« れんだいこの「八切止夫氏の『信長殺し、光秀ではない』」書評その5 | トップページ | 歴史記述としての鳥瞰図考 »

2013年4月30日 (火)

田中角栄の日本列島改造論に於ける公害対策論考

 日本人民の政経バイブルの著として遺されている田中角栄の日本列島改造論文中に示された公害対策論を確認しておく。こう問うのは恐らくれんだいこが初めてと思われる。試しにネット検索すると、2013.4.30日現在であるが、田中角栄の先見の明を論(あげつら)うものとしては出てこない。よろづ角栄ものは悪しき評価を下されるべく検閲指導されており、好評価する論考ものは殆どないか、あっても本来の評価を得ぬよう抑圧されている。

 この壁を押しのける如く獅子奮迅の働きをしているのが、れんだいこの論考であり、かく評価されるべきだろう。滑稽なことに、れんだいこの所論はどの分野のものもそうだが、れんだいこ自身が称揚せずんば誰も評価しないきらいがある。値打ちがないものを独りれんだいこが自分で買いかぶっているのならお笑いであるが、後世れんだいこものが正当な高評価を受けるとすると、この現象をどう評するべきだろうか。れんだいこに似合いの人生ではあるが、苦笑せざるを得ない。

 もとへ。れんだいこが何故に田中角栄の日本列島改造論文中に示された公害対策論に注目するのか。それは、恐らく政治が先見性を示している数少ない例の一つに数えられるからである。このことは同時に一般的に悪しく評価されている角栄政治そのものの見直しにも繫がるであろうと思うからである。

 もう一つの狙いがある。それは、角栄が当時の科学的知見、それに基づく政治的要請としての原発政策に協力的であったことを確認するにつき、もし角栄が今日の福島原発事故に遭遇するや、先見的な公害対策論に見せたような見識で以て脱兎のごとく脱原発、排原発に向かい、コンピューター付きブルドーザーと云われる精力で名実共の新エコエネ開発に舵を切ると確信するからである。これを思えば、現下の原発推進系政治家は全く持ってケシカランなっとらんと云うことになる。

 福島原発事故の事後対策ができかねている情況の中で相変わらずの原発推進を主張し、その技術を官民共同で輸出するなぞ狂気の政治であり、この派に与する政治家はこれ一事で政治家失格の烙印を押されるべきであり、エエイ福島なぞどうでも良い、日本なぞどうでも良い、我が身と一族郎党が我が世の春を謳歌できればそれが一番などと振舞う輩ありせば、これが証拠づけられ次第に牢屋へぶち込まれてしかるべきだろう。実際には、そう述べる者はおるまい。代わりに原発を護れ、原発は産業の根幹原動力である、縄文時代に戻って良いのか等々と述べて煙に巻いている。比較的良くできて居ると思われる憲法は改正せよと云うのに原発に至ってはこれを護れと云う。逆ではないかと思うのは、れんだいこだけだろうか。

 それでは、角栄が、日本列島改造論文中で公害対策論につきどう言及しているのか。これを原文で確認したい。そう思って、この連休に転載しようと思っているのだが、不幸なことに幾度か探したのだけれども書籍の中に埋もれて出てこない。ひょっとして、ノ―トか何かの間に挟まっているのではないかと思われる。何とかして金持ちになり、いっぱしのれんだいこ図書館でも持てれば、こういうお粗末はなくなるのだろうが、今はあちこちに積書しているので探すのに骨が折れる。そういう訳で原文が開示できない。どなたかが協力して下さるのを待っている。ぜひ頼む。誰もしてくれないのなら、古本屋から取り寄せ、れんだいこがいつものようにせっせと書き写すことになる。誰か代わりにしてくれても良いと思うのだけれども。判明していることは次の下りである。れんだいこサイト「日本列島改造論」より抽出する。
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/nihonrettokaizoronco/top.html

 公害防止、環境基準策として、「公害の発生源に防除の責任を負わせる」、「国の政策としての環境基準を明確にする」である。第3章「3、平和と福祉を実現する成長経済 成長追求型から成長活用型へ」に続く第4章を「人と経済の流れを変える 日本列島改造の処方箋」と題して、その3で「無公害工業基地」の章を設け、「環境制御の仕組みを確立」、「濃度規制から総排出量規制へ」、「技術開発と緑地帯の活用」、「これからの電源立地」の項でそれぞれ今後の行政を指針させている。

 実際にはどう述べているのか紹介したいが、「田中角栄元首相執筆の『日本列島改造論』(1972年)における原発問題ー東日本大震災の歴史的位置」によれば次のように述べている。「(公害対策の必要を論じ、集塵装置・脱硫装置の開発・利用や冷却水規制など、具体的にあげ)、ここで、まず、第一に考えたいのは、公害の徹底的な除去と安全の確保である」(同上p102)としている。原発推進の立場ながら、放射能問題については、「海外の実例や安全審査委員会の審査結果にもとづいて危険がないことを住民に理解し、なっとくしてもらう努力をしなくてはならない」(p102)として、原発の安全性向上を指摘している。

 さらに次のように主張している。

 「しかし、公害をなくすというだけでは消極的である。地域社会の福祉に貢献し、地域住民から喜んで受け入れられるような福祉型発電所づくりを考えなければならない。たとえば、温排水を逆に利用して地域の集中冷暖房に使ったり、農作物や草花の温室栽培、または養殖漁業に役立てる。豪雪地帯では道路につもった雪をとかすのに活用する。さらに発電所をつくる場合は、住民も利用できる道路や港、集会所などを整備する。地域社会の所得の機会をふやすために発電所と工場団地をセットにして立地するなどの方法もあろう。次項で述べるインダストリアル・パークと同様の立地手法でエネルギー・パークづくりも考えたい。急がばまわれである」。

 確認すべきは、角栄のこの指針が生かされ、日本の公害対策技術が格段に進歩し、いつの間にかこの方面での先進国的地位を得るに至っていることである。いわば角栄が「公害対策元年」の打ったてをしたことになる。こう説く者はいないが、こう説く論考をものしたいと思う。角栄のこの功績は、大蔵大臣、総理大臣の任にある時、一貫して赤字国債を発行させなかったこと、機密費に手を染めなかったことと並ぶ偉業だと思う。

|

« れんだいこの「八切止夫氏の『信長殺し、光秀ではない』」書評その5 | トップページ | 歴史記述としての鳥瞰図考 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1453913/51442445

この記事へのトラックバック一覧です: 田中角栄の日本列島改造論に於ける公害対策論考:

« れんだいこの「八切止夫氏の『信長殺し、光秀ではない』」書評その5 | トップページ | 歴史記述としての鳥瞰図考 »