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2011年8月26日 (金)

「文系頭脳の原発批判論」その1、原発法廷を開け

 2011.3.11日の三陸巨大震災、中でも福島原発事故に際して、れんだいこが何を思ったのか「文系頭脳の原発批判論」としてシリーズで書きつけておく。理系的な原発論については既に原子物理学者・小出裕章氏他の優れた論考が出ているので、新しい観点の文系的アプローチをして見たい。「東電・原発おっかけマップ」(鹿砦社、2011.8.6日初版)その他を参照する。

 文系的アプローチが最初に申しておくべき肝要事は、被災民が公然と生体モルモットにされたと云うことである。福島原発事故勃発の際の手際と今日までの経緯を見れば、こう断言せざるを得ない。どこで判断できるかと云うと、枝野官房長官のメルトダウンなし大丈夫論による被災民足止め、当初のガソリン供給制限、軍警察その他による交通規制、疎開政策の不採用その他の状況証拠による。

 この判断がウソかマコトか、検証の為の原発法廷が開かれるべきである。れんだいこはマコトと考えており、事と次第によって菅政権の閣僚、原子力行政責任者、東電経営責任者が喚問され、政治責任を問われねばならないと考えている。不可抗力的な事故であり、それ故の処理であり、高度な政治判断故に司法判断に馴染まないと云うことが立証されれば免責される。

 問題は、仮に不可抗力的な事故であったと認めたとしても、事後対応が余りにも粗雑、且つ逆対応であったことが判明すれば、その過失の程度に応じて有責が問われ裁かれるべきではなかろうか。そういう意味で、菅政権、保安委、原子力安全委、東電責任者の対応が俎上に乗せられ吟味されねばならないと考える。

 これには福島被災民の命と生活がかかっており、全国各地の同様運命に置かれている予想被災民の命と生活が掛っているのであるからして、この審議を疎かにしてはなるまい。先の大東亜戦争につき戦勝国側の軍事裁判を許したが、何事も自国のことは自国が主体になるべきと考える。

 事故調査報告書が既に策定され、今後もより詳細なものが出てくるであろう。だがしかし、これを原発推進派が作成すればロクなことにはなるまい。1985.8.12日発生の日本航空123便墜落事故の報告書と同じく、真相を隠蔽し、原因をどうでも良いようなことにすり替えて曖昧糊塗にしたものにされるのがオチだろう。こういう報告書を幾ら提出しても意味がない。原発推進派と反対派が等分の割合で委員構成した機関が報告書を作成すべきであろう。

 こういう報告がないままの東電救済の為の国家予算の投入、各界への補償は論理的に杜撰過ぎる。応急手当的なものは良い。本格的な国家救済となると、その前に第一義的に東電責任、次に電力会社全体の業界責任が要請されるべきであると考える。当事者の電力会社が血反吐を吐くまで補償の責任を負い、その経緯を経て初めて足らずのところを国家が対応すべきであろう。

 且つ、国家予算をつぎ込むからには、福島原発事故関係者の責任割合に応じて資産没収、逮捕、刑罰まで課せられるべきであると思う。そういうケジメに対する緊張感がない政治は堕落以外の何ものでもない。目下の政治は堕落の極みを演じているように思われる。これが常態化しているので奇異に思われないだけのことではなかろうか。以上、簡単ながら「原発法廷を開け」の弁とする。

 2011.8.26日 れんだいこ拝

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コメント

電源喪失が津波を原因で発生したと政府筋は一方的に表明しているけれども、これが一部の者が表明するように地震そのものでステイションブラックアウト、配管断裂、原子炉冷却水喪失、格納庫の密閉性喪失の事態になったとしたらば、フクシマぐらいの地震は、東海、南海でモウ想定されているので、他地域の原発も時限爆弾がスイッチが入った状態ということとなります。この歴史的事実を貴法廷にて、存否を検証していただきたい。

投稿: sizimi | 2011年8月27日 (土) 13時33分

sizimiさんちわぁ。福島原発事故について、事故そのものに不審がありますね。あの計画停電の大騒ぎも一体何だったんだろう。解せないことが多過ぎます。

投稿: れんだいこ | 2011年8月27日 (土) 16時38分

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