« 「第15章 武士道の感化影響力」(THE INFLUENCE OF BUSHIDO) | トップページ | 第17章 武士道の将来(THE FUTURE OF BUSHIDO) »

2012年6月12日 (火)

「第16章 武士道の生命力考(武士道はなお生くるか)」(IS BUSHIDO STILL ALIVE?)

 (上記のように、武士道は武士と呼ばれた階級に属した人々により形成され、その心は日本人全体に受け継がれていった。しかし、明治維新によって武士階級は姿を消し、武士道が育まれた土壌は消え去ってしまった) 

 では、急速にわが国に広まった西洋文明によって、日本古来の教えはすっかり消え去ってしまったのだろうか。或る国の魂がかくも急速に死んでしまうとしたら悲しむべきことだ。外からの影響にかくも易々と屈服するような魂は貧弱な魂である。国民性を構成する心理的要素の集合体は、「魚のひれ、鳥のくちばし、肉食動物の牙の如くその種族の除くべからざる要素」の如くに粘り強いものである。

 浅薄なる独断と華美なる概括に満ちた近著に於いて、ル・ボン氏は次のように述べている。「知性に起因する種々の発見は人類共通の世襲財産である。性格の長所や短所は各国民の占有的な世襲財産である。それらは何世紀にも亘り洗われるまでは、仮に一世紀間を日夜水で洗い流したとしても、(表面のざらつきもなめらかにならない)硬い岩のようなものだ」。これは強き言葉である。しかして、極めて熟考の値打ちある言であろう。各民族に占有的な世襲財産を構成する性格の長所短所を前提としてのものだが。

 然るに、この種の公式的学説は、ル・ポン氏がその著書を書き始める遥か前から提起されており、既に久しき前にテオド―ルワイツ及びヒュー・マレーによって粉砕されたものである。武士道によって侵潤せしめられたる種々の徳を研究するのに際し、我々はヨーロッパの典拠より比較と例証を引用した。そして、その一つの特性のどれも占有的世襲財産ではなかったことを確認した。

 道徳的諸特性の合成体が全く新奇(unique)なる形相を呈すると云うのは本当である。この合成体とは、エマスンが名付けて言うところの「あらゆる偉大なる力が分子として入り込むところの複合的効果」である。しかし、ルポンの言「或る民族もしくは国民の占有的な世襲財産」の代わりに、コンコルドの哲学者の言はこうである。「各国の最も有力なる人物を結合し、彼らをして相互的に理解し同感せしむる要素である。しかしてそれは或る個人がフリーメーソンの暗号を用いずとも直ちに感知し得る程度に明瞭な何ものかである」。

 武士道が我が国民に特に武士の上に刻印したる性格は「種族の除くべからざる要素」を形成するとは言い得ないが、それにも拘わらず、その保有する活力については疑いない。仮に武士道が単なる物理力であるとしても、過去7百年間にその獲得したる運動量はそんなに急に停止することはできない。それが単に遺伝によって伝えられたとしても、その影響は広大なる範囲に及んでいるに違いない。

 試みに思えば良い。フランスの経済学者シェイソン氏の計算したるところによれば、一世紀には三代あるものと仮定して、「各人はその血管の中に少なくとも西暦1千年に生きていた2千万人の血液を持っている」と云う。「世紀の重荷に腰を屈めて」土を耕せる貧農は、その血管の中に数時代の血液を持っており、かくして彼は「牛と」兄弟である如く我々とも兄弟なのである。

 武士道は、或る無意識的なるものとして、且つ抵抗し難き力として国民と個人を動かしてきた。近代日本の建設に最も輝かしい先駆者の一人たる吉田松陰は、処刑される直前に次のような歌を読んでいる。それは、日本人の正直な気持の告白であった。「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」。

 武士道は、きちんとした体系を持っていたわけではなく、それは現在でも変わりがないが、我が国の活動精神、原動力であった。ランサム氏は云う。「今日では各々別個の日本が併存している。一つは、未だ滅びずに残っている古き日本、一つは、漸く精神に於いて生まれたばかりの新しい日本、次に産みの苦しみのさなかにある移行期の日本である」。この見解は、ほとんどの点において非常に正しい。特に形のある具体的な制度についてはよく当てはまる。しかし、これを根本的な倫理観念に当てはめるには多少の修正が必要である。と云うのも、古き日本を作り出した武士道は、移行期の日本においても未だに指針原理であり、さらに新しい時代の形成力たることを実証するであろうから。

 王政復古の暴風(hurricane)と国民的維新の旋風との中を我が国船の舵取りし偉大な政治家たちは、武士道以外の道徳的教訓を知らざりし人たちであった。近頃、二、三の著者は、キリスト教の宣教師が新日本の建設に著大なる割合で貢献をしたと云うことを証明しようと試みている。私は、名誉を帰すべきものに名誉を帰すことにやぶさかではないが、この名誉は、未だ善良なる宣教師たちに授与せられ難きものである。裏づけとなる証拠が何もないものに要求を後押しするよりも、名誉を互いに譲り合うべしとする聖書の戒めに従うことの方が彼らの職業には一層相応しいだろう。

 私一個人としては、キリスト教の宣教師が日本の為に教育分野に於いて、又特に道徳教育の領域に於いて、偉大なる何がしかのことを為しつつあることを信じている。但し、精霊の活動は確実ではあるが神秘的であって、なお神聖なる秘密の中に隠されている。宣教師たちが行っていることは未だ間接的な効果しか生んでいない。否、未だキリスト教伝道が新日本の性格形成上、貢献したるところは殆ど見られない。否、我々を駆り立てたものは、良かれ悪しかれ単純明快、武士道そのものであった。

 現代日本を作った人々の伝記を開いてみよう。佐久間象山、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允。現に生きている伊藤博文、大隈重信、板垣退助等の回想録は言うまでもない。彼らの思想や働きに影響を及ぼしたものはサムライ道の刺激の下であったことがわかるはずだ。ヘンリー・ノーマン氏は、極東について研究し観察した後、日本が他の東洋の専制国家と唯一異なる点はとして次のように述べている。「人類が創り出した中でも最も厳格で、最も高遠で、最も細部まで行き届いた名誉の基準が、国民全体に支配的な影響を与えている」。氏は、新生日本が今ある如く作られ且つ将来なるべく運命づけられている姿に形づくっていくであろう主因に触れている。

 日本が変貌を遂げたことは、全世界に知れ渡った事実である。これほど大規模な活動には、当然のことながら様々な動機が入り込んでいる。だが最も主要な動機を挙げるとすれば、人は躊躇なく武士道を挙げるだろう。全国に外国貿易港を開いた時、生活の各方面に最新の改良を導入した時、西洋の政治や科学を学び始めた時、我々を導いてきた原動力、物質的な資源を開発して富を増やしたいという動機ではなかった。ましてや、闇雲に西洋の習慣を真似しようというものでもなかった。

 東洋の社会制度や人民を詳しく観察してきたタウンゼンド氏が次のように記している。「毎日のようにヨーロッパが如何に日本に影響を与えてきたかということが話題になる。そして、この島国で起こった変化が完全に自力発生したものだということを私たちは忘れている。ヨーロッパ人が日本に教えたのではない。日本自身が、組織や市民や軍事的な組織のヨーロッパ的手法を学ぶ選択をしたのだ。そして、今のところその選択は成功している。日本は、トルコ人がかってヨーロッパから大砲を輸入したようにヨーロッパの機械工学を輸入した。それは厳密に言うと影響ではない」。

 タウンゼンド氏は続けて言う。「中国から茶を輸入したイギリスが中国から影響を受けたというのではない限りは」と。タウンゼンド氏は又問うて言う。「日本を改造したヨーロッパの使徒、哲学者、政治家、扇動者はどこにいるのか」と。タウンゼンド氏が日本の変化を引き起こした原因は完全に日本国内にあると認識したことは誠に卓見である。そして、氏が日本人の心理について探ったならば、氏の鋭い観察眼は、この源泉が他ならぬ武士道であったことをすぐに確信したであろう。劣等国として見下されることに耐えられない名誉心。それが最も強力な動機だった。金銭的に豊かになることや産業を発展させようという考えは、改革の過程で後に目覚めたものである。

 武士道の影響は、走者も読み得るほどに容易に認められる。日本人の生活を少し覗いてみればそれは一目瞭然である。日本人の心の最も雄弁にして且つ解釈者であるハーンの著を読めば、彼の描写する心の働きは武士道の働きの一例であることを知るであろう。日本人に広く行き渡った礼儀正しさは、武士道の生き方を受け継いだものであり、こと新しく繰り返すに及ばざる周知の事実である。「ちびのジャップ」がどれほど身体的に強い耐久力を持ち、どれほど忍耐強く且つ勇敢だったかは、日清戦争で十分に証明された。「これほど忠実で愛国心あふれる国民がいるだろうか」とは、多くの人に発せられる質問である。 これに対して「世界無比」と誇りを持って答えるられるのも武士道の賜(たまもの)であると感謝せねばならない。

 他方で、我が国民の性格の欠点、短所の多くも、武士道が大いに責任があることを認めるのが公平と云うものである。我々に深遠な哲学が存在しないのは、我が国の青年には科学的研究に於いて既に世界的名声を得た者がいる一方で、哲学的方面ではそのような学者は一人もいない。このことは、武士道の教育体制下では形而上学的な思考訓練が軽視されてきたことが影響している。我々の名誉感が過剰に感情的なことや、事に激し易いことに原因がある。そして又、もし、外国人が見て非難すべき自負うぬぼれが我々にあるとすれば、それも又名誉心の病的結果のものである。

 あなた方は、日本漫遊時に、多くの若者が、蓬髪弊衣(ほうはつへいい)、大きなcaneもしくは書物を手にし、「我、世事関せず」の態度で往来を闊歩するを見たであろう。彼は書生(学生)であり、彼にとりては地球は狭過ぎ、天は高しといえどもまだ十分なものではない。彼は、宇宙及び人生について彼独自の理論を持っている。彼は、空中楼閣に住み、且つ霊妙な知の言葉を食っている。彼の眼は野望の火に輝き、その心は知識を渇望している。貧窮は、彼を漸進せしめる刺激に過ぎず、この世の財宝は彼の品性に対する視界の束縛であると看做す。彼は、忠君愛国の宝庫である。彼は、国民的名誉の番人であることを自任する。その美徳及び欠点の一切を挙げて、彼は武士道の最後の残存断片者である。

 武士道の影響力はいまだに深く強く根づいており且つ強きものがあるが、前にも述べた通り、それは無意識的且つ無言の感化である。日本国民の心は、理由がわからないまま、過去から受け継いだものに訴えて来るものには何にでも応答する。それ故、同じ道徳観念でも、新たに翻訳された言葉で表現された場合と古くからの武士道の言葉で表現された場合では、その効力に大きな差が生まれてくる。

 或る信仰の道より離れしキリスト者は、牧師の如何なる忠告も彼を堕落の傾向より救い得なかったが、彼がその主にひとたび誓いし誠実即ち忠義の念に訴えられるや、翻然として信仰に復帰した。「忠義」という一語が、微温的と成るに任せられていた全ての高貴なる感情を復活せしめたのである。

 とある学校に於いて、或る教授に対する不満を理由として、一団の乱暴なる青年たちが学生ストライキを長く継続していたが、校長の出した二つの簡単な質問によって解散した。それは、「諸君の教授は高潔なる人物であるか。もし然らば、諸君は彼を尊敬して学校に留まるべきである。彼は弱き人物であるか。もし然らば、倒れる者を押すは男らしくない」というのであった。その教授の学力欠乏が騒動の始まりであったのだが、それは校長の暗示したる道徳的問題に比すれば、取るに足らない問題となってしまったのである。かくの如く、武士道によりて涵養せられたる感情を換気することによって、極めて重大なる道徳的刷新が成就せられ得るのである。

 我が国におけるキリスト教伝道事業失敗の一原因は、宣教師の大半が我が国の歴史について全く無知なることにある。或る宣教師は言う。「異教徒の記録などに頓着する必要があろうか」と。その結果として、彼らの宗教をば、我々並びに我々の祖先が過去何世紀にも亘りて継承し来れる思索の習性から切り離してしまうのである。しかしそれは、その国民の歴史を侮辱しているのではないのか。どのような人々の経歴も、何らの記録をも所有せざる最も遅れたるアフリカ系原住民の経歴でさえも、神御自身の手によりて書かれたる人類総合史の一ページを為していることを彼らは知らないのである。

 滅亡したる種族さえも、具眼の士によりて判読せられるべき古文書である。哲学的且つ敬虔なる心には、各人種は神の書き給いし記号であって、或いは黒く或いは白く、皮膚の色の如く明らかに跡を辿り得るものである。そして、もしこの比喩を良しとするならば、黄色人種は金色の象形文字をもって記されたる貴重の一ページを成すものである。

 或る人たちの過去の経歴を無視して、宣教師らは、キリスト教は新しい宗教だと要求する。私の考えでは、それは「古き古き物語り」であって、もし分かり易い言葉をもって表現せられるならば、即ち、もし或る人たちがその道徳的発達上聞き]慣れている;語彙をもって表現せられるならば、人種もしくは民族の如何を問わず、その心に容易(たやす)く宿り得るものである。アメリカ的もしくはイギリス的形式のキリスト教、それはキリスト教創始者の恩寵と純潔よりもむしろ、より多くアングロ・サクソン的恣意的妄想を含むキリスト教であるのだが、それは武士道の幹に接木するには貧弱なる接ぎ穂である。

 新しい信仰の宣伝者たる者は、幹、根、枝を全部根こそぎにして、福音の種子を荒地に播くことを為すべきだろうか。かくの如き英雄的手法は、ハワイでは可能であるかも知れない。ハワイでは、戦闘的教会が冨そのものの大量の搾取と原住民種族の絶滅とに於いて完璧の成功を収めたと噂されている。しかしながら、かかる手法は日本に於いては全く断じて不可能である。否、それはイエス御自身が地上に彼の王国を建てるに於いて決して採用し給わざるやり口である。

 我々は、聖徒、敬虔なるキリスト者、且つ深遠なる学者(ジョエット)の述べし次の言葉にもっと耳を傾けることが必要である。即ち、「人は、世界を異教徒とキリスト教徒に分かち、しかして一方に如何ほどの善が隠されているか、又は他方に如何ほどの悪が混じっているかを考察しない。彼らは、自己の最善なる部分をば隣人の最悪なる部分と比較し、キリスト教の理想をギリシャもしくは東洋の腐敗と比較する。彼らは公明正大を求めない。しかし、自己の宗教の美点として言われ得る全てのことと、他の宗教形式を貶す為に言われ得る全てのこととを集めて、もって満足している」。

 しかし、個々人によって如何なる間違いが犯されたにせよ、彼ら宣教師の信ずる宗教の根本的原理は、我々が武士道の将来を考えるについて計算に入れねばならない強い力であることは疑いない。武士道の日は既に数えられるようになったように思われる。その将来を示す不吉の兆候が空にある。兆候ばかりでなく、恐るべき諸勢力が働いて武士道を脅かしつつある。

|

« 「第15章 武士道の感化影響力」(THE INFLUENCE OF BUSHIDO) | トップページ | 第17章 武士道の将来(THE FUTURE OF BUSHIDO) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1453913/45627750

この記事へのトラックバック一覧です: 「第16章 武士道の生命力考(武士道はなお生くるか)」(IS BUSHIDO STILL ALIVE?):

« 「第15章 武士道の感化影響力」(THE INFLUENCE OF BUSHIDO) | トップページ | 第17章 武士道の将来(THE FUTURE OF BUSHIDO) »