« れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その6、「悠久の国体大義に殉ず」 | トップページ | 「ホテルオークラ絡みの事件」考 »

2013年3月 3日 (日)

れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その7、歴史への貢献について

 特攻隊隊員の死は歴史にどう待遇されるべきだろうか。これにつき、白井厚氏は岩波ブックレットNo.572の「いま特攻隊の死を考える」の中で次のように書いているとのことである。

 「自発的に自己の生命を捧げて他の命を救うという行為は、尊く美しいことです。しかしその目的は、人類愛の精神にもとづき、歴史の批判に耐えるものでなければなりません。アジア太平洋戦争はこの条件を欠き、しかも特攻隊編成は“統率の外道”で、前途有為の青年たちに自爆死を命ずるものでした。沖縄戦に至ってはその戦術的効果も激減しますから、それを知りながら延々と出撃を命じ続けた軍首脳の責任は極めて重大です。隊員の死は、生きていれば社会に貢献したであろう人たちが無理に殺されるという悲しくも空しい死でした。情報閉鎖集団の中で“悠久の大義”などと言って満足できるものではありません。当時の“大義”は、決して永遠のものではありませんでした。当時のほとんどの国民が、皇国史観にも戦争目的にも疑問を持たなかったのは残念なことです。しかしその中でも、愛や強烈な現状批判を示した隊員がいたことは、われわれに勇気を与えます。われわれはそれを受けついで、二度と戦争することのない社会を築くべきでしょう」。

 れんだいこは、こうは受け取らない。美談や武勇伝にしてしまうのも禁物だが、ほどほどを弁えつつも「粛々と祖国のために死出の攻撃行に参加した特攻隊員たちに対して、私は心から厳粛な尊敬の念を禁じえない」の感性を支持したい。絶対的に弱い立場の者が為し得る「貧者の一刀」として善悪是非論道徳論抜きに評さねばならないのではなかろうか。

 そもそも彼らの死は決して「無謀無駄な自殺攻撃」ではなかった。彼らの特攻死は考えられている以上に「その後の歴史抑止力」として働いたことが知られねばなるまい。死を賭しての敢戦精神が「震撼させたもののふ精神」として評されていることの重みを見ねばならない。それは、戦争の勝敗の帰趨は決まっていたものの、本土決戦に向かうには相当の犠牲者が出ることを予想させ、それが彼らのジェノサイド攻撃を逡巡させ、双方に終戦を呼び込み、その後の対日占領行政への隠然とした圧力となった。

 これにつき、米国の従軍記者、ロバート・シャーロットが次のように述べている。

 「特攻のような型破りな戦術はアメリカ海軍に深刻な影響を与えた。なぜならば、アメリカ軍はいまだかって、このような自己犠牲の光景、ゾッと身の毛のよだつような無気味なものを見たことがなかったからである」。

 そういう働きをしたのが史実である。

 ビルマ初代首相のバー・モウも次のように述べて称賛している。

 「特攻隊は世界の戦史に見られない愛国心の発露であった。今後数千年の長期にわたって語り継がれるに違いない」。

 米、英、仏の戦勝国側でも神風特攻隊に関する書物が数多く刊行され、特攻に対して高い評価を与えている。

 日本駐在フランス大使を務めた、ポール・クローデル(劇作家、詩人)が昭和十八年の秋に、パリの夜会のスピーチで次のように述べている。

 「私がどうしても滅びてほしくない一つの民族がある。それは日本人だ。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族は他にはない。日本の近代における発展、それは大変目覚しいが不思議ではない。日本は太古から文明を積み重ねてきたからこそ、明治に入り欧米の文化を急速に輸入しても発展できたのだ。どの民族もこれだけ急な発展をするだけの資格はない。しかし日本にはその資格があるのだ。古くから文明を積み上げてきたからこそ資格がある。彼らは貧しい。しかし高貴である」。

 大東亜戦争が極東裁判史観からのみ評されるべきではないのと同じように、神風特攻隊を始めとする「うら若き青年のあたら惜しい自己犠牲死」は実は世界からかく賞賛されているものである。そろそろその世界史的意義を再評価する目線を持つ必要があるのではなかろうか。

 にも拘わらず「歴史を愚弄し揶揄し嘲笑している」戦後知識人が多い。これこそ戦勝国側によりテキスト化された歴史観であり、それをそのままに受け入れることは敗戦後遺症、副作用のせいではあるまいか。何事も鵜呑みにせず、賛美しないまでもせめて思いやり、その死を無駄にしない了解の仕方があっても良いのではなかろうか。以上。この考察は英霊の御魂にささやかな餞(はなむけ)になっただろうか。

 2013..3.3日 れんだいこ拝

|

« れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その6、「悠久の国体大義に殉ず」 | トップページ | 「ホテルオークラ絡みの事件」考 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです

関係者からの週間日本新聞の時事寸評は400号まで国立図書館に収められました。
閲覧出来るのでは。

投稿: 龍玉 | 2013年3月 4日 (月) 17時50分

『世間虚仮唯物是真』

「やすみししわがおおきみの民を安んじませたもうおおみこころおおみことのり」

2012年3月11日

『東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。
一年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。
その中には、消防隊員をはじめ、危険をかえりみず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることはできません。
さらに、この震災のため、原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は、住み慣れた、そして、生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。
再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという、困難な問題が起こっています。
この度の大震災にあたっては、国や地方公共団体の関係者や多くのボランティアが被災地に足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。
このような活動は、厳しい避難生活の中で、避難者をなごかそませ、未来へ向かう気持ちを、引き立ててきたことと思います。
この機会に、被災者や被災地のために働いてき人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。
また、諸外国の救助隊を始め、多くの人が被災者のため、様々に心を尽くしてくれました。
外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で、互いに、絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に、印象づけられたと記されているものがあります。
世界各地からの、大震災にあたって示された厚情に深く感謝しています。
被災地の今後の復興のみちのりには、多くの困難があることだと予想されます。
国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が、改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう期待しています。
そして、この、大震災の記憶を忘れることなく子孫に伝え、防災に対する心がけをはぐくみ、安全な国土を目指して、進んでいくことが大切と思います。
今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉と致します。』

http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65794510.html#comments
より転載(私の考えで改行し、語句多少修整しました)

「不言実行菩薩常民国日本を守る躾の伝統」

大和魂は血筋に関係ない。それは支配者の血統には存在せず日本の躾で育った民衆すなわち日本人常民の親子の縁の中にある。

日本は釈尊ご誕生以前から菩薩を育てる揺籃の地すなわち菩薩常民国である。菩薩が輪廻転生して500生菩薩行を不退転で続けてはじめて成道して仏陀となる。仏陀成道すれば輪廻を脱するのでこの色界を離れ涅槃に入り再び色界に生まれ出ることは無い。

2600年前インドにおいて五百生の菩薩輪廻転生を遂げた釈迦牟尼菩薩が菩提樹の下で明けの明星を視てついに正覚に達し覚者仏陀となられた。そのまま涅槃に入ろうとなられたが、時にすべての天人達が覚者釈迦牟尼仏陀のもとに集まって「この世の衆生悉く仏法を知らず苦界に沈んで嘆き悲しみ迷い苦しんでおります。釈迦牟尼仏陀におわされましては今暫く入滅して涅槃に入られるのをご猶予いただきこの世に留まられて迷い苦しむすべての衆生に仏の大慈悲を垂れたまい無上の悟りの道をお示しください」と声をそろえて懇願したのをお受け給わりくださって、ここに釈尊の貴きみ教えが世に顕れたまうことになられたのである。

衆生本来仏なり。

仏の大慈悲が世に顕し給うた貴きみ教えとは戒ではなく菩薩の布施である。
釈尊は仏の大慈悲でこの世に留まり色界における仮の宿りであるその体が滅びるまで仏法をすべての衆生へ大布施くださり、因果の輪廻を解脱する方法を言葉では無く行いですべての衆生へ明らかにお示したもうた。

日本常民の躾はこどもが大きくなって菩薩となりこの世へ布施を行うようになるための慈愛に満ちた親心の教育である。「親おもう心にまさる親心」

扶桑の島が地上に誕生して以来日本は親から子へ慈悲常民菩薩布施の行いを伝え続ける国である。父母未生の因果因縁の輪廻によってこの世に生まれてくるすべての衆生が悉く菩薩の布施を行じて少しでも成道に近づくようにこの世を生きて欲しいと限りない慈愛をこどもに注ぐ「子供を守る」菩薩常民庶民社会を親から子へ何千年も伝えつづけて来た常民菩薩布施功徳国が「日本」である。

「日本を守る」ということは親の布施菩薩たちが慈悲を布施することですべての子供たちが成人して布施菩薩に成長するまで守り育てることに他ならない。「白銀も黄金も玉も何せむにまされる宝子に如かめやも」

投稿: 通りがけ | 2013年3月 5日 (火) 13時51分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1453913/49816093

この記事へのトラックバック一覧です: れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その7、歴史への貢献について:

« れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その6、「悠久の国体大義に殉ず」 | トップページ | 「ホテルオークラ絡みの事件」考 »