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2013年5月 9日 (木)

ニギハヤヒの命の日の本王朝こそ真の日本始め考

  2013.5.6日れんだいこブログ「二人のハツクニシラス天皇(スメラミコト)考」をものした。特段の反応がないので、今度こそは思い知らせて見ようと更なる「歴史の紐のもつれを解く通説批判説」をしておく。「ニギハヤヒの命の日の本王朝こそ真の日本始め考」と題することにする。内容は、日本の国名、国旗、国歌、国紋、元号の由来を問うものである。

 れんだいこの新説は、日本の国名も、日章旗としての日の丸も、国歌としての君が代も、皇室御紋としての菊花弁も、恐らく元号も、記紀神話のみに拠らず、いわゆる古史古伝をも併せて理解すれば、大和王朝に先立つ、少なくともニギハヤヒの命王朝以来のものであり、大和王朝は、これらのどれをも継承したものである。なぜならどれもが、そのできばえが優れものであったが故であるように思われる。

 通説では、国名も国旗も国歌も皇室紋としての菊花弁も大和王朝の御代になって初めて自生したものと説く。果たしてそうであろうか、大和王朝以前の出雲王朝―ニギハヤヒの命の日の本王朝―邪馬台国王朝の頃より始まるのではなかろうかとの疑問を投げておく。これを確認するのに次のような論になる。

 国名の由来は、(略)。国旗の由来は、(略)。国歌の由来は、(略)。皇室紋としての菊花弁の由来は、(略)。(この下りにつき別章【日の丸、君が代、元号、菊の御紋考】に記す)

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/minzokumondaico/hinomarukimigayoco/hinomarukimigayoco.htm

 こうなると、日本左派運動式の国旗、国歌、元号制、菊の御紋批判は「ちょっと待て」と云うことになる。れんだいこ史観によれば、ニギハヤヒの命の日の本王朝は国津系であり、大和王朝の始祖たる外航系神武軍によって滅ぼされている。とはいえ、事情は定かではないが、神武王朝は、ニギハヤヒの命の日の本王朝時代の遺制としての国名、国旗、国歌、元号制、菊の御紋を継承した。

 こうなると、国名、国旗、国歌、元号制、菊の御紋批判を為すに当っては、ニギハヤヒの命の日の本王朝即ち三輪王朝の政体検証抜きには批判し切れないのではなかろうか。この辺りの検証抜きの国名、国旗、国歌、元号制、菊の御紋批判は安逸過ぎるのではなかろうか。これも歴史ジレンマの一つであろう。

 この問題な対するれんだいこの「解」は、「悠久の国体論」を媒介させることで解き明かすことにしている。即ち、国名、国旗、国歌、元号制、菊の御紋は大和王朝の専属にあらず、それより以前の「悠久の国体」に帰属しているとして、よほどのことがない限り継承すれば良いとしている。なぜなら、そのどれもがデキが良いからである。世界に誇る日本文明の財産足り得ているからである。但し、そうであればあるほど、それらは振り廻したり排除したりするものではなく、いわば味わうべしとしたい。即ち、時、所、局面構わず礼賛されるべきものではなく節度こそが肝要と云うことになる。

 従来の「悠久の国体論」は皇国史観に基づく大和王朝論より派生せしめられてきているものである。これにより神武東征譚を賛美し、好戦化するよう仕向けている。これを仮に「狭量の誤れる国体論」と命名する。それに対し、れんだいこの国体論は、国体論そのものに批判のメスを入れるのではなく、国体論を真に相応しく大和王朝以前の日本の国家の起源来のものとして位置づけ継承しようとしている。それは好戦化するようなものではなく神人和楽的な共和思想を生みだすものである。この差が御理解賜れるだろうか。

 思えば、北一輝の国体論も、その思想に共鳴した2.26皇道派将校のそれも、「狭量の誤れる国体論」によって導かれたことで躓いたのではなかろうか。昭和天皇の聖断を仰ぎ、期待とは全く異なる聖断を浴びることで殉死を余儀なくされたが、国体思想の受け取り方の間違いによる悲劇としても見るべきではなかろうか。特記しておくべきは、「国体思想の受け取り方の間違い」は今も続いていることである。そういう意味で賢明なる国体論の構築が待たれていると云えよう。

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