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2011年5月23日 (月)

俵孝太郎氏の「田中裁判もう一つの視点」書評その4

 「俵孝太郎氏の『田中裁判もう一つの視点』書評その1」で、俵氏の「裸の共産党」(日新報道出版部、1972.5.25日初版)がユニークな日本共産党論を述べていることに触れた。それは間違いではないのだが、「日本共産党を普通の市民政党として捉え、むしろ営利商売的な株式会社として位置づけ、それぞれの党幹部を会社的肩書で評論していたと記憶する」としていたのは、より正確には、「日本共産党のすべて」(サンケイ新聞出版局、1973.7.25日初版)に於いてであった。こう訂正し確認しておく。

 「裸の共産党」は次のように記している。概要「党員拡大にせよ機関紙拡張にせよ大衆募金にせよ、“宮本日共”は目標を中央で査定、数字を割り当て、完全達成を求めるやり方をとってきた。この目標達成は県、地区、末端組織という各段階での団体目標と党員一人一人の個人目標に細分化され、たえず集約、点検を重ねることによって為し遂げられていったが、これは県を一事業部、地区を大型販売店、末端組織を小売商店、党員をセールスマンに置き換えてみれば、まさに近代経営学の教科書通りの目標管理と云って良い。しかもこの目標管理方式は、党員の拡大や資金づくりの面ばかりでなく、選挙の票固めにも日常活動にも適宜採用され、“宮本日共”全体を通ずる一つの特色とさえなっているのである。経営多角化と云い目標管理と云い、高度経済成長時代の日本の経営が採用した手段をいち早く政党の分野にとり入れたのが共産党だということは、皮肉な現象になっている」。

 俵氏は、宮顕の近代経営学手法による党運営を賛辞的に評しているのだが、これが宮顕の逆鱗に触れた。宮顕はなぜ怒ったのか。それは、近代経営学と親疎にしている己の素姓が知れるからであろう。どこから見ても社会主義、共産主義的な共生感覚なぞなく、党中央を資本とする資本主義的党運営を党内に敷いているカラクリが暴かれたからである。ちなみに、宮顕の奥の院盟友たるナベツネも、読売新聞拡販に同じ手法を使って業績を伸ばしたことで知られている。こういうところから「お里が知れる」ことになる。この二人を結ぶ線は何なのだろうか。

 ところで、「日本共産党のすべて」がズバリ次のように記している。概要「日本共産党を株式会社になぞらえて論ずるのは、日共にとっては『歪んだレンズに写されたピンボケの写真』を見せられるように、我慢できないことであるらしい。日共を株式会社になぞらえたのは、私が昨年春に書いた『裸の共産党』が最初だろう。私はこの本で、日共の他党とは段違いに整備された組織形態、まことに機能的で効率の高い組織運営を『積極的評価』して、日共は高度経済成長の旗手である大企業と共通したすぐれたマネジメントを採用することによって躍進した、と分析した。これに対して、赤旗は、『日本共産党の本質を歪める比喩―俵氏の日本共産党論に関して―』という、党外からの論評に対するものとしてはまことに異例の反論を掲載した」。

 続いて、日共の幹部組織の機溝解析した後、次のように比喩している。「中央委員会議長は会長、幹部会委員長は社長、同副委員長は副社長、書記局長は専務、常任幹部会委員は常務、幹部会員は重役、そして党本部の専門部長は部長、都道府県委員会の委員長は支社長といったように、相応の序列と職務分担をもって、まさに株式会社―大企業並みのトップ・マネジメント体制を敷いているのが日共の人事の特徴といって、差し支えあるまい」。

 赤旗がこの比喩に応えたのか無視したのかは定かではないが、まことに的確な描写ではなかろうか。これによると、日共党組織は、宮顕時代になって一般の企業組織と瓜二つの構造に変質させられたことになる。その組織体制が良いか悪いのかの判断は別にして、革命論なぞはお飾りに過ぎず本質は単なる口先商売的臭いを濃厚にし始めたことぐらいは確認しておくべきだろう。れんだいこ史観によれば、共産党が日共化して以来、かくも革命商売政党と化したと云うことになる。党が幹部を養う為の営利体であるからして口先三寸士ばかりを育成し、諸事アリバイ闘争化するのも無理はない。議会進出も高給就職先として送り込まれているにすぎないと云うことになる。その就職口にありつこうとして党中央に対するゴマすりが横行していると思えばよい。これが日共の内実であろう。党中央の耳たこ正義論が食傷され、人民大衆が口舌の徒輩の弁を聞き捨てるのも尤もということになろう。

 俵氏が同書を書いたのは1972年から73年の丁度、角栄政権の時代に当たる。この時代、宮顕共産党は議会進出史上の絶頂期であった。1972.12.10日の第33回衆議員総選挙で、14議席から38議席(愛知1区の革新共同の田中美智子を加えると39議席)、京都1区で2名当選を果たした。特に首都圏で全員が上位当選を果たし、マスコミは「自共対決時代到来」と名付けた。この頃の俵氏の日共分析である。この党が今後勢力を増すのか足踏みするのか後退するのかの見極めを念頭に置いて解析していることになる。

 
俵氏は玉虫色に述べているが、史実は、この時を頂点に以降じりじり後退局面を迎え現在に至っている。敗北するたびに捲土重来を繰り返し、それでいて責任者の誰一人も責任をとらず、次回の挽回を期すのが真の責任の取り方なる論で遣り繰りしている。丁度今、民主党の岡田幹事長が同じ言を弄している。この御仁は、よほど赤旗を読み過ぎて被れたのか、背後の指示勢力が同じで教本通りの弁を請け売りしているのかのどちらかであろう。これ以上はもう云うまい。これにて「れんだいこの俵孝太郎氏の日共論解析考」を完結させることとする。

 ところで、2011.5.22日、れんだいこブログに「波」氏から次のような情報が寄せられた。真偽不明で確かめようがないが重大ニュースである。これを確認しておく。
 概要「不破は自民内閣の官房機密費を毎年500万円貰って、戦後CIAが創った自民党と大資本に買収されていた。2~3年前に週刊誌で中曽根康弘元首相と『友好的』な会談をしたのは、その恩義からであろう。志位陸軍中将孫の志位和夫共産党現委員長も、自民内閣の官房機密費を毎年500万円貰っている上に、2009年12月にロックフェラー独裁支配下の傀儡オバマ米大統領から『核兵器全廃協力金』の名目で100万ドルの賄賂を、自宅へ訪問した米大使館員から受取って、米帝に買収された。東京地検は24時間見張っているので政治資金規正法違反・外為法違反・収賄・脱税の容疑で立件する方針だったが、物的証拠を確保できなかったので立件を控えている。自・公・みんな・社民・共産その他野党の党首と幹部らは、みんなトカゲ座レプティリアンの変身体である」。

 この話は、金権政治批判で田中角栄、小沢一郎を厳しく政治訴追している者の裏の正体を明らかにしている点で重要である。この情報を片鱗さえ伝えないマスコミも同じ穴のムジナと云うことになる。通りでグラマン事件、リクルート事件がスル―され、ロッキード事件、小沢キード事件ばかりが執拗に追及される筈であるということになる。してみれば、この情報は現代政治の裏舞台を暴く貴重な証言と云うことになる。問題は、これをどう証明するのかにある。極秘情報は秘されるので確かめようがない。しかしながら参考情報ぐらいには留めておくべきであろう。

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