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2014年10月 8日 (水)

なぜ日本がホロコーストされるのか考その3

 なぜ国際ユダ屋が日本を警戒するのか。それは、日本思想が国際ユダ屋が信奉するネオシオニズム思想と最も本格的に対立、拮抗し、転覆せしめる可能性を持つからである。思想にそれほどの威力があるのか。れんだいこは然りと答えたい。あらゆる物象、事象、心象、念象の根本には思想があると考えている。人類の始発に於いては、この思想を根底にして宗教も政治も経済もが始まっており、今も通底している気がしてならない。思想をデザインと言い換えても良い。

 マルクス主義の「すべてこれまでに立ち現れてきた社会の歴史は階級闘争の歴史である」(「共産主義者の宣言」)は能く知られているフレーズである。この見立てさえ既に怪しいと考えている。この文意は実は国際ユダ屋の信奉する歴史理論に由来するもので、これの原文テキストが別にあり、それの焼き直し的フレーズに過ぎないと看做している。

 社会の歴史を通史で判じるなら、正しくは階級闘争論ではなく「社会の根本は思想闘争の歴史である」と云うべきではなかろうかと考え始めている。それほどに思想の意義を高く確認したい。その時代の基本の思想が偏狭であれば社会が偏狭になり、逆におおらかであれば社会がおおらかになる。これは逆ではない気がする。

 付言しておけば、マルクス主義的哲学に於ける唯物論、観念論規定も既に古臭いと考えている。マルクス主義から出藍する新哲学を提起したいとさえ考えている。これによれば、元々に於いて物質と観念を「二つ一つ」、「色心不二」の生命相で捉えることに賛成である。単なる物質、単なる観念ではない阿吽の呼吸的に両者一体の生命相で捉え、その片方の表出体が物質であり、他方の表出体が観念であるとする一体的相互作用的に捉える言霊哲学を欲している。

 もとへ。そういう風に思想の意味、意義を位置づけ、これを高く評価し、その上で、日本思想対国際ユダ屋思想の対立の位相ぶりを確認してみたい。何と日本思想とネオシオニズム思想とは両極なほどにことごとく根本的に対比的に相違している。世上の一部で日ユ同祖論が流布されているが、この思想の型の違いからしてあり得ないと断定したい。これについては既に「"http://www.marino.ne.jp/~rendaico/judea/hanyudayasyugico/nihonnokenkyushi/nithiyudosoronco/rendaicoron.htm" "れんだいこの日ユ同祖論の陥穽考、日ユ反祖論」で言及している。

 日ユ同祖論否定上、次のことを強調して再確認しておく。国際ユダ屋の篭絡手段して日ユ同祖論が云われているのであり、連中は赴く先々で同様の説話を拵える。大きい話しでアングロサクソン同祖論、黒人同祖論、アラブ同祖論。個別的には英ユ同祖論、エチオピア人同祖論、インディアン同祖論、ハワイアン同祖論、日本同祖論、朝鮮同祖論等々キリがない。要するに、彼らが植民地化を企図するところいつでもそういう洗脳から始める。宣教師はキリスト教の牧師としてこれを教えるが、実際にはユダヤ教のラビ活動をしており、結果的にユダヤ教の別教義であるタルムード教を奉ずる国際ユダ屋の秘密結社員に仕立て上げ、そのエージェントとして活用する為の洗脳教義のプロパガンダ要員に過ぎない。これが国際ユダ屋式支配の方程式である。

 日ユ同祖論はかくイカガワシイものであるが、これの浸透ぶりが激しい。先だって、日ユ同祖論を否定するれんだいこに向かって「れんだいこは非常識にも日ユ同祖論を否定する」なる批判言辞を頂戴させられた。この御仁にとっては日ユ同祖論の方が常識であり、批判する方が非常識と云うことらしい。エライ時代になったもんだと思う。そう云えば、あの人もこの人も日ユ同祖論者であり、今や日ユ同祖論が大手を振って闊歩しているらしい。しかしながら告げておく。日ユ同祖論の尤もらしい論拠はこじつけ話しに過ぎない。そういうものはどうでもなる。それよりも、日ユに於ける次に述べるような思想骨格の真反対な違いをどう説明するのか、口をもぐもぐさせずに述べてみぃ。

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コメント

◎『 信長 』 『 秀吉 』 『 家康 』 の中でこいつ一番クズだなーって誰よ?
(哲学ニュースnwk)
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4744400.html

「一番のクズ」なんてないよ。人間にはクズかクズで無いかの二つに一つしかない。

つまり、織田信長と豊臣秀吉はクズだったから一代限りで滅んだ。徳川家康はクズじゃなかったから300年の幕府を作ることが出来た。

その為政者が「クズかクズで無いか」の判定を下したのがムー大陸時代から常に同時代の世界で最も勝れて仁徳勇猛謙譲誠実勤勉有能賢明な日本人士農工商四民だった。すなわち我々庶民のご先祖さまたちである。

日本人が大昔から世界中の国から世界一優れた人たちと称賛されてきたのは、99%の庶民が偉いからであって一握り1%未満の為政者が偉いからでは無い。天皇も将軍もひとりひとりを大和の国の庶民と比べれば全員無能な馬鹿ばかりである。

ムー大陸時代からの伝統として常に庶民が為政者を選んできたのが日本であり、その選出基準は為政者が「クズか、クズで無いか」すなわち「善良か、善良で無いか」の二者択一だったのである。為政者は馬鹿であってもよいが、馬鹿者でありかつ善良で無い者が政治を行うと国が滅ぶので、民衆は直ちに馬鹿で悪人の為政者を実力行使で滅ぼしてきた。逆に馬鹿で善良な者が為政者になれば国が栄えるので民衆が力を合わせてその政府をもり立ててその善良さに聖徳仁徳の諡を贈って神社を建てて崇敬拝祀してきたのである。

投稿: 通りがけ | 2014年10月 9日 (木) 17時27分

◎「マタニティマークをつけた妊婦さんがネット上でバッシングされていますが、このマークを作ったのは統一教会です。裏社会の悪巧みに注意してください。」
http://rapt.sub.jp/?p=16210
>「一度電車の中で肘打ちされたことがありました。…(中略)…無事に出産することが出来ましたが、今でもトラウマです」
>「『妊婦が電車なんかのんなよ!タクレばいい』スーツ着てるサラリーマンがドア横の手すりにつかまっていたときに吐いたセリフです」
>「妊婦ですが、もしもの時の為にマークは付けてますが基本は隠してます!お腹も。お腹が大きいだけで、かなり弱い立場になる気がしています」
>「マークを見て暴力を振るう人がいると聞いていたので、子どもを守るためにも私も妊娠中は一度もつけませんでした」
>「マタニティマークはよく思われていないと耳にしたのでつけてません」
>(女性限定掲示板「GIRL’S TALK」ツイート)
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特に詐欺師すなわち悪魔は常に子どもを殺します。
これが戦後フリーメーソンマッカーサーが作った日本占領統治政府の基本政治(虐殺)方針となっており、明治フリーメーソンスパイ廃仏毀釈伊藤博文筆頭長州ファイブ関連企業を使って、日本のすべての人間活動において子どもを殺すという日本人「根切り」根絶作戦を現在遂行中なのです。
その悪魔の本音を糊塗隠蔽するために戦後マッカーサーが作ったテレビ新聞のマスメディアを使ってテレビを購入したすべての日本人を騙している。特にカラーテレビを発明してからは飛躍的に洗脳効果が増大し、かつこどもの幼弱な脳にカラー映像の人工光線と電子音の組み合わせを大量に浴びせて脳症を発生させて殺したり不具にすることが技術的に可能となり、「根切り」の実効にも多大の寄与が得られるようになった。
インフルエンザ脳症はじめ水痘、突発疹、下痢ウイルス脳症はカラーテレビ放送が始まってから地上に出現した難治性予後不良疾患であり、医学的治療法も予防法もない。発症を防ぐには環境を変えるしかないのである。
>人生を駄目にしたくなければテレビは見るな。テレビに関わるな。http://rapt.sub.jp/?p=9518
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また、子どもを殺すためにミルク育児を推進してそのミルクに毒を混入した森永砒素ミルク事件を起こした。森永乳業は当然つぶれるべきであったが、テレビで菓子などの別製品をコマーシャルして売り上げをのばし会社のイメージを捏造して、占領政府(奇形司法・棄民行政)と結託して毒入りミルク販売本社の傷害殺人刑事責任を隠蔽した。
>人々の健康に計り知れない害悪がもたらされることになったわけですが、日本政府は未だに彼らとグルになって食品表示をどんどん緩和しようと画策しています。アメリカの危険な食品をさも安全安心な食品であるかのように販売するように義務づけようとしています。
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子どもを殺すためには妊婦を攻撃するのも非常に効果的です。「根切り」のためにはもっとも効果的です。さらにいうならば占領政府の3S政策で性のモラルの乱れを誘うことはフリーメーソンの目的達成の為に最も根幹的手法となります。
このエントリーに挙げた統一教会が作ったマタニティマークは妊婦を選択的に直接攻撃して流産させるために占領政府がつけさせてフリーメーソンのエージェントが妊婦を識別して直接暴力を加えるためのものです。
>しかし、私はこの「マタニティマーク」が統一教会の作ったものであることを知っていました。正確に言うと、ボランティア団体を装った「ひまわりの会」なる統一教会の一支部が作ったものです。
>○NPO法人 ひまわりの会
>このホームページを見ての通り、このNPO法人はどこまでも怪しげな雰囲気に満ちています。
>こんなマークをわざわざ作って普及させる必要があるのかどうかすら疑問なのに、
>このNPO法人には安倍晋三をはじめとして、警視庁長官とか日仏館理事とか、やたらと凄い肩書きをお持ちの方々が何人も登場し、このNPO法人を持ち上げています。
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RAPTさんの推理はすべて正しい。
日本の島に住む大和民族はおおむかしからこどもを命懸けで何よりも大切に「育てる」民族なのです。江戸時代の正統仏教国日本において四民すなわち士農工商の社会を働いて支えるひとびとのあいだで広く膾炙された「神仏は拝ませ」「こどものいうこと九つ聞くな」の「親爺の小言」にも「産前産後はいたわれ」とあるとおり、我々勤勉誠実仁徳謙譲人道慈悲積善菩薩庶民のご先祖様たちは成人男性みなが心と力を合わせて女性とこどもを命懸けで大事にする地球上に二つとない母子保護社会を築いて代々親から子へ大和魂に伝え続けてきたのです。
大和民族のこどもたちはみな、「釈尊の言葉」法句経や仏教寓話や七不衰法などを学校など存在しないから寺でこどものころから読み書きをかねてお坊さんに教えてもらいながら、大和魂の豊かな情操と深く高い学問を大和魂社会そのものから教育されてきました。だからこそわが国の英雄偉人はみな十代二十代の若きにしてめいめい世界に比類なき偉業を達成してきたのです。大国主命しかり、真実の仁徳天皇宇治天皇「民のかまど」しかり、波間の小船に揺れる扇の的をただの一矢で射落とした那須与一しかり、平家を一人で滅ぼした九郎判官義経しかり、元寇で攻め寄せた大船団に小船二艘で斬り込んですべて追い払った伊予大山祇神社氏子河野通有しかり、破産した米沢藩を藩主みずから修身の徳育で生まれ変わらせた上杉治憲鷹山しかり、明治維新回天の大業を成し遂げた高杉晋作坂本竜馬西郷隆盛山岡鉄舟しかり。
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明治になってエタ(公家)非人(忍者)の長州ファイブイギリスフリーメーソンスパイが官位について閣僚となって明治政府の中枢にもぐりこみ、廃仏毀釈・廃刀令・断髪令・四民平等新平民創設し明治六年政変下克上クーデターで捏造したカルト万世一系国家神道で作り出した天皇の大権をみずから簒奪して、それまでの日本政治に厳として存在確立してきた「天下の御政道」を廃仏毀釈同様廃毀して、鬼畜欧米フリーメーソンスパイによる佞臣(ねいしん)奸賊汚職官僚独裁政治の第一歩を踏み出したのである。
--------
その鬼畜欧米フリーメーソンスパイによる佞臣(ねいしん)奸賊汚職官僚独裁政治は昭和の時代になって2.26事件で完成した。
>学校で教えない歴史 33(二・ニ六事件と天皇陛下)
http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/29349667.html
・・・
昭和の元老、重臣たちの中には反逆者として銃殺された青年将校たちほど本気で君国を思う者が一人もいなかった。
君国に対する絶対の忠誠と職務に対する献身とは下層にあって上層部にはなかったのです。
しかも前者はその故に非業の死を遂げ、後者はそれにもかかわらず人臣の位を極めていった。
これでよいのか。
これでは日本の臣道が逆さに歩いていることになる。
立国の基礎がぐらつくのも当然ではないか。

真の良臣であるならば国家の非常時には特に幾度か陛下に対する忠諫の言葉があるべきです。
古語にも「国に争臣なくんば、その国危うし」とあります。
しかし、忠諫は一身の利害を捨てた忠誠の士でなければなしうるものではありません。
だからこそ将軍である徳川家康は「諫言の功は戦場の一番槍に勝る」といって尊んだ。
一人の良臣も持たれなかった陛下は、臣下の激しい忠諫にもお遭いにならなかったかもしれません。
その二・二六事件の反乱は、陛下に対する忠諫の士がいないことに原因する青年将校たちの陛下への悲愴きわまる死諫でありましたが、この時においても陛下にその死諫を善用する良臣が一人もいなかったために処置を誤り、その後の国運を一層不幸に導いたのかもしれません。

明治の時代は西郷隆盛の実直がありました。
当時、御若年であられた明治天皇が絶対の信頼を寄せられ、西郷もまた誠心誠意その殊遇におこたえした水魚の関係があったのは知られたことです。
西郷が官軍に抗して死んだ後も明治天皇はなおも西郷の忠誠を疑わず、幾度か西郷を追憶された逸話もあるくらいです。

さらに、しばしば御機嫌をおかして直諫(ちょっかん)する山岡鉄太郎がありました。
あるときは面をおかして直諫の苦言を奉り、過ち改められない限り一歩も引かなかった、という見事な
諍臣(そうしん)ぶりに、明治に生を受けたものは深い感銘を覚えたという。
もちろん山岡はその都度一身を投げ出してのことであったが、明治天皇はよくそれを容れて、
ますます山岡を信頼されたのです。

しかし昭和の時代は果たしてどうだったであろうか。
大正から昭和にかけて陛下の側近にはいつの間にか古今を大観する達人、
天地を貫く剛直の士が影をひそめてしまったのではないか。
万民の苦しみをよそに側近はひたすら陛下を大内山(青年将校が使う言葉)の奥深くあがめ奉ることにのみ専念これとつとめていた。
西園寺公望、牧野伸顕、木戸幸一、・・・あまりにひどい佞臣(ねいしん)であった。

大蔵栄一は著書『二・二六事件への挽歌』でこのように書いています。
『諌臣なき国は亡ぶ』 と昔よりいわれたように、忠諌の士が遠ざけられて、
佞臣の跋扈するところ、大内山には暗雲がただよい、ために天日はおのずから仰ぎ難くなる。
『二・二六事件』はこの暗雲を払い天日を仰がんとする忠諌の一挙であったのだ。
明治天皇は『億兆ひとりとしてその所を得ざるは朕の罪』と仰せられた。
万民の苦しみ、悲しみを、自らの責として同しく憂いなされるところに、
真の日本の天皇陛下の御姿があります。
昭和の時代の天皇陛下は側近の重臣によって万民とのつながりを断ち切られていたといえる。
二・二六事件は、いいかえれば大内山に立ちこめる妖雲を払って天皇陛下に直参せんとした捨て身の決起であったのだ。
悲しいことに、それはたちまち天皇ご激怒という予想にしなかった事態に遭遇し、結果するところは天皇に弓を引くという「叛乱罪」の汚名をきせられて、恨みをのむ悲劇となって終わった。
幸徳秋水の大逆事件に対して、明治天皇はいくたびかご仁慈の手を差し伸べられた。
このお話を洩れ聞いて明治の人達は感涙にむせんだものだった。
それに比べると昭和の時代は、まことに索莫たるものが感ぜられる。
天皇の側近の真人が、一人もいなかったという証左である。ただあるものは、ひたすら、しきたりに明け暮れる扈従(こじゅう)の佞臣のみであったといわれても仕方あるまい。
・・・

投稿: 通りがけ | 2014年10月11日 (土) 13時19分

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