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2012年5月14日 (月)

第六章 礼儀(POLITENESS)

 作法の慇懃(いんぎん)鄭重(ていちょう)さは、日本人の著しき特性として外人観光者の注意を惹(ひ)くところである。礼儀は、もしそれが単に良き趣味を損なうことを恐れて為されるに過ぎざる時は貧弱なる徳である。然るに、真の礼は、他人の感情に対する同情的思いやりを目に見える形で表現することである。それは又、事物の適合(fitness)に対する正当なる配慮を含蓄している。従って社会的地位に対して正当なる配慮をする。何となれば、社会的地位は、何ら財物にものを云わせての差別を表わすものではなく、本来は実際の功労に基づく弁えであるからである。

 礼の最高の形態は、ほとんど愛に近づく。我々は敬意をもって云い得る。「礼は、長い苦難に耐え、親切にして、人を妬(ねた)まず、自慢して高ぶらず、思い上がらず、自身の利益を求めず、誰彼に動かされず求めず、容易に人をいらまかせず、悪事を企まない」。ディーン教授が、人の性の六つの要素を挙げたる中、礼に高き地位を与え、これをもって社交の最も成熟せる果実であると看做したことも又怪しむに足りない。

 かく礼は尊ばれるけれども、私は、これを諸徳の第一位に置こうとは思わない。 これを分析すれば、我々は、礼が、より高き階級の他の諸徳と相関関係にあるを見出すことになるだろう。そもいずれの徳が孤立して存在し得ようか。礼は、武門の特殊なる徳として称賛せられ、その値する以上に高き尊敬を払われたけれども、あるいはむしろ払われたが故に偽物(にせもの)が起って来た。孔子は、虚礼の礼にあらざるは、あたかも音響の音楽に於けるが如くであることを繰り返し教えた。

 礼が社交の不可欠要件にまで高められる時、青少年に正しき社交的態度を教える為に、行儀作法の詳細なる体系が制定せらるるに至るはけだし当然であろう。人に挨拶する時には如何に身を曲げるべきか、如何に歩み着席すべきかは最大の注意をもって教えられ、且つ学ばれた。テーブルマナーは学問にまで発達した。茶を煎じ、喫することは礼式にまで高められた。教養ある人は当然、全てこれらの事に通暁(つうぎょう)せるものと期待せられた。ヴェブレン氏がその快著の中で、礼義をば「有閑階級生活の産物であり、象徴である」と云えるは誠に適切である。

 私は、ヨーロッパ人が、我が国民の詳密なる礼法を卑しめて云う批評をしばしば耳にする。曰く、「礼は我々の思考を余りに多く奪うものであり、その限りにおいて、これが厳格なる遵守は馬鹿げている」と。儀礼の中に不必要なる末節の規定があることを私は認める。しかし、西洋が絶えず変化する流行に従うことと比較して、果たしていずれが多く馬鹿げているか、私の心には甚だはっきりしない問題である。流行でさえ、私は単に虚栄の移り気であるとは考えない。反対に却って、私は、それらを、美に対する人心の絶えざる探求であると見る。いわんや、私は、詳密なる儀礼をば全然つまらぬものであるとは思わない。それは、一定の結果を達成する為の最も適切なる方式として、長きに亘って実践してきた結果を表わしているものである。

 何かを為さんとする時は、それを為すに最善の道があるに違いない。しかして最善の道は、最も経済的であると同時に最も優美なる道である。スペンサー氏は、優美を定義して、動作の最も経済的なる態度であると看做した。茶の湯の作法は、茶碗、茶杓(しゃく)、茶巾(きん)等を取り扱うに、一定の方式を定めている。初心の者には、それは退屈に思える。しかし、間もなく、定められたるその方式が、結局は時間と労力とを最も省(はぶ)くものであること、換言すれば、力の最も経済的なる使用であることを発見する。それ故にスペンサーの定義に従えば「最も優美」と云うことになる。

 社交的礼法の精神的意義は、これを「衣服哲学」の用語を借りて云うならば、礼儀作法は精神的規律の単なる外皮であると云って良いのだが、その外見が我々に信ぜしめるところに比して遥かに大である。我々は、スペンサー氏の例に倣(なら)い、我が国民の礼法についてその起源並びにこれを成立せしめたる道徳的動機の跡を尋ねてみよう。しかし、これは、私が本書に於いて為そうと努むるところではない。私の強調せんと欲するは、礼儀の厳格なる遵守の中に含まれている道徳的訓練である。

 私は、礼儀作法が枝葉末節に至るまで詳細に規定されたと述べた。そういうことで、流儀を異にする諸種の流派を生じさせることになった。しかし、これらは全て究極の本質に於いては一致しているのであって、最も著名なる小笠原流宗家(小笠原清務)の述べたる言葉によれば次のように云える。「礼儀の要は心を練るにあり。礼をもって端坐すれば、乱暴狼藉者が剣を取りて向かうとも害を加えること能わず」。これを換言すれば、絶えず正しき作法を修むることにより、人の身体の全ての部分及び機能に完全なる秩序を生じ、身体と環境とが完く調和して肉体に対する精神の支配を表現するに至る、と云うのである。フランス語のビアンセアンス(biensèance、語源で「正座」を意味する)も、これによれば、新たなるかつ深き意味を持つではないか。

 優美が力の経済を意味するとの言が果たして真であれば、その論理的結果として、優美なる作法の絶えざる実行は、力の予備と蓄積をもたらすに違いない。典雅なる作法は、それ故に、休息状態に於ける力を意味する。野蛮族のゴール人が、ローマを荒らしながら会議中の元老院に闖入し、尊敬すべき元老たちの髭を引っ張るの無礼を敢えて為した時、元老たちの態度が威厳と力を欠いていたことは非難されるに値すると思われる。しからば、高き精神的境地は、礼儀作法によって実際に到達し得るであろうか。何でできないことがあろう。全ての道はローマに通ずる。

 最も簡単なる事でも一つの芸術となり、しかして精神修養となりうる一例として、私は「茶の湯」(茶の儀式)を挙げよう。芸術としての喫茶。何の笑うべきことがあろう。砂に描く小児、もしくは岩に刻む未開人の中に、ラファエルやミケランジェロの芽があったのである。いわんやヒンズー教の隠者の瞑想に伴いて始まりし茶の飲用が、宗教及び道徳の侍女にまで発達する資格を有することは、遥かに大ではないか。

 心の平静、感情の明澄、挙措の物静かさは、茶の湯の第一本質的要素であり、疑いもなく正しき思索と正しき感情の第一要件である。騒がしき群衆の姿や音響より遮断せられたる小さき室の周到なる清らかさそれ自体が、人の思いを誘って俗世を脱せしめる。清楚なる室内には、西洋の客間にあるような無数の絵画、骨董品の如くに人の注意を幻惑する者はなく、「掛け物」は色彩の美よりもむしろ構図の雄大さに我々の注意を惹く。趣味の至高の洗練が求められたる目的であり、これに反し些かの虚飾も宗教的恐怖をもって追放せられる。戦争と戦争の噂の絶えざる時代に於いて、一人の瞑想的隠遁者(千利休)によって工夫せられたという事実そのものが、この作法の遊戯以上のものたるを示すに十分である。

 茶の湯に列なる同輩は、茶室の静寂境に入るに先立ち、彼らの刀と共に戦場の凶暴、政治の顧慮を置き去って、室内に平和と友情とを見出したのである。茶の湯は礼法以上のものである。それは芸術である。それは律動的なる動作をば韻律と為す詩である。それは精神修養の実行方式である。茶の湯の最大価値は、この最後に挙げた点に存する。茶道を学ぶ者にしてその心を他の点に専らにする者も少なくない。しかし、これは茶道の本質が精神的性質のものにあらずとのことを立証するものではない。

 礼義は例え挙動に優美を与えるものに過ぎずとしても、大いに益するところがある。然るにその職能はこれにとどまらない。礼義は、仁愛と謙譲の動機より発しており、他人の感じに対する優しき感情によって動くものであるから、常に思いやりの優美なる表現である。礼の我々に要求するところは、泣く者と共に泣き、喜ぶ者と共に喜ぶことである。かかる教訓的要求が日常生活の些細なる点に及ぶ時は、ほとんど人の注意を惹かざる小さき行為として現われる。又はよしんば注意を惹くにしても、日本在住二十年の一婦人宣教師がかって私に語りし言によれば、「恐ろしく可笑しく」見えるのである。

 もし日中炎天下に日傘をささずして戸外にあり、知り合いの日本人に会いて挨拶したとすれば、その人はすぐに帽子を取る。宜しい、それは極めて自然である。しかし、彼が対談中、自分の日傘を下ろして炎天に立ち通すということは「恐ろしく可笑しい」仕草である。何と馬鹿げたことよ。然り、もし彼の動機が、「君は陽に晒されている。私は君に同情する。もし私の日傘が十分大きければ、もしくは我々が親友の間柄であるならば、私は喜んで君を私の日傘の下に入れてあげたい。しかし、私は君を覆うことができないから、せめて君の苦痛を分かつであろう」と云うにあるのでなければ、それは本当に可笑しいことであろう。これと等しく、あるいはもっと可笑しい小さい行為が少なくないが、それらも単なる身振りだとか習慣ではない。それらは他人のもてなしを慮(おもんばか)る思慮深き感情の「体現」である。

 我が国礼法によって定められている習慣のうちで「恐ろしくおかしい」例を、もう一つ挙げよう。日本についての多くの皮相なる著者は、これをば日本国民に一般的なる何でも逆さまの習性に帰して簡単に片付けている。この習慣に接したる外国人誰でも、その場合に適切なる返答を為すに当惑を感ずることを告白するであろう。ほかでもない、アメリカで贈り物をする時には、受け取る人に向かってその品物を褒めそやす。が、日本ではこれを軽んじたり卑しめたりする。アメリカ人の底意はこうである。「これは善い贈り物です。良い物でなければ、私は敢えてこれを君に贈りません。善き物以外の物を贈るのは侮辱ですから」。

 これに対して、日本人の論理はこうである。「あなたは善い方です。如何なる善き物もあなたには相応しくありません。私があなたの足下に如何なる物を置いても、私の行為の気持ちとして以外にはそれを受け取り給わないでしょう。この品物をば物自身の価値の故にではなく、私の気持ちの印として受け取ってください。最善の贈りものでも、それをばあなたに相応しきほどに善いと呼ぶことは、あなたの値打ちに対する侮辱になるでしょう」。この二つの思想を対照すれば究極の思想は同一である。どちらも「恐ろしく可笑しい」ものではない。アメリカ人は贈り物の物としての値打ちについて語り、日本人は贈り物を差し出す精神について語っている。

 我が国民の礼義の感覚が挙措のあらゆる枝葉末節にまで現われるが故に、その中最も軽微なるものを取りて典型なりとし、これに基づいて原理そのものに批判を下すは、転倒せらるる推理の法である。食事と食事の礼法を守ることと、いずれが重きか。これについて、中国の賢人(孟子)が答えて次のように述べている。「食の重き者と礼の軽き者とを取りてこれを比せば、何ぞただに食の重きのみならんや」。「金は羽より重し。しかし、一握りの金と荷馬車一1 台分の羽とについて言及したならば、何をどう云えばよいものか」。

 方寸の木を取って、教会堂の塔上の小尖塔(せんとう)の上に置いても、これをもって方寸の木が教会堂よりも高いと云う者はなかろう。人或いは云う。「真実を語るここと礼義を守ることと、いずれがより重要であるか」。この問いに対し、日本人はアメリカ人と正反対の答えを為すであろうと。しかし、私は、信実及び誠実について述べる頃に至るまで、これに対する評言を差し控えることにする。

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コメント

アメリカ政府は決して真実を語っていません。
今日はいつもどおりの「地位協定破棄と福一石棺桶化」です。
よろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

すべては67年前から占領駐留アメリカ軍の計画どおりだから、地位協定にバイバイしないと国内脱原発など絶対にできない。そして地位協定ある限り沖縄負担軽減も絶対にできない。

>「2012年5月11日 (金)ふじふじのフィルターさま
アメリカ軍の核攻撃基地日本列島。その上日本人を兵士にして命までアメリカ軍に捧げる野田首相。」
>20110813 元米軍兵士4人の証言・・・在日米軍の核
>>ttp://www.dailymotion.com/video/xkitxk_20110813-yyyyy4yyyy-yyyyyy_news

投稿: 通りがけ | 2012年5月15日 (火) 08時30分

ふじふじのフィルターさまの前記「アメリカ軍の核攻撃基地日本列島。その上日本人を兵士にして命までアメリカ軍に捧げる野田首相。」エントリー
>>http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-89fd.html
へのコメントの続きを書きましょう。

つまり、マッカーサーにとっては日米安保条約に日本人の権力者がサインしてくれればそれでよかったのです。戦時中の権力者ヒロヒトは昭和22年に施行された日本国憲法によってすでに権力を持たない「象徴」という飾り物になりはてていましたからマッカーサーにとっては何の役にも立たない木偶の坊でした。いっぽうマッカーサーが日本上陸を果たした直後からめざとくすり寄ってきた官僚出身の吉田茂は官僚ですから利にさとく、というか官僚の習性である強きにへつらい弱きをくじいてでもどんな下品な汚い手を用いてもとにかく利を上げることのみを追求する悪徳政商であるがゆえに、天皇を隷従させたいま日本で一番強いマッカーサーに取り入って気に入られれば敗戦国日本で天皇に代わる権力者になれるとかぎつけたのでしょう、本能的にみずからマッカーサーの前で負け犬の如く腹を晒して媚びを売ったのです。マッカーサーにとってはスパイとして使えるちょうどよい飛んで火に入る夏の虫だったので餌をやることにしました。おかげで吉田茂はすぐに内閣閣僚となり1年足らずで首相となったのです。サンフランシスコ条約調印式に隠れて日本全権代表吉田茂が日本国民にも世界中の諸外国にも知らせず単身米軍プレシディオ基地で安保条約に日本最高権力者首相として単独署名するという不正外交を行ったのは、スパイの親玉マッカーサーの意思です。吉田は自分を敗戦国の最高権力者にしてくれたご主人様マッカーサーへ日本国民すべてを奴隷にして差し出す安保条約に単独署名して飼い主を喜ばせた、日本人としての誇りを捨ててユダ金人種差別悪魔の奴隷頭志願者首相第一号だったということです。

沖縄では吉田茂が単独署名した日米安保条約が発効した4月28日をもって「屈辱の日」と呼びます。この日をもってあの凄惨な沖縄戦で玉砕死した大田實・海軍少将(日本海軍沖縄方面根拠地隊司令官)の命をかけた願い「沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。」は弊履の如く捨て去られ沖縄県民はアメリカに殺され続けているのです。

参考:
1)Wiki吉田茂
>>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E8%8C%82

2)◇◆◇辺野古浜通信:「屈辱の日」4月28日◇◆◇
(腐れオヤジの独り言さま「2012年4月29日 (日)沖縄の負担軽減:これまでに特定された唯一の有効な解決策?」)
>>http://sacredplaces.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-2087.html

3)沖縄県民斯く戦えり
>>http://www.chukai.ne.jp/~masago/okinawa.html

4)目で見る地位協定(全国から集まった10代を中心としたハンガーストライキさま「5月24日のつぶやき」から)
>>http://blog.goo.ne.jp/newgenerations/e/b60ef7447b10ffe409c0156faa40a4b5#comment-list
>>今の日本のありのままの姿 (通りがけ)
2011-06-18 14:25:37
今の被災日本に起こっていることのすべてがこの一枚の過去の写真に余すところなく写しだされている。
「目で見る日米地位協定」
池田香代子ブログさまから
>1965年沖縄 「少女轢殺」 報道写真家嬉野京子の証言 
>>http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51424388.html<<

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続けます。
ヒロヒトと吉田茂はすでに鬼籍にはいっており私には両者を憎む気持ちはまったくありません。ただ同じ人間、同じ日本人として最大の軽蔑に値する愚かな行動をとった両者を哀れむのみ。全く憎まないが同時に全く同情していません。あの時軽蔑にしか値しない行動を選んだのはまったく本人の責任であるから、それをそのまま淡々と軽蔑するだけです。
彼らが死んだとき私の心には一片の哀惜の情もまったく湧きませんでしたし、今でもそうです。特攻隊や沖縄姫百合女学生や摩文仁の丘やヒロシマナガサキや各地大空襲の慰霊碑の前に立つときは常に胸詰まり滂沱と涙を流しても、自分の地位や名誉や利益のために他人の尊い命と人間としての尊厳を奪ったマッカーサーやヒロヒトや吉田茂のためには常に一滴の涙も湧いてきません。

戦後日本のアメリカスパイ首相が悪事をごまかすために使う常套句に「歴史が評価する」というのがあります。しかるにこの言葉通り私が日本の統治者として敗戦までの大日本帝国天皇ヒロヒトや戦後の日本国首相吉田茂に下す歴史的評価は、第124代天皇ヒロヒトは扶桑の国の悠久の昔から常に至高の美徳の歴史に輝く日出ずる国の国土と臣民をたかだか400年の歴史しかない新参のチンピラ虐殺略奪強盗悪魔教国家アメリカへ無条件で貢いだ、歴代天皇のなかで最低最悪の愚かで臆病で卑怯卑劣な責任感も仁徳のかけらもない統治者であり、日本国第45、48~51代首相吉田茂は臆病なくせに狡くて日本人としての嗜みを全く弁えずに凶悪米軍元帥マッカーサーの強きに見境無くへつらい弱きをくじいて日米安保条約単独署名して同朋日本国民と故郷国土を戦争の狂犬ユダ金悪魔マッカーサーへ賄賂として贈った、幕末の井伊直弼とおなじ不義不忠の売国奴官僚インサイダー政商そのものである、というものになります。

ついでに今の野豚首相は私の知る限り歴代首相の中でいちばん写真写りやテレビ映りが悪い貧相なご面相ですね。男は40になったら自分の顔に責任を持てと言ったのは第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンでしたが。

投稿: 通りがけ | 2012年5月15日 (火) 10時11分

 通りがけさんちわぁ。少々反論したくなりレスします。通りがけさんのマッカーサー論、昭和天皇論、吉田茂論それぞれに違和感を覚えます。通りがけさん的な批判は成り立ち得るのですが、歴史の実際に検証して裏付けられるのでせうか。れんだいこは、この三者をそれぞれ別の物差しで評することができます。これを同じ物差しで計るのは無理と考えています。これをここでやるにはスペース的に無理がありますので控えますが、要するに、昭和天皇論はさておき、マッカーサー論、吉田茂論を批判一辺倒で評すのは無理があると考えます。

 マッカーサー論の場合には、彼が離日後、何故に米国大統領になれなかったのか、その悲劇をも考慮すべきです。戦後日本の統治に於いては、他の誰ならどのような統治になっていたのか、これは推定比較するしかあり得ませんが、もっと強烈なネオシオニストが任に当たっていた場合、もっと悪政が強いられていた可能性があります。日本は五ケ国に分割統治され、現下の南北朝鮮の対立以上の分裂国家を強いられていた可能性があります。等々複眼的に見る必要があり、マッカーサー政策の個々の検証を経て総括されるべきだと考えます。そういう意味で悪政の面と善政の面の二面があると考えております。

 この観点は吉田茂論にも使えます。仮に岸、中曽根のような、もつと露骨な国際ユダヤエージェントが吉田の代わりに首相となっていた場合との比較検証で論ずるべきだと考えます。即ち吉田の場合にも悪政の面と善政の面の二面があると考えております。

 両面から見るのは誰でも等しくそうされるべきと思われますが、実際にはそうではありません。れんだいこの物差しでは、岸、中曽根、小泉、現下の民主党三代政権に於いては悪政ばかりで善政は見えません。共産党の宮顕、不破指導も然りです。そういう政治もあると云うことです。批判するのは、この連中の政治にこそ集中すべきで、善政的面を持つ政治家のそれの悪政的な面を引っ張り出して全面的に罵倒するのは如何なものかと考えます。何か歴史を見る座標軸の違いを感じます。凡そ以上のようなことを云わせてください。

投稿: れんだいこ | 2012年5月15日 (火) 11時22分

れんだいこ先生、詳細なご吟味ありがとうございます。
ただ、ご指摘の点についてご返答申し上げるのはいますこし控えさせてください。吉田茂と比較すべき中曽根以前の総理について続きを書いておりますので。では何卒よろしく変わらぬご吟味のほどお願い申し上げます。とおりがけ拝

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さて5月15日は沖縄本土復帰40周年でしたが、佐藤首相とその実兄岸首相について考えます。

>>佐藤栄作首相が打ち出した非核三原則は、ウソの塊でしたね。佐藤栄作首相は国民にただエエカッコしていただけ。このウソで、佐藤栄作氏はノーベル平和賞を受けました。<<

私も昔年若き頃は岸佐藤兄弟がアメリカCIAの手先となって日本国民を騙したスパイ筆頭だと思っていた時期があります。日本全国で安保反対闘争が暴力的に広がった頃からしばらくの間20年ばかりのちまででしょうか。しかし徐々に岸佐藤兄弟は吉田茂のような志願スパイではないのではないかという気持ちを抱くようになりました。彼らが首相時代に行った国内政策は戦前からの日本人古来伝統の倫理観美徳観に沿うものだったからです。それぞれの対米外交政策を見ていきましょう。

まず岸総理の事績は、吉田総理が単独署名した密約日米安保条約を改正して日米安保条約本体と地位協定との2つに分けて密約ではなく公式に二国間条約として結び直したことです。これで安保条約を温存したまま地位協定という奴隷支配契約を破棄する合法的な道が開けました。吉田茂の過ちを糾すとっかかりをつけたわけです。
時の世論は対米従属延長であると岸の改訂安保条約締結を一斉に非難し安保反対全国闘争がわき起こり、岸は国内混乱の責任をとって辞職しました。しかし安保条約が改正されるまでは吉田が密約した旧安保条約によってふじふじさんご紹介のこのビデオにある通り日本国内および沖縄(当時SF講和条約によって日本国から切り離されていた)の全土にわたって核武装米軍が自由気ままに活動し各地にサティアンを作って巣くっていたのです。安保条約を改正締結せずすべて破棄すればただちにアメリカが対日講和を単独破棄し再宣戦布告して再び日本人を殺戮し日本の国土を核兵器で武力破壊し尽くしたことでしょう。

内政外交ともに見るべき事績のない池田総理のあと岸の実弟佐藤総理が対米外交で残した事績を見ていきます。まずなんといっても沖縄返還です。
吉田茂が総理全権で調印したサンフランシスコ講和条約で日本の領土ではないとされた沖縄諸島。それゆえ米軍が軍事力という世界最凶の暴力のみで沖縄のすべてを陵辱簒奪支配していました。佐藤総理は実兄岸総理につづいて吉田茂の過ちを糾す沖縄本土復帰を対米外交で軍事武力衝突なしに勝ち取ったのです。これは改正安保条約を温存したからこそ武力衝突(といっても憲法9条で軍事力放棄した日本が一方的に滅ぼされるだけですが)のない外交交渉だけで達成できたことです。ユダ金悪魔マッカーサーの手先総理吉田茂が踏みにじった帝国海軍太田沖縄方面軍司令官の最期の願いを佐藤総理が戦後政治で実現させるべくその第一歩を踏み出したことになろうと考えます。

非核三原則は実兄岸総理が安保条約改正して縮小した米軍基地内に米軍を封鎖し始めた政策を拡大発展させた安保条約改正交渉の一環でしょう。時のノーベル賞選考委員会開催国ノルウェーはいまほどアメリカイギリスのユダ金による干渉支配を受けていませんでしたから被占領国の傀儡首相が戦争なしに領土回復し核兵器の持ち込みを禁止する公式国際条約を武力衝突なしで占領国に認めさせた国際外交手腕を評価したのでしょう。

このようにみると、岸佐藤兄弟は表面ではアメリカマッカーサーとCIAの要求を受け入れて見せ、実質的には日本人の人権と主権を日本人の手にできるだけ取り戻していく対米独立派の総理だったといえましょう。
おなじことを「悪徳ペンタゴン」論説で名高い新ベンチャー革命ブログさまが「岸総理は売国奴ではなく面従腹背スパイだった」「佐藤総理はその実弟でありやはり面従腹背総理である」と以前から指摘しておられますね。リンク先エントリーは失念しましたが。私もそちらを読んだおかげでこれを書くことができたわけです。

>>外務省は佐藤栄作首相の密約については、佐藤首相が独自に行ったものであって、外務省としては、関わりがないとしています。<<
これは外務省自体が吉田茂以上の隷米スパイ官僚の集まりですから元々はアメリカが戦勝国連合軍側国際社会の目をごまかすために密約でもちかけたのが日米安保条約であることを死人に口なしですでに物故した本当は反米首相であった佐藤栄作氏に罪をなすりつける目的で風説を流布しているのです。

佐藤総理の内政も大きな事績があります。田中角栄氏を閣僚に抜擢したこと。これについては別の機会に書きましょう。

投稿: 通りがけ | 2012年5月16日 (水) 11時33分

 通りがけさんちわぁ。やはり観点が違いますね。れんだいこ理解によると、吉田茂には血筋的にも自由民権運動の血が流れており反動ではありませんよ。但し、吉田茂には吉田茂の処世法がありますから当時の国際ユダヤに半ば身を預けながら半ば自律すると云う高等なる芸をしたことは疑いありません。それは岸―佐藤兄弟も同じでせう。この時代から角栄、大平、善幸の時代までの人には皆共通してこういう作風が認められます。

 中曽根以降から現在に至るまでに於いては、こういう高等芸ができる者が居なくなっており、国際ユダヤの云いなりを競うと云う馬鹿らしい嫌らしい作風が認められます。ここに大きな差があると思っております。

 この観点から見ると、通りがけさんの評は失礼ながら云わせて貰いますと「木を見て森を見ず」の感があります。吉田評、岸評、佐藤評にそういう面を感じます。戦後政治史は、れんだいこが座標軸としているハト派対タカ派の抗争史として看做した方がよくみえると思います。そうすれば、池田評、角栄評の過小評価にならなくて済むと思います。

 れんだいこ史観によれば、戦後政治史は、岸、佐藤は傍流でしかありません。両者とも良い政治もしておれば逆もしております。それは当たり前です。どちらに舵を切ったかと云う意味では、岸はタカ派系に、佐藤はハト派系に重きを置いていたと考えております。戦後政治史の対立軸の結晶は、角栄対中曽根に見て取れのます。この両者は鮮やかに対比しています。最近では小沢対小泉でせう。かなり小粒になっておりますが鮮やかに対比を引き受けております。とか言う風に考えております。

投稿: れんだいこ | 2012年5月16日 (水) 21時32分

れんだいこ先生、ご吟味ありがとうございます。
まだマッカーサーについて書いていないので続きがあるのですが、今日は敗戦当時の過去から目の前の現実に戻って一文書かせてください。
これもご吟味のほどなにとぞよろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

>戦争と原発事故は人災の極致である。

すべての武器は何物をも生産せず建設せずただ殺人し破壊するのみ。すべての原発事故は1ワットも発電せずただ汚染し破壊するのみ。

投稿: 通りがけ | 2012年5月17日 (木) 12時12分

続きです。変わらぬご吟味のほどよろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

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さて、マッカーサーですが「老兵は死なず。消えゆくのみ」という意味不明の妄言で有名です。いずれにしても死ぬまで自分自身を「兵士」すなわち武器を使って殺人することで食べていく、まさに銃で先住民を殺戮し土地を略奪した建国以来の「フロンティアスピリット」の権化であるアメリカ人を自認していたことがこの妄言からはっきりと判ります。

幕末に黒船で日本に大砲を向けて浦賀来航したペリーもアメリカ海軍提督でした。ペリーもまさに「兵士」フロンティアスピリットの塊でした。そのときすでにアメリカ本土で先住民を虐殺し略奪し終わったフロンティアスピリットの止まることのない虐殺略奪欲は、新たな獲物を求めて英仏蘭西諸国が先行侵略していた東洋の大国清へ狙いを付けていたのです。これはペリー艦隊が浦賀へ現れる前に清国沿岸のインドネシア~フィリピン~沖縄を回航していたことから判ります。清国から植民地を奪い取ろうとして出撃敵地偵察したが、先行したヨーロッパ勢の軍備が固いのでいったん撤退して、まだ先行国の無い日本を軍事占領略奪して中国大陸侵略の前線補給基地にすることに方針転換したか、最初からその二段構えの戦略をもってアメリカから出撃したのでしょう。それ以外に黒船来航の理由は考えられません。そして大砲を背に「兵士」ペリーが日本へ迫ったのは日本人にアメリカの奴隷になれと言うに等しい不平等条約の締結でした。これが日本に攘夷内乱を引き起こしたのです。結果としてアメリカのフロンティアスピリットは日本人のやまと魂(吉田松陰辞世「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬともとどめおかまし大和魂」)のまえに敗れ去った。

その後アメリカのフロンティアスピリットは日本よりアメリカ本土に近いハワイ諸島に目を付け1898年(明治31年)軍事力で併合すなわち先住民から略奪しています。ペリーが見せたフロンティアスピリットはペリーが消えても死なずアメリカ海軍のなかに変わらず中国大陸侵略を目指して生き続けていた。

そして太平洋戦争が開戦しました。アメリカ海軍は日本機動部隊ハワイ接近を早くから探知していたがハワイ真珠湾太平洋艦隊にはそれを知らせずわざと日本の宣戦布告を受け取らずに「日本軍の宣戦布告前の奇襲攻撃」を演出して対日開戦し、ペリー艦隊出撃以来の中国侵略目的の日本列島殲滅略奪軍事基地化作戦を再開したのです。

マッカーサーがミズーリ艦上降伏文書調印式にペリー時代の星条旗とマッカーサー時代の星条旗の2本の星条旗を掲げて「フロンティアスピリットが大和魂に完勝した」ことを誇示し日本に屈辱を与えたことでそのことがはっきりとわかります。

そして冒頭のマッカーサーの妄言が銃による殺戮と略奪だけで建国された非人道国家アメリカの恥ずべきフロンティアスピリットをそのまま表したものであることもわかるのです。

わたしはヒロヒトや吉田茂を決して憎むことはありませんが、死んでも死なない老兵マッカーサーのフロンティアスピリットは人間として人類として生ある限りその極悪を憎み続け死してもその憎しみは消えることがないであろうと思います。「フロンティアスピリット」がこの世から滅び去るまで。

投稿: 通りがけ | 2012年5月17日 (木) 23時40分

れんだいこ先生へのご返答を今少しご猶予いただき、続きを貼らせてくださりたくお願い申し上げます。とおりがけ拝


>>密約なしには、安保改定も沖縄返還もなしえなかった事実があります。アメリカ側は何も失わず得るものが多かったのではないでしょうか。<<(ふじふじのフィルターさま)

沖縄返還40周年とのことなので沖縄についてもう少し当時のアメリカ側の考えを推理してみます。
私はペリー以来アメリカが中国侵略征服を狙い続けていて現在もそうだと考えていますし、もちろん敗戦の時もアメリカは中国侵略のために日本を占領したと推理します。
佐藤首相と沖縄返還に合意したのはニクソン大統領です。その前の大統領はニクソンを破ったJFKでした。JFK大統領時代にキューバ危機がありました。キューバの位置はアメリカののど元でありそこから攻撃されればUSAは殲滅されその後に大挙して上陸してくるソ連軍によって自分が先住民に対してしたとおなじ虐殺略奪を受けて奴隷化され滅亡したでしょう。沖縄の位置も中国に対してのど元の位置にあります。ペリーが回航したとき中国ののど元に位置する諸島のうち琉球王国以南の中国沿岸諸島はすでにヨーロッパ勢に先行支配されていましたが琉球は薩摩の琉球処分で日本の間接支配下にあるのみであった。
ぺりーはこの回航で沖縄に目をつけたことは間違いありません。少しでも軍略を学んだものならだれでも中国ののど元の島を支配すれば中国をたやすく攻めとることができると気づくからです。それで琉球がまだヨーロッパの侵略に先行されていない日本の支配下であることを知って江戸へ黒船の舳先を向けたのでしょう。私がペリーならそうします。
ペリーによる日本占領して本当の狙い沖縄諸島奪取作戦は失敗しましたがその報告を受けたユダ金フロンティアスピリットはその後もずっとハワイを占領しながら沖縄諸島を手に入れるために牙を研いでいたのです。日本列島本土はユダ金中国侵略フロンティアスピリットにとってはおまけのようなものだったのです。これが明治維新で軍事力で遙かに劣る日本が強国アメリカとの不平等条約を解消できた本当の理由であり、サンフランシスコ講和条約でマッカーサーの手で沖縄が日本国領土から切り離された本当の理由です。

アメリカはとにかく沖縄をハワイのように完全に全島米軍の軍事基地化したいのです。中国を征服するというペリー以来の目的を達成するために。岸佐藤兄弟によって密約が表面化されアメリカが軍政統治していた沖縄が国際関係の表面上返還されても、岸時代の安保改正に地位協定を条文操作して治外法権を温存させた工作と核抜き返還に密約で抜け道を作った工作を施して、返還後も地位協定治外法権で沖縄住民を虐殺全島略奪する計画を着々と進めているのです。

太平洋戦争開戦は中国ののど元に位置する沖縄諸島を先住民虐殺奪取して更地に米軍中国侵略部隊の最前線基地を作るという目的ひとつのためだけが理由で開戦した。
これが米軍が沖縄戦で沖縄へ原爆投下しなかった第一の理由であり、沖縄に原発を作らせない第一の理由でもあるのです。そしてそのことが米軍の地位協定が対中国侵略戦争のためにだけ温存されていることの証拠になります。

昭和天皇も吉田茂も二人とも同じように敵も己も知らぬまま戦に臨んでそれぞれが別々の戦場で同じように日本人を裏切った哀れな愚か者たちだったのです。

投稿: 通りがけ | 2012年5月18日 (金) 17時14分

いったん今現在の問題について喫緊の書き込みを貼らせてください。これのあとれんだいこ先生からご指摘の吉田茂と同時代の政治家との比較、およびマッカーサーの政治家としての力量評価を試みたいと思っています。とおりがけ拝

・・・・・・・・・・・・・
【【危機ここに極まっている】】
http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-89fd.html

>>野田首相が4月末にワシントン出向き行った日米共同声明は、「2010年の防衛計画の大綱の下での日本の動的防衛力の構築と,米国がアジア太平洋を重視する戦略を含め,我々はそれぞれのコミットメントを実行していく。
米国によるこの戦略は,地理的により分散し運用面でより抗堪性のある兵力態勢を地域で実現しようとする取組を伴う。」というのもでので、日本の自衛隊が、米軍の戦略にしたがって海外派兵を受けて、血を流しますというもの。

 紹介した動画の状況よりも、さらに段階を進めようとしているわけです。

 日本列島を旧ソ連や中国に対する核攻撃の拠点にするというアメリカの戦略は、野田民主党政権では、日本列島を核攻撃の拠点にするにとどまらず、日本列島に住む日本人を兵士にして海外の戦場に送り込むというところまで進んでいくわけです。

 危機ここに極まっているのです。<<ふじふじさま

まさにその通りであると思います。野豚は日本史上最凶悪の売国奴憎むべきフロンティアスピリットの戦争狂スパイです。

野豚就任までは岸佐藤両氏のおかげで独立主権国家に復帰するには地位協定を破棄するだけでよかったのですが、アメリカは地位協定を日本に破棄される前に日本を戦場に引きずり込んで、日本軍(自衛隊は世界の常識では軍隊です)に9条を実質的に破らせてしまう戦場での軍事力行使=戦闘行為を行わせてしまえば、日本の独立勢力を完全に世界的に無力化でき沖縄を完全に返還前の軍政下に戻して今度こそ完全併合できることを知っているので、ユダ金支配下の国連を使って日本へ自衛隊海外派遣を要求してきているのです。

自衛隊が海外で武器を使用すればもはや地位協定を破棄しても日本は対米独立することができず、平和憲法施行前の戦争責任国家に逆戻りして沖縄を除く日本本土は世界中から攻撃対象とされるでしょう。現実の亡国、日本国消滅です。

そうなれば野豚はアメリカの命令に自分から尻尾をちぎれんばかりに振ってすり寄る日本史上かつて無い追従総理であり人間としても最下級のアメポチスパイ売国奴であり扶桑の島に真の亡国をもたらした卑劣漢として世界史に汚名を残すでしょう。

ただちに海外派遣中の自衛隊を全軍現地で武器放棄武装解除して本国へ帰還させなければなりません。地位協定を破棄する時間の余裕がない今、扶桑の島を伝える日本人がやらねばならない最大の緊急避難はアメリカのいいなりに海外派遣を自衛隊に命じた野豚内閣を直ちに倒閣することに尽きます。

野豚は菅内閣の財務大臣であり、311菅内閣放射能棄民テロの実行命令を出した主犯クラスの犯罪者ですから、証拠隠滅の恐れが極大であり緊急逮捕することが必要でしょう。
(証拠:カナダで日本語さまhttp://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-3401.html
>#原発 事故で東電へ影響無きように #野田佳彦 国民は守らず:ガンダーセン
Published on May 13, 2012 by junebloke
<日本語字幕、訳概要↓:Jo2Rayden > フクシマの生命への脅威は続く。
* 33:00⇒ 野田総理は #福島原発 事故当時、財務大臣として事故の3週間後に「何があろうともTEPCOに影響の無いようにする!」と発言のメールがある。米国関係筋ソース
Fukushima Threatens The Continuation of Life as We Know
http://www.infowars.com/fukushima-threatens-the-continuation-of-life-as-we-kn... 
・・・)

これなら面倒な政局活動を省いて直ちに野豚内閣を全員罷免できます。

【【野豚を311放射能棄民テロ実行した犯罪政府の第一首謀者として緊急逮捕し、海外の自衛隊を全軍緊急帰国させよ】】

投稿: 通りがけ | 2012年5月19日 (土) 14時35分

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