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2012年3月 7日 (水)

法螺と戯言氏のれんだいこ史観通底考その2

 F氏の「共産党失望から疑惑への経緯」の旅は続く。「時事ネタ(ロッキード事件(2))」は次のように述べている。

 「もうひとつの疑問は『中曽根氏による米国・国務省日本担当官への照会事項に宮本顕治氏問題が含まれていたことが、何故共産党による田中角栄叩きにつながるのか明瞭でない』という疑問です。 

 私は、ほとんどTVを見ませんが、例外が、水戸黄門、鬼の平蔵、そして国税調査官窓際太郎であり、これらについては、録画し、食事時にそれらを楽しんでいます。豪商とつるんだ支配者が悪行非道をつくし金欲・権勢欲を満たすのですが、ドラマの最後で、この悪行・非道が暴かれるいう筋書きです。この筋書きが現在日本列島にそのまま置き換えられています。小沢一郎氏が『豪商とつるんだ支配者』という筋立てです。そして、30数年前にこの悪役を引き受けさせられたのが田中角栄氏であったというわけです。

 しかし、田中角栄氏の事跡、主張を読み返してみるに、さらには、先の民主党代表戦での小沢一郎氏の主張を見聞するにおよび、政治家をステレオタイプで一括りに見ることが正しい認識とはならないこともあるらしいと思うに至った次第です。先日、読者のお一人が、私をして小室直樹氏の記憶を呼び覚まさせてくれました。氏は『政治家は賄賂を取ってもよいし、汚職をしてもよい。それで国民が豊かになればよい。政治家の道義と小市民的な道義はちがう。政治家に小市民的な道義を求めることは間違いだ。政治家は人を殺したってよい』と、TVで70年代末に公然と言い放ち、田中角栄氏の政治家としての卓抜さを見抜き、氏の無罪を主張しました。小室氏は知る人ぞ知る、時代をこえた政治学者(氏は何々学者の範疇を超えた稀有の知識人ですが)でしたが、先年、惜しむらくは他界されておられます。

 小室氏が指摘するように、『集めた金の提供者が誰であるか、それは何に使われたのか』この二点が明らかにされるのであれば、その額の多寡は大きな問題とはなりえません。私が上に書いた、水戸黄門に登場する悪家老は、権益を独占することを許した悪豪商越後屋の存在を、密会した料亭で『お主も悪じゃのう』と言いつつ隠し続けます。そして、悪家老が集めた金は、自らの栄達に費消されますから、当然それは秘匿されます。そこには、藩、および藩領民の安穏な生活はもとより、幕府の陰険な改易などの諸策に抗っての健全な藩経営の視点はありません。山本周五郎が描く伊達騒動の主人公である原田甲斐は、藩経営にしっかりとした理念を有する例外的な家老であり、それは例外中の例外であったわけです。

 そうした視点に照らして、角栄氏の主張をざっと振り返ると、1972年7月に首相になると直ちに9月に訪中し、日中国交正常化を実現、年が明けて9月にソ連を訪問し領土問題が日ソ共同の案件を確認するなど、日本国の国益に根ざしつつ戦後の不正常な社会主義諸国との関係をただすことに力を注いでいます。さらには、同年10月に突然発生したオイルショックから、日本のエネルギ問題の安定した解決のために、外交的にはイスラエル支持をアラブ諸国支持に転換し、米国石油メジャへの過度の依存状態からの脱却を図ります。こうした、諸策はいかなる国の支配からも独立した、日本国の主権国家を目指すものであったのです。ここには明確な日本国経営の視点を見て取ることができます。これに関して日本列島改造論は日本国を土建国家に変貌させるものだとの議論がありますが、これも誤解に満ちたものであることがわかります(いずれ、書きます。たとえば、月刊誌「新潮45」、2010年7月号」田中角栄特集号)」。

 F氏のこの観点は貴重である。かっての角栄バッシングと現在の小沢バッシングに通底している金権批判の流れに対してステレオタイプな批判であるとしている。その論拠として小室直樹氏の政治家論を説いている。小室理論を通して角栄の再評価に向かっている。

 「ロッキード問題と、共産党および中曽根氏」で次のように述べている。まず「http://www.asyura2.com/10/senkyo80/msg/486.html」の下記の下りを引用している。

 「ロッキード事件の真実・おさらいロッキード事件について、ポイント的なものを挙げると。
 証拠はすべて米国側にあり、米国側の証人を日本の裁判所に呼んで、偽証罪を適用することを前提にして証言させない限り、裁判そのものが成り立たない。
 民間の航空会社が航空機の選定をする際に、政治家に職務権限は無い。
 しかし、軍用機は別である。児玉誉士夫はCIAのエージェントで、ロッキード社のセールスマンだった。防衛庁が国産化を検討していた次期対潜哨戒機が、ロッキード社のP3Cに変更された。当時の防衛庁長官は中曽根康弘である。
最高裁は嘱託尋問調書には証拠能力がないとし、事実上の田中角栄無罪判決を下している。
 内閣総理大臣は国家元首であり、国家元首が任期中に行った決定について裁判所が裁くことは出来ない。内閣総理大臣の決定は国家による決定、また国民による決定だからである。裁判官は国民の代表ではない。国会で追及するのが筋である。

 中曽根との関連では、防衛庁長官時代に、その職務権限に直結する、対潜哨戒機(P3C)導入に絡み、ロッキード社からの賄賂が行われたのではないかという説がある。しかし、民間機の導入にからみ、田中が賄賂を受け取ったという話にすり替わった。他国における、ロッキード事件も軍用機受注が舞台になったものである」。

 上述の観点に対して、F氏は末尾で次のように補足している。

 「ロッキード事件の主役は二人おり、もう一人が中曽根康弘氏であったのです。そして、このP3Cの話がいつの間にか、トライスタ購入の話の背後で見えなくなってしまったのです。このP3Cにかかわる購入経費は旅客用航空機経費に比べて一桁から二桁大きいといわれます。それに中曽根氏が深くかかわっていたとの噂が当時から囁かれていたのです」。

 F氏のこの観点は貴重である。但し、「ロッキード事件の主役は二人おり、もう一人が中曽根康弘氏であった」と評するのはまだ甘い。正確には、「ロッキード事件の主役は二人であるが、中曽根犯罪が角栄にすり替えられたのがロッキード事件の本質であり、角栄冤罪、中曽根こそ真犯人」とする観点を披歴しても良かったのではなかろうか。

 「ロッキード事件と中曽根康弘氏(3)」で次のように述べている。

 「日本政府には、児玉誉士夫を通じて30億円が渡されたとされていますが、その児玉氏は不可解な死を遂げています。また、田中角栄氏に渡されたとする5億円については、その渡し方のあまりの不自然さから(詳論はしませんが)、現在では、その5億円の授受はなかったのではないかとする考えが一般的です。しかし、当時の私の記憶は、『石川衆議院議員が、まだ小沢一郎氏の秘書であったころ、全日空ホテルで水谷建設のある役員から袋に入った五千万円を受け取った』との、共産党機関紙赤旗、およびTBS報道と重なるものでした。両者とも現在にいたるまで、証拠を掲載ないしは報道していません。先日、朝ズバに出演した森ゆう子参議院議員のこれに関する指摘にたしてTBSは一切の回答をしていません。現実には、この水谷建設役員の供述は、獄舎につながれており、出獄したい一心の精神的状態に検察が付け込んで得た供述であることがわかっています。実際、この五千万円については、小沢氏関連の事務所を一年半かけての捜索にもかかわらず証拠が発見されていません。そのため、石川氏を起訴したにもかかわらず、訴因変更という、あってはならない事態に検察は追い込まれ、裁判そのものが成り立たなくなっているのです。この小沢ー石川事件の経緯を田中角栄氏への嫌疑と重ねるにつけ、同様の無理筋の逮捕・起訴がなされたであろうことが想像されます。それでは、何故、田中角栄氏にこうした無理筋のいわばでっち上げ犯罪がかぶせられ、それに日本共産党が加担したのでしょうか?」。

 F氏はここで、「角栄冤罪、中曽根こそ真犯人」の観点から、現在の小沢キード事件の構図をロッキード事件に当てはめて、そういう疑惑の構図における日本共産党の加担問題を採り上げている。これをどう解析するかで駄文ともなり白眉ともなる。「中曽根氏と共産党(3)」で次のように述べている。

 「しかし、そんな単純な構図ではなかったようです。今にして思えば、この田中叩き、共産党叩きは、はるかに政治的に高い意図からなされていたらしい事が見えてくるように思っています。田中叩きが主であって、そのための補強策として共産党叩きがあったのです。それは一つの標的に向けた、つまり『田中追い落とし』のための一側面であったのです。

 その鍵は、一つは、田中角栄氏の米国の頭越しの日中国交正常化であったと思いますが、もっと重大であったのが、オイル危機をきっかけとした日本独自のエネルギ問題解決への模索であったろうと私は思っています。田中氏は、独自につまり米国の強い影響力下のオイル・メジャーから脱却し、日本国の自らの意思でエネルギを確保するためにアラブ諸国との連携を強めることを決断したのです。そのためには、従来の日本国政府の国是でもあったイスラエル擁護の政策の転換が不可欠でありました。1970年代、このようないわば大胆な政策転換が看過されるはずがありません。現時点で冷静に考えれば『アウシュビッツの600万ユダヤ人ガス殺戮』は到底ありえないことであったということが、ドイツ国においてすらほぼ暗黙に了承されていることですが、40年前はそうした事のへの疑問を提起することすらタブーでありました(2006年5月14日記事)。http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51301695.html  上記記事に書いたように、疑問を呈しただけで、雑誌が廃刊されるというようなとんでもない事件が、ドイツではなく日本国で起きているのです(1995年、「マルコポーロ」廃刊事件)。私は、軽々しい陰謀論に与するつもりはありませんが、田中角栄氏はまさにその禁忌に触れたのだと思っています」。

 ここは黙って拝聴することにする。続いて「1970年中盤の政治」で次のように述べている。

 「1973年10月に第四次中東戦争が勃発し、直ちにそれは、日本国にはエネルギ枯渇として跳ね返ってくる重大問題でした。日本国の最高責任者としての田中角栄氏が米国の意向に従ってイスラエル支持一辺倒では、日本国の自立した経営は成り立たないと判断したであろう事はまっとうでありました。ここには『反ユダヤ、反イスラエル』なぞといった偏狭な思惑があったとは思えません。ひたすら、日本国民を守りたいとの一心であったろうと、現時点では、私はそのように思います。イスラエルに立ち向かうのではなく、一辺倒から、中立に軸足を変え国益を模索せんとの思いであったのだろうと思っています。

 しかし、当時の日本の宗主国米国は、そこに危険な臭いを嗅ぎ取ったと思われます。これをなんとか妨げねばならぬと米国は考えたはずです。米国にとって幸いであったのは、政府与党の幹事長に、CIA代理人である正力松太郎氏子飼の中曽根氏が就いていたことです。 ロキイード事件での日本側の対応に際して、中曽根幹事長が米国大使館での国務省・日本部長との面談で『宮本顕治氏のスパイ査問事件』をまず話題にした(1月20日記事)。根底には、米国側の田中角栄排除に呼応した中曽根氏側の陰湿・陰険な思惑があったと見るのが至当でしょう。

 当時、日本共産党は昇竜の勢いでした。当選した議員は後日『赤い貴族』として指弾される津久井湖畔別荘の住人はともかく、多くは、実績豊かな弁護士、地域医療で尊敬を集める医師、地方住民の声を代弁する地方議会議員といった有能多彩な人材でありました。こうした議員が国会の場で、米国を名指しで糾弾し、米国企業の日本国支配を暴くような事態を看過することはできません。そこで、出てきたのが、二正面作戦、つまり、田中を追い落とし、共産党をしてその追い落としに加担させるという高度な戦略(戦術?)であったのです。その加担せしめる取って置きのネタが『宮本スパイ殺人事件』であったのです」。

 F氏はここで、ロッキード事件における日本共産党の角栄糾弾加担問題の背景に「宮顕スパイ殺人事件問題」が関わっており、このアキレス腱を利用されることにより懐柔されたとする観点を打ち出している。

 「2011年01月」の「中曽根当時自民党幹事長の米国国務省担当官への問い合わせ」で次のように述べている。ここでロッキード事件勃発時における中曽根の奇妙な動きと、それによる角栄糾弾に向けての「宮顕スパイ殺人事件問題」をネタにしての日本共産党の利用と云う陰謀に触れている。

 「月刊誌『世界』(岩波書店、2011年1月号)に『秘密解除・ロッキード事件』なる論文が掲載されました。副題は『momikesu』、『kurusii』と付されています。寄稿者は朝日新聞記者で報道局に所属します。本論と関係しませんが、東京大学工学部卒業といいますからやや毛色の変わった記者なのかもしれません。上記の副題は中曽根幹事長自身の言葉として、米国政府ホワイトハウスの内部文書に記載されているものです。昨年2月に朝日新聞のスクープ記事として公表され世間が『大変驚き』かつ事情の一端を知るものには『さもありなん』と思わせました。

 1976年2月4日、米国議会公聴会で、ロッキード航空機社から日本国をふくむ4つの国の政府要人に巨額の金が渡ったとの疑惑が明るみに出ました。この2日後、中曽根幹事長は在日本国・米大使館を訪ね、米国国務省の日本部長と接触し、情報の取得を行ったわけです。上記の副題『もみけし』、『苦しい』は日本側政府高官の心情を吐露したものと受け止めらました。「こうした事件の詳細が明るみに出ると、日本政府は大変『くるしい』事態に追い込まれる。なんとか『もみけせないものか』という本音を米国政府要人に漏らしてしまい、あろう事か、その本音が米国政府内部文書に明記され残ってしまったというのです。

 このこと自体、驚くべきことですが、私の強い関心を惹きつけたのは、国務省日本部長との会談で中曽根当時幹事長が真っ先に触れたのは『日本共産党のスパイ査問事件』だったとされている」(同月刊誌116頁中段)です。この論文の筆者の奥山氏はこのことをそれほど奇異には受け取っていないようです。というのは、1976年1月27日(国務省部長との接触の一週間前)に春日一幸当時民社党委員長が国会で『宮本事件』を取り上げ、真相解明を政府に迫っていました。共産党に『ロッキード醜聞』という自民党攻撃のための強力な武器を与えてはならないという中曽根氏の『政局観』ではなかったかと、奥山氏は分析します。

 しかし、中曽根氏が米国大使館を訪ねた2月6日の時点では、日本政府高官に30億円が渡されているとの報道が大きく主要新聞でなされているのです。いまさら宮本事件という共産党の『「アキレス腱、弱み』に付け込んで、共産党を黙らせようとしたところで、その効果は知れています。『宮本事件』で脅迫された共産党が『だんまりをきめこむ』という構図はあまりにも『見え見え』です。むしろ、共産党をして、より戦闘的たらしむる方策が利得が大きい。と、中曽根幹事長は判断したと思われます。つまり、共産党をしてより徹底的にかつ先鋭的に『田中角栄元首相をたたかしむる』ことによる利得がはるかに大きいことを中曽根幹事長は瞬時に判断したと思われます。なぜなら、これによって、醜聞は航空機醜聞に焦点があたり、より疑惑の大きいP3Cから国民の関心を逸らすことができます。さらには、第四次中東戦争によるオイルショックを経験した日本国民の苦渋の体験を踏まえ、日本国が取るべきスタンスは、イスラエルから距離をとり、中東に接近するという大胆な政策転換を阻止できるからです。もちろん、これに加えて中曽根氏の氏自身の首相願望実現もあったに違いありません。

 米国大使館では上記のような多面的な検討があったと想像します。ましてや、中曽根氏は米国CIAのエージェントであった正力松太郎氏の側近です。そのあたりの呼吸の全ては、中曽根氏の腹のうちに収まっていたであろう事は想像に難くありません。何故なら、中曽根氏の意向は即、米国すなわちCIAの意向に忠実に沿ったものだからです。共産党をけしかけて、田中非難を激烈にやらせる最も有効な鞭が宮本問題であり、代償の飴が田中角栄氏スキャンダル情報(しかし、あの榎本五億円事件受け渡しですら現実にはありえないとされている)の提供であったと私は思っています。1945年10月に『治安維持法の該当犯罪者で且つ殺人犯』である宮本氏を政治犯としてのみ認識した『米国占領軍の判断』に、疑問を抱き、そのことについての真相を中曽根氏は米国政府の口から得たかったのであろうと私は想像しています。つまり米国占領軍は宮本氏の『殺人犯としての主罪』に目を瞑ったのです。

 1976年2月6日の会談で中曽根氏がそれについての米国政府からのお墨付き(真相)確証を得たのか、否かは定かでありません。しかし、これについての傍証がいくつかあります。まずは、一つ思い出すことがあります。私の亡母がフアンでもあった共産党正森成二氏が米国でのロッキード事件調査から帰国しての羽田での記者会見の第一声で『この醜聞には航空機よりはるかに規模の大きいP3C問題がある。国会では、これを追及したい(大意)』と語っています。しかし、共産党の国会での追及は田中金脈一点張りでありました。もう一つが、1974年の立花論文『日本共産党研究』です。すでに書きましたが、田中角栄氏を叩く右手で共産党を左手でたたいていることです。共産党についての論述は大方真実を衝いていました。当然共産党は、自己の保身のために対処を思いあぐねます。月刊誌『文化評論』に宮本氏の茶坊主であった小林氏(故人)による長大な論文『弱い犬ほど吠える』といった品性のかけらも無い反論が公開されましたがおよそ、説得力にかけるものでした。

 こうした環境の中で、何がしかの中曽根氏からの救済策が共産党に提供されたと想像するのは不自然ではありません。つまり共産党には、『中曽根氏をP3C醜聞で追及せず、角栄氏の航空機醜聞に矮小せざるを得ない、つまり付け込まれても仕方が無い弱点』があったのです。それぞ、まさに宮本殺人事件であったのです。終戦直後に、宮本氏が自らの意図せざる殺人について罪に服していたにもかかわらず、(誰ぞ[=米国占領軍]の手助けを得て)、出獄、および復権を要求せなんだら、後世に生きる私たちは宮本氏の理想に燃えた純粋な心意気を信じたでしょう。しかし、事の経緯は違っていました。殺人の責を全うせず、さらには、殺人を犯しながら復権を執拗に求めた宮本氏、そしてそれを政治的思惑のために、あえて見て見ぬ振りをした当時の日本国支配者米国占領軍の邪な思惑を推測するのです。私は、共産党の変節についてこれまでもいくつか書いてきました(たとえば「松本五郎氏」)。さらにこの際、いくつかこれからも加えておきたいと思います(歴史的検証のため)。こうしてみると、政局にからんだ夫々の政党の利得勘定はそれなりに深いものがあると思います」。

  F氏のこの見解は、れんだいこの分析とハーモニーしている。と云うことは、「ロッキード事件の犯罪本質は寧ろ中曽根にあり、角栄は冤罪である。にも拘わらず、角栄糾弾のロッキード事件として喧伝され、これに日本共産党が加担した。これを陰謀したのも中曽根及び中曽根の背後勢力である」とする観点につき、れんだいことF氏が存在することになった。このことの意義が大きいと思う。

 実は、れんだいこの立論はもっと強烈である。即ち、中曽根により宮顕リンチ事件のアキレス腱が突かれ、ロッキード事件の主犯追撃を中曽根から角栄に捻じ曲げさせられたと看做すよりも、中曽根と宮顕は元々同じ穴のムジナであり一朝事あれば裏同盟し合える仲間であるという前提に立って、中曽根が宮顕のリンチ事件の古傷に言及したところ宮顕が一も二もなく中曽根陰謀に加担したと云うのが実相ではなかろうか。

 これをシナリオしたのが中曽根なのか米国側の奥の院だったのかは定かではない。米国側が宮顕のリンチ事件を持ちだして宮顕率いる共産党を徹底利用すると云う点で陰謀合意したことも十分考えられる。何より反角栄で米国側と中曽根と宮顕の三者の政治的利益が一致していたと推測したい。この互いの政治的思惑の解析も恐怖深いところであるが本稿の趣旨ではないので触れないことにする。

 2012.3.7日 れんだいこ拝

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