« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年8月

2014年8月22日 (金)

ホロコーストの原義考

 ここで「ホロコースト(holocaust)の原義考」をしておく。「ホロコースト」は現在、「ナチスによるユダヤ人迫害」を指して使われている。ホロコーストの史実性詮議はさておき、ここでは何故に「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストなる概念が被せられているのか、その不自然さに対する解を求めたい。

 その為にまず「ホロコーストの原義」を確認しておく。どうやら旧約聖書の創世記の章での「ユダヤ民族の直接の父祖・アブラハムとエホバ神の問答」に端を発している。それによれば、アブラハムは晩年にようやくにして初めての子としてイサクを授かっていたが、或る日、「イサクを山上の聖壇で焼き殺せ」との神示を受けた。この場合の「焼き殺せ」をホロコーストと云う。

 アブラハムが逡巡したのかしなかったのかは分からないが、神の命令を絶対として指示通りにイサクを祭壇の上でホロコーストしようとした。その刹那、「待て待て、もう良い。お前の信仰の深さはよくわかった。神の命令とあらば、ようやくにして授かった一人息子さえ犠牲にするその覚悟を見届けた。もうイサクをホロコーストするには及ばない」との天の声があって、めでたしめでたしとなった云々。この神話は、神の意思が絶対であること、神の意思を第一とするのが信仰であること、この信仰者に対して神の恩寵がもたらされるとする三段論法説話になっている。

 この「アブラハムとエホバ神との問答」からホロコーストが始まっている。元々は「全燔祭」と訳されている。「日の出とエルサレム神殿と燔祭(ホロコースト)」(ピーター・コノリー・パトリック・レステリーニ著「イエス・キリストの時代」(東京書籍、1989年)参照)が次のように解説している。

 概要「エルサレム神殿では、日の出の時、祭儀として犠牲の燔祭が東に向けて捧げられた。聖所が東向きに建てられており、一対の幕が下がり、白い大理石の床にT字帯(月経帯)型の溝が掘られている。ちょうど聖所が太陽を出産しているようなかっこうとなっている。ユダヤ教の律法の書に従って、日の出の時、T字帯の床に犠牲の血が注がれる。血を抜いた犠牲の内臓とその脂肪を聖所の前で焼き、その煙を天に届ける。この祭儀を燔祭(ホロコースト)と云う。その祭儀は、西暦70年、神殿の聖所が焼き討ちに遭い、立て篭もっていたユダヤ人が焼き殺されるまで毎朝続けられた」。

 これが「ホロコーストの原義」である。それは、「信仰の真性を証す為に人身御供(生け贄)を聖壇で焼き尽す」儀式であり、その儀式を通して共同体の意思と結束を固め、「災厄の除去、贖罪、隆盛を祈願する」祭りとなっている。特に新年祭で盛大に行われ、様々な生け贄が供犠所に捧げられる。その最大の生け贄が人間で、その究極が新婚夫婦の「初子のお供え」であったと云う。この祭り全体を総称してホロコーストと呼ぶ。

 しかしながら、どう見てもこのような教義、儀式、祭りは一般的なものではない。恐らく世界中捜しても例がない。例えば日本神道と比較してみよう。日本神道では神と人とは和楽的且つ談じ合い的であり、間違っても「アブラハムとエホバ神との問答」的な厳罰的なものはない。神は人の親であって、慈悲は掛けても、親が子に過酷な命令をすることはない。これを人から見れば、神は人にとっての理想であり、人が好んでその能力にあやかりたいと思うのが神であり、その神が人に対して酷い命令をすることはない。要するに、ユダヤ教と日本神道では神と人との関係が全く逆なものになっている。

 よって、日本神道の教理にはホロコースト的教義は全く見出せない。そういう意味でホロコーストはユダヤ教独特の教義であり、ユダヤ教義の異質性を象徴している。日本神道から見れば、ユダヤ教の狂気性を物語る教義が多々認められるが、ホロコースト譚もその典型的な一つであり、それでしかない。

 もとへ。以上で「ホロコーストの原義」を確認できたとして、「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストの名を被せるのにはどういう理由があってのことだろうか。見てきたように普通には繋がらない。それを敢えてホロコーストと命名しているからには、然るべき理由があってのことではなかろうか。

 但し、ここが曲者なのだけれども、彼らは特有の二重基準で「内向けのホロコースト」、「外向けのホロコースト」の両刀使いをしており、「内向けのホロコースト」の意味を明かさない。「内向けのホロコースト」の意味は隠したままで、「外向けのホロコースト」即ちナチス糾弾論を流布させている。そういう訳で、「内向けのホロコースト」の意味を詮索せねばならない。彼らが、「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストなる命名を宛がった理由と真意を探らねばならない。思うに、「ホロコースト」には自律的積極的肯定的宗教的な「生贄の犠牲思想」が媒介している。であるとするならば、「ナチスによるユダヤ人迫害」にどのような犠牲思想性が認められるのだろうか。こう問う人は滅法少ないであろうが重要な問いである。

 参考までに確認すると、「三省堂大辞林のホロコースト」は次のように記している。「大虐殺。特にナチスによるユダヤ人の大量殺戮(さつりく)をいう」。「小学館大辞泉のホロコースト」は次のように記している。「大虐殺。とくに、ナチスによるユダヤ人の大虐殺」。他も似たり寄ったりで、原義の「ユダヤ教に基づく燔祭的意味」をすっかり外していることが分かる。これでは「ナチスによるユダヤ人迫害」にホロコーストなる命名を宛がった理由が解けない。

 「ホロコースト」はユダヤ教独特の用語であり、「祭儀の際の人身御供生け贄」を指している。「ナチスホロコースト」命名者は当然その語義に基づき命名している。となると、解し方は、「ナチスホロコーストの犠牲者」を「ホロコースト的生け贄」と受け取るしかない。あるいは「ナチスホロコーストの実行者」を「報復的生け贄」にするとの意思を込めたものと受け取るしかない。これ以外の理解の仕方は難しい。

 こうなると、「シオン長老の議定書」に濃厚に表れている近代シオニズムのユダヤ王国再建思想を媒介せずには解けないのではなかろうか。即ち、「ナチスホロコースト」を、彼らの世界支配計画に政治的に供えられた生贄と位置づけ、彼らのイスラエル建国運動に資せる形で利用して行くものとする。これが「ナチスホロコースト」が歴史的に持つ使命であり地位ではないのか。

 こう考えると、「ナチスホロコースト」は徹頭徹尾宗教性のものであり政治主義的なものであることが分かる。然しながら、ホロコースト命名者たちは、そのシオニズム的意味を隠して単に戦後反戦平和運動の誓いの起点としてプロパガンダさせていった。これにより「ホロコーストの教訓」が戦後反戦平和運動のリトマス試験紙の役割を担うことになった。お調子乗りが、ホロコーストに纏いつく宗教的政治的意味を理解せぬまま追随し今日に至っている。南京大虐殺事件には疑義を挟むがホロコーストは絶対の真なりとして講釈する自称インテリが身近にいるが、そういうユダ屋ナイズインテリばかりが登用されている。

 ここまではまだ良い。問題は、「ナチスホロコースト」が偽史であった場合にどうなるか。これにつき西岡医師が精力的に論証しているのは周知の通りである。仮に「西岡医師のホロコースト虚構説」が真ということになると、一体どういうことになるのか。話がこういう風に続いていくことになる。この辺りでいったん筆を置くことにする。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年8月 4日 (月)

ガザホロコースト考

 2014.7月、もう何度目になるのか数え切れない新たなガザホロコーストが始まり8.4日現在なお続いている。この情報を得たいが世界的に報道管制が敷かれている。日本のみならず世界でも、日本ほど酷くはないがガザホロコーストが極力スルーされている。代わりにマレーシア旅客航空機撃墜事件、ウクライナ軍事危機等々がメイン報道されている。これを伝えるニュースキャスターの表情を窺がうのに真実報道よりもニュースショーを演じている気がしてならない。

 「ガザホロコースト」とは、パレスチナのガザ区に於ける、イスラエル軍によるワンサイドゲーム的な空爆及び地上戦闘によるガザ難民虐殺を云う。「ガザホロコースト」には殺し方に特徴が認められる。即ち、無慈悲に殺さねば殺したことにならないとばかりな冷酷無残な殺傷に終始していることである。もうひとつは、国際法的な安全地帯である学校、病院、教会、国連施設にわざわざの砲撃を加え非戦闘員である子供、婦女子、老人に巻き添え死を強制している。こたびの2014ガザホロコーストでは特にこれが目につく。れんだいこには、「ガザホロコースト」の一連の過程が、あたかも惨劇の祭りをしているように見えて仕方ない。そのサマは許し難いの度を超していよう。

 この「惨劇の祭り」の背景にあるものを愚考してみたい。「惨劇の祭り」は彼らの歴史的伝統からもたらされているのではなかろうか。れんだいこは、「ガザホロコースト」の一部始終にイスラエル及びイスラエルを支配する国際ユダ屋に特有な「歴史的癖」を認めている。ここで云う「歴史的癖」とは「悪魔教的信念に基づく意図的故意の狂態」を云う。かれらの目線にあるのは「同胞ユダヤか敵方ゴイムか」の判別しかない。「同胞ユダヤ」となれば等級をつけ序列化して囲い込む。「敵方ゴイム」となると何の遠慮も要らない虫けら、畜生類扱いして、煮て食おうが焼いて食おうが我らの権利であるとして気ままな意思による処断に任せ、残虐であればあるほど正義だとしている。こういう論法、行為が許されること自体信じられないが現に通用している。

 こういう見立てをする国際ユダ屋が歴史の表舞台に登場する比重が強まるにつれ、人類史上に惨劇が常態化するところとなったのではないのか。それが証拠に、国際ユダ屋が歴史の表舞台に登場してきた近代以前に於いては、世界史を見渡してみても、これほど執拗な惨劇の常態化は見当たらない。同様の事例があるとすれば裏で国際ユダ屋が糸をひいているケースが多い。近代から現代までの人類史上の惨劇の主流は、彼らのドグマ的な教条に基づく非和解的絶対戦争によるものではなかろうか。

 その昔、ローマ帝国がこの「国際ユダ屋の歴史的癖」に手を焼き、この連中の扱いに苦慮し、とにかく国家を持たせぬのが賢明として所払いさせた。これにより連中は長らく国家を持たぬ放浪の民となった。各国の申し合わせにより、連中の行く先々で公民権が剥奪された。何とならば、この連中に権力を持たせると人類史に災禍が及ぶことを見抜いていたからである。今にして思えば、ローマ帝国の対国際ユダ屋対策としての「国家を持たせない、所払い、公民権剥奪」は国際ユダ屋の習性を見抜いた英明な政策であったことになるのではなかろうか。

 その放浪の民が国家を持とうとする悲願の末に漸くにして第二次世界大戦後に建国したのがイスラエルである。この経緯の考察は本稿では割愛する。これにより、数千年来パレスチナの地に住み続けていたアラブ人が俄かに土地を追われ難民と化した。その一部がガザに住みつきガザ難民となって今日に至っている。

 興味深いことは、イスラエルの建国過程とパレスチナ難民の発生過程である。さる昔のローマ帝国の危惧した通りの「国際ユダ屋の歴史的癖」を満展開させつつ今日に至っている。国際ユダ屋が絶対権力を振るうところ決まって「残酷非道なゴイム掃討戦」が見舞われているが、これまでもそうでありこの先もそうであろう。この過程で全てが逆さまに評される。即ち正義が不正義にされ不正義が正義になる。有徳が背徳にされ背徳が有徳にされる。

 こたびの「イスラエル軍によるザホロコースト」がいつ収まるのか分からない。イスラエル軍の絶対的優位が続いているように見えるが、この優勢が永遠に続くことは有り得ない。パレスチナ人の恨みが物質化される日がそう遠くない将来やって来る。この時、「国際ユダ屋の歴史的癖」とは一味違うパレスチナ人の英知による平和創出を見てみたいと思う。付言しておけば国際ユダ屋主導の平和なぞ有り得ない。彼らを憲兵にさせるのは、泥棒に権限を与えて夜回りさせる愚に似ている。強姦魔に婦女子を自宅に送らせる愚に似ている。これだけは有り得ないしあってはならない。こう例えれば分かって貰えるだろうか。歴史を紐解けば、そういうことが見えてくる。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »