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2012年9月20日 (木)

「十五夜お月さんの論理」についてその4

 ネット検索で、「『宇沢弘文と語る』を聴講して」に出くわした。れんだいこが意訳すると、次のような話を伝えている。

 2010年現在、いつノーベル賞を取ってもオカシクナイとされている万年候補の宇沢博文・政治経済学者が旧制中学の4年生の頃、いろいろの事情があって新潟の禅寺(曹洞宗)に身を寄せることになった。禅寺の住職は、宇沢に「嘘をつきなさい。人びとを幸せにする嘘を沢山つきなさい」と教えたと云う。住職は、晩飯になると宇沢少年を呼んで一緒に食事をしようと誘った。未成年なのを承知で酒も用意されていた。宇沢少年相手にいろいろの話をしてくれ、そのなかの話の一つが「嘘をつきなさい」だった。

 宇沢教授は、「今から考えるとわたしの経済学の考え方の根源になっているような気がする」と述べている。この教話の力点は前段の「嘘をつきなさい」にあるのではない。後段の「人びとを幸せにする」というところにある。「嘘」と云う言葉も教説上の方便で、学問も含めた全ての知が「嘘」の範疇に入ると云う認識を元にしている。「学問といい、科学的知見といい、宗教の教義といい、それらはどこまでいってもひとつの仮説にすぎない。つまりは『嘘』の一種なのだから、どうせ『嘘』をつくなら『人びとを幸せにする嘘』をつきなさい」という禅宗特有の寓意である。

 宇沢青年をして数学から経済学に向かわしめ、経済学をして、人を計数的物量として扱う近代経済学に対して、生身の人間の生活的与件を絶対的基礎とする「社会的共通資本」なる概念を生ましめ、やがて公共経済学を発想せしめることになるが、その背後に去る日の住職の「嘘をつきなさい。人びとを幸せにする嘘を沢山つきなさい」の教話があったと云う。

 これを知り、れんだいこ流に解釈すれば、宇沢弘文政治経済学教授は、「十五夜お月さんの餅つき話」を解する立派な知識人だと云うことになる。

 もう一つ。「十五夜お月さんの餅つき話」執筆動機の背後に天理教教祖の口述人類創世記譚「元の理」があったことを種明かししたが、ついでに天理教教祖に纏わる「存命の理」についても記しておく。「存命の理」とは、天理教教祖中山みき逝去後も生身の身体としては死亡したが生命は生前同様に存命しており、今も人類救済の為に働き続けているとする教説である。こういう教祖存命説は何も天理教でのみ云われるのではなく、他の宗派でも同様の説を持つところもあるように思われる。

 さて、この「存命の理」をどう寓すべきか。既にここまで「れんだいこの十五夜お月さんの餅つき話」をお読みいただけた者には得心できよう。「存命の理」を科学的知見で批判するのはいとも簡単である。その種の口角泡を飛ばし士に尋ねるが、或る宗派が教祖を死後も「存命の理」として待遇し、教祖を敬慕したとして何か害があるだろうか。天理教では、「存命の理」のままに教祖の着替えを日々行い、拝殿の奥に鎮座されているとして日々諸事の伺いを立てるなり報告を申し上げている。口角泡を飛ばし士がこれを茶番と云うのは勝手である。しかし、れんだいこは、素晴しい没後対応であるとして逆に評価している。

 教祖中山みきは生前、人間の寿命は115歳までの定命(じょうみょう)を与えられていると教説していた。これを説いていた頃は80歳代後半の頃である。教祖は、「115歳定命説」を我が身で体現しつつあった。そのみきは80歳の頃より十数次にわたって検挙され、その取り調べも次第に暴力的になった。「最後の御苦労」が1886(明治19)年2月、89歳の身で厳寒の獄舎に入れられた。

 一説によると、この時の老婆虐待は凄まじく、にも拘わらず教祖は差し止めさせられていた教義を説くのにひるまなかった。15日間後に釈放されたが、もはや立つこと叶わぬ息絶え絶えの身になっていた。その後は床に臥す日々となり、「最後の御苦労」の一年後に逝去している。亨年90歳。教内では、「115歳定命説」に違う教祖の逝去に対する動揺が走った。

 この時、霊能を分与されていた後の本席・飯降伊蔵が指図したのが、「さあさあわからん。わからん、なにもわからん。115才、90才、これもわからん。25年不足であろう。どうであろう。これもわからん。どうしてもこうしてもすっきり分からん。故に25年を縮め、助けを急ぎ、扉を開いて世界をろくぢに踏み均(な)らしに出た。神でのうてこの自由自在は出けようまい。止めるに止められまい。神は一寸(ちょっと)も違うた事は云わん。よう聞き分けてくれ。これから先というは、何を聞いても、どのよの事を見ても、皆な楽しみばかり。楽しみや。よう聞き分け。追々刻限話しをする」、「さあさあこれまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで。日々の道を見て思案してくれねばならん。(中略) 姿は見えんだけやで、同んなじ事やで、姿がないばかりやで」なる啓示であった。

 かく「存命の理」が打ち出され、教内の動揺は治まった。これが「存命の理」の歴史的事情である。これに照らす時、飯降伊蔵の啓示はむしろ何とも鮮やかと云うべきではなかろうか。

 「十五夜お月さんの餅つき話」から始まりマルクス主義のユートピア思想、天理教の「元の理」、「存命の理」へと辿り着いたが、この思索の旅が面白かったのは一人れんだいこだけだろうか。本稿はこれでひとまず完結とする。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

「転載」
http://nobuhirob.blog.fc2.com/blog-entry-102.html

オスプレイ反対の男性 米軍関係車通行阻む
2012/09/21 Fri 10:48
短い時間ながらも独りで米軍車両の通行を阻んだようです。
読んでいて涙が出そうになりました。

オスプレイ反対の男性 米軍関係車通行阻む
沖縄タイムス 2012年9月21日 ・・・

投稿: 通りがけ | 2012年9月22日 (土) 09時28分

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