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2013年7月 2日 (火)

「平仮名いろは歌土器」考その2

 日本語上の平仮名、カタカナの発明の世界史性がどのようなものであるのか、これに関する逸話を確認しておく。時は1972(昭和47).9.27日、日中国交回復交渉時の毛沢東&田中角栄の日中最高首脳部会談の一幕で、毛沢東が次のように述べている。「いろは、アイウエオ、平仮名とカタカナを創り出した日本民族は偉大な民族です。今日本語の勉強をしています。日本に留学したいと思っているのですよ」。

 これに対し、大平外相が、「では、私たちはどうやってあなたの世話をしたらいいのですか。難しいですよ。やはり他の国に留学してください」と茶化し、毛主席曰く、「大平先生は友好的でないですね」と応えた云々。会談時の友好ムードが伝わる逸話であるが、れんだいこは、「いろは、アイウエオ、平仮名とカタカナを創り出した日本民族は偉大な民族です」の言に注目している。毛主席さすがの慧眼の言ではなかろうかと思っている。

 れんだいこが思うに、日本語は独り日本のみならず人類が生み出した世界に冠たるスーパー功労賞もの言語なのではなかろうか。今後に於いて、国際公用語として英語が普及するのは構わない。だがしかし日本語もまた第二国際公用語として使われていくべきではなかろうか。それに値する世界最高傑作芸術言語足り得ているのではなかろうか。日本語はその他の技芸同様に独り日本のみならず世界に普及していくべき能力を持っているのではなかろうかと思っている。

 その言語の「元一日」が大和王朝以前に確立していたことは疑いない。れんだいこの「原日本論新日本論」に照らせば、原日本時代の出雲王朝の御世に於いて獲得されていたと推理している。これ一事をもってしても出雲王朝御世の素晴らしさが分かろう。ここではそれを問わない。

 ここで問うのは、日本語の根幹を規定している「48音」の由来である。一体、日本人は、どのようにして「48音」を獲得したのだろうか。世界の言語がそれぞれ何音で構成されているのか知らないが、日本語同様の「48音」を持っている言語は他にあるのだろうか。恐らくなかろう。それはこの際どうでも良い。見過ごせないのは、日本語の「48音」が「あいうえお」の母音系5列と「あかさたなはまやらわ」の子音系10列+「ん」から成り立つ規則正しい関係構造を見せていることである。この知恵がどこから生まれ、どのようにして獲得されたのか誰もわからない。分かっているのは、ここに現にそのような日本語があるということである。

 以下は宮地正典氏の「人類文明の秘宝 新説ホツマツタエ」に教示いただいたのだが、「日本語48音」が不思議なことに「元素の周期律表」と親和していると云う。「元素の周期律表」とは、1871年、ロシアの化学者メンデレーエフ博士(1834-1907年)が、宇宙に存在する物質は元素で作られているとして、その元素の性質を原子量に従って並べて行き、8個の元素が一回りの転移となるという発見を元に作り上げたものである。この周期律表は今日でもなお最も重要な科学原則として通用している。

 驚くべきは、「メンデレーエフの元素の周期律表」の両端を繋いで円図にすれば、日本語原語のホツマ文字の「ふとまにの図」になると云う。これを逆に云うと、「ふとまにの図」は「メンデレーエフの元素の周期律表」を先取りしていたことになる。即ち、日本語原語のホツマ48文字が、48原子と対応していたことになる。即ち日本語が原子の周期律構造に対応した言語となっていると云う。ホツマ伝えは、その「言語の周期律表」を下に宇宙の真理に至る正道として「八の決まり」に基づく「あめなるみち(天成る道)」を説いている。ここに日本語の不思議が見られる云々。

 このことに驚くのは、れんだいこだけだろうか。そう云えば相撲の48手、性交体位の48手も何やら示唆的である。昔から48と云う数字が意識されていたことになる。夫婦の「阿吽の呼吸」も然りで、正確には「あうんの呼吸」と平仮名表記されるべきであろう。「あうんの呼吸」とは「あ」から「ん」までの息遣いを指しているのではなかろうかと思われる。

 今、気になって「阿吽の呼吸」を辞書検索すると、「阿」は口を開いて発音することから「吐く息」という意味で、「吽」は口を閉じて発音することから「吸う息」という意味。それを合わせることを「阿吽の呼吸」と云うとある。この説明は良いとして、続いて「阿」はサンスクリットの十二母音の最初の音で、「吽」は最後の音であることから、密教では「万物の根源」の象徴とされており、神社や社殿前にある狛犬の一対は、一方が口を開けた「阿形」、もう一方が口を閉じた「吽形」で、「阿吽」を表している云々とある。それもそうなのだろうが、日本語上の「あ」から「ん」までの50音の息遣いが合っているサマを表現していると受け止めても良いのではなかろうか。これによれば、何でも漢字表記したり外国知識に由来を求めて得心するのは愚の骨頂と云うことになる。

 さらに言えば、日本語の母語とも云うべきカタカムナ文字、ホツマ文字は哲理的図象文字で獲得されている。その48図象文字が一字ずつまことに味わい深い。時間があれば研究してみたいと思っているが、なかなかその時間が作り出せない。

 もとへ。我らが祖先は、漢字渡来期に、日本固有の哲理的図象文字と漢字を比べて偉大なる格闘をしたと思われる。その結果、大胆なる決断で文字としては哲理的図象文字を捨て漢字に切り替えた。これが万葉仮名と云われるものである。但し、文字は捨てたが言葉は捨てなかった。これが大和言葉と云われるものである。

 これにより漢字は大和言葉に宛(あて)がう形で使われることになった。これを訓読みと云う。漢字の発音通りに使うのを音読みと云う。但し、音読みにせよ訓読みにせよ日本語構文の中で使い切っているところに日本語の才と冴えを見て取れる。俗にこれを咀嚼するという。

 この時代の相当期間を経て万葉仮名時代に終わりを告げることになる。それが平仮名、カタカナの発明時期に即応している。こうして文字としての日本語は平仮名、カタカナ、漢字との混交文を生み出していく。この営為を毛沢東が絶賛したのは既に述べた通りである。

 以上、日本語の素晴らしさの一端が分かってくれたなら本稿の願い叶ったりである。(この後、その3に続く)

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