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2011年9月21日 (水)

野田政権に対するれんだいこ書簡その6の2、高額給与法案補足考

  しかし、こうなると、高額給与法案による国庫返納金が多い者に対して対価的な優遇措置をどう講ずるべきかが講ぜられねばならない。納税特別貢献者として表彰し且つ様々なプレミアをつけて優遇措置を講ずるべきであろう。何を優遇すべきは追って詰めて行けば良かろう。松下幸之助翁が満足するような措置を講ぜねばならない。これについては後で触れることにする。

 高額給与法案を導入すれば天下り問題などは忽ち解決する。目下の天下り全面禁止論は現実的ではない。我々が天下り問題に於いて怒るのは天下りそのものではない。公務員は定年が早いので天下り先も必要であろう。問題は、二次奉公であるにも拘わらず且つロクな仕事もしていないのに高給与、且つ高退職金のウグイスの谷渡りをしている高級官僚が相当数存在することである。これを掣肘せねばならない。

 天下り機関の給与は、純民間の中小零細企業の労働者、経営者の如くの労働実態に相応しい報酬で報われるべきではなかろうか。仮に平均月給50万、年収600万円として充分な支給ではなかろうか。ここでも「年収800円縛り+年収1000万円縛り」が適用されるべきであろう。理事長クラスで月給100万、年収1200万もあれば充分ではなかろうか。退職金も普通通りの支給であり僅か数年で数千万円貰うことなぞ許されるべきではなかろう。

 この高額給与法案により幾らの財源が生まれるのかどうか分からないので試算をお願いしたい。恐らく官民合わせればン千億円になるのではなかろうか。ン百億円ではない気がする。仮に思ったほどの財源にならないとしても、人の生き方、社会の在り方がよほど真っ当なものになるのではなかろうか。個人の利福と国家及び社会の利福が調和し、歪んだ社会から真っ当な社会へと転換できるのではなかろうか。目下の格差社会は人工的に造られた悪政の賜物であり、国際金融資本の得手とする搾取制に起源を発しているものとみなせる。我が社会には、かようなものは似合わぬ。上が民の竈を思いやる精神、労働を通じて社会に貢献する精神が貫かれなければならない。

 次に、先のブログの末尾に記したが、世の中には60歳定年型給与ではない、スポーツ選手等の一時稼ぎ的職業も存在するので、これについて処方箋しておく。体力消耗等により短期の一定期間しか稼げない業種については当面現行通りで良いのではなかろうか。作詞作曲著作等の文能利得、発明対価的な特許利得も然りで、当面現行通りで良いのではなかろうか。労働能力の在り方の違いとして認められ、国策上の見地から優遇されるべきであろう。株式、不動産収入に対してはむしろ分離課税方式にした上で現行通りで良いのではなかろうか。これでほぼ全部の収入形態に言及できたと思う。

 高額給与者が既に高額給与を前提にして借金を背負っている場合、あるいは背負う場合にはどうするか。これについては、その返済額部分が全額「特別加算税」から控除され、課税を免れるよう措置すべきだと思う。例えば学資、住宅、車両、医療、介護等々のローン費用が毎月の給与から差し引かれている場合、あるいは現実に出費が証明される場合には、これに配慮せねばならないと考える。こういう具体的措置については更に精緻に深める必要があろう。

 高額給与法案」はもう一つの縛りを要件とする。それは、給与がかように制限される政権される対価として、団体としての交際費、接待費、外渉費、支援費、寄付金等を大幅に会計経費に認められるようにしてはどうだろうか。即ち役職者の権能に於ける自由裁量的使途が団体会計経費に大胆に認められるべきである。これが役職権限のうま味になる。

 松下幸之助翁に打診したいところだが、翁の裁量で会社の経費を使っていろんな使い方ができるのであれば、個人給与を馬鹿高くするより賢明と云うべきではなかろうか。もう一つ。雇われ社長でない創業者社長及び取締役などは、保証人になるなどして企業と運命を一体化している限りにおいては、従来は個人給与から支出していた子供の養育費、車両購入費等の経費も社内経費として認められるようにするべきであろう。

 これらの諸問題は全てを経済活性化のカンテラで照らせば解ける筈である。景気が良くなるように政策誘導するのがコツである。こうなると税法の大幅な変更が要件とされることになるが、却って税収が伸びるのではなかろうか。分かり易く云うと、役所であろうが民間企業であろうが人が街に繰り出して使える資金が豊かになるように施策せよと云うことになる。今は逆のことばかりしている。

 目下の税法は複雑さにおいて自縄自縛に陥っている。新たな視点からの原理原則に基づいた新税法への転換が望まれているのではなかろうか。根本的には向こう10年、20年の審議を経て再構築される必要があると思う。れんだいこがなぜこういう発想をするのか。それは現行の仕組みが不景気になるよう誘導されているからである。逆発想から構想した次第である。

 野田首相の「どじょう政治論」が真っ当なら、財政再建、財政改革を名目とする増税の前にやらねばならぬことが以上述べた給与改革、税制改革、経済改革、政治改革であろう。れんだいこは、こういう政治を夢想とする。まだ試案段階であるが、野田政権が、面白いと受け止め早急な検討に入ることを望む。消費税の増税に次ぐ増税の薬物中毒の道に入り込む前に検討すべきと思う。

 これに手をつけず背を向けたままの増税論の何と安逸軽薄なことか。かく大ナタを振るえば良い。いろいろ抜け道が生まれるかもしれないが、それは試行錯誤で手引きを作って行けば良かろう。こういう政策の可能性について真剣な議論を経ぬうちの増税は「どじょう政治」に馴染まないのではなかろうか。昔から「新しい革袋には新しい水を入れねばならない」と諭されている。かく提言しておく。

 政治家の給与について一言しておくと、政治家とは選良を選ぶ大事な国家的営為であるから、選挙期間中を含むネットの全面活用を認め運動費の削減策を講ずるべきである。且つ、基礎票縛り付きで選挙資金の一定枠を国家がみれば良い。例えば、国政&首長選で2千万円、県議選で1千万円、市議選で500万円支給すれば良い。こうすることにより政治家の給与をも特例とすることなく一般化することができよう。

 更に、政治資金規正法は全申告公開を要件として企業、団体、個人献金ありの方が良かろう。政治家を貧する状態に置くことは却って危険であると考えるからである。政治家が自律して国政に関与できるような仕掛けを講ずるべきである。政治家を窮させると国際金融資本の狡知に嵌められる恐れがある。徒なキレイ潔癖を求めるのは却って裏があると読むべきだろう。 

 2011.9.21日 れんだいこ拝

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