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2011年7月 3日 (日)

「日本改造法案大綱」各論考その11、日ソ対決論、日米協調論、日米決戦予兆論考

 「大綱」は、次のような日ソ対決論を述べている。いずれ支那を北方より脅威せるロシアとの抗争が避けられず、支那保全主義の見地に立つと日本の極東シベリア領有が課題となっており、その為にはまず内外蒙古を抑えねばならないとしている。ロシアの外蒙古進出に押されて内蒙古防衛に止まるようでは稚拙であり、日本のアジア連盟の盟主化の道に反する。国家の積極的開戦権を駆使して、レ―ニン率いるソ連政府に向って堂々と極東シベリアの割譲を要求すべしとしている。

 北理論は、千島、樺太どころか「極東シベリアの割譲を要求すべし」としている。軍事防衛と云うものの「キリなし普請」ぶりを見る思いがするのはれんだいこだけだろうか。いやはや大変な時代のムードがあったことになる。今日の惨状日本からすれば畏敬すべき気宇壮大な好戦論と窺うべきかも知れない。

 「大綱」は、次のような日米対決論を述べている。既に来るべき日米開戦を感じ取って次のように述べている。「米国の恐怖たる日本移民。日本の脅威たるフィリッピンの米領。対支投資に於ける日米の紛争。一見両立すべからざる如きこれらが、その実如何に日米両国を同盟的提携に導くべき天の計らいなるかの如き妙諦は今これをいうの『時』にあらず。偏にただこの根本的改造後に出現すべき偉器に待つものなり」、「内憂を痛み外患に悩ましむる全ての禍因ただこの一大腫物に発するをもってなり。日本は今や皆無か全部かの断崖に立てり」。北の対米論は、米国との軋轢を「一大腫物」としており、「日本は今や皆無か全部かの断崖に立てり」と認めている。米国を手強いと認め、その後揺れ動く様を見せている。或る時は日米協調を、或る時は日米決戦に備えよと云う。

 これは、北が感知した国際動向論のなさしめる戦略戦術によってもたらされていのであろうが、北のこの分析と感覚は正しかったことは歴史が証左している。問題はここでも国際金融資本帝国主義論を介在せしめているかどうかにある。北理論にこれがない、仮にあっても弱いことは既に指摘したが、このことが致命的となって確固とした対米論の確立を毀損しているように思われる。その割には対ソ対決論だけが確固としている。これはどういう意味だろうか。普通には、根底的なところでの北の事大主義性が垣間見られるとすべきではなかろうか。

 北のその後の対米論の変遷が興味深いので確認しておく。これは「支那革命外史」の付録の 昭和7.4.17日付けの「対外国策に関する建白書」、昭和10.6.30日付けの「日米合同対支財団の提議」で展開されている。

 「対外国策に関する建白書」では、今後の日本を悩ましめるのは「日米戦争あるのみ」で、「日米戦争を考慮する時は則ち日米二国を戦争開始国としたる世界第二大戦以外思考すべからざるは論なし」と予見している。その上で、第二次世界大戦では英国が米国の側につくこと、ソビエトロシアが好機とみて日本攻撃に向かうこと、支那がこれに呼応し排日熱、排日政策を強めることをも予見している。次のように述べている。「要するに米露何れが主たり従たるにせよ、日米戦争の場合に於ては英米二国の海軍力に対抗すると共に支那及びロシアとの大陸戦争を同時に且つ最後まで戦わざるべからざるものと存じ候」。

 国際情勢がかく流動しているのに対し、「大正8年より昭和6年秋に至る迄の日本歴代政府の方針は無方針の方針なり」と叱責している。その上で、「日本は昭和六年九月十八日を以て明かにルビコンを渡り候。江南の大軍未だ屯して帰らずと雖も衰亡政策の道は閉じて再び返る能わず前路大光明と大危機に直面したるものに御座候」と見立てている。「昭和六年九月十八日を以て」とは、柳条湖事件勃発から始まる満州事変発生を指している。この辺りの北の歴史観は的確で、満州事変以降の日本は次第に泥沼に誘われ、遂に日米決戦へと向かうことを余儀なくされるのは衆知の通りである。

 「対外国策に関する建白書」より3年後の「日米合同対支財団の提議」では論がもっと進められている。北は、日米決戦論が次第に深刻さを増している状況下で、「日米を相戦はしむることからの回避」に呻吟している。その為の方法として、日本の独占的な支那支配権を転換させ、日米共同統治に向かうよう指針させている。その為に日米経済同盟の必要を訴えている。これは名案であるとして次のように述べている。

 「米国と合同し混和したる日米財団なる時は反政府的勢力排日的勢力と雖も一切の疑惑猜疑なく一に只謳歌万歳を叫ぶのみと存じ候。特に排日的勢力の期待する所は日米戦争によりて日本が敗戦するか甚しき弱小国に墮するかに依りて日本の支那に加ふる所を免かるべしと云う目的の下に言動する者に有りて、日米の基本的提携を眼前に見るに於てはその排日的理論も目的も雲散霧消すべきは御推想可遊ばされ候。則ち支那の親日的勢力は何等後顧又は脚下の憂なくして日本との根本的捏携に猛進し得べく、その親米的に走りし者も亦自ら日本の傘下に来り投ずべく、説明の要なき自明のことに御座候」。

 且つ、それでも日米決戦が避けられない場合には、秘策としてかっての日英同盟のような日仏同盟を模索して対抗すべしとしている。「四年前日仏同盟に関する建自書奉呈仕候。以後フランスの現状はヒットラーの出現に狼狽して共産ロシアと結ぶ等の次第にして暫く冷静にその推移を見るの外なく候。只日仏同盟の目的は実に英帝国の海軍力を東西に二分すべき大事に有りて、支那に於て日米合同財団よりフランスを除外せるが為に、日仏の間に著しき疎隔を来すまじきは目的の別個に在る点より御了承なさるべしと存じ上げ候。現在の世界状勢及びその推移を大処達観する時、大日本帝国は太平洋に於て米国、大西洋に於てフランスと契盟する外なく、又運命必ず然るべきを確信罷り在じ候。第二世界大戦を極東に於て点火せしむる勿れ。しかも欧洲の天地再び戦雲に蔽わるるなきは何人がこれを保せん。日仏の事、日米の事、閣下等に於て誠に誠に最大最重の儀と奉じ存じ候」。

 なかなかの策士ではある。その後の歴史は、北が予見、危惧した通りの経緯を見せたことは衆知の通りである。れんだいこ見解を述べれば、北が2.26事件で連座することなく延命したとして、北が日米決戦の趨勢に対応能力を持っていたかどうかは甚だ疑問である。なぜなら、米英の背後に鎮座するのは国際金融資本であり、その彼らが太らせた豚たる日本帝国主義の殲滅に鉄の意思で向かい始めており、これは日本の独占的な支那支配権の放棄、支那からの完全撤退しか道はなかったとて思われるからである。常勝の日本軍にそのような分別ができる筈もあろうまい。

 北理論は、米国、英国、仏国、独国、露国をそれぞれの帝国主義的権益での闘争と見立てている。しかしながらその背後に巨大な国際金融資本が蠢いているとすれば、日仏同盟で米英同盟に対抗するなぞ漫画的な話になる。つまり何の役にも立たない論をぶって建言していることになる。この辺りが策士としての北の限界だったのではなかろうか。

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