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2011年7月 2日 (土)

「日本改造法案大綱」各論考その6、女性保護政策、姦通罪考

 「大綱」は、「女性の社会的地位の向上、男女同権思想、母性保護」を打ち出しており、これも先駆的である。戦後憲法では第24条で「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」を規定しているが、これは北理論とハーモニーしているのではなかろうか。

 注目すべきは、北理論では女子参政権反対を弁じていることである。これは女性蔑視ではないと云う。いわば男と女のサガの差による社会的役割の違いを認め、女性には伝統的な良妻賢母主義に基づく内助の功的在り方があり、日本式婦道を維持せんが為に敢えて女性の政治への参加資格を取り上げているのだと云う。これを次のように諭している。

 「欧州の中世史に於ける騎士が婦人を崇拝しその春顧を全うするを士の礼とせるに反し日本中世史の武士は婦人の人格を彼と同一程度に尊重しつつ婦人の側より男子を崇拝し男子の春顧を全うするを婦道とするの礼に発達し来れり。この全然正反対なる発達は社会生活の凡てに於ける分科的発達となりて近代史に連なり、彼に於て婦人参政運動となれるもの我に於て良妻賢母主義となれり」。即ち、日本と欧米では伝統と歴史が違うのであり、「日本型良妻賢母主義」は日本の良き伝統なのであり育むべきであるしている。

 女性が下手に男性化するのではなく、女性として保護され認められるならば「妻としての労働、母としての労働が人格的尊敬をもって認識」されるようになり、そうするとわざわざ政治の如くな「口舌の闘争」に引き入れる必要はない。婦人を政治に近づけるのは「人を戦場に用うるよりも甚だしい愚策」であり、日本婦人には「欧米婦人の愚昧なる多弁、支那婦人間の強好なる口論」とは違う婦道が確立されており、これを育むのが良い。婦人参政権間題は「西欧思想の直訳の醜」である云々。これが北理論の白眉の第21政策である。

 これを白眉政策とするには是非論があろう。但し、れんだいこは面白い知見と思う。見て取るべきは、北はここでも「西欧的な近代的個人主義」を単に先進国制度として直訳的に受け入れるのではなく、十分に咀嚼した上で欧米文化、政治の導入を取捨選択する姿勢を見せていることであろう。

 これ以外に於いては「女性労働の男女平等自由制」、「女性教育の男女平等国民教育制」を推奨している。これにより、裁縫、料理、育児等の女子だけの特殊課目の強制を廃止せんとしている。男性による婦人労働に対する侮蔑言動につき、「これを婦人人権の蹂躙と認む。婦人はこれを告訴してその権利を保護せらるる法律を得べし」と述べている。更に改題刑行の際には、「但し改造後の大方針として国家は終に婦人に労働を負荷せしめざる国是を決定して施設すべし」と述べている。これが北理論の白眉の第22政策である。

 北は女性観につき次のように記している。「大多数婦人の使命は国民の母たることなり。妻として男子を助くる家政労働の他に、母として保姆の労働をなし、小学教師に劣らざる教育的労働をなしつつある者は婦人なり。婦人は既に男子のあたわざる分科的労働を十ニ分に負荷して生れたる者。これらの使命的労働を廃せしめて全く天性に合せざる労働を課するは、ただに婦人そのものを残賊するのみならず、直にその夫を残賊しその子女を残賊するものなり。この改造によりて男子の労働者の利得が優に妻子の生活を保証するに至らば、良妻賢母主義の国民思想によりて婦人労働者は漸次的に労働界を去るべし」、

 「婦人は家庭の光にして人生の花なり。婦人が妻たり母たる労働のみとならば、夫たる労働者の品性を向上せしめ、次代の国民たる子女を益々優秀ならしめ、各家庭の集合たる国家は百花爛漫春光駘蕩たるべし。徳に杜会的婦人の天地として、音楽・美術・文芸・教育・学術等の広漠たる未墾地あり。この原野は六千年間婦人に耕やし播かれずして残れり。婦人が男子と等しき牛馬の労働に服すべきものならば天は彼の心身を優美繊弱に作らず」。北の女性観が伝わるくだりである。

 「婦人人権の擁護」の項で、「男子の姦通罪」新設を唱えている。「現行法律が売淫婦人をのみ罰して買淫男子を罰せざるは片務的横暴であり、国家は両者共に法律をもって臨むべきで、拘留罰金を適当とする。有婦の男子の蓄妾又は姦通罪を課罰す」としている。他方、「売淫婦の罰則を廃止しそれを買う有婦の男子はこれを拘留し又は罰金に処す」としている。「もしこの立法が行なわれざるならば忌むべき婦人労働となり婦人参政権運動となるべし」と述べている。

 さて、これを白眉政策とすべきだろうか。フェミニストなら喜びそうだが、れんだいこは採らない。戦後憲法秩序が採用していないのは偉いところと見立てる。但し、現下の状況から考えるのに3S政策の一つとして性の解放と云う名の愚民化政策が煽られている面があり、これに対抗すると云う意味で北理論式正しさを理解できない訳ではない。問題は過剰規制の難しさにあるとコメントしておく。性問題は生問題と直結しており一筋縄では解けないと読む。

 恋愛自由論について次のように弁じている。概要「自由恋愛論の価値は恋愛の自由を拘束する時代の政治的経済的宗教的阻害者を打破せんとする点にある。全ての自由が社会と個人とその人の利益の為に制限さるる如く、恋愛の自由また国民道徳とその保護者との為に制限せらるるは論なし。この一夫一婦制は理想的自由恋愛論の徹底したる境地なり。但し今はこれを説くの時期到来せず」。

 関連して、「純潔結婚論」を唱えており、次のように弁じている。「独身の男子を除外せるは決してその性欲を正義化する所以にあらず。婦人が純潔を維持する如く男子がその童貞を完うして結婚することは双方の道義的責務なり。これを罰せざる理由は、末婚婦人が純潔を破るも法律の干与せざると等しく道徳的制裁の範囲に属するをもってなり」。

 北理論の趣意は分かるが、ここまでの様々な改造的提案に照らして何となく不似合いな感じがする下りである。しかし、これを逆に照射すれば、北理論はマルクス主義を改造して日本改造に資するよう様々な有益提言をしているが、この男子の姦通罪規定新設提案の如くまだまだ粗雑なのではなかろうかと逆に思えてくる。れんだいこ史観に照らせば、男女の問題も社会も国家もそう容易くは解けない。むしろ複雑怪奇として、その中で一つ一つ筋道を手繰っていくぐらいで丁度良い。

 「純潔結婚論」のくだりで「道徳的制裁の範囲に属する」としているのなら、同じ理由で法の制裁の範疇に非ずとした方が良いのではなかろうか。この「男子の姦通罪規定」新説提言は逆に北式クーデター論の威勢の良さの危うさまで透かせているように思えてくる。北にもう少し寿命が許され、せめて還暦辺りまで生き延びたら、もう少し違う見解を創造したのではなかろうかとも思う。そういう意味でも北の絞殺刑が惜しく悔やまれる。

 かような政策提言する北を右翼のイデオローグとして理解するのは甚だ困難である気がしてならない。せめて左派的にも面白い人物とみなすべきではなかろうか。

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