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2013年9月13日 (金)

三島最後のドキュメント考その8、「人、虎孔裡(こうり)に堕つ禅問答」考

 三島が敢えて死を賭しての市ヶ谷駐屯地闖入、総監人質&バルコニー演説&割腹死事件の挙に出たのか、これを推理する。参考になるのは大本教二代目教祖・出口王仁三郎の「人、虎孔裡(こうり)に堕つ禅問答」である。この時、王仁三郎は、1936(昭和11).3.13日の第二次大本教弾圧事件で治安維持法違反と不敬罪で逮捕、起訴され、法廷闘争下に置かれていた。その時の法廷で、王仁三郎は、「人、虎孔裡(こうり)に堕つ禅問答」をしている。裁判長のそもそもの問いは分からないが、王仁三郎は裁判長にこう問うている。「人が虎の穴に落ちたとして、あなたならどうするか」。この問答は、裁判長ないしは権力が虎、王仁三郎が虎の穴に落ちた人を前提として問い掛けられている。裁判長は答えに窮して沈黙する。王仁三郎がこう答えている。

 「人間より虎の方が強いから逃げようとすると殺される。刃に向かっていっても同じ事だ。ジッとしていても虎の腹が減ってくると殺しに来る。どっちにしても助からない。けれど、一つだけ生きる道がある。それは食われてはダメだ。こちらから食わしてやるのだ。食われたら後には何も残らんが、自分のほうから食わしてやれば後に愛と誇りが残るのだ」。

 裁判長が思わず「うーん」とうなり、打たれるものがあったと伝えられている。つまり、王仁三郎は、裁判長(国家権力)に向かって、「君達が私を裁くのではなく、私が君達をして裁かせてやっているのだ」と言い放ったことになる。三島の心境は、「出口王仁三郎の『人、虎孔裡(こうり)に堕つ禅問答』」そのものの実践だったのではなかろうか。

 「大本教考
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/oomotokyoco/top.htm)

 推理するのに、総監室に戻った三島に待ち受けていたのは屈強な特殊部隊、そしてこれから起こる惨劇を見届ける奥の院エージェント複数名であった。三島は、「先生、あなたには死しかありません。見事に死んでください」と引導が渡された。情況を理解した三島は切腹死の途に就いた。それは、三島にしてみれば、三島の至誠を愚弄する権力の壁に対する死を賭しての愚弄の仕返しであった。こういう結末もあるらんと覚悟していた三島は割腹の儀礼に入り、忠実に腹を裂き、しかも深切りして見せた。三島が「介錯するな、とどめを刺すな」と叫んだのは、このセンテンスで理解できる。

 三島は、薄れゆく意識の中で、「人、虎孔裡(こうり)に堕つ禅問答」の「こちらから食わしてやるのだ。食われたら後には何も残らんが、自分のほうから食わしてやれば後に愛と誇りが残るのだ」を味わっていたに違いない。そういう死に方も三島にしてみれば本望と云えるものだったかも知れない。生きて帰ることも期していなかった訳ではないが事ここに及べばここが命の捨て場と割り切り蕭々と首を差し出したのではなかろうか。死ぬも一法、角栄のように敢えて生き恥を晒し続けるのも一法、皆な「出口王仁三郎の『人、虎孔裡(こうり)に堕つ禅問答』」そのものの実践だったのではなかろうか。文学的思想的に表現するとそういうことになる。

 それはともかく、ノーベル文学賞候補として報道され、多方面で活躍中だった著名作家のクーデター呼びかけと割腹自決のニュースは、日本国内だけでなく世界各国に配信され注目を集めた。その波紋は論議を起こし、今日まで回想を含め様々な出版物が刊行されている。しかし、三島をどう理解するのかについては様々で、読んでもいないのに云うのはおこがましいが、れんだいこ的には物足りない。れんだいこは、三島は死してなお歴史の棺に納まっておらず、その意味で彷徨っているとみなす。本ブログは、三島を歴史の棺の納まるべきところに納めたいと思念して書いている。三島が得心してくれれば本望である。

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