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2011年7月18日 (月)

大国主の命論その2、日本政治再生指針考

 国体論は国際金融資本帝国主義論と相関している。これを逆に云えば、国体論の忘却は国際金融資本帝国主義論の未熟さと比例していると云うことでもある。現代世界が国際金融資本帝国主義に牛耳られており、第二次世界大戦後、世界の各地で民族独立が果たされたものの、世界各国は相も変わらずと云うか却って国際金融資本による金融支配の受難に遭っている。

 この現実に抗して、世界史的にそれぞれの在地土着の政治がこの勢力との丁々発止の政治が要請されている時、日本はアジアでただ一人嬉々として彼らの支配の下に日本の国家と民族の運命を委ねようとしている。その姿は異常であり、お笑いであり、無能であり、明らかに政治犯罪である。トラック競技で云えば既に一周も二周も遅れて競り合っているに過ぎない。

 垣間見えるのは、この国の政治当局者の我一身の立身出世と引き換えに為す売国奴精神である。率先して売国奴としてのエージェント活動を請負うことで権力中枢に登用されることを願い、念願通りに登用されるや否や偉そうにふるまい、横柄な物言いをし始め、権力を乱用し、うたかたの春の夢に興じては用済みにされ次から次へと役者が代わっている。その姿に浅ましい貧相な精神を嗅ぎ取るのは、れんだいこだけはあるまい。

 この現象を思う時、戦後日本が忘却してきた日本国体論の再構築が今こそ必要ではなかろうかとするのが、れんだいこ史観である。こういう売国政治は1980年初頭の中曽根政権の誕生と共に始まった。転換点が1970年代半ばからのロッキード事件であった。これにより在地土着系の鉄の同盟を誇った田中派―大平派の政府自民党内二大勢力がはがい締めされ、代わって売国奴系の福田派―中曽根派が主流派に転じ、以来30年間亡国政治に耽ってきた。

 これにより、さしもの戦後日本も、それまでの世界史的に稀なる復興と発展の勢いが止まり、今やとめどない財政悪化、各種税率の高負担を両翼として死の苦悶に追いやられようとしている。これに軍事負担増、原発負担増がのしかかり現代日本が安売り丸投げされようとしている。

 この政治の最大功労者は中曽根、小泉、菅である。マスコミはこぞって中曽根、小泉を褒めそやして来た。そうすることで自身が登用されてきたと云う売文性がみられる。彼らは、目下の菅派のよほど素っ頓狂な政治に対しても、これを擁護し与野党連携の翼賛政治の必要を説いている。これほどバカげた論調はあるまいが遠の昔から文筆責任と云う感覚がない。昨日は鬼畜米英を唱え、翌朝には民主主義のペンを振ったのはつとに知られた話である。こういう文筆屋が最近はテレビに出てくるので顔が知られることになったが、案に違わずどの御仁も知性的ではない。単に世渡り上手の物書きのはしくれである生態を知らせているばかりである。この仕組みの裏で日本の国力がますます低下しつつあることが許し難い。

 2011.3.11日、三陸巨大震災は地震、津波、原発事故の三拍子揃った前代未聞の大災害となった。菅政権は自衛隊十万人出動を始め、計画停電、被災民への移動を制限する原油供給カットで対応した。原発事故に対しては真相を隠蔽し、日本人放射能汚染ストロングマン説を唱えつつ大丈夫論を鼓吹し続けた。これにより原発被災民は生体モルモットと化した。

 連日大騒ぎを演出したが、いざやっていることはかっての災害救援と比較しても却ってお粗末な対応ぶりを晒し続けている。先のソ連のチェルノブイリ原発事故以上の世界が唖然とする不始末対応をし続けている。事故に対する対応がロクにできぬうちから原発続投論を唱え、そのバカさ加減が明らかになると原発停止論を唱えたり引っ込めたり、その場しのぎの思い付きで政治遊びに耽っている。現代日本は、これに特段の違和感を持たないまま現在まで安穏に経緯していると云う形容し難い政治の不祥事を続けている。

 こういう政治のあれこれを逐一採り上げて批判してもキリがない。次から次へと問題が起っており、要するに一事万事の法理により全てがデタラメのまま現に推移している。故に、れんだいこの日本政治史綴りは意欲をなくしお手上げになっている。事態の深刻さは、自公政権、民主党の鳩山―菅政権と続く国際金融資本帝国主義身売り派によっては何も解決しない。菅派の中から誰がポスト菅を相続しようとも、事態がますます悪化するのは火を見るより明らかである。

 少なくとも、菅派政権時代に冷や飯を食わされてきた対極の側からの人材登用による新政権の下でなくては何も期待できない。日本の再生は、この水路よりのみ始まる。ところが、この水路を阻止せんとして反動勢力が束になって策動し続けており、為に日本の政治は何とも中途半端な、何をしているのか分からない朝令暮改を繰り返している。しかし、このバランスはいつか崩れる。我々は何としてでも反動勢力即ち国際金融資本派の阻止線を食い破り、真の人民大衆目線の政権を打ち立てねばならない。

 その日が近づきつつあるのか遠のきつつあるのか予断を許さない。事態は刻々変化しており、世界の政治状況も然りである。この潮の流れにより持久戦にシフトするのか急戦に転ずるのかが変わる。まもなく真価が問われる事態が生起しようが、我々にその能力があるだろうか。その前に我々の政治頭脳を整序しておかねばならないと思う。我々は何を求めて、どう事態を切り開いていくのか、針路をどこに据えるべきか等々を人民大衆的にクリヤーにしておかねばならないと心得る。

 個々の政策は別に論ずるとして、ここでは、戦前の皇国史観で曇らされ、戦後の歴史教育で消されている国譲り政変前の出雲王朝論、中でも大国主の命時代に精力的に推し進められた気宇壮大な日本改造政治を確認することにより、日本の真の国体論を獲得しておこうと思う。

 これについては、大田龍・氏の生前に話し合っておきたかったところである。大田氏には出雲王朝論の観点はなく代わりに飛騨王朝論を唱えていたと記憶する。しかし話し合えば大田氏なら容易に合点し得たと思っている。なぜなら、大田氏の論考は出雲王朝論に後ひと押しのところまで進みつつあったから。ゆっくりと話し合う機会がないまま大田氏は逝ったが、誰かが受け継がねばならない研究課題である。こう構えるのががれんだいこ史観である。駄弁か炯眼か、これを確認して欲しい。

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