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2012年8月 6日 (月)

2012ロンドンオリンピックのルール考

 2012年ロンドンオリンピックで露呈した各種競技のルール上の不首尾に対する提言をしておく。何事も不満はより良い形で解消されねばならぬからである。

 オリンピック競技は個人戦と団体戦に分かれる。勝敗は数値によるもの、得点によるもの、勝負によるものに分かれる。数値は、1・タイム、2・飛距離、3・重量、4・ポイントによるものに分かれるようである。最近では審判判定に加えて写真、ビデオ判定で補足するようになりつつある。選抜方式には、トーナメント選抜、枠組みリーグ戦、敗者復活戦による銅メダル戦方式の三通りがある。以下、思いつくままに記しておく。

 1、柔道のポイント制切り替えについて

 柔道は、そのルールが随分改良(ないしは改悪)されてきた。白衣青衣別、敗者復活戦の採用は改良ヒットである。元々は一本勝負だったと思われるが、決着が着かぬこともあろうから現行の「一本勝ち、技あり、有効、指導」判定を導入したのは時の流れであろう。しかし、改良不十分であるので、以下の如くのポイント制に切り替えるよう進言したい。

 最初の試合(これを「本戦」と云う)を10分(又は7分又は5分)とする。ポイント制を導入し、得点の多い方から順に「一本勝ち10点、技あり6点、有効3点、効果1点」の4基準ポイント制で裁定し、10点を先取した時点で勝ちとする。改良点として「効果」を復活させた。「有効未満」の技が認められるべきだからである。

 次に、現行の「指導」は本戦には採用せず、延長戦に入って適用するようにしたい。なぜなら、格闘技特に柔道は攻撃技と防御技の両方から成りたっているからである。相手の技を待ち受けての切り返し技、合わせ技も重要な柔道術だと思うからである。現行の「指導」は攻撃を過度に強制することによって却って柔道の待ち技の醍醐味を損なっている面があり、面白みを半減させていると思うからである。

 次に、一本勝ちがないままに試合が終了し、総合得点が4点未満の場合、又は同得点の場合には「優勢印象」で判定する。4点を越える同得点の場合、ポイントの高い技を優先判断して勝ちとする。これでも決着がつかなかった場合にのみ延長戦に入る。延長戦は5分(又は3分)とする。ここで「指導」が入ることとし、対戦相手に2点が入ることにする。最初に3ポイント以上を挙げた方を勝ちとする。「指導」2回が入れば4点となるので即負けとなる。これでどうだろうか。本来の柔道らしさが担保されており、現行ルールより随分良いと思う。

 2、枠組みリーグ戦、敗者復活戦について

 バドミントン女子ダブルスの中国対韓国戦で、中国チームが、勝ち上がった場合の同国対戦を避ける為に、わざと負けようとしたという。結果的に両チームが失格とされ以降の試合に出場できなくなった。理由が何であれ、わざと負けると云うプレーはあり得てならないが、むしろ制度の欠陥と思う。故に以下の如くに工夫してみたい。「枠組みリーグ戦、敗者復活戦」のある他の競技全てに応用できそうである。

 今後は枠組みリーグ戦を廃止し、全試合をトーナメント方式にする。これを本戦と云う。この時、トーナメント番号が与えられる。本戦の最終勝者が金メダルを獲得する。これを逆に云えば、本戦で負けた者は金メダルを取れない。本戦で負けた者は敗者復活戦に回る。敗者復活戦は第1(銀戦)と第2(銅戦)の二段方式にする。本戦敗者は銀戦に向かう。銀戦敗者は銅戦に向かう。本戦2回戦の敗者は銀戦2回戦にエントリーされ、本戦3回戦の敗者は銀戦3回戦にエントリーされると云うように枠を設ける。銀戦の敗者は同様の方法で銅戦に向かう。それぞれのコースの最終勝者が金、銀、銅メダルを獲得する。3回負けると銅メダル機会から外れることになる。

 これでどうだろうか。これによると試合場を金銀銅のコート三面用意すれば運営が楽であろう。工夫すればコート一面でも良かろう。銀戦、銅戦の組み合わせが大変だろうが、トーナメント番号を活用して番号の若い方から順に組込みすれば解決できると思う。競技によっては適宜スイス方式の導入も良かろうと思う。

 3、審判判定について

 柔道で、日本選手が審判判定0―3で敗者となったが、ブーイングによるビデオ判定の結果、逆に3-0で勝者になると云う事例が発生した。最初の判定が誤りであり正しい結論に訂正したので問題なしと云うことで決着したが、審判の権威が否定されたことは疑いない。今後に大きな問題を残したように思われる。

 これを解決するには、日本の大相撲方式が良いと思われる。大相撲では、審判に相当する者が行司であり、行司判定を審査する「もの云い」権限を持つ審判員複数が土俵下に控える。審判員は極力に於いて行司軍配を尊重し、看過できない疑義がある場合に協議を申し出る。協議の結果、「軍配通り、差し違い、取り直し」判定をし、より正確にさせている。この時、ビデオ判定をも加味するばなお良かろう。

 この方式は優れた方法であるように思われる。日本の大相撲方式はかくも先進的な判定方式を逸早く採用していることになる。これに比すれば、審判の能力に余るような判定を要する競技に於いては、今後は各国代表の競技熟達者による控え審判員制を敷くことが肝要と思う。以上、三提案申し上げておく。

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コメント

8月9日午前11時2分いまサイレンが鳴った。

67年前のまさにこの時間に長崎のまじめな勤労市民家族の頭上でプルトニウム原爆が炸裂したのである。

いま福一はじめ全国の原発で燃やされているMOX燃料保安院が「プルトくん」と呼ぶプルトニウム爆弾である。

菅内閣東電保安院霞ヶ関NHK記者クラブマスゴミ経団連は人殺しであり地球に対する最悪のテロリスト許されざる恥知らずである。

投稿: 通りがけ | 2012年8月 9日 (木) 12時20分

野党7党の不信任案否決を使って野豚民巣と小泉自公を国会から一掃できる。


「野党7党は消費税増税を全員で審議拒否せよ」

内閣不信任否決以後の国会は不信任に反対、すなわち野豚を信任した自公民だけでやればよい。野豚不信任案に賛成を投じた議員はそれ以後の国会審議を全員拒否して本会議場を退席すればよい。

残った自公民だけで全員一致で消費税増税を可決してもらえば、解散総選挙になった暁には消費税増税可決投票した議員は選挙を戦えないから自然に国会から排除淘汰される。

これが否決を逆転する秘訣である(笑)

投稿: 通りがけ | 2012年8月 9日 (木) 18時22分

続きです。よろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

「善良」ではなかった日本の「指導者」  ~中部大 武田邦彦教授(ふじふじのフィルターさま)

イタリアでは、豪華客船座礁で真っ先に逃げた船長、警備隊に船に戻るよう促される(気ままなログ倉庫様)ということがありましたが、日本では原発爆発事故で、行政と官邸とマスコミが結託して住民・国民に危険を全く知らせず、「安全デマ」すら流布し被ばくさせる一方、米軍には教えて、行政と官邸とマスコミと米軍と米人が安全なところへ避難するという事態が起きていました。東大OBには避難呼びかけがメーリングリストで回っていたのです。

 今年の1月13日にイタリア沖の地中海で起きた、日本人乗客ら約4200人以上を乗せた豪華客船「コスタ・コンコルディア」が座礁する事故は、1月28日時点で死者17人、行方不明者15人となり、燃料の拡散の懸念も問題となりましたが、滑って落ちたところが救命ボートだったと信じがたいいい逃れをして乗客を捨て置いて真っ先に逃げたフランチェスコ・スケッティーノ船長(52歳)は、詐欺容疑で逮捕され、「自宅軟禁」のち裁判で懲役14万1078年の有罪判決となりました。

 このイタリアの豪華客船の船長は、キッチリと責任を問われたのですが、我が国の原発事故は、住民国民を騙して大量被ばくさせ、いまだに被ばくさせ続けているのに、責任を問われることもなく、もちろん何らの逮捕も罪に問われることもないという、異常事態になっています。住民国民を欺いていた連中がそのまま権力の座に行政の立場にい続けているのです。

 地震・津波・原発禍で避難している住民を何ら救済しないまま、加害者が責任を問われるどころか、東電は値上げして原発事故のしりぬぐいを電力使用者に押しつけ、野田政権は原発の再稼働と輸出をもくろんでいるというありさま。

 まったく異常な国となり下がっていますが、

続きを読む>>http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-2281.html

投稿: 通りがけ | 2012年8月10日 (金) 09時39分

続きですよろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

いかりや爆様への8月15日の書き込みを転載します。地位協定破棄と福一石棺桶化は今上陛下の願いでもある。

>今上陛下は天皇史上至高の聖賢仁徳な天皇である (通りがけ)
2012-08-15 01:01:29
韓国大統領の無恥発言はアメリカの差し金である。
今上陛下は宮内省を相手にしないというより宮内省ごとき下賤なスパイ風情に今上陛下の聖賢仁徳は手も足も出せないほど高いところにある。ヒロヒトは天皇史上最低の天皇だったからアメリカの注文通りに動いたけど。

まあ宮内省のていたらくに業を煮やしたアメリカがオリンピックに続いて韓国のあめぽちスパイにやらせているのがこれらの無恥な日本バッシングである。マスゴミを使ったいつもの国内攪乱だねw

それにしてもアメリカはよっぽどちいきょうていを日本人に破棄されたくないんだね、野豚だけじゃ攪乱不十分と見たんだろw

北とユダ米の本音 (通りがけ)
2012-08-15 09:37:11
8月15日、秀ちゃん日記のブログさまへ書きました。
http://hidenori1212.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-c80f.html

さて憲法とか一時おいといて純粋に戦略として考えてみる。
韓国は北朝鮮と対立している。いま日本と竹島で戦争すれば北は韓国に加勢するだろうか。しませんね。
北にとって日本海の向こうの日本と戦争するよりは地続きの韓国を侵攻するほうがはるかにたやすい。援軍のふりをして首都ソウルに軍隊を送り込み特殊部隊で現政府を武力制圧すれば悲願の南北統一が簡単に達成できる。戦争では何でもありだからね。北の政府にとって南北統一すれば竹島など問題外だから日本は朝鮮半島新政府に対して新規に平和条約を結んで竹島を尖閣同様領土問題棚上げして漁業協力協定を結べばよいのである。

日本が韓国と戦争し始めたとしてどちらにも米軍基地があるからアメリカは絶対参戦してこない。北はアメリカの軍事支配を崩そうというなら日本へ攻撃をかけることは極東米軍を敵に回すことになりかねず自国にとって決定的に不利である。北にとっては今は遠交近攻即ち日本とは戦わず竹島に韓国軍を集中させている隙に韓国政府をクーデターの形で倒して(米軍の介入が避けられる)南北統一する法がリスクベネフィットが格段にいい。

まず竹島紛争が勃発したとして北朝鮮がどう動くかの基本戦略を押さえた。

投稿: 通りがけ | 2012年8月15日 (水) 08時45分

日本は沿岸部に原発を56基も持ちしかもオウム事件に見られたようにテロ攻撃に対し非常に脆弱である。外国が日本を全滅させようと思えば原発の運転制御室へ特殊部隊でテロ攻撃をかけて運転制御盤を破壊して帰ればすべての原発がメルトダウン爆発して日本列島は沖縄を除いて死の灰で全滅する。簡単なことだ。しかし今回北朝鮮は絶対にそれをやらない。それは先に述べた事情による。

アメリカは日本の原発を全く守らない。沖縄だけ手に入れられれば本土は元々どうでもよいからである。日韓竹島事変で原発へのテロ攻撃を北朝鮮がやらないのなら日本国内に飼っている日本人スパイ部隊もしくは韓国軍特殊部隊を使ってやらせるだろう。戦争には何でもありだから。アメリカの原爆投下以来の日本列島核兵器消滅攻撃作戦が完結する。
そのときはじめてアメリカは北朝鮮の日本核施設テロであるとでっちあげて韓国に全軍を投入し北朝鮮へ宣戦布告して「韓国軍を使って」北を制圧する。あとは南方諸島と朝鮮半島の軍隊を使って対中国征服戦争を着手するのである。

以上のように、竹島でもし軍事衝突を起こせばそのあとはどう転んでも日本は滅亡するしか亡いのである。臨海原発56基のせいでね。

だからこそ武力衝突は決して起こさず速やかに地位協定破棄し福一石棺桶化を着手達成しなければならないのである。

投稿: 通りがけ | 2012年8月15日 (水) 09時09分

今上陛下こそが世界平和の象徴 (通りがけ)
2012-08-15 09:52:37
今上陛下ご夫妻こそが敗戦後平和憲法9条を世界に広めることで日本国を米軍の地位協定占領から世界中をユダ金の侵略戦争から守り続けてこられた世界平和の象徴である。

地位協定破棄と福一石棺桶化は311以来今上陛下の御心そのものである。

投稿: 通りがけ | 2012年8月15日 (水) 10時35分

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 株の初心者 | 2012年8月16日 (木) 19時37分

峠三吉が「すべての声はうったえる」という遺稿詩のなかでアメリカとヒロヒトの正体をあますところなく見破っています。

>「すべての声は訴える : 序文にかえて 」
広島大学学術情報リポジトリ:詩, 広島大学図書館峠三吉自筆草稿コレクション
>>http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/toge/T0037.pdf

pdfなので読みにくいですが。

そして長周新聞記事を紹介。

>>http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/taibeijuuzokunokusaritatisensousosihe.html

対米従属の鎖断ち戦争阻止へ
戦後67年目の8・15迎えて
               原爆・空襲から続く絶滅作戦    2012年8月10日付

投稿: 通りがけ | 2012年8月16日 (木) 20時56分

ヒロシマでともにアメリカの原爆実験の犠牲になった黄色人種友朋を峠三吉が原爆詩へ克明に記録しています。
敗戦までは日朝は植民地関係ではない友邦国同士だったのでしょうに、アメリカが仕掛けた朝鮮戦争で日朝関係は違法な占領統治条項地位協定のもと離間の計によって3つに分断攪乱されました。
>>http://www.aozora.gr.jp/cards/001053/files/4963_16055.html

>墓標

君たちはかたまって立っている
さむい日のおしくらまんじゅうのように
だんだん小さくなって片隅におしこめられ
いまはもう
気づくひともない
一本のちいさな墓標

「斉美(せいび)小学校戦災児童の霊」

焼煉瓦で根本をかこみ
三尺たらずの木切れを立て
割れた竹筒が花もなくよりかかっている

AB広告社
CDスクーター商会
それにすごい看板の
広島平和都市建設株式会社
たちならんだてんぷら建築の裏が
みどりに塗った
マ杯テニスコートに通じる道の角

積み捨てられた瓦とセメント屑
学校の倒れた門柱が半ばうずもれ
雨が降れば泥沼となるそのあたり
もう使えそうもない市営バラック住宅から
赤ン坊のなきごえが絶えぬその角に

君たちは立っている
だんだん朽ちる木になって
手もなく
足もなく
なにを甘え
なにをねだることもなく
だまって だまって
立っている

いくら呼んでも
いくら泣いても
お父ちゃんもお母ちゃんも
来てはくれなかっただろう
とりすがる手をふりもぎって
よその小父ちゃんは逃げていっただろう
重いおもい下敷きの
熱いあつい風の
くらいくらい 息のできぬところで
(ああいったいどんなわるいいたずらをしたというのだ)
やわらかい手が
ちいさな頚(くび)が
石や鉄や古い材木の下で血を噴(ふ)き
どんなにたやすくつぶれたことか

比治山(ひじやま)のかげで
眼をお饅頭(まんじゅう)のように焼かれた友だちの列が
おろおろしゃがみ
走ってゆく帯剣のひびきに
へいたいさん助けて!と呼んだときにも
君たちにこたえるものはなく
暮れてゆく水槽のそばで
つれてって!と
西の方をゆびさしたときも
だれも手をひいてはくれなかった

そして見まねで水槽につかり
いちじくの葉っぱを顔にのせ
なんにもわからぬそのままに
死んでいった
きみたちよ

リンゴも匂わない
アメダマもしゃぶれない
とおいところへいってしまった君たち
〈ほしがりません……
かつまでは〉といわせたのは
いったいだれだったのだ!

「斉美小学校戦災児童の霊」

だまって立っている君たちの
その不思議そうな瞳に
にいさんや父さんがしがみつかされていた野砲が
赤錆びてころがり
クローバの窪みで
外国の兵隊と女のひとが
ねそべっているのが見えるこの道の角
向うの原っぱに
高くあたらしい塀をめぐらした拘置所の方へ
戦争をすまい、といったからだという人たちが
きょうもつながれてゆくこの道の角

ほんとうに なんと不思議なこと
君たちの兎のような耳に
そぎ屋根の軒から
雑音まじりのラジオが
どこに何百トンの爆弾を落したとか
原爆製造の予算が何億ドルにふやされたとか
増援軍が朝鮮に上陸するとか
とくとくとニュースをながすのがきこえ
青くさい鉄道草の根から
錆びた釘さえ
ひろわれ買われ
ああ 君たちは 片づけられ
忘れられる
かろうじてのこされた一本の標柱も
やがて土木会社の拡張工事の土砂に埋まり
その小さな手や
頚の骨を埋めた場所は
何かの下になって
永久にわからなくなる

「斉美小学校戦災児童の霊」

花筒に花はなくとも
蝶が二羽おっかけっこをし
くろい木目に
風は海から吹き
あの日の朝のように
空はまだ 輝くあおさ

君たちよ出てこないか
やわらかい腕を交み
起き上ってこないか

お婆ちゃんは
おまつりみたいな平和祭になんかゆくものかと
いまもおまえのことを待ち
おじいさまは
むくげの木蔭に
こっそりおまえの古靴をかくしている

仆(たお)れた母親の乳房にしゃぶりついて
生き残ったあの日の子供も
もう六つ
どろぼうをして
こじきをして
雨の道路をうろついた
君たちの友達も
もうくろぐろと陽に焼けて
おとなに負けぬ腕っぷしをもった

負けるものか
まけるものかと
朝鮮のお友だちは
炎天の広島駅で
戦争にさせないための署名をあつめ
負けるものか
まけるものかと
日本の子供たちは
靴磨きの道具をすて
ほんとうのことを書いた新聞を売る

君たちよ
もういい だまっているのはいい
戦争をおこそうとするおとなたちと
世界中でたたかうために
そのつぶらな瞳を輝かせ
その澄みとおる声で
ワッ! と叫んでとび出してこい
そして その
誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ
たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ
ぼくたちはひろしまの
ひろしまの子だ と
みんなのからだへ
とびついて来い!

投稿: 通りがけ | 2012年8月17日 (金) 00時28分

峠三吉の遺志である「真善美を愛する心の教育」を継ぎます。よろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!

   こどもの原爆被爆体験詩集『原子雲の下より』の序文に寄せて
       峠 三吉 
   (未発表遺稿から下関原爆展事務局書き起こし文に≪加筆≫)

////////////////////////////////
すべての声は訴える


青空に雲が燃えていたら
アスファルトの道路が 熱気にゆるんでいたら
雑草や埃(ほこり)の匂いが風に立ちこめていたら
戦後七年
決して明るくなってゆかぬ生活の疲労の中で
広島の人々は
ふとあの悲惨な日々の感覚に打たれることを
炎の中の瓦礫(がれき)の下の呼び声に憑(つ)かれることを
訴えどころのない憂憤(ゆうふん)に ひそかに拳をふるわして耐えていることを
此(こ)の詩集を手にするあなたに知ってもらいたい

それは決して遠い記憶ではない
今、眼に映っている対岸の建物の壁が
突然破れ、瓦がはげ落ち
頭脳の奥で閃光(せんこう)がひらめいても
それは決して新しい事件に遭遇(そうぐう)したのではなく
それは
自分の生きようとする正しい力が
何か巨大にして非人間的な圧力によって
遂(つい)にうち負かされてしまったのだ という絶望感で
受けとられるものにちがいない

此の詩集を読もうとする多くの人に知ってもらいたい
広島の、そして長崎の人間は
原爆の炎の中から脱出して起ち上がろうと努めつつ
その意味する欺瞞(ぎまん)的な力の中で
まだ必死にもがいている
もがいていながらも
私たちは
あの炎と血膿(ちうみ)のしみついた皮膚の感覚で
愛する妻子や父母を茸(きのこ)雲の下で見失った
涙にまみれた体で
今はもう知ろうとしている
原爆を戦争に直接関係の無い老若男女の日本人の上に投下し
その後にわたってその所有を独占しようとし
その脅威(きょうい)をふりかざして
世界を一人占めにしようとして来た意志
日本が侵略されるという囁(ささや)きを吹き込み
再軍備にかり立て
そのような政策に反対する国民の口に破防法(はぼうほう)という
猿ぐつわを噛(か)ませる意志が
すべて一つのものであるということを
もうはっきりと知ろうとしている
そして
此の詩集をお読みになるあなたも
きっと知るにちがいない
私たちが一個の人間として
正しく幸福に生きようとするねがいを
何時(いつ)の時代でも 常にはばんで来たものがあったとすれば
その力こそまさに此の暗い意志であり
その権力こそまさに
私たちを戦争にひきずりこむものであったということを

噫(ああ)そして 私たちは知ることが出来る
世界最初に原子爆弾を頭上に落(おと)された日本人だという
黄色い皮膚にかけて
漆黒(しっこく)の瞳(ひとみ)と流れる黒髪にかけて知ることが出来る
今はもう
戦争を、その物欲と権力保持のために欲(ほっ)する
一握りの、人間と呼ぶに価(あたい)しない人間以外の≪ものたちへむけて≫
世界中の
真実と労働を愛するすべての人々と共に
腕を交(く)みあって
平和へのたたかいを進めてゆくことこそが
私たちの正しく幸福に生きようとする
人間としてのねがいを
達成(たっせい)する唯一(ゆいつ)の道であるということを
私たちは日本人として
植民地支配に苦しんで来た
アジアの人間として
知ることが出来る

そのために
そうだ、それを信じるために
多くの語り難(がた)い苦痛を越え
多くの語ることによる危険をしのぎ
老人も主婦も、未亡人も、青年も
又、勇気ある教師にみちびかれた子供達も
すべての人々が
血と涙にいろどられた叫びを
此の詩集に寄ってあげているのだ
どうか
此の信頼と愛が
戦争を憎み 原爆を呪(のろ)う無数の声の中で
大きな稔(みの)りを持つように
その声の底にかくれつつ 永遠に絶(た)ゆることのない
地下からの叫びが
生きている私たちの力によって
癒(いや)されるように!
原爆が再び地上に投ぜられることなく
原爆を意図するものが 世界中の働く者の力によって
一日も早く絶滅されるように!
此の詩集はそのためにあなたにおくられるのだ

一九四五年八月六日、午前八時十五分
広島に世界最初のウラニュウム二三五爆弾が投下され
九日 午前十一時
長崎にプルトニウム爆弾が投下された
広島では全人口四十万のうち
二十四万七千の生命が奪われた
軍事的には
勝負をそれのみで決しうるほどの力はでないといわれる
原子爆弾が
なぜこのような悲惨な現実を呼び起こしたか
落とされた広島は
無防備の市民の上であったし (長崎では市街に近い宗教地域の上であった)
落とされた時間は
市民をまるで屠殺場(とさつじょう)のように中心部に集めていた
それらはすべて
見事に計画されていたといえる
あの茸(きのこ)状をした雲の下には何があったか
そこにあったのは
疎開(そかい)できぬ児童を集め、あるいは勤労奉仕に生徒を集めた学校、陸軍
 関係のみでも五万人の患者を収容していた病院、青年の出払ったのち堆積(た
 いせき)する事務に追われていた官庁、銀行、聖戦の勝利を祈らされていた教会
 、主人をとられ主婦と子供で守っていた商店であり
それらはすべて破壊されたが
炎の海の外側にあった
多くの軍需工場は
 (三菱造船、三菱重工、旭兵器、日本製鋼、兵器被服廠-西条・八本松へ疎開
 -東洋工業、油谷重工等)
窓、扉、天井が破壊された程度で
殆(ほとん)ど無傷であり
国鉄は三日間でその機能を回復した実状であった
その炎の海で死んだのは
勤め人、学生、小児などの老若(ろうにゃく)市民であり
兵隊にしても
すでに出しつくされたあとの力弱い兵隊であった

一九四五年の春から夏にかけて
日本中の都市が夜毎(よごと)に焼きつくされる
戦争の炎の前で
広島はあわれな生きもののように顫(ふる)えつづけていた
今夜こそ危ない
今夜こそ焼かれる、という噂(うわさ)
あるいは広島は水攻めにするのだというような噂によって
夜闇(よるやみ)にまぎれては逃げようとする市民、橋の畔(ほとり)にひかえて
 逃がすまいとする軍や自衛隊≪原文まま≫
飢えた隣組(となりぐみ)の行列の間(あいだ)を
野菜を満載した軍のトラックが走りすぎる混乱の中で
河が白く埋まるほど、七月末 空から撒(ま)かれた七種類のビラには
原爆の廃墟(はいきょ)と同じ絵が描かれてもあったが
すでに疎開のすべはなく(そのビラを持っていると死刑にすると脅され、警察が
 人をやとって船を出し、拾い上げて焼却させた)
それでも五日の夜、広島をいよいよ焼き払うと
ビラが落とされたという
二、三日前からの噂によって
市民の多くは周辺の山や畑に逃(のが)れ、濃い闇空の銀河のもと
不安な一夜を明かした
夜半、豊後水道より広島湾上空へ
二百のB29は侵入し旋回数十分 広島を襲うと見せて
突然進路を西南方へ変え
光市の方面へ飛び去った
明け方 空襲警報は解除され
県内に侵入している敵機は四機、そしてやがて離脱したと
ラジオは報じ
七時五十分、警戒警報も解除された
この時、市民はB29の爆音をきいたが
黒めがねをつけた米人の乗員が
人類の恥辱(ちじょく)をのせた三機によって
高々度より侵入しつつあった事を誰が知り得たろう
そして今夜も無事に済んだとほっと安堵(あんど)した人々が
家に帰り、急いで朝食を済まし(朝食の炊事の火はまだ消えるほどの時では
 なかった)
出勤者は仕事場へ、学生、生徒は学校から作業場へ
隣組は市の周辺町村から市の中心部へ
畑仕事をやめて松根掘りに日をあかしていた郡部からの義勇隊もそれらと一
 緒に市の真ん中へ・・・・・・
それは統計ではかり出したように
一日の中で最も多数の市民が屋外に溢(あふ)れている時間であった

此の広島という都市の、雛鳥(ひなどり)のような中心部
この選ばれた時間
広島はどんな無心な表情をしていただろうか
爆心直下の広島中央郵便局では(本局とよんでいた)
丁度(ちょうど)夜勤と日勤者の交替時(どき)にあたり
全員六百名が 古めかしい煉瓦(れんが)造りの建物内に充満し
一人の老小使いのみが
玄関わきの塵溜(ちりため)にごみを捨てに出ていたところだった
七、八百米(メートル)東北方の練兵場では
丁度その朝入隊した男たちが(中年の兵隊か一度病気で帰り再度招集された
 ものたちであった)
軍服をつけて整列し
見送りの家族が旗などをもって
名残(なごり)を惜しんでいる時だった
千米はなれた県庁では、防空当直二百名が帰宅し
他の庁員が出勤し
動員学徒の少女たちが掃除バケツをもって廊下を
歩いていたとき
約千五百米の市役所裏 雑魚場町の一帯では
県立高女、県立一中、私立二中、女学院高女、女子商業、その他の一、二年
 生が教師に指揮されて疎開家屋のあと片付けに
とりかかっていたところ
又同所、あるいは同じ距離の土橋町一帯では市近辺よりの隣組、義勇隊の老
 人や子どもを背負った主婦たちが
同じ仕事にとりかかろうと集合して汗を拭(ふ)いていたときだった
二千米はなれた横川町の狭い商店街は郊外より
市内へ出勤する人の群(むれ)で埋まり
三千米はなれた家庭では作業へ、あるいは職場へ
家族を送ったあとの年よりが幼児が
朝食のあと始末に働こうとしていた

ああ そのような
戦争の末期の不安のなかで
常に天皇を頭(かしら)とする権力者たちの意のままに
父や夫や息子をさし出し
ダイヤも金も、あらゆる財産を投げ捨て
ぼろをまとい大豆を囓(か)じり野草をたべながら
従つてきた国民が
その愚かなほどに無心の表情を
八月の青空にむかって曝(さら)していたとき
TNT二万トン爆弾より強力な
グランド・スラムの二千倍以上の爆破力を有する
そしていまや
太陽の力が源泉となる勢力が(八・六トルーマン声明)(二〇〇〇呎(フィート)
 直下の温度は摂氏三〇〇〇~四〇〇〇度-ロスアラモス科学研究所「原子
 兵器の効果」より。トルーマン大統領がいかにもやさしくヒルダと呼んだ)
上空五百米(メートル)に於いて放射されたのである
大部分の子供達が此の詩集の中で
「ピカッー」と光ったという印象を伝えているほど
この時の光線の印象は強烈なものであり
体験者たちは
赤・紫・白・黄・紺色・橙(だいだい)色だったと様々な感じを伝えているが
その強烈な光りは
それを直視したすべての人の視力を奪い
その瞬間から広島の悲劇は始まったのである
中央郵便局は未曾有(みぞう)の衝撃を真上から浴びて瞬時に倒潰し全員死亡
老小使いのみ一人生き残っていたが二、三日後に死亡し
練兵場の一隊は全部赤剥(む)げになったり
半裸で作業中の兵隊はみじめであった
真黒く炭化したりして散乱した(軍関係の死亡者は一二五、八二〇人と算出され
 ている)
県庁で圧殺(あっさつ)をまぬがれた人々は水を求めて河岸へ
いざり寄り
万代橋の西詰では二日後まで死体の山が
河底から土手より高く重なって盛り上がっていた

疎開家屋のあと片付にとりかかっていた中学校、女学校の
下級生徒たち、又それを引率指揮していた先生たちの
最後の模様をどのようにつたえたらよいだろうか
思い思いの服装に新しい麦ワラ帽をかぶったり
歌を唄いつつ友人とふざけあったり 作業場に到着した
すべて十三、四才の少年少女たちが
突然の(不意の)閃光に出あい 打ち倒され
煙のはれ間やっと起き上がったものは
すでに花のようなもとの姿は奪われて
頭髪は焼け、前日に黒く染めた着衣は焦げ飛び、皮膚は剥(は)がれて肉が露出
 し 顔はふくれた
降(ふ)りくる石や材木に打たれた傷は石榴(ざくろ)のように口をあけて
その場で死んだものの骨、水槽の中に教師に抱かれて死んでいる死体
母を呼び 教師を呼び
歩けぬものは腹這(はらば)って比治山方面へ逃れて行く
土橋方面の隣組は多くが火傷(やけど)の傷手(いたで)と焔(ほのお)に追われ
天満(てんま)川に這い降りて水に流されたらしく この辺りの消息はよくわからない
家庭の悲惨も同じであった
瞬時に倒潰(とうかい)した家屋の間から 焔に包まれる最後まで
助けを求めて掘られた腕(倒壊した家の下敷きになった子供を救ってくれと哀訴(あい
 そ)する母親の必死の顔付(かおつき)は、長く忘れる事が出来ない)
熱いよう熱いようの 細々とつづいたよび声は遂にとだえても 助けの力を得ることなく
広島全市が焼けはてて骨となっても
骨のひらい≪拾い≫手さえ帰って来ない
此の時 たつ巻をよび風をつのらせる炎の上、市の西北一帯に真黒い豪雨が降り
己斐(こい)の山上にしばらくかかっていた虹の色は生き残った人々の記憶につよく
 残っている

夜に入っても全市の炎は明々(あかあか)と空を焦がしている
このとき市の周辺の町村の
病院、学校、お寺、個人の家などには
逃れてきた人々が折り重なって倒れ
次々と口鼻から血を吐いて死んでゆきつつあった
 (義勇隊を送った部落は軒並(のきなみ)に二人、三人死に、探しにゆく。葬式を出す。
 怪我(けが)をして帰ってくる割当の罹災者はなだれこんで眼も当てられぬ光景)
看護の婦人会など夜になると恐怖のために逃げ帰る程だった
こうして即死したものは骨とドクロになり(一中の焼跡にはドクロが机の配列の通りに
 並んでいて手に取ろうとすると灰となって崩れた。中心部では骨も何も無い)
火傷のものは一週間から八月中旬までの間に
膿(うみ)と蛆(うじ)にまみれたまま次々と死に
九月頃 無数の蝿(はえ)が発生した
八月二十日頃より原爆症が始まった
体に無疵(むきず)のものが髪がぬけ 急に下痢(げり)、嘔吐(おうと)、発熱し
口からの出血は止まらず 全身に斑点(はんてん)が現れ死亡する
この手のほどこしようもないこの症状が
生き残った人々の上を襲った(ひどいものは白血球が五百まで減少した。健康体で
 七千~八千、一千以下では生命が危ない)
薬品類はすでになく
栄養を、新鮮な果物を、といってもこの時国民の誰が
それらを手にし得(え)よう
このような時でさえ一部の病院では
金のあるものは あたう限りの治療をうけ
身よりも金もないものは形ばかりの治療で放置された
そして一方火傷の人々は
幾度(いくたび)皮膚が貼っても又その底からの膿(うみ)で破れ
その苦痛は自殺を欲(ほっ)する苦しみ

このような中で死ぬものは死に 残るものは残ったが
戦後七年間の歩みの中で
この原爆の影響がどのように尾をひいているか
東雲(しののめ)付中≪附属中学≫で生徒たちに「生い立ちの記」を書かせたら
殆ど全部のものが原爆のことにふれていたというほど
広島の人々の間にしみ通っている原爆が
ケロイドにより原爆症により いかなる被害を及ぼしているか
広島の中心地にいる人は体験者が殆んどいない、
それは大抵(たいてい)の家が一家全滅してるからだ
あの驚きのために気のふれた(健忘性失語症)子供
馬鹿になった(記憶喪失)青年
治療ののぞみない体に絶望のあまり自殺をしようとするもの
それらの悲しみと苦悩は
すでに今迄(まで)の年月の間で耐ええぬものは死に
耐えうるものは踏みこえて来たものの
顔面のケロイドのために平常は家にひきこもり、八月六日の命日のみには
爆心地の供養塔に参りにゆく姿の見られる娘さんたちの
胸に秘めた涙は何によって慰められる事が出来よう
又 詩の中にもかかれているように 禿(はげ)よ禿よとけいべつされる
子供たちの悲しみを誰が癒(いや)してやれようか
しかも 七年たった
現在でも尚(なお)、「原爆の子」の伊藤久人君が今春死亡したように
原子爆弾症は継続して起こりつつあり 戦後現在まで
全く何ともなかった者が急に白血球の減少 又は急増(きゅうぞう)を来(きた)
 して死に瀕(ひん)しつつあること
又 遺伝的悪影響が科学者(ハックスレ-)によって説(とな)えられ
ワシントン二二・三・十六発AP共同は米陸海軍軍医ならびに
科学者からなる原子爆弾の被害調査委員会が、広島および長崎の爆撃生存
 者について医学的調査をつづけて来たが、二十六日生存者の間から数名の
 奇形児が生まれたことを発表した。但し原爆が直接の原因であるとの確証は
 まだあがっていない(毎日三・二八)
と報じられるようでは
一体どうなるであろう
そして又 それらはすべて治療の方法がなく、その見通しさえないとしたら
又落(おと)された時どうなるのであろう
原子爆弾の使用されぬことを
再び戦争の起こされぬことをねがう必死の声は
この苦悩の中から叫び出されているのだ

一九四五年 ドイツの降伏後三ヵ月でソヴェートは日本に宣戦すると決まった
 ヤルタ会談が二月に終り、四月一日米軍は沖縄に上陸
同≪四月≫五日小磯内閣は退陣
同日モロトフ外相が、日ソ不可侵条約の不延長を通告して来た
五月八日ドイツはついに無条件降伏をしたが
ソヴェートの戦力消耗を待つように、第二戦線の形成をおくらし≪遅らせ≫て
 いた米英がスターリングラードの反撃より急に赤軍が攻勢に転じると、作戦
 上の無理をおしつつ イタリーやノルマンディーに上陸し、ベルリンの争奪戦
 が行なわれる
そのような中で
日本の戦力もすでに打ち滅(ほろ)ぼすべき敵ではなく
早く飼いならして次の相手に
使用すべくねらわれていた
然(しか)も日本の財閥と軍閥はそれを知って、国民を本土決戦の叫び声の中
 においやりながら(君が代をうたい、「日本は勝ちますね」と先生に死の前に
 ささやいた女生徒〈進徳高女〉のようなものはどこにでもいた)
天皇制を保持(国体ゴジ≪護持≫)しながら戦争を終えるケイキ≪契機≫をつ
 かもうとねらっていた
二人の客に媚(こ)びを売る女のように
前総理大臣広田をソヴェートに当たらせ
横浜銀行スイス代表者にアメリカ実業団との交渉をさせようとした
六月二十一日 沖縄での日本軍の組織的抵抗は終り
七月十六日 ニューメキシコで世界最初の原子爆発が行われた
その翌日ポツダム会議開催
二十六日同宣言発表
すでに八月八日にソヴェートが対日宣戦布告するのは明瞭であるし
そうなれば赤軍がいかに短時間で日本に到着するかは
充分予測される
このような中で
「何故原爆を使用するなら、連合国主催の実験でその威力を示しその基礎に立
 って日本に最後通牒を発し、責任の負担を日本人自身にゆだねなかったか」
といい
この詩集の中で子供たちが
「なぜ広島に落したか」と責め
「どうせ落るなら砂漠におちろ」とうたっても
「もし原爆投下の目的がロシアの参戦前に日本を叩(たた)き潰(つぶ)すことに
 あったとすれば、ないしは少(すくな)くともその目的が日本の崩壊(ほうかい)に
 先立つロシアの参戦をして名ばかりの参戦に留(とど)まらしめることにあったと
 すれば・・・・・・」
そのようなことは時間的にも
又そうでなくとも考えられなかったのである

こうして八月六日、広島の上に原子爆弾一号は投下された
そうして八月九日、ソヴェート軍が満州国境より急速力で
南下しはじめた朝、長崎に二号が投下された
かくして十四日
日本はポツダム宣言を受諾(じゅだく)し
終戦の詔勅(しょうちょく)が出された
その中で天皇は
「加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所 真ニ
 測ルヘカラサルニ至ル」といわれている
K・T・コムプトン博士は「原子爆弾の使用がアメリカ人、日本人の数十万-おそらく
 は数百万の生命を救ったという確固たる信念をいだくに至った」
とのべ
とにかくこれによって
日本は降伏し 米国は一挙に日本を占領し
日本の天皇と財閥、軍閥はその力を保存したまま国民の前に
戦争をやめるいいわけを得たかたちとなった

そうしてこのことがその後(のち)効果をあげるために
どんなに言いひろめられたかを見るのは興味深い
先ず 原子爆弾の絶対的な威力をつたえる言葉が流布(るふ)された
「この威力 正に火薬二万トンに匹敵」(中国二〇・八・一五)
「今後七十年は棲(す)めぬ-戦争記念物広島、長崎の廃墟-」(毎日二〇・八・二四)
「死者なほも続出」(朝日二〇・八・一三)
「広島の被害世界一」(中国二〇・九・四)
そして永(なが)く原爆のことを書くことが禁止されていた
この恐怖とともに
原爆こそ日本の救い主だった、感謝すべきだ
原爆は平和をもたらしたものであり、広島の犠牲者は
平和のための殉教者(じゅんきょうしゃ)のように扱われ、家族を失った人々は
それをもって諦(あきら)めようとした
諦めさせるには広島が真宗(しんしゅう)の伝統的地盤であるということは
もって来(こ)いであったし
長崎もカトリックの地盤、しかもわざわざ信徒たちの居住地の上に落としたのも
 意味のない事ではないと思われるのだが(医科大学、養育院、天主堂のある
 町はずれの地区)
かくして「ノーモア-ヒロシマズ」が叫ばれ
片方でアメリカを美化し
片方で広島では平和を売り物にすることとなった(広島平和記念都市建設法案が
 二四年めでたく議会を通過する)
毎年の八月六日 爆心地の平和塔の前で市が主催する平和祭は、花火をうちあげ
 鐘(かね)や鳩(はと)や展覧会や踊りの大会と賑(にぎ)やかにくりひろげられ、五人
 の孤児たちが父母に再会しようと少年僧になったことがもてはやされ、ミス・ヒロシマ
 が長崎の土をはらはらふりかけたりするが、生き残った人々の根深い反発を受けた
しかし一九四九年、ソヴェートの原爆所有が明らかとなり
一九五〇年六月二十五日、朝鮮戦争が始まってより
その声が変化してきたのを私たちは知っている

今までの悲惨さによる威嚇(いかく)から(水素バクダン!)
原爆の記憶を抹殺(まっさつ)しようとする動きに変わってきた
原爆広島の象徴(しょうちょう)になってきた産業奨励館のドームを崩し
原爆娘は戦犯(せんぱん)を慰問(いもん)させられ
原爆一号といわれる十六回の手術を繰り返したK氏のケロイドの体も日赤から追放し
一方、精神養子の運動が行われ
広島の廃墟と魂(たましい)の傷痕(きずあと)を緑の芝生と植民地的文化によって
埋めつくそうと変わってきた
再軍備は原爆投下の意味の延長であり
その中ではすでに戦争を否定(ひてい)する平和の声は弾圧(だんあつ)される
 (一九五〇年の官制的なものも平和祭の全面的禁止!)
そして一九五一年の八月六日の式典には朝鮮戦線からの
パイロットが参列し
広大学長は戦争を肯定(こうてい)する平和をとなえる

この中で誰が沈黙(ちんもく)していられるだろうか
広島の 長崎の
いや日本人としての私たちがどうして黙って居(お)れようか
この詩集の中で大人たちは「死ぬ前でないと本当のことはいえぬ」
という叫び声をあげた
子供たちは真向(まっこう)から戦争と原爆反対の声をはり上げる
この仕事の中で結ばれた子を失った主婦は、夫を失った未亡人は、ケロイドの娘は
共(とも)に立ち上がって原爆を落としたものに対し「つぐないを!」
と叫ぶ
流された血はつぐなわれねばならぬ
しぼられた涙は拭(ぬぐ)われるべきだ!
しかも未(いま)だ この詩集に現れたものの何倍、何千倍の声が
心の奥に秘(ひ)められているならば!・・・・・・

/////////////////////////////////

投稿: 通りがけ | 2012年8月19日 (日) 19時41分

昨年書きましたが今も同じです。
今こそヒバクシャの声を聞くとき。

何卒よろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

「すべての声は訴える」

戦争と原発事故は人災の極致でありともに地球に対する最悪の犯罪である。すなわち核兵器と原発は同じものである。

峠三吉は36歳で死去したがこの世の戦争のすべてを見通して子供たちのためにこの詩を遺した。

この詩に書かれた自分の物欲や征服欲支配欲を満たすために戦争を起こして他人を殺戮することを何とも思わない人間と呼ぶに価しない人間以外のこのようなものたちをこれ以上この世に作り出さないために、

「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!

すべての子供たちを心正しく育てることこそが人間に天与された使命である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして「すべての声は訴える」

まず東電管理職吉田福一原発所長は現場最高責任者として冷却停止直後に最優先で消防署へ住民待避要請を出さねばならなかった。
菅総理は国の最高責任者指導者としてただちに放射能非常事態宣言を全国民に対して発令しなければならなかった。

この二つの大罪は懲役数十万年に相当する地球への破壊テロ犯罪である。

余の者米軍国会議員霞ヶ関全省庁奇形司法NHK電通記者クラブマスゴミ経団連はすべてこの戦争非人道犯罪と同じ棄民テロ犯罪の国内証拠隠滅犯行にかかわっており共謀共同正犯である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>>http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-ee0b.html

投稿: 通りがけ | 2012年8月20日 (月) 11時32分

続きですよろしくお願い申し上げます。とおりがけ拝

「地位協定スパイ霞が関国交省役人の国家反逆領土汚職重大刑事犯罪(内閣国会議員全員共謀共同正犯)」

領土とは海抜ゼロメートル以上の土地の面積です。

昨年4月に霞ヶ関直属国家公務員による憲法三権分立規定上国家反逆罪と等価の赦しがたい越権職務怠慢公金(国家予算)横領犯罪がありました。

311大地震で東北太平洋側沿岸部各所に大規模な地盤沈下を生じ日本領土の国土が海没減少しました。
国交省の役人はただちに海岸線の精確な再測量を行い政府へ領土の減少量を迅速に報告公表しなければならなかった。現在の航空衛星写真技術をもってすれば地震直後から非常に精確な測量が簡単にできます。

しかるに岩手宮城福島県の迅速な再測量を行う公務執行責務を有する国交省の担当役人は、「各県への国交省地方交付金基本額は県域面積に比例配分各県交付されており、3月内に再測量すれば4月から国交省予算交付金額の面積減少分減額交付が避けられないので3月内にはあえて再測量(やればすぐできるけど)しない」と大臣名でなく(当時は誰だったかな前原かな)自分の役職名で新聞発表しました。このため4月からの予算執行は本来厳密に為されなければならない減額措置が行われず予算満額執行された。

そもそも予算の金額は国会の承認を得た金額が1銭の間違いもなく役人によって執行されなければならない。この役人は職務怠慢の理由として「被災地が復興のために大きな予算措置が必要なとき交付金を減額するにしのびないので(やればすぐできる以上すぐやるべきだった)再測量を行わないと自分の判断で決めた」と述べ、故意の確信犯で県域面積を過大に捏造報告して交付金予算を水増し請求し憲法上許されざる役人越権裁量で予算横領執行した刑事汚職犯罪を自白したのである。特捜部は直ちに国交省へ捜査にはいるべし。

時の官吏の長国交大臣も、また本来予算を決める憲法上唯一の権限者国会議員も、この国交省直属公務員の汚職刑事犯罪を今に至るまでまったく糾弾告発していないのはどうしたことか。無知なるがゆえならば全員国会議員も大臣も失格罷免相当であり、知りながら黙過したならば全員共犯で刑事有罪公民権五年停止である。時効はずっと先である(あるいは重大事犯だからないかも)。

納税者主権者国民として国会議員と政府に説明責任を果たすよう求める。果たさなければ共犯として刑事告発を免れられないよ。

投稿: 通りがけ | 2012年8月21日 (火) 09時02分

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