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2012年7月22日 (日)

【「永田議員の偽メール質議事件」解析2、国会質疑までの経緯】

 事件の発端は、2005.10.18日、永田が「党所属議員の秘書の紹介」により議員会館の事務所で雑誌「Dumont」(デュモン)を発行する株式会社デュモン・マーケティング代表取締役CEO・西澤孝・氏の取材を受けたことに発する。西澤の側からのアプローチであったと云う。

 ここでの問題は、事件を媒介した「党所属議員の秘書」が誰であるのか明らかにされて居ないことである。事件の胡散臭さを嗅ぎ取る側からすれば、最初の火つけ人であるこの秘書こそキーマンであるが、報告書は単に「党所属議員の秘書の紹介」と記して済ませている。永田と西澤を結びつけたのは、この秘書の単独発意なのか、秘書と西澤の二人のみによるセッティングであったのか、この二人がそもそも或る黒幕の教唆により接近したものなのかどうかの解明を要するが、報告書は追及していない。後の展開から見るのに、永田―西澤会談はそもそも永田にワナを仕掛ける為に接近されたものであり、永田が嵌められた形跡が強い。

 初会談以降、永田と西澤の交流が始まる。報告書がこの経緯について記しているので、ここでは略す。この過程で、「ホリエモン裏献金事件」が耳打ちされ、国会での追及を教唆されている。2006.1.26日、永田と原口一博・衆議院議員及び秘書が西澤と議員会館で同疑惑に関する情報交換を行っている。この時、原口が登場しているが若干の考察を要する。真相は恐らく、永田が最も信頼の於ける議員仲間として原口の同席を誘い、原口に一緒に聞いてもらうことで情報の信頼性を確認しようとしていたものと思われる。

 以降も同疑惑関連で永田と西澤の会食が続くことになるが略す。留意すべきは、この時点では、永田が「物証に乏しい」と述べていることである。これによると、永田は、事件追及に必ずしも積極的であったとは認めがたいことになる。してみれば、その後の永田の暴走は何によるのかが解明されねばなるまい。もう一つ、ここでの問題は、事件の追及に永田と原口に白羽の矢が立てられていると云うことである。奇しくもこの二人は民主党の中で国際金融資本の魔手の伸びていない稀有の若手有能政治家であり、共に将来が期待されるホープであった。故に狙われたのではなかろうかと思われる。但し、ここで二人の明暗が分かれる。即ち、その後の経緯から見て原口は乗り気にならず、逆に永田は食いつくことになる。

 2.1日、永田は、議員会館で西澤の訪問を受け、「ホリエモン裏献金事件」の証拠物である「メール」の提供及び口座情報について説明を受けている。西澤は次のように述べている。「情報提供者情報によると、メールは間違いなくライブドアの社内メールであり、しかもライブドアの最高経営者の堀江本人が受信者に対して直接送信したものであり、その内容は同氏の裏口座から武部次男の個人口座に資金供与する旨を告げている。実際に8.29日に3000万円、10.14日に1000万円、10.31日に1000万円が送金されている」。不思議なことに、報告書は周辺情報を事細かに記すばかりで、「ホリエモン裏献金事件」が有ったのか無かったのかの肝腎な検証をしていない。

 2.9日、永田は国会内で野田佳彦・国対委員長に事件の概要を伝え、国会追及の判断を仰いでいる。野田は、永田に対し調査を極秘裏に更に進め信憑性を補強するよう指示している。後日、永田は、野田から予算委員会の公聴会期日決定直前に取り上げるよう指示を受けている。報告書は永田から持ちかけたように記しているが、野田のけしかけぶりが判明する。推測するのに、野田は、永田が「ホリエモン裏献金事件」ネタで動いている事を既に知っており、その上で更にのめりこむよう指示している気配が認められる。

 2.11日、永田は、当時の前原誠司・党代表に対し事件を聴会期日決定の直前に取り上げる旨を伝えている。前原は、「がんばってね」と後押ししている。これも然りであるが、前原は野田同様に永田が「ホリエモン裏献金事件」ネタで動いている事を既に知っており、その上で更にのめりこむよう指示している気配が認められる。

 2.13日、永田は、野田に対し情報の信憑性に確信があると再報告している。これに対し、野田は16日の予算委員会一般質疑の準備に入ること、「情報提供者」との詰めを行うこと、同僚議員や専門家と事前に相談して発言振りに注意するよう指示している。この頃、詰めの作業を当時の藤村修・国対委員長代理と打ち合わせしている。藤村は、野田政権で官房長官に抜擢されることになるが、この頃から野田の懐刀であったことが分かる。

 2.13―15日にかけて、野田の指示にもとづき、弁護士資格を持つ仙谷由人議員及び枝野幸男議員に個別に相談しアドバイスを受けている。報告書は、仙谷、枝野を単にアドバイスの役割で登場させているが、永田の事件の追及を止めさせる側のアドバイスではなく逆に煽り、その後の法律問題処理は任せておけと後押しした可能性もあろう。なお、この時点では仙谷、枝野は大物ではなく単に弁護士系の議員の一人でしかない。それにしても、その後の仙谷、枝野の頭角ぶりは尋常ではない。

 ここでの問題は、永田が仮に永田個人の意欲で発意したものとしても、この時点で既に党中央の了解を取り付けており、それのみならず党中央の方がけしかけている様を見て取れることである。これを今日風の党の規約論、組織論でいえば、党中央の指示を受けた議員が党中央の意向を無視することはできまい。かくして永田がスケープコートの道に入れられたことが分かる。

 こうなると次のように問わねばならない。「ホリエモン裏献金事件の国会追及」は果たして永田の単独犯的主導により進められたのか否や。上記の流れによれば、「ホリエモン裏献金事件」を永田に食いつかせ国会追及させるべくワナが仕掛けられていたとも読める。真相は藪の中であるが事件顛末を見ればそう推測することが大いに可能であろう。留意すべきは、この第一幕で「野田、前原、藤村、仙谷、枝野」が登場していることであろう。この第一幕連中こそ事件の主役であり踊り子であろう。

 2 .14日、永田は、西澤と最終調整を行っている。この時、「国会質問は予定外であり情報提供者が難色を示し始めている」と告げられている。この時、永田は、西澤から新たに「黒塗りしたメール」を渡され、2.8日に提供されたメールの原本を西澤に返却している。永田は、西澤が梯子を外し始めた事を意に介していない。このことにどういう事情があったのかは定かではない。この日、原口は永田から新しい証拠を入手したとの連絡を受けている。

 2.15日、永田と野田が質疑のやり方について打ち合わせしている。翌日の爆弾質疑直前の打ち合わせであるが、どういうやり取りが為されていたのか分からない。推測するのに、野田が水田をけしかけ、党が全力で支援すると太鼓判を押していたのではなかろうか。永田は、これにより勇気りんりんで明日の質疑に思いを凝らしていたのではなかろうか。

 2.16日、永田が予算委員会一般質疑で「ホリエモン裏献金事件」問題を取り上げ、その証拠としてメールに言及し、ライブドアの堀江、宮内、平松、武部、武部の次男の参考人招致と国政調査権の発動を要求した。終了後、国会内で堂々たる記者会見をしている。

 この時、党中央側の野田が「衝撃的な質疑で大変重大な問題。今日は第一弾」、前原代表が「なかなか確度の高い情報だという認識」と発言して後押ししている。他方、武部は「全く身に覚えがない」、小泉首相が「ガセネタを委員会で取り上げるのはおかしい」、東京地検は「全く把握していない」とコメントしている。ここで留意すべきは、この時点で、小泉首相が「ガセネタ」と断じていることである。これは言葉のアヤではなく、既にこの時点で事件のガセネタ性を承知していた可能性も考えられる。この闇を嗅ぐべきではなかろうか。

 2.17日、永田は、「ホリエモン裏献金事件」についての2回目の質疑を行った。但し既に精彩を欠いていた。但し、この時点までは、野田は「総理のガセネタ発言は看過できない。ガセの根拠を明らかにせよ」、前原は「入金記録を明らかにすれば信憑性への疑問は氷解する」と強気に発言しており、永田を後押ししている。他方、武部は「指摘の事実は見つからない。民主党は許されない」。堀江は「指摘の事実はない」とコメントしている。野田は、前原に対し、「メール問題の追及は、党首討論が仕上げだ」と述べている。

 ここまでの経緯で確認すべきは、前原―野田コンビによる永田に対する十分なるけしかけぶりであろう。その梯子が外され、その後の永田がどういう風にあしらわれるのか、前原―野田が如何に上手く免責されるのかが後半の見どころとなる。

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