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2014年2月

2014年2月27日 (木)

五十嵐仁の「アンネの日記の破損事件批判」考

 2014年2月、東京、横浜等の公立図書館で「アンネの日記」やホロコーストに関する本などが破られているのが相次いで見つかると云う事件が報道された。2.20日、ユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が、「衝撃と深い懸念」を表明、捜査と実行者の特定を求める声明を発表した。この事件に関連して、五十嵐仁が、「五十嵐仁の転成仁語」の2014.2.26日付けブログ「ネオ・ナチ化する醜い日本と日本人」で興味深い発言をしている。これを確認しておく。

 五十嵐氏は、被害本について次のように述べている。「『アンネの日記』関連の書籍だけではありませんでした。被害を受けた本はアウシュビッツ強制収容所に収容された女の子について書かれた『ハンナのかばん』や、第2次世界大戦中、多くのユダヤ人にビザを発行して命を救った日本の外交官、杉原千畝の伝記など、少なくとも80種類に上るといいます」。この事件を仮に「アンネの日記他関連書籍破損事件」と命名する。この指摘は事実関係のもので首肯するしかない。この行為に対して次のように批判している。「このような破損行為は、ユダヤ人を敵視し、彼らに対する迫害を肯定しているように見えます。日本社会にネオ・ナチのような価値観が浸透し、ユダヤ人に対する迫害を支持する日本人が行動を起こしたということなのでしょうか」。ここまではまだしも良い。

 問題は続いて次のように述べているところにある。「気にくわないからといって、片っ端から本を引き裂いて破損するような行為は、ナチスによる焚書の現代版にほかなりません」。これは一見、正論のように思える。だがしかし、「ナチスによる焚書」の代わりに今度は「戦勝国側によるナチス関連書籍の封書」が常態化している目下の現実に対する不言及なままの「ナチスによる焚書批判」は片手落ちと云うべきではなかろうか。

 今や「全世界反ユダヤ主義監視法」なるものが敷かれており、「ヒットラー及びナチスタブー」はドイツ本国だけのことではない。どこまで本当のことか分からないが、ドイツでは飼い犬にヒトラー及びナチス関連の命名をしただけで検束されると云う。日本では理解し難いが西欧諸国ではこの風潮が「戦後の常識」となっている。五十嵐氏が、よく知られたこれらの事象に対しても批判の舌鋒を鋭くし、その返す刀で「アンネの日記他関連書籍破損事件」に対し、思想及び学問の自由の見地から独立覇気の論を述べるのなら言うことはない。五十嵐氏は、れんだいこの知る限り、そういう意味での学問の自由論者ではない。

 ブログは(中略)続いて次のように述べている。「私はかつて地球を一周する旅の途中、オランダのアムステルダムで『アンネの家』に立ち寄りました。その隠れ家の秘密の部屋も見たことがあります。そのとき、『このような所で、人目を盗んで生活することを強いられるなんて』と、強い憤りを覚えたものです」。これによると、五十嵐氏は「アンネの家」に立ち寄ったこと、アンネらが隠れ家的生活を強いられていたことに対し「強い憤りを覚えた」ことを明らかにしている。このこと自体は結構なことで何の問題もない。ここでは記されていないがホロコースト記念館に立ち寄ろうとも、そのこと自体は結構なことで何の問題もない。「地球を一周する旅」を羨ましく思い、どういう旅だったのか気になるぐらいのことでしかない。

 問題は、五十嵐氏が、ユダヤ人のみならず世界で不自由や困難を強いられている諸民族全ての「民」に対して、同じような眼差しを持っているのかどうかにある。現代史の問題は、かって流浪の民と呼ばれたユダヤ人が世界史上かってない権力を得ており、そのことにより従来にない形の抑圧支配体制を全世界的に敷いているところにある。それは一般的なユダヤ人と云う範疇で語らないほうが良い。そういう意味で、れんだいこは国際金融資本帝国主義ないしはネオシオニズムと云う表現で対自化させている。最近になって単に「国際ユダ屋」と命名している。この「国際ユダ屋」の仕掛ける様々な狡知との闘いの必要性を指摘している。

 このセンテンスで「五十嵐仁の転成仁語」の2014.2.26日付けブログ「ネオ・ナチ化する醜い日本と日本人」を読む時、「国際ユダ屋」に受け狙いのお調子者的な、ユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」の「衝撃と深い懸念表明」と軌を一にする「アンネの日記他関連書籍破損事件批判弁」でしかないように聞こえてしまう。よって結びはこうなる。「もしそうだとすれば、何という醜い国になってしまったのでしょうか」。

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2014年2月21日 (金)

れんだいこの万葉集読解法考その2

 先の「れんだいこの万葉集読解法考」で、万葉集の読解を文学的にのみ読むのではなく歴史学的にも読むべきとしたが、もう一つ思想的にも読むべきとの提言をしておく。実に万葉集は日本文学の祖であり且つ記紀、風土記に並ぶ政治史書であり且つ思想書でもある。思想書とは、当時の人々の生態、思想が披瀝されていると云う意味と、日本の国体を明らかにしていると云う両面の意味を持たせている。このことを強調しておきたい。

 僭越ながら言わせてもらうと、従来の万葉集研究は、文学的読み取りにおいては辟易するほど精緻に為されていよう。特に文法的解析、語彙的解説は参考になる。但し、その精緻さの結果として歌意をいかほど正確に為しえているかと云うと心もとない。「木々に拘り森を見ず、森に拘り山を見ず」の例えに似た偏狭解釈が横行している面もあるように見受けられる。しかしながら何とかして正解的な解釈を生み出すべく向かうべきだろう。文学的研究が基礎であろうから、この営為を続けねばならない。

 万葉集読解の次の要請は歴史書的且つ政治書的な読み取りであろう。この方面の研究はそれなりに進められているようだが未だ未開であるようにも思われる。それと云うのも、大和王朝御用化の為に編纂された記紀神話的構図下にあるので一向に進まないのではなかろうか。課題は、記紀神話的構図下から出藍することにある。この方面の研究は緒についたばかりなので致し方ない面もある。しかしながら先の「文学的読み取り」も「歴史書的な読み取り」と密接不可分な訳だから同時並行的に進めねば実りあるものにはならないだろう。こう云わせていただいておく。

 さて、本稿の眼目である「思想的な読み取り」はどうだろうか。これは、未だ緒にもついていない未踏の分野なのではなかろうか。れんだいこ的には、万葉集の思想的読み取りにこそ真髄があると見立てている。万葉集を思想的に読み取るとはどういうことか、これにつき言及しておく。要するに、日本古代史上の国譲り政変が大きく関係しており、国譲りさせられた方の大和王朝前の政権であった出雲王朝、三輪王朝時代の日本国体と、国譲りさせた方の大和王朝政権の国体との間に認められる「歴史の溝」を確認し、それを座るべき歴史の椅子に腰掛けさせねばならない。こう認識せねば解けない。

 実に日本古代史とは、この「歴史の溝」をどう練り合わせていくのかの御苦労史である。そのハイライトが大化の改新と壬申の乱である。それはかっての国譲り政変のリバイバルでもあった。この一連の政治動乱過程でどういう新たな国体が創出されたのか、ここにテーマがあり、ここを紐解かねばならない。練り合わされた部分と練り合わされずに併走する両面を嗅ぎ取らねばならない。ざっと云えばこういうことになる。抽象的に述べているので分かり難いかも知れないが、これを具体的に述べるよりも逆に分かり易いとも云えるだろう。

 その上で今最も関心が注がれるべきは、大和王朝前の政権であった出雲王朝、三輪王朝御代の日本国体の解明である。これは国家論、民族論、政体論を主とするが、関連して当時の民俗論、生態論、思想論、宗教論へと繋がる。れんだいこは、万葉集こそが、これを濃厚に伝えていると見立てている。ここに万葉集の特筆すべき値打ちがあると見立てている。

 これの探訪の旅は、日本のアイデンティティーが意図的故意に圧殺されようとしている目下の政治状況下にあっては、これを解明解析することが逆バネの作用を持つと信じている。仮にこう難しく構えなくても、当時のいわば原日本の真姿を知ることは何かと有益ではないかと思う。かなり高度な文明だったのではないかと思っている。故に、いざ同朋よ手を繋げんと思う。万葉集寺小屋を共に創造したいと思う。以上。これを「万葉集読解法考その2」として補足しておく。

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