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2013年3月10日 (日)

学んで為になる学問と却ってアホウになる学問の識別考その2

 学んで為になる学問と却ってアホウになる学問があることを確認し、それがどうやら前者に「古き学問」、後者に「ネオシオニズムテキスト」が関係していることが分かった。ただこの指摘だけではまだ漠然としているので、もう少し詳しく触れておく。

 この違いが露骨に出てくるのが歴史学である。れんだいこの気づくところ、戦前の日本史学は皇国史観に彩られていた。これが戦後になるとネオシオニズム史観に書き直されている。これにより、戦前に正義とされていたものが戦後ではそうならず、不正義とされていたものが評価されると云うことになったのは衆知の通りである。と云うことは、ここに別の史学が登場し権威化した場合には又書き換えられることを意味する。

 これらは史観の為せる技である。そういう意味で史観は非常に重要である。史観の必要性は、歴史事象の何を重視して採り上げ、何を軽視するのかと云うことに関わっている。いわゆる歴史真実と云うものは史観上にトレースされているものであり客観中立的見立てと云うものはありそうでない。

 ここを踏まえないと歴史真実の相対性が見えてこない。5W1Hにより確認されるのは個々の事象である。それさえ曖昧模糊にされるケースが多いので、まずはここをもっと厳しく精査するべきであるが、これを幾ら精査しても事象間の繫がりまでは語らない。事象間の繫がりを読みとるのに見立て、その見立てを裏付ける史観が必要になる。史観を通せば事象間の繫がりが生き生きと見えてくる。ここに史観の重要性、必要性がある。

 その史観によって、学んで為になる学問となったりアホウになったりする。そういう意味で史観の吟味が必要になる。では、どのような史観に基づくべきかが問われる。れんだいこに見えて来たのは、「学んで為になる学問と却ってアホウになる学問の識別考」で述べたように、「古き学問」のセンスを称揚したい。「古き学問」とは、大和王朝以前の出雲王朝、邪馬台国時代に形成されていた諸学問及び学問姿勢を指している。この時代の学問が如何に優秀なものであるのか。これが問われていないが現在まで脈々と引き継がれていると思っている。

 だがしかしそれは権威を持っていない。つまり御用学になっていない。つまり官制学校で教わることはない。いわゆる「在野史学」となっている。あるいは「巷間の伝承、口ずさみ」により伝承されている。そういう非権威、非御用学が御仕着せ学とは別途に世代に世代を継いで読誦され続け今日に至っている。それらには当り外れがあろうが耳を傾ければなかなか味わい深いものが多い。しかしてその質が高い。その理由が、「古き学問」に根ざしているからであるように思われる。

 早くに社会に出て社会で泳ぎながら能力を鍛えた人士の中より傑物が生れることがあるが、彼らに共通しているのは「古き学問」を聞き分けしていることである。歴史の近いところで田中角栄なぞはその代表選手だろう。歴史上の有為の人物は殆どこの系譜であるように思われる。

 ところで、「古き学問」から生れている史観には名称がない。れんだいこが勝手に唱えている「れんだいこ史観」はその一種である。「れんだいこ史観」の稀有性がここにある。名前はどうでも良い、「古き学問」から生まれだされた史観が、滅びた皇国史観、滅びゆくネオシオニズム史観に代わって表街道に出てくる日を待ちたい。これにより歴史を学ぶなら学ぶほど賢くなり逆は逆の気がする。「古き学問」の道に入れば世の有用なものと連動しており、皇国史学、ネオシオニズム史学の道に入れば世の邪悪なものに隣接しており且つ空虚である。これが、れんだいこが解いた「学んで賢くなる者と却ってアホウになる者の不思議」の解である。名答だろうか。

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