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2012年8月

2012年8月20日 (月)

れんだいこの朴正煕論

 何を思ったか、急に朴正煕を確認してみたくなった。恐らく、2012年夏に発生した現韓国大統領イ・ミョンバクの突如の日本挑発的行為、言辞に対して、却って閃くものがあったのだろう、それが朴正煕へと向かわせたものと思われる。

 左派圏の朴正煕論は、左派運動徹底弾圧の悪しき権力者でしかない。仮に善政があったとしても、かの暴力的弾圧の数々の所業に照らせば何をかいわんやの心境である。それはそれで良い。れんだいこもそのように思ってきた。しかしながら今やこう問わねばならない。

 韓国にとって何の善政もしておらず、軽はずみの行為、言辞で日韓関係の対立を煽っているイ・ミョンバクが何故に御身安泰で、恐らく今後も安泰として、朴正煕は逆に妻を殺され自身も暗殺されたのか。これは偶然か。朴大統領暗殺は単なる権力闘争の末の内部対立による粛清劇だったのか。そう考えるならそれはそれで構わない。れんだいこは違う見解を持っている故、席を分かちたい、そういうことである。

 れんだいこの朴正煕論サイトは、田中角栄サイトのロッキード事件の中に格納した。なぜなら、朴正煕の暗殺が田中角栄のロッキード事件による失脚とダブって見えるからである。恐らく、背後勢力が一緒なのではないかと推理している。しかしながら、これを論証することはかなり難しい。なぜなら、歴史の真実解明に役立つ情報は巧妙に検閲され秘せられているからである。これを掘り出すには別の霊能的知恵がいる。これを働かせれば追々と資料が集まって来る。それまで少々時間がかるだろうが。しかし、これは、意志あるところ必ずできる。これまでもそうやって田中角栄論、宮顕論、不破論、中山みき論、イエス論、その他その他数え切れない論考をものしてきており、それ故にできる。

 さしあたって確認しておきたいことはこういうことである。2012年ロンドオリンピックのメダル数に於いて、中国は金38、銀27、銅23の88個で金順位2位、総合でも2位。韓国は金13、銀8、銅7の28個で金順位5位、総合で9位。日本は金7、銀14、銅17の38個で金順位11位、総合で6位。中国は既に別格として、韓国の金順位5位、総合で9位は極めて優秀な成績である。して、韓国は何時からこういう世界大国の仲間入りするようになったのだろうか。現大統領がイ・ミョンバクだからイ・ミョンバクの有能政治の賜物と云うのは子供並み以下の見解であろうからして別の根拠を探らねばならない。

 ここに朴正煕が出て来る。

朴正煕が1961年の「5・16軍事クーデター」で政権を取り、1979年の「10.26朴正煕暗殺事件」で死亡するまでの4期17年の朴政権治世下で今日の韓国の礎が作られたのではなかろうか。それまでの韓国は、朴正煕が政権を掌握した1961年時点での国民1人あたりの所得は一月あたり80ドルで世界最貧国圏に位置していた。しかし、朴正煕が暗殺された1979年には1620ドル、30年弱で国民所得を約20倍にまで跳ね上げるという「漢江の奇跡」を成し遂げていた。韓国と北朝鮮の国力は朴正煕時代に逆転した。ドングリの背比べの「韓国、台湾、シンガポール、フィリピン、インドネシア」の中から韓国が雄飛したことが分かる。これを可能にさせる基盤を朴政権が準備したなら、総合的に見れば善政と評すべきではなかろうか。

 この間の施策で特筆すべきは日韓国交回復であろう。1965.6.22日、日韓両国は、それぞれの国内に於ける激しい反対闘争の中、日韓基本条約を結び国交を回復した。日本は、当時の外貨準備高が18億ドルにも拘わらず韓国に対し無償3億米ドル、有償2億米ドルの資金提供と民間融資3億米ドルの経済協力支援を行った。これが「漢江の奇跡」と云われる驚異的な韓国の経済成長に繋がる。

 この日韓国交回復交渉過程を今日の政治水準との比較で評する時、まさに当事国だけで外交的解決をしていることに気づく。例えば北朝鮮との国交回復交渉を思えば良い。米国、中国の後ろ盾なしには為し得ない六者会談の席に引きずり込まれている。してみれば、この時、日韓両国政府の主体的な能力に於いて交渉に漕ぎつけ局面打開していることがもっと高く評価されるべきだろう。それにしても、当時の左翼の反対闘争は何だったのか。韓国の反対理由と日本の反対理由の歯車が合っていたのだろうか。単なる反対の為の反対の域を出ないものだったのではなかろうか。

 1970年代、日本は韓国より激しい勢いで正成長していた。その政治は田中角栄―大平正芳の戦後保守系ハト派と呼ばれる当時の自民党主流派(戦後保守本流と云われる)が牽引していた。その勢いは、日本が近い将来に米国に肩を並べ追い越すほどの「ツモローイズ№1」を見せていた。要するに昇り竜の日本だった。

 れんだいこが推理するのに、朴正煕は、戦後日本の奇跡的な復興と高度経済成長、その政治の推進主体にしてドンの田中角栄の異能を崇敬していたのではなかろうか。そういう意味で日本の成功を徹底研究し、その秘密を解析した。その上で学ぶべきものにして短期的なものは速戦的に、長期的なものは練成的にとする策を講じたのではなかろうか。そういう意味で、当時の日韓関係は肝胆相照らす政治関係にあったと見立てたい。

 しかし、歴史は暗転する。日本の名宰相・田中角栄は、1976.2.4日、米国上院外交委員会の多国籍企業小委員会(「通称チャーチ委員会」)が開かれ、いわゆるロッキード事件が勃発したのを境に運命が急落させられる。7.27日、ロッキード事件に伴う容疑で逮捕される。以降、田中角栄は公判の身となり、政治の表舞台で采配する機会が失われた。他方、朴正煕の身辺もきな臭い。既に1974.8.15日、日本植民地統治から解放されたことを記念する光復節の祝賀行儀に参加していたところ、在日韓国人・文世光に銃撃を受け、朴正煕自身は無事だったものの夫人の陸英修が頭部を撃たれて死亡した(文世光事件、陸英修大統領夫人暗殺)。事件から5年後の1979.10.26日、 側近の韓国中央情報部(KCIA、現在の国家情報院)の金載圭部長に射殺された(亨年61歳)。こうして、「田中角栄と朴正煕の時代」は強制終了させられた。

 その後の日本と韓国は明暗が分かれる。日本は高度経済成長を終息させられ、低成長時代へと転換させられ、次第に喘ぎ始める。韓国は、衰退する日本を尻目に順調に正成長して行くことになった。韓国では日本が捨てた角栄式日本列島改造案を下敷きに韓国版列島改造案を敷設して行った。その果てに今日の隆盛があると見立てる歴史観が欲しい。こうしてみれば、その元一日を作った朴正煕時代が評価されねばならないのは自明ではなかろうか。

 但し、韓国の明日が安泰と云う訳ではない。近現代史は世界各地で紛争するように裏コントロールされている。今後は、かくして隆盛化に成功した韓国が極東アジアで紛争盟主として利用されることが十分に考えられる。国際競争的にみて日本は既に始末された。日本の代わりに登板してきた韓国が始末される日が近付きつつあると読む。この役を担う者こそ、その刺客として送り込まれてきたのがイ・ミョンバク政権ではないのか。歴史はかように生のドラマを実演しつつある故に興味深い。

 このように絵解きすれば逆の真が見えてくる。日本が、いったん捨てさせられた角栄式日本列島改造論を引き戻し現代型バージョンに焼き直すこと、韓国が奢り高ぶることなく朴正煕式韓国改造論に邁進し続けること、これこそが時代の課題であり発展の方程式である。これを逆に行おうとする者、アジアの平和ではなく紛争を作りだす者、その流れこそ日韓人民大衆の共同の敵にして現代国際金融資本の走狗なのではあるまいか。この解析スタンスは当然、中国にも台湾にも香港にも当てはまる図式である。

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2012年8月10日 (金)

検察内部告発の「ヤメ検市川証言」考

 日刊ゲンダイの2012.4.17日付け記事「元検事が衝撃告白 私はこうして冤罪をつくりました」をコメントしておく。「検事失格」(毎日新聞社)の著者、元検事の市川寛弁護士インタビュー記事のようである。市川弁護士は、2001年の「佐賀市農協背任事件」で、被疑者を取り調べ中に「殺す」などと発言したことを自ら法廷で証言した履歴を持つ。その市川弁護士がロッキード事件以来の検察捜査の変調ぶりを次のように内部告発している。これを仮に「ヤメ検市川証言」と命名する。

 「検察問題の背景には、過去の二つの成功体験があると思います。ロッキード事件とリクルート事件で、大物政治家を逮捕し、『巨悪と戦う』という特捜神話が生まれるきっかけになりました。しかし、この大金星を挙げたが故、特捜部は国会議員や一流企業といった社会的地位のある人を摘発する為に存在するのだ―と自己目的化してしまった。特捜部長などの幹部になると、『任期2年の間に打ち上げ花火を上げなければ』とプレッシャーを感じ、無理をし始めるのだと思います」。

 
 この発言で重要なのは、検察問題の背景としてロッキード事件を挙げていることにある。市川氏はロッキード事件とリクルート事件を並立させているが、リクルート事件はロッキード事件の延長上のものであるから、本来はロッキード事件を元祖として位置づけるべきだろうが、そこまでは踏み込んでいない。しかしまぁ良しとしよう。

 以来、特捜部が国会議員や一流企業といった社会的地位のある人を摘発することを常態化させたことを指摘しているが、ここももの足りない。本来は、特捜部が狙い撃ちした国会議員や経済人が日本の在地土着系の有能士に限ってであったことを指摘すべきであろう。しかしまぁ良しとしよう。

 「ヤメ検市川証言」は、検察の違法な取り調べの手口について次のように証言している。

 「検察は調書を取る教育はしますが、取り調べの教育はしません。ロッキード事件で誰誰の供述を取った、という検事がその後、検事正や検事長、総長になり、当時の捜査手法や取り調べのノウハウが全国に受け継がれていったのですが、伝わるのは、取り調べ中に『机の下から(被疑者を)蹴った』、『千枚通しを突きつけて罵倒した』という内容。当時はうまくいったのかも知れませんが、今はそんな取り調べは絶対にできません。世の中が変わっているのに、幹部は気づいていないのです。相談しても『割れ(自白させろ)』、『立てろ(起訴しろ)』です。つまらないことで、すぐに『バカやロー』と怒るから、部下は次第に何も報告しなくなります。証拠改ざん事件で逮捕、起訴された前田元検事も、正直に報告できる雰囲気が特捜部になかったのではないかと思います」。

 ここがキモの部分である。ロッキード事件以来、特捜の捜査が杜撰且つ暴力的になり、これに迎合した者が出世階段を昇りつめた様子が内部証言されている。典型的には松尾邦弘当りがズバリであろう。その松尾の履歴については「時の法務省、検察庁の捜査布陣考」で確認しているので参照されたし。(http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/rokkidozikenco/sosataiseico/fuzinco.htm

 「ヤメ検市川証言」は、小沢裁判について次のように評している。

 「検察が二度も不起訴にし、それも起訴猶予ではなく、嫌疑不十分なのだから証拠が足りない。その少ない証拠は裁判で却下されてもっと少なくなった。判決の理想は公訴棄却ですが、無罪は間違いないとみています。もし有罪なら今後の刑事裁判は成り立ちません」。

 ここもキモの部分である。要するに、小沢裁判で小沢を有罪にするようなことでは法曹的なロジックが成り立たず、悪影響が測り知れないことを危惧していることになる。れんだいこ的には、これはロッキード事件以来の定向進化によるものであり、法のロジックがますます崩れつつある。こうして今や法曹界は愁嘆場に辿り着いていると云うことになる。「ヤメ検市川証言」は、法が法として機能せず、上からの政治的命令をロジック抜きで通し始める野蛮社会に更に突入することを予言していることになる。

 当然、この病んだ法曹界を案じる声も少なくない。しかしそれは、ロッキード事件以来の変調として、元一日から見直さないと解決できないのではなかろうか。小手先の小細工で何ができよう。法が上から破られていると云う実態に鋭くメスを入れよ。こうなると、法曹界も政界も原発界も理屈は一緒と云う事になる。破産した2009政権交代を見据え、政権交代の永続革命を説く所以である。

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2012年8月 6日 (月)

2012ロンドンオリンピックのルール考

 2012年ロンドンオリンピックで露呈した各種競技のルール上の不首尾に対する提言をしておく。何事も不満はより良い形で解消されねばならぬからである。

 オリンピック競技は個人戦と団体戦に分かれる。勝敗は数値によるもの、得点によるもの、勝負によるものに分かれる。数値は、1・タイム、2・飛距離、3・重量、4・ポイントによるものに分かれるようである。最近では審判判定に加えて写真、ビデオ判定で補足するようになりつつある。選抜方式には、トーナメント選抜、枠組みリーグ戦、敗者復活戦による銅メダル戦方式の三通りがある。以下、思いつくままに記しておく。

 1、柔道のポイント制切り替えについて

 柔道は、そのルールが随分改良(ないしは改悪)されてきた。白衣青衣別、敗者復活戦の採用は改良ヒットである。元々は一本勝負だったと思われるが、決着が着かぬこともあろうから現行の「一本勝ち、技あり、有効、指導」判定を導入したのは時の流れであろう。しかし、改良不十分であるので、以下の如くのポイント制に切り替えるよう進言したい。

 最初の試合(これを「本戦」と云う)を10分(又は7分又は5分)とする。ポイント制を導入し、得点の多い方から順に「一本勝ち10点、技あり6点、有効3点、効果1点」の4基準ポイント制で裁定し、10点を先取した時点で勝ちとする。改良点として「効果」を復活させた。「有効未満」の技が認められるべきだからである。

 次に、現行の「指導」は本戦には採用せず、延長戦に入って適用するようにしたい。なぜなら、格闘技特に柔道は攻撃技と防御技の両方から成りたっているからである。相手の技を待ち受けての切り返し技、合わせ技も重要な柔道術だと思うからである。現行の「指導」は攻撃を過度に強制することによって却って柔道の待ち技の醍醐味を損なっている面があり、面白みを半減させていると思うからである。

 次に、一本勝ちがないままに試合が終了し、総合得点が4点未満の場合、又は同得点の場合には「優勢印象」で判定する。4点を越える同得点の場合、ポイントの高い技を優先判断して勝ちとする。これでも決着がつかなかった場合にのみ延長戦に入る。延長戦は5分(又は3分)とする。ここで「指導」が入ることとし、対戦相手に2点が入ることにする。最初に3ポイント以上を挙げた方を勝ちとする。「指導」2回が入れば4点となるので即負けとなる。これでどうだろうか。本来の柔道らしさが担保されており、現行ルールより随分良いと思う。

 2、枠組みリーグ戦、敗者復活戦について

 バドミントン女子ダブルスの中国対韓国戦で、中国チームが、勝ち上がった場合の同国対戦を避ける為に、わざと負けようとしたという。結果的に両チームが失格とされ以降の試合に出場できなくなった。理由が何であれ、わざと負けると云うプレーはあり得てならないが、むしろ制度の欠陥と思う。故に以下の如くに工夫してみたい。「枠組みリーグ戦、敗者復活戦」のある他の競技全てに応用できそうである。

 今後は枠組みリーグ戦を廃止し、全試合をトーナメント方式にする。これを本戦と云う。この時、トーナメント番号が与えられる。本戦の最終勝者が金メダルを獲得する。これを逆に云えば、本戦で負けた者は金メダルを取れない。本戦で負けた者は敗者復活戦に回る。敗者復活戦は第1(銀戦)と第2(銅戦)の二段方式にする。本戦敗者は銀戦に向かう。銀戦敗者は銅戦に向かう。本戦2回戦の敗者は銀戦2回戦にエントリーされ、本戦3回戦の敗者は銀戦3回戦にエントリーされると云うように枠を設ける。銀戦の敗者は同様の方法で銅戦に向かう。それぞれのコースの最終勝者が金、銀、銅メダルを獲得する。3回負けると銅メダル機会から外れることになる。

 これでどうだろうか。これによると試合場を金銀銅のコート三面用意すれば運営が楽であろう。工夫すればコート一面でも良かろう。銀戦、銅戦の組み合わせが大変だろうが、トーナメント番号を活用して番号の若い方から順に組込みすれば解決できると思う。競技によっては適宜スイス方式の導入も良かろうと思う。

 3、審判判定について

 柔道で、日本選手が審判判定0―3で敗者となったが、ブーイングによるビデオ判定の結果、逆に3-0で勝者になると云う事例が発生した。最初の判定が誤りであり正しい結論に訂正したので問題なしと云うことで決着したが、審判の権威が否定されたことは疑いない。今後に大きな問題を残したように思われる。

 これを解決するには、日本の大相撲方式が良いと思われる。大相撲では、審判に相当する者が行司であり、行司判定を審査する「もの云い」権限を持つ審判員複数が土俵下に控える。審判員は極力に於いて行司軍配を尊重し、看過できない疑義がある場合に協議を申し出る。協議の結果、「軍配通り、差し違い、取り直し」判定をし、より正確にさせている。この時、ビデオ判定をも加味するばなお良かろう。

 この方式は優れた方法であるように思われる。日本の大相撲方式はかくも先進的な判定方式を逸早く採用していることになる。これに比すれば、審判の能力に余るような判定を要する競技に於いては、今後は各国代表の競技熟達者による控え審判員制を敷くことが肝要と思う。以上、三提案申し上げておく。

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