地震津波と、人災の極致である戦争(米軍)と原発放射能汚染事故が同時に起こっている。これを一括して同時に解決することができなければ日本は復興できず沈没の命運定まるのみ。
最重要の緊急政策は3つ。
1.地位協定破棄
2.霞ヶ関解体
3.全原発一斉運転停止
三位一体で内閣成立と同時に国会で可決し即日施行したうえで震災人災同時復興国会を24時間三交代制で審議入りする。出席しない国会議員は議員資格を剥奪する。
以上
Commented by japanhandlers2005 at 2011-04-15 00:28
通りがけどの

お説は分ったがもっと現実味のある提案をなさい。小沢一郎首相論だってぎりぎり可能性の範囲だ。私は提案しておきながら最終的にC案になるだろうと諦めているのですよ。

投稿: 通りがけ | 2011年4月15日 (金) 07時43分

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