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2011年7月 3日 (日)

「日本改造法案大綱」各論考その9、朝鮮、台湾、樺太統治論考

 「大綱」は以上、日本改造論を縷々述べた後、これらの社会改革は日本本土だけでなく朝鮮、台湾にも及ぶとして植民地統治問題について言及している。まず朝鮮問題から始め、軍事的地政学的見地から日本が朝鮮を支配下に置くべきとしている。朝鮮併合の正当化を次のように弁舌している。

 「実に朝鮮は含併以前自決の力なかりしことは八十歳の老婆の如く、合併以後未だ自決のカなきこと十歳の少女の如し。末節枝葉に於いて如何なる非難あるにせよ、朝鮮はロシアの玄関に老婆の如く窮死すべかりしものを、日本の懐に抱かれて少女の如く生長しつつあるはこれを無視するあたわず。既に日本の懐に眠れる以上、日本建国の天道によりて一点差別なき日本人なり。日本人とし日本人たる権利に於いてその生長と共に参政権を取得すべきものなるは論なし」。

 その際、日本の属邦、植民地に位置づけるのでなく、その地位は内地と平等でなければならず、日韓合併の本旨に照して日本帝国の一部として日本内地と同一なる行政法の下に置き、日本の一行政区として北海道と等しく西海道とせねばならぬとしている。これが朝鮮統治の眼目であり、日本改造論の諸原則、諸施策をそのまま拡張せねばならないとしている。

 そういう意味で、日本には朝鮮統治の能力が問われているとして次のように弁じている。「由来、朝鮮人と日本人とは米国内の白人と黒人との如き人種的差別あるものにあらず。単に一人種中最も近き民族に過ぎざるなり。従って過般の暴動と米国市中の黒白人争闘とを比較するときのその恥辱の程度に於いて日本は幾百倍を感ぜざるべからず。朝鮮間題は同人種間の問題なるが故にいわゆる人種差別撤廃問題の中に入らず。ただ偏に統治国たる日本そのものの能力問題たり、責任問題たり、道義間題たりとす」。

 その上で、現下の朝鮮政策を次のように批判している。「実に現時の対鮮策なるものは甚だしく英国の植民政策を模倣したるが故に、根本精神よりして日韓合併の天道に反するものなり。朝鮮が日本の西海道なる所以を明らかにするとき百般の施設悉く日鮮人の融合統一を来たさざるものなく、独立問題の如き希うといえども生起せざるは論なし」。東洋拓殖会杜が英国の東インド会社の統治を真似て植民地経営している様子に対して次のように批判している。「朝鮮に於けるいわゆる拓殖政策なるもの又実に欧人の罪悪的制度を直訳したるもの多し。日本は全てに欠いて悪摸倣より蝉脱してその本に返らざるべからず」(「三原則の拡張」の項)」。

 但し、朝鮮人の参政権即ち政治参加については、朝鮮が朝鮮として主権国家足り得るまでの間の「約十年と云い約ニ十年と云う年限」に於いては認められないとして次のように弁じている。「医学に万能の薬品なきに拘わらず政治学に参政権を神権視することは欧米の迷信なり。かの投票神権説に累せられて、鮮人にまず参政権を与えて政治的訓練を為すべしと考うるは、その権利の根本たる覚醒的生長を閑却したる愚人の云為なりとす。日本は真個父兄的愛情をもって、かかる短時日間にこの道義的使命を果たし、もって異民族を利得の目的とせる白人のいわゆる植民政策なるものに鉄槌一下せざるべからず」。

 即ち、地方自治の政治的経験を経てから日本人と同様の参政権を認め、日本の改革が終了してから朝鮮にも改革が実施される。将来獲得する領土(オーストラリア、シベリアなど)についても文化水準によっては民族に拘わらず市民権を保障する。その為に人種主義を廃して諸民族の平等主義の理念を確立し、そのことで世界平和の規範を打ちださねばならない云々と論じている。

 朝鮮に続き台湾、樺太等の改造に言及しており、朝鮮統治を準用すべきとして次のような要諦を述べている。「私有財産限度、私有地限度、私人生産業限度の三大原則を決定するに止め、漸を追いてその余を施行し、十年ないし二十年後に於いて日本人と同一なる生活権利の各条を得せしむるを方針とす。但し日本内地の改造を終り戒厳令を撤廃すると同時に三大原則の施行に着手す」、「将来の新領土は異人種異民族の差別を撤廃して日本自らその範を欧米に示すべきは論なし」。

 新領土では土着人を司令官として行政に当たらせるべしとして次のように述べている。「将来取得すべき新領土の住民がその文化に於いて日木人とほぽ等しき程度にある者に対しては、取得と同時にこの改造組織の全部を施行すべし。但し日本本国より派遺せられたる改造執行機関によりて改造せらるるものなり」、「その領土取得の後移住し来れる異人種異民族は、十年間居住の後国民権を賦与せられ、日本国民と同一無差別なる権利を有すべし。朝鮮人台湾人等の未だ日本人と同一なる国民権を取得すべき時期に達せざる者といえども、この新領土に移住したる者は居住三年の後右に同じ」。

 日本の統治の質の違いにつき、従来の西欧列強の如くな収奪主義による植民地経営に列するのではなく「真の公平無私」で臨むべきであるとしている。それまでの朝鮮の内乱につき次のように批判している。「今の総督政治が一因ならずとは云わず。しかも根本原因は日本資本家の侵略が官憲と相結びて彼らの土地を奪い財産を掠めて不安を生活に加え怨恨を糊ロの資に結びたることに存するを知らざるべからず」。

 欧米列強の帝国主義、植民地主義に対して次のように批判している。「英国は全世界に跨る大富豪にして露国は地球北半の大地主なり」。その欧米列強の帝国主義、植民地主義に対する抗戦権を主張し次のように述べている。「国際間に於ける無産者の地位にある日本は、正義の名に於いて彼らの独占より奪取する開戦の権利なきか」と問い、「国際的無産者たる日本がかの組織的結合たる陸海軍を充実し、さらに戦争開始に訴えて国際的画定線の不正義を匡すことまた無条件に是認せらるべし。もしこれが侵略主義軍国主義ならば日本は全世界無産階級の歓呼声裡に黄金の冠としてこれを頭上に加うべし」。

 以上、北理論が欧米列強の帝国主義、植民地主義とは違う質の日本型統治を鼓吹していることが分かる。分かるが、所詮は日本帝国主義の掌中の話であり、仮に朝鮮、台湾、樺太を統治したとして、当地での民族独立運動にどう向き合おうとするのだろうか。朝鮮、台湾、樺太を幼稚扱いするのは無理とすべきではなかろうか。北理論に共通していることであるが常に半ば肯定し半ば否定する、あるいは半ば否定し半ば肯定すると云う二面性、優柔不断性を有しているのが特徴であり、ここでもその見解が見事に表れていると云うべきではなかろうか。

 れんだいこ史観、観点によれば、日本軍が他国に軍靴を乗り入れること自体がそもそも無謀であり、諸国の維新派に対する裏方支援辺りを原則とすべきではなかろうか。軍靴を乗り入れたうえでのあれこれの細工を凝らす、その際欧米列強の植民地主義とは違う政策で歓心を買うと云うのは単に調子の良い話ではなかろうか。却って無間地獄に陥る破目に遭う恐れが強く、史実はその通りになった。そもそも日本軍の朝鮮、台湾統治、続く中国大陸への蚕食活動は国際金融資本の入れ知恵で促進された面があり、ここを批判的に捉えることなく統治の方法を問うとする北理論は当時の帝国主義的動きに加担した変種理論として捉えるべきではなかろうか。

 補足すれば、この当時、日本が樺太の統治まで視野に入れていることが興味深い。日本が戦勝国で在り続けるならば樺太を取り込んでいた可能性が強い。ということは敗戦国になった場合、どういう目に遭わされることになるのか。勝っても負けても権利が通用するとするのはやや調子が良過ぎることになりはすまいか。この辺りにつき、北方領土返せ論、日共の如く全千島列島返還請求当然論者に尋ねてみたい。

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