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2013年7月10日 (水)

学んで為になる学問と却ってアホウになる学問に関するゲーテのファウストの一説考

 「学んで為になる学問と却ってアホウになる学問の識別考」を思案しているうち、ふと気になるフレーズを思い出した。それはドイツの誇る大文豪ゲーテ((1749~1832))の戯曲「ファウスト」の次の一説である。前置きを除けば「ファウスト」の冒頭のセリフである。岩波文庫の相良守峰氏の訳文を掲げる。

 「あぁ、これで俺は哲学も、法学も、医学も、また要らんことに神学までも、容易ならぬ苦労をして、どん底まで研究してみた。それなのにこの通りだ。可哀そうに俺と云うアホウが。昔よりちっとも利口になっていないじゃないか。マギステルだの、ドクトルとさえ名乗って、もうかれこれ十年ばかりのあいだ、学生の鼻ヅラをひっ掴まえて、上げたり下げたり斜めに横に引き回してはいるが--実は我々に何も知り得るものでないということが分かっている。それを思うと、ほとんどこの心臓が焼けてしまいそうだ。それは俺だって、やれドクトルだ、やれマギステルだ、学生だ坊主だと云うような己(うぬ)惚れた連中よりはましであろう」云々。

 訳者が代われば幾分か訳文も変わろうが、大意として「学問ナンセンス論」の臭いが伝わればよい。これを仮に「ゲーテの学問ナンセンス論メッセージ」と命名する。

 れんだいこは従来、このセリフを学問一般に対する当てこすりと受け流していた。ところが最近、ことはそう単純ではないのではないかと思い始めた。ゲーテがここで述べた「学問ナンセンス論」とは実は学問一般ではなく、ネオシオニズム系学問に対する強烈な批判であり皮肉であると捉えるべきではなかろうか。その方が生き生きとすると思うようになった。

 ゲーテは、本書からも知れるのだが、若い時から晩年に至るまで相当の情熱をもってネオシオニズム系の学問に耽溺している形跡が認められる。恐らくフリーメーソンないしはその近いところで世過ぎ身過ぎをして知識を貪欲に吸収し続けたのではなかろうか。戯曲「ファウスト」全体がフリーメーソン的思想との格闘であることが、このことを教える。

 ゲーテは、これがゲーテの偉大なところであろうが、晩年になってようやくネオシオニズム系学問の虚妄に気づき、そういう人生の総決算として渾身で戯曲「ファウスト」を書き上げ世に遺したのではなかろうか。その思いを象徴的に吐露しているのが先の一文なのではなかろうか。故に冒頭に登場している。この営為は英国の大文豪シェークスピアの労作のそれに似ている。

 つまり、「ゲーテの学問ナンセンス論メッセージ」の真意は、学問一般の当てこすりではなく、ネオシオニズム系学問からの決別の意味をメッセージさせて、わざわざ面白おかしく聞かせているのではなかろうか。かく思える節がある。そういう風に捉えると題名のファウストも意味深である。ファウストを「16世紀に南西ドイツに実在し、医師・錬金術師・占星家として知られた人文学者」と見る説もあるようだが違うと思う。ファウストのドイツ語の意味は「握り拳(こぶし)」であり、「握り拳(こぶし)」は「怒りの鉄拳」的意味に通底している。とすれば、「ファウスト」を「怒りの鉄拳」的心情で書き上げていると受け止めた方が良いのではなかろうか。それでは、ゲーテが何に怒っているのだろうか。それは所詮空疎なネオシオニズム系の学問の道に誘われ、貴重な一生の過半をその研究に費やしたことに対する「自身への不徳的怒り」、そういう学問を仕掛けている者たちに対する「怒りの鉄拳」と云う意味を込めた題名なのではなかろうか。

 こう窺う窺わないは自由であるが、述べたような「れんだいこ的解」も成り立つことを世に示しておきたい。これに関連して世に確認しておきたい。「ファウスト」のこのフレーズがネット検索から容易には出て来ない。「ファウスト」の実質的に冒頭の名句であるからして、本来であれば探すのに骨が折れること自体がオカシイ。これをどう理解すべきか。普通には、このフレーズが隠されていると窺うべきではなかろうか。その理由は、「ゲーテのネオシオニズム系学問ナンセンスメッセージ」が広まることを恐れているからであると思われる。そう思う思わないは水掛け論になるが、れんだいこはそのように理解している。

 ゲーテの死没は1832年であり享年84歳であった。第一部は1808年、第二部はゲーテの死の翌年1883年に発表されている。そうすると、「ゲーテのネオシオニズム系学問ナンセンスメッセージ」は第一部の冒頭文であるからして凡そ60歳頃に書き上げられていることになる。れんだいこも偶然ながら、この年齢頃に同じような思いを得た。ゲーテに教えられたと云うより、れんだいこなりの気づきでゲーテメッセージに気づいたという次第である。

 れんだいこの気づきはこうである。学問は、本来は有益なものであり、世の実践的諸活動に対するカンテラ的意味を持つべきものである。学んで余計にバカになるなどと云うことがあり得てよいわけがない。これを例えれば、弓術に於いて初心者は矢を飛ばすこともできぬのが訓練によって次第に射ることができるようになり、次は的当てに向かい、当初は的から外ればかりしていたのが次第に的の中心に当たるようになる。これが練習効果であり、学問もそのようなものであるべきではないのか。これを囲碁に例えてみる。当初は何を意図して着手しているのか意味不明の手ばかりを打ち、石がごちゃごちゃしているところから始めて次第に意思を持った着手になり、やがてはプロの着手のごとく芸術的な石模様にさえなる。これを上達と云う。本来の学問はこれに似て、上達すればするほど機能的になるべきものではないのか。

 ところが、最近の学問を見よ。と云うか、より正確に言えばネオシオニズム系学問になるのだが、学んで少しも賢くならない。入り口の伽藍は立派そうに見えるが、入り込めば迷路ばかりで、何とか辿り着いたとしても次々と「らっきょうの空(から)」を掴むに過ぎない。挙句の果ては、その空疎をごまかすための二枚舌三枚舌ばかりを鍛えるに過ぎない。

 それが証拠にネオシオニズム系学問に没頭した挙句の大学教授だのシンクタンクの研究員だののツラを見よ。特に原発推進派のヒゲヅラ御用学者には卒倒させられたが、どう見てもインテリの顔ではない。学んだ結果として却ってアホウヅラになっている。こういうことがあり得てよいわけがない。なしてこういうことになるのか。これを愚考せねばならないと思う。

 れんだいこは、ネオシオニズム系学問の空疎性の由来をメッキ理論に求めている。連中の学問から錬金術が発生しているのは偶然ではなく、ネオシオニズム系学問に本質的なものなのではなかろうかと思っている。連中は、自然そのものの宝庫から何か有益なものを見つけて、これを合目的に利用しようとするのではなく、自然を敵視し、自然によく似たものを化学的に作り上げることを得意とする。その理屈の良し悪しの判定は別にして、メッキものは本物には勝てないのが道理である。ネオシオニズム系学問とは、そういうものの発展系のものなのではなかろうか。それが自然と共生するのならともかく、自然を破壊するとき、自然が報復する。そういう意味で、一見生産的であるように思われるが本質的に非生産的なものに過ぎない。これは科学だけのことではない。政治、経済、文化、精神、思想にも通底している。

 れんだいこは今、「学んで却ってアホウになる学問」を対自化させ、「学んで為になる学問」への転換を言い聞かせつつある。学問は本来、知れば知るほど人生を味わい深くさせるものでなければオカシイ。社会に有用的に役立つものでなければオカシイ。その真逆に位置するネオシオニズム系学問はオカシイ。決して尋常ではない。そういうものに耽るべきではない。世代を次いで仕上げるものもあるが何事も寿命の中で相談せねばならない。そういう意味ではネオシオニズム系学問全体が空疎すぎる。そう確信しつつある。このメッセージをどう受け流すのか、駄弁か能弁か、その評定は各自の判断に任せようと思う。

 2013.7.9日 れんだいこ拝

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コメント

「FAXとチラシ大作戦」
新聞も週刊誌も、「小学生にもわかる憲法と不正選挙」の要点が簡潔に網羅された【凡例その一】や【幸せの和】を是非掲載すべきですね、公器であるならばw
掲載しやすいように著作権無しのPDFにしてありますよw

【凡例その一】http://image52.bannch.com/bs/M302/bbs/787532/img/0262597418.pdf
【幸せの和】http://image52.bannch.com/bs/M302/bbs/787532/img/0262596974.pdf

投稿: 通りがけ | 2013年7月13日 (土) 16時48分

「親おもう心にまさる親ごころ」
文殊菩薩「ケネディ暗殺動画流出、真後ろから撃っただけである、内部犯行である、・・・」
http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-5628.html#more
へのコメントをまとめて示す。

JFKが尊敬した政治家は上杉鷹山。
つまり日本武士道こそが地球の指導者が必ず具えなければならない資質で在り躾である。


≪上杉鷹山(民の父母)≫
上杉鷹山について知りたければ田浦チサ子氏の著書を読むべし。

「こころのふるさと
   高鍋・木城・串間紀行---宮崎県」

2008年2月17日発行
   発行者  田浦 和孟
   福岡県北九州市戸畑区土取町5-12
   TEL 093-881-5303
印刷製本 瞬報社写真印刷株式会社
定価 本体2,200円+税

日本人でありたくば今すぐテレビを捨てて書物を多く読め。良書を多く読むことで日本人に必要な教養が身につく。
日本人を日本人たらしむるものは正しい躾と高い教養である。

小泉や安倍や福田や麻生や鳩山や菅や野田の小学生にも劣る教養の無さは、彼らが躾けと教養に満ちたほんとうの日本人ではないことを明らかに示している。学歴だけでなく躾を詐称しているのだ。学歴詐称は明白な公選法違反であるねw

躾の詐称は橋下徹、前原誠司、石原慎太郎についても全く同様である。以下同種の政治家官僚奇形司法マスゴミは枚挙にいとまが無いというか全員似非日本人躾けであるので略。


≪伝国之辞≫
上杉鷹山公35歳で隠居し養父上杉重定の実子治広に家督を譲った折「人君の心得三箇条」を伝授した。これを世に「伝国之辞」と称す。

一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして、我私すべき物は無之候。

一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物には無之候。

一、国家人民のために立たる君にて、君のために立たる国家人民には無之候

   右三条御遺念有間敷候事
    天明五巳年二月七日        治憲(花押)
     治広殿 机前


≪上杉鷹山17歳春日明神に血判誓文を献ず≫

一、文武の修練は定めにしたがい怠りなく励むこと

二、民の父母となるを第一のつとめとすること

三、次の言葉を日夜忘れぬこと
    贅沢なければ危険なし
    施して浪費するなかれ

四、言行の不一致、賞罰の不正、不実と無礼を犯さぬようつとめること

 これを今後堅く守ることを約束する。もし怠るときは、ただちに神罰を下し、家運を永代にわたり消失されんことを。

 受け継ぎて国の司(つかさ)の身となれば
    忘るまじき民の父母(ちちはは) 


≪上杉鷹山公の言葉(田浦チサ子氏の著書より転記)≫

19歳初めて滅亡寸前の米沢藩の荒廃を訪れた晩秋
「我が民の悲惨を見るにつけ、絶望に襲われていた。そのとき、手を暖めている炭火が今にも消えそうになった。しかし、大事に辛抱強く息を吹きかけていると、よみがえらすことが出来た。同じように、わが治める土地と民を、よみがえらせることが出来る希望を抱くことができた。不可能ではないと思われる」

16年間藩政の立て直しに尽くしていたときの郡奉行役人への下知
「教師である役人は、常に地蔵の慈悲と不動の正義を忘れてはならない」
「赤ん坊は、自分の知識を持ち合わせていない。しかるに、親はこの要求を察知して世話をする。それは、真心があるからである。真心は慈愛を生む。役人は、民に対して父母のようにあらねばならない。教える者は考えを確実にしておかねばならない。そうでなければ、相手を混乱させるもとになる」

23歳の「七家騒動」保守不満派処断に先立って
「新体制に反対かどうか。自分の政治は、天意にかなっていないか」「他に優れた人物がいれば、藩主を代わってもよい」

年齢不詳時(すなわち常日頃)
「自己を修める者にして、初めて学を修める正念が出る。家を整える者にして、初めて国を統治できる」

隠居後(50歳頃か)孫娘(治広の娘)参姫に送った手紙要旨(田浦チサ子氏要約)
「人は三つの恩義を受けて育つ。親と師と君である。それぞれの恩義は極まりないが、とりわけ他にまさるは親の恩である。
 よく整った家は、妻の夫に対する関係が、きちんとしなくては成り立たない。
 倹約の習慣を忘れてはならない。
 女の仕事に励み、同時に和歌や歌書に接して、心を磨くがよい。文化や教養は、それだけを目標にしてはならない。すべての学問の目的は、徳を修めることに通じている。そのため、善を勧め悪を避けるように教えてくれる学問を撰ぶ方がよい。
 汝の夫は、父として民を導き、汝は母として民を慈しむがよい」

七十歳を前に藩主からお祝いの仕切料(生活費)増額申し出を謝辞して
「孔子は、七十にして心の欲する所に従いて則を蝓えずといわれた。しかし、わたしのような凡人はとてもそうはいかない。仕切料の増額を受ければ心が緩み、わがままが出るのが凡人の常です。仕切料が足りないぐらいで欲望も起こらず、よい戒めになっているのです」

 老いぬれば心のままを戒むと
    古き教えをわれ守らなん

投稿: 通りがけ | 2013年7月17日 (水) 10時27分

○天皇象徴国民主権日本国憲法下の国政選挙で選ばれる国会議員の権限と責任

阿修羅「石破さんが戦争に行かないひとは死刑にするいうてます。自民党支持は大変危険です。」
http://www.asyura2.com/13/senkyo150/msg/859.html?c355#c355
でいま憲法違反カルト政党党員自称私人HN患者と憲法最高法規99条と日本刑法内乱罪について面白いやりとりをしています。国会議員なら誰もが国会で質問すべき内容だと思いますので現時点で最後の数コメントのやりとりを転載しますから是非すべての国会議員に読んでもらって標題の「国政選挙で選ばれる国会議員の権限と責任」について当該スレを隈無く熟読確認してください。

349. 2013年7月22日 17:07:56 : rWn9PLlcps (これが通りがけの阿修羅IDです)

石破と安倍は96条97条改憲と9条改憲についてだけ発言すれば違憲ではなかったが、9条がまだまったく改憲発議もされていないのに現行憲法9条違反の徴兵や軍法会議を違憲立法発言したことが国会議員石破の憲法99条現行憲法遵守義務違反すなわち内乱罪であり、
いっぽう安倍は公職選挙法違反の選挙公報学歴虚偽記載という被選挙権喪失犯罪犯行を隠蔽して不正に当選した憲法99条国会議員の憲法遵守責務違反内乱罪国会議員ゆえに憲法70条総理罷免内乱罪逮捕相当容疑者である。
摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官(検察官弁護士)その他の公務員であるが故に問われる内乱罪容疑であるから、国会議員を辞めてまったくの私人になれば自動的に摂政職も安倍内閣国務大臣職も消滅するから直ちに内乱罪は不起訴不問となるねw

単純明快簡単明瞭だろw小学生でもわかるぜこれくらいw


350. 2013年7月22日 17:22:26 : rWn9PLlcps

患者とか名無しの雑魚とか、必死だなw
石破のお仲間かいw

私人のお前らは無事でもバカの公人国会議員石破はもう駄目ぼだぜw

石破はこれ以上国会議員の地位に拘泥すれば内乱罪を適用されて死刑か無期懲役だよ。公民権は永久停止だしね。

公人国会議員を続けるか辞めて私人になるか、石破自身がどっちが得かよく考えて決めることだ。これは安倍もまったく同じ。

他の者は誰も彼らに国会議員公人を続けさせることも辞めさせることもできない。憲法99条違反は公人自業自得の自己責任だからね。


351. 患者 2013年7月22日 17:54:24 : teB1MgSZWh.Is : GYGeBjOmP2
>>349.
>石破と安倍は『96条97条改憲と9条改憲についてだけ発言すれば違憲ではなかった』
>9条がまだまったく改憲発議もされていないのに現行憲法9条違反の徴兵や軍法会議を違憲立法発言したことが国会議員石破の憲法99条現行憲法遵守義務違反すなわち内乱罪であり
①意味不明です。9条が改憲発議されてない時点で改憲議論を始めたら憲法擁護義務違反なのですか?
②そうであるなら『96条97条改憲と9条改憲についてだけに発言』しても違憲なのでは?あなたの言うことは自己矛盾起こしていますよ。

>現行憲法9条違反の徴兵や軍法会議を違憲立法発言したことが国会議員石破の憲法99条現行憲法遵守義務違反すなわち内乱罪であり

③9条のどこに軍法会議の設置を禁じる文言あるのですか?

④>>273. >>276. >>291. >>294. については反論ないのですね?


352. 患者 2013年7月22日 17:57:36 : teB1MgSZWh.Is : GYGeBjOmP2
>>350.
>石破はこれ以上国会議員の地位に拘泥すれば内乱罪を適用されて死刑か無期懲役だよ。公民権は永久停止だしね。
あり得ませんねw。
国会議員が改憲論議することは憲法違反でもなんでもないからです。


353. 2013年7月22日 20:02:13 : rWn9PLlcps
>>352 患者 へ
>改憲論議すること

ばかですねwここの冒頭の新聞写真の見出しに「平和憲法に真っ向背反」とありますね。報道は事実だけを伝えるものだから、国会議員石破は事実として最高法規99条に違反して現行憲法に叛逆したのです。
すなわち国会議員石破は改憲論議する前に現行憲法9条に違憲の「軍創設と逃亡死刑の軍法制定」立法発言した国会議員公人憲法遵守立法責務違反すなわち最高法規99条違反日本刑法内乱罪現行犯人犯罪者です。
国会議員の最高位公僕公人の地位には最高度に厳しい刑罰付きの職務執行責任があるのです。私人である一般人とは違う裁量権が与えられている代わりに立法発言という国会議員本来の公人業務遂行にあたって最高度の注意義務が科されている。すなわち99条違反は刑法の極刑内乱罪で裁かれると言うことです。

患者ごとき私人がなにをご託並べても公人石破本人が犯した罪は公人石破本人が償わなければならない。日本刑法の前にすべての日本国籍を有する日本人は平等である。石破だけ理由無く罪を許されるということは絶対にありませんよw

患者よおまえは公序良俗日本人社会を支える社会人の絶対常識日本国憲法を知らないのかねwちょうど担病中でいる今のうちに自分で自発的に小学校4年生からやり直したら、あの小学校義務教育課程の当用漢字の読み書きも出来ない不正入学不正卒業学歴詐称公職選挙法違反不正立候補犯罪者憲法違反ニセ総理安倍晋三より少しはマシな社会人になれるだろうw

転載(少し語句加筆推敲あり)終わり

投稿: 通りがけ | 2013年7月22日 (月) 22時02分

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