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2013年7月

2013年7月29日 (月)

毎日新聞社説「全日本柔道連盟 最後通告と受け止めよ」考

 今日7月29日付けの毎日新聞社説「全日本柔道連盟 最後通告と受け止めよ」を見たかや。れんだいこは、その超高圧的な物言いにはらわたが煮えくり返った。誰が執筆したのか知りたいが無署名なので関係者しか分からない仕掛けにされている。本来は堂々と署名入りで書くべきだろう。卑怯姑息千万である。

 社説はいきなり「これは最後通告だ」と来る。こういう言い方でナベツネ系のものであることが分かる。ターゲットは、全日本柔道連盟の上村春樹会長である。上村春樹会長を放逐したい魂胆のみが透けて見えてくる。社説は、内閣府公益認定等委員会の圧力を是認し、同委員会の「組織の解体的出直しを求める勧告」を錦の御旗にしている。「税制優遇措置を受けられる公益財団法人の認定を取り消す」の脅しを当然視している。

 ご丁寧なことに、「自立の組織運営を目指すスポーツ界にとって極めて不名誉なことだ。他の競技団体も対岸のこととして見過ごすべきではない」とまで述べている。ここで云う他の競技団体とは大相撲協会を念頭に置いているものと思われる。昨今、相撲と云い柔道と云う国技の団体が執拗に圧力をかけられているが、これは何に起因しているのだろうか。

 もとへ。社説は、勧告の内容を説き明かした後、「執行部に対する事実上の辞任勧告と言える」と解説し、これを当然視している。即ち監督官庁の公益法人に対する人事介入をも是認している。そればかりではない。上村会長が会長職だけでなく理事職も辞任する意思を固めたことに対し、「遅きに失した感はあるが、一歩前進と受け止めたい」とコメントし、さらには、上村氏が講道館館長の職にとどまることがケシカランとして、「柔道に関係する一切の公職から身を引くことが上村会長に残された道だ」で結んでいる。

 おいおいそこまで云うかよ。何を論拠としているのか分からんがエライ張り切りようではある。ところで、社説士のこの威勢の良さはどこから生れてくるのだろう。裏の筋から上村春樹会長追い落としのペンを振るえと背中を押されて書いただけのことであろう。何とならば、まともなジャーナルなら、大相撲協会にせよ柔道連盟にせよ自主的自律的運営を尊び、その上で健筆を振るうのが筋だからである。小泉政権下で仕立てられた新公益法人法に何の疑問も湧かさず、錦の御旗として振りまくっているのも酔狂が過ぎよう。

 れんだいこが、この社説士に返歌しておく。かくなる社説を書いた以上、「毎日新聞のみならず一切の報道関係職から身を引くことが君に遺された道だ」。

 こういうお調子者に社会的公器をいじらせてはいけない。この御仁は権力駆使の限度をわきまえず、絶頂の断崖まで上り詰めている。こうなると断崖から落とされるのは上村春樹か毎日新聞社説士か。れんだいこは、毎日新聞社説士をこそ突き落とそうと思う。新聞協会が、この限度を超えた煽り社説を問題として採り上げ、この論説氏に対する適宜なる処分に向かわれることを期待して結びとする。

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2013年7月24日 (水)

第23参院選選挙結果の総評その2

 以下、れんだいこの第23回参議院選挙考をしておく。

 こたびは先の衆院選ほどには不正投開票疑惑が起こらないが疑念も消えない。大阪選挙区での維新の会のダントツの票も気になるが指摘だけにとどめる。敢えて問題にするのは生活党の議席ゼロに対してである。同党の比例区票を全国集計すれば相当の票を得ているはずであるところ、わずか5名の選挙区票で618355票あるのに比例区票が全国で943863票しかなく、その差が325508票。全国で32万票余しか上乗せしていないという結果となっている。

 しかも、5名の選挙区票が比例票に結びついていない。これは先の衆院選に続く同じ現象である。これを確認するのに青森では76342→23167である。選挙区票の3分の1しか回っていない。岩手では91048→102112で微増している。これが本来の姿だろう。千葉では148240→70007、選挙区票が半減している。新潟では165308→45182、選挙区票の4分の1しか回っていない。広島では137327→32354となっている。やはり選挙区票の4分の1しか回っていない。岩手以外では共に大幅に選挙区票から減らしていることになる。

 選挙区票と比例区票は概ね一致するのが普通であり、且つ比例区票は選挙区票よりも増えるのが普通であるところ逆現象が起きていることになる。他方、維新、みんなの党では連動している。即ちこれが普通であるところ生活とみどりの風は大幅に減らすという結果になっている。この現象をどう説明できるだろうか。信じられない気がする。

 結局、比例議員1人を当選させるのに約100万票必要なところわずかに及ばない結果になっているが、ムサシマシーンによる操作の可能性はないのだろうか。あるいは無効票の中に生活、みどりの風、新党大地の票が入れられている可能性はないだろうか。

 れんだいこ的には生活の党の議席ゼロが信じられない。投票用紙は既に束ねられていると思うので、そう難しい作業ではなかろう。手間はかからないと思うので同党の検票を要請したい。ついでに新党大地、みどりの風のそれも要請したい。ムサシマシーンがこれらの党に限って票の読み替え、無効票化させている可能性の疑念が消えないからである。

 これに関連して、小沢代表は21日夜の記者会見で、「大変厳しい選挙結果だと思っている。岩手県の結果については、正直言って大変驚いている。今もって信じられない」と語っている。小沢代表の弁は元民主党の復興相にして無所属から出馬した平野氏が事前の接戦予想を覆し、自民の田中、生活の関根に大差をつけて完勝したことに対するものであるが、不正選挙告発の意味に捉えることも可能であろう。

 先の衆院選では民主党壊滅の流れの中で野田首相が独り過去のどの選挙よりも最大得票して話題になったが、同じような現象と考えられないだろうか。れんだいこ的には、敗北を再確認するためにも検票をお願いしたい。ムサシマシーンによるインチキ開票操作問題に決着をつける為にもスッキリさせてほしいと思う。

 そういう疑念はあるが仮に実数だったとして以下のように思う。それにしても、生活の党、みどりの風、新党大地が雁首揃えて討ち死にしたのは選挙戦術上に大きな問題があったのではなかろうか。

 れんだいこ的には特に社民党の戦術が拙(まず)すぎると思う。共産党は従前より全選挙区立候補にシフトして「唯一の野党」を誇る党であるので共闘はあり得ないので対象外として、少なくとも社民党の音頭取りで自公共闘に対抗する左派連合を模索する必要があった。

 れんだいこ的には解党前の最後の救命線として党合同まで視野に入れたいと思う。党内に生活の党、みどりの風、新党大地、社民党が派閥的に生息し、党中央を選出し、その党中央権限の権能と限界を規約化し、常時共闘的に党運営する方が活力と魅力を増すのではなかろうかと思う。共産党の民主集中制論、一枚岩、満場一致体制と異なる別の組織論を持つ国民生活擁護党が必要と思う故に提言しておく。

 ところが、社民党が実際にやったことは、生活の党の次期指導者たる森ゆうこ出馬の新潟選挙区に対抗馬を立て票の分散を画策したことに象徴されるように何ら戦略性のない否反動的な且つ僅か5名の選挙区候補擁立であった。その結果、選挙区では箸にも棒にも掛からない僅かな評しか取れず全員落選し、比例区で辛うじて党幹事長の又市を当選させると云うテイタラクの結果となっている。

 こういう指導しかしない福島執行部の辞任、責任追及が行われるべきであると考える。福島党首は、共産党同様に口ではいいことを言うがやっていることがデタラメである。賞味期限を完全に終え、かっての土井たか子体制の腐臭域に入っていると思う。沖縄選挙区で、社会大衆党の糸数慶子に対し社民、共産、生活、みどりが推薦し自公民候補に堂々と競り勝っている。これを範とせねばなるまい。

 東京選挙区で山本太郎が当選したのは新しい時代の幕開けだろう。既成の陳腐に化した運動理論とは別の日本在来土着系の百姓一揆魂による日本的左派運動の構築に向けて邁進されることを望む。共産党が東京、京都、大阪の選挙区で当選させたのは久方の朗報であるが今後を見守りたい。時代は徐々にながら基底部で変化しつつあり新しい息吹を感じる。

 最後に。何故に自民党が大勝したのかの要因を確認しておく。結論は、他の諸問題に優先させて何よりも自民党だけがアベノミクスと命名するところの経済政策、景気対策を押し出していたことによる。要は、国民に対する飯の食わせ方に対する提言である。他党は自前の経済政策、景気対策を押し出さぬままアベノミクス批判に明け暮れ、自前の政財政策を打ち出さない。あるいは打ち出しているのだろうが他の諸問題との絡みの中で埋没させている。政治の要諦は「国民が飯を食えるようにする」ことにあり、他党がこれに配慮しない分、アベノミクスを押し出した自民党に期待をかけるという構図になったように思われる。

 生活党に限って言えば、自公民的経済政策、景気対策とは一味違う生活党的日本救済経済政策を打ち立てそこなったところに敗因があるのではなかろうか。例えば、原発再稼働反対、新エコエネの主張だけではなく、これに伴う新需要、新景気、技術、雇用の創出と云う点での青写真を示す必要があり、実際にこの道を力強く牽引すべきなのではなかろうか。分かりやすく言えば対案能力である。これに欠けているところが自民党絶対優位の壁を崩せない主因なのではなかろうか。同じことを繰り返しても意味がないと考える。

 2013.7.24日 れんだいこ拝

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第23参院選選挙結果の総評その1

 2013.7.21日、選挙区73と比例区48の121議席を巡って争われた第23回参議院選挙が投開票された。投票率は52・61%で前回2010年の57.92%を5・31ポイント下回った。参院選では1995年の44・52%、1992年の50,72%に次ぐ過去3番目の低さとなった。

 今回からインターネットを使った選挙運動が解禁されたが投票率の向上には結びつかなかったことになる。都道府県別に見ると最高は島根県の60・89%、山形県の60・76%、鳥取県の58・88%と続いた。最低は青森県の46・25%。沖縄県を除く46都道府県で前回を下回り、最も落ち込んだ富山県では14・63ポイント低下した。

 公示翌日の5日から20日までの16日間に期日前投票をした人は総務省の速報値で47都道府県で1294万9982人となり、前回10年参院選の1208万5636人に比べ7・15%増えた。全体の有権者に占める割合は12・36%だった。参院選で期日前投票が始まった04年以降、増加が続いている。 

 選挙結果の総評は、「与党系の自民大勝、公明堅調、みんな躍進、維新善戦、中間系の民主惨敗、野党系の共産躍進、社民鉄槌、小沢系の生活、みどりの風、新党大地は最悪の議席ゼロ」と云う結果となった。これを、もう少し詳しく確認しておく。

 自民党が、改選前の34議席から65議席と大幅に議席を伸ばし完勝。公明党と合わせ全議席の過半数を獲得し衆参の「ねじれ」状態が解消した。選挙区で負けたのは岩手と沖縄のみで31の1人区で29勝2敗と圧勝した。2人擁立した3人区の千葉、5人区の東京を含め複数区では完勝した。比例区でも得票率で他党を引き離し2001年の20議席にあと2議席まで迫った。

 公明党は10議席から11議席と手堅く微増させた。候補を擁立した東京、神奈川、埼玉、大阪の4選挙区で全員当選、前回10年の9議席を2議席上回った。

 民主党は44議席から17議席と大幅に議席を減らした。結党以来最低だった2001年の26議席をも大幅に下回り、先の衆院選に引き続いて惨敗した。1人区で公認19名全員が敗け、自民と議席を分け合っていた2人区でも宮城、京都、兵庫で競り負けた。比例では1桁の7名に落ち込んだ。民主党参院幹事長の一川元防衛相、同党副代表の岡崎元少子化担当相、比例代表に出馬した石井一参院予算委員長、元農相の鹿野道彦氏ら大物議員が相次いで落選した。

 日本維新の会は2議席から8議席へと伸長善戦した。大阪と兵庫で議席を得ており関西での根強さを見せつけた。但し全体としては伸び悩みの印象がある。

 みんなの党は3議席から8議席へと躍進した。宮城と埼玉、神奈川、愛知で議席を獲得している。

 共産党は3議席から8議席へと躍進した。東京と京都、大阪で当選させ12年ぶりに選挙区での議席を獲得し比例区でも健闘した。

 社民党は2議席から1議席へと更に後退した。選挙区では議席を取れず比例代表で党幹事長の又市征治氏が議席を守った。社会党時代も含めて過去最低の獲得議席となった。

 生活の党、みどりの風、新党大地は議席を獲得できなかった。生活の党は8議席を失い、みどりの風は4議席を失った。これにより、みどりの風は政党助成法に基づく政党要件を失うことになった。

 同法は、〈1〉所属国会議員が5人以上〈2〉直近の衆院選、参院選、前々回の参院選のいずれかで得票率が全国の投票数の2%以上で、国会議員1人以上が所属――のどちらかを満たすことを政党要件として規定している。みどりの風は、参院選で改選議員4人が全員落選したため、4人の任期が切れる今月29日以降は、所属国会議員が亀井静香、阿部知子両衆院議員の2人になる。同党は、昨年の衆院選後に設立され、過去に国政選挙を戦っていないため、二つの政党要件をいずれも満たさなくなるとのことである。

 各党の比例区の得票率を確認すると、自民党・34.7%。過去最高の86年参院選の38.58%、「小泉旋風」が起きた01年参院選の38.57%、「郵政解散」による05年衆院選の38.2%などに次ぎ過去6番目に高い得票率となった。民主党は13.4%。昨年衆院選の比例代表の得票率16.0%からさらに低下し、1998年の結党以来の最低値となった。政権交代につながった2009年衆院選は42.4%。参院では07年に39.5%を得ており、ピーク時の09年衆院選と比較すると4年足らずで3分の1以下となったことになる。10年参院選、12年衆院選に続き3回連続で低下した。公明党・14.2%。昨年、結党後初めての衆院選で自民党に次ぐ得票率20・4%だった維新は11.9%と半減した。みんなの党は12年衆院選の8.7%と同水準の8.9%。共産党は12年衆院選の6.1%から9.7%。

 なお、先の衆院選以来の懸案であるムサシマシーンを各選管がどのように使っているのかの発表がないのが気にいらない。各選管のムサシマシーンの使用有無、及びどのような使い方をしているのかにつき発表させねばならない。

 れんだいこは、ムサシマシーンと磁気入りの投票用紙の辛みが臭いと見ている。次に無効票の精査をせねばならないと考える。投票者数と投票数との落差も確認したい。投票用紙に対しては磁気等の加工をさせない純度100%紙用紙しか使えない仕組みにさせる必要があることを提言しておく。

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2013年7月16日 (火)

「平仮名いろは歌土器」考その4

 「平仮名いろは歌土器」考で云い忘れていたことがありその4として追加しておく。「日本語には他の言語ではマネのできない芸当がある。それが和歌である」として縷々述べたが、歌のほかにも話芸があり、これについても述べておく。他の言語でも可能なのだろうが、日本語が鍛えに鍛えてきた独特の次のような話芸があることを確認せねばならない。

その筆頭は落語であろう。小話しから長話しまで演目は二千をくだらない。次に漫才、漫談、講談、浪曲、浪花節、詩吟、民話小話しと続く。これに歌舞伎、能、狂言、文楽、浄瑠璃等の古典芸能の語りも加わる。一体、世界の諸言語の中で、これほど話芸を磨いている言語が他にあるのだろうか。

 世界最古の長編文学として知られる紫式部の源氏物語、同時代の清少納言の随筆は日本の宝である。全編が流暢な大和言葉で書かれている。この大和言葉の過半がその後の日本語から消えており、今では古文学の素養をもってしか読めない。史書はさらに古く古事記、日本書紀、古史古伝がある。それらは他のどの民族のそれに比しても引けを取らない民族の歴史書足り得ているであろう。平家物語、太平記等の軍記物も残されている。これらを思えば、日本語そのものが最初の国宝に値するのではなかろうかとさえ思う。

 2013(平成25).7.16日付けの毎日新聞「余録」が興味深い次のような話しを記している。「その場面を想像すると、思わず頬が緩んだ。今月初…」と題して「今月初め、ブルネイで開かれた東南アジア諸国連合地域フォーラム(ARF)に参加した中国の王毅(おう・き)外相と米国のラッセル国家安全保障会議アジア上級部長が宿泊先で、日本語で立ち話をしたという。知日派の2人は、北朝鮮の核問題などで意見交換したようだ▲ラッセル氏は近く国務次官補に就任する東アジア外交のキーマンだ。大阪・神戸総領事時代に何度か話す機会があったが、日本語のうまさにはいつも感心させられた。一緒に参加した国際シンポジウムでも、日本語での当意即妙(とういそくみょう)の受け答えで聴衆を魅了した▲王氏の日本語能力も負けてはいない。日本大使時代、財界人相手に行った講演を聴いたことがあるが、見事な日本語で中国の立場や日中関係の重要性を訴えていた。あの2人が日本語で話し合ったのなら、細かなニュアンスまでやり取りしたことだろう▲外交官として日本語を身に着けた両人は特別なケースとしても、国際交流基金の昨年の調査によると、海外での日本語学習者は398万人を超え、2009年の調査に比べ9%増えている。国・地域別では、中国が27%増の約105万人で、初めてトップになった」云々。

 れんだいこには実に興味深い話しだ。フォーラムの席で、米中二人の外交官が国際公用語としての英語ではなく日本語で立ち話しをしたと云う。これはどういうことだろうか。日本語に習熟すれば英語よりも「細かなニュアンスまでやり取り」できると云うことではなかろうか。

 次に海外での日本語学習者が増えていることも伝えている。これは、日本の経済力が増す中での現象であれば容易く理解できる。ところが承知のように日本の国際的地位がどんどん低下しつつある中での日本語学習者の増大である。これをどう理解すべきだろうか。れんだいこには、芸術言語としての日本語の魅力が次第に世界で認知されつつあるとしか考えにくい。台湾では日本統治時代に得た日本語が廃れていないとも聞く。

 これらを思えば、当の日本が日本語を粗末にしながら英語国民化へ向かおうとしている折柄、世界が日本語を育てようとしていると云う仮説に辿り着く。滑稽な話しではなかろうか。黒船以来百五十年の間に米欧イズムの捕囚とされた政治家が「バスに乗り遅れるな」として日本語不要論、英語早期教育論をけしかけつつあるが、「バスに乗り遅れている」のは果たしてどちらなのだろうかと考えてみたくなる。

 2013.7.16日 れんだいこ拝

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2013年7月10日 (水)

学んで為になる学問と却ってアホウになる学問に関するゲーテのファウストの一説考

 「学んで為になる学問と却ってアホウになる学問の識別考」を思案しているうち、ふと気になるフレーズを思い出した。それはドイツの誇る大文豪ゲーテ((1749~1832))の戯曲「ファウスト」の次の一説である。前置きを除けば「ファウスト」の冒頭のセリフである。岩波文庫の相良守峰氏の訳文を掲げる。

 「あぁ、これで俺は哲学も、法学も、医学も、また要らんことに神学までも、容易ならぬ苦労をして、どん底まで研究してみた。それなのにこの通りだ。可哀そうに俺と云うアホウが。昔よりちっとも利口になっていないじゃないか。マギステルだの、ドクトルとさえ名乗って、もうかれこれ十年ばかりのあいだ、学生の鼻ヅラをひっ掴まえて、上げたり下げたり斜めに横に引き回してはいるが--実は我々に何も知り得るものでないということが分かっている。それを思うと、ほとんどこの心臓が焼けてしまいそうだ。それは俺だって、やれドクトルだ、やれマギステルだ、学生だ坊主だと云うような己(うぬ)惚れた連中よりはましであろう」云々。

 訳者が代われば幾分か訳文も変わろうが、大意として「学問ナンセンス論」の臭いが伝わればよい。これを仮に「ゲーテの学問ナンセンス論メッセージ」と命名する。

 れんだいこは従来、このセリフを学問一般に対する当てこすりと受け流していた。ところが最近、ことはそう単純ではないのではないかと思い始めた。ゲーテがここで述べた「学問ナンセンス論」とは実は学問一般ではなく、ネオシオニズム系学問に対する強烈な批判であり皮肉であると捉えるべきではなかろうか。その方が生き生きとすると思うようになった。

 ゲーテは、本書からも知れるのだが、若い時から晩年に至るまで相当の情熱をもってネオシオニズム系の学問に耽溺している形跡が認められる。恐らくフリーメーソンないしはその近いところで世過ぎ身過ぎをして知識を貪欲に吸収し続けたのではなかろうか。戯曲「ファウスト」全体がフリーメーソン的思想との格闘であることが、このことを教える。

 ゲーテは、これがゲーテの偉大なところであろうが、晩年になってようやくネオシオニズム系学問の虚妄に気づき、そういう人生の総決算として渾身で戯曲「ファウスト」を書き上げ世に遺したのではなかろうか。その思いを象徴的に吐露しているのが先の一文なのではなかろうか。故に冒頭に登場している。この営為は英国の大文豪シェークスピアの労作のそれに似ている。

 つまり、「ゲーテの学問ナンセンス論メッセージ」の真意は、学問一般の当てこすりではなく、ネオシオニズム系学問からの決別の意味をメッセージさせて、わざわざ面白おかしく聞かせているのではなかろうか。かく思える節がある。そういう風に捉えると題名のファウストも意味深である。ファウストを「16世紀に南西ドイツに実在し、医師・錬金術師・占星家として知られた人文学者」と見る説もあるようだが違うと思う。ファウストのドイツ語の意味は「握り拳(こぶし)」であり、「握り拳(こぶし)」は「怒りの鉄拳」的意味に通底している。とすれば、「ファウスト」を「怒りの鉄拳」的心情で書き上げていると受け止めた方が良いのではなかろうか。それでは、ゲーテが何に怒っているのだろうか。それは所詮空疎なネオシオニズム系の学問の道に誘われ、貴重な一生の過半をその研究に費やしたことに対する「自身への不徳的怒り」、そういう学問を仕掛けている者たちに対する「怒りの鉄拳」と云う意味を込めた題名なのではなかろうか。

 こう窺う窺わないは自由であるが、述べたような「れんだいこ的解」も成り立つことを世に示しておきたい。これに関連して世に確認しておきたい。「ファウスト」のこのフレーズがネット検索から容易には出て来ない。「ファウスト」の実質的に冒頭の名句であるからして、本来であれば探すのに骨が折れること自体がオカシイ。これをどう理解すべきか。普通には、このフレーズが隠されていると窺うべきではなかろうか。その理由は、「ゲーテのネオシオニズム系学問ナンセンスメッセージ」が広まることを恐れているからであると思われる。そう思う思わないは水掛け論になるが、れんだいこはそのように理解している。

 ゲーテの死没は1832年であり享年84歳であった。第一部は1808年、第二部はゲーテの死の翌年1883年に発表されている。そうすると、「ゲーテのネオシオニズム系学問ナンセンスメッセージ」は第一部の冒頭文であるからして凡そ60歳頃に書き上げられていることになる。れんだいこも偶然ながら、この年齢頃に同じような思いを得た。ゲーテに教えられたと云うより、れんだいこなりの気づきでゲーテメッセージに気づいたという次第である。

 れんだいこの気づきはこうである。学問は、本来は有益なものであり、世の実践的諸活動に対するカンテラ的意味を持つべきものである。学んで余計にバカになるなどと云うことがあり得てよいわけがない。これを例えれば、弓術に於いて初心者は矢を飛ばすこともできぬのが訓練によって次第に射ることができるようになり、次は的当てに向かい、当初は的から外ればかりしていたのが次第に的の中心に当たるようになる。これが練習効果であり、学問もそのようなものであるべきではないのか。これを囲碁に例えてみる。当初は何を意図して着手しているのか意味不明の手ばかりを打ち、石がごちゃごちゃしているところから始めて次第に意思を持った着手になり、やがてはプロの着手のごとく芸術的な石模様にさえなる。これを上達と云う。本来の学問はこれに似て、上達すればするほど機能的になるべきものではないのか。

 ところが、最近の学問を見よ。と云うか、より正確に言えばネオシオニズム系学問になるのだが、学んで少しも賢くならない。入り口の伽藍は立派そうに見えるが、入り込めば迷路ばかりで、何とか辿り着いたとしても次々と「らっきょうの空(から)」を掴むに過ぎない。挙句の果ては、その空疎をごまかすための二枚舌三枚舌ばかりを鍛えるに過ぎない。

 それが証拠にネオシオニズム系学問に没頭した挙句の大学教授だのシンクタンクの研究員だののツラを見よ。特に原発推進派のヒゲヅラ御用学者には卒倒させられたが、どう見てもインテリの顔ではない。学んだ結果として却ってアホウヅラになっている。こういうことがあり得てよいわけがない。なしてこういうことになるのか。これを愚考せねばならないと思う。

 れんだいこは、ネオシオニズム系学問の空疎性の由来をメッキ理論に求めている。連中の学問から錬金術が発生しているのは偶然ではなく、ネオシオニズム系学問に本質的なものなのではなかろうかと思っている。連中は、自然そのものの宝庫から何か有益なものを見つけて、これを合目的に利用しようとするのではなく、自然を敵視し、自然によく似たものを化学的に作り上げることを得意とする。その理屈の良し悪しの判定は別にして、メッキものは本物には勝てないのが道理である。ネオシオニズム系学問とは、そういうものの発展系のものなのではなかろうか。それが自然と共生するのならともかく、自然を破壊するとき、自然が報復する。そういう意味で、一見生産的であるように思われるが本質的に非生産的なものに過ぎない。これは科学だけのことではない。政治、経済、文化、精神、思想にも通底している。

 れんだいこは今、「学んで却ってアホウになる学問」を対自化させ、「学んで為になる学問」への転換を言い聞かせつつある。学問は本来、知れば知るほど人生を味わい深くさせるものでなければオカシイ。社会に有用的に役立つものでなければオカシイ。その真逆に位置するネオシオニズム系学問はオカシイ。決して尋常ではない。そういうものに耽るべきではない。世代を次いで仕上げるものもあるが何事も寿命の中で相談せねばならない。そういう意味ではネオシオニズム系学問全体が空疎すぎる。そう確信しつつある。このメッセージをどう受け流すのか、駄弁か能弁か、その評定は各自の判断に任せようと思う。

 2013.7.9日 れんだいこ拝

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2013年7月 7日 (日)

れんだいこの生活党支援の論拠考

 2013.7.7日、本日、ふと気づいたことをお伝えしておく。れんだいこが何故に生活党を支持するのか、その論拠が分かった。それは、単に角栄政治の薫陶を受け継ぐ小沢どん擁護のレベルではない。それは、れんだいこ史観の白眉の一つである「原日本論新日本論」に関係する。

 「原日本論新日本論」とは、はるか昔の紀元3世紀頃の日本古代史上の最大政変即ち大和朝廷創出期に於ける動乱で、それまでの治世の主体者であった出雲王朝-邪馬台国系の原日本が、外来系の新日本勢力により奪権されたことにより、それまでの原日本とその後の新日本が同じ日本ながら大きく質を変えていることを云う。

 従来、これを縄文的なるものと弥生的なるもの論で説き明かす政論もあるが、出雲王朝-邪馬台国系の御世は既に弥生時代であるので、こういう政論では曖昧過ぎる。せいぜい文化評論域のものにとどまる。はっきりと大和朝廷創出前と後の日本の質差として理解する方が正確であろう。

 今日に於いて世界が称賛する日本論、世界が嘲笑する日本論は、「原日本論新日本論」プリズムを通せば容易く理解できる。即ち、世界が称賛する日本論とは万(よるづ)に於いて原日本時代の日本であり、世界が嘲笑する日本論とは万(よるづ)に於いて新日本時代の日本である。こう理解することで辻褄が合う。

 やや複雑になるが、新日本後の日本は、この原日本と新日本との確執と協調、抗争と手打ちによって綾なされていくので、新日本後の日本の中の原日本的なるものと新日本的なるものを見極めつつ判定せねばならないことになる。概ね原日本系のものが素晴らしく、新日本系のものがお粗末と受け止めればよい。この見立ては政治だけではない。経済、文化、芸能、思想、宗教のあらゆる領域にわたって適用できる。

 さて、この「原日本論新日本論」プリズムで今日の政界を政論すれば次のことに気づく。何と、こたびの参院選に登場する約12党のうち原日本系の政党が生活党ないしその系譜の党であり、その余の政党は全て新日本系のものである。恐らく生活党でさえ、このことに無自覚なまま党活動しているのであろうが実はそういうことである。生活党に根強い支持があり且つ根強いバッシングがあるのは、これにより解ける。

 してみれば、新日本系の自民党から共産党までの諸党の争いは同じコップの中の仲間内の政争であり、単に与党と野党の権力闘争、あるいは役割分担差の論争でしかない。つまり本質的にお遊びのものでしかない。そういうものに喧々諤々できる者は幸せ者であろう。ところが、生活党とその他諸党との闘争は本質的なもので、根本的には政権交代を視野に入れたヤルかヤラレルかの永続政争としてある。

 れんだいこは原日本系の日本を支持している。世には新日本系の日本を支持している者もあろう。これは見識差と云うよりDNA差かも知れぬ。そうではあるが、両者を混在せしめ相互に抗争と協調を育んできたのが日本史であるので大人の知恵的な高等分別で棲み分けすることは可能である。だがしかし、本質的に相容れぬ両者であるという関係性は消せない。

 これを踏まえて論ずれば、12諸政党のうち唯一の原日本系の生活党には何としてでも政界に基盤を保持し続けてもらわねば困る。なんとなれば、新日本系の粗脳政治が国際最強勢力のいわゆる国際ユダヤに手玉に取られ、その対日教書通りの請負政治により勤しむことで覇権を競い、今日に於いては「原発再稼働、TPP、増税と云う売国三点セット」による日本溶解に与しているからである。これほど無茶苦茶な酷い政治はないのだが、麻薬中毒患者的な暴走政治に向けて狂い咲きしている。

 社民党、共産党がこれに反対の弁を述べてはいるが、体制から見れば不満の吐け口としてむしろ安全弁作用させられているものでしかない。彼らの正体は、原日本系の生活党に対する咬ませ犬と云う役割にこそある。そういう目で見ればよい。僅かの生活党候補、その中でも指導的候補に対する必然性のない対立候補押し出しが見えてこよう。

 口では自公政治に反対の弁を述べながら、同じく反対の弁を述べている生活党と組むのではなく逆に成敗に向かうような敵対こそ社共の咬ませ犬的正体である。こう確認せねばならない。指導部がそういう連中に乗っ取られていると云うことである。

 さて、かように理解すれば生活党擁護の必然性が見えてこよう。問題は、我らが投ずる票が選管お気に入り仕立てのムサシマシーンにどうカウントされるのかされないのかにある。どうせ不正にしかカウントされないのであれば、そういう不正選挙拒否の意思としての棄権もある。行くべきか行かざるべきか、これが問題である。れんだいこも自問自答しているが、口惜しくても生活党支援に出向こうと思う。売国派の悪行を歴史に刻まさせるのも一興ではないか。そう思う故に。思いつくまま。

 2013.7.7日 れんだいこ拝

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2013年7月 4日 (木)

第23回参院選挙に対するたすけあい党声明

 2010.7.4日、第23回参院選挙が公示され、投票日が7.21日と決まった。17日間の選挙戦となり即日開票される。改選される選挙区73、比例代表(非拘束名簿式比例代表制)48の計121議席を争う。1票の格差を是正する公職選挙法の改正に伴い、神奈川、大阪の改選定数が3から4に増え、福島、岐阜は2から1に減った。

 選挙区に271人、比例代表に前回と同じ12政党・政治団体の162人の計433人が立候補を届け出た。前回2010年参院選の立候補者数は計437人(選挙区選251人、比例選186人)。女性の候補者は選挙区71、比例代表34で計105名。前回より5人多い。

 主要政党の公認候補は自民党が最多で78(←84)。以下、共産党63、民主党55(←106)、日本維新の会44、みんなの党34、公明党21、生活の党11、社民党9、みどりの風8の順。新党改革は候補を立てなかった。比例を含む全体の改選121議席に対する競争率は3.6倍。

 自公両党の非改選議席は59議席で、両党が参院で過半数を得るには63議席以上を獲得する必要がある。憲法改正派の議席増により憲法改正発議に必要な3分の2(162議席)に届くかどうかも注目されている。事前予想では70議席が堅いとされている。今回の参院選からインターネットを使った選挙運動が解禁されている。

 以下、「第22回参院選挙に対するたすけあい党声明」を党首権限で発表しておく。

 こたびの選挙は昨年の衆院選以来の国政選挙で、その衆院選で元の木阿弥の自公政権に戻ったことを受けての初の選挙となる。本来であれば民主の巻き返しが問われるところであるが、同党は既に首を切られたニワトリがしばしさまようだけの状態にあり、惨敗すれば解党の危機を迎えることになる。

 こたびの選挙戦は自公が盤石の衆院に続いて参院でも絶対安定多数を得る政治儀式の感がある。3年3か月の民主党政権幻滅の反動の為せるワザである。鳩山-菅-野田政権の罪の深さが分かる。

 民主が当てにならない以上、その民主から分党した政権交代前のマニュフェスト推進派の生活党への期待が大きくなるべきはずのところであるが、生活党も昨年の衆院選敗北後遺症が続いており、そういう意味で再々度政権交代勢力の圧倒的不在と云う中での貧相な選挙戦となっている。これにより投票率の極端な低下が心配される。

 投票率の低下要因として有権者の政治的関心能力の低下も挙げられようが、それは主たるものではない。主たる要因は、昨年の衆院選で露わになったムサシマシーンによる投開票不正疑惑である。この告発をどの党も為すことなく、こたびの国政選挙となっている。一敗地にまみれた生活党には告発する資格があると思われるが、粛々と結果を受け入れたまま今日まで経過している。これにより、事前に細工された票数で当選者が決まるという味気ない選挙になる可能性を残したままになっている。

 参院選は衆院選とは違い政治闘争的には第二議院であること、先の衆院選での自公の圧倒的な勝利により政権基盤の安定性が強いこと、先の衆院選の不正疑惑の目が強く注がれている等の理由により、こたびの選挙では露骨な不正選挙は考えにくいが、ムサシマシーン問題不問状態が選挙そのものへの関心を大きく殺いでいることには変わりはない。

 以上を共通認識として、以下、れんだいこ及びたすけあい党の参院選投票指針を愚考してみる。

 1、生活党の勝利に貢献する。生活党が候補者を立てた選挙区の有権者に於いては獅子奮迅の奮闘をせねばならない。近くの者は手弁当で応援するのが良い。生活党は目下の日本政治の希望の星であり、この希望の星を絶やしてはならない。反動どもがよってたかって抑圧するであろうが、それを目の当たりにするのも政治的経験である。ここはひとつ踏ん張って次の戦いへの橋頭保とせねばならない。

 2、生活党の候補者が不在の場合、不正選挙抗議の意思を示すために投票に行かない選択もある。れんだいこはそのつもりでいたが、至らないながらもけな気に頑張っている姿に涙し行くことに決めた。生活党が何故に不正選挙告発をしなかったのかについては追って確認するつもりである。敗戦の恨み節ととらえられるのを避けたのであれば行儀が良過ぎる。選挙の公正は民主主義の第一歩であり、日本における民主主義能力涵養の為にゆるがせにしてはならないと考える。

 3、生活党を除くその他政党は全て国際ユダヤに飼われており政治遊びしているに過ぎない駄党、駄議員でしかない。とはいえ選挙に行けば誰かに投票せねばならないので、その際の基準を考える。これは、いわゆるハト派タカ派でふるい分けすればよい。このハト派タカ派は平和的好戦的の指標ではない。今どきにおいては、国際ユダヤに対する忠勤度の強弱で測ればよい。この度の強い候補者を忌避する。

 リトマス試験紙は原発稼働、TPP推進、消費税増税の3本柱に対する態度である。相対的に日本の在地土着系政治家と思われる候補者を選択すれば良い。適当な候補者がいないときには、選挙区の場合には田中角栄と書けば良い。一体全体、田中角栄票が全国津々浦々で何票出るのか見ものだろう。恐らくムサシマシーンはカウントしないように単なる無効票にするだろうが。

 4、既に何度も指摘しているが、選挙は現代の政治祭りである。祭りには参加せねばならない。祭りには酔わねばならない。楽しまねばならない。これが日本の昔からのしきたりであり守るに値する伝統である。どう関わるのかは各自で対応すればよかろう。こたびは甚だ簡単なものとなったが、貧相な選挙戦であるので致し方ない。

 2013.7.4日 たすけあい党党首声明 れんだいこ拝

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「平仮名いろは歌土器」考その3

 こういう日本語には他の言語ではマネのできない芸当がある。それが和歌である。和歌は日本語特有のもので、日本語が汲み出されたところの哲理的な言語リズムに乗って作られる。古事記、日本書紀以前の歴史書として評価されるべき「ホツマ伝え」は全文が「五、七調」、「五、七、七調」のホツマ図象文字で表記されている。

 和歌はこれより発していると思われるが、やがて五、七、五、七、七の31文字を正調とするようになる。この31文字は古代太陰暦の1ヶ月の日数と関係している。これは偶然ではないように思われる。してみれば、和歌とは、宇宙のリズムから汲み出されている日本語を、そのリズムそのままに日本語的に表現する歌と云うことになる。そういう意味で、和歌は日本語に不即不離であり、日本語の生命そのものと云える。

 これにより日本語言霊(ことだま)論が生まれる。即ち、日本語の言葉自体が宇宙、自然の摂理から汲み出されており、それ故に宇宙、自然に神が宿っている以上、それと通底して生み出されている日本語にも神が宿ると云うことになる。これが言霊論の論拠である。

 留意すべきは、ここで云う神はユダヤ-キリスト教的な一神教的な創造主ではない。ユダヤ-キリスト教的な意味での被創造主の中に既に神が宿っている、しかもそれぞれに神が宿っているとする汎神論的なものである。神のこのような性格既定の差が文明の差となって表れていると云う意味で重要であるが、ここでは問わない。

 もとへ。西欧文明に悪しく汚染される以前の日本に於いては和歌の嗜みこそ知識人の証しであった。知識人は和歌を通して自然の摂理を聞き分けていた。この聞き分けが知識人の教養であり、この態度こそが日本的な学的素養であった。これが日本語の、ひいては日本精神の伝統である。外国人が日本語の魅力を語るとき、日本語のこういう深さに対する畏敬が込められている。当の日本人がそれを忘れさせられているのは嘆かわしい敗戦国現象と云わねばなるまい。

 ちなみに史書に於ける和歌の登場は、出雲神話におけるスサノウの命の「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(ご)みに 八重垣作る その八重垣を」が初見のようである。以下続々と史的和歌が登場することになる。出雲王朝の御世に於いて為政者の能力証明として和歌が磨きに磨かれ、その伝統が大和王朝の御世に於いても継承されたことは疑いないように思われる。あるいは、大和王朝の御世に於いて出雲王朝の御世を恋するように歌われたことが疑いないように思われる。

 和歌集としては、日本最古のものとして万葉集、勅撰和歌集として古今和歌集、新古今和歌集などがある。他にも小倉百人一首などのように個人が撰出した和歌集(私撰集)もある。これら及び諺(ことわざ)、格言、名言、逸話に習熟しておくのが日本的知識人としての素養であった。これが日本人の心の琴線を為している。恥ずかしながら、れんだいこはその教養を浴びていない。今頃になって関心を増しつつあるが時すでに遅しと云うべきか生きているうちなら気がつけばまだ良い方と思い直すべきか。

 この和歌をやや短く「五、七、五」に短型にしたものが短歌であり、同じ形式で歌う内容をさらに哲理的に歌うのが俳句であり、社会風刺的にしたものが川柳である。他にも狂歌、都都逸(どどいつ)がある。専門的には別の表現があるだろうが、れんだいこはかく理解している。

 中でも傑作は「いろは歌」である。日本語48音全てを1音たりとも漏れることなく重なることなく一度使用することによる名歌創出と云う離れ業(わざ)の歌である。その最高傑作が「いろは歌」であろう。既述したが「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 憂(う)ゐの奥山 今日(けふ)越えて 浅き夢見じ 酔(ゑ)ひもせず」は何たる秀逸作であろうか。

 「回し歌」も傑作である。頭から読んでも尾から読んでも同じ読みにさせ、なおか且つ和歌に仕上げねばならないという決まりの歌である。「ホツマ伝え」には、和歌姫の「紀志伊こそ 妻を身際に 琴の音の 床には君を 待つそ恋しき」。その返歌としての「長き夜の 遠(とお)の眠りの 皆な目覚め 波乗(の)り船の 音の良きかな」が載せられている。

 更なる傑作として連歌がある。多人数による連作形式で歌をつなげながら読む歌である。他にも駄洒落(だじゃれ)歌がある。駄洒落とは同じあるいは非常に似通った音を持つ言葉を掛けて創作する歌である。河内音頭のような音頭歌もある。全て節回しのリズムがバネになっている。民謡然りであろう。

 これらには相当高度な言語能力が問われている。これをまじめにあるいは言葉遊びとして楽しんできた日本人の言語能力は称賛されるべきではなかろうか。同時に考えてみなければならないことは、こういう芸当ができる言語が日本語を除いて他にあるのだろうかと云うことである。先に日本語は独り日本のみならず人類が生み出した世界に冠たるスーパー功労賞もの世界最高傑作芸術言語と述べたが、まことにその通りなのではなかろうか。

 こういう日本語を誇りにして大事にすることこそ政治の肝要であるのに、瑣末に扱う昨今の政治は日本政治ではない。日本語を粗末に扱うような政治は外国勢力のエージェント特有の売国精神故にもたらされているとしか考えられない。そういう連中が口先で幾ら愛国を云おうとも、それは云えば云うほどイチジクの葉でしかなかろう。そういう意味で極めつきの売国政治に勤しんだ中曽根、小泉が首相としての靖国神社公式参拝で悶着起こしたのは偶然ではなかろう。その愛国振りの裏で何たる売国政治に耽ってきたことか。そういう者がよりによって名宰相と称され、真に愛国的であった角栄が諸悪の元凶呼ばわりされたまま歴史が経過している。どこかで歴史評価の振り子を戻さねばなるまい。

 最後に、最近の英語教育の早期化政治に一言しておく。英語教育の早期化自体が悪いのではない。これに並行して母国語としての日本語教育が粗末にされることに問題がある。これは子供教育だけの話しではない。最近では企業の社内言語に日本国内に於いてさえ英語を強制する傾向が出始めている。基本的には勝手であろうが、日本語が世界に冠たる最優秀言語であることを思えば、それを軽視する精神がさもしい。日本語能力に粗末な者が英語になると言語能力を増すことはない。実際には逆で日本語能力を磨きに磨くことが外国語習得の近道になる。これを思えば、日本国内に於ける英語強制を自慢する経営者および取り巻き役員はよほどお調子者と云うことになろう。こういう愚行が流行りつつある風潮を危ぶみたい。

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2013年7月 2日 (火)

「平仮名いろは歌土器」考その2

 日本語上の平仮名、カタカナの発明の世界史性がどのようなものであるのか、これに関する逸話を確認しておく。時は1972(昭和47).9.27日、日中国交回復交渉時の毛沢東&田中角栄の日中最高首脳部会談の一幕で、毛沢東が次のように述べている。「いろは、アイウエオ、平仮名とカタカナを創り出した日本民族は偉大な民族です。今日本語の勉強をしています。日本に留学したいと思っているのですよ」。

 これに対し、大平外相が、「では、私たちはどうやってあなたの世話をしたらいいのですか。難しいですよ。やはり他の国に留学してください」と茶化し、毛主席曰く、「大平先生は友好的でないですね」と応えた云々。会談時の友好ムードが伝わる逸話であるが、れんだいこは、「いろは、アイウエオ、平仮名とカタカナを創り出した日本民族は偉大な民族です」の言に注目している。毛主席さすがの慧眼の言ではなかろうかと思っている。

 れんだいこが思うに、日本語は独り日本のみならず人類が生み出した世界に冠たるスーパー功労賞もの言語なのではなかろうか。今後に於いて、国際公用語として英語が普及するのは構わない。だがしかし日本語もまた第二国際公用語として使われていくべきではなかろうか。それに値する世界最高傑作芸術言語足り得ているのではなかろうか。日本語はその他の技芸同様に独り日本のみならず世界に普及していくべき能力を持っているのではなかろうかと思っている。

 その言語の「元一日」が大和王朝以前に確立していたことは疑いない。れんだいこの「原日本論新日本論」に照らせば、原日本時代の出雲王朝の御世に於いて獲得されていたと推理している。これ一事をもってしても出雲王朝御世の素晴らしさが分かろう。ここではそれを問わない。

 ここで問うのは、日本語の根幹を規定している「48音」の由来である。一体、日本人は、どのようにして「48音」を獲得したのだろうか。世界の言語がそれぞれ何音で構成されているのか知らないが、日本語同様の「48音」を持っている言語は他にあるのだろうか。恐らくなかろう。それはこの際どうでも良い。見過ごせないのは、日本語の「48音」が「あいうえお」の母音系5列と「あかさたなはまやらわ」の子音系10列+「ん」から成り立つ規則正しい関係構造を見せていることである。この知恵がどこから生まれ、どのようにして獲得されたのか誰もわからない。分かっているのは、ここに現にそのような日本語があるということである。

 以下は宮地正典氏の「人類文明の秘宝 新説ホツマツタエ」に教示いただいたのだが、「日本語48音」が不思議なことに「元素の周期律表」と親和していると云う。「元素の周期律表」とは、1871年、ロシアの化学者メンデレーエフ博士(1834-1907年)が、宇宙に存在する物質は元素で作られているとして、その元素の性質を原子量に従って並べて行き、8個の元素が一回りの転移となるという発見を元に作り上げたものである。この周期律表は今日でもなお最も重要な科学原則として通用している。

 驚くべきは、「メンデレーエフの元素の周期律表」の両端を繋いで円図にすれば、日本語原語のホツマ文字の「ふとまにの図」になると云う。これを逆に云うと、「ふとまにの図」は「メンデレーエフの元素の周期律表」を先取りしていたことになる。即ち、日本語原語のホツマ48文字が、48原子と対応していたことになる。即ち日本語が原子の周期律構造に対応した言語となっていると云う。ホツマ伝えは、その「言語の周期律表」を下に宇宙の真理に至る正道として「八の決まり」に基づく「あめなるみち(天成る道)」を説いている。ここに日本語の不思議が見られる云々。

 このことに驚くのは、れんだいこだけだろうか。そう云えば相撲の48手、性交体位の48手も何やら示唆的である。昔から48と云う数字が意識されていたことになる。夫婦の「阿吽の呼吸」も然りで、正確には「あうんの呼吸」と平仮名表記されるべきであろう。「あうんの呼吸」とは「あ」から「ん」までの息遣いを指しているのではなかろうかと思われる。

 今、気になって「阿吽の呼吸」を辞書検索すると、「阿」は口を開いて発音することから「吐く息」という意味で、「吽」は口を閉じて発音することから「吸う息」という意味。それを合わせることを「阿吽の呼吸」と云うとある。この説明は良いとして、続いて「阿」はサンスクリットの十二母音の最初の音で、「吽」は最後の音であることから、密教では「万物の根源」の象徴とされており、神社や社殿前にある狛犬の一対は、一方が口を開けた「阿形」、もう一方が口を閉じた「吽形」で、「阿吽」を表している云々とある。それもそうなのだろうが、日本語上の「あ」から「ん」までの50音の息遣いが合っているサマを表現していると受け止めても良いのではなかろうか。これによれば、何でも漢字表記したり外国知識に由来を求めて得心するのは愚の骨頂と云うことになる。

 さらに言えば、日本語の母語とも云うべきカタカムナ文字、ホツマ文字は哲理的図象文字で獲得されている。その48図象文字が一字ずつまことに味わい深い。時間があれば研究してみたいと思っているが、なかなかその時間が作り出せない。

 もとへ。我らが祖先は、漢字渡来期に、日本固有の哲理的図象文字と漢字を比べて偉大なる格闘をしたと思われる。その結果、大胆なる決断で文字としては哲理的図象文字を捨て漢字に切り替えた。これが万葉仮名と云われるものである。但し、文字は捨てたが言葉は捨てなかった。これが大和言葉と云われるものである。

 これにより漢字は大和言葉に宛(あて)がう形で使われることになった。これを訓読みと云う。漢字の発音通りに使うのを音読みと云う。但し、音読みにせよ訓読みにせよ日本語構文の中で使い切っているところに日本語の才と冴えを見て取れる。俗にこれを咀嚼するという。

 この時代の相当期間を経て万葉仮名時代に終わりを告げることになる。それが平仮名、カタカナの発明時期に即応している。こうして文字としての日本語は平仮名、カタカナ、漢字との混交文を生み出していく。この営為を毛沢東が絶賛したのは既に述べた通りである。

 以上、日本語の素晴らしさの一端が分かってくれたなら本稿の願い叶ったりである。(この後、その3に続く)

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2013年7月 1日 (月)

「平仮名いろは歌土器」考その1

 2013.6.27日、京都市埋蔵文化財研究所が、「平仮名いろは歌土器」に関する画期的発表をした。それによると、1983(昭和53)年、平安京にあった平安貴族藤原氏の邸宅「堀河院」(京都市中京区、太政大臣藤原基経がつくったとされる大邸宅)邸跡の井戸から出土した土器の裏側に、「平仮名いろは歌」のほぼ全文が墨書されていたことが分かった。土器は12世紀末~13世紀初め(平安末期~鎌倉初期)のものと見られている。

 過去に、三重県の斎宮跡で、平安時代後期の11世紀末から12世紀前半の作と推定されている「平仮名いろは歌土器」が9文字ほど書かれた土器の破片が見つかっている。「堀河院出土の平仮名いろは歌土器」がほぼ全文が判読できるものとして国内最古のものとなった。

 土器は詳しく調査しないまま保存されていたが、昨年、西約1キロにある藤原良相(よしみ)邸跡から出土した土器に国内最古級の平仮名が書かれているのが確認され、同研究所が平安京の出土品の写真データベース約9万点を再調査して分かった。大きさは直径9センチ、高さ1・5センチの土師器(はじき)の小皿で、裏側にいろは歌が書かれていた。47文字中10文字は判読困難で、4文字は欠損している。「いろは……」と書き始めたが、徐々に余白がなくなって最後の行は右端に戻って書いている云々。

 この「平仮名いろは歌土器」が何故に如何に重要なのか、これを愚考する。ちなみに、「いろは歌」とは、「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為(うゐ)の奥山 今日(けふ)越えて 浅き夢見じ 酔(ゑ)ひもせず」で知られている。れんだいこは、ここでも新観点を披歴しようと思う。「うゐの奥山」の「うゐ」は「有為」ではなく「憂い」と当てるべきで、「憂いの奥山」と解するのが正解ではないかと思っている。何故に意味不明の「有為」にするのかが分からない。

 もとへ。この発見が如何に重要であるのか。「いろは歌」そのものは、1079(承暦3)年の「金光明最勝王経音義(こんこうみょうさいしょうおうぎょうおんぎ)」で確認できる。その書物は現在、大東急記念文庫が所有しているとのことだが、万葉仮名で書かれている。こたびの発見は、平仮名で書かれている「いろは歌」の全文が確認できたところにある。この問題は、「いろは歌」の作者考、平仮名の発生考、そのそれぞれの発生時期考の三方面から興味が湧く。

 「いろは歌」の作者考、「いろは歌」の発生時期考は別の機会に論ずることにする。一説には、余りにもよく出来た歌であることから空海(774年-8355年)の作とされているが、柿本人麻呂の作だとする説もある。「いろは歌」の発生時期は平安初期の頃とされているが正確には分からない。

 ここでは、平仮名の発生考をしておくことにする。日本語に於ける平仮名はどういうルーツで生まれたものだろうかの問いである。誰か解けるだろうか。れんだいこの解は、実は相当に古いとみなしている。但し時期は分からない。作者も分からない。確認すべきは、平仮名とカタカナの由来を同時並行的にせねばならないのではなかろうかと思っている。

 カタカナの由来については平仮名の由来より少し明らかなことがある。つまり、カタカナはカタカムナ文字、ホツマ文字に起源を発しているらしいことが分かっている。通説は漢字の崩しからばかりに由来を見るが疑問である。漢字の崩しからカタカナが生まれた面もあろうが、カタカムナ文字、ホツマ文字からの由来をも見るのが執るべき態度のように思っている。実際には、漢字崩し、カタカムナ文字、ホツマ文字崩しの総合アンサンブルで生まれている可能性が高い。これの論証は別の機会に譲る。

 さて、平仮名は漢字の崩しからのみ生まれたのだろうか。そういう問いかけが起こる。れんだいこの研究はできていないが、カタカナがカタカムナ文字、ホツマ文字に起源を持つのに似て、平仮名も同様の影響があるのではなかろうかと思っている。そういう意味では、日本古代史上の有為なことは何でもインド、中国、朝鮮に起源を訪ね、日本近代史上の有為なことは何でも西欧に起源を求めようとする学的態度に反対である。日本のそれまでの固有の自生的なものをベースに外来ものとの練り合わせで生まれたとするのが正しい態度ではなかろうかと思っている。個別的にはいろいろあろうが概ねそうではなかろうかと思っている。

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