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2014年2月21日 (金)

れんだいこの万葉集読解法考その2

 先の「れんだいこの万葉集読解法考」で、万葉集の読解を文学的にのみ読むのではなく歴史学的にも読むべきとしたが、もう一つ思想的にも読むべきとの提言をしておく。実に万葉集は日本文学の祖であり且つ記紀、風土記に並ぶ政治史書であり且つ思想書でもある。思想書とは、当時の人々の生態、思想が披瀝されていると云う意味と、日本の国体を明らかにしていると云う両面の意味を持たせている。このことを強調しておきたい。

 僭越ながら言わせてもらうと、従来の万葉集研究は、文学的読み取りにおいては辟易するほど精緻に為されていよう。特に文法的解析、語彙的解説は参考になる。但し、その精緻さの結果として歌意をいかほど正確に為しえているかと云うと心もとない。「木々に拘り森を見ず、森に拘り山を見ず」の例えに似た偏狭解釈が横行している面もあるように見受けられる。しかしながら何とかして正解的な解釈を生み出すべく向かうべきだろう。文学的研究が基礎であろうから、この営為を続けねばならない。

 万葉集読解の次の要請は歴史書的且つ政治書的な読み取りであろう。この方面の研究はそれなりに進められているようだが未だ未開であるようにも思われる。それと云うのも、大和王朝御用化の為に編纂された記紀神話的構図下にあるので一向に進まないのではなかろうか。課題は、記紀神話的構図下から出藍することにある。この方面の研究は緒についたばかりなので致し方ない面もある。しかしながら先の「文学的読み取り」も「歴史書的な読み取り」と密接不可分な訳だから同時並行的に進めねば実りあるものにはならないだろう。こう云わせていただいておく。

 さて、本稿の眼目である「思想的な読み取り」はどうだろうか。これは、未だ緒にもついていない未踏の分野なのではなかろうか。れんだいこ的には、万葉集の思想的読み取りにこそ真髄があると見立てている。万葉集を思想的に読み取るとはどういうことか、これにつき言及しておく。要するに、日本古代史上の国譲り政変が大きく関係しており、国譲りさせられた方の大和王朝前の政権であった出雲王朝、三輪王朝時代の日本国体と、国譲りさせた方の大和王朝政権の国体との間に認められる「歴史の溝」を確認し、それを座るべき歴史の椅子に腰掛けさせねばならない。こう認識せねば解けない。

 実に日本古代史とは、この「歴史の溝」をどう練り合わせていくのかの御苦労史である。そのハイライトが大化の改新と壬申の乱である。それはかっての国譲り政変のリバイバルでもあった。この一連の政治動乱過程でどういう新たな国体が創出されたのか、ここにテーマがあり、ここを紐解かねばならない。練り合わされた部分と練り合わされずに併走する両面を嗅ぎ取らねばならない。ざっと云えばこういうことになる。抽象的に述べているので分かり難いかも知れないが、これを具体的に述べるよりも逆に分かり易いとも云えるだろう。

 その上で今最も関心が注がれるべきは、大和王朝前の政権であった出雲王朝、三輪王朝御代の日本国体の解明である。これは国家論、民族論、政体論を主とするが、関連して当時の民俗論、生態論、思想論、宗教論へと繋がる。れんだいこは、万葉集こそが、これを濃厚に伝えていると見立てている。ここに万葉集の特筆すべき値打ちがあると見立てている。

 これの探訪の旅は、日本のアイデンティティーが意図的故意に圧殺されようとしている目下の政治状況下にあっては、これを解明解析することが逆バネの作用を持つと信じている。仮にこう難しく構えなくても、当時のいわば原日本の真姿を知ることは何かと有益ではないかと思う。かなり高度な文明だったのではないかと思っている。故に、いざ同朋よ手を繋げんと思う。万葉集寺小屋を共に創造したいと思う。以上。これを「万葉集読解法考その2」として補足しておく。

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