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2013年8月11日 (日)

勝てば官軍、敗ければ賊軍考

 今日は2013(平成25)年の8月11日、お盆入りである。辞典解説によると概要次のように記されている。

 「本来は旧暦の7月15日前後、新暦では8月15日前後に行うの先祖供養の行事である。多くの地方では8月13日の『迎え盆』から16日の『送り盆』までの4日間を『お盆』としている。『お盆』には先祖の霊が帰ってくるとされており、各家庭ではお墓と仏壇の掃除をした後、戸口に盆灯籠、玄関や軒下に盆提灯を吊るして出迎える。仏壇にはダンゴを供え、精進料理やキキョウ、オミナエシ、ハギ、山ユリ、蓮の花などの盆花を飾る。オガラを燃やして迎え火を炊く風習もある。これを『盆迎え』と云う。期間中に僧侶を招いて『棚経』(たなぎょう)をあげてもらう。16日の夜になると霊が帰るので『送り火』を炊いて送り出す。供物をわらや木で作った舟に乗せて川や海に流す行事もある。これを『精進流し』(しょうろながし)と云う。灯籠(とうろう)を流すところもある」。

 この行事を仏教で説明するのが通説であるが、日本の古神道以来の祖先崇拝教説と仏教的教説行事が合体した神事仏事と捉えた方が正確のように思える。何でもかんでも外来由来で捉えるのは「悪しき外来伝播説風習の学説」でしかないと思う。諸事に於いていえることだが、それまでの日本に自生していたものとの練り合わせを考える思考が必要と思っている。

 れんだいこはむしろ「お盆」の起源は、この時期が炎天下による疲労の極致に達することを見極めた上での「骨休み」から由来しているのではないかと思っている。即ち「日本暦法に基づく日本的知性による賢明なる一年の過ごし方行事の一環のもの」ではないかと思っている。こういう目線で捉えると、正月から始まり年の暮れに至る様々な行事がこの種のシリーズものであることが判明する。こういうところはもっと注目されても良い。日本は昔からなかなか味わい深い暦を持っていることになる。

 もとへ。ここでは「勝てば官軍、敗ければ賊軍」を愚考する。これも日本式の簡略明察な諺(ことわざ)の一つである。この名言は、勝った官軍側のご都合主義的プロパガンダを川柳的な「穿(うが)ち」心で見抜いているところに値打ちがある。この名句がふと浮かんできたのが今年のお盆の特徴であった。恐らく先日の「麻生副総理のナチスの如く舌禍事件」が影響しているものと思われる。こう云えば既に賢明なる者は、現在の反ヒットラー、反ナチス論が「勝てば官軍、敗ければ賊軍」式に生み出されたご都合主義理論に過ぎないものではないかと勘繰り始めるであろう。それで良い、そういうことが言いたいわけである。

 「勝てば官軍、敗ければ賊軍」の鮮やかな適用例は、幕末維新に於ける朝廷軍と幕府軍の戦いとなった戊辰戦争であろう。あるいは明治維新に於ける明治政府軍と西郷隆盛軍の戦いとなった西南の役であろう。これを昔にさかのぼればキリがない。古事記、日本書紀の高天原王朝論なぞ最たる例であろう。いずれも勝った方に都合の良い歴史の読み取り方を定式化させ今日の通説とせしめているものである。「勝てば官軍、敗ければ賊軍」言葉の面白さは、この一言二言の中に「勝者側のご都合主義的論理論法」を見事に見抜いて皮肉っているところにある。

 さて、「麻生副総理のナチスの如く舌禍事件」(以下、「麻生舌禍事件」と命名する)について愚考してみる。れんだいこの読み通り、ユダヤ人権利保護団体サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)の口車に合わせて、政界的には右から左まで、マスコミを筆頭とする各界様々の自称名士が一斉に対麻生殲滅戦に出張り始めている。麻生発言の吟味は後景に退いており、SWCの指令の下でかくも多勢が口裏を合わせていることの方に興味が湧く。この光景は既に何度も見てきた。大きな事件では田中角栄を失脚せしめたロッキード事件の光景、角栄政治の後継者・小沢一郎を失脚せしめ中の小沢キード事件の光景、そしてこたびの麻生太郎を失脚せしめ中の「麻生舌禍事件」の光景と繋がる。その他の例を挙げればキリがない。

 れんだいこ的には「麻生舌禍事件」について、これにより従来式の反ヒットラー、反ナチス論の見直しに向かえば思わぬ副産物と考えている。恐らくこの道は閉ざされるのであろうが、「麻生舌禍事件」が日本の戦後政治史上にその契機を与えたという点ではなかなかの功績ではなかろうかと思っている。

 ここでは「勝てば官軍、敗ければ賊軍」式の反ヒットラー、反ナチス論のウソについてまで言及しようとは思わない。せめてヒットラー狂人論についての真偽ぐらいは確認しておきたいと思っている。通説のヒットラー狂人論に従えば、かの時代のドイツ人は皆なが皆な、この狂人の虜(とりこ)になったことになるが、それは余りにもドイツ人の知性を軽薄化し過ぎていよう。ドイツ人をしてヒットラー&ナチス政治に賛意せしめた歴史の原因について、もう少し学究的に解析してみたいと思っている。ヒットラー狂人論は、そういう学問的営為を閉ざす暴論であって凡そ歴史の真実とは違うと思っている。

 幸い、今のところの日本にはドイツその他西欧諸国に強制されているような「ナチズムのプロパガンダ及びそれに類する行為」を民衆扇動罪として裁く法律はない。今後はTPPの国際スタンダード網が適用されると分からないが今のところは大丈夫である。してみれば、日本では少し冷静な研究ができる余地がある。しかしながら実際には閉ざされている。むしろ自主規制で「勝てば官軍、敗ければ賊軍」論法を受け入れている。これを下敷きにした歴史論ばかりが次から次へと増刷されている。こういう場合、同じ系統の書物だから幾ら読んでも賢くならない否却ってアホウにされてしまう。我々はそういう状況下に置かれている。

 以上。「麻生副総理のナチスの如く舌禍事件」から「勝てば官軍、敗ければ賊軍」を思いだし、既成のヒットラー狂人論に眉唾し始めたれんだいこの知的感性を面白いと受け止めて下されるだろうか。烈火の如くのバッシングをいただくことになるのだろうか。これが2013お盆のれんだいこ発信録である。

 2013.8.11日 れんだいこ拝

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