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2013年9月13日 (金)

三島最後のドキュメント考その2、決行前夜

 「れんだいこの三島由紀夫論」は別サイトで連載するとして、まずは「三島割腹事件の真相」を確認せねばならない。なぜなら、ここに「戦後体制上のアウトサイダーで在り続けた三島らしさ」が凝縮しているからである。三島を好意的に評する者も逆に評する者も「戦後体制上のアウトサイダーとしての三島」を確認しない限り理解が覚束ない。ここを理解しない三島論が横行しており物足りない。れんだいこが三島論を書き上げる所以でもある。もとへ。

 1970(昭和45).11.24日の夜、三島は友人のサンデー毎日記者徳岡孝夫とNHK記者の伊達宗克の二人のジャーナリスト連絡し、或る会館の名を挙げ、そこのロビーで待っていてほしいと頼んでいる。米国人の翻訳者二人に宛てた最後の所感と指示や、後に残る楯の会会員宛ての手紙を含めて、幾通もの別れの手紙を書いている。「米国人の翻訳者二人」の一人であると思われるドナルド・キーン(コロンビア大学教授・日本文学研究家)宛に投函された最後の手紙は以下のようだったという。

 「君なら僕がやろうとしていることを十分理解してくれると思う。だから何も言わない。僕はずっと前から、文人としてではなく武人として死にたいと思っていた」。

 11.25日未明、三島は、ライフワーク長編の「豊饒の海第四部、天人五衰」の最終稿を書き上げている。この小説が遺作となった。8月の時点で既に結末部は脱稿していたが、巻末日付をわざわざ11.25日と記載している。三島は担当編集者(小島千加子)へその旨を連絡した。しかし、小島が三島邸についたときには既に出かけていた。小島には間接的に「豊饒の海第四巻の天人五衰最終回」が渡された。

 11.25日早朝、三島は、軍刀と二振りの短刀を収めたアタッシュ・ケースなど必要な品々を揃えた。午前10時頃、三島は徳岡と伊達に再び電話をかけて具体的な呼び出し地などを指定している。これにつき、徳岡は次のように証言している。

 概要「 24日午後2時頃電話があり、『明日朝十一時に、あるところに来て頂きたい。毎日新聞社の腕章と、カメラを持ってくるように』。翌日11時頃、市谷会館で、楯の会会員田中から封書を受け取る。三島からのメッセージであった。『もみ消しされないように、あらかじめ檄を同封する、事件後にノーカットで公表してほしい。写真も同封している』。それは一月前に『自衛隊に決起を訴えよう』と五人で撮った記念写真であった」。

 これによれば、三島がこれから大立ち回りを演ずること、その一部始終が揉み消されるか歪曲されることを予感的に承知していたことが窺える。

 午前10時13分頃、 森田、小川、古賀が同乗し、小賀の運転するコロナが三島宅に到着。三島は、盾の会会員4名(森田必勝・25歳、古賀浩靖・23歳、小賀正義・22歳、小川正洋・22歳)と共に会の制服を揃って着込んで自宅を出て、車で東京都新宿区市ケ谷本村町の陸上自衛隊駐屯地(通称・市ヶ谷駐屯地)に向かった。いよいよ決行の「歴史その時」を迎える。

 市ヶ谷に向かう車中、高速道路を通って神宮外苑附近にさしかかったとき、三島は、「これがヤクザ映画なら、ここで義理と人情の『唐獅子牡丹』といった音楽がかかるのだが、俺たちは意外に明るいなあ」と言ったという。古賀は検察調書の中で、「私たちに辛い気持や不安を起させないためだったのだろうか。まず先生が歌いはじめ四人も合唱した。歌ったあと何かじーんとくるものがあった」と述べている。

 ちなみに「唐獅子牡丹」(1965(昭和40)年、作詞・矢野亮・水城一狼、作曲・水城一狼、歌手・高倉健)の歌詞は次の通りである。

 (一)義理と人情を 秤(はかり)にかけりゃ 義理が重たい 男の世界 幼なじみの 観音様にゃ 俺の心は お見通し 背中(せな)で吠えてる唐獅子牡丹。

 (二)親の意見を 承知ですねて 曲がりくねった 六区の風よ つもり重ねた 不幸のかずを なんと詫(わ)びよか おふくろに 背中で泣いてる唐獅子牡丹。

 (三)おぼろ月でも 隅田の水に 昔ながらの 濁らぬ光 やがて夜明けの 来るそれまでは 意地でささえる 夢ひとつ 背中で呼んでる唐獅子牡丹。

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