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2013年4月 9日 (火)

田中耕太郎最高裁長官の司法取引密談考

 2013.4.8日、1959年の砂川事件最高裁判決に関わる、当時の田中耕太郎最高裁長官の在日米大使館首席公使と秘密会談による新たな司法犯罪が報じられている。今回の新資料は、元山梨学院大教授の布川玲子氏(68歳、法哲学)が今年1月に米国立公文書館に開示請求し、その翌月に入手したものである。別文書既報で、1審判決後、田中最高裁長官と駐日米大使(ダグラス・マッカーサー2世)との密会謀議が判明している。こたび、司法の番人の頂点に位置する最高裁長官ともあろう者が「上からの法破り」で司法の独立を犯していたことがまた一つ判明した。

 ここで田中耕太郎氏の履歴を確認しておく。概要はウィキペディアの記す通りであるが、気になることとして、欧米留学を経て帰国後の1924(大正13)年、戦後の日本国憲法に携わることになる松本烝治の娘である峰子と結婚、1926(大正15)年、上智大学初代学長ヘルマン・ホフマン師よりイエズス会系カトリック教徒として受洗と記されている。戦後、1945.10月、文部省学校教育局長に転じ、1946.5月、第1次吉田内閣で文部大臣として入閣。文相として日本国憲法に署名している。その後、教育基本法制定に尽力している。1950年、参議院議員を辞職して最高裁判所長官に就任。閣僚経験者が最高裁判所裁判官になった唯一の例となっている。長官在任期間は3889日で歴代1位。1961年から1970年にかけて国際司法裁判所判事として活躍する。1974年、聖母病院において死去、亨年85歳。

 この履歴の問題性は、田中耕太郎が一貫して陽のあたる坂道を昇りつめていることにある。彼をしてここまで順調に登用せしめたものはなんだったのか、有能性だけに根拠を求めるべきだろうか、これを問わねばなるまい。秘密のカギは「イエズス会系カトリック教徒として受洗」にあるのではなかろうか。ここでは、この問題につき、これ以上は踏み込まないことにする。

 もとへ。新資料によると、1959年、田中最高裁長官が、密接な利害関係者である米国側の要人である在日米大使館首席公使(ウィリアム・レンハート)と秘密会談している。これを記した米国国務長官宛の在日米国大使館公電が遺されており、これが開示されたことになる。これにより、日米安全保障条約改定を前に日本の最高司法が米国に誓約した便宜内容が具体的な明らかになった。

 布川氏が「最高裁長官が司法権の独立を揺るがすような行動を取っていたことに非常に驚いている。安保改定の裏で、司法の政治的な動きがあったことを示す資料として注目される。裁判長が裁判の情報を利害関係のある外国政府に伝えており、評議の秘密を定めた裁判所法に違反する」云々とコメントしている通りである。

 それによると、1957(昭和32).7月、東京のアメリカ軍・旧立川基地の拡張計画に反対したデモ隊が基地に立ち入り学生ら7人が起訴されたいわゆる「砂川事件」の裁判が始まる。1959年3.30日、1審が、「アメリカ軍の駐留は戦力の保持を禁じた憲法9条に違反する」として7人全員に無罪を言い渡した(「伊達一審判決」)。検察側は高裁を飛ばして最高裁に上告(跳躍上告)した。「伊達判決」直後のこの時、マッカーサー駐日大使が藤山愛一郎外相、法務大臣(愛知揆一?)、田中最高裁長官と会談し、「日本政府が迅速な行動をとり東京地裁判決を正すこと」を求め、過去に一例しかなかった最高裁に跳躍上告するよう働きかけている。ここまでは既に判明しているところである。

 同年7.31日、最高裁の公判日程が決まる3日前、田中最高裁長官が「共通の友人宅」でレンハート・在日米大使館首席公使と秘密会談している。会談当時は、日米両政府の間で、安保条約の改定に向けた交渉が行われている最中であることを考えると極めて政治性が強いことになる。これがこたび開示された史料の意義である。

 秘密会談の内容は次の通りである。その1として、田中最高裁長官は、公判日程及びその見通しや評議内容まで明らかにしている。「9月初旬に始まる週から、週2回の開廷で、およそ3週間で終えると確信している」、「砂川事件の最高裁判決はおそらく12月であろうと考えていると語った」と記述されている。実際、公判期日は8月3日に決まり、9月6、9、11、14、16、18日の6回を指定し、18日に結審、12月16日に1審判決を破棄、差し戻している。

 その2は、大使側は「同僚裁判官たちの多くが、それぞれの見解を長々と弁じたがることが問題になる」と指摘し、これに対し田中長官が「裁判官15名に働きかけ、結審後の評議は実質的な全員一致を生み出し、世論を揺さぶるもとになる少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っている。学生らの有罪を確定させる」と述べ、これに向けての訴訟指揮をする旨の言明が記載されている。事実その通りになった。その3は判決である。最高裁判所大法廷判決で1審判決を破棄し、7人の罰金刑が確定した(「田中最高裁判決」)。文書末尾は、「最高裁が政府側に立った判決を出すなら、新安保条約を支持する世論の空気が決定的に支持され、社会主義者たちは投げ飛ばされることになる」と結ばれている。

 こたび開示された文書はかくも「田中最高裁長官が米国尋問に応諾した様子」を証言している。我々は、これより何を窺うべきだろうか。「米国の圧力」なのか「日本側の自主的追従」なのかまでは分からないが、法曹界の頂点に立つ最高裁長官自らの「司法の独立毀損犯罪」を犯していることは間違いない。しかしてそれは日本の独立国としての名誉を最高裁長官自らが踏みにじっていることを示している点で由々しきことであろう。

 この時の判決文はもう一つの汚点を遺している。「日米安全保障条約はわが国の存立に関わる高度の政治性を有し、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り司法審査の対象外」として憲法判断留保とした。これを仮に「高度の政治性課題につき統治行為論に基づき違憲判断留保を是とする法理」(「違憲審査留保法理」)と命名する。この論理論法が、その後の違憲訴訟の数々を門前払いにさせ憲法の空洞化を裏から促進した点で罪が大きい。

 れんだいこはこのところ歴史解読の為には「没資料的歴史推理」を働かせるよう示唆しているが、こうやって「没資料的歴史推理」がその後の史料公開によって裏付けられることになることを知る。そこで更に「没資料的歴史推理」を働かせたい。ロッキード事件、小沢キード事件もこうやって「日米謀議」により発動されたことが後から裏付けられることになるのではあるまいか。してみれば、そう云う裏舞台を嗅がず、当局の尻馬に乗って角栄批判、小沢批判をぶって正義ヅラし、これに疑念する者に対して陰謀論の一声で一蹴する者の何と浅はか悪乗りなことか。この手合いが多過ぎて困る。

 「砂川事件最高裁判決に於ける日米密談漏洩事件考
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/gakuseiundo/history/sunagawatoso/

 mitudanroeico.htm)

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コメント

「少しだも人のいのちに害ありて少しくらいハよいと云ふなよ」
躾正しい日本人田中正造

★阿修羅♪ > 原発・フッ素31 > 158.html  
福島で凄まじい事態が発生!「福島では妊婦の15人の内12人が奇形児を出産しています!」(原発問題) 
http://www.asyura2.com/13/genpatu31/msg/158.html#c226

(引用)佐野が生んだ偉人  その行動と思想
http://www8.plala.or.jp/kawakiyo/index4.html

田中正造は、天保12(1841)年11月3日に栃木県佐野市小中町(旧旗川村)で、旗本六角家の名主である富蔵、サキ夫妻の長男として生まれた。名主になった正造は、不正をはたらく領主と対立するなどの苦難を乗り越え、明治10年代には自由民権運動家として、また栃木県議会の指導者となっていった。
 明治23年の第1回総選挙で衆議院議員に当選し、そのころ農作物や魚に大きな被害を与えていた足尾銅山の鉱毒問題を繰り返し国会でとりあげ、渡良瀬川沿いの人々を救うため努力した。しかし国の政策に改善が見られず、ついに明治34(1901)年12月10日、天皇に直訴した。
 その後、鉱毒事件は社会問題にまで広まったが解決せず正造は悲痛なおもいで谷中村に住み、治水の名のもとに滅亡に追い込まれようとした谷中村を救おうと、農民とともに村の貯水池化に反対し再建に取り組んだが、大正2(1913)年9月4日に71歳10か月で世を去った。

【kawakiyoのコメント】
 田中正造を理解するには、正造が生きて活動していた時代背景を理解しないと、彼の偉大さが伝わってこない。時代背景を説明するとなると、どうしても長文になるので、キーワードとして次の文を掲載します。
■この時代、日本は長い江戸幕府による封建制を脱却し、殖産興国を旗じるしとして世界の列強という国々に肩を並べようとしていた。
■列強と肩を並べるには、当時世界的に流行した領土拡大と他国を植民地化するという政策を国策として推し進める必要があった。
■この当時、銅は絹とともに外貨を稼ぐための最大の商品価値を有していた。そのため国は、これら増産のために大口生産者に相当な肩入れをした。
■足尾銅山は、この当時国内において40~50%の銅生産率で、国内第1位を誇っていた。
■手っ取り早く言うと「銅と絹を売って、軍艦と兵隊を手に入れ、アジアの隣国へ侵略し、領土拡大を画策した。」のである。
■こうした政治背景の中で、正造は「足尾銅山の操業をやめさせろ!」「戦争は犯罪である。世界の軍備を全廃するよう日本から進言すべきだ!」と明治政府に迫る。
■正造の行動でのクライマックスの一つは「天皇への直訴」であるが、直訴に関する当時の最高刑は「死刑」であり、正造は真に命を賭けて行動したのである。
 これらの時代背景を理解しながら、このホームページを読んで下さると、正造という人の偉大さと、現代にも通用する人物であることが分かると思います。また、現代にも通用すればこそ正造の精神を、
この後も受け継いでいく必要があるのではないでしょうか。

(引用終わり)

投稿: 通りがけ | 2013年4月 9日 (火) 11時51分

通りがけさんちわぁ。そう云えば、田中正造について取り込むのを忘れていました。れんだいこノートの中に記しておきたいと思います。ありがとうね。

投稿: れんだいこ | 2013年4月10日 (水) 09時29分

れんだいこさん今晩は。

じっくりまとまった思考回路に導いてくださるいつもの論調。ますます賢くなっていることを自覚するこの頃です。もちろん誰も認めない自己評価です。
うん!と頷き、まとめかけた感想もあるのですが、細切れの時間に負けて保留の引き出しに入っています。

やはり司法のアメリカ隷従は戦後からあったんですね。
昔学んだ「社会発展の法則」が、国際金融資本の浮上とともにあえなく瓦解する中で、多くの物事が理解できるようになりました。
 ひとつ、昨年の尖閣問題で日中双方で反中、反日の嵐が吹き荒れたことに触発され情報を探る中で、反戦画家として知られた浜田知明の作品「初年兵哀歌」シリーズの中の一枚の絵が、通州事件(北京近くの日本人居留区での蒋介石軍による虐殺事件)の記録写真に極似していることに気づきました。
女性の陰部に棒を突き刺した虐殺写真は、日本軍の蛮行として南京大虐殺時のものとして流布し、在米中国系作家アイリス・チャン著「ザ・レイプ・オブ南京」にも使用されていました。この写真は、通州事件の直後現地に入った報道関係者によって撮影されたものですが、浜田は通州事件の翌年、山西省の隊に初年兵として赴任しており、戦後この写真を参考にしたのではないかと思い至りました。写真は当時日本でどのように流布していたのかはわかりませんが、「戦時中であれば、このような虐殺場面は入隊した山西省でも見られただろうから、浜田も記憶をたどって描いた」という知人の言には納得できず、その方面の情報を調べましたが、いまだ納得しえるものはありません。浜田の作品は厭戦気分を窺がわせるものですが、彼は意外にも満期除隊後帰国して再度入隊しています。
 「初年兵哀歌」シリーズは戦後まもなく発表されて欧州で受賞し、招待された巡回展覧会で大きな反響とともに絶賛されました。
 戦後の米国占領政策の中で、時代の潮流となった「反戦画家」の立ち位置が見えてきました。時代の要求とは、戦勝国の要求であったと。尖閣問題から半年経ち、国際金融資本の息のかかった、国境を越えた紛争惹起の連携があったことが明らかになっていますが、安保条約批准年生まれで、丸々占領政策下で育った私の人生は、今総ざらえしなければならないほど忙しいです。
 左往来人生論文集はまだまだ読みおおせていませんが、検索機能もありますので、折々に重要な書庫として閲覧させていただいています。

投稿: たかな | 2013年4月13日 (土) 09時08分

「人類最悪の反人道無慈悲核兵器使用犯罪者世界最低下劣無法占領国家アメリカの、日本をエタ非人拝金スパイを使って政府干渉内部分断腐敗させ内戦誘導する下賤外道戦争外交」

http://www.asyura2.com/13/genpatu31/msg/158.html#c326
>>324>いつまでも日本を分断させておくのが彼らや分らないがアメリカ?
>の利益になるということではないだろうか。誰か詳しい解説頼む。
「解答」推理小説と同じで、安倍が首相になって最も利益を得る者が犯人である。
犯人特定には金の流れすなわち予算を見ればよい。安倍内閣で最も巨額の予算は200兆円。
それが対馬の国境侵犯トンネルに流れる。誰が儲けるのか?日本国民ではない。
犯人は安倍シンゾウ(山口県田布施出身岸信介の直孫)、池口恵観(鹿児島県田布施出身
鮫島正純)、小泉純一郎(鹿児島県田布施出身鮫島純也の息子)及びその関連企業である。
彼ら3人は全員統一原理教会(創始者文鮮明)幹部である。
統一教会は脱法脱税集金業者であり、KCIAのエージェント(日本国にとっては外国スパイ)
である。*統一原理教会(文鮮明:故人)*創価学会(池田大作:感染性危険物?)


1.現存する日本国内の犯行真っ最中の脱法脱税集金犯罪組織

最大集金:統一原理教会(作った犯人は外国人文鮮明:故人)

創価学会(乗っ取り犯は日本国籍のない池田大作:現在違法な感染性危険物か)前原誠司は池田大作のそっくりさんである。

およびもろもろのカルト・オカルト新興宗教団体

2.日本国内の憲法違反政治資金規正法違反政党

公明党(違法な資金源::創価)

幸福実現党(主たる違法な資金源::統一)

維新の会(政治資金規正法違反:竹中平蔵と石原慎太郎による犯行)


上記の全身憲法違反汚職腐敗日本政府に対して、
「江戸時代以前の美しい日本人社会を取り戻す日本国憲法の三種の神器とその使い方」

1.「日米地位協定破棄」で統一原理教会と源田実731部隊旧帝国軍人の利権を根元から断ち切る。幸福実現党は次の破防法も併用して消却する。

2.「破防法」で前原誠司創価学会と公明党を消却する。

3.世界最高の匠日本人の知恵と工夫で「福一石棺桶化して放射能無害化」を達成する。

:原発=原爆=核兵器だから、福一石棺桶化達成で世界中の核兵器を廃棄して無害化する技術を日本人が確立し、その技術で
地球上からすべての核兵器を無毒化廃絶して核のない平和な地球を太陽系宇宙に日本人の力で打ち建てる。


奴隷根性丸出しの安倍首相  孫崎 享 
http://www.asyura2.com/13/senkyo144/msg/403.html
>>169>「長州人の血」真の長州人
について。明治維新政府の元勲には一人も居なかった。
吉田松陰が伝えた大和魂を正しく受け継いだ真の長州人は村塾の俊秀久坂玄瑞高杉晋作前原一誠大村益次郎の四人のみであった。
彼らはいずれも明治新政府に参画することなく早逝している。明治政府の長州閥元勲となった伊藤博文や山県有朋は代々続く武士の
家の出ではないので、神仏を敬い忠孝の道に殉ずる真の大和魂の躾を受けて居らず、明治新政府において大和魂が卑しむ名利猟官
の佞臣乃ち君側の奸そのものとなったのである。
特に初代総理大臣伊藤博文は田布施というエタ非人村の出身であり不躾なまま奇兵隊武士に成り上がったため、武士道と大和魂が
ともに欠落した悪習からなる悪政を文明開化と称して明治の世にタレ流した最悪の総理大臣のひとりである。
岸佐藤兄弟は伊藤よりも古くから武士として毛利公に仕えた経歴を持つ家の出身だから伊藤博文より多く由緒正しい武士道の躾を受
けている。大和魂で見ると岸佐藤に伊藤博文より数段上の高級な人格が見られるのは生家の躾のたまものだったわけである。

投稿: 通りがけ | 2013年4月15日 (月) 23時33分

「菅を投獄せよ」
311放射能拡散テロ実行犯※菅直人を投獄せよ。そうすればスッカラカンは

http://www.youtube.com/watch?v=4yaI54sZmT8
「菅直人の正体」 げげげのチョクト

この動画の通り菅はアホでびびりだから極刑の情状酌量を狙って、311で首相官邸に乗り込んできた地位協定米軍将校やら野田やら小泉やら前原やらと手を組んで犯したいろんな憲法違反棄民テロ犯罪の共犯関係を全部ぶちまけるさ。

おっと、そうなると前原が口封じポア命令を出して菅が獄中で殺されてそのニュースのどさくさに紛れて自分の親池田大作を死後叙勲させるかもねw

※詳しくは阿修羅「福島で凄まじい事態が発生!「福島では妊婦の15人の内12人が奇形児を出産しています!」(原発問題) 」
http://www.asyura2.com/13/genpatu31/msg/158.html#c194
以下 rWn9PLlcps のコメントに注目
特に>>205、247、248、293、294、298、323、330、331に菅が放射能拡散憲法破壊テロリスト無差別大量殺人者そのものである動かぬ証拠が書いてある。

投稿: 通りがけ | 2013年4月16日 (火) 22時39分

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