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2015年3月 3日 (火)

護憲論としての縄文社会主義論その1

 安倍政権下で憲法改正策動が強まりつつある。そういう状況柄、我々は何故に戦後憲法を護憲するのか、その理論を開陳し世評を仰ぎたい。れんだいこはこれまで、「Re:れんだいこのカンテラ時評285、れんだいこの戦後憲法プレ社会主義法論」その他で、戦後憲法のプレ社会主義法性を指摘し護憲の論拠としてきた。本稿では、これを更に推し進め日本固有の出雲王朝式善政論と結びつけ、戦後憲法がこの日本式理想政治とハーモニーしている故に護憲すべしとする縄文社会主義論を提起したい。

  れんだいこは今や何事も輸入理論で解く見地を捨て、日本語としての言語が象徴的にそうであるように日本文明が在地的土着的自生的に発生してきた可能性に注目し、それで解ける場合はそのように解こうと努めている。

 要するに、古代に於いてはインド、中国、朝鮮から、近代に於いては西欧からとする万事に於ける外国被れの見方を排斥しようとしている。当然、政治理論も然りである。出雲王朝御世の理想的な大国主の命政治に注目することによって縄文社会主義論を生み出し、これを基点機軸とすることによって既成の西欧的諸思想被れ論から決別せんとしている。

  戦後学生運動著書2冊を持つれんだいこが若い頃、信奉してきたマルクス主義、アナーキズムとの比較においてさえ、日本の縄文社会主義論と共通の思想ありし場合にのみ、その限りに於いてそれらの思想の値打ちを認める。マルクス主義、アナーキズム文中の、日本の縄文社会主義論から受容できない思想については否定し受容を拒否する。そういう思想スタイルを確立している。

 これが逆にはならない。即ちマルクス主義、アナーキズムの見地から縄文社会主義論を解析し、共通の思想ありし場合にのみ値打ちを見出し、その限りに於いて認める、のではない。主客論において、日本の縄文社会主義論を主、外国的諸思想を従としている訳である。この思想スタイルがここまで辿り着くのにほぼ30年余を要しており、この構図はもはや変わらないと思っている。

  れんだいこは、この縄文社会主義観点からの護憲論を唱えている。こういうものは初稿であろうから多くの者は判断停止になろう。しかし、本稿が次第に説得力を増し、仕舞いには総出の拍手で迎えられることになろう。こう期待している。
直近のブログ2015.2.11建国記念の日に思う」で次のように述べた。「我々が採るべき態度はこうである。悪法は変えれば良い、と云うか変えるべきである。ところが良いものであったら良きものと見定め称え護リ、悪用を許さず善用せしめて行くことが肝心である。これはまったく憲法論にも通じている」。全くその通りで、この観点が戦後憲法護憲の骨子にならなければならない。我々が護憲するのは戦後憲法が良質なものだからであり、それ以外の理由はない。

  それでは戦後憲法はどう良質なのか、これを確認しておく。結論から述べると、どういう経緯かは別にして結果的に縄文社会主義と照応する名憲法となっている。ここに我々の護憲の論拠がある。戦後憲法は、日本の祖法である縄文社会主義に照応している故に公布されるや急速に受肉化されて行った。要するに黒船来航以降の明治維新によって、国際ユダ屋系のネオシオニズム思想並びに政治が次第に権勢を振るい始め、その流れに連れて圧殺されていた日本的共同体の紐帯DNAが、戦後憲法を仲間と認め悦び迎えた訳である。戦後憲法受肉化の真因をこう理解せねばならない。その主体は無名の大衆であり、政治的には戦後保守本流ハト派が担った。

  戦後憲法を縄文社会主義論の見地から是認し、その理想を政治の基礎に据え、政治活動を展開した代表的政治家が田中角栄であった。社共は護憲を云うけれど野党としての口先だけであるから弱く、真に権力を握って政治を操舵し護憲してきたのは戦後保守本流ハト派であり、そのモーターが田中角栄であった。

 要するに、縄文社会主義論によれば田中角栄こそが本物の革命家であった。しかしこうなると、その角栄を葬るのに一大戦争を仕掛け、未だに正義ぶって自慢し続けている社会党、共産党とは何ものぞと云うことになる。当然、彼らの護憲論は本物なりやと関心が向かうことになる。

  1976年のロッキード事件で角栄を失脚させて以来、これを境に戦後保守本流ハト派が痩せ細り、それにつれて戦後憲法の真の護り手が居なくなり、角栄派が解体されて以来、戦後憲法が病床に伏すようになり今日では骨川筋衛門にされている。

 こう捉えて護憲するのが本来の護憲論ではなかろうか。この観点を打ち出さず小難しく語るばかりの護憲論、口先擁護だけの護憲論、戦後憲法の擁護者であった角栄討伐戦に精出した側の護憲論、これらは偽者である。共同戦線的には組むべきであるが信を置くに値しない。

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コメント

自民党ウルトラ極左派の東横線です。誠に申し訳ないですがれんだいこさんのお説についていけるほど歴史に詳しくないですが、角栄氏を某国の陰謀のお先棒を担いで失脚させた人々は大いに反省懺悔してもらいたい。左派陣営も本来自陣営に引き込まなければならないのにそれをしなかった。勝負あったです。繰り返しますが角栄失脚は某大国の陰謀である。この視点に立てば周辺で不審な死を遂げた人が多いのがよく理解できる。あの事件は角栄氏は映画で言えばその他大勢であり主演は別の人でしょう。そこを見据えないであの事件は論ずることが出来ません。私が考える風土と土着はれんだいこさんの意見と100%一致しないかもしれませんがもう一度あの事件を多角的に分析する必要があると思います。あの当時批判の最先端にいたかたがたは謀略に知らずに加担していたのです。知っていて加担した人もいるでしょうけど。本筋は角栄氏ではないです。某大国とその特務機関とそのお友達でしょう。

投稿: 東横線 | 2015年3月 5日 (木) 01時30分

 東横線さんちわぁ。ロッキード事件の変調さに共認いただければ十分なのですが一言添えておきます。事件を仕掛けた側を「某国」とするより米英仏イスラエルを環主とする国際ユダ屋勢力としないと正体を見失うと思います。他の観点は申し分ありません。

投稿: れんだいこ | 2015年3月 5日 (木) 15時06分

sun某国としたほうが何かおどろおどろしい印象と謀略があったことが浮かび上がってきていいでしょ。本当はれんだいこさんおっしゃるとおり。金脈なんて某国特務機関とその尻馬に乗ったマスコミのたわごと。もちろん皆無だったとは思わないが最近の自民党首脳のように隠れてこそこそしないのがなんとなく公明正大。今の奴らだって角栄以上に悪質で国民を馬鹿にしたやり方をしていますよ。HTをみよ。日本に税金を納めていないですよ。

投稿: 東横線 | 2015年3月 6日 (金) 02時42分

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