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2012年6月11日 (月)

「第15章 武士道の感化影響力」(THE INFLUENCE OF BUSHIDO)

 我々は、武士道の徳目の連山としてそびえる多くの際立つ山脈中僅かの峰を考察したに過ぎない。それらは、それぞれに於いて我々の国民生活の一般的水準よりもはるかに抜きん出ているものである。太陽の昇る時、まず最高峰の頂をば紅に染め、それから漸次にその光を下の谷に投ずるが如く、まず武士階級を照したる倫理体系は時を経るに従い大衆の間からも追随者を産むことになった。平民主義(Democracy)はその指導者として天性の皇子を興し、貴族主義は民衆の間に皇子的精神を注入する。徳は罪悪に劣らず伝染的である。「仲間の間にただ一人の賢者があれば良い。然らば全てが賢くなる。それほど伝染は速やかである」とエマソンは言う。如何なる社会的階級もしくは制度も道徳的感化の伝播力には抵抗し得ない。

 アングロ・サクソンの自由の勝ち誇れる進軍について、どう吹聴するも可であるが、それが大衆から刺激を受けたことは稀であった。むしろそれは大地主.と紳士の事業ではなかったか。テ―ヌ氏が「海峡の彼方にて用いられるこの三綴りの語(ゼントルメン)は、イギリス社会の歴史の要約である」と言えるは、真に然りである。平民主義派はかくの如き言に対し、自信に満てる反駁を加え、問いを返して言うであろう。「アダムが耕しイブが紡いだ時、どこにゼントルマンはいたか」と。

 ゼントルマンがエデンに居なかったことは全く悲しむべきことであった。人類の始祖は、彼の不在により甚だしく苦しみ、これに対し高き代価を払った。もし彼がそこにいたなら、楽園はさらに多大の風流をもって装われたのみでなく、始祖は苦痛の経験を舐めることなくして、エホバに対する不従順は不忠にして不名誉、謀反にして反逆なることを学び得たであったろう。

 過去の日本はサムライの賜物である。彼らは国民の花たるのみでなく、又その根であった。あらゆる天の善き賜物は彼らを通して流れ出た。彼らは社会的に民衆より超然として構えたけれども、これに対して道徳の規範を定め、自らそれを守って模範を示すことで民衆を導いていったのである。私は、武士道に秘義及び対外的教訓のありしことを認める。後者は社会の安寧幸福を求める福利主義的なものであり、前者は彼ら自身の為に行う徳の実践を強調するものであった。

 ヨーロッパの騎士道の最盛期においても、騎士は数的には人口の一小部分を占めたるに過ぎない。しかし、エマスンの言える如く、「英文学に於いてはサ―・フィリップ・シドニーよりサ―・ウォルター・スコットに至るまで、戯曲の半分と全ての小説がこの人物(ゼントルマン)を描写した」のである。シドニー及びスコットの代わりに近松及び馬琴の名を記せば、日本文学史の主なる特色をきわめて簡潔に表わすことになる。民衆娯楽と民衆教育の無数の並木道、即ち芝居、寄席(よせ)、講釈、浄瑠璃、小説は、その主題をサムライの物語から取った。

 農民は、粗末な家の炉火を囲んで、義経とその忠臣である弁慶、もしくは勇ましき曽我兄弟の物語を繰り返して飽かず、色黒き腕白は茫然口を開いて耳を傾け、最後の薪(まき)が燃え尽きて余塵が消えても、今聴きし物語によって心がなお燃え続けた。番頭、小僧は、一日の仕事を終えて店の雨戸を閉めれば、一緒に集まり、信長と秀吉の話に耳を傾け、夜を更(ふか)し、遂に睡魔がその疲れたる目を襲うまで、彼らを帳場の苦労から戦場の功名へと夢中にさせた。よちよち歩き始めたばかりの幼児でさえ、鬼が島征伐を敢行した桃太郎の冒険譚を廻らぬ舌で語らされた。少女でさえ、武士の武勇と徳を慕う念厚く、デズモデモナの如く、サムライの恋愛小説(romance)に熱心に耳を傾けること尋常ならざるものがあった。

 サムライは、日本人全体の洒落た理想となった。「花は桜木、人は武士」という言葉が流行り民衆に歌われた。軍事階級は商業的利益追求を禁ぜられたので、直接には商業を助けなかった。しかし、如何なる人間活動の水路も、如何なる思想の並木道も、或る程度に於いて武士道より刺激を受けざるはなかった。知的及び道徳的日本は、直接間接に騎士道の所産であった。

 マロック氏は、その優れて暗示に富む著書「貴族主義と進化」に於いて雄弁に述べて曰く、「社会進化は、それが生物進化と異なる限り、偉人の意志の無意識的結果なりと定義して良かろう」と。又曰く、歴史上の進歩は、「社会一般の間に於ける生存競争によるものではなく、むしろ社会の少数者間に於いて大衆をば最善の道に於いて指導し、指揮し、使役せんとする競争」によって生ずる」と。氏の議論の適切さについての批評はともかくとして、以上の言は、我が帝国既往の社会進歩上、武士の果たしたる役割によって豊かに証明された。

 武士道精神が如何にすべての社会階級に浸透したかは、平民主義の天性の指導者にして「男だて」として知られる特定身分の人物の発達によっても知られる。彼らは剛毅の者であって、身体中男らしさの塊のような力に満ち溢れていた。或る時には一般大衆を代表し、その権利を守る者として、彼らは各々数百数千の子分を従えていた。子分たちは親分に対し、武士が大名に対したると同じ流儀で自分の「肢体、命、身体、財産、この世における名誉」を喜んで捧げた。過激にして向こう見ずな働きをする子分たちを多数従え、彼らの生まれながらのボスたちは、二本差しの連中が増長しすぎるのを手強く監視する阻止力を構成していた。

 武士道は、その最初発生したる社会階級より多様な道を通りて流下し、さまざまな形で大衆の間に酵母(パン種)として作用し、日本人全体に対する道徳的規準を供給した。騎士道の最初はエリート(elite)の光栄として始まったが、時を経るに従い国民全体の渇仰(かつごう)及び霊感となった。しかして、平民は武士の道徳的高さまでは達し得なかったけれども、「大和魂」は、「日本の心」として、遂には島帝国の民族精神(Volksgeist)を表象するに至った。もし、宗教なるものが、マシュー・アーノルドの定義したる如く、「情緒によって味付けされた道徳」に過ぎないとすれば、武士道ほど宗教と呼ぶに相応しい倫理体系は滅多になかろう。本居(本居宣長)は、国民の声にならない声をこのような歌にしている。「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」。

 然り。桜は古来我が国民の愛花であり、我が国民性を表す象徴であった。特に歌人が用いている鮮明なる語に注意せよ。「朝日に匂う山桜花」の語を。大和魂は、やわな栽培種の植物ではない。自然に成長したという意味で野生種である。その土地の固有種である。その偶然的なる性質については、他の土地の花と共通する性質もあるだろう。だが、その本質に於いては我が風土に固有に自然的に発生したものである。しかし、その土着性が、我々に愛情を抱かせしめる唯一の理由ではない。その洗練された美しさと優雅さが、他のどんな花よりも日本人の美的感覚に訴えるからである。

 我々は、ヨーロッパ人のバラに対する賛美を分かつことはできない。なぜなら、バラには桜のような簡素さがないからである。更にまた、バラはその美しい姿の陰にトゲを隠している。そして、生命に対する執着すること強靭なものがある。時ならず散らんよりもむしろ枝上に朽ち、もしくは死を恐れている。枝上にて朽ちるを選び、その華美なる色彩、濃厚なる香気、全てこれらは我々の花と著しく異なる特徴である。我が桜はその美の下に刃をも毒をも潜めず、自然の召しのままに何時なりとも生を棄て、その色は華麗ならず、その香りは淡くして決して人を飽かしめない。

 色や形の美しさは、外から見えるものに限られている。それは存在することにより定められる性質のものである。これに反し、香気は浮動し、命の息吹のように霊妙なである。それで、あらゆる宗教的儀式に於いて、香と没薬(もつやく、香気のある樹脂; 香料)が非常に重要な役割を果たすのである。香りには何か霊的なものがある。桜のかぐわしい香りが朝の空気を輝かせ、太陽が昇り、その最初の光が極東の島国を照らす時、この朝の空気を吸い込むほど穏やかで晴れやかな気分になるものはない。

 その空気は、いわば、その美しい一日の息吹そのものだ。創造主自身、かぐわしい香りをかいで新たな決意を固めた時(「創世記」第8章21)、桜の花が甘く香る季節、日本人はこぞってその小さな家を出て野に遊ぶのに何の不思議があろうか。その期間、人々があくせく働くのをやめ、心の憂さや悲しみを忘れたとしても、彼らを責めないでほしい。短き楽しみが終われば、彼らは新たな力と決意を抱いて再び日々の仕事に戻っていく。

 かように桜はいろいろな意味で国民の花なのである。しからば、かく甘美にして儚(はかな)い、風のままに吹き去られ、芳しい香りを放ちながら、今にも永久に消え去ろうとしている、この花が大和魂の型なのだろうか。日本の魂はかくも脆(もろ)く消えやすきものなのだろうか。

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