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2011年7月18日 (月)

大国主の命論その1、皇国史観に代わる新国体論の必要性考

 ここで、「れんだいこの大国主の命論」をものしておく。このところのれんだいこの関心は犬養毅論で始まり5.15事件へ、5.15事件から2.26事件へ、2.26事件から北一輝論へ、北一輝論がはるけき出雲王朝論へ、出雲王朝論が大国主の命論へと向かわせている。この流れは、れんだいこには内的必然性がある。

 戦前の皇国史観は、記紀神話に基づいて出雲王朝を貶しつつ神武東征から始まる大和王朝創始譚を是とする建国神話を基底に据えている。これによる日本の国体論を構築している。これが絶対主義的天皇制賛美のイデオロギーとなっている。
先の大東亜戦争の敗戦がそういう皇国史観を解体した。それは良いととして問題が残されている。

 戦後の歴史教育は、皇国史観の否定と共に日本の古代史解明を疎かにした気配が認められる。邪馬台国論争のみが盛んで関心を引き付けるものの、肝腎な天皇制論、国体論については却って無知蒙昧になっている。マルクス主義の祖国性を抜きにした国際主義がこれを左から促進したと思われる。これにより、日本古代史に分け入るのは一部の歴史研究家のみであり、多くの者は関心さえ寄せない風潮を作りだすことになった。それが証拠に周辺の者に尋ねてみるがよい、殆どちんぷんかんぷんの手合いばかりだろう。

 れんだいこは違うと思う。敗戦により戦前的規制が取り払われた意義は、徒な天皇制賛美に向かう皇国史観と決別する絶好機会となるべきであった。それは古代史から遠ざかるべきではなく、本来のもっと豊饒な日本建国史、民族史の研究に水路を開くべきだった。このことは即ち出雲王朝論、先住民アイヌ史の解明に向かうことを必至とする。

 しかしながら、そういう機会を手にした戦後も、戦前同様に出雲王朝論を抹殺し続けている。これは何を意味するのだろうか。れんだいこが普通に読んでも、記紀神話でさえかなりの分量で出雲王朝の先行的存在を記している。いわゆる古史古伝、出雲風土記となると更に精緻に出雲王朝史を書きつけている。古代史のかくも精緻な文書が残されていることは日本の誉れであり宝であり、もっと大事にせねばなるまい。

 これを前提にして日本政治史上最大の「国譲り政変」が意義を持つ訳で、この流れを無視するのは無謀と云うべきだろう。記紀神話研究者が殊更に出雲王朝を抹殺してきた研究なるものは、よほど愚昧なものでしかない。この連中は恐らく裏筆法が理解できない天然粗脳なのではなかろうか。難しく書き云うのは正体が粗脳故かも知れない。

 この方面の研究をなおざりにするところに国体論の毀損が始まる。「国体論の毀損がひいては政治の貧困がもたらされる要因である」と考えるのが、れんだいこ史観である。付言すれば、国体論とは国家の連綿史を解き明かすもので、皇国史観はその変種のものでしかない。そういう皇国史観の否定と共に国体論まで滅却するのは「赤子をたらいごと流す」愚挙に等しい。普通、これを本末転倒と云う。

 国体論の滅失毀損は国家及び民族のアイデンティティの喪失であり亡国の始まりである。皇国史観の否定は皇国史観的国体論の否定に留まるべきで、新たな国体論の始まりを要請している。にも拘わらず新たな国体論の構築に向かわない戦後の歴史研究は去勢されたものでしかない。去勢された歴史観がなぜイケナイのかと云うと、家の土台足る基礎と同じ意味で、国の土台足る国体論を曖昧にするならば、その咎で国家及び民族の基盤が揺らぐことになるからである。即ち、多くの売国奴を生み出す道を開くからである。こう確認すべきではなかろうか。

 「国体論の毀損がひいては政治の貧困がもたらされる要因である」所以はここにある。目下の政治状況と戦後以来の国体論の毀損は、一見関係ないように思われるが大いに関係がある。戦前に於ける北一輝の国体論の称揚はこの意味で真っ当な指摘であった。だがしかし、北一輝の国体論は国体論の重要性を指摘した点では炯眼であったが、その国体論の中身は粗雑なものであった。
皇国史観をそのままに受け入れていることに難がある。北一輝の諸論の限界性がここに認められる。

 れんだいこ史観に映ずるのは、2000年来の自公政権政治も2009政権交代による民主党の鳩山―菅政権政治の日本の歴史に対する素養の余りにもな軽薄さである。一言で云えば、国体論がない。この貧層さが、連綿と練られ今日まで営々と造りあげられてきている国としての日本及び民族をいとも安易に衰亡の道へ誘っていると思わざるを得ない。このような貧相な政治家が大量輩出、登用され政権を御していることの危うさが危惧されねばならない。一々誰彼を挙げないが、菅政権のその種の人材登用は異常である。

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