« 補足・小林多喜二の妻・伊藤ふじ子、多喜二研究家・手塚英孝考 | トップページ | れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その2、遺書の改竄は許されるのか »

2013年3月 2日 (土)

れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その1、はじめに

 2008.12.13日、大東亜戦争末期に登場した特攻志願戦没兵の遺稿を読みたくなった。ふとした気づきから戦後学生運動の活動家のメンタリティーと戦前の特攻兵士のそれを比較してみたくなったからである。これが案外為されていないのではなかろうか。大いに興味の湧く課題であると云うのに。れんだいこ的には、両者は、そのメンタリティーに於いて案外似ているのではなかろうかと思っている。

 日本左派運動の理論が、れんだいこから見て学生運動活動家と同じようなメンタリティーを持つ特攻兵士の生きざまを否定するのは、どういう了見によってであろうか。そこが解せない。れんだいこは、特攻兵士の生きざまを強く否定すればするほど左翼的と思う「学び」方に食傷している。こういう連中はアンネの日記に涙し、ホロコーストと南京大虐殺事件を糾弾しヒューマニストを気取る。陰謀論を批判して得意がる。

 そういう構図全体が臭い。何か拵えられた安上がりの論に過ぎないと思う。そういうテキストに被れなかった我が身を感謝すれども逆に思うことはない。これは、れんだいこ式国体論を得てから痛切にそう思うようになった。これについては「邪馬台国論、同論争のもう一つの意義について続」で素描した。既存の歴史観は学べば学ぶほど馬鹿にはなっても賢くなることはない。現にそういうバカインテリが大量に生産されている。この潮流に棹さすのは困難ではあるが、いつの日にか岩穴を開けねばならない。

 もとへ。2013.02.27日、通りがけさんから、れんだいこブログ「補足・小林多喜二の妻・伊藤ふじ子、多喜二研究家・手塚英孝考」のレスとして「大西瀧治郎中将特攻作戦の真意」の転載が送られた。引用元「修羅の翼」(角田和男著)とある。何の因果関係があってのことか分からない。恐らく因果関係はないのだろうと思う。初見のれんだいこは次のようにレスした。「通りがけさんちわぁ。良い情報です有難う。サイトに取り込んだら報告します」。早速にサイト「特攻隊史」を作り、「大西瀧治郎中将特攻作戦の真意」を取り込んだ。これを機会に「特攻隊兵士の手記考その1」を書き直した。まだまだ不十分なものであるが、以前のものより相当詳しくなった。通りがけ氏のお目に叶うだろうか。今後も充実させていきたいので諸氏よりの情報を求めたい。

 「別章【兵士の手記、遺稿集】
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/rekishi/daitoasensoco/heishinosyukico/

heishinosyukico.htm)

|

« 補足・小林多喜二の妻・伊藤ふじ子、多喜二研究家・手塚英孝考 | トップページ | れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その2、遺書の改竄は許されるのか »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1453913/49777475

この記事へのトラックバック一覧です: れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その1、はじめに:

« 補足・小林多喜二の妻・伊藤ふじ子、多喜二研究家・手塚英孝考 | トップページ | れんだいこの特攻隊兵士の手記、遺書考その2、遺書の改竄は許されるのか »