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2011年6月28日 (火)

「日本改造法案大綱」各論考その3、経済改造論(私有財産制考)

  「大綱」は次に経済改造に向かっている。第2章「私有財産限度」、第3章「土地処分三則」、第4章「大資本の国家統一」に記されている。まず、俗流マルクス主義の如く私有財産制を否定するのではなく主として肯定している。具体的には高額所得制限を課す(一家で100万円の仕切りを設けて私有財産を認め、財産の規模が一定以上となれば国有化の対象とする)ことによって所得に釣り合いのとれた社会を構想している。これを仮に「私産限度制」と命名する。

 「限度以下の私有財産は国家又は他の国民の犯すべからざる国民の権利なり。国家は将来ますます国民の大多数をして数十万数万の私有財産を有せしむることを国策の基本とするものなり」(「私有財産の権利」の項)として、これにより社会主義的要素を兼ね備えた経済体制へと移行するとしている。これが北理論の白眉の第5政策である。戦後憲法に累進課税が導入されているが、北理論の反映と思われる。

 北の改造案はマルクス主義に似て且つ非なる二面性を持っているところに特徴がある。この場合の「似て非なる」とは、「似ているがまるで異なる」と云う意味ではなく、「一見否定しているようであるが、実質的により良いものを対置している。むしろ違うようで似ている面が強い」ように思われる。

 「大綱」は、私有財産制肯定につき次のように述べている。「個人の自由なる活動又は享楽はこれをその私有財産に求めざるべからず」と述べ、私有財産は人間性の本源的なものであるとしている。その上で、「人は物質的享楽又は物質的活動そのものにつきて画一的なるあたわざればなり」と述べ、俗流マルクス主義の「貧富を無視したる画一的平等理論」を否定している。

 概要「私有財産制は自由の物質的基本の保証に関わっており、民主的個人の人格的基礎は即ちその私有財産である。私有財産を尊重せざる杜会主義は、如何なる議論を長論大著に構成するにせよ、要するに原始的共産時代の回顧のみ」と判じている。即ち、北理論によれば「適当の私有財産は個人の自由なる活動、又は享楽に関係しており進化の一つの原動力」とみなしていることになる。その上で「活発な経済活動が私的所有なしには展開しえない」との認識を示している。更に北は、私有財産制が労働意欲に関係することを見抜きいている。その上で、北式高額所得制限政策を自画自賛している。北理論のこの正しさは、歴史によって軍配が挙げられているのではなかろうか。

 「平等分配の遺産相続制」の項で、「長子相続制は家長的中世期の腐屍のみ」として「均等相続制」(「平等分配の遺産相続制」)に言及している。これも戦後日本国憲法に反映している。これが北理論の白眉の第6政策である。但し、均等相続制にしながら家督権継承者に一定の配慮をすべしとでもすれば、戦後憲法の均等相続制の弊害を修正せしめるであろうが、この方面の言及はない。

 次に、土地の私的所有制に言及している。私有と公有の両形態を認めた上で合理的な仕分けを弁じている。俗流マルクス主義の一律的国有化論、「画一的平等の土地分配論」を斥け、「物質的生活の問題は或る画一の原則を想定して凡てを演繹すべきに非ず」、「国家はその国情の如何を考えて最善の処分をなせば可なりとす」と判じている。革命ロシアの土地没収政策に対して「維新革命を五十年後の今に於いて拙劣に試みつつあるものに過ぎず」、「土地問題に於いて英語の直訳やレ―ニンの崇拝は佳人の醜婦を羨むの類」と弁じている。この言は、進行しつつあるソ連の社会主義的政策を「同時代に於いて批判」しているところに値打が認められる。

 「大綱」は、一般的な土地所有と都市の住宅地と農地とを区別して、一般的な土地所有については「日本国民一家の所有し得べき私有地限度は時価拾万円とす。この限度を破る目的をもって血族その他に贈与し又はその他の手段によりて所有せしむるを得ず」、「私有地限度以上を超過せる土地はこれを国家に納付せしむ」としている。

 農地については「農業者の土地は資本と等しい」として、「農業者の土地は資本と等しくその経済生活の基本たるをもって、資本が限度以内に於て各人の所有権を認められるる如く、土地も又その限度内に於て確実なる所有権を設定さるることは国民的人権なり」としている。「国家は皇室下附の土地及び私有地限度超過者より納付したる土地を分割して土地を有せざる農業者に給付し、年賦金をもつてその所有たらしむ。年賦金額年賦期間等は別に法律をもって定む」と述べ、自作農制の創出を促している。これが北理論の白眉の第7政策である。戦後の農地解放による自作農創出は、この北理論に照応していることになる。

 私有財産制、土地の私的所有制に関して次のように弁論している。「この日本改造法案を一貫する原理は、国民の財産所有権を否定するものにあらずして、全国民にその所有権を保障し享楽せしめんとするにあり。熱心なる音楽家が借用の楽器にて満足せざる如く、勤勉なる農夫は借用地を耕してその勤勉を持続し得る者に非ず。人類を公共的動物とのみ、考うる革命論の偏局せることは、私利的欲望を経済生活の動機なりと立論する旧派経済学と同じ。共に両極の誤謬なり。人類は公共的と私利的との欲望を併有す。従って改造なるべき社会組織また人性を無視したるこれら両極の学究的憶説に誘導さるることあたわず」。 

 小作人問題に対しては、存在はやむを得ずとしている。理屈で解決できない長い歴史性の問題であるとして次のように述べている。「全てに平等ならざる個々人はその経済的能力享楽及び経済的運命に於いても画一ならず。故に小地主と小作人の存在することは神意ともいうべく、且つ杜会の存立及び発達の為に必然的に経由しつつある過程なり」。

 他方、都市の住宅地については私有を認めず、都市土地市有制を打ち出している。その理由として、都市の地価が騰貴するのは「土地所有者の労力に原因する者に非ずして大部分都市の発達による」ものであり、従って地価騰貴の利益を宅地所有者に与えることはできないとしている。都市居住者は市に借地料を支払い、地価の騰貴は借地料の騰貴となって市財政をうるおすという経済循環を想定していることになる。「五年目ごとに借地料の評価を為す」ともしている。これが北理論の白眉の第8政策である。戦後日本に於いては都市の土地も民有制にしているが、北理論は少なくとも固定資産税、都市計画税の先駆け理論となっているのではなかろうか。

 家屋については、「家屋は衣服と等しく各人の趣味必要に基づくものなり」として、規制不要論を唱えている。「ある時代の社会主義者の市立の家屋を考えし如きは市民の全部に居常且つ終生画一なる兵隊服を着用せしむべしと云うと一般、愚論なり」と判じている。他方、「国有地たるべき土地」の項を儲け、「大森林又は大資本を要すべき未開墾地又は大農法を利とする土地はこれを国有とし国家自らその経営に当るべし」、「全てを通じて公的所有と私的所有の併立を根本原則とす」と弁じている。

 北理論のこれらにつき、れんだいこに異存はない。若干の手直しと精緻さを追求すればなお面白いと思う。

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コメント

私有財産制考

一家で、『現代の価値で30億円』に相当する「当時の100万円」の仕切りを設けて私有財産を認め、財産の規模が一定以上となれば国有化の対象とする、、、、、、、
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戦前の「巨大資本家」「大豪農」に対する制限を主張

投稿: 『現代の価値で30億円』 | 2013年3月16日 (土) 13時44分

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