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2012年5月15日 (火)

第七章 まじめさ又は誠実さ(VERACITY OR TRUTHFULNESS)

 礼義正しさ(Politeness)がなければ、礼は茶番且つ見世物になる。伊達政宗曰く、「礼節(Propriety)は広々と際限がないものである。礼に過ぎれば諂(へつら)いになる」。或る昔の歌人は、ポロ二ウス(Polonius)に与えた忠告の言「心だに誠の道に適(かな)いなば、折らずとても神や守らん」に於いて、彼を凌駕している。

 孔子は、「中庸」に於いて誠を尊び、これに超自然力を賦与し、ほとんど神と同視した。曰く「誠は、あらゆるものの終始なり。誠ならざれば何もなし」と。彼は更に、誠の濃厚にして悠久たる性質を熟考し、その力が、意識的に動かすことなく変化を生み出し、無為にして目的を達成することにつき滔々と述べている。中国語の「誠」と云う漢字は、「言」と「成」との結合である。人をして薪プラトン学派のロゴス説との類似を思わしむるものがある。かかる高さにまで、孔子はその非凡なる神秘的飛翔をもって達したのであった。

 嘘をつくこと、ごまかしは共に卑怯臆病とみなされた。高き社会的地位を持っていた武士は、町人や百姓よりも高い信実の標準を要求した。サムライ言葉の「武士の一言(いちごん)」は、ドイツ語のリッターヴォルト( Ritterwort)がまさしくこれに当たるが、その言の真実性に対する十分なる保障であった。武士の言葉はかかる重みを持っていた。その約束は概して書きつけ証書に拠らずして結ばれ且つ履行された。証文を書くことは彼の威厳に相応しくないと考えられた。「二言」即ち二枚舌をば、死によって償った多くの身震いさせられる物語が伝わっている。

 信実を重んずることかくの如く高く、従って真個のサムライは、誓いを彼らの名誉を引き下げるものと考えた。この点、キリスト教徒が概して彼らの主の「誓う勿れ」と云う明白なる命令を絶えず破っているのとは異なる。武士が八百万(やおよろづ)の神を呼び、もしくは刀に懸けて誓ったことを私は承知している。しかしながら彼らの誓いは決して遊戯的形式や不敬虔な間投詞にまで堕落しなかったのである。言を強める為に折に触れて文字通り血判で証した。かかる方法の説明として、私の読者に対してはゲーテのファウストの参照を求むれば足りるであろう。

 近頃、一人のアメリカ人が書を著わして、「もし普通の日本人に対し、虚言を云うのと礼を失するのといずれを取るかと質問すれば、躊躇なく“虚言”と答えるだろう」と述べた。かく云えるビ―リ―博士は、一部分は正当であり一部分は間違っている。普通の日本人のみでなく、サムライでさえも、彼の云えるが如くに答えるだろう、と云う点に於いては正しい。しかし、博士が日本語の“ウソ”と云う語を“falsehood”と翻訳して、これに過度の重みを置いた点は誤りである。

 この言葉(「うそ」と云う日本語)は、何でも真実(まこと)(truth)でなきこと、もしくは事実(本当)(fact)でなきことを示す為に用いられる。ローウェルの云うところによれば、ワーズワースは真実と事実とを区別することができなかったと云うが、普通の日本人はこの点に於いてはワーズワースと異ならない。日本人に、或いは幾らか教養のあるアメリカ人にでも、彼が君を好まないかどうか、もしくは彼が胃病であるかどうを質問して見よ。長く躊躇することなくして、「私は君を甚だ好む」とか、「私は大丈夫です、有難う」とか虚言の答えをするであろう。これに反し、単に礼儀の為に真実を犠牲にすることは「虚礼」であり「甘言、人を欺くもの」であるとされ、決して正当化されなかった。

 私は、今、武士道の信実観を語りつつあることを承知している。しかし、我が国民の商業道徳について数言を費やすことは不当ではあるまい。これについては外国の書籍、新聞に於いて多くの不平を聞いている。締りのない商業道徳は実に我が国民の名声上最悪の汚点であった。しかしながら、これを悪口し、もしくはこれが為に今国民を早急に非難する前に、それを冷静に研究しようではないか。しからば我々は将来に対する慰謝をもって報いられるであろう。

 サムライの人生に於ける全ての大なる職業中、商業ほど遠く離れたるはなかった。商人は職業の階級中、士農工商と称して最下位に置かれた。サムライは土地より所得を得、且つ自分でやる気さえあれば素人農業に従事することさえできた。しかし、帳場と算盤(そろばん)は嫌悪された。我々は、この社会的取り決めの知恵を知っている。モンテスキューは、貴族を商業より遠ざけることは、権力者の手への富の集積を予防するものとして称賛すべき社会政策たることを明らかにした。権力と富との分離は富の分配を均等に近からしめる。ディル教授は、その著「西帝国最後の世紀に於けるローマ社会」に於いて、ローマ帝国衰亡の一原因は、貴族の商業に従事するを許し、その結果として少数元老の家族による富と権力の独占が生じたことにうると論じて、我々の記憶を新たにするところがあった。

 この故に、封建時代に於ける日本の商業は、自由なる状態の下にその到達し得べかりし程度にまで発達するを得なかったのである。この職業に対する侮蔑は、おのずから社会的評判などに頓着しないような人々をその範囲内に集めた。「人を泥棒と呼べば、彼は盗むであろう」(Call one a thief and he will steal)。ある職業に汚名を付すれば、これに従事する者はその道徳をこれに準ぜしめる。 ヒュー・ブラックの云う如く、「正常の良心は、これに対して為される要求の高さにまで上がり、又これに対して期待せられる標準の限界にまで容易く下る」ことは、けだし自然である。

 商業であれ他の業であれ、如何なる職業も道徳の法典なしに行われ得ざることは付言するを要しない。封建時代に於ける我が国の商人も彼らの間に道徳の法典を有したのであり、それなくしては彼らは、たといなお胎生的状態に於いてではあったが、同業組合、銀行、取引所、銀行、保険、手形、為替等の如き基本的商業制度の発達を遂げることさえなかったのである。しかしながら、自己の職業以外の人々に対する関係に於いては、商人の生活は彼ら階級の評判に全く相応しきものであった。

 こういう事情であったから、我が国が外国貿易に開放せられた時、最も冒険的かつ無遠慮なる者のみが港に馳せつけ、尊敬すべき商家は当局者から支店開設の要求が繰り返しあったにも拘わらず、暫くの間、これを拒否し続けたのである。しからば、武士道は、商業上の不名誉の流れを阻止するに無力であったか。その点を考えてみよう。

 我が国の歴史を熟知する者は記憶するであろう如く、我が開港場が外国貿易に開かれたる後、近々数年にして封建制度は廃せられた。しかしてこれと共に武士の秩禄が取り上げられ、その代償として公債が与えられた時、彼らはこれを商業に投資する自由を与えられたのである。そこで諸君は問うであろう。「何故、彼らはその大いに誇りとせる信実をば彼らの新しき事業関係に応用し、それによって旧弊を改良し能わざしや」と。
多くの高潔にして正直なる武士は新しくかつ不慣れなる商工業の領域に於いて、狡猾なる平民の競争者と競争するに際し、全然駆け引きを知らぬが為回復し難き大失敗を招き、彼らの運命について、見る目ある者は泣いても飽き足らず、感ずる心ある者は同情しても、し足りなかったのである。

 アメリカの如き実業国にありてさえ、実業家の80%は失敗するということだから、実業に就きし武士にして、新職業に成功せし者が百人中辛うじて一人であっても、驚くに足りぬではないか。武士道の道徳を商取引に適用せんとの試みに於いて、幾ばくの財産が破滅したかを認めるには時を要するであろう。しかしながら、富の道は名誉の道ではないことは誰が見てもすぐに分かった。しからば、両者の差異は如何なる点に存したか。

 レツキ―の教えたる信実の三つの誘因、即ち経済的、政治的、及び哲学的の中、第一のものは全く武士道に欠けていた。第二のものも、封建制度下の政治社会に於いては多く発達するを得なかった。正直が我が国民道徳の目録中高き地位を獲得したのは、その哲学的、しかしてレツキーの言える如く、その最高の表現に於いてであった。アングロ・サクソン民族の高き商業道徳に対する私の全ての誠実なる尊敬をもってして、その窮極の根拠を質問する時、私に与えられる答は「正直は最善の秘策なり」であり、即ち正直は引き合うと云うのである。しからば、徳それ自身がこの徳の報酬ではないのか。もし正直が虚偽よりも多くの現金を得るが故にこれを守るのだとすれば私は恐れる。武士道はむしろ虚言に耽ったであろうことを。

 武士道は、「或るものに対して或るもの」(
quid pro quo)と云う報酬の主義を排斥するが、賢(さか)しらなる商人はこれを受容する。信実は、その発達を主として商工業に負うとのレツキーの言えるは極めて正しい。二イチェの言う如く正直は諸徳の中最も若い。換言すれば、それは近世産業の養児である。この母なくしては信実は素性高き孤児の如く、最も教養ある心のみ、これを養い育てるを得た。かかる心は武士の間には一般的であった。しかし、より平民的かつ実利的なる養母のなかりし為、幼児は発育を遂げなかったのである。産業の進歩するに従い、信実は実行するに容易なる、否、有利なる徳たることが分かって来るであろう。

 考えてみよう。1880年11月、ビスマルクが、ドイツ帝国の領事に訓令を発して、「就中(なかんずく)ドイツの船積みの貨物がその品質及び数量とも嘆ずべき信用の欠乏を示すこと」について警告した。しかるに、今日、商業上ドイツ人の不注意不正直を聞くことは比較的少ない。20年間にドイツの商人は結局正直が引き合うことを学んだのである。既に、我が国の商人もこのことを発見した。これ以上のことについては、私は読者に対し、この点に関して的確なる判断を下せる二つの近著を薦(すすす)める。これに関連して、正直と名誉とは、商人たる債務者ですら証書の形式上提出し得る最も確実なる保証たりしことを述べるのは興味あることであろう。次に述べるような類(たぐい)の文句を記入するは、普通に行われしことであった。

 「恩借の金子御返済怠り候節は、衆人満座の前にて御笑いなされ候とも苦しからず候」、「御返済相致さざる節は、馬鹿と御嘲りくだされたく候」。武士道の信実は果たして勇気以上の高き動機を持つやと、私はしばしば自省してみた。偽りの証しを立つること勿れとの積極的なる戒めが存在せざる為、虚言は罪として裁かれず、単に弱さとして排斥せられた。事実に於いて、正直の観念は名誉と不可分に混和しており、かつそのラテン語及びドイツ語の語源は名誉と同一である。ここにおいて武士道の名誉観を考察すべき適当なる時期に到達した。

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コメント

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投稿: Leone Siciliani | 2012年5月24日 (木) 07時36分

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