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2011年9月

2011年9月21日 (水)

野田政権に対するれんだいこ書簡その6の2、高額給与法案補足考

  しかし、こうなると、高額給与法案による国庫返納金が多い者に対して対価的な優遇措置をどう講ずるべきかが講ぜられねばならない。納税特別貢献者として表彰し且つ様々なプレミアをつけて優遇措置を講ずるべきであろう。何を優遇すべきは追って詰めて行けば良かろう。松下幸之助翁が満足するような措置を講ぜねばならない。これについては後で触れることにする。

 高額給与法案を導入すれば天下り問題などは忽ち解決する。目下の天下り全面禁止論は現実的ではない。我々が天下り問題に於いて怒るのは天下りそのものではない。公務員は定年が早いので天下り先も必要であろう。問題は、二次奉公であるにも拘わらず且つロクな仕事もしていないのに高給与、且つ高退職金のウグイスの谷渡りをしている高級官僚が相当数存在することである。これを掣肘せねばならない。

 天下り機関の給与は、純民間の中小零細企業の労働者、経営者の如くの労働実態に相応しい報酬で報われるべきではなかろうか。仮に平均月給50万、年収600万円として充分な支給ではなかろうか。ここでも「年収800円縛り+年収1000万円縛り」が適用されるべきであろう。理事長クラスで月給100万、年収1200万もあれば充分ではなかろうか。退職金も普通通りの支給であり僅か数年で数千万円貰うことなぞ許されるべきではなかろう。

 この高額給与法案により幾らの財源が生まれるのかどうか分からないので試算をお願いしたい。恐らく官民合わせればン千億円になるのではなかろうか。ン百億円ではない気がする。仮に思ったほどの財源にならないとしても、人の生き方、社会の在り方がよほど真っ当なものになるのではなかろうか。個人の利福と国家及び社会の利福が調和し、歪んだ社会から真っ当な社会へと転換できるのではなかろうか。目下の格差社会は人工的に造られた悪政の賜物であり、国際金融資本の得手とする搾取制に起源を発しているものとみなせる。我が社会には、かようなものは似合わぬ。上が民の竈を思いやる精神、労働を通じて社会に貢献する精神が貫かれなければならない。

 次に、先のブログの末尾に記したが、世の中には60歳定年型給与ではない、スポーツ選手等の一時稼ぎ的職業も存在するので、これについて処方箋しておく。体力消耗等により短期の一定期間しか稼げない業種については当面現行通りで良いのではなかろうか。作詞作曲著作等の文能利得、発明対価的な特許利得も然りで、当面現行通りで良いのではなかろうか。労働能力の在り方の違いとして認められ、国策上の見地から優遇されるべきであろう。株式、不動産収入に対してはむしろ分離課税方式にした上で現行通りで良いのではなかろうか。これでほぼ全部の収入形態に言及できたと思う。

 高額給与者が既に高額給与を前提にして借金を背負っている場合、あるいは背負う場合にはどうするか。これについては、その返済額部分が全額「特別加算税」から控除され、課税を免れるよう措置すべきだと思う。例えば学資、住宅、車両、医療、介護等々のローン費用が毎月の給与から差し引かれている場合、あるいは現実に出費が証明される場合には、これに配慮せねばならないと考える。こういう具体的措置については更に精緻に深める必要があろう。

 高額給与法案」はもう一つの縛りを要件とする。それは、給与がかように制限される政権される対価として、団体としての交際費、接待費、外渉費、支援費、寄付金等を大幅に会計経費に認められるようにしてはどうだろうか。即ち役職者の権能に於ける自由裁量的使途が団体会計経費に大胆に認められるべきである。これが役職権限のうま味になる。

 松下幸之助翁に打診したいところだが、翁の裁量で会社の経費を使っていろんな使い方ができるのであれば、個人給与を馬鹿高くするより賢明と云うべきではなかろうか。もう一つ。雇われ社長でない創業者社長及び取締役などは、保証人になるなどして企業と運命を一体化している限りにおいては、従来は個人給与から支出していた子供の養育費、車両購入費等の経費も社内経費として認められるようにするべきであろう。

 これらの諸問題は全てを経済活性化のカンテラで照らせば解ける筈である。景気が良くなるように政策誘導するのがコツである。こうなると税法の大幅な変更が要件とされることになるが、却って税収が伸びるのではなかろうか。分かり易く云うと、役所であろうが民間企業であろうが人が街に繰り出して使える資金が豊かになるように施策せよと云うことになる。今は逆のことばかりしている。

 目下の税法は複雑さにおいて自縄自縛に陥っている。新たな視点からの原理原則に基づいた新税法への転換が望まれているのではなかろうか。根本的には向こう10年、20年の審議を経て再構築される必要があると思う。れんだいこがなぜこういう発想をするのか。それは現行の仕組みが不景気になるよう誘導されているからである。逆発想から構想した次第である。

 野田首相の「どじょう政治論」が真っ当なら、財政再建、財政改革を名目とする増税の前にやらねばならぬことが以上述べた給与改革、税制改革、経済改革、政治改革であろう。れんだいこは、こういう政治を夢想とする。まだ試案段階であるが、野田政権が、面白いと受け止め早急な検討に入ることを望む。消費税の増税に次ぐ増税の薬物中毒の道に入り込む前に検討すべきと思う。

 これに手をつけず背を向けたままの増税論の何と安逸軽薄なことか。かく大ナタを振るえば良い。いろいろ抜け道が生まれるかもしれないが、それは試行錯誤で手引きを作って行けば良かろう。こういう政策の可能性について真剣な議論を経ぬうちの増税は「どじょう政治」に馴染まないのではなかろうか。昔から「新しい革袋には新しい水を入れねばならない」と諭されている。かく提言しておく。

 政治家の給与について一言しておくと、政治家とは選良を選ぶ大事な国家的営為であるから、選挙期間中を含むネットの全面活用を認め運動費の削減策を講ずるべきである。且つ、基礎票縛り付きで選挙資金の一定枠を国家がみれば良い。例えば、国政&首長選で2千万円、県議選で1千万円、市議選で500万円支給すれば良い。こうすることにより政治家の給与をも特例とすることなく一般化することができよう。

 更に、政治資金規正法は全申告公開を要件として企業、団体、個人献金ありの方が良かろう。政治家を貧する状態に置くことは却って危険であると考えるからである。政治家が自律して国政に関与できるような仕掛けを講ずるべきである。政治家を窮させると国際金融資本の狡知に嵌められる恐れがある。徒なキレイ潔癖を求めるのは却って裏があると読むべきだろう。 

 2011.9.21日 れんだいこ拝

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野田政権に対するれんだいこ書簡その6―1、高額給与法案考

 本ブログが、れんだいこの「カンテラ時評」1000回記念になった。これに値するものであるのかどうか世に問いたい。以下、高額給与問題の処方箋を出して賛否両論を蒙りたいと思う。

 丁度今、元毎日新聞記者にして政治経済評論家の板垣英憲氏が、9.20日付けブログ「野田佳彦首相は、国家の非常事態を救うため『金持ち大増税』で富裕層の『愛国心』の有無を試せ!」で、れんだいこ処方箋とハーモニーする主張を述べている。

 れんだいこが一番欲していた下りは次の個所である。「西郷隆盛翁の『南洲翁遺訓の13』をいま一度、拳拳服膺すべきである。『租税を薄くして民を裕するは、即ち国力を養成する也。故に国家多端にして財用の足らざるを苦しむとも、租税の定制を確守し、上を損して下を虐げぬもの也』。要するに、かつて大蔵省が所得倍増論を編み出した下村治さんを輩出したように、『第2、第3の下村治』を生み出す努力をする必要がある」。実にその通りと思う。

 (http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/cfb52fe06e5e19304ccac6c98362a4f1

 今や我が社会の最大の問題は所得格差である。これに関連して、既に欧米で富裕層や大企業の経営者自身が「われわれに課税せよ」の声が挙がり始めている。この間の行き過ぎた資産家優遇政策の見直しが必要に迫られつつある。他方、日本の経団連は9.14日、税制改正に関する提言を発表したが、消費税増税の必要、法人税の5%減税、個人所得税の最高税率の引上反対を指針させた。トラック競技で二周ほど遅れたバカの一つ覚え提言をしていることになる。

 高額給与問題は次のように処方されねばならない。今現在の収入感覚で云えば年収500万円辺りはどうでも良い。問題にすべきは年収1000万円以上、数億円、数十億円を手にする者に対する対策である。既に相当数の者が対象になる。こうした高額給与に対する規制が急務となっている。現実策としてまず公務員に適用し、民間系に右ならえ式の対応を促すのが良かろう。但し、松下幸之助翁が高率累進課税を嘆いていた経緯があり、この嘆きの理を汲み、翁が得心する工夫をせねばならない。

 高額給与の境をどこで仕切るべきか。れんだいこは、分かり易い意味で一人当り年収1000万円をラインとする。但し、年収800万円以上を高額給与とみなす方が実効的であると思われるので仕切りを二段階にすることにする。これによると、年功序列的昇給の場合には毎月60万円の給与で年収720万円。これにボーナスを80万円付けて800万円とする。初任給に対して年功と通常役職を上積みして行き最終800万円になるような給与体系を作れば良い。これを所得モデルとすべきではなかろうか。

 今現在の収入感覚論で云えば、年収800万円あれば充分食えるし、家族を養う事ができ、多少の余暇予算を持つことができ、生活意欲を高めることができる。この給与帯が一番能く働くことも分かっている。

 圧倒的多数が年収500万円前後であることを思えば、年収800万円を充分高額給与と思うべきだろう。これを公務員給与のひな型とする。年収800万円より年収1000万円の間を能力手当とする。年収1000万円を超える手当は特能手当とする。これに値するのは役所の代表クラスに限定する。その識別には手引きを設ければ良かろう。

 そもそも公務員の労働において、年収800万円を超すような能力労働がある訳がない。現行の如く年収800万円を超える部分がいとも容易く支給されているのは、単に従来式の年功序列的給与体系からところてん式に生み出されている悪乗りでしかない。れんだいこは、給与制度を根本的に見直すのは所要の手続きと時間を要すると思われるので、できあいの機構、制度をそのままに踏まえたうえで「年収800円縛り+年収1000万円縛りの二段構え策」を授けたい。

 具体的には、従来の徴収方法はそのままに施行する。これに加えて新たに年収800万円を超える部分に対して特別に「3割特別加算税」、年収1000万円を超える部分に対して特別に「4割特別加算税」を課すべしと思う。これは、「年収800万円以上の所得に対する新たな課税」であって、これ以上の支給が認められないと云うのではない。年収800万円以上の所得に対しては高率の税金が賦課されることを意味している。

 これにより、それほど税金徴収されるのなら意味がないとして「年収800円縛り」の線に留まることが予想される。となれば給与の相対的均一化が生じるであろう。それで良いではないか。これを仮に「高額給与法案」と命名する。

 高額給与法案により徴収される税金の会計を別にして、これを国が借り受ける形にする。但し、その支払を「有る時払いの催促なし」とする。こういう新たな借金を創造すれば良い。国債とは別発想の国の新たな借金種と位置づけることができる。国は該当者の名簿と返納金額を管理しておき、景気回復で世が良くなれば合理的な返済をすれば良い。その財源を景気振興策にのみ使い、そこから生まれる福利で払い戻せば良い。

 且つ高額給与納税者がその後の事情によって失格した場合、所定の手続きを経れば、それまで納めていた返納金額の半額を上限として引き出し利用できるようにすれば良い。このエリートによる組合が組織され、県単位、国単位の年次総会が開かれ、財源の有効利用に対する議論と成果報告が行われれば尚良い。

 公務員高給与は、そもそも不当に上積みされて支給されているところの類であり、これを没収されても仕方のない貪りのところを国が一時預かり式に借りると云うのだから異存がない筈である。公僕使命を持つ公務員がまず範を示し、これが民間給与の在り方を規制して右倣えせしめていくのが望ましい。最終的に官民問わずとなれば良い。これを国家の新たな財源にすればよい。

 これは明治維新期の版籍奉還、廃藩置県に匹敵する事業ではなかろうかと思われる。こういう創意工夫によってのみ目下の財政改革が為し遂げられる。ここに踏み込まず、徒に欧米式の国債発行、消費税導入で対処せんとするのは何の役にも立たないどころか有害なものでしかない。付言しておけば、国債発行、消費税導入のどちらもが国際金融資本による戦争政策に伴い導入された悪税である。各国ともこれに苦しめられているのは衆知の通りである。

 現在、欧米式の超高額給与支給方式が導入され定着しつつあるが、我が社会に於いては昔から、そういう富の偏在は馴染まない。労働能力に差があるのは事実であるから所得格差が生じるのは致し方ない。しかしながら、或る団体内での最低賃金者と最高賃金者の所得差は10倍以上であってはならないとする内規を拵えるべきで、これと高額給与法案」をリンクさせるのが良い。即ち団体の長の所得は初任給に対して10倍以内に押さえられねばならないとすべきで、仮に初任給を年収300万円とすれば10倍の3000万円が最高額となる。

 800万円を超す者は部長(局長)級以上として、仮に特別役職手当と命名するとして1ランク上がるごとに相応の上積みをして行けば良い。スペシャリスト的能力給も然りであろう。地方公務員の市町村の場合には首長を最高職として年収1500万円もあれば良いのではなかろうか。都道府県の場合には市町村の3割増として2000万円、国家公務員の場合には、都道府県の3割増として2600万円を最高額の目安とすれば良いのではなかろうか。 

 今、民間では、日産のゴ―ンを始めとして外資系の進駐軍的経営者が年収数十億の給与を取得している。これに倣う企業が続々と生まれつつあり、高齢重役者が卒倒する高給与を支給されている。そういう所得格差拡大式の給与体系が生み出されているが馬鹿げていよう。民間給与は原則として任意であるべきであろうが、公務員的基準を設けることで次第に均していくのが良いのではなかろうか。

 公務員の場合には、最低賃金者と最高賃金者の所得差は10倍以上であってはならないとする内規を拵えたが、民間の場合には浮き沈みを常としているので制限を緩くしてもせめて100倍以内とすべきだろう。仮に初任給を250万円とすれば100倍で2億5000万円が最高額となる。ここまでが認められる限度としよう。不足と云うのなら初任給を上げるようにすればよい。民間がそれほど高いのなら公務員なぞやってられねぇとする者は民間へ行けばよい。公務員は公務精神を尊ぶ者が選抜されるべきだろうから。

 これが基本である。但し、これは公務員を基本とする長期勤続定年制の給与体系の場合の処方箋である。世の中には一時稼ぎ的職業も存在するので、これについては次章で補足する。

 2011.9.21日 れんだいこ拝

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2011年9月20日 (火)

野田政権に対するれんだいこ書簡その5、増税中毒路線批判

 これまでは野田政権エールの書簡であった。これより批判の書簡に転ずることにする。9.20日、野田首相は就任後発の外遊となる米国詣でに向かった。オバマ米大統領との初の首脳会談が予定されている。その場で、かねて打ち合わせ通りの増税の言質と、その際の見返りとして相当額の資金の米国貢ぎが約束させられることになろう。「思いやり」から一気に「恩返し」へと質的に高められたものを要求され応えることになろう。この言の確かさは間もなく判明する。

 こうして見れば、日本人民大衆に今課されようとしている増税は日本政治の内的必然性よりもたらされているものではなく、外圧要請によるものだと云うことが判明する。野田政権はこれに応えようとしている。その姿勢は、日本経済を壊滅させ、IMF管理に置いて後、かねてより日本熔解、解体後の日本の調理を企図するジャパンハンドラ―ズの対日支配教程に基づく指令の請負であり、邪悪な意思と意図により画策されていると云うことになる。してみれば、野田首相御一行は飛んで火に入る油虫そのものである。あるいはモグラであり強烈なモグラ叩きに遭わされるであろう。

 さて、ここから野田政権批判に入る。しかしながら野田よ、「どじょう政治論」を掲げて野田政権の元一日とした以上、この信義を重んずるのが政治の筋と云うものではなかろうか。野田自身が政権公約第一号を反故にすることは許されない。しかし、野田にはこの声は届かないだろう。それはそれとして以下呼びかける。

 野田は、「どじょう政治論」に従う限り従来の野田式増税論を吟味せねばならぬのではなかろうか。財政悪化、社会福祉財源の確保を理由として増税せんとしているが、その方策が本当に増税に拠るしかないのだろうか、他に有能な方法がありやなしや、かく問い、これを真剣に議論することの方が先決なのではなかろうか。かかる経緯を経て始めて政策化されるべきではないのか。これこそ政治家の眼力と胆力が発揮される舞台であり役目なのではなかろうか。

 議論に費やす日時に猶予がないなどと云うのは粗脳政治家特有の言である。目下のような殆ど何の議論もないままの、仮にあったとしても上滑りの議論のままに拙速で増税が政策化されるのを危惧するのを政治家の矜持とすべきではなかろうか。れんだいこは、野田式増税論が取り返しのつかない日本経済大打撃を与え、邪悪なシナリオの袋のネズミへと追い込まれようとしていることを危惧している。

 以下、れんだいこの方策を授ける。その一は、従来式の節税狙いの機構改革である。いわゆる冗費削減と云うことになるが、これはやれば良い。但し、これまで橋本政権時の省庁再編、鳩山政権時の機構改編を経てきているが何の役にも立たなかったのではないのか。

 省庁再編は大蔵省を財務省にと云う具合に省庁名が紛らわしいものに代えられ、厚生省と労働省の統合による厚生労働省、運輸省と建設省と国土庁を国土交通省、北海道開発庁と環境庁を環境省と云う何の意味もない、と云うかむしろしてはならない行革をしただけに過ぎない。その後の新たな機構の続々たる創設を考えれば馬鹿騒ぎでしかなかった。それぞれの新省庁の機構改編もつけ刃でしかなかった。要するに日本経済の発展の為には余計な機構いじりでしかなかった。俗に云う「隔靴掻痒」の感がある。

 節税対策に真剣に取り組むのなら余計なことをせずにズバリ軍事費、原発費に手をつけねばならない。ここを聖域にして省庁再編や小額予算のものを更に削るのは単なるパフォーマンスの政治遊びに過ぎない。これがイロハのイである。だがしかし、このイに手をつけずロハ的な機構いじりをするから、マジメそうに議論しても何の役にも立たない。

 と云うか、直近の鳩山政権時の枝野―れんぼう式予算カットを見よ。必要なものの予算を削る悪質なものでしかなかった。単に大騒ぎしただけのことであった。次回の投稿で述べるが、殆ど「天下り高給与」の規制で解決するものばかりであった。それをせずに予算のみ削る方法に何の正当性ありや。かの時、何をやったのかもう一度はっきりさせる必要がある。ハンドラ―ズのシナリオに乗り国家百年の計に資するものが狙い撃ちされていたことが判明しよう。野田政権は枝野―れんぼうラインを引き続き重用しているが、これまた胡散臭い。

 軍事費、原発費に手をつけた後に我が社会が真に取り組まねばならないのは高額給与問題の方である。1980年代以降、国際金融資本の息のかかった中曽根系御用聞き政治の登場によって、我が社会の所得格差が格段に広がり始め、小泉時代の竹中路線により一挙に超高額所得者が雨後のタケノコのように出現し、その代わりに戦後日本が誇ってきた中産階級が壊滅させられ、低所得者層が大量発生しと云う具合で、今や由々しき事態になっている。

 かく認識せねばならない。これを思えば今こそ我が社会に適正な給与体系を確立せねばならない。この問題に切り込まない財政論は全てニセモノと断じて良い。順序として給与問題の方が先であり次が冗費削減であろう。給与問題を解決すれば大方の問題が自動的に解決される。逆は逆である。

 これにつき、鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が偉大な貢献をした。竹原市長は、全職員の給与明細を公開し、予算に占める公務員給与の実態を明らかにし衝撃を与えた。それによると、阿久根市の年税収は2006~08年度平均として僅かに20億円のところ、職員の人件費総額は約17億3千万円、実に予算の86%強を占めていると云う驚くべき実態が判明した。他の市町村も大同小異と思われる。

 この例に倣えば、都道府県公務員給与、国家公務員給与の予算に占める割合をも公開させねばならない。これを為し得て初めて適切な対策を講ずることができる。ところが、この肝腎な情報が秘匿され続けている。いずれにせよ、竹原市長が暴露した職員給与の予算に占める割合が86%強なる機密情報は、公務員給与の是正なくしては財政再建も日本再建も始まらないことを示唆している。

 これに対処する為の審議会が開かれるが、粗脳の学者を使って出てくるのは決まって「一律何%カット」と云う方式である。これは小手先の誰でも答申できるおざなり改革でしかない。上から下までの一律カットは、下の側に位置する労働者にのみ苛酷で、労組の反発を生むばかりであろう。労働意欲の低下を考えると至極尤もであり、つまり功を奏さない。要するに急所を外している。為さねばならぬことは、労働の質に比して卑大な高額給与者の給与の適正化を図ることであり、これに適正な処方箋を調合しない限り事は処理されない。

 ここを質して次に景気振興対策つまり持続可能な経済成長システム、現下ではこれにエコエネ問題を含めた総合対策を講じねばならない。出るを吟味し、入るを増やさない限り対策にはならない。現下の如く入るに工夫を凝らさぬままずるずる逓減し続け、他方で出るをザルにしたままの放漫財政では事態は打開できない。

 これに対し、増税に次ぐ増税の中毒路線に突入しようとしているが、よほどバカげた政策と云わざるを得ない。事態がこじれるだけで却って悪化するのは火を見るより明らかである。ならばどう施策すべきか。論をこう云う風に設定すべきではないのか。今時の論には、医業の細分化の例に似て特殊分野の専門家は育成されているが、全体を束ねる医者、医院が居ない。その場は治まるが「手術は成功した。しかしながら余病を併発し患者は亡くなりました」式のトンチンカン処方が多い。

 故に、名医を探せ。名医に国政の舵を取らせよと云うことになる。このことが今ほど望まれていることはない。次に、いよいよ高額給与問題の処方箋を出してみる。

 2011.9.20日 れんだいこ拝

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2011年9月17日 (土)

野田政権に対するれんだいこ書簡その4、角栄の反民営化論、反増税論を傾聴せよ

 「野田政権に対するれんだいこ書簡その4、角栄の反民営化論、反増税論を傾聴せよ」を発信しておく。野田が「どじょう政治」を目指すなら、範とすべき角栄政治論へ辿り着かねばならない。ここでは反民営化論を論証しておく。

 角栄は、中曽根政権の民営化路線に終始異論を唱えていた。だがしかし、ロッキード事件にはがい締めされ、金権政治の元凶として十字砲火を浴び続けている折柄であり、角栄の言は掻き消された。れんだいこは、月刊誌「現代」誌上の寄稿文で知り、凄いとうなった覚えがある。

 目下、これがネット検索で出てこない幻論文となっている。知人のH氏にお願いしていたところ、1985(昭和60).8月号の月刊現代に「田中角栄 国鉄廃止なんて愚の骨頂だ!」を入手してくれた。久しぶりに読んでみたが、れんだいこの記憶している論文と違うような気がする。ひょっとしてもう一本あるのではないかと思う。これを探さねばならない。とりあえず、これをベースに角栄の反民営化論を傾聴する。既に、「れんだいこのカンテラ時評890、角栄頭脳発見の旅 田中角栄の幻論文『国鉄廃止は愚の骨頂!』を発掘せよ」で言及しているので重複は省く。

 角栄と国鉄民営化論者の視点差は、民営化論者が目先の単事業単年度利益を重視するのに対し、角栄は国鉄が果たしている役割を総合的に捉え、単事業単年度利益判断に反対していたことにある。角栄に於いては、都市計画には道路と鉄道が基盤になるものであり、先行投資する訳であるから赤字は当たり前であり、国家財政で賄うべしとしていたと思われる。道路と鉄道による都市創造により、やがて国家税収か増すのであるから、国鉄赤字を大仰に云うのは反対としていた。

 どうしても黒字に持って行くのであれば、黒字になるよう民間鉄道並に規制緩和し、沿線の宅地開発やホテル経営等の副次的業務の許認可を与えれば良い、これをさせずに於いて国鉄赤字を騒ぐのはケシカランとしていた。これは何も民営化でなくてできる訳で、体制として国鉄のまま一部民営化的事業を導入して対処すれば良かろうとしていた。

 このことを次のように述べている。

 「それを北海道が赤字だから鉄道外せ、なんていうバカがいる。バカと云うのが悪かったら、利口でない人の暴論、バカ論です。たった百十年前に人口四万人足らずの北海道が、今、人口五百七十万人になる為には、彼らがどれだけの苦労をし、辛酸をなめてきたか。北海道の鉄道は全部赤字です。これから百年赤字だ。その代わり、鉄道の赤字の何万倍以上、国民総生産に寄与しているじゃないの。(中略)それを短絡的に赤字だから鉄道を外せと暴論を吐く。北海道には五百七十万人、札幌には百五十万人おる。生産はないし、物価は日本一高い。それでも北海道に人がいるのは、北海道に生まれ育ったからだ。北海道に骨をうずめるつもりなんだ。何も北海道だけでなく、これは地方のあらゆる都市に共通していることでしょ。そういうことを考えない政治とか経済とかというものは、もうたわごととしか思えないね、私には」。

 れんだいこの記憶によれば、角栄は、月刊現代寄稿文の一節で、中曽根式国鉄民営化論による赤字線廃止をすれば、これまで投資した北海道開発費用が反故になり、それによる損失の方が国鉄赤字よりも深刻であり、国家財政の大負担になって跳ね返ってくるであろうなる卓見を述べていたように思う。あれから30年、北海道は角栄が危惧した通りの過疎と荒野が進みつつある。この地域の再開発は気の遠くなる話となってしっぺ返しされている。角栄の指摘通りではないか。

 考えてみればオカシなことに気付く。中曽根政権時代、国鉄、電電公社、日本専売公社の民営化(Privatization)に乗り出したが、国家主義の立場に立つ時、果たして必要だったのだろうか。中曽根自身は国家主義者として売り出しているので、その中曽根がやることがまさか反国家主義とは思いにくいが、その間隙を縫ってやっていることは厳然として国家主権の剥ぎ取りである。

 小泉政権時代、中曽根と同じように靖国神社を公式参拝して国家主義者として売り出したが、郵政民営化、道路公団民営化は国家主義の見地からすれば同じく由々しき主権の剥ぎ取りではなかろうか。角栄式に国有公営企業体制下での機構改革で間に合うものを敢えて民営化にさせ、国家権能を著しく低下させているのではないのか。相当の国家機密が漏れやすくなっているとも思う。

 留意すべきことは、国家主義とか民族主義をことさらに叫ばないハト派系政治がむしろ国家権能を維持しようとしており、国家主義とか民族主義をことさらに叫ぶタカ派系政治が国家権能剥離に動いていることである。普通のロジックでは有り得ない逆さま事象なのであるが、実際に起っていることである。

 これを解くのに、大田龍―れんだいこ史観のプリズムを通せば分けなく解ける。即ち、戦後タカ派系政治とは60年代の岸、80年代の中曽根、2000年代の小泉と共通して国際金融資本帝国主義のエージェント下僕であり、彼らの意思を請負しているけばけばしいピエロに過ぎない。故に、口先で国家主義を演出すればするほど裏で民営化と云う名の国家主権売り渡しに忠勤して恥じない。岸、中曽根、小泉は突出したエージェントであった故に右代表式に挙げているだけであり、その他歴代の首相はハト派系以外ほぼ全てこの手のエージェントである。念の為云っておくが、三木はタカ派系政治の範疇の者であり、マスコミの説く如きのハト派像はインチキ評論でしかない。

 れんだいこが、ここで何故に民営化論を採り上げるのか。それは野田の増税論と重なるからである。野田の増税論は今後どう展開するのか予断を許さないが、民営化論になぞらえれば推進側の論理論法である。我々は、中曽根政権の国鉄、電電公社、日本専売公社の民営化に断固反対した角栄の国有化維持&構造改革論こそ採るべき道と悟るように、民営化論側の野田式増税論と厳しく対決せねばならない。

 野田が、孫子の代までツケを先送りしないと云うのであれば、こちらの方に力点があるのであれば、孫子の代までツケを先送りしない反増税の道を訪ねねばならない。その方策ありや。れんだいこはありと答える。これについては以下具申することにする。

  2011.9.17日 れんだいこ拝

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2011年9月10日 (土)

マスコミによる閣僚発言の政治主義的歪曲記事報道考

 2011.9.8日、野田政権発足間もないこの日、マスコミが、鉢呂経産相発言を政治主義的に歪曲報道し辞任の流れを作ると云う不埒な事件が発生した。これを確認しておく。鉢呂経産相がする必要もない辞任を強要されている様子なので緊急投稿しておく。以下のサイトに書きつけておく。

 記事姿勢、論調論、事件考

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ronpyo/

mascomiron/kijishiseico/kijishiseico.htm)

マスコミの発言歪曲記事報道考

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ronpyo/

mascomiron/kijishiseico/hatugenwaikyokukijico.html)

 この日、鉢呂経産相は、野田佳彦首相に同行して福島第1原発や原発から半径20キロの警戒区域を視察した。福島第1原発などを視察した際の印象について記者団に次のように語った。「残念ながら周辺市町村の市街地は人っ子一人いない、まさに死の街という形でした」。

 この問題で大騒ぎするのは悪質なフレームアップであろう。鉢呂経産相の「死の街発言」が問題なら、これまで左派圏で語り継がれている「死の灰発言」も問題にされるべきであろう。他にも「死の海」、「死の商人」等の表現もある。今後はこういう表現はできないのか、マスコミ諸君返答せよ。

 鉢呂経産相が、立ち退き命令でゴーストタウン化した福島原発近辺の「人っ子一人いない」情景に対し「死の街」と表現したとして、これが何で問題になるのか。れんだいこが現地へ行っても、そういう印象を持つだろう。マスコミは住民の怒りの声を次々報道することにより不適切発言であるかの如く誘導しているが、その魂胆こそ臭い。度が過ぎると言葉狩りになろう。マスコミは、鉢呂経産相の個性的表現を確認し、「で、大臣、この街は今後どうなるのでせう」と聞くのが仕事であるところ、「死の街発言」に飛びつき大騒ぎすると云う粗脳ぶりを丸出ししている。

 次にマスコミが飛びついたのが「放射能をつけたぞ」発言である。これにつき、当事者の毎日新聞記者が正確に報道する義務があるが今のところしていない。れんだいこに寄せられた情報によれば次のようなものである。「死の街発言」後の8日午後11時過ぎ、東京・赤坂の議員宿舎での取材で、10人程度の記者が鉢呂氏を取り囲み次のようなやり取りをしている。鉢呂経産相は防災服を着替えないまま議員宿舎に戻り、報道陣の取材に応じていた。

 記者「大臣(作業服)、着替えてないんですか」。大臣「今福島から戻ったばかりだ、そんな暇ないよ」。記者「じゃ福島の放射能ついたままですか」。大臣やや怒って、毎日新聞記者に近寄り、防災服をすりつける仕草をした。この時、「それがどうした? 放射能つけてやろうか?」と述べたと報道されている。

 末尾の「放射能つけてやろうか?」発言につき、鉢呂氏は、「(記者に)近づいて行って触れることもあったかもしれない。そういうこと(放射能をつけたぞ)は言っていないと思う」と釈明している。鉢呂氏は9日午後、「被災地に誤解を与える表現だった。軽率だった。被災をされている皆さんが戻れるように、除染対策などを強力に進めるということを申し上げたかった」と釈明している。

 この問題で責められるべきは果たして鉢呂経産相だろうか。どこの記者の発言か定かでないが恐らく毎日新聞記者として、この記者の「大臣(作業服)、着替えてないんですか」、「じゃ福島の放射能ついたままですか」発言の方が問題ではないのか。この記者は何が云いたいのか。防災服のままの姿を咎めたのではないらしい。「じゃ福島の放射能ついたままですか」の方に真意があり、その質問意図こそ詮索されねばなるまい。どういう意味の質問であったのか説明せよ。事と次第によっては、福島の原発被災地民の怒りは、この質問者の方に向かうべきではないのか。

 次に、「放射能つけてやろうか?」発言が為されていたとして、これを吟味したい。普通に読めば、放射能汚染を恐れる記者の様子を面白がって、近づくことにより「付くぞ、付けたろか」とからかった感じである。これが本当なら不謹慎であるが、誘導誘発した記者の質問の仕方にも問題があるのではなかろうか。手前は云いたい放題、相手の返答は逐一問題にすると云うのはヤクザの云いがかり論法である。大臣が放射能がついたままの防災服を着たままでいることは問題と思うが、そのようには問うていない。鉢呂大臣は、そのことに気が回らないほど被災地及び汚染問題を真剣に考えていた、その結果としての防災服着用姿だったと受け取れば美談になるような話ではなかろうか。

 毎日新聞記者の証言を要するところ記事がないのも釈然としない。仕草だけだったとも云われている。だとすれば「放射能つけてやろうか?」は捏造記事と云うことになる。仮に捏造なら、そういうものを大々的に報道した記者及び関係者は懲戒免職に値する話になる。今後の一罰百戒の為にも、そうせねばならない。その前に、鉢呂経産相の実際の発言をはっきりさせねばならない。
 
 この経緯にいして、野田首相も藤村官房長官も鉢呂経産相を庇っていない様子がうかがえる。本来は、「どういう状況、経緯のなかの発言か確認したうえでコメントする。今は情報収拾の段階である」云々で良い。この弁のないままに非常識発言として咎めているのは早計ではなかろうか。

 問題は、マスコミの変態的な嗜好性にこそあるように思われる。この時期の真の重大発言は、前原政調会長のワシントンでのトンデモ発言の方である。これを論評せぬままやり過ごし、鉢呂経産相発言に対して重箱の隅をつつくような報道の仕方こそ不正にしてイカガワシイ。自公、みんなの党―マスコミ連合の大騒ぎは虚に吠えているだけの党利党略でしかなく、これまたアホウ丸出しである。

 2011.9.10日 れんだいこ拝

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2011年9月 9日 (金)

野田政権に対するれんだいこ書簡その3、どじょう政治考

 「野田政権に対するれんだいこ書簡その1、角栄政治の真髄を知れ」、「野田政権に対するれんだいこ書簡その2、セラード農業開発協力事業考」に続き「野田政権に対するれんだいこ書簡その3、どじょう政治考」を発信しておく。

 野田首相が、如何なる意味で「どじょう政治」を詠ったのかは定かではない。民主党代表選の演説で、相田みつを氏の作品句「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」を引用し、ここから野田式どじょう政治論が生まれているようである。これを教えたのが輿石と云われており、どじょうが取り持つ縁により野田政権発足に伴い幹事長に抜擢されている。

 れんだいこは、相田みつを氏の文句よりも「どじょう」そのものに興味を抱いている。野田の「どじょう論」は「どじょう」になぞらえての「どじょう政治」として云われているが、当然「どじょう精神」、「どじょう文化」、「どじょう経済」といろんな風に使うことができる。野田が本気で、こういう意味合いを持つ「どじょう」を掛け声しているのなら面白い。

 巷間、野田は、松下政経塾上がりの増税論者、反小沢として知られている。こたびの組閣を見る限り、この線からの大臣、副大臣、政務官が多数登用されている。その片方で、非増税論者、親小沢として知られている大臣、副大臣、政務官も登用されている。つまり、本来成り立ちにくい相反する二勢力を見事に混成させたのが野田政権の特徴となっている。これを仮に「どじょう組閣論」と命名する。

 この技を為し得る者は政界広しと雖も目下は野田一人かも知れない。野田は、この混成を「どじょう」と表現し、天才バカボン親父の言を真似て「これでいいのだ」と自負しているように見える。理屈は合っているように見える。

 しかし、こうなると、いずれ、本来成り立ちにくい相反する二勢力の衝突の日が訪れることになる。その日が近いのか遠いのか、それはまだ分からない。早くも前原系が右から揺さぶりに出ている兆候が認められる。問題は、「どじょう論」の神通力がどこまで効くかにかかっているように思われる。その効能次第で政権の長短が決まるように思われる。

 「どじょう組閣論」について論ずれば、鳩山政権も相反する二勢力のバランスにシフトしていた。ただ、鳩山政権の場合にはパワーバランスとして反小沢と親小沢を並列的に取り混んでいただけなのに対し、野田政権の場合には反小沢と親小沢を混成的にしているところに違いが認められる。つまり、野田首相は混合せしめる神通力を持っており、その言葉が「どじょう」なのではなかろうかと思われる。この言葉の魔力を見染めた野田は偉いと云うことになる。

 問題は、野田自身が、この「どじょう政治」をどこまで本気に育み、貫徹させるのかにあるように思われる。この元一日の日の誓いを忘れず、政治と政局を御して行けるのかと云うことになる。

 興味深いことは、れんだいこの理解する「どじょう論」によれば、野田のこれまで掲げてきた政治論、政策論は「どじょう論」によって自ずから変更を余儀なくされ、野田自身が自己否定を伴う脱皮を要請されることになるだろうと予見できることである。野田は、この自己否定の道へ進むことができるのだろうか。れんだいこの興味はここにある。

 れんだいこ式どじょう論によれば、「どじょう」とはまさに「土壌」であり、泥臭い土の中にまみれて生命を育む生き物である。この生き物は、見栄とか格好とかの金魚的な鑑照とは真逆の生活実利的な地味な生き物である。政治論で云えば、上部構造的大将論ではなく下部構造的兵卒論になる。野田は、「どじょう論」を口にすることで、政治の視座を下部構造的兵卒論に据えると表明していることになる。下部構造的兵卒論とは人民大衆論とほぼ等値の概念である。してみれば野田は人民大衆政治論を唱えていることになる。

 加えて、「どじょう」とは河川の地底に潜み泳ぐことで在地土着精神を表象している。してみれば、「どじょう政治」とは在地土着政治を表象している。政治に於ける在地土着性の肝要さは今日ほど要請されている時はない。多くの政治家が与野党問わずジャパンハンドラ―ズの指揮指令に服し宦官化していることは衆知の通りである。つい先日、前原が日本の国政の機密情報を米国政府公館に公然と売り渡している機密文書がウィリークスにより暴露された。

 これは何も前原に限る話ではあるまい。野田の「どじょう政治論」は、この売国奴政治に対する決別の叛旗となる可能性を秘めている。野田当人に果たしてその見識があるのかどうかは分からないが既に意識の基底で呟いていることになる。れんだいこが野田政治に注目する所以である。

 意識と云うものは長い練磨を経て熟成されるのが普通だが、突然にひょういする場合もある。これを宗教者の場合には神がかりと云う。或いは天啓と云う場合もある。野田の場合にはどちらか分からないが、政治的マヌーバーではなしに生涯を貫く赤い糸となることを願う。

 但し、最新情報で鉢呂経産相の「死の街発言」に対し、「不穏当な発言だ。謝罪、訂正してほしい」なる批判をしている。この早くも守りに入っている調子からすれば野田に期待するのは無理かもしれない。たまさかの「どじょう論」だったのではないかと思う。

 2011.9.9日 れんだいこ拝

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野田政権に対するれんだいこ書簡その2、ブラジルとの合弁事業「セラード農業開発協力事業」考

 「野田政権に対するれんだいこ書簡その1」で、角栄の国内産業に対する英明なる振興策を確認したが、「書簡その2」では角栄の対外支援の英明策としての「日本―ブラジル間のセラード農業開発協力事業」を確認する。

 この功績は余り知られていない。れんだいこもごく最近知り本稿を書き起こすことになった。一事万事の理で国内を能く制する者は国外をも能く制する、逆は逆であることが分かれば良い。

 1974.9.12日、田中首相が中南米のメキシコ、ブラジル、米国、カナダの4カ国歴訪に出発している。これが田中政権の6番目にして最後の外交となる。9.14日、メキシコ訪問。日本メキシコ学院の設立のための援助資金を持ち、 エチェベリア大統領との首脳会談で、「両国民の相互理解のために画期的な重要性を有するものであって、早期建設を支援する」旨の共同声明を発表している。

 9.18日、ブラジル-訪問。ガイゼル大統領と首脳会談し、日本とブラジルが共同して農業開発プロジェクトに着手することに合意し共同声明を発表する。これより早く次のような根回しが行われている。1973年、農林省がブラジル農業開発輸入検討に調査団派遣。1974.3月、コチア産業組合中央会(CAC)がミナスジェラィス州サンゴタルドに入植する。1974.8月、国際協力事業団(JICA)が発足する。

 日本とブラジルの共同声明の約束は守られ、1975年、ブラジル政府がPOLOCENTRO計画を策定する。同5月、経団連、日伯経済協力委員会の下部組織として日伯農業開発協力委員会を設置する。同6月、倉石農林大臣、9月、福田副総理がブラジルを訪問する。同10月、JICA、政府・民間関係者によるミッンョン(農林省国際協力課菊池課長補佐及び伊藤忠商事越後部長役)をブラジル派遣し基本的枠組みを決める。11月、JICAが調査団を派遣する。同12月、日伯農業開発協力推進議員懇談会が結成される(会長・倉石農林大臣)。


 1976.4月、「日本―ブラジル(日伯)セラード農業開発協力事業(PRODECER)」が設置される。同9.17日、日本政府がセラード開発計画を閣議了解する。ガイゼル大統領が来日し、セラード開発について「討議議事録」に署名する。これにより総事業費684億円が拠出されることになった。

 具体的には、多数の農業専門家の派遣、入植者717戸(内、154戸が日系農家)に対する融資、農地造成、灌漑整備の導入等々、ブラジルの近代農業を推進する事業となった。こうして田中首相が支援を約束してから約5年の準備期間を経て日伯合弁会社が設立され、国際協力事業団(現JICA)が出資する形で2001.3月までの21年間3期に分けて実施された。

 JICAのセラード農業開発プログラムは、日本のODA事業の中でも極めて規模の大きな事業となり、ミナス、ゴヤス、バイア、トカンチンスなど9州にまたがる(首都ブラジリアもこの地域に含まれる)熱帯サバンナ地帯の約面積2億ヘクタール(2,045,064km²、メキシコ並み且つ日本の約5.4倍ほどの面積)の潅木林地帯で土地の土壌改良による穀物栽培の開拓が行われた。

 これにより同地帯は一大穀倉地帯に変貌した。2008年のFAO(国連食糧農業機関)の農産物生産統計によれば、ブラジルはサトウキビ、オレンジ、コーヒー豆が1位、大豆が5924万トンと米国に次いで2位、トウモロコシも含めた輸出大国となっている。「セラード農業開発は、20世紀農学史上最大の偉業のひとつ」と評価されており、「セラード農業開発協力事業」は世界の食料供給基地をアメリカとブラジルの二極化することに貢献した。

 「セラード農業開発協力事業」2000年で一応終了し、その後を継いだ小泉政権以降の歴代政権は新方針を打ち出さぬ為に尻ぼみの状態になっている。尤も、現代においては森林資源保護と云う地球環境保護問題が絡み始めており、新たな政治能力が要求されている。それはそれとして、角栄政治がブラジルに貢献した偉業、世界の食料供給事情の二極化の成果を確認せねばなるまい。

 現在、この経験を生かしてブラジルと日本によるアフリカ支援へと繫がっている。2009.4月、日伯間で対アフリカ熱帯サバンナ開発協力の合意文書が結ばれ、その協力対象国として公用語がブラジルと同じポルトガル語のモザンビークが選ばれ三角協力の実施が決定した。同9.17日、モザンビークの首都マプト市で、日本、ブラジル、モザンビークの代表が、熱帯サバンナ農業開発推進合意文書に署名した。ブラジルのセラード地帯で日本とブラジルが行った熱帯サバンナ農業開発協力の知見をモザンビークひいては将来的にアフリカの熱帯サバンナ地域の農業開発に生かそうとしている。

 2010.5月、ブラジルは初めてアフリカ全土から農業大臣を招聘し、「ブラジルーアフリカ対話」会議を主宰した。ルーラ大統領は次のように述べている。「ブラジルは先進諸国に対して一緒にアフリカでの農業開発協力に取り組もうと長らく訴え続けてきた。そして、一カ国、日本と共同にてモザンビークで取り組むことが決まった」、「アフリカ熱帯サバンナはブラジル・セラードの農業潜在力をはるかに凌駕する。我々はセラード技術をこの広大な農業フロンティアに導入することができる」。

 以上の総評として次のように述べておく。ここにも角栄政治の卓見と功績を見て取ることができる。れんだいこが調査して判明する限り、角栄政治の秀逸さ―それぞれの課題に対して国家百年の見地から有能な判断と処理を為すことで日本丸を充分に舵取りしていたこと―に驚かされるばかりである。

 そういう意味で、角栄政治を悪しざまに罵る者の政治、評論ほどお粗末なものはない。近いところでは小泉、菅が角栄政治の真逆を行い国運を誤らしめ、にも拘わらずマスコミが提灯報道し続けたのは衆知の通りである。立花隆その他の売国奴エピゴーネンが未だに角栄批判のボルテージを上げ続けている。ことあるごとに角栄政治との距離を測り、接近しようとすると批判の太鼓を打ち鳴らし、反角栄政治にシフトすると喝采すると云う痴態を演じ続けている。

 この政治、論調にどう終止符を打ち、日本が自由、自主、自律の国内国際政治を御していくことができるのかが問われている。第二次世界大戦での敗戦から65年余、一時1970年代初頭に田中―大平同盟政治により半ば達成したかの感のあった主権政治がロッキード事件の喧騒を通じて元の木阿弥的植民地政治に戻されてしまって今日に至っている。与野党問わず政界上層部に屯(たむろ)するのはシオニスト宦官ばかりと云う痴態に陥っている。この不義を如何せんか。

 2011.9.9日 れんだいこ拝

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2011年9月 4日 (日)

野田政権に対するれんだいこ書簡その1、角栄政治の真髄を知れ

 野田政権発足に当たって、菅政権時にしたように「れんだいこ書簡」を発表しておく。シリーズの予定であるが、今はこの一書のみとする。これで充分だろう。この書簡が野田の耳に届けられるのか、届けられたとして聞く耳を持つのかにつき、当方は与り知らぬ。云えることは、聞くも耳を持てば歴史の評価に堪えるものになり、逆は逆であると云うことである。

 菅は聞く耳を持たず、シオニスタン宦官政治にのめり込み、小沢どんを用済みとして斥(しりぞ)け、一時の栄華に酔いしれた。しかし、たかが1年有余の儚い宴であり、今頃は悪酔いしていることだろう。歴史の法理は厳然としている。闘いに敗れ斥けられたのは菅派の方であった。

こたびの組閣で、菅派は平野法相一名の登用で終わった。その平野も菅派であるかどうか旗色はっきりしない御仁であることを思えば、菅派自体が息の根を止められた感がある。遊び人は遊び人特有の粗脳故に歴史の屑かごに捨てられることになる。何事によらずプロが鎬を削る世界に遊び人が大事を司ることには無理がある。教訓とすべきだろう。

 もとへ。れんだいこは、野田首相が見せた組閣人事能力を評価し、野田政権にとっておきの政治訓話を授けたい。松尾芭蕉の名俳句「古池や かわず飛び込む 水の音」の解釈に似て、万言を費やしても足りない名訓話になっている。何度も聞き、何なら閣議の前にみんなで聞くようにして貰いたいほどである。過日、偶然目にしたも
のだが有り難い出会いであった。以下は、れんだいこがビデオから書き起こしたものである。政治家諸君、毎日の業として暗誦せよ。

 1984.3月、ネミック・ラムダ長岡工場竣工式での田中角栄の祝辞
 (http://www.hirameki.tv/10video/Mr-tanaka/mrtanaka1.html)
 斑目力曠社長の弁から窺える角栄の弁は次の通り。
 「君、福島なぞ行かないで長岡へ行ってやれよ。君は若いんだから失敗したっていいじゃないか。思い切りやってみろよ。長岡で電子の灯を灯すつもりでやってみろよ」。「従業員は何名になったか」。「渡部君、潰してもらっちゃ困るよ、いいね、潰してもらっちゃ困るよ、潰してもらっちゃ困るよ」。

 角栄の弁は次の通り。

 「まず第一に、斑目(まだらめ)社長を中心にした従業員諸君の力添えで、えぇ、創業15年にして今日の、この、おぅ、興業の第一期工場の竣工式を挙げられことに対し、深い敬意を払いますと共に、お喜びを申し上げます。又ご参会の皆様には、こうして応援を頂き、当社の将来に対しても、重ねて、お力添えをいただくことにつきまして、えぇ、私からもお礼を申し上げます。今、斑目社長から述べられた通り、この会社には私も、創業からの責任を持っておる者でございます。

 斑目君はあのぅ、出身は高野山でございます。私の菩提寺もございますので、まっ、この仏様のご紹介と云う事で、で、一つおぅ腰を入れなければいかんと云うことで、おぃ長岡へ工場を造らんか。と云うことだった。でもう既にここに第一の工場ができたじゃないですか。第二の工場が1300億を投資をしながら工場出荷額1600億ないし1800億、4月の1日からオ―ジ―アイには東京三洋の工場が**。工場を始めようではありませんか。それだけじゃありません。同じオ―ジ―アイに松下電送の工場が4万5千坪、今、宅地造成を始めているんです。それがいつですかな、起工式あるんです来月の初めですか。6月1日から始めるんです。しかし、それにも来てくれと云うから、いや、まだ返事しないんです。斑目君のとこへ行ってからの話である。(笑) ホントですよ。うん、そういう意味で今日は、この工場に伺った訳ですが、今、斑目君も述べられた通り、故なくして今日ある訳はないんです。

 これはあのぅ、雪国というのはまぁ雪国というのに工場来るかなんかと心配する者がありますが、これはあんまり勉強不足なんです。雪国がなければ精密工業基地足りえないのであります。うーん世界には166カ国あるけれども、主要工業十ケ国のアメリカ、カナダ、日本、リべリー、フランス、西ドイツ、イギリス、オランダ、ベルギー、スウェーデン。10ケ国の内の9ケ国の工業地帯は、奇しくも日本の弘前よりも全てが北であります。しかも超精密工業地帯はどこかと云うと、日本がかって領有した樺太よりも北であります。どうしてそんなことが分からんのか。地球儀を回すまでもないことだもの。温かいところには主要工業地帯は地球上には一ケ所もない。ねぇ、ホントです。それがなぜ一体、日本だけが太平洋側に工場ができて、雪の降る所が南方産の稲を育てておるか。これは逆さまであります。うーんこれは千年以来、為政者が太平洋側にだけしか存在しなかったと云う、たった一つの簡単な理由であります。

 しかし、科学的な、要請される条件を備えておるものが、逆さまのままで永久に行く訳がないんで、重い工業、原材料を海外から輸入しなければならない、そして加工してすぐ輸出しなければならない、大規模な工業は全て太平洋岸でありましたが、しかし例外があったんです。非常に精度の高い工場が一つだけ、北陸にあったんです。それは何か。それはツガミである。ねっ、長岡のツガミの歴史を見れば日本の工作機械の草分けである。非常に精度の高い技術であり、ツガミの社史を読むまでもなく分かるじゃないですか。地元に居ると分からんだけであります。日本産業史の中でツガミの歴史は燦たる歴史だ。だから一ぺんぐらい潰れたってね、立ち上がるに決まっとるんだ。ホントですよ、うん。

 その意味でね。斑目君にね、ツガミがあるんだよと。長岡の歴史というものは必ず君を成功せしめるから。まぁローマは一日にしてならんと云いますが、石橋叩いて必ず渡る。こう云ったらですな、15年間で、斑目君がこれだけのものをつくったじゃないですか。さっき悪口云いましがね。人のうち借りてボロ屋だったとか、何を云うか。(笑) 古色蒼然たるとはいらんことである。と思うけどね、ほんとうですよね。**古色蒼然たる中からたった15年で、これだけのものが生まれたじゃないですか。この後、第二次工場3000坪あるんですから。そうでせうっ。

 私は、潰してはダメだよといったのはね、若い連中ばっかりなんだこの工員が。君はね、経営者だから潰れたっていいよと。ましてや荒道を漕ぐ人は一回や二回倒産の危機にね、頻する、これはやむをえん。しかし、必ずこの仕事はね、日本が求める。日本の代表的産業なんだから潰れる筈がないだぞ。ただ潰すと若い連中が泣くから。やっと結婚した、やっとウチをとにかくつくろう、ローンを借り始めた。社会的混乱起こすから、潰しちゃダメだよ。こう云ったに過ぎないのであります。

 来るには来るような受け入れ態勢がなくてどうして来ますか。私は、受け入れ体制がなかったけれども斑目君が、ここまで努力した実績に対して本当に深い敬意を払います。今度はまぁ潰すなよなんて云いません。(笑) えぇ。今度は大いに発展をする為にお互いに協力する、共同の責任を持って後は保証してやるから、さぁしっかりやってくれ、こういうつもりでおります。どうぞご参会の皆さまも、ただ一つの工場が生まれたいうのではありません。これは長岡の新潟県の工業化の、一つの歴史の一ページ、第一号工場である。この後が続く。

 私は、ホント25年間、自分の、責任のように考えてきただけに、こうしてしばらく時間をいただいて事実を申し述べ、皆さまの変わらざると云うよりも、これから本当にこの会社が大きくなるように。この会社がね、うまくいかないようだったら、必ず行きますよ、必ず行くように保証します。これから技術的にも、あらゆる角度から応援体制を整えます。ねっそういうつもりで来たんです。まっ皆さんからも、本当に格段のご支援ご鞭撻ご協力をお願いをいたします。これはもう、本来ならば会長の職にある関とうえい君、うーん、だったらもっともっと、強く皆さんにお願いするでせう。私もこの、まっ工場を育てる、立場である責任者として、これからお願い申し上げます。渡部君を中心とした当社の全従業員一丸になっての奮闘努力、精進努力に心から期待をして、私のまっ祝辞と云うよりもご挨拶を終えたいと思います」。

 講釈は不要であるが蛇足しておく。角栄政治は、かように中小零細企業に対する目線が温かく育成に力を貸していた。特に今後の日本が生き延びる道として、先進的先端産業に力を貸していたことが分かる。演説の片言節句からしても、角栄の視野が壮大であることが分かる。話も面白い。間の取り方も良い。短か過ぎず長過ぎず、話に愛情があり、スピーチの見本である。スピーチだけが良いのではない、日頃の政治の姿勢が滲み出ていると窺うべきだろう。

 れんだいこが最も気に入ったのは、斑目力曠社長の「会社は潰してはならず、存続させることが社員に対する最大の福祉である」云々の弁である。今時の、会社を潰すような方向にばかり政治を舵取りしながら他方で雇用対策を云々し、その挙句に財源が足りないと云っては増税政策にシフトする政治と比すれば真逆である。

 これが角栄政治の要諦である。暫し沈思黙考せよ。立花―日共―その他馬鹿どもによって貶され続けてきている角栄であるが、歴史の評定は振り子のように然るべきところに戻るのを常とする。もうそろそろ角栄を角栄として評する時代になっても良かろう。

 2011.9.4日 れんだいこ拝

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2011年9月 3日 (土)

野田首相の組閣能力考

 2011.9.2日、野田政権が正式に発足した。この陣容をどう評すべきかが問われている。早くも日共お得意の政権アラ探しが始まっている。れんだいこは商売口風の批判の愚を避けたい。野田政権の政策面は今後の問題であり、今は野のものとも山のものとも海のものとも分からないとして論の先走りを避けたい。せねばならぬのは組閣を終えたばかりの組閣能力論である。

 野田政権の陣容を見るに、野田は最初に首相の片腕としての幹事長に小沢系の重鎮として知られている興石を起用した。これをどう評するべきか。興石は既に菅政権時代に(役職は分からなくなったが)内閣の一員に取り込まれていたので、この時点で野田との接点が始まっていたと思われる。野田は、代表選演説、代表選出後の一声でも共に「ノーサイドで行きませう」と公言した通りの人事を行いサプライズを演出した。

 先代の菅政権が、党内を二分している小沢派を徹底的に排除したのに比して鮮やかな対照であり名采配と評すべきだろう。反対派をも然るべく登用すると云うのが議会制民主主義下の組閣の常道であり、野田が真っ当なものに戻したと評すべきだろう。これを野田采配の第一の識見と見立てたい。

 野田采配の第二の識見は、野田自身を除く菅政権下の重役を蟄居せしめたことにも見て取れる。岡田幹事長、枝野官房長官、仙石を退けたのは爽快でさえある。前原は政調会長として起用されているが、代表選の決選投票での支持経過からして止むを得ない措置であろう。官房長官には自派の藤村修・氏を引き上げた。この人事全体が名采配であろう。

 野田采配の第三の識見は、鳩山政権、菅政権と続いてきた経緯に鑑み鳩山派、菅派の起用を極力抑えたところにも見て取れる。鳩山派では平野博文の国対委員長、菅派では平岡秀夫の法相のみとなった。鳩山派は、小沢派とも野田派ともブリッジしている故に今後の政局に一定の役割を果たすことが予想できるが、菅派の芽は完全に潰れたと見立てたい。この間の反小沢一辺倒式変則党運営の当然の報いであり、これを自業自得と云う。菅派代議士の選挙区は今後草刈り場になることが予想される。

 野田采配の第四の識見は閣僚を一新させたことにある。再任として細野豪志の環境相・原発事故担当、平野達男の震災復興対策担当、自見庄三郎の郵政改革担当は職務の特殊性からして継続性を重んじたものであり首肯できる。それ以外の閣僚につき、新任として安住淳を財務相他、鉢呂吉雄を経産相、前田武志を国交相、小宮山洋子を厚労相、中川正春を文科相、一川保夫を防衛相、山岡賢次を国家公安委員長他、古川元久を国家戦略相他に起用し総計8名に上る。この人事は、野田―興石ラインの人選に拠ったと思われるが、いわば意地を通した格好であり評されるべきであろう。

 野田采配の第五の識見は、挙党態勢づくりに成功していることである。反小沢色の強い順に確認すると、前原派から安住財務相、小宮山厚労相、古川国家戦略相の3名。野田派から野田首相、蓮舫行政刷新相の2名。玄葉派から玄葉外相の1名。.菅派から平岡法相の1名。民社系から川端総務相の1名。鹿野派から鹿野農相の1名。社会党系から鉢呂経産相の1名。羽田派から前田国交相、中川文科相の2名。小沢派から一川防衛相、山岡国家公安委員長、平野震災相の3名。この組み合わせは芸術的でさえある。

 以上、第五点に亘って好評価を下すことができる。今度は逆に野田政権の布陣に難点を見出してみたい。その第一に、ハンドラ―ズの対日指令政策である増税、国債擦りまくり、農産物他の自由化、原発続投、自衛隊の海外派兵の五点セットに対して迎合的なシフトになっていることである。

 これを見れば野田政権が今後ハンドラ―ズの対日指令政策の忠実な請負をして行くことが予想される。党内の反ハンドラ―ズと人民大衆の結合により、この動きを封殺し、日本再建の別の道筋を見つけ出していくならば、野田政権は案外長持ちするかもしれない。逆は逆である。

 野田政権が、ハンドラ―ズの対日指令政策のもう一つの戦略である衆院解散に対して、今のところその意思を持ち合わせていないのは良きことであろう。こたびの代表選で前原派が勝利していたならば衆院解散シナリオに向けて突き進む公算大だったことを思えば了とせねばならぬ。今は鳩山、菅の二代続けての悪政で民主党の支持が潰(つい)えており解散は直ちに壊滅を余儀なくされるだろう。

 仮に海江田政権が登場していたなら野田政権の顔ぶれとどう異なっていただろうか。容易に姿を消すのは安住、小宮山、古川、蓮舫であろう。代わりに原口、川内博史、田中真紀子、森ゆうこ辺りが登用されていた可能性がある。これを見られなかったのは残念ではある。以上、簡単ではあるが野田政権に対するれんだいこの第一評としたい。

 補足しておけば、野田政権下ではノーネクタイの遊び人風のだらしない姿での執務を止(よ)して欲しい。皇居での任命時にネクタイ着用なら当然国会でも然りとすべきだろう。小泉以来菅までの間に流行った悪弊だが、そろそろ終わりにして貰いたい。クールビズを云うのなら靴を止めて下駄、草履、雪駄で闊歩すれば良かろうが。ついでに下着もステテコで答弁すれば良かろうが。これが云っておきたかった。

 2011.9.3日 れんだいこ拝

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2011年9月 2日 (金)

津田左右吉学説考その2

 もとへ。津田史学をどう受け止めるべきだろうか。これが本稿の本題である。れんだいこは次のように考えている。もっとも今時点では津田氏の書籍を読んでいない。諸氏の評から透けて見えてくる津田史学を前提にして批評する。

 津田氏は、当時の皇国史観に立ち向かった稀有の学者であった。多くの者が皇国史観を鵜呑みにし、或いは皇国史観が御用学故に批判することの不利益を思い面従腹背で上手に世渡りしている折柄に於いて、堂々たる皇国史観批判諸説を開陳した。ここに津田史学の意味と価値がある。

 次のように評されている。

 「津田史学は、古事記、日本書紀の記述間の食い違い、あるいは相互矛盾をとりあげ、記紀に記されている神話は天皇制が確立した第29代欽明天皇の時代の頃、即ち6世紀の中頃以後、天皇家の権威を高める為に大和朝廷の万世一系の皇統譜を正当化しようとする政治的意図に従って作りあげたものであると説いた。 端的に云えば、神話は机上でつくられた虚構創作であり史実を記した歴史ではないとした 」。

 戦後、皇国史観否定が時代の流れとなり、これを批判していた津田史学が学界に迎えられた。津田自身の戦前における弾圧の経験が軍国主義に屈しなかった進歩的学者と持ち上げられ歴史学者の泰斗の評を得た。唯物史観を戴くマルクス主義派が津田史学を支持するようになり、津田史学が第二次世界大戦後の歴史学の主流となった。津田は、敗戦による価値観の転換を体現する歴史学者の代表となった。これにより記紀記述を代表とする日本神話を軽視する流れが生まれた。日本のマルクス主義歴史学はこの系譜から生み出されている。

 但し、津田氏の皇国史観批判スタンス即ち記紀神話批判スタンスの荒唐無稽論は良いとして、本来はその先に向かわねばならない筈のものではなかったか。記紀神話の裏に秘められたる筆法による歴史記述をどう嗅ぎ取るべきか、これが問われていたのではないのか。この問いに対し、津田史学はどう立ち向かおうとしていたのだろうか。津田史学がここに及ばないとすれば片手落ちではなかろうか。

 記紀の編者達の能力をどう見るかによることになるが、編者達は時の御用学者、御用史家として云われるままに荒唐無稽説を記したのであろうか。れんだいこはそうは看做さない。荒唐無稽の部分は逆に荒唐無稽を浮き上がらせる形にしており、史実とは違うことを裏メッセージしているようにも思える。

 19世紀の文献批判学者達が古代ギリシャ神話のイリアス、オデュッセイアなどをホメロスの空想の所産でありお伽噺に過ぎないとしていた折柄、学者としてはアマチュアのシュリーマンが神話の中に潜む真実に魅せられて遂に伝説のトロイアを見つけ、都市トロイアの存在を証明した。この例は、荒唐無稽論者の方が荒唐無稽であることを逆証左した。

 例えば皇紀2600年問題に繫がる「辛酉年春正月庚辰朔」などが典型である。明らかに詐術しているのであり、こういう場合、詐術批判で済ませてはならない。なぜ詐術しているのか、真相はどうなのかへ関心を向かわねばならない。他の下りも同様である。

 記紀編纂時点で伝承が混乱しており混乱のまま記述している場合もあろう、時の政権の正統性を引き出す為に不都合記述を削除し、有利な記述を更に脚色している場合もあろう。いろんな筆法がなされているであろうが、これを読み解くのが仕事であり荒唐無稽批判するのは入り口の話でしかない。

 繰り返すが、記紀神話の荒唐無稽批判の次には真相の史実を探ろうとせねばならない。これが引き続きの学問的営為となるべきであろう。津田史学は荒唐無稽批判の次に何を営為したのだろうか。ここが知りたいところだが見えてこない。荒唐無稽の個所を荒唐無稽と批判しても、当たり前過ぎる批判に過ぎない。仮に津田史学が記紀神話の荒唐無稽批判で事足りているとしたら、それは時の皇国史観批判に於いてのみ意味があり、それ以上のものではないと断ぜざるを得ない。

 れんだいこは、津田史学の記紀神話荒唐無稽批判を受け入れる。だがしかし、ならば真相はどうだったのかを次に引き受ける。津田史学が何故にこの姿勢を持たなかったのかを訝る。この姿勢を持たない津田史学とは何ものか。ここに疑惑を宿さない訳にはいかない。

 以上は、津田氏の著書を読んでないままの評である。実際に読めば、津田史学の本意は皇国史観的歪曲を政治利用する近代天皇制批判の為に記紀神話批判を策したのであり、日本神話の否定自体が目的であったのではないと理解することができるのだろうか。実際の津田史学については知らないので舌鋒が鈍るが、津田史学はかく理解される時にのみ価値がある。単に日本神話否定論を唱えていたとしたら歴史の屑かごに入れられるべきであろう。

 日本のマルクス主義歴史学然りであり、本来であれば戦後は古代史解明の貴重な資料として非皇国史観的理解による日本神話研究に精力的に取り組むべきであった。日本神話否定、却下に向かうべきではなかった。史実は、津田史学の最も悪しき方向へ舵を切ったことになる。そういう意味で、れんだいこの日本神話研究こそ、日本マルクス主義歴史学が誤った学的態度の今時の軌道修正に向かう営為であるということになる。誰かかく共認せんか。

 2006.12.3日、2011.9.2日再編集 れんだいこ拝

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津田左右吉学説考その1

 ここで、れんだいこの津田左右吉論を記しておく。過日、今後の古代史研究の方向性を探る為に津田左右吉の諸学説を確認しようと思いネット検索した。確かに「ウィキペディア津田左右吉」を始めとして出るには出てくる。だが津田学説の中身を知ろうとしても一向に分からない。

 こういう例は何も津田左右吉ばかりではない。極論すればあらゆる情報が表相であり肝腎の知りたいものが出てこない。あたかも「知らしむべからず寄らしむべし」を地で行っている感がある。これがネット情報の限界なのだろうか。

 政治や思想関係に限って言えば、敢えて入口止まりの情報に止められている気がする。グーグル検索とヤフー検索が次第に似てきており、こうなると情報統制の恐れなしとしない。こういう寒い状況に抗して、この閉塞を打破し、真相を解明し、これを積極的に知らせる為のサイトアップが要請されている。

 一般に或る対象を解析する為の常法は「5W1H」である。「WHEN(いつ)」、「WHO(誰が)」、「WHAT(何を)」、「WHY(なぜ)」、「HOW(どうした)」を確認すれば、当らずとも遠からずとなる。ところが、ネット上に出てくるのは「WHEN(いつ)」、「WHO(誰が)」、「WHAT(何を)」止まりであることが多い。

 肝腎の「WHY(なぜ)」、「HOW(どうした)」が抜けている。更に付け加えれば「REASON(論拠)」、「PROCEED(経緯)」の考察が必要である。これがなければ絵画彫刻で云えば「画竜点睛」を欠いていることになる。これ故、今後は「5W1H+RP」(略して「5W1HRP」)を正解としたい。これを「れんだいこの実践論理学」に加えることとする。

 「れんだいこの実践論理学」
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/gengogakuin/jissenronrigaku/jissenronrigaku.htm)

 「WHY(なぜ)」、「HOW(どうした)」、「REASON(論拠)」、「PROCEED(経緯)」のくだりは難しいところであるから評しにくいのは分かる。しかし、ここを評さなければものになるまい。ものにならないまま上ヅラの情報のみで事勿れし、事足りている精神の持主はよほど幸せもんだろう。

 代わりにご執心なのが著作権である。著作権法によれば、著作者、出典元、出所元等を記し、盗用の恐れのないよう配慮に気をつければ引用転載可と読むべきところ、この規定を超えて事前通知、事前承諾なければ引用転載不可論、他にも文量規制論を公言する手合いが多い。

 中には引用は可であるが転載はダメだとか、分かったような訳の分からない理屈をこねる者が後を絶たない。最近はさすがに少なくなったが、ネット上のリンクさえ事前通知、事前承諾の対象とするサイトが存在する。中には営業的利用は不可だが学問的利用は可論を唱える者もいる。しかし、営業的と学問的の仕切りをどこでするのかにつき精密に規定できるものはない、即ち問題を小難しくしているだけのことに過ぎない。

 強権的な著作権論を振りまわして著作権森の中から獲物を見つけ出して狩猟に励むよりも、我々の学問水準が大きく立ち遅れていることを憂慮し、この遅れを打開する方向に頭を使うべきだろう。その頭脳がない腹いせ代償行為と思われるが、強権的な著作権論を仕立て上げ強硬的適用で正義ぶる手合いが多い。

 こういう連中に漬ける薬はないものかと思案しているが、れんだいこが身を持って手本を示すに如かずとして意欲的にサイトアップし続けている。これにより知識を得た者は己の狭い了見による囲い込みの非を恥じ、私も貰うがお返しもするの助け合いの精神に転じ、沃野の開墾に向かい始めるだろう。

 分別すべきは我々の寿命である。朝に紅顔ありとも夕べには死す身の者が千年万年の鶴亀の如く生ある身と勘違いして欲心起こすこと勿れ。著作権野郎と、れんだいこおのこと、どちらの云いが生産的か暫し沈思黙考せよ。

 2011.9.2日 れんだいこ拝

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