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2014年1月11日 (土)

れんだいこの天皇制論その3、大国主の命期の出雲王朝のご政道、政治思想考

 ここで「大国主の命期の出雲王朝のご政道考」をしておく。これらは、現下の日本政治には窺えないが、日本政治精神として色濃く継承されてきたものであることを確認する為である。本来の天皇制の在り姿を垣間見ることができよう。天皇制論の際に弁えておかねばならないことだと思っている。

 「大国主の命期の出雲王朝のご政道」が、今日から見て古神道に導かれていたのは間違いない。それでは古神道とはどのような宗教精神なのだろうか。これについては先に「れんだいこの日本神道論」を発表しているが、云い足りなかったところを補足しておく。れんだいこはかく判じたい。

 古神道を理詰めで説けば要するに「天地人の理」を解き明かし、これに即応させる修法であると云えるのではなかろうか。「天地人の理」とは、「天の理」、「地の理」、「人の理」のそれぞれを解き明かし、その上でそれらを三位一体的に捉えて「天地人総合の理」として捉え直し、これを見究め処断していく作法を云うのではあるまいか。これは相当に精神性の高い修法であり、これを極めた者が霊能者として命(ミコト)になり、その命が「御言」を宣べる者であり、その「御言」を宣べる者の総帥がスメラミコトとなり、そのスメラミコトの頂点に立つのが天照大神であったと思われる。これを修法するのが古神道であり、この古神道の御教えに導かれて紡ぎだされた政治的なものが本来の「ご政道」である。その他が何々道であり、これに伴う礼儀作法である。こう捉えたい。

 「天地人の理」を認識論とすれば「御魂の理論」をも生み出して補完していた。これがいわば実践論となる。「御魂の理」とは、魂を和魂(にぎみたま)、幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)、荒魂(あらみたま)の四魂に分け、それぞれの魂の働きを願い奉る信仰を云う。出雲王朝御代は、この四魂を魂の四態原理として組み合わせ、情況に応じて発動させ、これに則った政治を執り行っていたと拝したい。これが日本学的な戦略戦術論の原型とも云えよう。

 和魂は徳を表わし平和の和に繋がり政治では徳治主義となる。

 幸魂は幸を表わし幸運の幸に繋がり政治では殖産興業となる。

 奇魂は奇を表わし奇妙の奇に繋がり政治では霊能政治となる。

 荒魂は武を表わし武闘の武に繋がり政治では武断政治となる。

 この御代の思想を確認しておく。古神道思想が大地を地球として認識していたかどうかは定かではないが、動態的な生命体としてみなしていたことは確かなように思われる。その地球が他の天体と大いなる調和でもって宇宙を形成していると把握していたことは確かなように思われる。ここから翻って大地に精霊を認め(地霊)、天と交合し様々な気象を生むとしていた。その他自然の万物にも精霊が宿っており、その恵みとお陰を受けているとしていた。これを精霊信仰又は御霊思想と云う。

 食物連鎖を互いの生命の大いなる循環と捉え、この思想に沿う形で狩猟、採集、農耕を生み出していた。これより始まる士農工商社会を秩序化させていた。士農工商は対立するものではなく、分業的に互いに補完し合う関係として位置づけられていた。四季の変化を取り込み、生活をその折々に即応させていた。森羅万象を二項対立の様々な組み合わせ、あるいは三項の組み合わせで分類し理解していた。日月、水火、天地、男女等の差異も、対立関係のみならず相補関係に於いても捉えていた。総じて汎神論的アニミズムに基づく八百万の神々観を生み出していた。これを仮に「日本上古代思想」と命名することができよう。  

 特徴的なことは、神人和楽且つ神人協働の哲理を持っていることであり、その哲理が非完結態の開放系構造であったことであろう。もう一つの特徴は、絶対の真理とか教条、戒律を持ち込まず、万事に於いて例外をも許容しながら臨機応変に処すことを良しとしているように思われる。その水準は世界一等的なもので、他のどのような思想宗教と接触しようとも、まずは受け入れ次にすり合わせし次第に咀嚼する芸風を見せた。これが上古代日本が生み出した土着的思想であり非常に高度なものと窺う必要があろう。政治思想を学ぶのに何も西欧のそれから説き起こすことはない。日本の自生的な思想を深く学び、その上で外来的なものとの摺り合わせこそが必要な営為であろう。

 この御代の処世法を確認しておく。出雲王朝下では「七福神(しちふくじん)譚」が説かれていたと思われる。七福神とは恵比寿、大黒天、毘沙門天、寿老人、福禄寿、弁財天、布袋の七神である。吉祥七福神譚が定式化するのは後のことであるが、出雲王朝下で原型が出来ていたと思われるのでここで採りあげておく。

 恵比寿神(えびすさま)は釣竿を持ち鯛を抱えてエビス顔と言われるような笑顔に特徴がある。主として商売の神様として信仰される。「笑う門には福来る」の御教え神となっている。

 大黒天(だいこくさま)は丸い頭巾を被り、右手に「満願成就の打ち出の小槌」を持ち、左手で大きな袋を背中にかけ、二俵の米俵の上に乗っているところに特徴がある。主として豊作の神様として信仰される。

 毘沙門天(びしゃもんさま)は甲冑を着て、右手に槍(宝棒)、左手に宝珠をささげる厳しい顔をしたところに特徴がある。主として勇猛の神様として信仰される。

 弁財天(べんてんさま)は琵琶を弾く白肉色裸形という姿に特徴がある。七福神の中で唯一の女神で、主として学問、芸術の神様として信仰される。

 福禄寿(ふくろくじゅ)は長く大きい頭、背が低くてあごにひげをたくわえ、長寿のしるしの鶴と亀を従え、左手には如意宝珠、右手には杖を持っている姿に特徴がある。主として健康の神様として信仰される。

 寿老神(じゅろうじん)は白ひげをたらし杖を持ち、左手に鹿、右手に宝杖を持っている姿に特徴がある。主として長寿の神様として信仰される。

 布袋和尚(ほていさま)は半裸で杖をつき布の大きな袋を背負い、福々しく大きな耳、広い腹の姿に特徴がある。主として和合福徳を招く神様として信仰される。

 七福神の風体、小道具は、その理をそれぞれ象徴しており諭しがある。これを味わうべきだろう。これら七福神が共に宝船に乗っている。このことは七福神が互いに同居していること航海に出向いていることを意味している。即ち七福神思想でもって互いに仲良く助け合って世渡りして行くことを示唆しているように思われる。「出雲の七福神譚」は人々の生活上の諭しであり且つ出雲王朝御代の政治思想を間接的に説き聞かせていると拝したい。その宝船に書かれている回文(上から読んでも下から読んでも同じ音になる文章)には次の言葉が書かれている。  「なかきよの とをのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」。(永き世の 遠の眠りの 皆目覚め 波乗り船の 音の良き哉)。  

 これらの全体が「言霊信仰」を基底としていたように思われる。祝詞(のりと)はこれにより生みだされている。これについては別途論考する。れんだいこが感心するのは、大国主の命期の出雲王朝の「ご政道」、「思想」、「七福神(しちふくじん)譚」は味わえば味わうほど有益で奥が深く理に適っていることである。これを思えば、近現代史日本で学問として教えられているところの国際ユダ屋テキストの方が底が浅いように思われる。それは「天地人」を物としか看做さない血の通わない物象化学問であり、古神道の御教えとはマ反対のものになっている。古神道の御教えは生活に活きるが、国際ユダ屋テキストの学問は学んで却って阿呆にされるのではないかと思っている。戦後は、そういうろくでもないものばかり教えられているが、教えられなくなっている「大国主の命期の出雲王朝のご政道、思想」の方こそ学ぶべきであり、少なくとも両方学べば良かろうにと思う。

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