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2011年8月27日 (土)

「文系頭脳の原発批判論」その2、東電会長の勝俣恒久の恥部考

 東電会長の勝俣恒久(かつまたつねひさ )に対する不審を書きつけておく。この御仁は、1997(平成9).3.19日に発生した東電OL殺人事件に妙に絡んでいる気がしてならない。事件発生当時の被害者W泰子(39歳)の直属の上司が当時取締役企画部長の勝俣であった。

 W泰子は慶応大学経済学部卒の才媛であり、東京電力入社後、異例の昇進続きのエリートコースを歩み女性初の総合管理職に就任していたと聞く。企画部経済調査室副長が最後の肩書である。そのW泰子が夜な夜な徘徊し渋谷区円山のラブホテル街をシマとする売春婦になっていたと云う。

 ここに尋常でないものを嗅ぎ取るべきではなかろうか。彼女をそのような身にせしめた背景事情を探らねばならないと思う。上司の勝俣との対立を説く記事が出ているがヤラセ記事の可能性がある。仮に彼女が晩年時の局面で対立し始めていたとしても、それまでの異例の出世の秘密を探るべきであろう。何かあるとするのが自然ではなかろうか。

 勝俣はその後もトントン拍子に出世している。1998年6月に常務取締役、1999年6月に取締役副社長、2002年10月、原発データ改竄事件で引責辞任した南直哉の後任として東京電力の第10代社長に就任。2006年末、第二次データ改竄事件を引き起こし、事故隠し工作に手腕を振う。2008年2月、柏崎刈羽原子力発電所のトラブル、28年ぶりの赤字決算の責任を取り引責辞任する。代表権を保持したまま会長就任と云う履歴を見せている。東大経済学部卒の東電花形の企画部出身であることからすれば、この出世に異常はないのかもしれないが、W泰子が売春婦に化したこととの繫がりの点と線を詮索せずんば気が済まない。

 東京東電OL殺人事件の容疑者としてネパール人男性ゴビンダが逮捕され現在も収監されている。ゴビンダは、W泰子との性的関係は認めているものの殺人を強く否定している。終始冤罪であると訴え、獄中から東京高裁に再審を請求している。

 れんだいこが注目するのは、法廷でのゴビンダ証言である。それによると、W泰子が金儲けで買春していたのではない様子を明らかにしている。こうなると、東電勤務中のトントン拍子の出世過程に何らかの秘密が隠されているのではなかろうか。具体的には判明しようもないが、自らを売春婦化せしめるに至る性事情が隠されているような気がしてならない。

 そういう意味で、ゴビンダ裁判は、冤罪究明と同時にW泰子の売春婦化までの経緯をも究明せねばならないと考える。当然、勝俣はW泰子の性事情に関する知る限りの証言をする為に証言台に立たねばなるまい。ゴビンダ裁判はこう云う風に裁判を構成するべきであろうが司法は取り組むだろうか。聞くところによると、勝俣にW泰子の一件を質すのはタブーだと云う。ならば余計に証言台に起たせねばならないと考える。白なら堂々と弁明すれば良いだけのことではなかろうか。

 もとへ。こういうことを記すのは、三陸巨大震災、中でも福島原発事故に際して見せた菅政権、原子力安全保安院、東電責任者に揃いも揃って人間資質的な意味でのお粗末さを見て取ることができるからである。異常性を訝るからである。勝俣を挙げたのは一例に過ぎない。

 保安院の広報として枝野並に登場し饒舌した西山英彦審議官然りである。経済産業省の女性職員とのスキャンダルを週刊誌に報じられ失脚したが、原発事故対応、被災民救済にてんやわんやの頃の裏で進行していた密会であることを考えると尋常な神経ではなかろう。

 原発推進派連中は揃いも揃って元々がトンデモな奇形人間たちであり、そういう連中によって原発が運用されているのではないかと訝るべきではなかろうか。安全でもクリーンでもない否最も危険でダーティーな原発を、その虚構を知りながら平気で安全喧伝し、行政的に推進してきた連中であり、己の立身出世と財力と権力の為に何をしでかすか分からない連中なのではなかろうか。こういう御仁に説教とか改心を願う方が無理であり、放逐と厳粛な裁判こそが相応しい。

 原発は、社会的良心を持つ新人材によって運用され見直されるべきであると考える。目下のイカガワシイ連中による事後対策は無駄ゼニを天文学的に費消するだけのことであろう。アレバ社を始めとする国際金融資本系にン十兆円かすめ取られるだけのことであろう。且つどんな仕掛けをされるか分からない。こういうことを気にしない連中が経営陣や監督官に就任している。

 こう云う風に思えば、この間、冷や飯を食わされてきた原発警鐘乱打派にして初めて事後処理の任に当たることができるとすべきである。政治は、こういうものを登用する為にするものであり、逆に対応する政治を何と呼べばよいのだろうか。

 ちなみに、事故当日の3.11日、勝俣は中国に居た。マスコミのОB26名を引き連れての7日間の観光旅行中だった。参加者の中に元木昌彦(週刊現代元編集長、現代記事が面白くなくなったのは、こういうことか)、花田紀凱(週刊文春元編集長、マルコポーロ廃刊事件時の編集長、現在Willの編集長、論調が妙にぶれるのも、さもありなんか)、石原萌記(月刊自由発行人、昔からナベツネと気脈通じていると云う)、他に毎日、西日本、信濃毎日、中日新聞社のОBら。

 こういう東電仕立てのツアーは既に10年続いていると云う。日頃公私ともに世話になっている裏舞台が露見したことになる。東電がそうなら他の電力も同じようなことをしているのではなかろうか。官僚の接待批判をする連中のこれが実態であることを確認しておこう。この系の連中がこぞって「小沢どんの政治とカネ問題」に執拗に食いついているのはどういう訳か。相当の恥知らず者とみなすべきではなかろうか。

 2011.8.27日 れんだいこ拝

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