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2015年3月22日 (日)

護憲論としての縄文社会主義論その4

 ここで、戦後憲法に結実した反戦平和論の論理を解析しておく。世上の護憲論理とどう違うのか、その相似と差異を確認しておきたい。戦後憲法上の反戦平和論は前文と9条に記されている。これを確認する前に、あらかじめ分からず屋に申し上げておく。

 前文では先の世界大戦に対する謝罪とか賠償とかの歴史責任に言及していない。これを逆から云えば言及するよう強要されていない。このことは、当時の背景にある思想として、戦勝国も敗戦国も戦争行為につき同等の責任としており、東京裁判の如くな戦勝国称賛、戦勝国戦争犯罪免責、敗戦国懲罰、敗戦国戦争犯罪有責の構図にはなっていない。この違いを弁えねばならないところ国際ユダ屋テキストの指針する東京裁判史観に基づく反戦平和論ばかりが説かれて本来の護憲論理とすり替えられて今日に至っている。

 前置きはこれぐらいにして戦後憲法上の反戦平和論を解析しておく。前文は、敗戦国日本の今後の国の指針として自由自主自律的に「不戦の誓い」を格調高く宣明している。これが戦後日本出直しの始発となっている。世界がこれを認めることで国際社会に受け入れられ、戦後日本はそういう国際友好親善道を辿り始めたということになる。してみれば、先の世界大戦に対する謝罪とか賠償とかの歴史責任を深く負えば負うほど護憲的であるとする今日の社民式共産式護憲論が如何に的外れなものかが分かろう。

 前文を少し詳しく確認しておく。第一項概要「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、この憲法を確定する」。かく反戦不戦平和国家造りを使命として憲法を策定したことを明らかにしている。してみれば、「反戦不戦平和の誓い」は戦後日本の背骨的な原理であると云うことになる。第三項概要「日本国民は恒久の平和を念願し、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した」、第四項概要「我らは平和を維持し、国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」。かく恒久平和主義、平和維持活動、国際友好親善、国際協調主義に努めることを誓約している。

 第五項「全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。かく国家責任的平和的生存権思想を打ち出している。第六項「この法則に従うことは、自国の主権を維持し他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる」。かく国際的対等互恵主義を打ち出している。第七項「日本国民は、国家の名誉にかけ全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」。かく意図的に理想主義を掲げ、それに邁進する日本を宣明している。

 次に憲法9条を確認する。第1項で次のように規定している。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。ここで、憲法前文を受け、更に能動的且つ大綱的に反戦不戦条項を敷衍していることになる。即ち、1・国際平和希求、2・国際紛争を解決する手段としての戦争放棄、3・武力行使放棄を詠っている。

 第2項で次のように規定している。「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。即ち、4・戦力保持の禁止、5・交戦権の禁止を詠っている。

 以上、戦後憲法上の反戦不戦平和条項が5要素から成り立っていることが分かる。これを理解する上で肝要なことは、憲法前文と憲法9条を分離して論ずるのではなく有機的に結合させて読み取ることであろう。専ら憲法9条のみ吟味され骨抜き方向に拡大解釈されて来ている経緯があるが、それは不毛な論議に誘われるであろう。

 なぜなら、憲法9条の規定は、憲法前文の思想性に依拠しており、その論理の赴くところとして密接不可分に規定されているのであるからして、国の在り方としての思想性を問わない軍事防衛論議はどこまで行ってもスコラ学的解剖学的にならざるを得ず、それは憲法9条の意味を捉え損なうであろう。

 してみれば、自公民政権下での防衛論議が何とクダラン駄弁に終始していることだろうか。安倍政権下の自衛隊常時武装出動法案は何と憲法違反なことだろう。このところの国会質疑が何と憲法規定を無視して議論されていることだろう。ひたすら国際ユダ屋の指令するままに口パクし仰せの通り政治を請け負っているに過ぎない。

 これは既にサイコパスの域である。正確には戦後憲法テロリストサイコパスである。このサイコパスは思想的には勝共連合統一原理派に属しているようである。この系譜の連中ばかりが重役に就いているので、こう評することができよう。

 これにより連中が日本的でなさ過ぎるのが能く分かる。帰化人系がこの思想に馴染み易いようで要するにお似合いなのだろう。このサイコパスが原発放射能の糞尿垂れ流しのまま再稼動やら輸出せんとしている。何と高いお詫びが後世につくことだろうかと今から危惧するが、サイコパスは日本をそういう苦しむ目に遭わせてみたいらしい。この連中とは刺し違える以外に方法がないかもしれない。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

おこんばんわ。"帰化人系がこの思想に馴染み易いよう" これ少し不穏当だと思いますが。大和の国の寛容さに欠けるように思います。そもそもこの風土は出自がどこであれ寛容さにはぐくまれて出来たもの。もちろん排他的な意味でお使いになってはいないことはわかりますが。どんな人であれまともな考え方かどうかが問題なのであり、そのDNA的ルーツは2の次3の次でしょう。

投稿: 東横線 | 2015年3月23日 (月) 00時04分

>"帰化人系がこの思想に馴染み易いよう" これ少し不穏当

 人類発祥以来常に、ムー大陸遺民大和民族に攻撃を仕掛けては常に敗れてきたエデンの蛇悪魔フリーメーソンが、カルト一神教を仕立てて常に帰化人系(江戸時代にはエタ非人階層)をその信者にして、仏教国日本の政府を明治以来新平民総理伊藤博文山県有朋を送り込んで廃仏毀釈で侵蝕してきた結果が、フリーメーソン地球先住民虐殺略奪第二次世界大戦におけるフリーメーソンヒロヒト策謀太平洋戦争での大和民族500万人虐殺であり、それに対抗して作られた聖徳太子以来の仏教国伝統に帰着する日本国憲法前文及び第9条であることは、すべてれんだいこ先生のおっしゃるとおりであり、先祖代々の仏教に帰依する大和民族であれば、フリーメーソンの邪宗外道カルト一神教信者がこの思想に馴染み易い"帰化人系"エタ非人階層に限られることは、大和魂全員周知の、歴史上の事実ありのままである。

仏教聖典おしえ第一章因縁第三節第三項

 この世の中には、三つの誤った見方がある。もしこれらの見方に従ってゆくと、この世のすべてのことが否定されることになる。

 一つには、ある人は、人間がこの世で経験するどのようなことも、すべて運命であると主張する。二つには、ある人は、それはすべて神の御業(みわざ)であるという。三つには、またあるひとは、すべて因も縁もないものであるという。

 もしも、すべてが運命によって定まっているならば、この世においては、善いことをするのも、悪いことをするのも、みな運命であり、幸・不幸もすべて運命となって、運命のほかには何ものもそんざいしないことになる。

 したがって、人びとに、これはしなければならない、これはしてはならないという希望も努力もなくなり、世の中の進歩も改良もないことになる。

 次に、神の御業であるという説も、最後の因も縁もないとする説も、同じ非難が浴びせられ、悪を離れ、善をなそうという意志も努力も意味もすべてなくなってしまう。

 だから、この三つの見方はみな誤っている。どんなことも縁によって生じ、縁によって滅びるものである。

(A6文庫本p45)

投稿: 通りがけ | 2015年3月23日 (月) 08時49分

 東横線、通りがけさんコメントありがとう。れんだいこの本ブログでの帰化人論につき筆のオーバーランとすれば一件落着なのですが、現代史での連中の跋扈ぶりに対しては掣肘せねばならないと考えており燻ぶり続けることになります。当然、ユダヤ人がユダヤ人であるが故の汚名を被せられるのは相応しくないように帰化人が帰化人ゆえに格下扱いされるのは不穏当です。但し、ならばどういう風に連中の悪行に言及すべきかと云うことになります。どう表現すれば適切なのか。この解が出ない間は言及できないとするのではオカシイと考えます。東横線さんはどう表記すればよいと考えますか教えてください。なるほどと思える解であればすぐに採用させてもらいます。

 そもそも江戸時代までは日本刀を差していますから、めったには抜けませんが我慢の限度を越えたときにはつばに手をかけます。当時のご政道はそういう緊張感と責任感の中で為されていたから今の政治より立派で上等だったと考えるようになりました。議会制民主主義と云うものが機能せず絵空事にされているのに見てみぬ振りしたまま好評価し、それ以前の政体を遅れているとみなすのは国際ユダ屋テキストによる洗脳であり、そういう見方はいったんご破算にせねばならないと考えるようになりました。

 現代日本政治は昔なら即座に切捨てご免されねばならぬ連中に権力を握らせ売国稼業に精出させております。我々にはこれをとがめる術がありません。昔ならせめて投票一揆で白黒つけておりましたが今では投開票さえもが怪しいものにされております。この不正の上に胡坐をかいて好き放題の我が世政治しているのが現代日本政治です。何とかせねばなりませんが、どうすれば良いのかと思案六法しております。

投稿: れんだいこ | 2015年3月23日 (月) 10時08分

>現代史での連中の跋扈ぶりに対しては掣肘せねばならないと考えており

 朕は三宝の奴なりの聖武天皇が全国に国分寺国分尼寺を建てて以来、大和民族民衆は全員幼少時から寺に出入りして法句経のわかりやすい講義を耳目にして、全員が仏教徒として成長してきました。士農工商四民は全員歴史的に聖徳太子以来三宝に帰依する仏教徒なのです。

 戦後フリーメーソン政府が捏造したカルト太陽暦歴史学を捨てて、事実だけに基づいて正しく温故知新すれば、世界中の万人が一人残らず日本人庶民が何千年も昔から先祖代々歴史的仏教徒である事実を認めます。

法句経の現代語訳から抜粋します。

「自分よりも愛しいものはない。同様に他の人々にも、自己は愛しい。故に自己を愛するものは、他人を害してはならない。」

「生き物を自ら害すべからず。また他人をして殺さしめてはいけない。また、他の人々が殺害するのを容認してはならない。」

「あらゆる生物にたいして暴力や悩みを与えてはならない。」

「世界はどこも、とどまってはいない。すべての方角も揺れ動いている。私は、安住の地を求め探したが、どこにもなかった。すべて、死や苦しみにとりつかれている所ばかりだった。殺そうとしている人々を見よ。武器をとって打とうとしたことから恐怖が起こった。すべてのものは、燃えている。欲望と怒りと愚かさによって。」

「怨みは怨みをもって止まず。怨みを捨ててこそ止む」

「人の価値とは、生まれや身分によるものではなく、清らかな行いによって決まる」


投稿: 通りがけ | 2015年3月23日 (月) 12時53分

仏教聖典おしえ第四章煩悩第一節心の穢れ第七項(p85)

 外から飛んでくる毒矢は防ぐすべがあっても、内からくる毒矢は防ぐすべがない。貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと愚かさと高ぶりとは、四つの毒矢にもたとえられるさまざまな病を起こすものである。

 心に貪りと瞋りと愚かさがあるときは、口には偽りと無駄口悪口と二枚舌を使い、身には殺生と盗みとよこしまな愛欲を犯すようになる。

 意の三つ、口の四つ、身の三つ、これらを十悪という。

 知りながらも偽りを言うようになれば、どんな悪事をも犯すようになる。悪いことをするから、偽りを言わなければならないようになり、偽りを言うようになるから、平気で悪いことをするようになる。

 人の貪りも、愛欲も恐れも瞋りも、愚かさからくるし、人の難儀も不幸も、また愚かさからくる。愚かさは実に人の世の病毒にほかならない。

投稿: 通りがけ | 2015年3月23日 (月) 13時19分

「なぜイスラエルなのか」

 なぜユダヤフリーメーソンはイスラエルに建国したのか。それはキリスト教ユダヤ教イスラム教の聖地が同じ場所にあるからです。一神教は異教徒を攻撃しますが聖地に居る者を攻撃できません。ゆえにキリストの墓の下の地下室にユダヤフリーメーソンの世界本部があるのです。紋章はユダヤ教キリスト教イスラム教の紋章を重ねて三位一体としたNWOの紋章ですね。

 ということは第三次大戦が起こって世界中に報復合戦で核兵器が打ち込まれてもイスラエルだけが聖地だからどこの国からも核攻撃されない。ノアの箱舟のごとく全人類が滅んでもイスラエルに居座ったユダヤフリーメーソンだけが生き残るという仕掛けです。ゆえに世界中に戦争が起こるよう常に策謀している悪魔の正体がイスラエルであることが証明されます。

 このユダヤフリーメーソンの悪業を封じ込めるためには国連でイスラエルを永久敵国に指定すればよい。国連敵国日本と同じように国外で一切の武力行使ができない国にしてやれば悪魔はすべての魔力を失います。箱舟に悪魔を封じ込めるわけです。これで日本国憲法9条が希求する世界平和がこの地球上に実現します。


http://hidenori1212.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-96c3.html#comment-100569568

投稿: 通りがけ | 2015年3月23日 (月) 13時23分

>東横線さんはどう表記すればよいと考えますか教えてください。申しわけないのですが私にも解がありません。ただしおかしなものはおかしなものでそれについて沈黙するのはよくないでしょう。れんだいこさんが排除の理論で使われていないのは文脈からよくわかるのですが。。特にユダ屋の件はその通りで、今までの疑問も(特にロッキード事件の幕引き)氷解しました。自分達の利益のためには何人も謀殺し、それが出来ないとわかるやドーデもよいことをゴシップ屋に追及させて。。本題に戻りますが帰化人と人くくりにせず例えば本質を理解できない一部の帰化人とか。良く考えるとわが家系もお寺の記録などで確認できるのは200年前まで。それ以前は全くわからず。そういう人も多いのでいきなり帰化人と書かれるとわが家系もひょっとすると?と思ってしまいます。こういう方って多いのではないでしょうか。

投稿: 東横線 | 2015年3月24日 (火) 01時38分

「廃仏毀釈による忘己利他武士道忠君孝親親切慈悲布施菩薩大和民族国家の衰亡」

 この投稿を、西洋かぶれ式ネットマナー以前に日本人として必須の古来伝統躾教養を身につけるための読書のススメと致しましょう。GHQ焚書坑儒に抗して、先祖代々日本人としての躾け教養に資するものです。

 つまり、太平洋戦争において沖縄を蹂躙され、大都市から田舎まで空襲され、原爆を2発も落とされて、鬼畜外道による非戦闘員一般庶民無差別大量虐殺反人道戦争犯罪の被害を一身に受けた我が大和民族大和の国において、占領軍反人道戦争犯罪者FreemasonJewアメリカがFreemasonヒロヒトと共謀して作った非日本人政府における戦後三権癒着談合泥棒官僚政治が、いかに日本人伝統大和魂に合わないように作られた憲法99条違反犯罪行政執行であるかが、これらを見れば日本語教育を普通に修了した小学生ですら、いともたやすくわかりましょう。

 山口県選挙区地元偽称の、かけ離れたどっかの東京で生まれ育った某政治家には、漢字が多すぎて読めないでしょうが。まあ戦後日本には、尋常高等小学校卒の田中角栄以外は、日本国憲法も読めない無教養で算数もでっち小僧以下の無能政治家しか日本にはおらぬですが(笑)
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 なわふみひと氏による掲示3題です。

逝きし世の面影
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/Yukishiyo.html

仏教聖典
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bukkyo-seiten.html

(購入はhttp://www.bdk.or.jp/buddhism/book01.html)

山本五十六は生きていた
ヤコブ・モルガン・著  第一企画出版  1995年刊
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/YamamotoIsoroku01.html
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 この外国カルト一神教スパイ政府による日本人大和魂伝統仏教文化政治破壊は、そもそも明治新政府初代内閣総理大臣に武士身分を偽称して就任した、忠君孝親親切忘己利他慈悲捨身施武士道の躾を受けていない田布施非人(長州藩士を偽称)伊藤博文はじめ山県有朋(同じく非人出身で長州藩士を偽称して陸軍大臣に就任)及び長州ファイブイギリスフリーメーソンスパイが、新政府内のエタ(貴族)および非人(新平民)らと無躾破廉恥な私利私欲を満たすため密かに語らって陰謀し実行した宗教破壊テロ「廃仏毀釈」から、ムー大陸時代以来三宝に帰依する我が扶桑大和国の歴史において始まっております。

 釈尊の霊鷲山説法「七不衰法」が説くとおり一言一句に至るまでそのままに。

 人天の師ゴータマ・ブッダ(釈尊)が入滅前霊鷲山でヴリッヂ族の都市国家ヴァイシャリー(維摩居士の国)を武力征服しようと企てるマガダ国アジャータシャトル王の重臣ヴァルシャカーラ大臣(バラモン)の訪問を受けたときに説いた「七不衰法」にこうあります(大般涅槃経)。
(「新釈尊伝(旧字)」渡辺 照宏【著】昭和四十一年 大法輪閣発行 より抜粋)

「アーナンダよ。
第一、ヴリッジの人たちはしばしば会合し、よく集まっているか。
第二、ヴリッジの人たちは一致和合して会合し、決議し、事を処理しているか。
第三、彼らは新しい制度を設けたり、前の制度を捨てたりせず、旧来の風習を守っているか。
第四、彼らは年長者を尊敬し、その言うことを聞くか。
第五、彼らは婦女や少女を強制して言うことをきかせようとはしないか。
第六、彼らは内外の社(やしろ)を尊敬し、昔からしきたりの供物を怠らないか。
第七、彼らは宗教家たちを尊敬し、よそから喜んで宗教家がそこを訪れ、そこにいる宗教家は喜んでそこに留まっているか。
これらを守っているあいだは、ヴリッジの人たちは繁栄こそするが、衰えることは決してない」

「バラモン(ヴァルシャカーラ大臣)よ。
かつて私はヴァイシャリーのヴリッジの人たちに、これらの七不衰の法を教えた。彼らがこれらの法を守っているあいだは繁栄こそするが、衰えることは決してない」

「釈尊(ゴータマ・ブッダ)よ。
(ヴリッジの人たちが)これらの七不衰法のうちのただひとつでも守っているあいだは繁栄こそするが、衰えることは決してありますまい。七つの法がぜんぶ揃っていれば申すまでもありません。マガダ国のアジャータシャトル王は武力で彼らをくだすことはできません。もっとも、陰謀か内部分裂でも起これば別でしょう」

・・・内外の社とさまざまの宗教家とを尊敬すべしという教えは注目に値します。ここで「内外の社」と訳しておきましたが漢訳には「宗廟」とあります。内は氏神、外は氏神以外の社をさすものでしょう。佛陀が既存の民族宗教の信仰を廃するどころか、むしろその信仰を奨励した証拠がこれであります。のちに仏教は中国でも日本でも土地固有の信仰を採用しました。神仏の融和を日本における仏教の堕落だと考える学者もいますが、そういう人はインド仏教を知らないからそういえるのです。あらゆる宗教に対する寛容もこの七ヵ条の中にあります。
・・・
___________

   南無釈迦牟尼仏

投稿: 通りがけ | 2015年3月24日 (火) 02時22分

 「帰化人問題」は「ユダヤ人問題」と似てますね。どう表記すれば整合的なんでせうね。いっそのこと「ユダ屋」に合わせて「帰化屋」とでもしようか。「人」の替え字で何か良い表記はないかとか。そうだ「帰化G」がどうだろう。うんこれはいけそうだ、当分これを使ってみようとか。

 日本人か帰化Gの違いは日本古代縄文神道のお陰を受けているのかいないのかにあります。お陰を受けて助け合い道に生きておれば日本人、帰化して日本にいても助け合い道にいなければ帰化Gです。と云う意味では日本人でなくても助け合い道に生きておれば准日本人です。殺し合い道に生きておれば国際ユダ屋です。と理解すれば分かり易いです。

投稿: れんだいこ | 2015年3月24日 (火) 09時09分

聖徳太子はペルシャ系でしょう。タケミナカタは明らかにユダヤ系。蘇我氏はローマとも関わりが深い。オオクニヌシはたぶん江南系。ただし日本列島先住民はムー大陸時代以来の和合社会を旨とする超先進文明遺民であって、好戦的な渡来人たちとは明確に一線を画してきたでしょうね。

投稿: 通りがけ | 2015年3月24日 (火) 10時31分

 れんだいこは聖徳太子も蘇我氏も出雲王朝系の国際主義派と申しますか革新派とみなしております。物部氏その他が守旧派で、どちらが正しいとかの問題ではなく史実通りに受け止めようとしております。聖徳太子をペルシャ系とする論拠が分かりません。「タケミナカタは明らかにユダヤ系」の論拠を知りたいです。私は出雲系そのものとみなしております。「オオクニヌシはたぶん江南系」。これも論拠がわかりません。どうも出雲王朝論を廻って見解の差があるようですね。

 「ただし日本列島先住民はムー大陸時代以来の和合社会を旨とする超先進文明遺民であって、好戦的な渡来人たちとは明確に一線を画してきたでしょうね」。これは私論としては構いません。結果オーライの面白い見立てだと思います。

投稿: れんだいこ | 2015年3月24日 (火) 11時27分

ちょっと面白いとこなので続けさせて下さい。タケミナカタが逃げた先の諏訪神社で旧約聖書のイサクが父親に殺されそうになる話そのままの神事があります。守矢山と言う山もあり、イスラエルのラビたちがユダヤの祭りと神の山だと言いますからタケミナカタはユダヤ人であり、大国主命の子ではなく重臣だったと判断しました。もう一人美保の神えびすさんは海人だから、こちらは大国主命とともに国譲りで死んでるから実の親子であり、ゆえに海人の多い江南からの稲作を携えて渡来してきた江南族であろうと考えました。立派な神殿を作った技術は渡来人ではなく日本の先住民の独自技術ですが。タケミナカタはアマテラスと内通して主君親子を殺し出雲王朝を滅ぼしたゆえに住民の恨みを買い出雲にいられなくなって諏訪へ逃げたと考えます。これが諏訪大社の祭祀が諏訪に限定される理由でしょう。

聖徳太子は法隆寺にある世界最古のサンスクリット語の般若心経を原語のまま読めたということは、原始仏教の時代インドとペルシャが仏教を通じて頻繁に親密な交渉があったと維摩経に書いてあることからも、また世界遺産の厳島神社の元神社が、聖徳太子が建立した難波四天王寺と同年に建立され、ペルシャ系が明らかな平清盛が厳島神社を建立した、などからも、聖徳太子の中のペルシャの血は相当に濃いと予想されます。

投稿: 通りがけ | 2015年3月24日 (火) 12時58分

今から2700年前の釈尊生誕以前からダルマ(法)は宇宙の真理として存在し、釈尊以前にも仏陀(覚知者)は数知れず出現し涅槃にダルマそのものとなって在ります。と釈尊が説かれました。
すなわち、七不衰法を守ったヴァイシャリーのような仏国土国が過去に数多く実在し、オオクニヌシが作った出雲王朝もそのひとつの王道楽土であったことは確実であり、その証拠が日本全国の出雲大社とオオクニヌシを祀る神社の数がすべての神社中もっとも数が多いという事実です。
そして、七不衰法国が外敵に破れる最大の原因が内部からの内通者による破壊であることが既に2700年前に示されている。
すなわち王道楽土出雲王朝を破壊したのは外敵アマテラス王朝と内通者ユダヤフリーメーソンのタケミナカタであるということが、仏教に帰依する智慧の示すところによってわかるのです。

投稿: 通りがけ | 2015年3月25日 (水) 08時16分

沖縄を含む日本列島沿岸部には、隈無くと言って良いほど数多くの海底巨石神殿が存在します。これほどまでに超古代文明の遺跡が密集する国は世界中で日本だけです。
ゆえに、科学的合理的に考えて、日本先住民はムー大陸超古代先進文明和合文化社会の遺民であると申しました。

対するアトランティス文明は、人類発祥以来常に破壊と殺戮を旨とするフリーメーソンこそがその遺民であると考えるのが一番合理的ですね。

日本人大和魂が宇宙起源以来フリーメーソン悪魔を常に打ち破ってきたことが、証明されたと考えています。

投稿: 通りがけ | 2015年3月25日 (水) 08時31分

 通りがけさんの説は勉強になのますが私の説とはちと違う。大きな違いはやきり出雲王朝論ですね。れんだいこは出雲王朝とユダヤを結びつけることに論に反対です。伊勢神宮系を結びつけるのにも反対ですが我慢できるとして出雲王朝にも結びつけるとなると義憤のような感情を生みます。

 タケミナカタは大国主政権の軍事部門の棟梁であり、いわゆる武闘派です。ちなみにコトシロヌシが文治派で、両派は阿吽の呼吸で輔弼し合っていたと考えております。「タケミナカタはアマテラスと内通して主君親子を殺し出雲王朝を滅ぼしたゆえに住民の恨みを買い出雲にいられなくなって諏訪へ逃げたと考えます。これが諏訪大社の祭祀が諏訪に限定される理由でしょう」なんてことはありえません。どうすればそういう読み取りができるのか呆然としております。推理も邪推の域へ入ってはなりません。

投稿: れんだいこ | 2015年3月25日 (水) 10時43分

大国主命の時代、為政者が代わればそれまでの為政者は後継者となる子どももろとも皆殺しにされるのが普通でした。出雲の地には明らかに国譲りに際して同時に命を終えたオオクニヌシとその御子神事代主命を主祭祀神とする神社が最大多数にのぼりますが、タケミナカタは出雲を本地とする神社には殆ど祀られていません。しかも国譲りに際して殺されていない。諏訪へ逃げたことになっていますが、その諏訪神社でさえ主祭祀神はタケミナカタではなくミシャクチ神であるといいます。諏訪神社の最重要祭祀のひとつ御頭祭が旧約聖書のイサク神話そのものであるという事実www2.biglobe.ne.jp/~remnant/096suwa.htmと、タケミナカタの本地すなわち元諏訪神社は徳島県の阿波國名方郡 多祁御奈刀弥(タケミナトミ)神社とされているhttp://www.genbu.net/data/awa2/minatomi_title.htmこと、そして徳島県の剱岳にイスラエルの失われたアーク聖櫃が隠蔵されていることを示すユダヤ教ラビたちの数多の証言とを考え合わせ、タケミナカタはユダヤ人の血脈であると考えました。
さらにオオクニヌシと事代主親子を国譲りで殺したアマテラスが祀られる伊勢神宮にユダヤの六芒星のカゴメ紋があることから、タケミナカタはアマテラスの血脈ユダヤ同族であろうと推理しました。ゆえに、国譲りでタケミナカタだけがアマテラスによって殺されず、反って出雲の民から旧君主の仇として命を狙われる危険から保護されるようにと、本地である徳島、伊勢、諏訪の地のうち出雲から最も遠い諏訪の地へ匿われたのであろうと考えた訳です。

投稿: 通りがけ | 2015年3月26日 (木) 21時41分

記紀の国譲りでタケミナカタは挙動不審人物です。出雲王朝の軍事担当なのにアマテラスの軍勢が稲佐の浜に到るまで戦った形跡がない。本地が豊前~周防~阿波の瀬戸内周辺なのは明らかなのに、オオクニヌシを攻めるアマテラスの軍勢が自分の守備範囲を通過するのを手をこまねいてみていたのは何故か。という点から考えて、たぶん伊勢神宮の元神猿田彦を殺して伊勢を乗っ取ったユダヤ僭称アマテラス(これは今のところ仮説です)の同族ユダヤであろう、と考えております。今のところタケミナカタ=ユダヤのほうがアマテラスより証拠が多いようですが。

投稿: 通りがけ | 2015年3月27日 (金) 08時17分

 通りがけさんのときに為になる投稿に感謝しているのですが、聖徳太子論、出雲王朝論、大国主命論、タケミナカタ論、天照大御神論。当然、伊勢神宮論、邪馬台国論、ニギハヤヒ命論等々も関係して参りますが、そういう古代史の解析においては真っ向からとまではいかないものの対立しているようです。

 気になることとして、通りがけさんが日ユ同祖論系のユダヤ論を受け入れているように見えることです。ご承知かどうか、れんだいこはそういうものを否定したところから立論しようとてしております。今のところ、この観点こそ古代史がよく見えると思っております。折を見てどこかですり合わせしないといけないかもですね。

投稿: れんだいこ | 2015年3月27日 (金) 09時34分

れんだいこ先生お返事ありがとうございます。
日ユ同祖論系のユダヤ論についてですが、私も全否定派でございます。
私のユダヤ否定は日本の先住民すべてに及んでおります。つまり先住民としての大和民族と渡来民としての全王朝を、祖先を異にする者として峻別して捉えております。

大和民族の特質である常民和合社会を考えてみれば、○○王朝という特殊な血統を必要としない社会であることはムー大陸時代から明らかであると考えております。

短く言えば一神教の如く万物の創造主という者が、日本の社会を伝承してゆくうえでまったく必要が無い無用の長物である、と言う考えです。

これは釈尊が示した仏教の考え方と同じです。
万人に仏性がある、人間は皆尊い。
これこそが地球誕生以来続くムー大陸文化であろうと考えています。

投稿: 通りがけ | 2015年3月27日 (金) 13時08分

 通りがけさんちわぁ。お説のような理論をムー派と命名するとして、ムー派理論は面白いですね。日本の古神道との接点、一致性を見出していけば為になると思います。「日ユ同祖論系のユダヤ論についてですが、私も全否定派でございます。私のユダヤ否定は日本の先住民すべてに及んでおります。つまり先住民としての大和民族と渡来民としての全王朝を、祖先を異にする者として峻別して捉えております」が一致しておれば常に通じ合うと思っております。

投稿: れんだいこ | 2015年3月27日 (金) 15時28分

れんだいこ先生お返事ありがとうございます。

>日本の古神道との接点、一致性

仰せの通りわたしも、釈尊以前から宇宙開闢以来存在した(仏)法に帰依する人びとが集まって和合社会を築いてきたのがムー大陸文化であり、それが日本の古神道に残されて伝えられてきていると思っております。

権力を私利私欲から簒奪した者が記述した記紀神話、風土記等には常に改ざん捏造が加えられており、稗史のほうに民衆(ムー大陸遺民すなわち渋沢敬三命名常民)が和合することで成る大いなる和のほんとうの大和国史が残されて居ると考えます。

投稿: 通りがけ | 2015年3月29日 (日) 08時38分

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