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2014年3月

2014年3月30日 (日)

日共問題考その3

 久しぶりに日共問題に言及しているが、ここで「日共問題考その3」として「議事録抹消先鞭役としての日共批判」をしておく。これもいつか言いたかったことである。これを正確に云えば、議事録抹消の先鞭役が日共かどうかは分からない。但し、分からないのは、れんだいこだけではなく他の者も同じようなので仮に先鞭役としておく。先行事例があれば、これが確認でき次第に表記換えするつもりである。ここで云う「議事録」とは「国会質疑議事録」のことを云う。

 れんだいこが何を論拠としているのか、以下これを明らかにしておく。直接的には「1988.2.7日、衆院予算委員会での共産党の正森成二議員と浜田幸一委員長の遣り取りで勃発した宮顕犯罪の一つとしての小畑中央委員リンチ致死事件(通称「宮顕リンチ事件」)を廻る質疑議事録の抹消事件」のことを云う。事件の概要は「補足・浜田幸一元自民党代議士の貴重な事件分析」に記す。ここで確認すべきは、「国会質疑議事録の抹消」がこの時から始まり、これがその後に定向進化し、今では至るところで瀰漫しており、その元一日的意味があるということである。

 日共が国会を足がかりとする政治運動に着手して以来、数々の眉唾な動きが認められる。その最たる例が近現代政治家の中での傑出した逸材であった田中角栄を失脚せしめる為に相当な役割を果たしたことであろう。他にも戦後政治の善政機軸であった公共事業を敵視し遂に今日ある如くな惨状に追いやったことが挙げられる。箱物行政批判もその流れのものである。歴史観的には、戦前の第二次世界大戦に至るまでの歴史の流れをフリーメーソン史観で捉え、民主主義陣営対全体主義陣営の戦いであったなどと歪曲し、「国際ユダ屋の覇権との戦い」であったと云う面をおくびにも出さず、勝者側の「民主主義陣営」の戦勝国論理&論法を振り回し今日まで説教し続けている例も挙げられよう。

 大衆団体運動、例えば学生運動、原水禁運動、新日本文学運動、部落解放運動、日中友好協会その他その他に関わっては分裂させ、結果的に運動体的利益を毀損せしめ今日の惨状に追いやった主因をなしていることも挙げられよう。滑稽なことに、これらの党史、運動史を極力残さないよう指導し、それが証拠にホームページを見よ共通して出て来ない。仮に記せば噴飯もののご都合主義記述に偏っている。「国会質疑議事録の抹消」は、そういう変態運動の一コマを語るものでしかないが、その影響力が無視できないと云う意味で取り上げるに値する。

 「国会質疑議事録の抹消」が何故に弾劾されるべきか、それは自明である。常識的に見て、実際に審議された遣り取りは議事録に記録されるべきであり、抹消などが許されて良いわけがない。仮に問題発言がなされ悶着したとして、その結末までの一部始終をも議事録にすれば良いだけのことで、「抹消」と云うような「あったことをなかったことにする措置」は許されない。国政の最高権限を詠う国会の場での質疑なら厳重にそうあるべきである。

 それをかの時、いとも簡単に「議事録抹消」させ、その悪弊がその後の政治に影響し、先の民主党政権下では閣僚会議をはじめとする重要会議の議事録不存在にまで発展し、福島原発事故後の東電対応では「議事録黒塗り&抹消」のオンパレードへと繋がっている。こういう事態の始発をなしたのが「1988.2.7日の議事録抹消事件」である。この悪弊が常態化しているという意味で、日共責任が免れ難い。

 かの時、ハマコーは、審議を混乱に導いた責任に対しては陳謝するが、議事録抹消は政治信条に関わるからできないと突っぱねている。後日、「私の発言の議事録からの削除だけは絶対に認めるわけにはいかなかった」と述べている。そこへハマコーの親分格の金丸が登場し、1・質疑発言を取り消し議事録から抹消するか、2・予算委員長の辞任かのどちらかを選べと迫られることになった。ハマコーはその両方を拒否し、結果は、議事録抹消及び予算委員長辞任となった。以降、実質的にハマコーの政治生命が断たれ要職に就くことはなかった。その後、ラスベガス賭博散財事件、借金事件等で顰蹙を買うことになるが、これも何がしか仕掛けられた裏事情があった気がしないでもない。

 それはともかく、日共が国会を足がかりとする政治運動に着手したこと自体は良いとして、何か有益なことをしているのかと問うと見えてこない。逆の事象ばかりが目に付くことが奇妙過ぎる気がしてならない。党名が共産党だからして平素は弱者の側からの発言をするが、それは当たり前で特段に評価する必要はない。いざ鎌倉の時の日共対応が問題だ。どこから入手したのか分からない情報を元に国際ユダ屋が狙い撃ちする政敵を葬る為に暴れ馬的活躍をするところが奇妙である。れんだいこの今日的立論は、「国際ユダ屋に飼われた左からの突撃隊」的役割をしていると見なしている。この見当はあながち的外れでないと思っている。ここに闇がある。以上、本稿を「日共問題考その3」とする。

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2014年3月22日 (土)

日共問題考その2

 先のれんだいこブログ「日共問題考」が反響を呼んでいるようなので、もう少し掘り下げ論拠に関わることを述べておく。「日共問題」の決定的な始発証拠とでもいえる「宮顕免責疑惑」を確認しておく。まともに書けば文が長くなるので例証を略し趣意のみ書き付けておくことにする。

 「宮顕疑惑」は数々あるが、ここでは「宮顕免責疑惑」を取り上げる。これは、戦前の党中央委員小畑の査問致死事件に於ける宮顕犯罪いわゆる「宮顕リンチ事件」に対する戦後に於ける「無罪放免の怪」のことを云う。その宮顕が、戦後直後の党運動を指揮した徳球に代わって1955年の六全協で党中央を掌握し、その後を長年にわたって最高指導者として君臨し続け、以降その系の不破、志位が党中央に納まり続けていることにより今日まで「解決済み」としている事案のことである。

 これが本当に「解決済み」なのかと云う議論が実際に国会でされている。1974(昭和49)年から1976年のロッキード事件直前まで、民社党が火付け役で論戦となっている。これにつき、ロッキード事件のどさくさで掻き消され今日に至るまで再燃していないが火種は燻り続けている。これの考察につき、ここでは略す。れんだいこは、「解決済み」に関わったユダヤ教ラビにしてGHQ民政局法務部顧問の肩書きを持つ「ハワード・マイヤーズ」の登場そのものに重大性を見ているので、これに言及してみたい。こう問う研究者はいない。恐らく、れんだいこが初指摘であろう。

 「ハワード・マイヤーズ」なる名前が実名であるのかどうかも疑わしいが、そういうユダヤ教ラビが唐突に登場し、超法規的権力を行使し宮顕を窮地から救うと云う履歴を遺している。共産党が今もこの時手にした「復権証明書」を盾にして「解決済み」としている訳であるが、何故に「ハワード・マイヤーズ」が登場し采配を振るったのか、ここが闇となっている。「ハワード・マイヤーズ」が登場し、宮顕を救った裏に、どの時点からかは明らかにできないが、宮顕が以前も以降も連中の支配下にあることを物語っているとみなしている。これの詳細は以下のサイトに記しているので参照されたい。

 その要点を少し解説しておく。戦後のGHQ指令により治安維持法違反容疑で拘束されていた社会主義者、宗教家らが一斉に無罪釈放とされたが、宮顕、袴田の場合には同志殺人事件による殺人犯として起訴されていた為にいわゆる併合罪の者にまでは適用されなかった。これをどう救済するのかが「ハワード・マイヤーズ」の任務であった。宮顕の場合、加えて更に「生命の危篤」を理由として他の被告よりも一足早く釈放されており、これをどう法的に処理すべきかと云う問題があった。宮顕が何故に一足早く釈放されたのか、「生命の危篤」でない者に対するそのような名目での出獄が許されるのか、これをどう法理論的に始末すべきかで議論されたが妙案はなかった。「ハワード・マイヤーズ」の知恵をもってしても理論的に正当化できなかった故に、「将来に向てその刑の言い渡しを受けざりしものとみなす」の文言だけの復権証明書での免責となった。それは露骨なまでに超法規的措置であることを示しており、法理論的に処理する厄介な仕事が残されたままになっている。

 つい先日、志位が、従軍慰安婦問題に絡む河野談話に関連して、次のような素敵な法話を説いて聞かせてくれている。「都合の悪い歴史を隠蔽し改竄することは最も恥ずべきこと。そのような勢力に未来は決してない。歴史の真実に正面から向き合い誠実かつ真摯に誤りを認め未来への教訓とする態度をとってこそ云々」。これはその通りで、どうぞこの法話通りに宮顕問題に立ち向かってほしいと思う。志位よ、まさか手前らのことは別で、この弁は相手を責めるときのみに使うと心得ての便法ではあるまいな。それは余りに恣意的であるぞよ。

 「戦後の釈放時の疑惑考、「復権証明書」の疑惑考」
   (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/nihon/
        miyakenco/rinchizikenco/zikenco10_1.htm)
   「GHQ民政局法務部顧問ハワード・マイヤーズ考」
   (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/nihon/
        miyakenco/rinchizikenco/zikenco10_2.htm)

 この事件の問題性は、日本共産党のトップがユダヤ教ラビ「ハワード・マイヤーズ」を表とする秘密結社的黒幕の支配下にあり、日頃は共産党と云う党名からして共産党らしい活動をするものの、一朝事あるときには、その黒幕の指令通りに動く傀儡でしかないことを物語っていると云う意味で見逃せない。この黒幕を仮に「国際ユダ屋ネオシオニスト」と命名する。とすると、要するに、共産党の最高指導者が国際ユダ屋に弱みを握られて操作されている関係にあると云うことになる。庶民の味方、正義の党、キレイ潔癖清潔が売りの日本共産党が実はそういう黒幕のコントロール下にあると云うことである。こう理解しないと「ハワード・マイヤーズ」の登場と、それによる超法規的措置による免責が説明できないのだから、如何に口から泡を吹こうと致し方あるまい。

 こういう事例は何も共産党だけではない。左派圏の社会党(現在の社民党の前身)も然りであり、似たような弱みを握られており、戦後の社共運動は連中にコントロールされて来た歪んだ歴史を持つ。これは何も日本だけのことではない。これについては略す。共産党、社民党は政権的には野党であるが与党も事情は然りで、首相となり政権を運営するような人物はほぼ全てコントロールされている人物ゆえに首相になりえていると思えばよい。これは戦後来一貫してそうである。

 日本の戦後政治史上、この仕掛けから逃れていたのは唯一、田中角栄であったと思われる。その為であろう、国務省宛「角栄レポート」が詳細に記されているのは知る人ぞ知るところである。戦後保守ハト派系の吉田茂、その門下生の池田隼人、田中角栄、大平正芳、鈴木善幸及びそのラインが相対的に自律していたと思われる。この系以外はほぼ全て篭絡されていると思えばよい。戦後日本は戦後保守ハト派系にリードされ、奇跡の戦後復興、引き続いての世界史上に輝く高度経済成長を遂げてきたが、その日本の更なる成長がコントロールし難き事態になるのを危ぶんだ国際ユダ屋が、時の表の権力者キッシンジャーを頭目としてロッキード事件を画策し、角栄の政治生命を断った。この時、直前までリンチ事件と復権疑惑で立ち往生させられていた宮顕が党の総力を挙げて精力的に角栄追討戦に精出したことは衆知の通りである。

 これを境に、戦後保守ハト派系が冷や飯を食わされ続け、逆に国際ユダ屋の子飼い下にある戦後保守タカ派系が権力を握ることになった。これを分かり易く云えば中曽根-ナベツネ系の天下になった。以来、この徒弟が日本政治を牛耳って今日まで経緯している。ここに日本政治が少しもまともにならない理由がある。これが今日に至る日本斜陽化、政治貧困の主因である。それはそうだろう、日本のための政治をするのではなく、黒幕の指令通りに施策するのだから、ろくなものにはなりはすめえ。

 もとへ。「共産党の日共化問題」の本質はここにある。野坂然り、宮顕然り、不破然り、志位然りで、ろくでもないもんが党中央の最高指導者に納まり党活動を逆漕ぎしていると思えばよい。ここでは野坂、不破、志位のイカガワシサには触れないが、叩けば埃が出る者ばかりであることを指摘しておく。不破が宮顕に継ぐ大物なので、不破については折を見て別稿で論じたい。彼らの毒牙が左派圏に回っているので今日の如くある。れんだいこが著作した学生運動然り、その他その他の大衆団体の分裂と抗争にほぼ全て関わり悪事を働いている。こう捉える者は少なく、逆に本物の野党であり名指導者であるとして評するのが通用しているのがお笑いである。

 こうなると、党員、支持者たる者よ、そろそろ憤然とすべきではなかろうか。そういうイカガワシイ最高指導者に道理なり倫理道徳を聞かされる必要がないし、いざの局面での逆指揮に従うべきではないのは当たり前のことである。実際には、党中央がそういう者である故に過剰な党中央拝跪を説かれ、従順な子羊にされている訳であるけれども。かく見立てができれば簡単で、本稿を読んでからには党中央指令に造反し、あるいは公然と談判状を突きつけるのが良い。これにより党内に瀰漫する心身症の相当なる回復が見込めることになるであろう。

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2014年3月21日 (金)

日共問題考

  「日共問題」とは、優れて政治学的なリアリティーのある問題である。しかしながら学的考察が為されていない。いわゆる当たり障りのない対象を見つけて上品ぶって論ずるのを倣いとする学問と云うものの限界と云うか似合わないのであろう。学問と云うものは往々にしてそういうものであるからして実践的に役立つことが少ない。本稿では、そういう学問の檻を蹴破って赤裸々に考察し、迷える羊たちの一助になることを期する。

 2014年3月、かって失敗せしめられたモスクワオリンピックの失地挽回として国家を挙げて取り組んでいたロシア主催のソチオリンピックのさなか、かってソビエト連邦を構成し、その崩壊後に独立国家として自己形成していたウクライナがロシア衛星圏から離れ、西側諸国衛星圏に入ると云う政変が発生した。その結果、ウクライナの一角を占めるクリミアが逆にウクライナから離れて親ロシアの独立国家として自己形成する動きに出ると云う政変へと転じた。これを仮に「2014クリミア騒動」と云う。これに至る経緯を略せば、そういう事変である。このクリミア騒動をどう評するかが問われている。

 ここで、日本共産党が見せたクリミア騒動論を採り上げ、「日共問題」との絡みから考察しておくことにする。余りにも典型的な日共らしさが垣間見えるからである。日頃は党名が共産党であるからして、それらしい理論と実践下にあるので「日共問題」が浮上することはない。但し、ここ一番の煮詰まった状況下では決まって「日共らしさ」に豹変する。このことが改めて確認できる格好教材となっている。

 前置きはこれぐらいにして本論に入る。共産党の志位委員長は、クリミア騒動をどう論じたか。3.19日付けの赤旗「ロシアはクリミア併合を撤回せよ 世界の平和秩序を覆す覇権主義は許されない」は、「クリミアの独立とロシア併合は国連憲章、国際法の原則に反した侵略行為そのものであり、断じて許されない」とする立場から、ロシアの大国主義、覇権主義批判へと続け、ソチオリンピックのさなかに発生したウクライナの西側諸国入り政変を事実上後押ししている。

 時事通信配信「安倍首相の対ロ姿勢 『だらしない』 志位共産委員長」によれば、もっとあからさまに、志位委員長が記者会見を開き、安倍首相の「力を背景とする現状変更の試み」批判に対し、「こわごわものを言っている。文字通りの侵略、併合であり、国連憲章違反と批判できないのはだらしがない」と批判し、対ロ制裁に関して、「国際社会と足並みをそろえることが大事だ」とも述べたことを報じている。

 衆知のように領土紛争、独立問題、衛星圏入り問題等は優れて高度な政治課題であり、一刀両断式の理論で片付くほど容易い問題ではない。最終的に高度な政治判断が問われるものであり、日本国憲法前文が安逸には語らず一般原則のみ示し、9条では「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と記して、軍事紛争に至る動きを不訴求と弁えているところの事案である。

 これを勘案すれば、志位委員長は、「ウクライナの西側諸国入り政変」を不問とすることで事実上の後押しをし、返す刀で、クリミア騒動におけるロシアの介入に対し断固たる批判の舌鋒を鋭くし、対ロ制裁論に傾斜しているのは公正な立場でも護憲的態度でもない。共産党がその昔、ソ連衛星圏下での活動を是としていたことを思えばお笑いでしかない。「志位委員長発言」は、「国際社会と足並みをそろえることが大事だ」論を公然と唱えることで、国際責任果たせ論に繋がる素地をつくっている。何のことはない中曽根以来の大国責任論でもっての国際責任果たせ論と通底していることを証している。更に云えば、日本共産党が本質的に米英仏の西側陣営と与していることをあけすけに語っているとも云えよう。

 このことが如何に由々しき弁であるか。かっての帝国主義論がいかほど有益な理論であったかの評価は別として、共産党が今やかくも帝国主義諸国家と理論的実践的軌道を一にしていることになるが、これをどう評するべきだろうか。「志位委員長発言」はクリミア騒動におけるロシアの介入に対して強硬に批判しているが、「ソチオリンピック下のウクライナの西側諸国入り政変」については一切不言及なところがミソである。この党は、こういう詐術的言い回しを得意としている。

 さて、本稿の結論に入る。これまでも共産党の理論と実践には胡散臭いところが多々見えている。近いところでロッキード事件の徹底解明論による有能政治家・田中角栄の訴追、その系譜の小沢一郎の訴追、云うところの検察正義論、各種選挙戦に於ける政権与党を有利にする役割しか果たさない全選挙区立候補方式、最近とみに関心が集まりつつあるムサシマシーンによる不正選挙の疑いに対する不言及、戦後政治の良策であった公共事業敵視的不要論、リストラを論じているときに残業問題持ち出し論等々挙げればキリがない。

 これらの悪行に、こたびの「志位委員長発言」が被さっている。これをどう推理すべきだろうか。れんだいこは、「日共問題」の琴線に触れていると見る。即ち、こたびの「志位委員長発言」を通して、共産党が実は「親西側陣営、反ロシア陣営下の政党」であり、その西側陣営を裏でコントロールするのが国際金融資本であるとするならば、これに親しい政党であることを自己暴露した声明と確認している。れんだいこは今や国際金融資本の陰謀的世界支配活動に対して国際ユダ屋と命名している。これによれば、日本共産党は既に国際ユダ屋配下の政党と云っても過言ではなく、平素は正体を現さないが、こういう局面が煮詰まったときに表すということになる。こういう風に論ぜられるぐらい、こたびの志位発言は意味が大きいと評したい。日本共産党が共産党としてではなく日共と侮蔑される所以である。

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2014年3月20日 (木)

「れんだいこサイトのUSBメモリー頒布」のお知らせ

 本日をもちまして「れんだいこサイトのUSBメモリー売り」を始めます。「れんだいこサイト」のたびたびの故障より発想しました。現在も開けなくなっております。パソコンの中身のことは手に負えず人任せにしておりますところ、その彼が忙しいとかでなかなか修理してもらえず寂しい思いをしております。この手隙を利用して本稿を書き上げております。いつか言いたかった呼びかけをしておきます。

 「れんだいこサイト」はホームページにもある通り、2000年2月11日、ほぼ50歳の頃に開設致しました。既に15年を経過しております。この間、トピックに感応した事象事件につき論考して参りました。好きこそものの上手なれで、営々と書き綴り書き直し続けております。心血注いでいると申し上げて過言でありません。道中で文量が増え過ぎて更新が遅くなったため、現在では十有余サイトに分割しております。これで随分楽に書き込みではるようになりました。詳しくは、れんだいこの総合ホームページの総目次でご確認ください。

 総合ホームページ(http://www.marino.ne.jp/~rendaico/jinsei/)  

 総目次 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/jinsei/oomidashi.htm) 

 この論考は既に公的なものだと考えております。れんだいこの寿命ある限り充実させていきますが、これの保存にも知恵を使わねばなりません。れんだいこが亡くなることによりサイトが閉鎖され、いつしか失われてしまうのは余りに惜しい論考となっております。現代版万葉集と位置づけておりますが、これを頒布しておくことにより、何かことがあっても、皆様方の手中にあるUSBメモリーを合わせることにより復元可能な状態にしておきたいと思います。

 そこで、これの各サイトごとのUSBメモリー売りを開始したいと思います。れんだいこのオリジナルサイトはこの後も更新し続けますが、申込者の申込時点でのサイトUSBをお分けすることによりサイトの保存をしておきたいと思います。当然、入手したUSBメモリーを元に、購入者ご自身が、この後をご自由に手直ししていただけたらと思います。これまでも、こういうことを気付いていたのですが、毎日の更新の方が忙しく、本稿のような呼びかけ文を書く気にはなれませんでした。こたびパソコンが故障したことにより一気に書き上げております。  

 申し込みは下記のメールにお願いします。送付先の氏名、住所と、申し込みサイト名をお伝えください。手短なコメントを寄せてくだされば有難く読ませていただきます。料金は一律1万円です。振込先は下記の通りです。着金が確認でき次第にお送りいたします。

 メール先 rendaico@marino.ne.jp

 振込先  (郵便振替)01370ー8ー38956 (名義人) たすけあい  

 これの経理につき極力公開しようと思います。とりあえず「資金サポーター記録」を用意しております。

 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/jissen/tasukeaito/suporterkiroku.html)

 使途につきましては、れんだいこの裁量と致します。サイト更新に使わせていただきます。これには、れんだいこの生活費も含まれます。まずは、れんだいこの身が成り立ってのことですから、あらかじめご了承ください。個人的な遊興費に使うことはありません。献金等も含め多額になった場合、ネット政党たすけあい党の資金、諸団体へのカンパ等々社会的に有益と思われることに使いたいと思っております。趣意ご同意の皆様方のご協力をお願いいたします。

 2014(平成26)年3月20日 れんだいこ拝

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