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2011年5月13日 (金)

「反立花論客三銃士」考

久しぶりにロッキード事件を振り返る。今までに言及し得なかった面を確認しておく。政治が面白くなくなると、時間がもったいないので角栄に立ちかえる癖があるようである。

 1984(昭和59)年と云えば、前年の東京地裁第一審有罪実刑判決を受けロッキード事件公判闘争の最終局面である。この時期、ロッキード事件の正義性を廻って、訴追派の雄たる政治評論家の立花隆に立ち向かう論客が登場した。上智大学教授(専攻は英語文法史)の渡部昇一、弁護士の石島泰、九州大学名誉教授の井上正冶である。これを仮に「反立花論客三銃士」と命名したい。

 中でも、渡部氏が公開論争、論戦を繰り返している。ふと、これを振り返りたくなった。一体、どのような内容のやり取りだったのだろうか。当時の熱っぽい雰囲気から逃れて、今静かに振り返るのも一興ではなかろうか。と思い、ネット検索してみたが異常に出てこない。マシなものとしては、れんだいこのサイトが紹介されているぐらいのものである。他は「立花是、渡部非」を巧妙に云い繕うロクデナシものばかりである。この連中によって
次のように評されている。 

 「同裁判を、『田中角栄を陥れるための暗黒裁判』だとする渡部を、立花が徹底的に批判した。両者の論争はすさまじく、互いに相手の人格を否定するような激しい言葉の応酬があったが、理は圧倒的に立花の側にあり、渡部は完膚なきまでに叩きのめされたと評されている」。


 この評が適切なものであるのかどうかを検証したい。れんだいこの観点ははっきりしており逆の立場で次のように評したい。

 「ロッキード事件を冤罪視する者は皆無だった。かの時代に角栄を擁護するのは袋叩きにあう恐れがあった。政財官学報司警軍の八者機関の上層部、これに加えて政党が右から左まで野合して角栄糾弾の一大包囲網を敷いていた。その時代に、角栄を糾弾する立花に立ち向かう勇気の持主が登場した。それが渡辺昇一であった。一つ間違えたら大学教授の椅子すら失いかねない。それぐらい危険な立場から登場し立花に論争を仕掛けた」。


 この両論のどちらに軍配が挙げられるべきか。いずれにせよ「立花―渡部論争」に対する学的考察が為されているように思えないので、じっくり腰を据えて確認しようと思う。但し、今のところ資料と時間が揃わぬ為、アウトライン的なスケッチにとどめ仕込みの段階としておく。

 1984.1月号諸君に渡部昇一「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」が登場した。この時期、文芸春秋、朝日ジャーナルが立花を寵児として持ち上げ、論客第一人者として一種独壇場になっていた。これに「もの申す」の声を挙げた格好となった。

 それにしても、諸君の異色な立場が分かり興味深い。諸君は3月号でも渡部昇一「角栄裁判・元最高裁長官への公開質問七ヶ条」を掲載した。同7月号で、立花隆「立花隆の大反論」、渡部昇一「英語教師の見た『小佐野裁判』」、同8月号で、匿名法律家座談会「立花流『検察の論理』を排す」、伊佐千尋・沢登佳人「『角栄裁判』は宗教裁判以前の暗黒裁判だ!」、同9月号で、立花隆「再び『角栄裁判批判』に反論する」、「『角栄裁判』論争をどう思いますか?」と題するアンケート特集が掲載されている。

 渡部氏は後に「万犬虚に吠える―角栄裁判と教科書問題の誤謬を糺す」(PHP研究所、1994.4.1日初版)を刊行している。ロッキード事件の下りの論文の見出しは次の通りである。「角栄裁判は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」、「角栄裁判・元最高裁長官への公開質問七カ条」、「英語教師の見た小佐野裁判」、「角栄裁判に異議あり!」、「立花隆氏にあえて借問す」、「田中角栄の死に救われた最高裁」。たかが、これだけの情報を集めるのにも骨が折れる仕掛けになっている。そういう意味で「反角栄政治網」が用意周到に敷かれていることが分かる。この現象は一事万事で、何も言論界だけのことではなかろう。

 れんだいこは、この時期の渡部昇一氏の言論意欲を高く評したい。歴史の審判は、俗論の立花軍配から渡部軍配へと差し替える日が近いと思う。ちなみに、この時期の角栄擁護、ロッキード事件そのものへの疑惑スタンスをとった論者を確認しておく。順不同であるが、戸川猪佐武、早坂茂三、小室直樹、太田龍、馬弓良彦、新野哲也、渡部昇一、石島泰、井上正冶、秦野章、古井喜實、蜷川真夫、小林吉弥、砂辺功、鵜野義嗣、岩崎定夢、松下三佐男、俵孝太郎、中野士郎、内海賢二、渡辺正次郎、山本七平、林修三、会田雄次、谷沢永一、浅利慶太、小堀桂一郎、勝田吉太郎、屋山太郎の面々である。三浦康之、青木直人、木村喜助、相沢正、小山健一等々が続く。最近では角栄の番記者を務めていた増山榮太郎氏も好意的に回顧しつつある。

 やや中立的に久保紘之、北門政士、水木楊、大下英治、宮崎学等々。田原総一朗はロッキード事件疑惑で名を売り、その後大きく右旋回したことで知られている。角栄擁護派を正確に見れば曖昧な者も居ようが、概ねこれらの論者が有能だったことになる。ここに挙がらない者は端から言論レースに出る素養がないことを物語っている。その俗物どもが、その後の言論界を牛耳り今日に至っているので、政界同様の貧相さを免れ難いのは当然である。

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