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2011年5月 2日 (月)

俵孝太郎氏の「田中裁判もう一つの視点」書評その1

 2011年の5月連休に何か一冊読もうとしていたら、元産経新聞記者にして政治評論家の俵孝太郎氏の「田中裁判もう一つの視点」(時評社、1984.12月初版)が目に飛び込んできた。途中まで読み、その後別の読書に向かったままなので、この機に読み直すことにした。その評を「2011年の5月連休記念評」として綴っておくことにする。

 俵氏になぜ注目するのか。それは、俵氏が、れんだいこの看做すところ、政治評論家として戸川猪佐武氏に続く炯眼の持ち主であることによる。今、こういう政治評論家がまるっきり居ないのが寂しい。探せば居るのであろう故、テレビ等にニュースキャスターとして登場する言論士と云う限りと云う意味に限定しておく。逆の御用粗脳評論家は掃いて捨てるほどおり胸糞が悪い。辛坊だの三宅だの森本だの竹中だの国際金融資本べったりのお銚子もん評論家が我が世の春とばかりに電波ジャックしている。

 もとへ。炯眼評論家の大番頭の一人であった戸川氏(早大政経学部)が自民党史総論に詳しいのに対し、俵氏(東大文学部)は日共の批評に明るい。俵氏に対する個人的感概で云えば、他の評論家の誰よりも早く共産党の変質としての日共化を見抜いており、「裸の日本共産党」(日新報道、1972年)を著わし、日本共産党株式会社論の視点で異色の評論をしていたと記憶する。

 俵氏は、凡庸評論家が日共を通説の革命政党の視点で捉え、不破式ソフト路線への転換を「衣の下に鎧が見える」式の痛くもない腹を探っていたのに対し、いち早く革命路線を放棄した普通の市民政党として捉え、むしろ営利商売的な株式会社として位置づけ、それぞれの党幹部を会社的肩書で評論していたと記憶する。目下、その斬新さに注目し購入手続きしているところである。ことほど左様にユニークな視点を持っているのが俵史観の特徴である。付言すれば、この観点が宮顕の怒りを買い、このことをどこまで自覚しているかは分からないが為に陰に陽にいたぶられることになった形跡が認められる。

 そういう眼力、履歴を持つ俵氏の田中角栄論、ロッキード事件論を確認しておく。俵氏の非凡さは、日本の戦後政治史を当人ははっきりは主張していないがハト派対タカ派の抗争軸に於いて捉え、戦後日本史のこの流れを是認しており、故にそういうハト派政治の総帥であった田中角栄を好意的に批評しているところにあるように思われる。為に、法を捻じ曲げてまでの為にする角栄批判に耽る法曹、ジャーナルに対して、法治主義の原則から警告批判していると云う構図に立っている。

 俵氏の評は、1970年代の在りし日の日本の客観評論として恋しいものとなっているように思われる。かの頃までは日本の言論界はまだしも健全であった。健全論調を張る政治評論家が干され始めてより、日本は政治も評論も全てが二級、三級、五級と次第に資質を劣化させて行くことになった。

 俵氏はもとより体制是認側であり左派言論士ではない。ではあるが粗脳軽薄頑迷な左派言論士よりよほど眼力確かな評論をものしている。日本の戦後政治におけるハト派政治を是認しており、ハト派政治の指導の下での日本の正成長的発展を謹賀している。この批評眼こそ貴重なのではなかろうか。この点で戸川史観と通底しており、この視点を持つ批評家がロッキード事件以降次第に逼塞させられ今日に至っているのが恨めしい。れんだいこ評はこれが総論であり、これでほぼ云い足りているので追加しない。

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