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2011年7月29日 (金)

月刊誌「諸君!」誌上での渡部昇一氏のロッキード裁判批判功績考

 1984.1月号「諸君!」に渡部昇一「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」が登場した。この論文が、「始めに結論ありき」の意思統一の下で角栄有罪に向けて事を押し進める当時のロッキード裁判批判の先鞭をつけた。その論旨を確認しておく。

 ところで、この時の渡部氏の立論に対するネット上での評判がすこぶる悪い。「渡部昇一の『暗黒裁判』論を読む」、「シリーズ・『田中角栄の真実』批判 」などが典型で「渡部非、立花是」からものしている。れんだいこには、その論旨の薄っぺらさに耐えられない。

 渡部論文を掲載した「諸君!」でも、誰が執筆したのかは分からないが「ウィキペディア諸君」に従う限り、その沿革史においてロッキード事件論争の際に「諸君!」が果たした役割について、恐らく意図的故意に欠落させている。一事万事で、現代世界を牛耳る裏政府たる国際金融資本帝国主義批判に繫がるような言論が著しく掣肘され言論統制されているのが通り相場なのだが、ここでも垣間見られる。そこで、れんだいこが是正し、「渡部是、立花非」の観点から一文をものしておく。

 その前に、これを掲載した「諸君!」について確認しておく。「諸君!」は㈱文藝春秋が発刊していた月刊オピニオン雑誌であり、1969.5月に7月号として創刊されている。当時の文藝春秋社長の池島信平氏が、「文藝春秋は売れすぎて言いたいことが言える雑誌ではなくなった、だから小数部でも言いたいことを言う雑誌を作ろう」との思いから創刊したと述べている。初代編集長は田中健五。当初の執筆陣は福田恆存、三島由紀夫、小林秀雄、竹山道雄、山本七平、江藤淳、林健太郎、田中美知太郎、高坂正尭、村松剛らであった。

 その後の論客として、順不同であるが、白洲次郎、清水幾太郎、山本夏彦、石原慎太郎、古森義久、佐伯啓思、中嶋嶺雄、西部 邁、野田宣雄、秦 郁彦、平川祐弘、渡部昇一ら。他に中曽根康弘、池部 良、山本卓眞、渡邉恒雄、/勝田吉太郎、岡崎久彦、佐々淳行、曾野綾子、深田祐介、屋山太郎、金 美齢、佐瀬昌盛、山崎正和、平沼赳夫、渡辺利夫、立花 隆、黒田勝弘、長谷川三千子、山内昌之、鹿島 茂、関川夏央、阿川尚之、東谷 暁、井上章一、荒木和博、石破 茂、坪内祐三、福岡伸一、佐藤 優、福田和也、櫻田 淳らが名を列ねている。以来40年を経て、2009.6月号を最後に休刊した。

 「諸君!」は、渡部論文を1月号に続いて3月号でも掲載した。1月号は「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」、3月号は「角栄裁判・元最高裁長官への公開質問七ヶ条」。同7月号で、立花「立花隆の大反論」、渡部「英語教師の見た『小佐野裁判』」が併載されている。同8月号で、匿名法律家座談会「立花流『検察の論理』を排す」、伊佐千尋・沢登佳人「『角栄裁判』は宗教裁判以前の暗黒裁判だ!」、同9月号で、立花「再び『角栄裁判批判』に反論する」、「『角栄裁判』論争をどう思いますか?」と題するアンケート特集が掲載されている。

 これを見れば、当時の論壇が朝日ジャーナルを始めとして反角栄一色に染まり、角栄訴追の大合唱に明け暮れる中、「諸君!」がただ一誌、異色の「始めに結論ありき的ロッキード事件」批判の姿勢を示していたことになる。この稀有の姿勢が当時の編集部の政治能力に基づいていたものなのか単に注目を浴び売れ行きを伸ばす為のものであったのかは分からない。いずれにせよ、当時の角栄包囲網に加担しなかった栄誉に与っている。このことはもっと注目されても良い史実と思う。然るに、「諸君!」のこの栄誉の痕跡が消されている。そこで、れんだいこが一筆啓上しておく。これが本稿の意義である。

 この時の渡部昇一氏の諸論は、「万犬虚に吠える―角栄裁判と教科書問題の誤謬を糺す」(PHP研究所、1994.4.1日初版)として発行されている。ここでは教科書問題はさて置き、角栄裁判を採り上げる。渡部氏は、「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」以前にも「諸君!」にロッキード事件絡みの寄稿をしているようである。その一は、1975.2月号に「腐敗の効用」、その二は1976.5月号に「公的信義と私的信義」、その三は1976.10月号に「小佐野賢治考」。計三本をものしている。

 それから6、7年鳴りを潜めていたが、1983.10.12日のロッキード第一審判決に合わせての10.15日付け毎日新聞朝刊に掲載された「ロッキード事件当時の最高裁長官にして最高裁免責証書を発行した張本人の元最高裁長官・藤林益三のインタビューコメント」、10.21日付けの朝日新聞朝刊に掲載された「元最高裁長官・岡原昌男のインタビューコメント」にコチンと来て、やおら「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」を書き上げ、1984.1月号「諸君!」に掲載されたと云う経緯のようである。

 ところで、この時の元最高裁長官・藤林益三、岡原昌男とは何者か。これを記しておく。両名は、本来ならコメントを自粛すべき事件関係者である。なぜなら、藤林は、1976(昭和51).2.4日、ロッキード事件が勃発し、喧騒が始まり、最高検察庁が「角栄逮捕を意思統一」し、東京地検(堀田力主任検事ら)が米国の裁判所に事件調査に出航した直後の5.25日、 最高裁判所判事から第7代最高裁長官に就任し、東京地検の「不起訴宣明書」を出すようにとの催促を受けて、藤林長官以下15名の最高裁判事全員一致による「不起訴宣明書」を提出している利害関係者であるからである。

 藤林氏は根っからの無教会派クリスチャンでもあった。無教会派とは、キリスト教会の各系統の中でユダヤ教教義を重視する宗派である。何か怪しいものが臭うではないか。岡原昌男とは、1977.8.26日、弁護士出身の藤林益三長官の後を受けて、第8代最高裁判所長官に就任している人物である。両者とも、「始めに結論ありき的ロッキード事件」渦中で角栄訴追側に与して訴訟指揮した人物である。

 普通、こういう利害関係者は、ロッキード第一審判決に関してノーコメントするのがマナーであろう。これを良識と云う。渡部昇一氏は、その良識のなさに呆(あき)れ、事件そのものには関心があったものの公判には門外漢として留意していなかったところ、やおら検察の論告の解析に入った。これにより、検察正義を擁護し抜く新種の御用評論家・立花隆の論調と鋭く対立し、両者間で論争し合う経緯を見せて行くことになる。

 その発端が「諸君!」1月号の渡部寄稿「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」である。今これを読むのに、「渡部VS立花」どちらに軍配を挙げるべきだろうか。立花ヨイショの渡部昇一の『暗黒裁判』論を読む」、「シリーズ・『田中角栄の真実』批判 」的評論に抗して、れんだいこが渡部ヨイショを試みることにする。

 2011.7.29日 れんだいこ拝

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