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2013年5月 4日 (土)

歴史記述としての鳥瞰図考

 2013年5月連休の際、それまで積読しておいた「歴史の旅」の「特集、神武天皇は実在した」(1995.6月号)を読む機会を得た。この時、気づいた「歴史を読みとる際の鳥瞰図法考」を書きつけておく。関連性があるのでサイト「思観、史観、史眼考」に収納し、併せてサイト名を「思観、史観、史眼、歴史記述としての鳥瞰図考」と書き換えた。

 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ronpyo/tetugakunote/rekishikanco.htm

 
鳥瞰図とは、そもそも絵画手法である。これを歴史分析に用いようとするのが本稿の意図である。思えば、これまでの歴史分析には余りにも鳥瞰図法が欠けていやしないだろうか。これを云い、論拠づけるのが本稿の狙いである。さて、これをどう解くか、以下、お読み下され。

 
絵画手法としての鳥瞰図とは、「ウィキペディア鳥瞰図」によれば次のように説明されている。

 鳥瞰図(ちょうかんず、英: bird's eye view)は、地図の技法および図法の一種で、上空から斜めに見下ろしたような形式のものをいう。飛ぶ鳥の目からみたように見える、というのが鳥瞰の語義。建物や山などが立体的に描かれる。俯瞰図、パノラマ図ともいう。

 単なる平面図においては一定の限定された範囲を二次元上に正確に客観的に表示するのに対して、鳥瞰図では透視図法を使った三次元的な描画あるいはデフォルメ(誇張)が可能なため、目的に応じて下記のように制作者の主観や個性をともなう様々な表現ができる。また、反対の(下から上を仰ぎ見る)視点は俯瞰に対して仰瞰といい、あるいは鳥瞰に対して虫瞰(図:insect's eye view)という視点や表現法も提案されている。

 ここでは、これ以上の説明をはしょることにする。要するに、対象とする地形、風物なりを一望して記す俯瞰手法と云うことになる。問題は、絵画におけるこの手法を、歴史学に於いて応用できないのか、応用すべきではないのかと問うことにある。

 そんなことは分かり切ったことと反論されることが予想されるが、ならば問う。歴史学における鳥瞰図事例を示してくれ、どこが鳥瞰図足り得ているのかと。れんだいこの知る限り、歴史学には「木を見て森を見ず」式の個別解析は多い。然るにその個別事象なり事件を然るべき位置に於いて捉えて提示しているだろうか。解析者が仮にそうしていると自負しても、その自負に堪え得るような鳥瞰図を示し得ているだろうか。はなはだ心もとないと思うのは、れんだいこだけだろうか。

 それは何も歴史学だけではない。政治学、経済学、哲学、思想、その他ありとあらゆる分野において共通している。最近では病気に掛かっているのか、意図的故意に鳥瞰図法を避けている気がしてならない。従って、学んで部分的には分かるが一向に全体が見えないような論考、コメントとなりが多い、多過ぎる気がする。そのことを良しと自負するような専門家ばかりが造られている気がしてならない。

 思えば、れんだいこは、この風潮に抗(あらが)っているのではなかろうか。早くより鳥瞰図法を取り入れているのではなかろうか。目下のところ刊行物としては「検証学生運動上下巻」の二冊でしか実証していないが、その「検証学生運動上下巻」評に於いて特筆されるべきところは、学生運動論に於ける初めての鳥瞰図による解析ではなかろうか。こういうことを、著者のれんだいこ自身が述べ、第三者から一向にそのように評価されないところが口惜しいと云うか滑稽なところなのだけれども、事実そうではなかろうか。

 
このことを、同書上巻の「筆者の執筆観点」の章の中で次のように述べている。

 しかし、これを「中立公正」に書き上げるとなると難しい。そこで、まずは真紅の熱血が確かに在って、理論はともかくも本能的に正しく実践したと評価できる運動の流れを中心に史実検証し、これを芯としてその他の潮流も確認してみようと思う。そういう意味での「中立公正」に書き上げるよう苦心した。既成のものは随分あるが物足りない。日共系のものも新左翼系のものも、明らかに筆者と観点の違う記述が罷り通っており、この種のものをいくら学んでも為にならない。そのような観点からのものを更に追加しても、屋上屋を重ねることにしかならない。何事も見立てが難しい。その見立てを正しくして最低限伝えねばならない動きを記しながら、筆者自身が得心できるような新たな学生運動論を纏め、世に問いたいと思う。(中略)具体的に戦後学生運動論をどう書くか、ここで視点を明らかにしておきたい。一つは、当時の時点に立ち戻り、当時の感覚に立ち入り内在的に書くのも一法である。肯定的に継承する場合にはこの方法が良い。だが、これから追々記すように半ば肯定、半ば否定的に記す場合には、姿形が見えて来た今日の視点より過去を論評的に書く方が適切ではなかろうか。その後の学生運動の衰微を知る今となっては当時の正義を語るより、今日から見た当時の理論及び実践上の欠陥を指摘しつつその後の衰微の事由を検証して行く方が説得的ではなかろうか。

 ここには鳥瞰図法により書き上げたとは書いていないが、「歴史学に於ける鳥瞰図法」により学生運動を検証すると云う意思を萌芽的に語っている。思えば、れんだいこが欲しているのは、この手法であり、これまでの諸学問分野にこの手法による解析がない分、れんだいこが精力的に挑んでいると云う構図なのではなかろうか。

 この発想は、「歴史の旅」の「特集、神武天皇は実在した」を読んで得たものである。但し、同書の各論文執筆者への当てこすりではない。枚数制限もあろうからして充分に説き明かせるものではなかろう。部分的には論者のどの論文も為になるものがあった。このことには謝意申し上げておく。だがしかしと続くのだが、それを云えば繰り返しになるので後は云うまい。

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