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2015年3月 8日 (日)

夜に昼に継ぐ戦後憲法制定作業考その1

 戦後憲法論を廻って、改憲派が論拠にしている一つが「GHQにより押し付けられた論」である。これについては別稿で確認する。本稿では、もう一つの「夜に昼に継ぐ僅か一、二週間で戦後憲法が生み出された論」を検証する。これを仮に「15日間作成憲法」と命名する。

 3.6日、安倍首相が、この戦後憲法「15日間作成憲法」観点から衆院予算委員会答弁で次のように述べている。「短い期間で連合国軍総司令部(GHQ)において25人の方々によってつくられたのは間違いない。こういう過程でできたから変えていく、ということについて議論するのは当然のことだ」。

 他にも「新憲法草案作業は憲法の専門家1人もいない占領軍民政局の21人のアメリカ人によりたった1週間で作成された。アメリカ、ソ連憲法を適当につぎはぎして作った代物である」なる説が流布されている。こういう通説は本当だろうか。歴史の検証に耐えられるのだろうか。

 れんだいこは、この通説は精査されていない雑な見方と判じたい。半分本当で半分正しくないと解するのを相当としたい。そもそも通説は、戦後憲法制定作業期間を「僅か1週間とも2週間」としてドラマチックに仕立てているが漫画的過ぎるのではなかろうか。そういう理解は漫画頭脳に相応しい漫画的受け取りに過ぎないのではないのか。

 実際に創り出された戦後憲法の構成、諸規定、その特徴等を見るのに、「僅か一、二週間で一から生み出された」ようなものには到底思えない。実際は、用意周到に練られたグランドデザインとしての原案が既にあり、その最終稿確定検討に要した期間が「僅か1週間とも2週間」ではなかったか。即ち「最後の細部のツメに要した期間」と受け取る。

 ここでこのことを格別に論ずる理由は、この時の原案がよほど用意周到に練られた草案であったことを確認したいからである。戦後憲法論に於いてこのように論ぜられることが少ないが、それは意図的故意にキモの部分を避けているからに過ぎない。

 一説に、アメリカ側よりする戦後日本の人民大衆的取り込み策として、ソ連憲法にも増して優位な民主主義憲法を打ち出す必要があり、この意を挺して日本人を含む知日派の複数メンバーが最高の頭脳を駆使して草案化し原案を作成したとの説がある。こう見なす方がまだしも正確なのではなかろうかと思う。

 但し、れんだいこが窺う真相はもっと凄い。実は、日本の戦後憲法策定に当たっては、どういう経緯によってか分からないが、第二次世界大戦後の歴史事情に鑑みたいわば理想主義派が隙間的に登場し、この連中が戦後憲法の骨格を作成し草案化し、それを当時のGHQ内ニューディラー派の民政局GS(ガバメント.セクション)」が引き受けて戦後憲法作成に指導能力を発揮したと解している。この流れに関わるインテリジェンスが「戦後日本の青写真」を作り、憲法はかくあるべしの理想主義的見地から作成されたように解している。彼らの登場、その策定物としての戦後憲法そのものが歴史の僥倖による賜物であった。

 付言しておけば、戦後憲法は手放しで礼賛できるものではない。当然のことながら戦勝国側の対日支配に有利な戦後日本作りの為の諸規定が仕掛けられている。但しそれだけではないところに素晴らしさがある。日本及び日本人民をこよなく愛し、その歴史を知っていた者による伝統的な縄文社会主義的日本作りのベクトルも働いている。両者の思惑が混交して成文化されているのが戦後憲法であると了解したい。そこには、戦後日本再生に関わる「偉大なる智者の推敲」が働いているように見える。誰がこれを為したのか。恐らくこれは永遠の秘密のヴェールに包まれるのだろうと思われる。そういう知恵が随所に入っているのが戦後憲法である。

 「偉大なる智者の推敲」は、戦勝国側の利益と縄文社会主義のどちらを主にしているか。れんだいこには、前者を従として後者を主としているように思える。してみれば、昨今の改憲の動きとは、従とされた戦勝国側の利益を主とせしめ、縄文社会主義的観点からの規定を排斥する為の策動と思える。

 こう見て取ることにより、改憲派の素性がよく見えてくる。日本を愛するという割には少しオツムの弱い、利にさとい、手前の立身出世に有利となれば日本を売り渡すことに何の逡巡もない連中ばかりであることが分かる。この連中がこぞって原発再稼動派であることも興味深い。原発利権族と改憲族はよほどハーモニーしているのだろう。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

熱烈賛意。小生の父(1922年生まれ)が徴兵されて中国大陸に行ったのが昭和19年。すぐ八路軍の捕虜になったとき、八路軍の恐ろしく日本語が堪能な将校(明治大学卒)がすでに日本の敗戦をよきしていたそうな。曰く日本はアメリカには勝てない。諸君は武器弾薬を八路軍に寄付し取り扱い説明の指導をしてくれればすぐ日本に返してあげるといわれ、そもそもわが家系は自民党ウルトラ極左派で国内においては一族が東条退陣のビラを配ったりで治安維持法違反で刑務所くらしの人が多く戦争の実態をよく知っていた父は中尉であったが武器弾薬を寄付し敗戦後すぐに帰ってきた。八路軍の分析ですら昭和19年の段階で日本敗戦なのだからアメリカ政府もその様な分析判断をもっと早くしていたに違いない。とすれば憲法、政治体制も含めて少なくとも昭和18年くらいから米国政府内で研究が始まっていたと思われる。

投稿: 東横線 | 2015年3月 8日 (日) 22時52分

「四年目の311」

今日は311です。

私は過去自衛隊の災害救助活動で成功したのは池田整治統合幕僚長指揮の有珠山噴火防災出動だけであると思います。あれは素晴らしかった。直ちに池田幕僚長が現場に飛んで最前線に司令部を設けて自衛隊の全装備と人員を投入し、最大限の人的安全確保しつつ的確に現地の状況に即応したのです。

しかし311は自衛隊の能力限界を超えていました。私は3月の寒風吹きすさぶ中全身津波の海水泥流につかって命からがら山によじ登った多くの人たちを夜間のうちに発見して救出できるのは、赤外線暗視装置を備え夜間の作戦行動に訓練の行き届いた米軍の攻撃ヘリしかないと思いました。菅総理は311当日福一の冷却電源が地震と津波で停止したとの第一報で時をおかず全国民へ緊急テレビで原子炉非常事態宣言と国家非常事態宣言を行い、自衛隊全部隊の投入および在日米軍に緊急出動要請して被災直後の危険地帯に寒さと放射能被曝の生命の危険にさらされて取り残されている多くの被災者を、昼はヘリから目視で捜索発見し夜間は米軍ヘリが赤外線暗視装置で個別に山中の被災者を発見し、一人残らずしらみつぶしに救出して近くの自衛隊基地と米軍基地あるいは沖合の病院施設ある艦船へ緊急収容すべしと考えたのです。

あの状況で使えるのはヘリしかありませんでした。ゆえに自衛隊の能力を超えた巨大災害であると申しました。暗視装置を備えたヘリは攻撃用だから自衛隊には殆ど装備されていなかったし、夜間戦闘を想定した危険な飛行訓練も自衛隊には経験がないはずだったからです。昼間ならともかく。

その目視発見が容易な昼間に、NHKの報道ヘリが津波で水浸しになった被災地に孤島の如く取り残された病院上空を、屋上にSOSの大きな文字を描いてNHKヘリに緊急着陸を要請する手振り信号を目撃撮影したにもかかわらず素通りして、人っ子一人いない海岸へ津波見物報道するため向かったのです。親戚や友人の安否を断腸の思いで心配していた私はNHKに対し怒髪天を衝きました。病院の屋上で手を振っているのはNHKが俸給としてもらっている国家予算や受信料を払ってくれている公僕NHKのご主人さま主権者国民であるのに、その生命の危急時にこともあろうに下僕NHKのヘリが素通りするとは何事か。これ以上の不忠義があろうか。天地人ともに許さぬ大逆犯罪である、と。

あの時電源喪失した病院内には、衰弱した病人が暖房もなくふるえていたのです。緊急に治療が出来る病院へ搬送すれば助かるだろう。ゆえにこその屋上SOSであり上空を通りがかるヘリへ手を振っての着陸要請だった。NHKヘリが着陸すれば何人緊急搬送が必要かがすぐわかりヘリの無線で自衛隊や米軍ヘリに緊急通報すれば増援ヘリが訪れて全員の搬送が可能だった。NHKはカメラを下ろして病院にいる全員を撮影しながら住所氏名を訊けば、テレビ放送による安否確認がリアルタイムで即行われたのである。テレビの使命は津波見物ではまったくない。NHKに人の心があるならば必ず着陸したのに、素通りしたNHKヘリは人の心を持たない無慈悲冷酷な未必の故意の殺人者という人間以外の魔物外道に過ぎないことがよくわかりました。

地デジ切り替えの7月NHKに電話しておまえのとこの糞電波未来永劫絶対に受信しないためにデジタルテレビは買わないから、きれいさっぱり解約しろと告げて、NHK解約しました。以来、我が家では一秒たりともNHK+民放戦争プロパガンダテレビ番組は映りません。

福一不通告ベント開放核物質拡散放射能棄民テロについては別に書きます。

  南無釈迦牟尼仏

投稿: 通りがけ | 2015年3月11日 (水) 20時54分

「本日は312」

「4年目の311」は311で重大な憲法違反犯罪を犯した総務省所轄公務員組織NHKが、その後憲法違反の著作権法や放送法を悪用してさらに重大な憲法99条違反犯罪を重ねているので、NHKがこれ以上罪を重ねることがないようただちに犯罪を止めさせるために書きました。

「第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」

また憲法違反犯罪組織総務省NHK現会長籾井某を指名して会長に就任させた山口選挙区の現総理安倍晋三ですが、そもそも学歴詐称や病歴詐称という公職選挙法違反も重大刑事犯罪であり、学歴や病歴を偽って憲法99条最高法規と第15条が規定する選挙公職である総理大臣職、国会議員職に就くことは、日本国憲法第15条および第99条に違反する憲法違反重大刑事犯罪です。

「第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。」

また警察官検察官裁判官の司法公務員が、その公職選挙法に違反して犯された特定の候補者の刑事犯罪を告発せず看過すれば、日本国憲法を最高法規99条に従い憲法を公僕公務員犯罪から擁護し遵守する目的で定められた「刑訴法239条2項 公務員は職務上、犯罪を認知したときは告発義務を負う」に違反する重大刑事犯罪を構成します。

裁判官も検察官も警察官もすべて憲法最高法規99条にしたがう義務を負う憲法15条2項公務員( 第15条 2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。)であるので、日本国憲法国体(すなわち公僕が仕えるべき君主)主権者国民は、第15条の国民固有の権利を行使してこれを直ちに公務員職罷免し、既遂の刑訴法239条違反を刑事告発してこれを憲法99条違反刑法内乱罪の極刑で罰することが出来ます。

すべて国家には君主たる統治の大権すなわち国権の発動者が必要ですが、明治に施行された大日本帝国憲法においては天皇ただひとりが君主でした。大日本帝国憲法において日本の歴史上初めて唯一人の天皇の他はすべて臣民であると天皇独裁を規定したのです。

1945年大日本帝国憲法が廃されて施行された日本国憲法においては、天皇は君主の地位を失ってすべての公権を持たない日本国の象徴となり、代わって日本国君主の地位に就いたのが主権者国民です。主権者国民は厳正な選挙で選出した代弁者を送り込んだ国会を用いて国を自ら統治します。

すなわち日本国憲法においては、すべての公僕公務員は主権者国民を君主と仰いで忠実に仕えるため公金で雇われた臣下であり、下僕なのです。

もちろん下僕が雇い主より高給取りであっては本末転倒で、国家財政がすぐに破綻しますから、憲法15条3,4にしたがって選ばれた議員職は無給でよい。
その他の公務員も全員賞与無しの年俸制で統計上算出された一般労働者の最低賃金のみ国家俸給として支給すればよい。

公務員としての全体奉仕職務に忠実でないものは、直ちに解雇罷免する。

君主の目を盗んで君主の身体や名誉や資産を損なう下僕は厳重に処罰する。

これが立憲法治国家です。釈尊の教えにも叶う。後述します。

 南無釈迦牟尼仏

投稿: 通りがけ | 2015年3月12日 (木) 09時13分

仏教聖典p229第三節もろ人のために から八項目を転載する。

一、ここに国家を栄えさせる七つの教えがある。

 一つには、国民はしばしば会合して政治を語り、国防を厳にして自ら守り、

 二つには、上下心を一つにして相和し、ともに国事を議し、

 三つには、国風を尊んでみだりにあらためず、礼を重んじ義を尊び、

 四つには、男女の別を正し、長幼の序を守って、よく社会と家庭の純潔を保ち、

 五つには、父母に孝し、師長に仕え、

 六つには、祖先の祭壇をあがめて祭儀を行い、

 七つには、道を尊び徳をあがめ、徳の高い師について教えを仰ぎ、厚く供養することである。

 どんな国でも、この七つの教えをよく守って破ることがないならば、その国の栄えることは疑いがなく、外国の侮りを受けることはないであろう。

二、昔、大光王は、自分の王道を次のように説いた。

 「自分の国家を治める道は、まず自分を修めることである。自ら慈の心を養って、この心をもって国民に臨み、人びとを教え導いて心の垢を除き去り、身と心を和らげて、世の中の楽しみにまさる正しい教えの喜びを得させる。

 また、貧しいものが来たときには、蔵を開いて心のままに取らせる。そしてこれを手がかりとして、すべての悪から遠ざかるように戒める。

 人びとは各々その心をもととして、見るところを異にする。この城中の民にしても、この都を美しいと見るものもあれば、また汚いと見るものもある。これは各々、その心、その環境がそうさせるのである。

 教えを尊び、心の正しい素直な人は、木石にも瑠璃の光を見るのであるが、欲が深くて自分を修めることを知らない者は、どんな立派な御殿でもなお美しいと見ることはできない。

 国民の生活は、万事みなこのとおり、心がもとになっているから、わたしは国を治める大もとを、民にその心を修めさせることに置いている。」

三、大光王のことばどおり、政道の大もとは、民にその心を修めさせることにある。

 この心を修めることはさとりの道に進むことであるから、政治の上に立つ人は、まず仏の教えを信じなければならない。

 もし政治を行う人が、仏を信じ、教えを信じて、慈悲深く徳のある人を敬い、これに供養するならば、敵もなく、恨みもなく、国家は必ず栄えるに違いない。

 そして、国が富み栄えるならば、他の国を貪り攻めることもなく、また他を攻める武器の必要もなくなるであろう。

 したがって国民も満足して楽しみを受け、上下和らいでむつみあい、善を増し徳を積んで互いに敬愛し喜び合うから、いよいよ人は栄え、寒さ暑さもととのい、日も月も星も常の程度を失わず、風雨が時に従うようになり、こうしていろいろの災いも遠ざかるようになるであろう。

四、王たるものの勤めは、民を守ることにある。王は民の父母であり、教えによって民を守るからである。民を養うことは、父母が赤子を養うようなもので、父母が赤子のことばを待たず、湿ったものを取り替えて新しい布を当てがうように、いつも民に幸いを与えて悩みを去るよう慈しみ養うのである。まことに王は、民をもって国の宝とする。これは、民が安らかでなければ政道が立たないからである。

 だから、王たるものは、民を憂えてしばらくも心を離さない。民の苦楽を察し、民の繁栄をはかり、そのためには常に水を知り、風、雨を知り、実りの善悪を知り、日照りを知り、民の憂いと喜びを知り、罪の有無と軽重、功績の有無などをよく知って、賞罰の道を明らかにする。

 このように民の心を知って、与えなければならないものは時をはかって与え、取るべきものはよく量って取り、民の利を奪わないよう、よく税を軽くして民を安らかにする。

 王は力と権威によって民を守り、このようにして民の心になって民をよく見守るものが王と呼ばれる。

五、この世の中の王を転輪王というが、転輪王とはその家系が正しく、身分が尊くてよく四辺を統御し、また教えを守るところの王である。

 この王のゆくところには、戦いもなく恨みもなく、よく教えによって徳をしき、民を安らかにして邪と悪を下す。

 また転輪王は、殺さず、盗まず、よこしまな愛欲を犯さず、偽り、悪口、二枚舌、むだ口を言わず、貪らず、瞋らず、愚かでない。この十善を行って民の十悪を去らせる。

 また、教えによって政治を正すから、天下において思いのままになすことができ、そのゆくところには戦いがなく、恨みもなく、互いに相犯すこともない。したがって、民は和らぎ、国は安らいで、民にいよいよその生を楽しませることができる。だから教えを守る王といわれるのである。

 また転輪王は、王の中の王であるから、もろもろの王はみなその徳を喜び、その教えに従って各々その国を治める。

 このように転輪王は、もろもろの王をして各々その国に安んじさせ、正しい教えのもとに王の任を果たさせる。

六、また王は罪を裁決するにも、慈悲の心をもととしなければならない。明らかな智慧をもってよく観察し,五つの原則をもってよく処置しなければならない。

 五つの原則というのは、

 一つには、実によって不実によらない。これは、事実を調べて、その事実によって処断することである。

 二つには、時(じ)によって非時(ひじ)によらない。これは、王に力のあるときが時(じ)であり、力のないときが非時(ひじ)である。力のあるときは罰しても効果があるが、力のないときには罰しても混乱があるだけであるから、時を待たなければならない。

 三つには、動機によって結果によらない。これは、罪を犯すものの心に立ち入って、それが故意であるか故意でないかを見きわめ、故意のことでなければ許すのをいう。

 四つには、親切なことばによってあらいことばによらない。これは、罪が規則のどれに当たるかを明らかにして罪以上の罰を与えないようにし、また柔らかい優しいことばで諭してその罪を覚(さと)らせるのをいう。

 五つには、慈悲の心によって瞋(いか)りの心によらない。罪を憎んで人を憎まず、慈悲の心をもととして、罪を犯したものにその罪を悔いあらためさせるように仕向けるのである。

七、もし王の重臣であって国家の大計を思わず、ただ自分の利ばかりを求め、賄賂を取って政道を曲げ、人民の気風を頽廃させるならば、人民は互いに相欺くようになり、強い者は弱い者をしいたげ、貴い者は卑しい者を軽んじ、富んだ者は貧しい者を欺き、曲がった道理をもって正しいものを曲げることになるから、災いがいよいよ増長するようになる。
 
 すると忠実な重臣は隠れ退き、心あるものも危害を怖れて沈黙し、ただへつらう者だけが政権をとって、みだりに公権を用いて私腹を肥やし、民の貧しさは少しも救われないようになる。

 このようになると、政令は行われなくなり、政道はまったくゆるんでしまう。

 このような悪人こそ、民の幸福を奪う盗賊であるから、国家のもっとも大きな悪賊といわなければならない。なぜなら、上を欺き下を乱して、一国の災いの源となるからである。王はこのような者を、もっとも厳しく処罰しなければならない。

 また教えによって政治をしく王の国において、父母の生育の恩を思わず、妻子にだけ心を傾けて父母を養わず、あるいはまた、父母の所有を奪ってその教えに従わないものは、これをもっとも大きな悪の中に数えなければならない。

 なぜなら、父母の恩はまことに重くて、一生心を尽くして孝養しても、し尽くせないものだからである。主君に対して忠でなく、親に対して孝でない者は、もっとも重い罪人として処罰しなければならない。

 また教えによって政治をしく王の国の中においては、仏と教えと教団(仏法僧)の三宝に対して信ずる心がなく、寺を壊し経を焼き、僧侶を捕らえて駆使するなど仏の教えを破る行いをする者は、もっとも重い罪の者である。

 なぜなら、これらはすべての善行のもとである民の信念を覆すものだからである。これらの者は、みなすべての善根を焼き尽くして、自ら自分の穴を掘るものである。

 この三種の罪がもっとも重く、したがってもっとも厳しく処罰しなければならない。その他の罪は、これらに比べると、なお軽いといわなければならない。」

八、正しい教えを守る王に対して逆らう賊が起こるか、あるいは外国から攻め侵すものがあるときは、正しい教えの王は三種の思いを持たなければならない。

 それは、第一には、逆賊または外敵は、ただ人を損い人民を虐げることばかりを考えている。自分は武力をもって民の苦しみを救おう。

 第二には、もし方法があるなら、刃(やいば)を動かさないで、逆賊や外敵を平らげよう。

 第三には、敵をできるだけ生け捕りにして、殺さないようにし、そしてその武力をそごう。王はこの三つの心を起こして、それから後に部署を定め訓令を与えて戦いにつかせる。

 このようにするとき、兵はおのずから王の威徳をおそれ敬ってよくその恩になずき、また戦いの性質をさとって王を助け、そして王の慈悲が後顧の憂いをなくすことを喜びながら、王の恩に報いるために戦いに従うから、その戦いはついに勝利を得るだけでなく、戦いもかえって功徳となるであろう。

(了)

投稿: 通りがけ | 2015年3月17日 (火) 12時09分

 通りがけさんちわぁ。毎度と云うべきか時にと云うべきか為になる知識の伝達ありがとう。れんだいこは「仏教聖典p229第三節もろ人のために」を知りませんでした。誰の手になる御教えなのか興味わきます。いずれにせよ見事なまでの東洋思想系の教えでユダヤ教タルムードのそれと対照的です。欲していた情報です。ありがとう。

投稿: れんだいこ | 2015年3月17日 (火) 18時38分

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