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2013年1月

2013年1月31日 (木)

教条における「が」と「も」の違い考

 一般に思想の教条に於ける「が」と「も」の違いについて愚考してみる。これは、ネット検索で出くわした「狂おしく悩ましく」を早読みした時の感慨である。著者は元中核派の本部員であったようで、同派の内情を種々スケッチしている。れんだいこがオヤッと思ったのは「愛国民族主義問題」に於いて定説を持っていない様子に対してである。この問題についてはれんだいこも興味があり、「マルクス主義における愛国民族主義問題について」をものしている。

 「狂おしく悩ましく」」

http://blogs.yahoo.co.jp/hutagoyama_1/52737808.html

 「マルクス主義における愛国民族主義問題について」
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/minzokumondaico/aikokushinco.htm

 例えばマルクス主義について確認すると、バイブルである「共産主義者の宣言」文中に「労働者は国家(祖国)を持たない」と云う言説がある。これにより日本マルクス主義運動においては新旧左翼問わず愛国主義、愛民族主義、国旗国歌(日の丸君が代)に反対の姿勢が導き出されている。しかしそれは「共産主義者の宣言」の文意における「労働者は国家(祖国)を持たない」が吟味されぬまま適用され過ぎているのではなかろうかと云う問題意識を介在させている。これにより「マルクス主義における愛国民族主義問題」が発生している。

 これを踏まえて、れんだいこは云いたい。「愛国民族主義問題」は未だ理論的に切開されていない。この問題においてはマルクスの言辞と雖も教条化すべきではない。そもそもマスクスのそれとエンゲルスのそれ、レーニンのそれ、トロツキーのそれ、スターリンのそれ、毛沢東のそれ、ホ・チミンのそれ、金日成のそれは微妙に違う可能性が強い。諸氏の言説がそれぞれの時代性、お国柄、精神性に影響されている可能性が強い。

 この辺りを見ずして精査のないままの「労働者は国家(祖国)を持たない」を教条化するのはむしろ危険なのではなかろうか。そもそもマルクス主義における教条主義は似合わない。マルクス主義が他の宗教、哲学、政治思想よりも教条性が強い主義だとしたら、それは原理的に反マルクス主義なのではなかろうか。そういうものが流行っているんだけれども。そして廃れているんだけども。

 そこで云いたいのは、今後に於いてはマルクス主義であろうと他の諸思想、宗教、哲学だろうと、その開祖、教祖、最高指導者の言といえども、これを仮に「A」とすると、A「が」かく述べて居るので従うべしとするのではなく、A「も」かく述べて居るので正しさが裏づけられるのではなかろうかと云う風に一歩控えて援用されるべきではなかろうか。つまり盲目的絶対的な基準を排し、あくまで吟味上の物差しとして評され尺度とされるべきではなかろうか。これを略して「『が』ではなく『も』とすべし論」、更に略して「がも論」として獲得すべきではなかろうか。

 こういう見地からあらゆる理論が精査されるべきだと考える。そういう精査を経て獲得されるものが導きの理論となるべきであり、それは時代を経て更に精査されると云う具合に不断に検証されて行くべきであり、これこそ思想運動の生命線ではなかろうか。近代曙光の精神「全てを疑う」はかようなセンテンスで活かされるべきではなかろうか。

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2013年1月24日 (木)

生活党への期待と意義考その4、生活党への注文

 以上、生活党出航に当ってのれんだいこ激励を送らせていただいたが、最後にかく期待の大きい生活党の足らざるものに注文をつけておく。先の2012総選挙に於いて未来の党に大同団結したのは良い。なぜなら弱い方こそ小異を捨て大義に拠るのが勝利の方程式であるから。結果は惨敗となった。数々の選挙不正が確認でき、ムサシマシーンにより開票操作された可能性があるので勝負判定は未決着である。しかしながらムサシマシーンを導入させ続けていることも含めて教訓化せねばならぬ。あれこれ挙げればキリがないので生活党単体としての努力でできそうなことを指摘しておく。

 その第一は党名である。現在の生活党なる党名はこれで良い。問題は、未来の党なる党名が提起された場合、それは政治用語ではないとして退けるべきではなかったか。「鉛筆もったら未来の党」なる標語もオカシイ。未来にしても鉛筆にしても、それは他党にも当てはまることであり、結局、党としては何も主張していないことになる。嘉田滋賀県知事の頭脳のイカガワシイところである。しかし、この問題は済んだこと故もう良い。

 その第二は政策である。脱原発は現下の状況下では絶対的に正しい。卒原発は脱原発を薄める響きがあるがまま良い。問題は、国政選挙で原発政策一本槍で臨むべきだろうかという問いにある。あれこれ併記せよと云っているのではない。真意は、原発問題があろうとも最優先は国民を食わす為の経済政策の提起提言を第一にせねばならないのではないのかと糺すことにある。国民を食わす為の経済政策に景気対策、雇用政策、財政問題が絡んでくることになる。いずれにせよ経済問題から入らねば政治ではない。経済問題を第一に取り上げない公約は言葉のアクセサリーにされてしまう。これを肝に銘じてもらいたいと思う。

 今どきで云えば、経済政策から始め次に原発であり軍事防衛であり教育であり地方自治であり規制緩和であり云々と続けるべきであろう。これに照らす時、先の総選挙での卒原発一本槍は拙劣だったと云うことになる。如何なる時も常に経済問題、国民に飯を食わせる処方箋から入れ、これが云いたい。この点、その政策の適否は別としても自民党が一番原則的であるように思われる。

 その第三は政党の在り方である。政党はまず第一に国民に飯を食わす為の政治能力、施策を講ぜねばならない。次にその都度の時代の課題に対処せねばならない。野党の立場からできることは限られていようが党が掲げる政策の実現を目指して働かなければならない。当然、与党になれば直接的に対処せねばならない。野党は批判だけで足りるとする万年野党暮らしの処世法に馴染んではいけない。常に政権党の如くに責任政治の観点から立ち居振る舞いすべきではなかろうか。それは何も政府与党の政策に迎合することを意味しない。認めても良い法案もあろうし、徹底的に争う法案もあろうし、審議拒否すべきものもあろう。あるいは次善の改良提案すべきこともあろう。かく態度を構えるべきではなかろうか。

 その第四は公正選挙の訴求である。これまでは考えられなかった事象であるが2012衆院選では選挙不正疑惑が持ち上がっている。未来の党は直接の被害者であるにも拘わらず、これを問題にしていない。しかしそれは潔い態度だろうか。れんだいこは、オカシイと思った選挙区の検票が為されるべきであると考える。その為にどういう要件が必要となるのかを議論し検票し易い制度を求めるべきだろう。不正選挙疑惑は議会制民主主義の根幹が問われている訳であり、これに背を向けるなどあって良い訳がなかろう。政党の有権者責任を考えれば有権者への謝辞は儀礼であり、有権者が選挙を疑惑しているのなら不正の究明にこそ当るべきだろう。疑惑選挙区の検票をすれば白黒判定がつくのであるから、これに向かわねばなるまい。

 凡そ以上を肝に命ずれば追い風が吹く。その追い風は議員貴族を増やすことに利用するものではない。政治家たる者は畳の上での往生を願わぬ、命を歴史に差し出す者であらねばならない。但し滅びの美学に酔ってもイケナイ。目指すべきは政権であり与党政治であり、政治的発言の政策的物質化である。今日の政治家の言は明日の施策にならねばならない。そういう意味で、政治家たる者の発言責任は重く、精神において常に懐に辞表を、切腹を覚悟して事に処せねばならない。これにつき民主党三代政権が共通して見せたマルチ舌はお話しにならない。民主党にはこの毒が今も回っており政治医学的に見て解毒できない。そういう意味で民主党は終わっている。追って社会党の二の舞になろう。

 思うに、政治音痴は人として発育不全である。現代は、この発育不全が政策的に助長されている。詩人、芸人故に政治には関心がないと嘯く文化人がいるがふてぶてしいと云うべきである。あらゆるものが政治に関係している。政治に関心を持たないのは持たなくされているのであり去勢されている故のものである。この辺りのことを述べ始めるとキリがないので割愛するが、意図的故意にして用意周到に敷かれている精神及び頭脳のスポイル化に抗する知性こそ本物のインテリ性であると考えている。そういう構図下での彼我との力関係の上での丁々発止のやり取りこそ政治の醍醐味ではなかろうか。国民の政治音痴は政治家の政治白痴化を助長させる。そういう意味で、結果的に時の政治の質と国民の能力は釣り合いが取れていると見なすべきだろう。

 れんだいこは若かりし頃、時代が下る毎に何がしか改良が生まれ、世の中が次第に良くなると思っていた。これを仮に命名すれば進化史観と云うことができる。しかしそれはウソであり間違いであると見なすようになった。それが証拠に、戦後新日本は1970年代より退歩することはあっても少しも前進していない。よしんば科学技術は進歩し続けているにしても、それを活かす知恵が明らかに後退している。現代は、科学技術の進歩を活かす知恵が滅法逼塞しているのではなかろうか。

 その証拠の一つとしてテレビ番組の例を挙げておく。昔の番組の方が見て為になるものが多かった。ニュースキャスターにも個性派がままいた。今はさっぱりダメだろう。れんだいこは、2012衆院選で朝のニュース番組が各社揃って選挙情報をまともに取り上げなかったのを見て、それ以来テレビを見るのが馬鹿らしくなった。それまでも見ない方だったのだが朝のニュース番組は見ていた。今はそれさえ見なくなった。今見るのはスポーツ観戦ぐらいのものである。たまりかねてスカパーなるものに加入し朝も晩も囲碁将棋チャンネルばかり見ている。連れ合いは時代劇と事件物を気に入っているようだ。文明の利器のテレビがこんなに拙くしか使われず、視聴するに値する番組がなくなるなんて時代が予想できただろうか。

 著作権の過剰権利化による情報閉塞然りである。社会が賢くなっているとは到底思われない。その他その他の理由により退化史観なるものが存在することを実感している。嘆かわしいことではなかろうか。生活党に対するお願いは、我々の脳のしわと深みが増すように世の中をリードしてくれることである。この方向に舵を切れば我々はいつでも支持する。逆方向に向かうのであれば用はない。生活党は我々の期待を担ってくれると信じている。

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2013年1月23日 (水)

生活党への期待と意義考その3、小沢政治の転回考

 小沢どんの現在の立ち位置の生活党の前身は国民の生活が第一である。名は体を表すと云う意味で、「生活」と云う党名に注目するべきではなかろうか。これは紛れもなく左派的な党名である。生活党は、社民党なり共産党なりが西欧的な政治思想に基づく党名であるのに比して、和製的な党名であるように思われる。これを左派的と云うより古代縄文の日本思想に近い党名のような気がする。どうやら小沢どんは政治的変転の果てに日本の伝統的な日本思想、世直し思想に辿り着いているのではあるまいか。ここが凡百の政治屋と違う小沢どんの魅力のような気がする。れんだいこは、保守系出自の小沢どんがここに辿り着いたことに畏敬を覚える。左派系出自のものがいつのまにか国際金融資本奴隷に転じて栄耀栄華を極めているチンケなご時勢に於いてをや。

 小沢どんの政治姿勢は、はるけき自民党時代の田中派に在籍していた当時の政治理念である戦後保守本流としてのハト派のそれに回帰しているのではなかろうか。人が幼児期の喜怒哀楽を生涯の母斑とするように、政治の場合には青年期の思想がDNA遺伝子となって刻印され影響を与え続けるのではなかろうか。小沢どんは政治的流浪の果てに角栄政治に戻ったのではなかろうか。これを俗に先祖返りと云う。

 かの時、小沢どんが師匠として崇めた田中角栄こそは、世の金権批判の汚名を取り外せば見えてくるのはまばゆいばかりの戦後保守本流としてのハト派政治の総帥にして権化であった。この政治を真っ向から否定する現代国際金融資本の意向により、この真価が貶され続けているが、戦後保守本流としてのハト派政治こそが戦後日本を牽引し、1970年代に於いて世界の羨む日本を建設してきたのではなかったか。今日の日本の惨状に照らす時、このことを何度強調しても足りることはない。

 見よかの時代を。日本国憲法に則り国債発行を原則的に禁止していた。当然、現在の如くに国債の累積債務に怯えることもなかった。消費税なる悪税もなかった。即ち国債も消費税もない軍事費もGNP1%枠の健全財政国家であった。国家財政は、景気循環の好景気を呼び込むことで法人税、所得税等の利益から徴収される直接税収入で賄われ、利益と関係なく徴収される間接税に依拠をすることはなかった。その為に、あらゆる法と慣習と情念が経済的発展を生み出すようメカニズムされ、高度経済成長型の歯車が上手く噛み合っていた。内需拡大による利益の余剰金が世界に対する経済援助額を増やしつつあった。それは憲法の指し示す国際協調と平和の理念に添う形のものであり諸外国から感謝されていた。経営側と労働側の利益分配率も今日ほどかけ離れておらず、何より経営者の報酬額も労働者側から見てまま納得できる範囲のものであった。企業の業績良好が雇用を生み、今日の如くに失業者、生活保護者を生み出していなかった。雇用と医療と年金が制度的に確立されており、額に汗して働く者への労働対価報酬にはそれなりの合理性が宿されていた。定年を迎えた者には長年の労働の功に報いる安堵の生活が保障されていた。一言で云えば、角栄が著した日本列島改造論の先取りであり、そのひながたが既に実践されていた。日本社会に一億総中流の夢があった。これらに比すれば思え今の時代を。

 小沢どんは、かの時代の善政をかく見据え、かの時代の如くの政治を再生させることに覚醒したのではなかろうか。小沢どんが自民党時代の全盛期に於いては、当時の中曽根政治とは違う政治の型を追及していたとはいえ、大きく見れば国際金融資本帝国主義の意向との妥協産物的政治に終始していた。小沢どんの政治手法の変化の時期ははっきりしないが、恐らく2003(平成15)年の自由党の民主党との合併以降の、2006(平成18)年、第6代民主党代表に選出されて以降より顕著になったのではなかろうか。この流れの中から2009衆院選時のマニュフェストが生まれる。2009衆院選時のマニュフェストは、個々の政策評価よりマニュフェストに貫かれている政治思想の方が注目されてしかるべきだろう。

 制度は時代に合わなくなれば反故されるが思想はそういうものではない、否むしろますます磨かれ時代に合わせて適用される。そういう意味で、小沢政治は古くなるのではなくますます真価を究められようとしており、凡百の政論家が云うような「小沢時代の終り」を迎えている訳ではない。「小沢時代の終り」なる弁は、彼らの飼い主の指令に基づくものであり彼らの願望に過ぎない。そもそも「小沢時代」そのものが未完のままなのであり、未完のものは成就を求めて追求されるのが常態であろう。よしんば肉体的な小沢時代が終ることがあるとしても、小沢政治が再生させようとした政治の灯火は受け継がれていくものであり、そういう意味で存命し続けるべきものである。

 もとへ。こうして、日本政治史上に日本初の在地土着的左派的な生活党が登場した意義は大きい。これを成し遂げたのが小沢どんであり、その思想を共有する同志たちである。ここに生活党の大きな魅力がある。当の当人たちが思っている以上に生活党の歴史的意義は高い。生活党の立ち上げにより、日本の従来の左派まがいの社会党、社民党、共産党は不要とさえなった。本来は生活党内の分派として存在すれば良いだけのものである。にも拘わらず生活党を目の敵にする社民党、共産党なるものが存在するとするならば、その党の党中央の異邦人性を疑惑せねばならない。良からぬ企みを持って党中央に登壇し占拠している国際金融資本の廻し者と的確に認識し、弾劾、放逐すべきだろう。

 小沢派の主導的な奮闘により2009政権交代が成就した。しかしながら待ち受けていたものは小沢派封殺でありマニュフェスト反故政治であった。その3年有余の拙ない民主党政権の果てに意図的故意に元の黙阿弥の自公政権へと政権奉還させた。早速に安倍政権が登場し国家財政の大判振る舞いに興じているがろくなことにはなるまい。次に石破政権が待ち受けているようだが俗に踏んだり蹴ったりの悲惨に遭うであろう。この程度のことは見えぬ先から予見できる。

 結局、先の細川政権と云い、こたびの民主党政権と云いお粗末な結果にされてしまった。但し試練は人と政治を鍛える。三度目の正直と云う言葉もある。生活党は見果てぬ夢を求める権利を掌中にしている。民主党の党的瓦解を尻目に生活党は何度踏みつけられても起き上がるし起き上がらざるを得ないであろう。なぜならそこに振り子の如く立ち戻らざるを得ない政治の要諦があるから。れんだいこはそう考えている。

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創立大会に向けての生活党への期待と意義考その2、小沢どんの政治履歴考その2、脱自民党時代考

 1993(平成5)年、細川連立政権が誕生する。この時、小沢どんは他の多くの仲間と共に自民党を離党し(今日風に云えば角栄チルドレンの決起であったと思えば良い)、8党派連立の細川政権の中核となる(小沢どん転変第1)。細川政権は羽田政権に移行する。しかし、この反自民党政権は多党派連立故の呉越同舟政権となり崩壊する。

 1994(平成6)年の自社連立による村山政権が誕生する。何と、細川連立政権時の与党の社会党が仇敵の自民党と組んで細川政変を内部から崩壊せしめたことになる。社会党の正体見たり枯れ尾花であった。小沢派は野党になり新進党を結成する(小沢どん転変第2)。その後、羽田派が分裂する。1997(平成9)年、公明党が分裂する。新進党が解散する。かくて、細川連立政権と云う果実が無残にも散らされた。

 1998(平成10)年、小沢派が自由党を結成する(小沢どん転変第3)。1999(平成11)年、小渕政権下で与党入りし自自連立政権を組む(小沢どん転変第4)。ここに公明党が政権入りし自自公連立政権が成立する。2000(平成12)年、連立を解消し野党になる(小沢どん転変第5)。この時、野田毅、二階俊博などの連立残留派が保守党を結成し分裂する。2001(平成13)年、小沢一郎政治塾(小沢塾)を開設する。

 2003(平成15)年、自由党が民主党と正式に合併する(小沢どん転変第6)。2004年(平成16)年、小沢系が一新会を結成する。2005(平成17)年、小沢系が一新会倶楽部を結成する。2006(平成18)年、前原代表が「堀江メール問題」の責任を取って党代表を辞任、菅直人を破り第6代の民主党代表に選出される(小沢どん転変第7)。小沢代表は菅を党代表代行、鳩山を党幹事長にするトロイカ体制を敷き民主党の快進撃時代が幕開けする。

 2007(平成19)年、福田政権下で連立交渉に入り、民主党内の支持が受けられず代表辞任を表明するも党内の慰留を受け続投。2008(平成20)年、民主党代表選に無投票で3選。2009(平成21)年、西松建設疑惑関連で公設秘書が逮捕された件で民主党代表を辞任。鳩山が民主党代表となり、小沢どんは選挙担当の代表代行に就任する(小沢どん転変第8)。

 同年9月、第45回衆議院議員総選挙で民主党が圧勝し、民主党が政権を掌中にする。小沢どんは鳩山政権下で幹事長に就任する(小沢どん転変第9)。2010(平成22)年、東京地検特捜部が政治資金規正法違反容疑で元小沢秘書の石川知裕衆議院議員、大久保隆規、ほか1人を逮捕、起訴。この頃より小沢バッシングが本格化する。同年、小沢系一新会倶楽部が北辰会に衣替えする。鳩山首相の鳩山美人ぶりが食傷され退陣を余儀なくされる。この時、鳩山は自らの辞任と共に小沢どんの幹事長辞任を強請、受け入れる。後継の菅政権は党内の過半を占める小沢派を徹底的に干す片肺人事を強行する。小沢どんは無役に甘んじることを余儀なくされる(小沢どん転変第10)。

 同年9月、民主党代表選挙で菅と小沢が争い小沢どんが惜敗する。ムサシの開票マシーンを使っており不正代表選の噂が残った。同年10月、陸山会事件で検察審査会によって起訴議決され、2011(平成23)年、強制起訴される。民主党常任幹事会が「強制起訴による裁判の判決確定まで党員資格停止」処分を決定する。これにより代表選の立候補資格および投票権を失う(小沢どん転変第11)。

 同年3.11日、三陸巨大震災が発生。菅政権の対応能力の欠陥が露呈する。同年8月、菅政権が総辞職。民主党三代目の野田政権が誕生する。野田首相は「どじょう政治」を標榜し、小沢派を限定つきながら人事登用する。但し、小沢どんに対する冷遇が続く。同年末、小沢どんを支持する内山晃ら9名の民主党議員が「新党きづな」を結成して集団離党する。

 2012(平成24)年4月、東京地方裁判所の第一審で無罪判決。2012(平成24)年、野田政権が消費税増税法案を閣議決定。小沢派は法案採決で反対票を投じ、民主党に離党届を提出する。民主党は離党組を除籍処分とする。小沢どんはグループ議員とともに国民の生活が第一を結党し代表に就任する(小沢どん転変第12)。同年11月、東京高裁が一審判決を支持。控訴側が上告を断念したことで陸山会事件の無罪が確定した。何の為の小沢バッシングであったのか、小沢どんの政治能力を殺ぐ為の国策捜査であったことが裏付けられたことになった。この無罪判決は、はるけきロッキード事件も然りだったのではなかろうかとの推断を呼ぶことになろう。

 第46回衆議院選を控え、国民の生活が第一を解党し滋賀県知事の嘉田を代表とする日本未来の党に合流(小沢どん転変第13)。但し、日本未来の党は61議席から9議席と大幅に議席を減らす。12月、総選挙の惨敗を受けて、小沢派と嘉田派の対立が表面化。小沢派は生活の党に改称し、側近の森裕子が代表に就任し現在に至る(小沢どん転変第14)。

 ここが小沢どんの現在の立ち位置である。この小沢派の政治履歴から何を窺うべきであろうか。そもそも小沢どんは何を求めて自民党を離党し自ら苦難を引き受けてまで有為転変しているのであろうか。小沢どんを突き動かす政治理念、情動は何なのだろうか、これを問わねばなるまい。

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生活党への期待と意義考その1、小沢どんの政治履歴その1、自民党時代考

 小沢系生活党が2013.1.25日に創立大会を開く。この期に同党への期待と要望を書きつけておくことにする。れんだいこツイッターに次のように発信した。「まもなく生活党エールの辞を送る予定です。2013年体制を痛苦に受け止めるのではなく、2013年体制の最中にあって更に小沢派排撃のジハードを呼び掛け悦に入る雇われ政論家の口舌をほ撃つつもりです。集中した時間が取れないので半端なものになるが書かずにはおれない心境です。ご期待あれかし」。こう書いた以上、書かずにはおれまい。

 生活党は今や政界唯一の野党らしい野党である。ここに同党の意義がある。これを逆に云えば、今や政界は表が自公民、これに維新の会、みんなの党が列なり、裏に共産、社民が連合しており、独特の新参者排除の構図ができあがっていることを意味する。驚くべきは、左派勢力の共産、社民がそのような役割を果たしていることである。平素、口先では万年野党として政権与党を攻撃する気楽な稼業に勤しんでいる。しかし、いざ政権交代の機運が訪れると、共産党は独特の「真の野党論」で唯我独尊しながら正面から排撃に向かい始める。この体質は、はるか昔の宮顕時代から変わらない。社会党転じて今は社民党は、こちらも昔から変わらず表で汗をかかず裏駆け引き専門に耽るのを得手とする。こういう悪しき習性が見えてくる。

 2012総選挙の構図を見れば良い。重要課題で殆ど政策一致する未来の党に対して、未来の党の方からオリーブの木連合を呼び掛けているにも拘わらず、社共の方から野党分裂を仕掛け共倒れに導くも恥ずるところがない。しかも両党とも党中央が選挙の敗北責任を負わない。政策よりも政権よりも党利党略を最優先する反オリーブの木運動の手法はいずこから発生しているのだろうか。この共産、社民両党の独特の飼われ方についての論証は別の機会に譲ることにする。

 今や、2012末総選挙以降、55年体制に比すべき新秩序が生まれたと見なしてよいと思われる。これを仮に2012総選挙後体制(略して「2013年体制」)と命名する。この「2013年体制」に抗する唯一の野党政党が生活党であると云うところに同党の意味がある。その生活党の誕生経緯を確認しておく。生活党は小沢派の系譜であるので、小沢どん及び小沢派の経緯から追跡する。これを大雑把早足で確認する。

 小沢どんは、自民党史上の旧主流派である田中派のプリンス的後継者であった。当時の田中派は大平派と共に戦後保守ハト派を形成していた。戦後保守ハト派とは、吉田茂を元祖とし池田隼人を中興の祖とする政治系譜である。世が世なれば小沢一郎は角栄、大平、鈴木善幸後の何代目かで首相に就く戦後保守ハト派虎の子の逸材であった。

 小沢どんの政治履歴を見るのに、1969(昭和44)年、父・佐重喜の急死に伴い第32回衆院選に旧岩手2区から自民党公認で立候補し、27歳の若さで初当選。この総選挙を党幹事長として指揮したのが田中角栄で、以後、田中派の七日会、木曜クラブに所属し、角栄の薫陶を受けることになる。1976(昭和51)年、ロッキード事件が勃発し田中角栄の不遇時代が始まるも、師たる角栄を裏切らず律儀にロッキード公判を欠かさず傍聴したことで知られる。

 1982(昭和57)年、自民党総務局長に就任。その後、衆議院議院運営委員長を歴任。1985(昭和60)年、第2次中曽根内閣第2次改造内閣で自治大臣兼国家公安委員会委員長として初入閣(43歳)。1985(昭和60)年、竹下登、金丸信らの田中派潰しの創政会結成に参加。これが後の経世会となる。竹下派七奉行の一人に数えられ竹下政権誕生に奔走する。1987(昭和62)年の竹下政権下で官房副長官に就任。1989(平成元)年の第1次海部俊樹内閣で党幹事長に就任(47歳)。これより以降数年間が絶頂期となる。自民党時代の以降の政治履歴は割愛する。

 かく羨望される履歴を持つ小沢どんが次第に自民党内に居れなくなった政治状況こそが悼ましい。その暗雲が覆い始めたのが1976年のロッキード事件であった。この事件を契機に、自民党内のハト派が下り坂になり逆にタカ派が陽の当たる坂道を登り始めることになる。この時代の小沢どんの政治履歴は、そういう時代の写し鏡足り得ている。

 戦後保守ハト派のその他大勢がタカ派系主流の新時流に迎合したなかで、この流れに義侠的に立ち向かったのが小沢どんであり、そこが共感を呼ぶ所以のものとなっている。大雑把に見て、こういう捉え方が正鵠を射ているであろう。これを逆に説く者がいるが保守系であればウヨ、左派系であればサヨと蔑視されるのが相応しい。

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2013年1月15日 (火)

マレーシア元首相マハティール氏の1970年代日本論考

 「★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK142 」の gataro氏の2013.1.15日付け投稿「<インタビュー>ルックイーストはいま マハティール・ビン・モハマドさん(朝日新聞)」に思うところあり、以下ブログしておくことにする。原文は「朝日新聞 2013.01.15 東京朝刊 11頁 オピニオン1、<インタビュー>ルックイーストはいま マハティール・ビン・モハマドさん」とのことである。

 マハティール氏につき、どこかで書きつけた記憶があると思い探すと、「田中角栄論」の「田中角栄の思想と政治姿勢、資金源、人脈考」の「角栄-大平連合の政治史的意義」の「Re:れんだいこのカンテラ時評その122、増山榮太郎氏の「角栄伝説ー番記者が見た光と影」を評すその2」でコメントしていた。以下、補足することにする。

 インタビューゲストのマハティール氏の履歴は次の通り。1925年生まれ。マラヤ大学医学部卒。医学博士。開業医をへて、1981年から2003年まで22年間マレーシアの首相を務めた。そのマハティール氏は、1982年に「日本を見習え」とルックイースト(東方)政策を唱えた。この意味するところは、この発言は中曽根政権時代の1982年であるが、中曽根政権時代の政治の評では断じてない。中曽根政治が「戦後の総決算」なる大言壮語と共に壊し始めた「1970年代までの日本に対する郷愁の弁」である。マハティール氏が「日本を見習え」と唱えたのは、1970年代に結実した田中政権に至るまでの戦後保守ハト派政治への賛歌である。かく解すべきだろう。

 それから30年余りを経て、マハティール氏は、「いまや日本の過ちから教訓を得るときだ」、「韓国により多く学ぶ点がある」と苦言を呈している云々。この意味するところは、中曽根政権時代以降の日本が、その憧れの日本を自ら壊して来たことに対する痛烈な批判である。「アジアを代表する知日のリーダーは、停滞が続く日本にいらだちを隠さない」とあるが、そのいらだちの原因をかく解するべきだろう。

 マハティール氏が「在りし日の日本」を見習いルックイースト政策を掲げたことに対し、「成果をあげたのでしょうか」の問いに次のように答えている。「マレーシアの発展に寄与したことを疑う余地はない。労働に対する真摯(しんし)な姿勢、戦後復興への熱意と愛国心、独自の経営スタイル、職場での規律を日本から学んだ。貧しかったわれわれは、日本人の価値観や倫理観を見習い、民族(マレー系、中国系、インド系)間の協調を保つことで発展しようと考えた」、「多くの日本企業を誘致し、留学生を日本に送りました」、「日本は素材を輸入し、加工して輸出していた。貿易立国をめざすマレーシアにとって、技術を通して世界市場に打って出るモデルだった」。

 「当時の日本は経済的に日の出の勢いでしたが、いま長い停滞のなかにいます」の問いに次のように答えている。「日本が苦境にあるのは、経済大国への道を切り開いた自らの価値を捨て、欧米に迎合したからだ。例えば終身雇用制などに重きを置かなくなった。政府の指導や民間企業との協力関係はいまや犯罪視される」。

 「系列、行政指導、日本株式会社といった、欧米から批判されたシステムにあなたは肯定的でした。それらを捨てたことが間違いだと」の問いに次のように答えている。「大きな誤りだった」、「われわれが見習ったのは、現在の日本がやっていることではない。いまはあなたたちの犯した過ちを繰り返さないようにと学んでいる」。

 「しかし90年代以降のグローバリゼーションは、そうした日本のシステムの生き残りを許さなかったようにみえます」の問いに次のように答えている。「確かにグローバリゼーションはやってきた。それは欧米のアイデアであり、彼らの利益のために考え出された。新たなシステムを採用すれば、混乱はつきものだ。日本は国内の状況を斟酌(しんしゃく)せずに受け入れた。それまでのやり方とグローバリゼーションを調和させることに失敗した」。

 このやり取りから窺えるのは、質問者が「1970年代までの日本に対する批判」を尤もなこととして中曽根以降の国際主義路線を是認し、その立場からマハティール氏の「在りし日の日本賛美論」に疑問を呈し、マハティール氏が反論している姿である。日本人が日本を批判し外国人が日本を耽美すると云う滑稽なやり取りになっていることが分かろう。

 これをもっと正確に云うと、1970年代半ばのロッキード事件で当時形成されてい戦後保守ハト派の二大派閥=田中派と大平派の鉄の同盟に楔を打ち込み、それ以降主流派に転じ始めた戦後保守タカ派の政権になって以来、日本は、マハティール氏が称賛した「在りし日の日本」を自己否定し始めた経緯に対して、質問者がその流れを是認し、マハティール氏が批判していることになる。そういう二人の逆さやりとりであるところに、この質議の面白さがある。

 朝日新聞記事のキモの部分は以上にある。この後、その後の日本政治論、韓国との比較論、中国論へと続いている。この下りのやり取りはさほど意味がないので割愛する。

 次に、「日本は経済的に自信を喪失し、その反動として右傾化が進んでいるとの指摘があります」の問いが為され、マハティール氏は次のように答えている。「危険なことだ。日本が自信を取り戻すのは軍事ではなく、経済力を回復させるしかない」。

 「97年のアジア通貨危機でマレーシアは周辺国と違って国際通貨基金(IMF)の支援を求めず、通貨の変動相場を固定相場制にして、しのぎました」の問いに対して次のように答えている。「IMFを頼らなかったのは、自国のことは自国で決めるためだ」。

 「10年以上たって、リーマン・ショックがあり、続いて欧州危機が起きました」の問いに対して次のように答えている。「欧米では、市場が自律的に需給を調整するといって、政府の規制を嫌う。だが金融市場はシステムを乱用して回復不能に陥った。ヘッジファンドが錬金し、銀行は無理な住宅ローンを貸し付ける。借り手は払えなくなり、銀行は債務超過で危機に陥る。強欲の結末だ。穴埋めに中央銀行が札を刷り、倒産企業を政府が支援している。かって批判してきたことをそのままやっているのだ」、「戦後、日本や韓国など東洋の国々が安く良質な製品をつくるようになった。欧米は製造業の分野でかなわなくなり、金融市場に活路を求めた。サブプライムローン、レバレッジ……。製品も雇用も生まない。商いとはいえない、ギャンブルだ」。

 「米国のいいなりになる日本政府に何度も不満を表明しました。米国の意向をくんで、あなたが唱えた東アジア経済会議(EAEC)構想に反対した時やイラク戦争を支持した時です。そんな日本に学べと号令をかけたことを後悔はしませんか」の問いに対して次のように答えている。「われわれが見習ったのは、高い職業倫理で戦後の復興を果たした日本だ。米国の影響下にある日本ではない。米国はEAECに中国を含めたから反対した。環太平洋経済連携協定(TPP)でも中国を除外しようとする。われわれは東洋の人間だ。敵をつくるのでなく、自分たちの問題は自分たちで解決すべきだ」。

 マハティール氏の弁はこれでも抑制的に語っていると窺うべきだろう。マハティール氏が見据えているのは現代世界を我が世の春とばかりに壟断している国際金融資本帝国主義である。次のように云いたかったはずである。れんだいこが忖度して書きつけておく。

 世界を連中の都合のよいようにはさせない。各国がそれぞれ自律して共栄圏を創る国際関係を生み出さねばならない。その為に何を為すべきか、かっての日本には学ぶべきところがあり大いに学ばせて貰った。今の日本は逆漕ぎ専門で学んではいけない国になってしまっている。一体日本よ汝はどこへ連れて行かれようとしているのか分かっているのか。私の死に出の置き土産に云わせて貰う。日本よ覚醒せよ、余りにも可哀そうでならない。

 2013.1.15日 れんだいこ拝

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2013年1月14日 (月)

2012衆院選の当選者落選者疑惑考

 いつまでもとは思うのだが、れんだいこの胸中に於いて2012衆院選の開票疑惑が強まりこそすれ衰えない。ここで2012衆院選の当落疑惑を総確認してみたい。

 まず、野田前首相の千葉4区である。選挙前、落選の危機が囁かれ、首相としては珍しい比例重複保険を掛けて臨んだ野田首相が2009衆院選以上の大量得票となった怪が信じられない。検票すべきであると考える。次に、菅元首相の東京18区である。次点で比例復活当選したが、事前予想では落選の危機が云われており善戦過ぎる臭いがする。検票すべきであると考える。野田政権有力閣僚の宮城5区の安住、福島3区の玄葉、埼玉5区の枝野、東京7区の長妻、静岡5区の細野、三重3区の岡田、京都2区の前原の圧倒的な当選も気にかかる。これら有力閣僚たちの当選に不審はないが悠々と当選し過ぎではないかとの疑惑が残る。検票すべきであると考える。

 それに引き換え、小沢派の苦戦は信じられないほど壊滅的である。未来の党派のみではなく、民主党に残った元小沢派まで根こそぎ落選している。その殆どが現役議員であることを考えると、現役の強みを発揮して在任中の支持者拡大を図る日常活動が軒並みできていなかったことになる。小沢派が全体に国会報告に熱心であることを思うと信じられない。2009衆院選から大きく票を減らし過ぎている点も含めて気にいらない。検票すべきであると考える。

 特に、事前予想で当選確実視されていた神奈川3区の岡本英子の票が自民、維新、民主、みんな以下の最下位になっているのも気になる。埼玉7区の小宮山泰子も自民、維新に大きく負けている。栃木4区の山岡賢次、埼玉7区の小宮山泰子、千葉3区の岡島一正然りで当選の芽が囁かれていた割には勝負になっていない。全体に未来の党候補者は予想より最低4割減の怪現象となっている。未来の党不人気に因が求められているが、それにしてもと云う気がする。小沢派の苦戦は民主党内居残り組にも表われている。滋賀4区の奥村展三は神奈川3区の岡本英子同様に自民、維新に負け最下位となっている。納得できないので検票すべきであると考える。

 これとは逆に、2009衆院選で落選していた自民党の小泉チルドレンの復活現象が奇異である。落選中の活動がそれほど評価されたようにも思われないのに大阪11区の井脇ノブ子を除く全員が当選し、その多くがぶっちぎりのトップ当選している。新人ないし復活した小泉チルドレンを確認すると次の通りである。宮城1区の土井亨、福島1区の亀岡偉民。埼玉6区の中根一幸、埼玉9区の大塚拓、埼玉15区の田中良生、千葉5区の薗浦健太郎、神奈川4区の山本朋広、神奈川5区の坂井学、神奈川7区の鈴木馨祐、神奈川9区の中山展宏、神奈川14区の赤間二郎、東京7区の松本文明、新潟5区の長島忠美、新潟6区の高鳥修一、岐阜3区の武藤容治、愛知8区の伊藤忠彦、滋賀2区の上野賢一郎、大阪7区の渡嘉敷奈緒美、兵庫1区の盛山正仁、兵庫3区の関芳弘、岡山4区の橋本岳、広島2区の平口洋、長崎1区の冨岡勉、熊本1区の木原稔。総数24名に及ぶ。

 小泉チルドレン系現役組では神奈川11区の小泉進次郎となると桁違いの強さを見せている。東京8区の石原伸晃、東京10区の小池百合子、福井1区の稲田朋美、鳥取1区の石破茂然り。他に茨木7区の永岡桂子、東京3区の石原宏高、東京4区の平将明、東京5区の若宮健嗣、東京6区の越智隆雄、東京19区の松本洋平、東京20区の木原誠二、愛知6区の丹羽秀樹、石川3区の北村茂男、鳥取2区の赤沢亮正、岡山3区の阿部俊子、鹿児島4区の小里泰弘等が当選している。総数17名。小泉系のこの強さが本当のものなのかどうか検票で確かめたい。

 小泉系の圧勝には及ばないが維新の会の善戦も注目される。逐一の確認は轄愛するとして俄か仕立ての新党でかくも認知を受けていたことが容易には信じられない。マスコミのヨイショもあり選挙戦前半までは勢いがあったが後半は失速した観が見られた。結果は、選挙戦前半の勢いを数値化している。検票すべきであると考える。みんなの党の善戦も注目される。代表の栃木3区の渡辺喜美は理解できるとしても、神奈川4区の浅尾慶一郎、神奈川8区の江田憲司がこれまた桁違いの強さを見せている。これも信じ難い。自民、民主を撥ね退ける強さが本物だったのかどうか検票で確かめたい。

 事前予想通りの落選組を見るのも興味深い。北海道2区の三井辨雄、北海道4区の鉢呂吉雄、北海道11区の石川ともひろ、北海道12区の松木謙公、山形1区の鹿野道彦、山形3区の加藤紘一、埼玉3区の細川律夫、東京6区の小宮山洋子、神奈川10区の城島光力、神奈川12区の中塚一宏、新潟5区の田中眞紀子、滋賀1区の川端達夫、大阪7区の藤村修、大阪11区の平野博文、大阪12区の樽床伸二、兵庫8区の田中康夫、徳島1区の仙谷由人、福岡1区の松本龍、沖縄1区の下地幹郎。これらは接戦負けではない。かなりの票差での落選となっている。これに対して、北海道1区の横路孝弘、千葉6区の生方幸夫、東京1区の海江田万里、東京3区の松原仁、愛知5区の赤松広隆、大阪10区の辻元清美、佐賀1区の原口一博らが比例当選している。

 徳島1区の仙谷由人の落選は余りにもな不人気の故、スケープゴートにされたのではないかとの疑いが残る。まさか野田一家全員当選と云う訳にも行かず、仙谷落選が具合が良かったのではなかろうか。総評として云えることは、誰を落し誰を当選させるのかについて見えざる手が働いていた気がすると云うことである。これが神の手ならまだしも開票マシーンの為せる技であったとしたらお笑いである。全ては検票すればすっきりする。これができるのかできないのか。ぜひ国会で取り上げるべきである。議員定数問題以前の議員能力に関わる問題であると考える。

 よしんば検票に向かわないにせよ、2012衆院選ほど不正選挙疑惑が高まった例はない。せめて今後の選挙における不審払拭の手立てを講ずべきで、その議論を避けてはならない。私案については「れんだいこのカンテラ時評№1091 、 選管の不正選挙防止対策と数値発表責任考」に書きつけているので参照願う。この問題に正面から立ち向かえるのは、旧未来の党の面々である。生活の党は、前身の旧未来の党の名誉の為にも奮戦せねばならないと考える。森代表は「疑惑の声が届いているが、これを争わない」旨のコメントをしているが潔過ぎる弁ではなかろうか。選挙疑惑を抱えたままでの次の選挙なぞ空念仏にしか聞こえない。しつこく申し上げておく。

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2013年1月 1日 (火)

2013.1.1たすけあい党新年声明

 2013年、明けましておめでとうございます。本年を如何なる年にすべきかメッセージさせていただきます。

 「たすけあい党新年声明」は既に恒例になっております。「
2007.1.1たすけあい党新年声明 」、「2008.1.1たすけあい党新年声明 」、「2009.1.1たすけあい党新年声明 」、「2010.1.1たすけあい党新年声明」、「011.1.1たすけあい党新年声明 」、「2012.1.1たすけあい党新年声明 」とあり、本年の「2013.1.1たすけあい党新年声明」で連続7回目となります。一年の計は元旦にありと聞かされており、この良き伝統に倣っている訳であります。れんだいこの生ある限り発信し続けようと思います。

 2013年の期待と抱負を述べる前に、先の総選挙の不正を弾劾しておかねばなりません。まだ記憶が新しいうちに再度確認しておきます。これほど不正選挙疑惑が公然化した例はありません。マスコミは、これに加担した下手人であるからして箝口令(かんこうれい)を敷いていますが、隠せば表われるの理で大仕掛け且つ組織的な不正工作が仕組まれた選挙であったことが判明することになるでせう。人の噂も七十五日で済ませる訳には参りません。

 第46回2012衆院選の不正選挙に関心を持たないようなことでは日本政治は良くなりません。これが、この問題に拘らねばならない理由です。不正選挙を見過ごしておいて良い政治を期待することなど土台無理と云うものです。そういう意味で、2012衆院選の不正選挙弾劾と解明は2013年初頭の重大事案になっています。既に埼玉5区に未来党候補として出馬した藤島利久氏が訴訟手続きに入っているとのことですので、裁判の成り行きに注目したいと思います。日本政治の自律と自存を賭けて支援して行きませう。

 不正選挙判別は難しいことではありません。野田首相の千葉4区、未来の党から出馬した岡本候補の神奈川3区、同じく未来の党の亀井候補の広島6区の票を検証すれば良いのです。数え挙げればキリがありませんので省略し、僅かこの3選挙区の小選挙区票と比例票を取り出して再確認すれば白黒が判明します。日本の政治を裏から牛耳る黒幕勢力が許さないでせうが、再確認すれば千葉4区の野田候補の小選挙区票の異常な多さ、逆に神奈川3区の岡本候補、広島6区の亀井候補の異常な少なさ、三者共に比例区票が余りにも連動していない怪奇現象の仕掛けが判明するでせう。

 日本政治を裏から牛耳る黒幕勢力が不正選挙をしてまで得ようとしたものにつき愚考しませう。察するに、1・再政権交代、2・政権交代派主力の小沢派徹底壊滅、3・自公民連合派主力の温存と高位当選、4・小泉チルドレンの復活の四つの狙いがあったと思われます。その為の姦計が凝らされ、かのイカガワシサで有名な㈱ムサシ社の集計マシーン「テラックCRS-VA」をフル稼働させ狙い通りの結果に導きました。

 しかしながら、如何に上手に細工しても不正は隠しようもありません。あちこちで尻尾を出しております。問題は、これほど大がかり組織的な選挙不正に対して警察、検察が動くのかどうかにあります。目下行われている維新系の運動員逮捕はお茶濁しでしかありません。今からでも遅くありません。明らかに不審が認められる選挙区の票の検証をすべきです。小沢どん捜査に見せた執拗さで不正選挙捜査をやれば良いのですが恐らくやらないやれないでせう。イカガワシイ限りです。

 総選挙の結果、3年有余続いた民主党政権が崩壊し自公政権に戻りました。これは歴史の女神が下した審判ではありません。民主党を預かる側の野田政権が「上からの反革命」を仕掛け、意図的故意に御党を大敗へ誘導すると云う工作によってもたらされたものです。これに功のあった政権中枢の面々(野田、岡田、前原、枝野、玄葉、細野ら)は妙なほど小選挙区で大勝しております。小泉チルドレンも大勝しております。維新、みんなの党の主メンバーも大勝しております。逆は逆です。

 しかしながら不自然さが歴然としております。野田は落選の危機が云われ、首相には珍しい比例重複保険を掛けて選挙に臨みました。結果は2009衆院選よりも僅かですが票を伸ばすと云う盤石の当選をしています。ところが比例票が小選挙区票の半分しか出ていません。この現象は、小選挙区得票が水増しされたと推理するしかありません。元首相の菅は、事前の不人気ぶりから落選必至のところ比例で拾われております。こちらも小選挙区票の水増しが十分に考えられます。民主党は壊滅させるが、お前たちは特別に恩寵により当選させるとの意思が透けて見えて参ります。

 逆に、小選挙区票を大きく減らされているばかりか、比例票を更に減らされたのが未来の党の候補者面々です。僅か9名が勝ち上がることができましたが奇跡でせう。未来の党の落選者は不正選挙告発に立ち上がるべきです。今のところ藤島氏以外に告発の動きがないのは残念なことです。これは負け惜しみ的な見苦しい振る舞いではなく民主主義擁護の為の根底を問う闘いとして位置付けられるべきです。小選挙区票を減らされた上、それよりも更に比例票を減らされた仕掛けに対して猛抗議すべきです。選管管理下の票の検証で決着させねばなりません。その保存票さえ工作されればお手上げですが、とにもかくにも検証しなければなりません。れんだいこ推理によると信じられない事態が判明すると思います。

 もとへ。民主党の政権返上と云う元の黙阿弥結果を見て、2009政権交代とは一体何だったのだろうかと自問せざるを得ません。民主党政権は鳩山、菅、野田の三代政権となりましたが、この政権が為したことは、2009衆院選で掲げたマニュフェストの端からの反故でした。景気浮揚策の目玉として掲げられていた高速道路無料化法案の成り行きを見れば象徴的です。景気浮揚させない意図的故意の反動政治が敷かれ続けたと読むべきです。マニュフェスト反故の代わりにしたことが消費税増税法案の可決でした。財政再建を名目としていましたが、その口裏で次から次へと大型補正予算を組みつつあります。結局、日本経済の不景気化と財政破綻政策の両輪がセットされた政治にのみ勤しむよう誘導されていることが判明します。

 民主党三代政権はその間、党内を二分するマニュフェスト派であった小沢派を冷遇し続け、そればかりかマスコミの執拗な小沢バッシングに加勢すると云う醜態を晒し、最後には消費税増税法案に反対した咎で党外へ放逐してしまいました。小沢派が生活第一党を結成し来るべき総選挙に備え始めるや、野田政権は電光石火の早業で党内をも騙しながら抜き打ちの衆院解散に踏み切りました。結果、予想通り大敗し政権返上となりました。2012衆院選のイカガワシサの前にこの衆院解散のイカガワシサがあったこと、全てが筋書き通りであることを見てとらねばなりません。

 思えば民主党三代政権とは、政権取る前までは政権取らせて下さいとダダをこね、実際に政権取ると小泉ばりの遊び人風政治にうつつを抜かし、その挙げ句に政権返上すると云う何とも臭い芝居の連続でした。選挙後、海江田が代表となり再起を期していますが、もはやこの党の再起の道はありません。自然死することを予見しておきます。

 こうして、自公政権が生まれ第二次安倍政権が誕生しました。「自公政治こりごり、民主党政治がっかり」の後、今度は「うんざり」することになるだろうと予見しておきます。但し、「うんざり」はまだ良い方で、既に安倍政権後を睨んで石破政権のシナリオが敷かれております。石破政権の下で日本は財政破綻させられ「びっくりしんみり」させられることになるでせう。

 いつからこんな日本になったのか。そろそろこのことを考えなければなりません。日本政治は今やトンデモ時代に入っているのに、そういう自覚がないと手の打ちようがありません。時局を正確に認識する必要があります。かって日本は、明治維新以降、文明国、一等国、先進国入りを目指し、その基準の良し悪しは別としてその後の百年をアジアの雄として君臨して参りました。しかしもはやそれらは過去の遺物です。今やあらゆる指標が韓国、中国に遅れを取りつつあります。日本の今の政治が続くと益々この傾向が拡大します。今現にあるのは「脳がやられ、背骨を折られつつある日本」です。急速な勢いで野蛮国、三流国、不正国、後進国の小日本へと向かいつつあります。

 問題は、そういう日本が自然に作られたのではないと云うことです。何故にこういう日本に益々なりつつあるのか問いかけねばなりません。れんだいこ史観による解は、去る日の黒船来航と共に国際金融資本帝国主義の魔の手が伸び日本侵略が始まりました。戦前はこの魔手との国内国外問わずの戦いとなり敗戦を迎えました。戦後日本は、この魔手通りに工作、加工される日本になりました。その延長上に戦後民主主義体制が導入されました。この体制評価は良し悪し両面から評されるべきです。少なくとも無条件賛美の時代は終わりました。そろそろその空疎性に気付くべきです。

 但し、戦後日本の復興と引き続きの経済成長は魔手の思惑を超える勢いを見せ始めました。1970年代初頭の田中政権の誕生と共にコントロールの利かない日本の動きが出て参りました。戦後復興派の総帥が田中角栄であり、政界に於いては田中派と大平派のハト派系鉄の同盟が構築され自主自律の日本が胎動しつつありました。この動きに断固たる鉄槌が打ちおろされたのがキッシンジャー指令でした。これは初動に於いては金権批判となり、図星としてロッキード事件として楔(くさび)を打ちこまれました。1970年代半ばのロッキード事件を境にハト派系政治が掣肘させられ、日本は再び魔手の籠の鳥に入れられました。これに功のあったのが今に続く政治体制です。この間、国富が吸血され続け、それと共に日本の衰弱が始まりつつあります。

 その彼らが日本を吸いつくし、食い散らかした後に捨てる日はそう遠くありません。その日を如何なる日程のアジェンダにしているのかまでは定かではありませんが総仕上げに入っております。日本の原発列島化もこの見地から読みとる必要があります。豊葦原の瑞穂の国と詠われたさしもの日本も、人のみならずまともな生物そのものが住めなくなる放射能汚染島にされる可能性があります。日本は軍事基地と原発の両攻めを食らっております。魔手は日本からタダで出て行くのはありません。再起不能の日本に仕上げてから出て行くのです。この怖さを感知しないままの「日本いったん潰せ再起論」が云われておりますが無知でしかありません。2012衆院選の結果によって、そういう小日本化へのピッチが速まることが予想されます。

 しかし何事も反作用が生まれます。国際金融資本帝国主義派のシナリオが貫徹されればされるほど抵抗勢力が勢いを増します。これが世の中の道理で歴史弁証法と云われます。その勢力は、2012衆院選で大敗北を期した後、迅速に未来の党から分党し、生活党を立ち上げた小沢派が主導することになります。マスコミは今頻りに第二次小沢バッシングを仕掛け、小沢どん叩き、小沢派が結党した生活党の内部溶解を誘っております。これは魔手の雇われでしかないサガの為せる技でしかありません。臆面もなく駄文を書き続け口ぱくしております。

 この反動マスコミとどう対峙するのか、これが2013年の課題となっていると心得るべきです。反動マスコミの内部浄化期待は百年河清を待つの類です。2012衆院選の偏向的な報道ぶり見て来たばかりです。今や憤然と決別するべきです。インターネット最大限活用による新メディアを創出する以外にありません。第一に生活党自身が自前メディアを持つべきです。

 生活党は今は衆参15名の国会議員からなる小世帯でしかありません。しかしながら、2012衆院選が不正選挙でなかったなら100名を越す議員になっていたと推定できます。つまり、隠然と第二党を形成していると思うべきです。敵は自公民です。維新は当て馬だけの論外です。みんなの党も養殖されているだけの党です。その自公民政治は、魔手の雇われ政治を続ける以外にありません。その反作用として生活党への期待が増すことになります。よって生活党への期待がいやましに増すと知らねばなりません。

 但し、生活党の議員を増すことが目的ではありません。生活党を核としたオリーブの木連合による政権奪取、これに伴う生活党政治をさせることこそが要諦です。この政治のバイブルは田中角栄の日本列島改造論です。これを基礎に現代バージョンに焼き直して政策化せねばなりません。ここに日本救国の道があります。目下の政治は、これの反対ばかりをしているところに不幸があります。しかも意図的故意にです。

 生活党が飛躍する根拠は次の事情にも関係しております。それは、日本の穏和系左派運動政党として長らく社民(旧社会)、共産党がその地位にいましたが、もはや両党は実質的に崩壊しており、セミの殻の如き姿で残存しているに過ぎません。つまり今後は、社民(旧社会)、共産党支持者を生活党が糾合して行くことになります。戦後政治のハト派的特徴を持ちながら日本の伝統的な郷土愛主義者をも糾合して行くことになります。政治論的にはいわばハト派系の政治核としての歩みが運命づけられております。生活党の強みは、口先だけの万年野党政治に飽き足らない政権党を目指す政党であることにあります。この歩みは既に始まっております。2012年末に卵が返り、2013年は成育途上にあります。この流れが2013年政治史の本質的なものに成ります。

 たすけあい党は、この生活党の左バネとして行動を共にします。たすけあい党の後ろには新旧左翼の良質有能部分が結集します。生活党、これを補完するたすけあい党、更にこれを補完する勢力が魔手の企てを阻止することになります。もっとも実際にはやるかやられるかです。政治は本質的にそのような闘いとして存在しております。これを穏和にやるか急進的にやるかの差があるのみです。もっとも穏和と急進は対立するものではなく微妙に支え合う関係のものです。ここが分からないと良い政治運動になりません。

 我々は、魔手の手先どもの我が世の春を終わらせねばなりません。彼らに風前のともしび下の宴でしかなかったことを知らせてやらねばなりません。歴史には神が宿っています。この神は歴史のあるべき方向にリードする力を有しています。魔手の粗脳では解けない不思議の力を有しています。この神の力を借りながら、生活党もたすけあい党も、こんなテイタラクの政治を許せるかの気合いで競り出して行くことになるでせう。共に頑張りませう。

 2013.1.1日 たすけあい党党首れんだいこ拝

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